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2人の共同生活…
しおりを挟む「レベッカ~、起きてる?
朝ごはん用意したよー」
部屋の扉をノックされて、目が覚めた。
「ごめん、今起きた!
待ってて、着替えてから行くわ!」
部屋のドアには鍵が掛かっている。外から鍵は掛けられない。寝巻きにも着替えていた。昨日は自分で部屋に戻ったはずだ。
でも、何も記憶がない。
寝ぼけているのか、頭が働かない…。
「…あれ?昨日、私いつ寝たんだ…
お風呂に入ったっけ?」
慌てて裸になる。身体は綺麗で髪も洗ったようだ。
アダムは使用人だが、若い男だ。万が一と思い、自分の身体を入念に調べてみる。特に何かされた跡も無い。身体には公爵が付けた跡が薄く残っているだけ。
「太もものところ…まだ赤い……。」
脚の付け根に近い太ももの内側、まだくっきりとキスマークが残っている。
早く消えれば良いのに。身体に残した跡を見る度に、公爵は今何をしているのだろうと想ってしまう。
……だめね、今は目の前の生活に集中しないと。
レベッカは着替えてキッチンに向かうと、アダムは朝食の支度をしていた。
焼きたてのパンの良い匂いがした。
「おはよう。良い夢は見られたかな?
昨日のシチューのお返しでパンを焼いてみたんだよ。
一緒に食べよう。」
「え、…ありがとう。」
アダムは来週まで残しておく小麦粉を全て使い、平鍋でパンを焼いていた。
「あ、ちぎりパンだ、ふんわり甘いね。
レシピを教えてよ。」
アダムは優しく微笑みながら、お母さんのレシピをたくさん教えてくれた。
「それでレベッカ、今日は何をしようか?」
食後にアダムは紅茶を淹れた。2人で向かい合ってお茶を飲む。
主人と使用人の関係ではあり得ない状況だが、もうレベッカは何も言わない。
でもどうしても、アダムに言いたい事がある。
「そうね、あなたはこの後、家畜小屋の修理をして。
私は荒れた畑をなんとかするわ。
あと、これからの生活なんだけど……」
レベッカは、なかなかその後の言葉を言わない。アダムは不思議そうに見つめている。
「……レベッカ?」
レベッカはカップの紅茶を飲み干して、やっと口を開いた。
「使用人が居ても、生活のルールは変えないわ。今日から教えるから覚えて。
まず最初に、勝手に私の紅茶を淹れないで。紅茶は高級なの!贅沢は敵!
淹れる時は家で採れたハーブティーにして。」
レベッカはマシンガンのように生活ルールや節約について、アダムに話した。
だんだんと使用人の顔が、かったるそうな表情に変わっているのを、レベッカは気づかない。
「はいはい、わかったよー。口うるさいなぁ。
レベッカってなんか、想像していた人とは違うというか、…けちんぼな婆さんみたいだな。」
あははと無礼な使用人は、1人で笑っている。
「ア~ダ~ム~!!」
「あ、やっぱり、怒った顔可愛いな。」
レベッカは早く働けと、ニヤけているアダムの背中を押しながら命令した。
午前中、2人は屋敷の外で互いの仕事をこなした。
※
「レベッカ~!大変だー。」
アダムは畑にいるレベッカのもとに走って来た。
「どうしたの?」
「ちょっと来てよ、君の牛が…。」
土に汚れたレベッカは農具を放り出して、家畜小屋に向かった。
「この牛…乳が出ないんだけど…。」
「!!!」
アダムに修理された家畜小屋に、レベッカの牛は少し元気がなさそうに見えた。
「なんだろう、あの嵐のせいかな?
俺も昔飼っていた牛がさ、狼に怯えストレスで急に乳を出さなくなった事があったよ。」
「ううう、そんなぁ~!私のミキティーが~!!」
レベッカは牛を慈しむように撫でた。
「ねえ、『ミキティー』ってまさかこの牛の名前なの?」
「当たり前でしょ!ミルクちゃんも良いかなと思ったけど、まんま過ぎるし…。
この子から採れたミルクで煮出したロイヤルミルクティーは最高に美味しいのよ!」
「…はは、良い名前のセンスですね。
でも、乳を出せないなら、解体して食料にしない?」
「アダム!おだまりっ!!
なんて酷い事を言い出すのよ、あんたは最低ね。
ミキティーは大切なペットとして育てるわ。」
アダムはやれやれと、溜め息を吐いた。
この女は自立したがっているが、やはり現実の厳しさを知らない貴族のお嬢様だ。先が思いやられると、頭痛がしてきた。
「わかったよ。俺も君の自給自足を手伝うよ。
でも、毎日肉のないシチューは嫌だから食料を調達したい。
あーあ、猟銃があればな~。」
「アダムは狩りが出来るの?」
「もちろん、狩は得意だよ。釣りも好きだから、釣竿も欲しいなぁ。」
無意識なのか、アダムのおねだりは魔性だった。三十路女の母性がくすぐられた。
「それなら、お金を渡すから猟銃と釣竿を買ってきて。」
レベッカは早速、狩の道具を買うための金をアダムに渡した。
「あーあ、レベッカがゴシップされなかったら、一緒に買い物デート出来たのにな。」
「馬鹿なこと言ってないで、早く買いに行きなさい。」
アダムを見送ると、レベッカは部屋の掃除をした。
昨日、アダムは隣の部屋で寝ていたようだ。掃除が行き届いてないのでほこりっぽい。
「今のうちにシーツを洗って干してあげないと。」
レベッカは使用人に家事を全て任せるつもりはない、あくまでアダムとは共同生活を送るつもりだ。
「お昼ごはんも晩御飯もどうしよう…。
小麦粉はほとんど無いし、何作ろうかな……。」
彼は猟銃を買ってすぐに、狩が出来るだろうか。
「お昼はジャガイモのグラタンを作ろうかな」
ホワイトソースなら作れそうだと、ジャガイモの皮を2人分むいた。
キッチンにはレベッカの楽しそうな鼻歌が聞こえる。
昼ご飯の準備も出来た。後はのんびりと広い屋敷でアダムの帰りを待つ。
「…なんだろ。アダムが若い男の子だからかな?
同棲している彼女感を感じている…。」
ジンジャーだったら絶対にそんな事を感じないのに。急に同棲していた頃の前世を少し思い出した。
「あ。……そう言えば、ジンジャーは元気かな。」
この家に戻ってからも、ドタバタしていて、ジンジャーを忘れかけそうになっていた。
そんな時に、外から銃声の音がパーン、パーンッ!と聞こえた。
鼓膜を突き刺すような鋭い音に、心臓が跳ね上がった。
レベッカは何事かと部屋を飛び出し、外へと駆け出す。
「アダム…!」
玄関を出た先の道沿いを、アダムが猟銃と何かを担ぎ向かっている。
「あ、レベッカ。見て見て、小麦粉一袋貰ったよ。
朝は勝手に使ってごめんね。
君に俺の作ったパンを食べて貰いたかったんだ。」
レベッカは食材まで帳簿に記録していた。キッチンに置いてあるのをアダムは見たようだ。
「…ありがとう、アダム。猟銃は買えたようね。
さっきの銃声はあなたのよね?」
「そうだよ。久しぶりで1発で仕留められなかった。
見て見て、今日のメインディッシュだよ。」
アダムは嬉しそうに、仕留めた鶏を見せ
た。
「あっ!!」
レベッカは目を見開いて驚いた。
アダムは早くご主人様に褒めてほしいと、ワクワクする犬のように尻尾を振って待っている。
だが、レベッカはアダムの仕留めた茶色の鶏に見覚えがあった。お尻に白羽が混じっているのを見て、確信した。
「私の、ホープちゃん!!!」
レベッカは「うわーん」とその場で泣き崩れた。
「えっ?えっ?えええ?」
これにはアダムも驚き動揺してしまう。
「ううっ…アダムぅ…その子は、私のホープ、たくさん卵を産んでくれた…ホープちゃん…ううっ…
そんな姿になってしまって……。」
アダムは『ホープちゃん』の首をしっかりと握っており、頭がありえない方向にクタッと曲がっていた。
レベッカはもう一度、その姿を見て「うおーん」と叫んだ。
「ご、ごめんよ!
レベッカの大事な鶏だとは思わなかった。」
「…もう、いいわ。わざとじゃないんだし、アダムは悪くない…うぅ…
急に泣いてごめんねぇ…最近、涙腺が弱くてぇ…歳かしらぁ…気にしないで…うぇ…」
レベッカは肩を落とし、どんよりとした顔で家に向かう。
その背中は、あまりにも気の毒すぎて気にせずにはいられない。
「どうしよう、食べないで剥製にしてあげようか?」
オロオロするアダムだったが、レベッカは急に振り向いた。
「いいえ、食べましょう。丸焼きにしてみたいわ。
私は血抜きとかの下処理が出来ないの。アダムがやってくれない?」
「あ、うん。わかった…。」
急に捕食者の顔になったかと思えば、また鼻をズピズピ言わせながら、悲しそうにして家に戻った。
担いでいた小麦の袋をキッチンに運び終えて、アダムはレベッカに小さな袋を渡す。
「はい、これ余ったお金だよ。」
手渡されたお金は僅かしか減っていない。
「猟銃も釣竿も買えたのよね?
小麦粉は貰ったと言ったけど、だいぶ安くすんだのね。」
「うん。俺がおねだりすると、みんな優しくしてくれるんだ。」
「うっ」
アダムは無邪気に笑う。その笑顔が眩しくて、思わず目を閉じそうだ。
「あなた……、変な男の人やお姉さん達に何かされたら逃げるのよ。」
「うん。その時は、レベッカに泣きついて助けを呼ぶよ。」
本気で心配するレベッカをアダムは笑った。彼の言葉は冗談なのか区別がつかない。
アダムにジャガイモのグラタンと、朝食べさせてくれたちぎりパンを自分でも作って出した。
「わー、美味しかった。ご馳走様!」
気持ちの良い食べっぷりと、爽やかな笑顔。中身の三十路女は、やっと年下男子の可愛さを身にしみて理解した。
「レベッカ…、ちょっとだけ、休んでもいいかな?」
「ええ、買い物に行って疲れた?
あなたの部屋は掃除しておいたわ。ゆっくり休んでね。」
アダムは食べ終えた食器を流しに運ぼうと立った。だけど、彼の様子が少しおかしい。
ガシャンと、皿を落としてしまった。割れた皿を拾おうとするが、少しフラフラしている。
「アダム、どうしたの?危ないから、私がやるわ。」
アダムの手に触れた時、彼に熱があるのがわかった。すぐに額に手を当てた。
「ねえ、いつから?すごく熱いわよ。」
「あ…。やっぱり、熱あったんだ。
どおりで鶏を1発で仕留められなかったんだな…。」
「ほら、お喋りは終わりよ。部屋に行きましょう。」
アダムは大人しく、レベッカに付き添われて部屋に移動した。
力尽きてドサッとベッドに寝転がるが、新品のシーツに包まれて気持ちが良かった。
「私の毛布持って来るわ。」
レベッカはすぐに温かな毛布をアダムに掛けた。
「ごめん、レベッカ。少し寝たら働くよ。」
「ふふ。いいのよ、出来損ないの使用人さん。こんな時は支え合うものよ。今日は寝てて。
元気になったらランドルフ家を救う方法を教えてね。」
レベッカは意地悪な使用人の真似をして言ったつもりだが、アダムには可愛すぎて言葉が出ない。
アダムの秘めた想いなど露ほども知らないレベッカは、優しく頭を撫でるのだ。
彼にとって最後のとどめは強烈だった。
※
アダムの熱は、夕方から夜にかけ上がっているようだ。ずっと熱にうなされている。
パン粥を用意したが、食べられそうにない。レベッカは心配になり付きっきりで、彼を看病した。
身体は熱いのに、寒気からか震えている。
「…部屋、寒いわよね。」
外から夜12時を知らせる鐘の音が聞こえた。
こんな事になるのなら、病院に行かせたり、薬を買いに行けば良かった。
レベッカはいつものナイトドレスに着替えて、アダムのベッドに入った。
少しでも暖が取れれば良いなと、彼の身体を温める。
「…レベッカ…」
目を閉じているが、アダムはレベッカの気配を感じたのだろう。
すがりつくように、レベッカを抱きしめた。
「大丈夫よ、アダム。
もしもの時は医者を呼んであげるからね。」
苦しそうな顔は、少し落ち着いた表情に変わった。アダムの寝息が聞こえる。
玄関から呼び鈴が聞こえた。
レベッカは少し眠っていたようだ。こんな時間に訪ねて来るのはランドルフ家か彼しかいない。
そう、レベッカの元婚約者の公爵だ。
新品で頑丈な扉を迷いなく開けた。
「こんな夜更けに、すぐに扉を開けるなんて不用心だぞ。
ドアスコープは覗いたか?」
扉を開ければいつもの小言。
それがとても懐かしく感じてしまう。
「公爵さ…」
レベッカが話しかけるのを無視して、公爵は彼女の唇を奪った。当然のように、彼の舌が口腔を弄る。
「ちょっと…!」
すぐにレベッカは口を離した。
でも、公爵は愛しい人を見る眼差しを送る。
「君に会いたかった。
この間は大丈夫だったか?」
公爵は、嵐の夜の事を言っている。全部を思い出して、レベッカは顔が赤くなる。
「その事だけど、あれは…。」
「無かった事になんてさせない。少し時間をくれないか?責任は持つよ。」
「なっ?!
子供が出来た訳でも無いんだし、責任なんて取らなくて良いわよ。
お互い大人なんだし、あの夜は一夜限りで流しましょう。」
「レベッカ、本気で言っているのか?」
公爵に腰を掴まれ、引き寄せられる。真剣な表情の彼に、何も言えなかった。
玄関先で服を剥ぎ取られ、また情熱的に身体を重ねてしまう雰囲気だった。
アダムが居なかったら、確実に流されていた。
「待って、ダリル。
今、使用人が病気で寝込んでいるの。」
レベッカは慌てて、公爵を止めた。
「なんだって?
あの男は首になったと聞いたが。」
「ジンジャーじゃないわ。新しい使用人が住み込みで来ているの。
あなたも知っているとは思うけど、…父が心配してるから。」
公爵は悔しい顔をして、レベッカをギュッと抱きしめた。
頭の上で、少し不貞腐れた声が聞こえる。
「ああ、知ってるよ。
公爵権限で、あの新聞社潰してしまおうか?」
「全部、私のせいよ。公爵さまには関係のないことよ。」
「また、俺を突き放す事を言わないでくれ。…君ともっとこうして居たいのだが、王都に戻らないと。」
「…そんなに忙しいのに、何故わたしの元へ来るの?」
わかりきっているが、確実な言葉が欲しい。レベッカは公爵の胸に身を寄せた。
「君に会いたいからに決まっているだろ。」
彼は、それ以上は言わなかった。
レベッカは一息ついて、話題を変えた。
「ねえ、公爵様。解熱剤とか持っていませんか?」
「え?……ああ、痛み止めならあるよ。熱にも効いた。
使用人に使いたいのか?」
「ええ、熱が高くて心配なんです。どうか、分けて下さい。」
「うちの家系は血の気が多くてね、この薬は王族か公爵家にしか支給されない貴重な物だ……」
公爵はわざとらしくもったいぶる。
アダムも意地悪だが、公爵も大概だ。レベッカは、こんな時の扱いに慣れてしまった。
「何をしたら、その薬を頂けるの?」
レベッカは背伸びをして、公爵の首に手を回す。頬を触れさせて、耳元で囁いた。
「…君には敵わないな。でも、俺だって負けられないよ。
条件は、人がいる場所でも俺を『ダリル』と呼ぶんだ。」
レベッカは唇を噛み、困った顔をしている。そっと、その唇を指でなぞり、口を開けさせて、深いキスをした。
肌を重ねない代わりに、公爵は貪るような口づけを続ける。
互いに口元を汚してもお構いなしだった。
「…はぁ、…君からのキスが欲しい。俺に残してくれるか?」
公爵は胸元を見せ、キスマークをせがんだ。
「ダリル…、注文が多いわよ。」
レベッカは、あえて首筋に付けた。赤い印は、この男は私の所有物だと言わんばりに主張している。
どうしようもなく、優越感に浸れた。
「……私をどこまで悪女にさせる気なの?
本当に悪い奴はあなたよ。」
「公務が終わったら、その足で君の元に行くよ。
その時は君の部屋に泊めてくれるかい?」
公爵は更にレベッカに要求する。
「いいかげんにして、早く薬を渡して。
もう王都に戻らないと夜が明けるわよ。」
公爵は使用人想いな優しいレベッカに微笑んだ。約束の薬を一錠渡す。
「君に看病してもらえるなんて、新しい使用人が羨ましいよ。」
公爵は名残惜しく、レベッカの頭に優しくキスをして去って行った。
公爵の背中が暗闇に消えると、急に彼が恋しくなった。
「ふん。一回寝たからって恋人気取り?好きぐらい言いなさいよ。……あ、私もダリルのことを、好きって言ってないや……。」
自分だけが、欲しい言葉を待っていた。
でも、彼も同じ気持ちではないのだろうか?お互い想いを確認し合ったら、もう後戻りできない気がした。
レベッカはもらった薬を握りしめ、アダムの元へ戻った。
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