ドラキュラ伯爵と血の花嫁

村井田ユージ

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推しのヴァンパイアに捧げられたので、全力で愛されたいと思います!

墓場のレイス③

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 聖教騎士団の第三騎士団長、アレックス・ゲッツェは、伯爵との不毛な対話に苛立ちながら専用の馬車に乗り込んだ。
 レイス退治への協力を、あの傲慢な吸血鬼に一蹴されたのだ。領民を守る義務すら果たそうとしない伯爵に対し、アレックスの怒りは収まらない。
 その時だった。

「ちょっと、失礼しまーす」

 トトトト……と軽やかな足音と共に、ドロシーが馬車へ滑り込んできた。

「……っ!? 何奴だ!」

 アレックスは瞬時に腰の剣を掴み、鋭い眼光を向けた。だが、そこにいたのは、艶やかな夜色の髪を揺らす一人の少女だった。

「初めまして。先日『血の花嫁』となりました、ドロシーと申します」

「な……『血の花嫁』だと!?」

 アレックスは抜こうとした剣を鞘に収め、眉を顰めた。
 言い伝えによれば、生贄として捧げられた花嫁は、城の奥深くで一生を終えるはずだ。それがなぜ、こうも臆することなく騎士の馬車へ乗り込んできているのか。

「伯爵様の代わりに、私がレイス退治をお手伝いさせてください。……あ、御者さん、出していいですよ」
 
 ドロシーの勝手な合図で、馬車が走りだす。
 不本意な形で「生贄の花嫁」と向かい合うことになったアレックスだが、その表情は崩れない。鉄のような自制心で彼女を検分するように見据える。

「……奥方様。これは伯爵の差し金ですか? 貴女を協力者として寄こしたというのなら、無下にはしませんが」

 こんな華奢な娘に何ができる。アレックスの疑念は、その厳格な声音にありありと表れていた。
 だが、ドロシーはそんな威圧感をどこ吹く風と受け流し、にこりと微笑む。

「私は魔女の末裔なんです。多忙な伯爵様に代わり、妻として事件を解決いたします。……まずは、亡くなられたお二人のご遺体を拝見させていただけますか?」

 少女のような無垢な笑顔。
 しかしその口から出たのは、死体を検分するという物騒な提案だ。
 アレックスはそのギャップにわずかにたじろいだが、すぐに表情を引き締めた。

(魔女の末裔……。もしや、邪悪な闇の力ではなく、星読みや薬草の知識で事件を追おうというのか……?)

「よ、よかろう。マルディーニ伯爵夫人。……いや、ドロシー殿。貴殿の覚悟、しかと見せてもらう」

 今までドロシーがどれだけ「魔女の末裔」だと自称しても、本気で信じる者などいなかった。しかし、真面目すぎるこの騎士は、あろうことかそれを真実として受け止めたのだ。
 ドロシーを危険な魔術の使い手として警戒しつつ、アレックスは遺体安置所へと馬車を走らせた。
 馬車が目的地に止まり、アレックスが重々しい足取りでドロシーを案内したのは、石造りの安置所だった。
 台の上には、二つの遺体が横たわっている。

「……ここだ。昨夜、北の沼から引き揚げられた死体と、ショック死した老人だ。二人とも、何かに魂を吸い取られたかのように顔が白濁している」

 アレックスが静かに説明する中、ドロシーは遺体のそばへと歩み寄った。

「ふむふむ……なるほど。ちょっと失礼します」

 ドロシーはそう言うと、沼に落ちた男の口の中を遠慮なく覗き込んだ。

「ちょっ、待て! 夫人……ドロシー殿! 貴き身分の方が素手で遺体に触れるなど!」

 慌ててアレックスが制止するが、ドロシーはどこ吹く風で何かを確認していた。
 次に彼女は、老人の死亡時の状況を問いかけた。アレックスは手元の報告書を広げ、真剣な面持ちで読み上げる。

「老人は夜、薪が足りなくなって外に出たきり戻らなかったそうです。心配した妻が捜しに行ったところ、屋外で倒れているのを発見。目立った外傷はなく、まるで何かに驚いて命を落としたかのように……」

 それを聞き、ドロシーは「なーんだ」とあからさまにつまらなそうな顔をした。

「はぁ。これ、レイスの仕業じゃありません。……期待して損しました」

「ど、どういうことだ!? この不気味な死に顔、霊的な干渉があったのは明白だろう!」

 必死に食い下がるアレックスに、ドロシーは呆れたように肩をすくめた。

「二人とも、ただの事故死ですよ。沼の男は、ただの墓荒らしです。昨日偶然見かけましたけど、酷い酒臭さでした。泥酔してあの沼に足を滑らせ、そのまま溺れたのでしょう。ほら、口の中から硫黄みたいな、あの沼の臭いがします」

「…………なっ。な、ならば、もう一人の老人は!? 彼は年配ではあるが、病気一つしたことのない健康な男だったと聞いている!」

 アレックスの追及に、ドロシーは遺体の胸元を指差した。

「暖かい部屋から、急に寒さの厳しい外に出たのです。ご高齢の身で急激な温度変化ヒートショックにさらされれば、心臓が止まるのも無理はありません。……つまり、ただの不運です」

「ひ……ひーとしょっく……? それは、失われた古代の禁忌呪文か何かか……!?」

 聞いたこともない単語を「未知の魔法」か何かだと勘違いし、アレックスは戦慄しながらその名をメモに書き留めた。

「まあ、無事に問題解決ですね! これで伯爵様——いえ、私の『推し』から褒めてもらえるかなぁ……」

 事件が解決したと思っているドロシーは、頬を染めてルンルンと上機嫌だ。

「お……おし……?」

 アレックスは、またしても聞いたことのない不気味な響きの単語に、弾かれたように羽ペンを走らせた。

(オシ……。聞いたことがない隠語だ。伯爵の呼び名か? いや、魂を捧げる対象、あるいは何らかの対価を指す言葉か……?)

 アレックスは、眉間に深い皺を刻みながら、震える手でメモを書き殴っていく。

『——魔女は「オシ」という未知の存在を崇拝しており、事件解決の報酬としてそれを求めている。恐らくは生贄の魂、あるいは禁忌の供物と思われる。要警戒』

「あの、団長さん? 何をそんなに必死に書いているんですか?」

「……っ! 何でもない! 聖教騎士団の機密事項だ、気にするな!」

 ドロシーの純粋な恋心を、アレックスは「国家を揺るがす闇の契約」か何かだと勘違いし、冷や汗を流しながら手帳を懐に隠した。
 遺体安置所の片隅で、ドロシーは愛用のノートを広げた。
 そこには、昨日相談に来た客からの「レイスの目撃情報」が記されている。

「団長さん、レイスの目撃情報をまとめた報告書はありますか? 日時や場所が記されていたら見たいです」

「もちろんだ。これをどうぞ」

 渡された報告書に、ドロシーはくまなく目を通す。

「……おかしいです。目撃情報を日付順に整理してみると、ある奇妙な法則が浮かび上がってきました」

「法則だと? ドロシー殿、一体何に気づいたのだ」

 アレックスが背後からノートを覗き込む。ドロシーは真剣な眼差しで、ペン先を特定の日付に走らせた。

「レイスが頻繁に出没しているのは、ここ数週間の間。ですが……。あ、やっぱり。一昨日だけは、街のどこにもレイスが現れていないんです」

「……一昨日? 確か、その日は貴女が城へ嫁いだ……『血の結婚』の日ではないか」

 アレックスが怪訝そうに呟く。その言葉に、ドロシーの指先がピタリと止まった。
 一昨日。彼女は婚礼の儀と、その後のポエム執筆、そして伯爵へのアピールに全力を注いでいたため、一歩も外に出ていない。

(……待ってください。目撃情報があるのは、私がカエルを探して墓場を徘徊していた日ばかり。沼に死体があった昨夜も、私はあそこで……)

 ドロシーの脳裏に、夜な夜なボロ布のようなローブを纏い、ランタン一つで地面を這いずり回り、泥だらけでカエルを追いかけていた自分の姿がフラッシュバックする。
 その姿は、遠目から見れば、まさに「沼を彷徨う怨霊」そのもの……。

「ドロシー殿? 急に黙り込んでどうしたのだ。やはりレイスの呪縛か!?」

 顔面蒼白になったドロシーを見て、アレックスは聖教騎士団の出番かと身構える。
 ドロシーは震える声で、答えを導き出した。

「……だ、団長さん。おっしゃる通りレイスはいます……ば、場所も私にはわかります!」

「何だと!? どこだ、どこに潜んでいる!」

(まずい、まずいです! 私が不審者レイスでしたなんて、絶対に言えません……!)

 ドロシーは冷や汗を拭い、キリッとした表情を作ってアレックスを見上げた。

「……団長さん、安心してください。レイスの居場所がわかった今、魔女の末裔である私が、今夜の満月に乗じて一気に成敗いたします!」

「なっ……! お一人で、あの怨霊を浄化するというのですか、ドロシー殿!」

「ええ、そうですとも。今夜、問題の沼地へ来てください。とっておきの秘術をお見せします」

 適当な呪文でも唱えて、それっぽく霧を散らせば「解決」にできるはずだ。ドロシーはそんな軽い気持ちでいた。

 ——その夜、満月の照らす不気味な沼地へと、彼女はアレックスを伴い降り立った。
 生暖かい霧が立ち込める、沼の奥深く。目指す場所は、もう目の前だ。
 ドロシーはおもむろに、杖の代わりとして拾ったただの木の枝を構えると、それらしい言葉と適当な呪文を並べ立てた。

「闇に棲まう不浄なる者よ、我が魔力にひれ伏し、還るべき場所へ導かれるのです!……シャーチクノキュウリョウアーゲロアゲーロシャチクーノジンセイツーライツライ……!」

 その時だった。
 ドロシーのふざけた呪文に呼応するかのように、沼の底からドロドロとした本物の「レイス」が姿を現したのだ。

「え? え? マジもん……!? 出たぁぁぁ!」

「す、凄いぞ、ドロシー殿! レイスを誘い出したのですね! さあ、その勢いで退治を!」

 ドロシーは腰を抜かした。
 退治する魔法など、今の彼女は一つも持っていない。ただの自称魔女、ただの人間なのだ。普通と少し違うところと言えば、少しだけ見えないモノが見えること、感じること……それだけだ。
 一方のアレックスは、このままドロシーがレイスを退治してくれるものと信じ、興奮気味に身を乗り出している。

「だだだ、団長さん! 聖教騎士ですよね!? 光剣ライトセイバーとか出して、あの幽霊を退治してください!」

「はい……?」

 アレックスの目が点になる。

「ドロシー殿、先ほどの呪文で成敗できないのか?」

「あ、あれは異世界からの信号をキャッチして口に出しただけです! 効力があるかは不明です!」

「なっ……!? そ、その……悪いんだが、聖教騎士団と名乗ってはいるが、我々は物理攻撃しかできん!」

「なっ……!?」

 急転直下、大ピンチに陥る二人。
 女の怨霊が、今まさに二人へと襲いかかろうと冷たい腕を伸ばした。

「「ぎゃあああああああああああ!!」」

 二人の情けない叫びが、夜の墓場に虚しくこだました。
 まさに絶体絶命である。



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