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出会編
8.最後に
しおりを挟む「まずは食事をしませんか。アンナおばさんが困っております」
おばさんは空気が読める人だ。料理を出すタイミングを窺ってくれている。
「まずは楽しい食事にしよう」
この人の指す楽しい食事とはなんなのか。食事を摂る前に片がつくと踏んでいたのだろう。
「本日のおすすめは魚のムニエルです。近くの湖で捕れたマスなのですよ」
産地地消が基本だから食材はみな新鮮でおいしく、料理人の力で最高になる。
「ワインが欲しくなるな」
初めてマジェレド団長の、偽らない笑顔を見たかもしれない。
「ぜひ、ディナーにいらしてください。ワインにあうおつまみが用意できますから」
「夜も働いているのかい? 」
「ええ。基本的に朝からラストまでの勤務です」
これは私の素行調査の一環ね。何の嫌疑がかかっているのかしら。考えてもしょうがないわね。三回しかないご飯の時間を楽しみましょう。
さきほどからペルテト様もノイエさんも全く会話に加わらない。団長は二人に、私と話すなと禁じたのかしら。
「それは違うよ」
「えっ」
思わず、パンをちぎる手が止まった。
「二人は気まずいんじゃないかな」
「団長様は、魔法使いではないのですよね」
いくらなんでも当てすぎる。
「私はそんなに表情に出ますか……」
「出ていると思う」
「ではそうなのでしょうね」
ペルテト様が肯定するなら間違いないだろう。できれば、交際している時に教えて欲しかった。
「リリーはそのままでいい」
「わかりました」
ノイエさんはわかりやすい人が好みなのかしら。ならば、自然体でいよう。この会話をきっかけに、少しずつ緊張した雰囲気は解けて話が弾んだ。
「では、マジェレド様はフェニックスの団長なのですね」
「うん。君は前任の団長の方なら知っているかな」
「はい、お世話になりました」
私が街を出てすぐに団長の交代があったらしい。だからお顔も名前も知らなかったのね。
「街に戻りたいと思わないか……」
ペルテト様の質問に、場の雰囲気が静まったのを感じた。
「私はこの町に行きる道を見つけました。未練はございません」
「君はノイエと親しいだろう。いいのかい? 」
いいもなにも……。
そろそろ、おばさんが休憩から戻ってくる時間だ。ケリをつけよう。
「この場を設けたのはそれを聞くためですか?」
声が尖るのを感じる。私に問題を当てに行く義理はない。
「どう思う」
「言葉遊びはおやめください」
「気が強い。見た目とはうらはらだな」
強くならざるを得なかっただけで、その物言いは引っかかる。
「ローズ・カイン嬢を知っているね」
「はい、何度かお手紙をいただきました」
「彼女は君を不貞で訴えると言っている」
耳が違う世界の音を拾ったのかと思った。驚きすぎて声が出ない。
「否定はしないのかい」
「団長、リリーは」
マジェレド団長が手でノイエさんを静止した。ペルテト様は顔を青くしている。
「証拠はありますか?」
私の言葉に、二人が息をつめた。これは犯人が言うセリフだもの。
「残念ながらなくてね、君への贈り物がペルテトの部屋から見つかったとローズ嬢は主張しているね。それでは弱い」
「なぜ私は呼ばれたのですか」
ため息でブーケがつくれるほどつきたい。森林で深呼吸がしたい、海で思い切り泳ぎたい。なんだかもう、疲れた。
「ローズ嬢はね、君たちが二度と会わないと誓うなら、大事にはしないと言っている」
「誓えません。冤罪です」
彼女は、陰で会っていると私を何度も罵った。でも事実ではない。食堂での勤務履歴でわかるはず、貧乏暇なしなのだから。つまりは……。
「そうだね」
「私の何もかもを調べ、白であると確信した上で言質を取るのですね」
魔法使いでないならば証明して欲しい。顔に出るといっても心の声を読みすぎる。
もういい。正当な手段が使えないならば身を守るまでだわ。
「はい。誓います、二度とペルテト様にはお会いしません。さようなら」
「ま、待ってくれ」
席を立とうとしたのに、ペルテト様から手を掴まれて逃げられない。横に座るノイエさんは助けてくれなそうだ。
「なんのつもりですか……?」
「この通り、ペルテトが誓おうとしないんだよねぇ」
こんなに身勝手な人だとは知らなかった。結婚前のマリッジブルーは別の場所で起こして欲しい。
「ペルテト様、いい加減にしてください。身に覚えのない逢瀬で鞭打ちを受けるのも賠償金を払うのもごめんです。むしろ、昨晩に私の部屋へ押し入りましたね。訴えますよ」
イライラしすぎて口が滑った。時はすでに遅くて、マジェレド団長はペルテト様を見つめていたし、ノイエさんは必死な顔で私の体の検分を始めた。
「わっ、おやめください。勝手に触らないで、くすぐったいですってば」
脇腹をくすぐるから笑ってしまった。
最初は不安げに、私の頭や肩を乱暴に掴んで確かめていたのに。
気づけば、二人の視線は私たちに注がれている。元恋人と、親しくしている男性の上司の前でいちゃついてしまった……顔から火が出るほど恥ずかしい。
「この通りだペルテト、後はわかるな」
「リリーと二人で話を」
「お断りいたします」
涙を堪えて見つめてきても、心は揺るがなかった。
「ペルテト様……忘れてしまったのですか」
ついに私が泣いてしまった。
「バラ園で、令嬢の紅茶に毒を入れたと疑われた私を救ったあなたが。冤罪を認めろと強いたのですよ」
涙は自分で止められない。ノイエさんの胸に縋りつくしかなかった。
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