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逃走
逃走_2
しおりを挟む彼女は辺りを見渡した。
自分がいる洞穴の中には殆ど何もなく、隅に大小ふたつの水瓶が置いてあるだけ。つまり、彼女がその裸体を隠すような物は何もなかったのだ。
「……ッ…」
それでも迷う時間はない。
“ こんな所で恥ずかしがっていたらわたしは… ”
セレナは立ち上がり、傷を負った左腕をかばいながら暗闇の洞穴から光の下へと踏み出した。
眩しさに顔をしかめた先には、開けた視界に異質な光景が広がっていた。
狼達の巣窟。いや、王国というべきだろうか……。
切り立つ崖に囲まれたこの場所は、日常とかけ離れた異世界であることを改めて感じる。
「………何もいない」
だがそこに狼の姿は無かった。
“ あれだけいた狼が一匹も……? ”
動いているのは滝の飛沫と風に揺れる草木だけ──。
下を覗き込んで息を呑んだセレナは、警戒した様子で地面を睨んでいた。
──今から、ここを降りなければならない。
飛び下りる事は先ず不可能で、唯一の道は崖に沿って造られたこの石階段。
少し気を抜いただけで簡単に踏み外してしまうだろうそれを、セレナは腰を低くして慎重に降り始める。
「──…っ」
吹き込む風が何も身に付けていないセレナの剥き出しの肌に軽く触れて、そんな些細な風さえも今の彼女には恐怖だった。
“ もし、ここで足を踏み外せば ”
先ず命はないだろう。
いや……というより、簡単に死んでしまえる。
怖いのは落下している間だけ──あとは、この苦しみから解放されて楽になれる。
そんな考えがふと頭に浮かび
──それを消すためにセレナは首を振った。
降りることに集中したい。
そして漸く彼女の足が地面に降り立った。
地に到着したところで安堵した様子のセレナは出口に向かってすぐさま走った。
「……あ…!! 」
しかし──
彼女の安堵は、浅はかと言うものだった。
出口の洞窟にたどり着こうという彼女の前に、何処からともなく現れた狼達が立ちはだかった。
絶壁に空いた穴から彼等は出てくるのだ。
恐らく、日のある内は穴の中で眠り、日が沈むと外に出てくるのだろう。
まだ十分に明るいが獲物の逃走に気付いて出てきたのだ。
「……や…っ…!! 」
セレナは驚いて後ずさる。
威嚇するように唸りながら、狼達はセレナを取り囲んでいく。
「……きゃッ……ゃ…、あ……あ……!! 」
腰が砕け、その場にへたりと崩れたセレナ。
土の上に尻餅を付いてしまい……囲んだ狼の輪がジリジリと狭まっていった。
───
「──…やめてやれ、……お前達」
そこに現れたのが、あの男──。
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