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第十章
冷たい鉄枷
しおりを挟むシアンはスっと両目を閉じた。
動揺で泳いでしまう目を…バヤジットに見られないようにするためだった。
「何故目を閉じる…こちらを向け!」
再び顎を掴んで引き寄せられる。
ゆっくりと瞼を上げれば、凛々しい眉を寄せて此方を睨む男の顔が迫っていた。
「真実だけを言え、答えろ!」
「…ッ」
だがバヤジットの怒号を眼前に、シアンはもはや唇を引き結ぶことしかできない──。
「…ッ…言え!」
──ッ!
バヤジットの掌が、シアンの頬を打つ。
続けて握られた拳がシアンの頭部に振り下ろされた。
「ッ‥‥!」
「お前は承知と思うが俺は気が短い」
シアンの胸ぐらをすかさず掴み目を合わせる。小さく呻いたシアンは、切れた唇に血を滲ませて相手を見上げた。
「なんだその冷めた目は……」
「……」
「少しは弁解したらどうだ?口が達者なお前であれば簡単だろう」
シアンの目から反抗心は感じない。
この尋問を耐えしのぶ、そう決めて後はただ時が過ぎるのを待つ気らしい。
「…ッ…この…!!」
たまらずバヤジットはもう一発、彼の顔面を叩いた。
渇いた高音が響き──
シアンの手首に繋がった鉄枷が軋んだ。
「クッ…─ッッ」
「…ッ…ハァ、ハァ」
「……。…ペッ」
身体を脱力させ、叩かれた方向に顔を向けたシアンが、赤い血の混じった唾を床に吐き捨てる。
殴るバヤジットを挑発するかのような態度だ。
それを見て──さらに一発
バヤジットの拳が彼のみぞおちに食い込む。
「カ──ハッ!‥ガハッ!‥‥はっ、ハァ!‥ガハッ!」
「シアン…!」
「…ハァッハァッ‥‥カハッ…‥!!…‥ハァッ‥‥ゴホッ!ゴホッ!」
嫌なトコロに命中し、苦しむシアン。
「…どうしてだ」
咳き込む彼を見下ろすバヤジットも同じように……その顔を苦しげに歪ませた。
「どうして何も言わない……」
「…カハッ!‥ハァ、‥…ッ‥」
「お前は侍従長と通じていたのか?奴と画策して俺に近付いたのか?違うだろう?違うとっ…俺に証明しろ…!!」
「ハァ‥ッ‥…ハァ‥‥‥」
「俺にお前を疑わせるな!」
バヤジットが声を張り上げた。その声音も苦しそうだ。
「俺はお前の事を何も知らん…!!」
「……」
「過去のお前を知る手立てはない。だが!俺はお前を信用していた。ウッダ村に行った…あの短い時間の中で、シアン、お前は敵ではないと信頼した。なのにこの裏切りはなんだ?」
バヤジットにとって、いや、この国と陛下にとって…タラン侍従長は危険な男だ。
他の誰かであればまだ良かった。
自分がシアンに利用されていたとして、そんな事はどうでもいいのだ。むしろシアンに裏があるだろうことには今さら驚かない。
だがもし、それが陛下の安全を脅かすような隠し事であるなら絶対に許さない。
“ シアンっ…、頼む、否定しろ…!! ”
絶対に……見逃せない。
「──…」
目の前で葛藤するバヤジットを見たシアンは
「──‥‥ク」
その的外れな態度に、思わず喉の奥が疼いた。
「‥‥‥裏切る も、なにも無い」
「…ッ…!?」
「僕は…貴方の味方になったつもりは一度とてありませんよ」
「なんだと?」
「同じ敵を持っただけで、横に並ぶ僕を信用するとはおめでたいです ね……バヤジット様」
乱れた髪の隙間から霞んだ瞳をのぞかせ、口の端を吊り上げ嘲笑う。
この男の──キレイな希望を砕いてやろうか
シアンは切れた唇を、挑発的にひと舐めした。
「そもそもこんな手ぬるい、尋問……
《指切り将軍》の名で恐れられる貴方らしくもない」
「……!」
「もっと冷酷に振舞ってはどうです?かつての貴方がそうしたように」
「やめろ!その話はするな…!!」
ハッと息を呑んだバヤジットの顔が青ざめたのは言うまでもない。
“ 何故、その呼び名を…っ。これもタラン侍従長から教えられていたのか? ”
そらさず真っ直ぐ見上げてくるシアンの瞳。
尋問する側のバヤジットだが、まるで自分の方が過去を暴かれ、彼に責められているかのようだ。
「フっ…僕が知らないとお思いでしたか?貴族から疎まれ嫌われ者のバヤジット様にとって、好意的に接してくる部下は数少ない」
「……やめろ」
「 " 貴方の過去を知らないよそ者の僕 " だったから…バヤジット様は僕を信用した。僕を相手にしている時だけ──貴方は《指切り将軍》でなくなるからだ」
「──そうではない!俺はっ…お前を…」
────ギィ...
「…!?」
シアンの話を遮り叫ぶ
思わず声を荒らげた余裕の無いバヤジット。
だがそこで、扉の開く音が鳴った。
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