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それぞれの思惑…
しおりを挟む「…レベッカ…っ……」
アダムの部屋に戻ると、彼は熱にうなされて、弱々しい声でレベッカの名を呼んでいた。
「アダム、…また熱が高くなっている気がする。この薬を飲んで!」
荒い呼吸、起き上がれないほどに苦しそう。仕方なく、レベッカは公爵の薬をアダムの口に入れた。
「お水がなくても飲めるかな…」
まだアダムの口の中には、薬が残っている。
寝ている人に水を飲ませるのは難しいし、無理に起こすのも可哀想だ。どうすれば、ちゃんと飲み込ませられるのだろう。
「ううう、漫画とかのあのシーンをやるしかない?」
「アダム、ごめんね!」と心の中で叫んだ。レベッカはコップの水をグイッと口に含んだ。
アダムの乾いた唇に自分の唇を重ねる。
口移しで水を飲ませるのは思っていた以上に難しかった。たくさん水をこぼし、枕を濡らしてしまう。漫画のようには上手く出来なかった。
だけど、彼の喉がゴクッと鳴った気がする。無事に薬を飲み込ませる事が出来たようだ。
「レベッカ…もっと…水、…欲しい……」
「わっ」
アダムは更に水をねだった。レベッカを抱きしめて、口の中の水分を舐め取ろうと必死だった。
ついさっきまでは公爵と熱烈なキスを交わしていた。
その余韻がまだ唇に残っているのに、
今はアダムが必死にレベッカの口を貪って離さない。
「…まって…水……あげっ…んん…あげるからっ…」
身をよじって、アダムの拘束から逃れる。
コップに水を入れて、彼の口元に運ぶが、何故か口を閉ざして拒否をする。終いには手で叩いて、水の入ったコップを落としてしまった。
「もうっ!……なんでこんな事に……」
レベッカは仕方なく、出来る限りの水を口に含んでアダムに口移す。
唇を重ねると、アダムはちゃんと応じる。2回目は上手く出来た。アダムはこぼさずに飲み干し、レベッカを抱きしめる。
「…レベッカ…寒いよ……」
可哀想なアダムにレベッカも彼を抱きしめ返す。
(はぁ、これは致し方ないってヤツよ……)
公爵ではない若い男を抱きしめている。複雑な気分だからか、胸がドキドキとうるさい。
「早く良くなってね、アダム…。」
もう、そう願うだけしか考えないようにする。
※
部屋は朝日が昇り明るくなっていた。
アダムは目を覚ますと、レベッカと抱きしめ合っている。
(あ、…やっぱり、夢じゃなかった…)
自分の胸の中で、スヤスヤと眠るレベッカ。頭をくんくんと犬みたいに嗅いでみた。彼女の香りで、脳から幸せを感じるホルモンがガンガンに放出された気がする。全身が幸福感で満たされる。
もうアダムは熱が引いていた。
うっすらと、レベッカが口移しで薬を飲ませてくれたのを覚えている。
思い出して、胸が爆音で鳴った。
「…アダム…起きたの?」
自分の心臓の音で、レベッカを起こしてしまった。もっと冷静になっていれば、幸せな時間を長く味わえたのに…。アダムは自分が情けなく感じた。
「うん…。レベッカの看病のおかげだよ。温めてくれて、ありがとう」
「熱は引いたようね…でも、心臓の音が速い気がする……大丈夫?」
レベッカはまだ眠そうに言う。
「ご、ごめん。やっぱりまだ、熱いかも。このまま、温めてもらいたいんだけど、良いかな?」
「…わ、わかったわ。ちょっと、寝返りだけしてもいい?」
「うん。」
くるっと、レベッカは背向けた。アダムはピッタリと身体を密着させる。早く、この胸の高鳴りを治めたくて必死だった。
レベッカは背を向けて、ようやく目が冴えた。
(どうしよう……さっきお腹に当たってたのってアレよね。
気まずくて背を向けたのに、今度はお尻に当たってるし……)
朝の男の生理現象だと理解している。でも想像以上に立派だったので、驚いた。
病み上がりが欲情して襲う事はないだろう。アダムの身体が落ち着くのを、レベッカは知らないふりをして耐えた。
互いの思惑を秘めたまま、2人は身を寄せ合いながら長い沈黙を過ごした。
公爵の薬は、驚くほど良く効いた。
アダムは起き上がり、キッチンで食事も出来た。
「病み上がりだから、今日は大人しくしていなさい」
レベッカはアダムの母親みたいだ。
「えー、レベッカの看病のお陰で熱はもうないよ。何かやらせてよ~。」
アダムは子供のように駄々をこねる。2人は使従関係ではなく、親子みたいなやりとりをしている。
「もう、言う事聞かない子ね。じゃあ、昨日のホープちゃんの下処理だけお願いね。…外でやってね」
「…ごめん、レベッカ。死んで時間が経ってしまったから血抜きは出来ないよ。食べるのもお薦めしない」
「えー!そんなー!」
「ごめんね、俺がすぐにやれば良かった。やっぱり、剥製にしてあげようか?」
レベッカは悲しそうにするが、剥製にするのは辛くなるから絶対にやめて欲しいと断った。
「あーあ、ホープちゃんの血抜きはダリルにやらせれば良かった…。」
レベッカのつぶやきを、アダムは聞き逃さなかった。
一瞬で表情が暗くなるが、レベッカに気がつかれないように、いつもの微笑みを浮かべた。
「ねえ、レベッカ…、寒気がまだするんだ…今日も一緒に寝てくれないかな?」
「え?…あの…どうしよう…あの時は熱が凄かったから…」
困った顔のレベッカ。どうやって断ろうか、考えているに違いない。
そんな表情さえも、アダムには愛おしく、可愛いとも思える。
彼の欲望は、少しずつその行動を大胆にさせていく。
◇◇
ダリル・レオ・ファーガソン公爵が王宮に到着した頃、薄紫の朝霞が王都を包み込んでいた。
彼は密かに、この幻想的な風景を見るのが好きだった。
公爵は暫く、王宮の部屋を借りて仕事をし、過ごしている。
朝一番で、国王ライオネル・ベイル陛下との大事な会議に参加した。
帰り際に、国王はファーガソン公爵を引き留める。
「ダリル、婚約者が変わったようだが結婚はいつするんだ?」
「……すみません。まだ予定が立ちません」
「早く世継ぎを作って公爵家を継がせろ。将来は息子の誰かが国王になる。その時はお前が太公として支えて欲しい」
「……それは、だいぶ先の話になりそうです。」
国王には成人した4人の息子がいる。末の息子は早々に王位継承権を破棄し、国外にいるそうだが、一度も姿を見た事が無い。正体が謎だった。城には3人の息子が住んでいる。3人とも俗に言う『ドラ息子』という言葉がぴったりな性格だった。
「ダリル、もう待てない。私が結婚相手を当てがうぞ?文句があるなら、太公にならず早々に引退した父親を恨め」
「あの、それはちょっと困ります。意中の相手は居るのですが、……少し話を聞いて頂けませんか?こういう話は父に相談が出来なくて…」
ダリルの父、ヴィンス・ファーガソン大公爵は国王と親友と呼び合える仲だった。
国王はダリルを親戚の子供のように可愛がっていた。
「もちろんだ、ダリル。男同士、2人で話そう」
実の父よりも、自分を慕うダリルに国王は嬉しくて目が輝く。
密室で2人きりになると、国王は親戚のおじさんの顔を発揮してしまう。
「ダリル坊や~、女絡みで悩んでるんだな。聞かなくても顔にハッキリと出てるぞ」
「うっ…。陛下、わたし29歳です。真面目な話しなので、子供扱いは…やめてほしいです」
「そんな事を言うな~。俺の膝の上に乗って喜んでいたダリルを昨日の事のように思い出せるぞ。さあ、悩みを話せ」
「はぁ」とため息を吐いて、ダリルは国王にこれまでの事を話した。
「──……ダリル、お前見かけによらずゲスな男なんだな」
「ぐっ……。」
自分でも自覚はあったが、ズバッと言われるのは案外心にダメージがあった。
「王族なら面倒だから、二人とも娶れと言いたいが。お前のためだけに貴族も一夫多妻制には出来ないぞ」
「いや、陛下。私はランドルフ侯爵の娘と寄りを戻したく…」
「そんな事を言う前に、普通は今の女と別れてからだぞ。ったく、そんな常識もわからないなんて、ヴィンスの育て方が悪いんだな」
「ぐっ……。」
またざっくりと、国王の言葉が胸に突き刺さる。
「それにしても、クリスタ・アラークか…面倒な女を匿いやがって。あの皇帝は、今じゃ11の国を飲み込んだ覇王とも呼ばれている。その女にメリットは無い。知られる前にこの国から追い出せ。」
突然、ライオネル王の顔になって公爵に命令する。
「……承知致しました」
「はぁ、俺の可愛いダリル坊やが、ゲスのゲス男になってしまうのか。まあ、頑張れよ…」
「ぐっ……。」
公爵の心のライフが底をつきそうだった。
しかし反省した公爵の姿を見て、国王は考える。
「お前のために、王室で夜会を開いてやる。俺の前でランドルフ侯爵の娘に謝罪して求婚しろ」
「えっ?……陛下の前だと、嫌でも受け入れないといけないプレッシャーを負わせる気がします」
「お前は馬鹿か! だから俺の前でやるんだよ。ちゃんと今の女とは別れてからだぞ」
「ぐっ……。はい、でも……こんな私と結婚してくれるでしょうか?」
珍しく落ち込む公爵を見て、国王はふっと笑みを見せた。
「大丈夫だよ、ダリル。首筋にそんな跡を残す女だ。お前を振るなんて事は無いだろう」
「……そうだと、嬉しいです」
公爵は頬を赤らめて、レベッカが付けたキスマークを手で隠した。
話を聞いてくれた事の感謝を述べて、公爵は先に部屋を出た。
国王はダリル・レオ・ファーガソン公爵を虜にした2人の女に興味が沸いた。
◇◇◇
ファーガソン公爵の城では、舞踏会の準備が進んでいる。
ダリルの父と母は別の場所で暮らしている。当主不在の中、城を取り仕切るのはクリスタと彼女の取り巻き達だった。
「こんな豪華な舞踏会、毎週のように開催して欲しいわね~」
内装も外の庭園も贅沢に装飾されている。まるでお姫様になった気分でダリアは願望を口にした。
「いいわよ。彼は暫く王都だし、毎週末は舞踏会を開催しましょう」
クリスタは平然と答えた。
「ねえ、公爵様が不在でこんなに浪費しても大丈夫なの?」
ダリアは珍しくクリスタを心配する。
彼女は天使のように優しい微笑みを浮かべて薬指の指輪をさりげなく見せた。
「これ、公爵家から代々受け継がれている婚約指輪よ。次期公爵夫人なのだから、こんなのは浪費に入らないわ」
ダリアも他の取り巻きも、クリスタの指輪に目が釘付けだった。
「ねえ、クリスタ。私からの提案なのだけど、舞踏会に我が国の3人の王子様を招待してみない?こんな素晴らしい装飾よ、王家の方々も満足出来るわ」
ダリアからの提案を聞き、クリスタはこの国に3人王子がいる事を知った。
「3人の…王子様?……それは素敵ね!ちょうど、ダリルに会いに行く予定だったの。私、直接王子様たちに招待状を渡すわ。後の事はあなたに任せても良いかしら?」
信頼を寄せるクリスタの眼差しが嬉しかった。ダリアは喜んで引き受けた。
クリスタはすぐに王都に行く準備をする。たくさんのドレスを使用人達に運ばせる。
それぞれの王子達の好みに合わせるためだ。クリスタには3人の王子を虜にする自信があった。
公爵に捨てられた時の保険として、身を寄せる場所を作るのだ。
公爵の母の部屋から見つけた指輪を外し、宝石箱に投げ入れた。
「ふん。王子の前ではこんな指輪いらないわね。」
宝石箱の横には、公爵の書斎の引き出しから見つけた書類があった。
「ふん、レベッカ・ランドルフ。居場所はわかったわ。でも、まず先に王子様からよ。待っててね、帰ったら懲らしめてあげないと。」
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