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第二十章
誓い
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「急ぎ伝令を出せ!!巡察隊を王都に呼び戻すんだ!!」
帝国の侵攻を知り大混乱の王都では、騎兵師団将官のバヤジットが隊の指揮にあたっていた。
「城門はどうした!?南門だけ残し閉鎖を開始しろ!」
「それについてはっ…いま大神殿で協議が始まったところで、許可なく城門を閉じるのは……っ」
「あの者達の決定を待っては日が暮れる!砂煙を見ただろう?夕刻には敵兵が街を包囲するぞ」
砂漠に立ち上がる砂煙は、敵兵の位置とともに、その兵力差もバヤジットに教えてきた。
おそらく帝国兵の数は二万弱。
対してキサラジャは、民兵をいれても六千五百……。
まともにやっても勝てない。籠城戦に持ち込むしかないのだ。
「城壁の外にいる民達は中へ避難させているな?」
「はい!ですが困った事に、平民らがクオーレ地区の中まで入ろうと門に群がっております!」
「…っ…なんだと?」
「このままでは暴徒化も……」
「狼狽えるな…!」
建国以来の数百年、大きな争いが起こらなかったキサラジャは、侵略に対する危機意識が欠けていた。
数だけ大勢いる侍従たちは大神殿にこもり、時間がないというのに、形ばかりの議会を開いている。
怯えた民は少しでも安全な場所を目指し、城壁の内へ内へと押しかける始末。
“ 隊の士気も低い、このままでは……!! ”
「俺はいったんここを離れる!お前はカナーヤ将官を探し、弓兵師団の城壁配置を指示してくれ!」
ラチがあかないと判断したバヤジットは、その場の指揮を副官に任せて王宮へ戻った。
“ 事態を変えられるのは国王陛下しかありえない。なんとか皆の前に姿を出し、混乱を鎮めていただくしか ”
バヤジットが向かったのはスルタン・アシュラフのいる寝所だった。
議会を待たず対処を進める為にも
兵士の士気を上げる為にも
混乱する民たちを諌める為にも
この国で最も高貴な御方に、指揮をとっていただくしかない。
水の社を横切り、廻廊を抜け──
目的の寝所の扉が開いているのを見たバヤジットは、そこへ駆けつけた。
「陛下!事態はお聞きになりましたか!?
帝国の侵略に対抗するには……───」
「──…」
「陛下の……御言葉で……混乱している者達を……
…っ…こ、これは?」
──しかし、バヤジットが駆け付けた先には、異様な光景が広がっていた。
外の騒乱が嘘かのように、重苦しい沈黙に満ちた部屋で……
血溜まりの中心で抱き合い、床に座る二人。
すぐ横に投げ捨てられた刀。
「陛下…!? 陛下…!? その血は…怪我はなんだ……!?
そこにいるのは……シアン、なのか……!?」
こちらに背を向けるひとりは、シアン・ベイオルク。
そしてシアンの肩に頭を預けぐったりと動く気配がないのは……まぎれもない、この国の王だ。
「陛下……!?」
「すでに息を引き取られています」
「──ッ」
反射的に走り寄ろうとしたバヤジットだが、もう手遅れであると一目瞭然だった。
それは床に広がる毒々しい血の量がものがたっている。
「何だ……何が起こっている……?陛下を手にかけたのか?……な、ぜ」
「こうするしかなかったのです」
「何故だ…!」
「キサラジャは必ず帝国に敗れます。籠城戦になったとして……あんな古い城壁、帝国の新兵器でいとも簡単に穴があく。三日と待たず、首都ジエルは攻め滅ぼされるでしょう」
王の亡骸を抱くシアンは、狼狽するバヤジットを見ようともせず、淡々と語る。
「敗戦国のたどる末路は悲惨です。兵士は皆殺され、民は人権を失い、帝国の奴隷となります。…………ならば」
バヤジットに語りかけているのか
自分自身に言い聞かせているのか…
「……ならば我らにできる事は、現国王を内部から討ち倒し、敵国の攻め入る理由を奪うだけです」
独り言にも思える抑揚の失われた声で、シアンは話し続けるのだった。
バヤジットには当然、受け入れ難い話である。
「だから陛下の命を犠牲にしたのか……!自らが助かる為に、一国の王を、おめおめと敵国に差し出すのか」
「……ええ」
「命にかえても君主を御守りするのが、俺たちの使命だろう……!それをっ……お前は」
「どうせ負けるのだから、そんな抵抗は無駄ごとです」
「シアン!!」
バヤジットは怒鳴り、逆上してシアンに掴みかかった。
アシュラフの遺体からシアンを引き剥がして、彼の両肩を掴み振り乱し、責め立てる。
「自分が犯した罪をわかっているのか!?
お前は国を裏切ったのだ!歴史あるキサラジャの国をっ……その玉座にあられる御方をっ……お前が……!」
「……」
「許されない」
「……」
「これは許されない悪行だ!シアン!
こんな事は決して…───ッッ」
「──それなら!!」
....
「それなら僕を殺せばよかっただろう!?」
「‥ッ‥!?」
「九年前……あの砂漠で……
お前が、僕を……殺して、いれば……!」
「‥‥‥‥‥!」
バヤジットは気付いていなかった
此方を見ようとしない彼が、ずっと嗚咽を殺して泣き続けていたのだと──。
実の兄を殺した右手を怨むように、血が止まるほど強く押さえつけ、震えをおさえていたのだと。
やっと再会した愛する人を
自らの手で殺め、絶望にくれていたのだと。
「シア ン…!」
我に返ったバヤジットは、取り返しのつかない自身の過ちに気付かされ…狼狽する。
掴みかかっていた両手の指が、ピクリとも動かなくなった。
「僕に…触れるな…!!」
するとその手をシアンが払いのけた。
「……僕は汚いだろう?
幾人もの女を抱き、数え切れない男に犯され、友を殺し犬とまぐわいっ……あげく陛下を敵国に売った身だ。 悍ましいだろう?」
「‥‥ッッ」
「だがこれが…お前が勝手に生かした命だ。九年前、怖気付いたお前が、トドメを刺せず逃げ帰った結末だ」
シアンがバヤジットを睨み上げる。
「僕に詫びろ!兄上に詫びろ!汚泥にまみれた僕を抱き、お前もその身を腐らせろ!!」
「‥‥‥」
「僕を愛するとは……そういうことだ……!」
いつもの浮雲のように掴めない彼とは真逆の、魂をこめた本気の言葉が、バヤジットの奥深くをえぐった。
こんな温度で叫ぶ姿を初めて見る。大きな感情を──苦しみをのせた叫びだ。
あまりの衝撃で真っ白になったバヤジットの思考を、ただ、罪の意識だけがじわじわと侵食していた。
泣き腫らしたシアンの目は、バヤジットの罪をひとつとして許してはいなかった。
めいっぱいの憎しみを注いで……美しい顔を歪ませる。
清廉な翡翠の瞳が
今だけは、怒りで真っ赤に血走っていた。
───…
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