143 / 143
第二十一章
春待つ砂丘の花々よ
しおりを挟むシアンは何処にも消えていない。
散らばる手筒のひとつひとつが…
ここに咲いた小さな奇跡が…
すべて、シアンが生きた証じゃないか。
「…っ…、陛下」
バヤジットが膝をついてその場に屈む。
「この花を国中に咲かせましょう…!
シアンが何処にいたとしても、ひとりで戦っていたとしても、…花に囲まれていられるように」
数え切れない傷を負い
健気にいだいた夢のひとつさえ…
追いかけることを許されず
大切な友と、愛した兄を手にかけて
…それでもシアンは、今も死ねずに生きている。
兄を犠牲にして救った国を、そこに生きる民を守るために、玉座で孤独に戦っている。
そんな自分をシアンは愛してやれないだろう。
だからあの日──生き長らえた命を嘆き、生かしたバヤジットを呪い叫んだ。
だからこそ
「シアンを愛する者がいるのだと…思い出せるように、してやりたい」
「──…」
「努努、忘れてはなりません…!」
足元に跪くバヤジットが、真っ直ぐシアンを見上げて話す。
「…………愛して、くれるのだろうか」
「──…必ず」
「そうか……」
バヤジットの眼差しを受け止めたシアンは微笑んだまま、それきり言葉を呑み込んだ。
それから、そっと、左手を彼に差し出した。
すぐさまバヤジットが、下から自身の手を添える。
布でくるんだ偽物の手だが、伝わる筈のない身体の熱が二人の間を交差した。
祈るように両手で握る。
もう傷付けられないように、包み込む。
そしてバヤジットが手の甲に口付けを落とした。
この時 彼の鼻をかすめたのは
ほのかに甘い香油の匂いと、その奥の、太陽をあびて焼け付いた…鼻腔から頭までを貫く紫煙にも似た力強い香りだった──。
───
砂嵐が襲う苛酷な地に、数百年と建ち続ける国──キサラジャ王国。
砂漠の貴重な給水地であり、多くの人や商品だけでなく、技術や情報が集まるこの国は、街道をわたる隊商や旅人で賑わっていた。
とくに春の訪れとともに始まる《 白砂祭 》の季節は、珍しい光景をひと目見ようと、見物客で溢れるようになった。
暗く、寒く、長い冬を終えた人々が…
愛する家族や、恋人、友人、故人へ、白い花束を送りあうのだ。
首都ジエルだけでなく、他の街も村もいっせいに華やぐこの季節を…人々は踊りや料理で盛り上げる。
そんな《 白砂祭 》の起源は、ほんの十五年前。
農地の開拓と合わせてこの政策を進めたのは、若く美しく気高い、当時のスルタンであった。
名君として後の史書でも語り継がれる王の隣には、いつも、国一番の武人が控えていた。
誰よりも献身的に王を支え、王の治世を最も近くで見届けたその武人は、《 砂竜の将官 》の異名で、今も国を守り続けている。
己の罪と信念と、愛した人への誓いを胸に──。
『 謀殺された王子は 復讐者として淫らに返り咲く』
────(終)
32
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
更新ありがとうございます。
悲しいお話ですが、毎日続きが気になり読ませて頂いております。
シアンの辛い日常の中で唯一友人に近い位置にいたオメルの存在は大きかったですね
後々シアンと共に幸せになってほしかった。
今後のシアンが心配です。
あともう少しストックあるので、そこまでは毎日更新で頑張りますm(_ _)m ご感想ありがとうございました!
わたし自身も心を痛める展開の連続です…。早くシアンには幸せになってほしいです。