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還るべき地
還るべき地_3
しおりを挟むそうやって夢の余韻に浸りながら、横になったセレナは悲しい気持ちで胸がいっぱいになる。
依然として瞼を下ろしたまま…
彼女は今、不思議な温もりに包まれていた。
頬に当たる柔らかな感触──。
それは屋敷にあるどんな高級な絨毯よりも滑らかで、温かい。
もしここが屋敷のベッドの上で、自分を包むのがいつもの羽布団ならと、ここ数日の出来事こそが夢だったならと……
彼女は冷静に、それを願ったに違いなかった。
「──…ん…」
...パチッ
けれどもそこは布団の中などではなくて。ましてや、屋敷の絨毯の上な筈がなかった。
鳥のさえずりに導かれて目を開けたセレナは今の状況を把握する。
「──…っ」
暗い洞穴とはうって変わって光の溢れた外の景色。
崖から突き出た岩場の上に丸くなって眠っているのは、巨大な体躯の白銀の狼。
そして──彼に包まれるようにして身を横たえているのがセレナだった。
“ いつから、こうなっているの……? ”
彼女は身体を動かせられない。
身をよじれない代わりに、頭の血管がドクドクと強く脈打っている。
そんな彼女の心情などつゆ知らず…
頭を乗せている狼の胸部は彼の呼吸と共にゆったりと上下していた。
毛皮ごしに伝わる鼓動は、昼寝をする動物の優雅なそれに違いない。
だからだろうか……
巨大な獣と密着していながら、此処に恐れを感じないのは。
チュン、チュン
彼女の位置からは眠る狼の横顔も見える。
頭の上には小鳥が止まっていて、セレナの気も知らないで呑気に……可愛らしく鳴いていた。
それでも起きない狼をじっと見つめた。
彼の毛皮は月夜の元では銀に輝くが、今はどちらかと言えば白に近かった。
“ 綺麗…──なんて、思ってしまう ”
汚れのひとつも見あたらないその毛皮は、森を駆け回る獣の物とは思えなくて。
やはり普通の狼と逸脱した彼の雰囲気は、こんなところからもきているのだろうか。
…パタッ
「──あっ」
ふと…彼女の目覚めに気付いた小鳥が飛び去ってしまう。
──それに反応して、眠っていた銀狼の耳がピクリと動いた。
息を止めたセレナ。
銀狼は頭を僅かに起こして振り返り、彼女の姿をその眼に捕らえた。
「───…」
「……っ」
大きな獣の眼と、じっと視線が合わさる。
息を止めるのにも限界がきたセレナは、思い出したように唾を呑み込んだ。
いつでも逃げられる構えをするべきなのに、この様子では……指の先すらも満足に動いてくれそうにない。
「………」
しかし、相手の狼が次にとった行動は緊張感の欠片もないものだった。
牙がずらりと並んだ口を大きく開けて欠伸をしたかと思うと……
何事もなかったかのように顔を元に戻し、昼寝の続きを始めたのだった。
銀狼の意外な反応に度肝を抜かれたセレナ。
“ なに……、無視……!? ”
それはそれで、こちらの緊張を返してほしい心持ちになった。
目尻が僅かにつり上がる。ムッとした表情で彼の顔を睨み付けた。
しかしそんな彼女を馬鹿にするように、彼は此方に顔は向けないまま長い尾でパタパタとはたいてきた。
「…ッ…わ、…ちょっ」
ふさふさとした尻尾にからかわれたセレナは顔を赤くする。
「やっ……やめ、て!」
顔を庇おうとセレナは腕を上げ──
そうした時
彼女は、左腕のドレスが破り取られているのに気が付いた。
“ え──…何これっ?どうしてなの? ”
大胆に破られたドレス。剥き出しの左腕。
そこにはドレスの切れ端が、包帯の代わりとして巻かれていた。
「…っ…これ、もしかして」
その箇所にはそう言えば切り傷があったのだと、この時やっとセレナは思い出した。
ラインハルトの森を逃げ回る途中、刺のある蔓で負った怪我──今は、ドレスの切れ端で隠れている。
そしてその内側には、見覚えのある果皮が湿布のようにして貼り付けてあった。
“ …これ、食用じゃなかったのね。苦いはずよ… ”
それは昨日セレナが口にした、酸味と苦味が恐ろしい例の果物の皮だ。
顔がひきつるような酸っぱさだった。
だが本来の使い方をこうして知ると、あの味にも納得できる。
いったい誰が傷の手当てをしてくれたのか。
「……っ」
そんなの、この男しかいない……。何を考えているのかわからない、この男しか。
「…あなたは…何者なの?」
穴があくかと言うほどに狼の顔を見つめたセレナは、そのうち諦めて息を吐きつつ腕を下ろした。
もう一度、彼の背中に頬をつける。
何が目的なの
何故わたしを食べないの
結局なにひとつとして、あなたは答えていないじゃない……
「獣の愛って、何なの……」
両手の掌を背に添わす。
毛の流れに沿って手を滑らせば、彼の身体が時折ピクリと反応した。
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