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第二十一章
春待つ砂丘の花々よ
しおりを挟む「シアン様はどこにいるのでしょうか」
男は、腰布の隙間に大事にしまっていた物を、新たに二人に差し出した。
「花は咲きました!故郷の……庭にっ……たくさん咲いているのです!持ってきたぶんは枯れちまいましたが、戻れば、まだっ…」
パッとひらいた掌で、舞い散る花びら──。
「シアン様にお会いしとうございます。息子の、オメルの夢だった花の中に……シアン様をお連れしとうございます」
「……」
「お連れしとう…ございます……!」
肩を震わして話す男は、すっかりしぼんだ花の残骸を、また同じように腰布に戻す。
そこから逃れたいくつかが……宙に浮いてバヤジットの鼻先をかすめた。
思わず追った先の視界で、青く突き抜ける空を背負い
花びらの純白が、まばゆく光を身に纏う。
不自然にきらめいて…ぼやけた時
バヤジットは、自分の視界が涙で潤んでいたと気が付いた。
「……っ」
大粒の涙は彼の目尻に溜まったまま、頬を流れず堪えていた。
…瞳の奥が焼けるように熱い。
なのに宙をひらめいた花弁は自由で楽しげで、ゆっくりと旋回したかと思えばひらひらと降りてくる。
それはバヤジットに見つめられながら、前に立つ青年の肩に落ちた。
青年は読み終えた手筒を凝視したまま、帽子から垂れた紗の向こうに…その表情を隠している。
そして声を発した。
「貴方は……」
「……!」
「貴方たち親子はまるで、魔法使いのようだ…」
「…………、シアン」
目の前のバヤジットだけは見ていたのだ。
穏やかに目尻をさげて、困ったようにも映る複雑な表情で、泣き笑う彼を。
「自由に夢をかかげ、それを託し、そして…こうして叶えてみせた。それはこの広大無辺な砂の地で……もっとも尊い奇跡のひとつだ」
…彼はきっと悲しんでいる。
…今もずっと苦しんでいる。
それでも涙が温かいのは、優しい気持ちを思い出したからだ。
嘘のない喜びが、確かにそこにあるからだ。
「……見てくれ、バヤジット」
「──…」
「花が…咲いた…。オメルは夢を…叶えたんだ」
肩にのった花びらを指ではさんで、彼はそれを空へと見せる。
くしゃりと目を細めた横顔は、バヤジットが心を奪われ…本気で愛し、助けたいともがいた、シアン、──その人であった。
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