謀殺された王子は 復讐者として淫らに返り咲く 【R18】

弓月

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第二十章

誓い

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──


「急ぎ伝令を出せ!!巡察隊を王都に呼び戻すんだ!!」

 帝国の侵攻を知り大混乱の王都では、騎兵師団将官のバヤジットが隊の指揮にあたっていた。

「城門はどうした!?南門だけ残し閉鎖を開始しろ!」

「それについてはっ…いま大神殿で協議が始まったところで、許可なく城門を閉じるのは……っ」

「あの者達の決定を待っては日が暮れる!砂煙を見ただろう?夕刻には敵兵が街を包囲するぞ」

 砂漠に立ち上がる砂煙は、敵兵の位置とともに、その兵力差もバヤジットに教えてきた。

 おそらく帝国兵の数は二万弱。

 対してキサラジャは、民兵をいれても六千五百……。

 まともにやっても勝てない。籠城戦ろうじょうせんに持ち込むしかないのだ。

「城壁の外にいる民達は中へ避難させているな?」

「はい!ですが困った事に、平民らがクオーレ地区の中まで入ろうと門に群がっております!」

「…っ…なんだと?」

「このままでは暴徒化も……」

「狼狽えるな…!」

 建国以来の数百年、大きな争いが起こらなかったキサラジャは、侵略に対する危機意識が欠けていた。

 数だけ大勢いる侍従たちは大神殿にこもり、時間がないというのに、形ばかりの議会を開いている。

 怯えた民は少しでも安全な場所を目指し、城壁の内へ内へと押しかける始末。


“ 隊の士気も低い、このままでは……!! ”


「俺はいったんここを離れる!お前はカナーヤ将官を探し、弓兵師団の城壁配置を指示してくれ!」

 ラチがあかないと判断したバヤジットは、その場の指揮を副官に任せて王宮へ戻った。



“ 事態を変えられるのは国王陛下しかありえない。なんとか皆の前に姿を出し、混乱を鎮めていただくしか ”

 バヤジットが向かったのはスルタン・アシュラフのいる寝所だった。

 議会を待たず対処を進める為にも
 兵士の士気を上げる為にも
 混乱する民たちを諌める為にも

 この国で最も高貴な御方に、指揮をとっていただくしかない。

 水のやしろを横切り、廻廊を抜け──

 目的の寝所の扉が開いているのを見たバヤジットは、そこへ駆けつけた。


「陛下!事態はお聞きになりましたか!?
 帝国の侵略に対抗するには……───」


「──…」


「陛下の……御言葉で……混乱している者達を……

 …っ…こ、これは?」



 ──しかし、バヤジットが駆け付けた先には、異様な光景が広がっていた。



 外の騒乱が嘘かのように、重苦しい沈黙に満ちた部屋で……
 
 血溜まりの中心で抱き合い、床に座る二人。

 すぐ横に投げ捨てられた刀。

「陛下…!? 陛下…!? その血は…怪我はなんだ……!?
 そこにいるのは……シアン、なのか……!?」

 こちらに背を向けるひとりは、シアン・ベイオルク。


 そしてシアンの肩に頭を預けぐったりと動く気配がないのは……まぎれもない、この国の王だ。


「陛下……!?」

「すでに息を引き取られています」

「──ッ」

 反射的に走り寄ろうとしたバヤジットだが、もう手遅れであると一目瞭然だった。

 それは床に広がる毒々しい血の量がものがたっている。

「何だ……何が起こっている……?陛下を手にかけたのか?……な、ぜ」

「こうするしかなかったのです」

「何故だ…!」

「キサラジャは必ず帝国に敗れます。籠城戦になったとして……あんな古い城壁、帝国の新兵器でいとも簡単に穴があく。三日と待たず、首都ジエルは攻め滅ぼされるでしょう」

 王の亡骸を抱くシアンは、狼狽するバヤジットを見ようともせず、淡々と語る。

「敗戦国のたどる末路は悲惨です。兵士は皆殺され、民は人権を失い、帝国の奴隷となります。…………ならば」

 バヤジットに語りかけているのか
 自分自身に言い聞かせているのか…

「……ならば我らにできる事は、現国王を内部から討ち倒し、敵国の攻め入る理由を奪うだけです」

 独り言にも思える抑揚の失われた声で、シアンは話し続けるのだった。


 バヤジットには当然、受け入れ難い話である。


「だから陛下の命を犠牲にしたのか……!自らが助かる為に、一国の王を、おめおめと敵国に差し出すのか」

「……ええ」

「命にかえても君主を御守りするのが、俺たちの使命だろう……!それをっ……お前は」

「どうせ負けるのだから、そんな抵抗は無駄ごとです」

「シアン!!」


 バヤジットは怒鳴り、逆上してシアンに掴みかかった。

 アシュラフの遺体からシアンを引き剥がして、彼の両肩を掴み振り乱し、責め立てる。



「自分が犯した罪をわかっているのか!?

 お前は国を裏切ったのだ!歴史あるキサラジャの国をっ……その玉座にあられる御方をっ……お前が……!」


「……」


「許されない」


「……」


「これは許されない悪行だ!シアン!
 こんな事は決して…───ッッ」


「──それなら!!」




....





「それなら僕を殺せばよかっただろう!?」



「‥ッ‥!?」



「九年前……あの砂漠で……
 お前が、僕を……殺して、いれば……!」



「‥‥‥‥‥!」



 バヤジットは気付いていなかった

 此方を見ようとしない彼が、ずっと嗚咽を殺して泣き続けていたのだと──。

 実の兄を殺した右手を怨むように、血が止まるほど強く押さえつけ、震えをおさえていたのだと。



 やっと再会した愛する人を

 自らの手で殺め、絶望にくれていたのだと。




「シア ン…!」

 我に返ったバヤジットは、取り返しのつかない自身の過ちに気付かされ…狼狽する。

 掴みかかっていた両手の指が、ピクリとも動かなくなった。

「僕に…触れるな…!!」

 するとその手をシアンが払いのけた。



「……僕は汚いだろう?

 幾人もの女を抱き、数え切れない男に犯され、友を殺し犬とまぐわいっ……あげく陛下を敵国に売った身だ。 悍おぞましいだろう?」



「‥‥ッッ」



「だがこれが…お前が勝手に生かした命だ。九年前、怖気付いたお前が、トドメを刺せず逃げ帰った結末だ」



 シアンがバヤジットを睨み上げる。



「僕にびろ!兄上にびろ!汚泥にまみれた僕を抱き、お前もその身を腐らせろ!!」



「‥‥‥」



「僕を愛するとは……そういうことだ……!」




 いつもの浮雲のように掴めない彼とは真逆の、魂をこめた本気の言葉が、バヤジットの奥深くをえぐった。


 こんな温度で叫ぶ姿を初めて見る。大きな感情を──苦しみをのせた叫びだ。


 あまりの衝撃で真っ白になったバヤジットの思考を、ただ、罪の意識だけがじわじわと侵食していた。




 

 泣き腫らしたシアンの目は、バヤジットの罪をひとつとして許してはいなかった。


 めいっぱいの憎しみを注いで……美しい顔を歪ませる。


 清廉な翡翠の瞳が


 今だけは、怒りで真っ赤に血走っていた。















───…











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