銀狼【R18】

弓月

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銀狼

銀狼_5

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 逃げるか、許しを乞うか。どちらにせよ上手くいく予感なんてしない。

 それでもセレナには頭を空洞にしている時間などなかった。

 ふわりと舞い降りた銀狼は、中央の祭壇──

 高く連なった石段の下に降り立ち、そして彼女に目を遣る。

「‥‥ッ」

 セレナはゆっくりと腰を上げて、草むらからとうとう姿を現した。

 一歩一歩、震える足で男のもとに向かう。

 そんな彼女を囲むように集まりだした狼が、恐ろしく唸りながら彼女の後ろをついて来た。

 狼達にせき立てられるような形でやっと男の前に辿り着いたセレナは、岩場の上にガクリと膝から崩れる。

「──…」

「…ゆっ…許し…て…」

 相手は人ですらない化け物だ。

 貴族のプライドなどがいったい何の意味を持つだろうか。

「…許し て 下さい……!」

 震える声で男に命を乞うた。

「殺さないで…──ッ」

 あまりの恐怖に顔を上げることもできずに、セレナは男の足を祈るように見つめる。

 黒い衣と対照的な、泥のひとつも見当たらない白い足には鋭い鉤爪がついていた。

「……娘」

「……!!…は、い……」

「お前は私が何者かを知っているのか?」

「え…!? 」

 この男が…何者か?

 セレナは答えるのを躊躇チュウチョした。

 もし間違えたら殺されるかもしれないと、……そう思うからだ。

 しかし銀狼の声は心臓をわしづかむかのようにズシリと重たくて、到底無視などできようか。

 彼女は恐る恐るその名を口にする。

 ……その  しか、セレナは知らない。

「銀狼…ッ…ですか」

「ギンロウ?違うな……」

 だが彼女の答えは呆気なく否定された。

 不正解のセレナに、男は凍り付くような低音の声で言ってみせる──。


 私はオオカミだ…──と。


 そして男は片膝を地につくと、俯く彼女の耳に自らの口を近づけた。

「聞くが娘よ、のこのこと現れた旨そうな仔羊を、何の手もつけずに帰すオオカミが存在しうると思うのか……?」

「……ッ」

「答えろ……」

「い、いません……」

「……、よくわかっているな」

「……!」

 自分の座る岩肌を見ながらセレナの顔は蒼白となる。

“ この化け物はわたしを殺す気なのね…… ”

 ──ならば、と

 込み上げる悔しさが恐怖の後を追う。

“ ならどうしてわたしはこうして跪いているの? ”

 逃がしてもらえないのなら
 大人しく喰われるくらいなら

 いっそ……!!

 セレナは座ったまま自身の脚に手を伸ばし、ドレスの中に隠された短剣を掴んだ。

「食べられるくらいなら…っ…ひと思いに殺された方がマシです!」

「──?」

 唐突な反撃だった。

 どこからともなく彼女が振り上げた刃物を見て、銀狼は近付けていた顔を離した。


 だが相手を驚かせたのはその一瞬だけで

 当然のごとく──

「…あ、…く、ぅ…!」

 人間の、しかも女の振り回す短剣など凶器のうちに入らない。

 短剣を持ったセレナの手首は男にやすやすと掴まれて動きを封じられた。


「…くッ…離して……下さい……!! 」

「見目にそぐわず…面倒な女だったか…──」

「──…!!! …あ‥‥…!? 」


 反抗的に銀狼を見上げたセレナ。

 彼女の視線が男の瞳とぶつかった瞬間──

 その身体から一気に力を奪い取られ、何の事態も呑み込めぬまま、男の胸に崩れ落ちた。

 手から滑り落ちた短剣を、銀狼が横に叩き飛ばす。


「‥‥ぇ‥!? 」


 セレナは自分の身に起きた変化に戸惑うばかり。


「な…──ッ」


何をされたの…!?


「何も特別な事はしていない…。ただ……私の殺気を感じたお前の本能が怯え、身体が縮こまっているだけだ」

「そん な‥‥」

「暫くは満足に動けんだろうな……」


 その時ギラリと光ったのは笑った銀狼の鋭い牙だった。

 白くそろった小粒な歯の中で、口角から剥き出した長い牙だけが水晶のごとく異様な輝きを見せている。

 セレナの額にはじっとりと嫌な汗が滲んだ。

 男に身体を預けたまま……本当に、手足に力が入らない。


ビリッ‥‥!!


「…え?…い、や、…何を‥‥!? 」

 突然銀狼の手が彼女のドレスの胸の部分を縦に裂く。

「何する、気…!? 」

「……首輪をつけているならどこぞの奴隷か?それにしては高価な衣を纏っている」

 混乱するセレナを相手にしない。

 銀狼は彼女の首筋に顔を近づけ、丈夫な蔓でできた筈のその首輪をいとも簡単に噛み切った。

 その間にもドレスは無惨に破かれていく──。

「ぃ、や…!! …何して…るの、今すぐッ…やめ‥…!! 」

ビリッ

 彼女の抵抗を嘲笑うその指はセレナから衣をみるみるうちに剥ぎ取ると、その残骸の上に彼女を寝かせた。


「──…少しの戯れだ」

「……!!! 」

「死にたがりの娘と遊んでやるがいい……お前達」


グルル・・・・


 男がその場に立ち上がると

 それまでお預けを食らっていた幾つもの唸り声が、裸の彼女に近付いてきた───。




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