カフェオレはありますか?:second

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 結局、次の日の朝起きれなかった未来を背負って、二人分の荷物を抱え、笑顔で見送る未来の両親に挨拶をして出発する事になった。微かな期待を抱きながらも、予想していた結果に息を吐く俺の気持ちを無視して、寝息を立てる背中の重さに苦笑する。昨日は迷惑をかけたな。
 課題を終えてすぐにパソコンを操作し始めた未来の姿に疑問を抱きながらも、頼まれた泊まりの準備を始めた俺の耳に、不機嫌な未来の声が届いた。気になって耳を傾けると、檜山を相手に喋っているんだと解って息が止まる。内容を聞く限り、檜山が盗撮や盗聴していたデータを消している様だったが、未来の事だ、どうせ別でデータを保管して檜山の弱味にするつもりだろう。未来が最後に俺が望んだ、会いたくない、を、口にしたのを聞いて視線を落とす。自分で伝えないといけないのに、それを未来に言わせるなんて情けない。でも、大丈夫だろうか。急にそんな事を言われて、檜山が冷静でいられるとは思えない。何か足止めをしないと、未来の家に押し掛けて来るのは想像できる。電話を終えた未来に、押し掛けて来ないようにメールを送ってほしいと伝えた。課題は自分でどうにかしろ、とでも送れば明日の朝までは動かないだろう。俺からだと解ればの話だが。メールを送り終えた未来は、丁寧に返信を拒否してから荷物を手にし始めた。もしかして、を、並べて確実に必要ない物を鞄に入れようとする未来を説得して諦めるように言う。こんな時間はいつ振りだろうか。睡眠時間を少しでも多く取りたかった俺は、荷物の最終確認を三回行うだけに留め、未来とベッドに入った。高校生二人が寝るにはギリギリになっていて、自分の成長を再度実感する。昔は大きく感じたのにな。明日が楽しみだと言う未来の言葉に頷いて、目覚まし時計のセットを変更してから、お互いに目を閉じた。
 一緒に寝たのにこのざまだ。さすがと言うか、何と言うか。雅に言われた待ち合わせ場所に着くと、すでに皆揃っていて、平の車も停車してあるのが解る。時間には余裕があると思ってたが、結果的に俺と未来が最後だった。俺の状態を見て、全員が真っ先に溜め息と苦笑いを作る。それをどの意味でとらえれば良いんだ。運転手が荷物を預かると言ってきたので、ありがたく預けることにした。
「おはよう、幸慈。それでよく走ってきたな」
 雅の言葉に、そっちの意味か、と理解する。
「おはよう。まぁ、これに関しては慣れだ。光臣、課題は大丈夫か?俺と未来は終わらせてきたから、付きっきりで教えられるぞ」
「ほ、本当に!?じゃあ、頼らせてもらうね!」
 顔を輝かせる光臣に頷き返す。せっかくだから、未来にも同じ問題をやってもらおう。
「まぁ、起きれなかったのは未来だけじゃねぇから安心しろよ」
 雅の視線を追って車の中を見ると、平に寄りかって寝てる薫の姿があった。平は未来を背負う俺の姿を見て小さく笑う。まぁ、人類皆が朝に強ければ寝坊なんて言葉は存在してないもんな。
「雅、光臣、未来を車に乗せるの手伝ってくれ」
「りょーかい。反対側のドアから乗って補助するから待ってろ」
「あ、頭気を付けて」
「光臣よくぶつけるもんな」
「うっ」
 その光景は簡単に想像がつく。雅と光臣の協力のお陰で未来を車に乗せることが出来た。俺と光臣も順番に車に乗り込む。三列目の左に平、真ん中に薫、右に光臣。二列目の左に未来、真ん中が俺、右に雅。シートベルトをしたのを確認した運転手は、開いていたドアを閉めて、ゆっくりと運転席へと向かう。運転席と座席の間にスモークガラスみたいなのがあってよく見えないが、ドアの音で運転席に乗ったのが解る。スモークガラスが付いてるのを見ると、高い車だということはすぐに予想が付く。少しして、ゆっくりと車が動き出す。光臣はすぐに欠伸をし出して、眠り始めてしまう。きっと、気負いすぎて眠れなかったんだろうな。
「大和に今日からの事言ってないんだね」
「最近ウザ過ぎるから距離を起きたくてな。それに、布団の数が丁度この人数分しかないんだよ」
「俺と薫は旅館に泊まるから気にしなくて良いのに(やっぱり機嫌損ねたんだ)」
 二人の目的がボランティアから逸れているような気がしていたが、案の定、観光メインの参加らしい。浴衣でボランティアに来そうな雰囲気だな。
「だろうな。でも、ボランティアの備品とか置いてるから、部屋が一つ使えないんだ。そんな所に大柄な奴を招きたくない。面積が狭くなる」
「面積に関しては否定しないよ。まぁ、お陰で薫を説得しやすかったから、旅館に泊まれるわけだけど」
 否定しない理由はそれか。まぁ、確かに神川が大柄って事は否定できないが。面積という表現はどうなんだろう。
「でも、ボランティアなら力仕事も多いだろうし、人手があるに越したことはないと思うけど」
「(今日の千秋は良く突っついてくるな)いや、手伝うどころか遠巻きから人が頑張ってるのを、暢気に見てるだけな気がする」
 それは檜山の方だと思う。やる気があったところで空回りして仕事増やしそうだから、居ないに限る。それに、もう関わりたくない。
「(大和は雅のためなら何でもするのに。それが伝わってないって妙だな。本当に恋人?雅が鈍すぎるだけか?)」
 雅の神川に対する言葉が、さすがに突き放し過ぎな気がして心配していると、平が少し疑問を抱いたのか黙ってしまった。ごっこ遊びでも皆の前ではもう少し言葉を選んだ方が良い、と、忠告したくてもこの状況では無理だ。
「雅くんはツンデレなんだね……俺、いつ車に乗ったの?」
 欠伸をしながら暢気に周りを見回す未来の姿に息を吐く。やっと起きたか。
「幸慈に感謝しろよ」
「……はっ、ご、ごめん幸慈!連れてきてくれてありがとう!」
「あぁ、もう慣れてるから問題ない。それより、つんでれってなんだ?」
 抱き付いてきた未来の頭を撫でながら、聞いたことのない言葉に首を傾げる。
「えっとねー、皆の前では冷たい態度を取ってるけど、好きな人と二人の時は甘える人の事……だったかな」
「(それは雅には当てはまらないと思う)」
「(それは幸慈の方が当てはまると思う)」
 考えていることが似ていたのか、雅と俺は顔を見合わせる。
「どこでそんな言葉覚えたんだ?」
 確かに未来の生活の中では耳に入りそうもない言葉だ。
「薫くんが言ってた」
「「薫か」」
 納得する出所に俺と雅は頭を抱える。教えるにしても、他に何かあっただろうに。
「(ツンデレなら少しは納得出来るかな)」
 雅の大和を突き放すような言葉に、恋人としての違和感を感じていただろう平の表情は少し納得したものに変わる。どうやら、今回は未来に救われたみたいだな。
「あー、そうそう。本題を忘れてた」
 平が珍しく何かしらの案件を持ってきた事に、珍しさを覚えながら少し後ろを向く。すると、平は俺を見ていたらしく、すぐに目があった。
「茜が何したの?」
 遠慮ない言葉に俺は息を止めた。
「あはは、何もしてませんよー。ちょっと俺達が反抗期ってだけでー。ね、幸慈」
「そうだな。神川は反抗期ってだけで楽しそうに笑ってたが」
 未来の助けに息を吐く。未来が居て良かった。
「こっちは真剣なのにね!」
「ふーん。大和の楽しいは、大概趣味悪いんだよね(香山が怒るのは珍しいな。これは、多木崎の古傷を抉ったな)」
 平の言葉に雅は何度も頷く。悪趣味に賛同してるのが丸解りな反応に苦笑する。悪趣味は全員の共通認識事項ってわけか。
「真剣?反抗期って?」
 寝起き特有の声を出しながら、薫が平にすり寄り話の内容を教えてほしいとせがむ。そんな薫の頭を撫でながら、平はさっきまでの話を始める。話終わって薫の目が覚めてきた頃、車はサービスエリアに入っていった。出発から四十五分。朝食には丁度良い時間だ。サービスエリアの中でも浮かない平の家の車は、気疲れしなくて良い。先に二列目に乗っていた俺と未来と雅が車から降りる。薫は未だに眠る光臣を起こし始め、何を食べるか話かけていた。起きてすぐに食欲が沸くのはすごいな。頭をぶつけないようにフォローする雅に手を引かれて車から降りた光臣は、まだ足元がふらつくのか雅の手を放せずにいる。座りっぱなしだった体をほぐすために伸びをして息をゆっくり吐く。
「未来、貴重品持ったか?」
「持ったよー。幸慈こそ大丈夫?」
「大丈夫だから聞いてるんだ」
 未来以外の皆も、財布や携帯を手に車を離れる。
「良い天気だね」
 光臣の言葉に未来は携帯に目を落とす。
「どの情報見ても連休中は全国的に晴れだって。道路もこれからどんどん混むだろうね。道路状況を見る限り……今はまだ流れてるみたい」
「そうか。それと車酔いの薬預かってきたから、後で飲むように」
 家を出る時に預かってきた薬袋を未来に見せると、目に涙を溜めそうな勢いで袋を両手で掴んできた。
「ありがとう!無しで過ごせって言われたらどうしようかと思った!」
 最悪な結果に終わることは間違いないな。
「雅と光臣は車酔い大丈夫か?多めにあるから心配なら飲んだ方が良い」
 俺の言葉に、雅は目を輝かせた。
「すげー助かる。朝飲もうとしたら薬切らしてて、どっかで買おうと思ってたんだ。二人分ある?」
 二人分ということは、光臣も乗り物弱いんだな。
「全員分ある。未来のお母さんの気遣いは凄いからな」
「で、でも高いだろうし、俺は良いよ」
「「却下」」
「二人して言わなくても」
 俺と雅に却下された光臣は小さく俯く。ここは未来に説得を任せた方が良いな。未来に視線向けると、俺の頼みたいことが解ったようで、すぐに光臣の所に歩み寄った。
「せっかく皆と旅行なんだから、車に酔った思い出より楽しい思い出の方が素敵だと思わない?お爺ちゃんになって、あの時未来が車に酔ったせいでー、とか言われるのも嫌だし」
「……俺も、そんな思い出話は嫌かな」
 さすが未来だ。却下の一言で終らせようとした俺と雅とは大違いだな。
「お土産は帰りでも買えるから、今は食事を優先しよう。渋滞にはまると面倒だ」
 平の言葉に薫が右手を高く上げ、挙手をする。
「千秋と一緒なら渋滞大歓迎!」
「俺も薫と一緒なら大歓迎」
 歓迎するな。いつものやり取りも平和の象徴と思っておくとしよう。
「バカ放っといて行こうぜ。腹減ったー」
「賛成」
 光臣と手を繋いだまま歩き出す雅の後ろを付いていくと、開いてはいないがキッチンカーが何台か並んでいた。人が多く混雑な建物の中に入らなくても食べ物が買える、と、考えればキッチンカーの方が楽かも知れない。建物内に入ると、外の車の数に比べて人が少ない気がした。
「わー、パンの良い匂い」
 入口を入ってすぐ右のパン屋から香る焼きたての匂いに、未来の食欲も目を覚ましたらしい。
「えーっと、六時オープン……食べ始めるのは俺が最後かも」
 取り敢えず、パンを食べるにしても席を確保しないとな。落ち込む未来の後ろで、追い付いてきた平が同じ所へ目を向ける。
「パンか。昼用に買っておくのも有だな」
「そうだな。連休でお昼頃は込み合うし、サービスエリアを諦めて車内で食べる事を視野に入れた方が良い」
 未来が皆とパンを食べれる様に平の意見に乗ることにした。
「だったら高速降りて公園で食べようよ!ピクニックみたいで楽しそう!」
「薫が望むなら」
「やったー!千秋大好き!」
「俺も大好き」
「あそこの席空いてるぞ。薫と千秋は先に飯買ってこいよ。俺達席とってるから」
 平に抱き付いて喜びを表現する薫を無視して、席を見つけ二人の側を離れる雅の行動は慣れたものだな、と感心する。
「はーい!千秋は何食べたい?」
「魚の気分かな」
 まぁ、この二人の近くに居たいか、と、聞かれれば答えはノーだ。雅の見付けた席は、ソファーと椅子で向かい合う様になっていて、三人分の上着を椅子の背もたれにかけるだけで場所の確保が出来た。
「薫はソファーが良いだろうから、俺は椅子にするかな」
「光臣くんはソファーの方が良いんじゃない?まだ眠そうだし、椅子で転んだら大変だよ」
「いくら俺でも転ばないってば」
 そう言いながらも、光臣は未来に言われるがままソファーに座った。
「んー、牛乳有るかなぁ」
 光臣は牛乳が好きなんだろうか。前に遊んだときも、牛乳を買って帰ると言ってたな。
「さて、と。こっから見える範囲だと……カツ丼定食か、魅力的だな」
 朝からカツ丼。俺には無理だ。雅の胃袋は逞しいな。
「幸慈、おにぎり専門店あるよ。朝食セットもやってるみたい」
「よし、それにしよう」
「ぶっは、決めんの早過ぎ」
 未来の見つけたメニューを即決した俺と違って、雅はまだ悩んでるらしい。
「未来と光臣は?」
「牛乳」
「以外も食えよ」
 やっぱり牛乳が好きらしい。身近に牛乳好きが居ないせいか、どことなく新鮮味を感じる。ただ、牛乳だけだと栄養的には良くないな。栄養失調で倒れた俺が心配するのも妙な話だが。
「牛乳はパン屋のクーラーボックスに並んでたから、今は食べる方を決めたらどうだ?そうだな……中華料理屋のメニューにお粥があるぞ。普段食べなくてもお粥なら平気だろ?」
「……うん。ありがとう幸慈」
 どうにか牛乳以外も食べてもらえそうだ。
「オムレツセットがある。俺はそれにしよー」
 オムレツセット……なるほど、サイドにパンが付いてくるからか。未来は昔からパンが好きで、今もコンビニに新作のパンが出ると必ず買ってるもんな。時間がかかりそうなのから買いに行くという事になり、雅はカツ丼とカレーセットを、未来はオムレツセットを買いに席を離れた。俺は真ん中の椅子に座って場所取りとしての役割を果たすことにする。
「幸慈はすごいね」
 急に言われた言葉に首を傾げる。
「なんだよ急に」
「困ってると、必ず選びやすい方へ誘導してくれるでしょ。俺には出来ないから、すごいなぁって」
 そんなの考えてやっている事じゃないから、すごいと言われても実感が湧かない。
「僕は、光臣の方がすごいと思うぞ」
「俺?」
「うん。光臣は、好きとか嫌いとか、ちゃんと正面から受け止めようとするだろ。応えられるかどうかは別として、逃げないで向かい合おうとしてる。僕は理由をつけては逃げてばかりだから、そういうの、すごいなって思う」
「そ、そうなの?意識してないから解らないや」
 だからこそ、檜山葵は光臣に惹かれたんだろう。
「あ、茜さんと、何かあった?」
「最初から何もない」
 なかった事にしたい。全てを。でも、それは難しいとも思う。約一年。たった一年だ。それでも、俺の中に居座り続けようとする存在に頭を抱えては息を吐く。あの時、女の手を取って抱き締めてくれれば良かったのに。そうすれば、今も全てが上手く行ってたはずなんだ。単調に動いていた俺の歯車は、いつから乱れ始めたんだろう。
「光臣は何も無いのか?」
「んー、どうなんだろう。こういうのって、正解なんて無いでしょ。二人が納得出来る答えも一方的な答えも、その時は正解でも、次の日には不正解に変わるかもしれない。そんな事を考え出すと、ね」
 堂々巡りばかりで、終わりが見えないままの毎日が続くだけ。なら最初から、友達の椅子とは違う、一人しか選べない椅子には誰も座らせずに、その椅子すらもないと思っていた方が辛いこともない、と。光臣の言葉には同意出来た。それでも、俺達は選ばれてしまっている。誰かのたった一つの椅子に。
「お待たせー!」
 声に振り返ると、薫を引っ付けたまま二人分の煮魚定食の乗ったトレーを持つ千秋がいた。
「歩き難くないのか?味噌汁とか、溢したら大変だろ」
「香山と荷物を背負って走るようなものだよ」
「成る程」
 解りやすい例えだな。
「ん?幸慈の学校、体育祭終わったの?」
 寝ていて俺が未来と荷物を背負って来たことを知らない薫は首を傾げる。
「うちの学校は毎年喧嘩が絶えないから体育祭はないんだ」
「いいなー」
 運動が得意じゃない光臣は体育祭とか、運動に関する行事は好きじゃないらしい。未来と同じだな。
「え!?つまんないじゃん!」
 ボディーガードを相手に、勝手に鬼ごっこを始める位だから、薫は体育祭とかの行事は好きそうだ。
「早く座れよ。飯冷めるぞ」
「何、そのえげつない朝食」
「見ての通り、カツ丼とカレーセット」
 青冷める薫の前にわざとカツ丼とカレーの乗ったトレーを近付ける雅は、行事とかは面倒って意味で好まなそうだな。
「光臣っ、ソファー組なら雅の前に座って!」
「はーい」
「お待たせー。雅くん、本当にカツ丼にしたんだ。カレーまで付いてる」
 テーブルに置かれた雅の朝食を見て、感心したような未来の反応に、朝食の意味を解ってない、と、薫が呟く。
「なんなら、少し食うか?」
「カレーは辛くないなら一口欲しいかな」
 皆が戻って席に着いたのを確認して、俺は立ち上がって光臣を見る。
「さて、光臣、僕達も買いに行こう」
「うん。皆は先に食べててね」
「あ、水とお茶はセルフサービスで、あの柱の裏にあったぞ」
「解った」
 雅の親切心に頷き、俺はおにぎり専門店、光臣は中華料理屋へと足を動かす。おにぎり専門店の前に来た俺は、予想よりも多い種類に驚く。
「いらっしゃいませ」
「朝食セットをお願いします」
「はい、おにぎりの種類をお選び下さい」
 朝食セットのおにぎりの具は固定されてないらしい。せっかくなら普段見慣れないやつを食べてみたいな。
「二色とたらこマヨネーズ」
 二色は鶏そぼろといりたまご、らしい。二色丼がおにぎりになった感じだろうか。
「ありがとうございます。ご注文を繰り返させていただきます。朝食セット一つ、おにぎりは二色とたらこマヨネーズ、以上で宜しいでしょうか?」
「はい」
「畏まりました。お会計……」
 淡々としたやり取りだな。実に清々しい。朝から余計な気遣いは避けたいからな。檜山が起こしに来るようになってからは酷いの一言に限る……いや、何を考えてるんだか。白紙に戻すなら、思い出したり、懐かしむ事は絶対に駄目だ。そもそも、何で檜山は俺を選んだんだろう。それさえ解れば、何か対処のしようがあるかも知れない。
「お待たせ致しました」
「ありがとうございます」
 お礼を言って受け取ったトレーを持ったままセルフサービスのお茶を取りに行く。先に光臣がいて、俺と目が合うと二人分の紙コップをトレーに置いて歩いてきた。俺の分も取ってきてくれたと解り、ありがとう、と、言ってお茶の入った紙コップを一個受けとる。二人一緒に席へ戻ると、すでに雅のカツ丼は消えていた。食欲旺盛とはこの事か。
「おにぎり大きいね」
「あぁ、このサイズだと一個で充分なんだが」
 未来の言葉に肩をすくめて薫の前に座る。
「幸慈って光臣並みの少食だね」
「まぁ、食べる方ではないな」
「少しは雅の食欲分けてもらったらぁ」
 冷めた視線で雅を見る薫に苦笑いしながら、目の前のおにぎりを見て息を吐く。
「光臣くんのお粥、良い匂いするね。お出しの匂いなのかな?」
 確かに素朴なイメージのお粥にしては、きちんと出汁の匂いがする。
「そう、だと思う。卵粥にしたんだけど、乗せる具は何が良いか、とか色々聞かれて困ったよ。結局、写真に載ってるやつと同じにしちゃったけど」
「誰かみたいに冒険するより全然良いよ」
「さっきから俺に対して言葉が刺々しくないか?」
「雅の名前なんて一言も言ってないし」
「目が言ってんだよ。目が」
 二人にすればいつものやり取りなんだろう、と、思うと気にもならない。お茶を一口飲んで喉を潤すと、視界の端に何か見えた気がして視線を向ける。
「どうかした?」
 平に聞かれて、首を左右に動かす。
「いや、何でもない。気のせいだ」
「頼むから面倒事は呼ぶなよ」
「好きで呼ぶわけないだろ」
 雅の言葉に肩を落とす俺の頭を未来が撫でて慰める。
「幸慈、食べないの?」
「いや、どっちを食べようかと思って」
「一個は残すの確定かよ。光臣、お粥一口」
「良いよー。ふー、ふー、はい、あーん」
 口を開けてお粥をねだる雅の姿は、食べ物は違えどカラオケでも見た光景だ。
「あー、ん。んー、美味っ。これ三杯はいける。いや、トッピングを変えればもう少し飽きずにいける気も」
 お粥を一口食べた雅の発言に、食欲旺盛とはどこまでを言うのか解らなくなった。
「具は?」
 雅の食欲に興味が無いのか、薫は俺のおにぎりの具を聞いてきた。
「こっちが二色ってので鶏そぼろといりたまご、こっちがたらこマヨネーズ」
「鶏そぼろ!俺食べたい!」
 薫のありがたい申し出に甘える事にしよう。差し出された薫の手に二色のおにぎりを乗せる。
「その食欲、幸慈に分けてやれば?」
 さっきの仕返しとばかりに言ってきた雅を、薫は不貞腐れながら睨み付ける。
「おにぎりの具にしては珍しいね」
 平の言葉に頷き返す。
「そう思って、今後自分で作る時にどんな感じか参考にする為にもと買ったんだが、予想より大きくて」
「食レポなら任せてよね!」
 そう言って一口齧った薫は丁寧におにぎりの断面を見せてくれた。
「具は混ぜ合わせてるのか」
「鶏そぼろの味は少し濃いめだけど、たまごは良くある感じで甘くしてるとかは無いよ。特別変わりばえってのはないかな。ご飯に塩がふってないから、鶏そぼろはわざと濃い味で作ってると思う。汁気が殆ど無いのは、おにぎりにするからなんだろうね。こんな感じでどう?」
「すごい解りやすくて助かる。すぐにでも作れそうだ。褒美は平にでも貰ってくれ」
 平に後を任せると、嬉々とした表情で薫の頭を撫で始めた。
「良くできました」
「えへへー。もっと褒めて褒めてー」
 微笑ましい光景を前に、味噌汁を飲んだ俺は、手元に残ったおにぎりを一口齧る。中は茹でてあるたらことマヨネーズが混ぜてあるものが入っていた。確かに生のたらこだとマヨネーズと和えるには無理があるかもな。
「ちゃんとたらこ入ってるね」
 未来はパンを手におにぎりの具を覗いてくる。
「千秋でも作れそう?」
 自分で作ることはしないのか。
「こんな感じだ」
 断面を平に見せると、小さく頷いた。帰ったらすぐにでも作りそうだな。興味津々な表情をする未来に一口食べさせる。お礼にと、フォークに刺さったブロッコリーを向けられた時には少し笑った。
「未来」
「いや、お礼だよ。お礼」
「何故そんなに焦る必要が?」
「あ、焦ってないよっ」
「「「「焦ってる」」」」
「違うってばっ」
 俺と未来以外の四人が口を揃えて言ったことで、未来は更に慌て、全力で否定した。ブロッコリーが嫌いだと知っている俺に、それを食べさせようとした時点で未来の負けだ。
「ははっ、なんか、こういうご飯も良いね」
「そうだな」
 今では、俺達の間では当たり前になり始めた光臣の笑顔に賛同して、未来の手からフォークを取りブロッコリーを口に含む。フォークの先から消えたブロッコリーの姿に、未来は目を輝かせる。
「幸慈なら食べてくれるって信じてた!」
「調子良すぎ」
「イテ」
 未来の額にデコピンをして、味噌汁を口に含む。こういう食事は久しぶりな気がする。学校の昼休みとは違う場所と会話とメンバー。新鮮さがそう感じさせるのかもしれない。それでも、楽しいと思えてる自分が嬉しかった。ナンパも悪くないな。まぁ、相手にもよるが。全てではないかもしれない。でも、自分の何かを譲って、話せる相手が居る。それがこんな気持ちにさせてくれるんだと、今はそう思っていたい。檜山が居なくても俺の世界は綺麗だ、と。茜色以外の好き、を、今なら見付けられる気がした。朝食を終え、未来念願のパン屋で、何を買うか悩む薫とそれを愛しそうに見る平、トレーに山盛りのパンを乗せる雅、半分子して食べようと約束している未来と光臣。皆の好きな色は何色だろうか。そんな、らしくない事を考えて、息を吸い込む。今日は息苦しくない。
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