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第十章
冷たい鉄枷
しおりを挟む誰かがこの懲罰房に入ってきたのだ。
足音は迫っていた。
二人が声を止めて牢の外を見ていると…、鉄格子の向こうに、新たな客が現れる。
「…っ、スレマン・バシュ」
「騒がしい夜だと思い来てみれば……何やら面白い事が起こっているな」
近衛隊、槍兵師団将官、ハムクール・スレマン・バシュ。
シアンの近衛隊入隊を許可したあの男である。
錠の下りていない格子戸を開け、スレマンが牢の中に入ってきた。
「久しいな、バヤジット。対帝国の前線から戻ってきたと聞いておったが…私に挨拶も無しとは無礼なものだ」
「…っ…申し訳ありません、スレマン・バシュ」
スレマンとバヤジット、ともに近衛隊の将官であるから立場は対等だ。
だが伯爵家のスレマンと男爵家のバヤジットではそもそもの生まれに差がある。そんなスレマンは《指切り将軍》であるバヤジットを見下しているひとりでもあった。
バヤジットは慌ててシアンの胸ぐらを離し、スレマンの視線から隠すように間に立った。
「スレマン様こそこのような夜更けにどうして司令部に残っているのですか…!?」
「何か問題あるか?執務室で私の酒姫を待っていたのだ。貴様の背後で繋がれているそいつだ」
「…!? シアンを、ですか?」
「今宵は姿を見せぬゆえ、どうしたものかと思っていたが…」
“ 酒姫?今宵は?……どういう事だっ? ”
酒姫とは、建国当時、王宮にいたとされる酒運びの少年達だ。勿論、仕事はそれだけではなく──夜の相手もしたと言う。
だが今の王宮に酒姫はいない。娼婦や墓守と同じように街から追放されたからだ。
「──で?そやつが牢に繋がれているのは何故だ?貴様はそういう遊びが趣味なのか?」
「違いますっ…尋問の最中です」
「尋問?…ハッ、なんだ盗みでも働いたか」
「……っ」
バヤジットは黙った。シアンを捕らえた経緯について詳しく話す訳にいかないからだ。
「盗みでは……ありませんが……!」
「ほぉ?では何をしでかした」
答えに詰まるバヤジット──。
様子を見ていたシアンが、彼の背後で代わりに声をあげた。
「助けて頂けませんか、スレマン様」
「ん?」
「…ッッ…シアン!?」
驚いたバヤジットが振り向いて名を呼ぶが、飄々とした態度でスレマンに話しかける。
「宿舎の厨房にいるところをバヤジット様に見つかりました。盗み食いをしていると勘違いをなさったようです」
「厨房?…ああ、いつもの酒を作っていたのか」
「はい」
「くくっ…それは災難だったなぁ」
平気な顔で嘘をつくシアンを、信じられないという顔でバヤジットが見下ろす。
だが本当の事を言えない以上、嘘をつくなと怒鳴れない。悔しいが…シアンのでまかせに乗るしかない。
「そういう事なら尋問を代わろう。出ていくがよいバヤジット」
「──!? いえ俺が尋問を続けます!」
「貴様ごときがしゃしゃり出るな」
ピシャリとバヤジットを制したスレマンは、彼を押し退けてシアンの前に立った。
「この者は今、我が槍兵師団の預かるところとなっておる。貴様の部下ではない」
「ですがシアンはっ…!!」
「さっさと譲れ」
「……!!」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべるスレマンに苛立つ。
さらに項垂れたシアンはこちらを一向に見ようとせず、その態度にも怒りが込み上げた。
だがバヤジットはこれ以上スレマンに反抗できなかった。
「…っ…では俺は…ここで見張らせて頂きます…!!」
悔しそうに拳を握り、格子戸の横まで後退する。
「見学か?」
「捕らえたのは俺です」
「まぁ、いいだろう…」
いようがいまいが、どうでもいい。
スレマンは立ち去らないバヤジットを鼻で笑った。
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