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第十章
砂塵に紛れ
しおりを挟む「私のことを知っているようだ」
「当然です。ここ王宮において貴方を知らない者などおりません。僕のようないち兵士であっても」
「…ほう、なかなか綺麗な言葉を話すものだ。とてもクルバンとは思えぬが…なるほど、噂で聞いた通りというわけか」
「……」
暗闇に目が慣れ始めると、シアンの位置からも相手の表情を伺えるようになった。
緩くクセ付いた赤茶色の髪。綺麗に整えられた顎髭の上には薄い唇と、スラリと高い鼻。
細めた目が……シアンの品定めを始めている。
「お前はシアンであるな?」
「…っ…何故、名を?」
ただ品定めと言っても、いつもシアンが浴びている性的な視線とは別物だ。
彼の奥底を探ろうとする鋭い視線──シアンは思わず身構えた。
「私の情報網を甘く見ない事だ。お前があの騎兵師団の将官とつるんでいると聞くので念の為、お前の警戒もしておいた」
「……!!」
「もっとも…賤人であるお前の身辺をいくら調べようと、この街に来るまでの情報は得られなかった訳だが」
「そこまで警戒して頂けるとは恐れ多いですね。やはり侍従長様はバヤジット様と敵対関係にあるようで」
「敵対…?ふっ、それは誤解であるな。あの男は私の思惑を突き止めようと躍起になっているようだが……、私の敵となるには少々、頭が、固すぎる」
柔らかく落ち着いた声でタランが話す。
なるほど…余裕に満ちた態度。
バヤジット側の暗躍にすでに気付いているようだが、まるで相手にしていない。
「お前達はウッダ村にも出向いたそうじゃないか。…楽しかったか?何か有益な情報でも見付けたか?」
「……」
「言ってみるがいい──…お前はあそこで何を見た」
逃げ道を模索するシアンは、この会話の真意を汲み取るまで、しばらく口を閉ざした。
「答えぬか?では、問いを変えよう」
タランはそんなシアンの反応につまらなそうな顔をしたものの、まるで世間話をするかのように彼に語り続けていた。
「富める者と貧しい者…。この違いは何だと思う?」
「……?」
「ウッダ村の民兵達を見て何を思った?何故アレらは貧しいままで、私のような者に利用されているのかがわかるか?」
不可解な問いを投げかけるタランは、静かに目を細めたシアンを試すように、含みのある言い方を続ける。
シアンの利発さを見抜いてのことだろう。
口を開かないシアンだが、彼がうすうすその答えに気付いていると見抜いているのだ。
人間の本能と、その底辺を見てきたシアンは
タランの言わんとする事を察していた。
何故、彼等が貧しいのか
利用する者とされる者とに、何の違いがあるのか
「アレらには、欲が無いのだ」
「──…」
「食糧と寝床を与えてやれば……アレらはそれで満足する。後はただ命じられた通りに働くだけだ。賤人となって国から見放されるよりはマシであると信じているのだ。自分が国に生かされているだけの道具であると気付かずに……」
憐れむような言葉を使うタラン。
「まるで家畜だ」
だがこの男は、ただ蔑んでいるだけだ。
「私は欲が尽きない。金も権力もそうだが…このキサラジャの歴史に、我がラティーク家の繁栄を刻むまで止まるつもりは無い」
「……」
「お前はどうなのだ、シアンとやら」
「……僕、ですか?」
と、ここで、話の矛先がシアンに向いた。
シアンは相手を警戒したまま、さり気なく片手を背後に回す。
タランから死角となるその場所にクルチ(三日月刀)を構え──相手の出方を伺った。
「調べた情報によれば、お前は他のクルバンのように貴族に騙され入隊した訳ではないらしい…。この貴族社会に潜り込み、いったい何をしようとしている?」
「フっ……僕もまた、寝床を求めて貴族に身体を差し出しているだけの家畜かもしれませんよ?」
「それが事実であるならお前に用は無い。ここで衛兵に引渡し、適当な罪状で死罪にしてやるだけだ、……が、この状況でそれが言えるか?」
「……」
「私は身分などどうでも良いのだ、シアンよ」
「…!」
「頭のキレる者を見て悪い気はしない。無欲な家畜共に興味は無いが、高みを目指す欲がある者には喜んで手を貸そう。お前の企みが何であろうと……な」
「…手を貸す?貴方が僕に、ですか?」
クルチに触れる指がピクリと反応する。
思いがけない提案だ。シアンは逆に怪しんだ。
「僕のような者に手を貸して貴方に得があるのでしょうか。何か交換条件でも?」
「ホンの余興だ。願いを聞きいれてやろうと言うだけ…見返りなどいらぬ」
「貴方のその言葉…、僕が信用するとお思いですか?」
「信用など無意味だからやめておけ。利用するか、しないかだ。勿論お前が私の敵となった日はわかっているな?迷いなく排除する」
「……その言い方では、過去に排除された者が多くいそうですね」
「確かにいる。……だが数としては多くない」
.....
「──…どうする?」
「……」
シアンは思考した。
利用できるモノはすればいい。用済みになれば切り捨てる。
だがこの男──安易に関わっていい筈がない。
それに、この男は──…
「……、わかりました」
シアンはそっと、クルチを掴む指の力を弱めた。
背後に回していた右手を戻す。
「もう少しお待ち頂ければ、僕から貴方に証をお見せできます」
「──証?」
「僕が兵団に来た覚悟の証です。僕がそれを示したら…貴方は僕に協力してください」
「面白いな。それで?私に何を望む?」
「……」
シアンは階段を上がった。
そこに立つタランのもとへ一歩一歩と近付き、目線の高さが逆転しない、数段下で立ち止まる。
「貴方の権限で僕を王宮警備兵に命じて下さい」
「…なんだ、そんな事でいいのか」
「ええ……それで十分」
" 後 " は自分でしなければ意味が無いので
その言葉とともにシアンは微笑む。
全くもの怖じしない彼の表情に、タランは感心する。
タランも笑みを返すのを確認したシアンは、衣が触れ合う近さで相手の横を通り過ぎた。
「この先に行かずとも良いのか?何か用があったのだろう」
「…地下への扉は閉まっているのでしょう?であるなら用はありませんよ」
「そうか」
タランの呼び掛けに応じず、背を向けたまま歩き続ける。
「ではまた後日……お会いしましょう。その時は僕の願いをお聞きいれください」
計画に若干の狂いが出たが、問題ない。
シアンは冷静に来た道を戻り、砂が吹き荒ぶ地上を見上げた。
「──…!」
そして、砂避けの頭布で顔を覆い始めたシアンは
地下階段の出口に立つ人影を見て、その手を止めた。
「シアン…!? お前ここで、何を…」
「……バヤジット……バシュ……!?」
足跡を追ってきたバヤジットが、ちょうど地上へ上がらんとするシアンを見下ろして立っていたのだ。
それからバヤジットの視線はすぐに、シアンの背後の男に移った。
「誰だ、そこにいるのは…」
「……」
「…っ…!? タラン侍従長……殿……!?」
シアンとタランを両の目で往復したバヤジットは、最後にその目をシアンに向ける。
「…っ」
それまで微笑みを貼り付けていたシアンの顔は、さすがにそんな余裕を失い──苦々しげに目許を強ばらせたのだった。
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