カフェオレはありますか?:second

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 一瞬だった。少し前まで見せてくれてた笑顔が無くなったのは。知らなかったなんて許されない。知ってたくせに、俺はそれをした。大事な子の前で、それをしたんだ。人殺し、の言葉一つで悟った時、全ては壊れた後。拒絶する顔が頭から離れない。笑顔を思い出したいのに、それが叶わないのは自業自得。ここにあったのに。手を伸ばせば応えてくれるくらいの温もりが。正直、女があの後どうしたのか覚えてない。ミーちゃんに引かれて走り出した背中を追いかける事なんて、秋谷を殴ってでも出来た事なのに。でも、出来なかった。追い付いてどうする?捕まえて何を言う?何も出来ない無力な自分に、反吐が出る。それを抑え込めなくて、足元のビール瓶を踏みつける。どうでも良い様に、コンクリートに広がるガラス片を見つめた。俺と幸もこんな感じで壊れたのかな。どうすれば元通りになれるのか解らない。GPSのデータも盗聴機も反応しない所を見ると、ミーちゃんが通信機能を遮断したんだろう。見事に嫌われちゃったな。秋谷に殴られないのが不思議な位。ねぇ、幸。今どこ?泣いてない?責めてない?全部俺のせいなんだよ。だから泣かないで。笑ってて。ねぇ、叶うなら、俺を求めて。
「うっわ、何これ。今まで色々な不良ゴミ捨て場を見てきたけど、これは最悪」
 耳に届く声が幸のものじゃないだけで、俺にはどうでも良い。千秋が携帯を操作するのを視界の端にとらえながら、息を吐き出す。
「喧嘩売ってきたのを片っ端から買ったのは解るけど、これは買いすぎじゃない?」
「他に当たる場所も無かったんだろうよ。俺も雅と同じ事になったら茜みたいになってるだろうし」
「そもそも、そうなる事が有り得ない。見たこと無い顔があるかだけ確認するから、向こうの方は宜しく」
「へいへい」
 好き放題言う千秋と大和の声に言い返す事もしないまま、足元のガラスを靴底で更に細かく踏み潰す。幸のいない世界は、こんなにも汚くてつまらないなんて知らなかったな。出会うまでは、これが当たり前だったのに。
「最悪な面してんなぁ」
 葵には解らない。解って欲しくもない。例え双子でも、俺達は個人だ。俺の気持ちも、息苦しさも、誰にも渡さない。
「秋谷も災難だったなぁ。面倒な見張りご苦労さん。殺すまでは……してねぇな」
「多木崎が望まねぇ事はしねぇよ。この状態で居なくなられると面倒だから見張ってた位だ。喧嘩あっちの方は出番が無くて助かった」
 居なくなるなんて出来るわけない。幸を置いてどこかへ行くなんて絶対に有り得ないし。むしろ、居なくなるなら幸の方。今だってどこに居るのか解らないし。まぁ、家に居ないならミーちゃんの所だろうけど、それも長くは続かない。一体、何を考えてどこで遊んでるんだか。まぁ、遊びならまだマシかな。巻き込まれ体質を気にはしてたけど、気にしてどうにかなるなら、今頃は平和に過ごせてるはずだし。こんなの事口にしたら、心配する資格すら無いとか言われそう。まぁ、事実だけど。
「やり過ぎ、とは言わねぇけど、ここまでする必要あったんか?」
 大和の言葉に地面に転がってる奴等を顎でさす。
「死神って言ったから」
「なるほど」
 死神狩り、なんてクソな遊びが終わっても、死神の名前は今でも歩き回ってる。時間を作っては掃除をしてるけど、それでも追い付かない。気に入らないのは、幸を性的対象で見てる奴も増え始めてる事だ。不良そいつ等にとっての死神狩りの意味を考えるだけで、収まってた殺意が沸き上がってくる。それを逃がすのに背後の壁を殴りつけて、微かな理性を取り戻す。
「急に何だよ。多木崎に躾されてねぇのか?」
「多木崎の言う事しか聞かねぇから躾なんてもんはねぇよ」
 確かにそうだ。幸以外の人間の言葉に従うとしたらオジィ位だな。それでも、幸が最優先であることは変わらない。場合によってはオジィの言葉にも従わない自信がある。
「ダリー」
「ダリーって、葵も光臣の言うことしか聞かねぇだろ」
「だね。取り敢えず、後片付けしないと。監視カメラが飾りなのは確認済み。転がってる不良ゴミの制服は前にも見たし、全員の顔も認識してるから大した時間はかからなそうだね。見覚えのある顔だけで良かった。約束に支障が出なくて安心」
「それに雅は関係してんのか?」
「薫以外の予定に興味ない。相手の予定知らないの?本当に恋人?」
「うるせーよ」
 俺も幸の予定知らないままだ。
「あー、機嫌損ねたんだ」
「……それは否定出来ねぇ」
「うわー」
 本当、うわー、だ。俺はあの頃と同じで何も解ってない。大事な事は知ってるくせに。壁を殴ったことで出来た指の甲の怪我の傷口から滲んだ血を見て、家庭科室での事を思い出す。
『壊したコイツ等が悪いんだ、邪魔したオマエが悪いんだ。俺は守ろうとしただけで悪いことはしてない。何もしてない!』
 うん。そうだね。幸はいつも誰かのために戦って傷付いてきた。それを知っていたのに。愛が誰かや何かを傷付ける事を、誰よりも嫌っていた事を知ってて、吐き出した自分の言葉に歯を食い縛る。面倒臭いだけの感情で口走った身勝手な言葉が、自分に降り注いでくる感覚に呼吸が細くなっていく。
「俺行くわ」
「はぁ?巻き込んどいて、ごめん、も無しかよ」
「こっちも言われた事ねぇし。お互い様だろ」
 葵の文句を背中に受けながら、汚れた路地から一歩出た。汚れた俺を出迎えた月の明かりに目を細めて、自分の惨めさを笑いたくなる。
「秋谷、見張れる?墓参りを優先してもらって構わないから、出来る範囲で」
「期待すんなよ」
 ちゃんと話をしたいな。拒絶されても、それでも伝えないと。謝罪も、後悔も、愛してるも、下手くそでも伝えたい。
「律儀だね。千秋に貸しでもあるの?」
「無い。未来があそこまで怒るなんて、よっぽどだからな。多木崎の事情も知ってるし」
 肩をすくめる秋谷の言葉に内心頷く。それに関しては返す言葉がない。
「お前は感情が先に動くタイプだから、あの女を早く排除したかったのも解る。けど、言葉を間違えたな」
「そうだね。完全に振り出しだよ」
 久々にオマエって言われちゃったしね。ミーちゃんと和解しないと、幸に近付けさせてもくれないだろうな。あんな顔させちゃったし。あの時の俺を切り刻みたい。でも、そんなことをしたら、幸は余計に自分を責めて追い詰めるだろうな。それくらいの事は簡単に想像が付く。だから、今回は感情じゃなくて、理性で動かないと駄目だ。幸を前にして理性優先は自信がないけど、やるしかない。取り敢えずはミーちゃんの家に張り付く、のを我慢して、自分の家に帰る事にしますか。きっと、俺達には時間が必要だから。自分で言うのもなんだけど、この俺が時間を作るって凄い事よ。普通なら駆け込み乗車並みに突撃決定なのに。それをしないなんてさ。我が身の変貌振りに恐怖すら感じる。こういう変化はあっても、感情的になる所は変わらない。一番成長しなきゃ駄目なとこでしょ。解っててこれなんだから、自分の事ながら救いようがないよ。後悔で押し潰される我が身よりも、幸の顔が目蓋の裏から離れない。ごめんね、幸。あの女の事で負い目を感じてるかもしれないのに、肝心な俺は全く痛くないんだ。確かに、好きだったはずなのにね。顔を見ても触れられても、心が動かなかった。この事に関しては謝罪をするべきだったのかな。今更な事に息を吐く。幸にしか解らない痛みがあるのが嫌だ。一緒に感じたい。それが出来ない現実に嫌気がする。仕方ないから、今だけはこの現実を受け止めてあげるよ。なんて、上から言う立場じゃないか。でも、弱気になってたら勝てないからね。今は引き下がる。その代わり、俺から幸は奪わせない。奪えないと、この世界は思い知るべきだ。


 誘拐騒動の火種がちゃんと消化されるまで、楽しみにしてた勉強会は無しになった。幸を招き入れるチャンスが減っちゃったなぁ。G・Wに勉強会なんて皆するつもりなかっただろうから、チャンスも何も無いんだけど。なんか、約束事が無くなったみたいで寂しい。勉強会が無くなってからは、全く掃除をしなくなったな。そんな事を考えながら部屋を見回す。俺の部屋には、相変わらず幸に関係するものが、ところ狭しと置かれていて良い眺めだ。この部屋に幸が居たら完璧なのに。まぁ、この部屋を見られた時点で、幸からの死刑宣告を受けるだろうけど。退院の日も見付かったら即効帰るって言われたから冷や冷やしたよ。どうにか片してたから、この部屋に入られても問題はなかったけど。でも相手は幸だ。安心は出来ない。今ではミーちゃんというハッカーが俺を狙ってるし。悪いことしてないのに、犯罪者みたいに挙動不審になるのは何でだろう。いや、犯罪者みたいなものか。人殺し、だもんね。窓際に近付いて、幸の家へと目を向ける。幸の部屋のカーテンはいつも開かないから、電気が付いてるかどうかの確認しかしてないけど、今日はこのまま暗いだろうな。武者修行と思って、今日はここで幸不足を補充しよう。そうだ、デジカメに収めた幸の写真をプリントしないと。リビングで寛いでるだろう秋谷は、勝手に飲み食いするから放っておいても問題ないし。予想通り、プリンターが音を立てて動き出しても、秋谷が部屋に入ってくることはなかった。液晶画面越しでも可愛いけど、デジカメだと一枚ずつしか見れないから、こうして写真みたいに並べて愛でれないんだよね。印象的なのは幸がポッキーを食べてるやつかな。休み時間に教室でミーちゃんがおやつのポッキーを、幸に食べさせてる時に撮ったんだけど、あまりにも可愛いいからポッキーゲームみたいに幸の食べてるやつに食い付いて、ちょっと触れる位のキスを……いやしっかりと触れたけど。そしたら、幸ってば怒って俺の目をコルク抜きで抜こうとしたんだもんなぁ。前にもあったけど、あれってマジで怖いのよ。ミーちゃんが必死に止めてくれたお陰で危機を脱したけど、その日は口を利いてくれなかった。あーあ、こんな話を十年後とかに幸としたいな。それにしても、未だにキスをさせてくれるときと駄目な時の違いが解らない。人前だから恥ずかしくて嫌だとか?そうだとしても、あの殺気はいかがなものでしょうかねぇ。何か対策を考えないと、本当に目がなくなる。写真を専用のアルバムに綴じて一枚ずつ愛でてると、携帯が着信を告げた。葵だったら絶対に出ないと心に決めて、鳴り続ける携帯に表示された名前を見て、すぐに通話ボタンをタッチして耳に当てる。
「ヤッホー、ミーちゃん。幸慈をどこに隠したの?」
『俺を悪者にしようとしてない?』
 不満気な声に肩をすくめる。
「そんな資格無いよ。結構堪えてるんだよね」
『同じ事繰り返すから、学習しないんだと思ってた』
 思ってもなかったミーちゃんの毒舌に口元がひきつった。まぁ、堪えてる、の一言で許してもらえるほど甘くないか。ミーちゃんの反抗期が想像出来ないと言ったけど、これは確かに予想外過ぎ。秋谷、ミーちゃん怒らせたらダメだよ。本当に怖いからね。
「わー、酷い言われよう。まぁ、感情が先走る人間だってのは自覚してるかな。幸慈、寝むれてる?」
『教えない』
 だよねー。
「えー。じゃあ何で電話してきたの?」
『んーっと、今どこ?』
「マンションの部屋だけど」
『そっか』
 俺がどこに居るとか、ミーちゃんに関係あるのかな。幸を匿ってるから、場所の把握をしときたいって事なら、聞いてくるのも有り得るか。
『盗撮とか、盗聴とか、見つかったら大変だよね?』
 やっぱり幸から聞いたかぁ。そうだよねぇ。匿うって事は、俺にバレ無いように動けないと意味ない。その為には、知っておかないと。
『だから、見つからないようにしといたから』
「……は?」
 見つからないようにって、どういう意味?犯罪も何も、俺のパソコンでしか見れないんだから、見つかる可能性なんて……ハッキング!俺は慌ててパソコンのある部屋に飛び込んだ。電源を入れっぱなしにしてたパソコンのデスクトップからは、あったはずのアイコンの数が減っていた。
「待ってよ……待ってよ!ミーちゃん何してんの!?」
 キーボードやマウスを操作しても、画面は固定したまま動かない。電源を無理矢理抜けばどうにか出来るかもしれないけど、一度追い出した所で、再度電源を入れたら同じ目にあうのは想像できる。
「こんなの有り得ないって!」
 また一つアイコンが消えた。何でここまでされないといけないんだよ!
『幸慈が望んだ事だよ』
「は?幸慈が?」
『檜山茜の中から消え去りたい。これが、今の幸慈の答え』
 冗談じゃない!
「そんなのっ、すぐに覆すに決まってるでしょ!何度だって覆す!」
『そうだね。その度に幸慈が傷付いて、泣いて、死にたがってるって知ってて言ってるなら、俺は敵になるしかないよ』
 切れた通話音に、俺はその場に座り込む。死にたい……誰が?幸が?何でそうなんの?駄目に決まってるでしょ。幸が死ぬなんて、居なくなるなんて、それこそ、この世の終わりだ。急いで折り返すけど、着信拒否されたのか繋がらない。立ち上がって部屋を出る。リビングに居る秋谷の足元に倒れ込む俺の様子を見て、普通じゃないのは当然察していて、眉間にシワを作った。
「今すぐミーちゃん呼び出して!」
「はぁ?今電話してただろ」
「冗談じゃない。冗談じゃない!居なくなってたまるかよ!無くすもんか!忘れるもんか!俺の全てなんだ!」
 俺の様子が普通じゃないと判断した秋谷は、すぐにミーちゃんに電話をかけ始める。
「……駄目だ、出ない。何話したんだ?」
 秋谷からの電話にも出ないなんて。俺は急いで玄関へと足を動かす。そんな姿を異常と思ったのか、秋谷が制止の声をかける。
「うるせー!こうしてる間にも幸に何かあったら!」
「(幸?愛称か?)」
「どうしよう。幸……幸……」
 まともに考えられない俺は、靴を履かずにドアノブに手を伸ばす。それを秋谷が掴んで止めさせる。
「今は未来を信じろ!」
 部屋に響いた秋谷の声に手と足が止まる。
「そんで、オマエは冷静になれ。そんなんで会っても、まともに話なんて出来ないだろ。それじゃ、振り出しから先には進めねぇよ」
 だったら、どうすれば良いのさ。サイコロのどの目が出たら幸に会えるの?何回転がせば良い?理性なんて何一つ役に立たないのに。
「今は、サイコロ振って一回休みのマスに止まってろ」
 一回っていつまで?二回目のサイコロはどれだけ休んだら投げれるの?パソコンからメール着信を告げる音が聞こえて、弾かれた様に部屋へ駆け込む。パソコンの画面に表示されたメールの内容に、俺はその場に座り込んで息を吐く。
ー課題は自分でどうにかしろー
 宛名のない一文字に、幸からだと解った。課題……そうだね。課題しないと幸に怒られちゃうね。これ、返信出来るかな。駄目もとで挑戦したけど、返信が出来ないと改めて解ると凹んだ。本当に居なくなりたいなら、何でメールをくれたの?まだ、期待して良い?
「課題やるのか?」
「うん。……ねぇ、笑顔ってさ」
「あ?」
「どうやって作るんだっけ?」
「……は?」
 幸に会う時は絶対に笑顔でって思うのに、それがどうやって出来てたのか解らない。ふらつく足で部屋に戻って、鞄の中を漁る。課題って全部で何個だっけ。机の上に飾った小さな額が目に止まる。幸がくれたメッセージカード。そのまま飾るなんて出来なくて、似合う額を最近になって見つけて、やっと飾れたんだよね。それを額ごと手に取って、床に座り込む。笑っていないといけないのに。幸が望んでる事なのに。解んないよ。解んない。どうやったら笑えるの?教えてよ。助けてよ。幸……幸……。一回休みのマスにいる俺には、ただ泣くことしか出来なかった。サイコロの振り方すら、思い出せそうにないや。
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