27 / 63
還るべき地
還るべき地_3
しおりを挟むそうやって夢の余韻に浸りながら、横になったセレナは悲しい気持ちで胸がいっぱいになる。
依然として瞼を下ろしたまま…
彼女は今、不思議な温もりに包まれていた。
頬に当たる柔らかな感触──。
それは屋敷にあるどんな高級な絨毯よりも滑らかで、温かい。
もしここが屋敷のベッドの上で、自分を包むのがいつもの羽布団ならと、ここ数日の出来事こそが夢だったならと……
彼女は冷静に、それを願ったに違いなかった。
「──…ん…」
...パチッ
けれどもそこは布団の中などではなくて。ましてや、屋敷の絨毯の上な筈がなかった。
鳥のさえずりに導かれて目を開けたセレナは今の状況を把握する。
「──…っ」
暗い洞穴とはうって変わって光の溢れた外の景色。
崖から突き出た岩場の上に丸くなって眠っているのは、巨大な体躯の白銀の狼。
そして──彼に包まれるようにして身を横たえているのがセレナだった。
“ いつから、こうなっているの……? ”
彼女は身体を動かせられない。
身をよじれない代わりに、頭の血管がドクドクと強く脈打っている。
そんな彼女の心情などつゆ知らず…
頭を乗せている狼の胸部は彼の呼吸と共にゆったりと上下していた。
毛皮ごしに伝わる鼓動は、昼寝をする動物の優雅なそれに違いない。
だからだろうか……
巨大な獣と密着していながら、此処に恐れを感じないのは。
チュン、チュン
彼女の位置からは眠る狼の横顔も見える。
頭の上には小鳥が止まっていて、セレナの気も知らないで呑気に……可愛らしく鳴いていた。
それでも起きない狼をじっと見つめた。
彼の毛皮は月夜の元では銀に輝くが、今はどちらかと言えば白に近かった。
“ 綺麗…──なんて、思ってしまう ”
汚れのひとつも見あたらないその毛皮は、森を駆け回る獣の物とは思えなくて。
やはり普通の狼と逸脱した彼の雰囲気は、こんなところからもきているのだろうか。
…パタッ
「──あっ」
ふと…彼女の目覚めに気付いた小鳥が飛び去ってしまう。
──それに反応して、眠っていた銀狼の耳がピクリと動いた。
息を止めたセレナ。
銀狼は頭を僅かに起こして振り返り、彼女の姿をその眼に捕らえた。
「───…」
「……っ」
大きな獣の眼と、じっと視線が合わさる。
息を止めるのにも限界がきたセレナは、思い出したように唾を呑み込んだ。
いつでも逃げられる構えをするべきなのに、この様子では……指の先すらも満足に動いてくれそうにない。
「………」
しかし、相手の狼が次にとった行動は緊張感の欠片もないものだった。
牙がずらりと並んだ口を大きく開けて欠伸をしたかと思うと……
何事もなかったかのように顔を元に戻し、昼寝の続きを始めたのだった。
銀狼の意外な反応に度肝を抜かれたセレナ。
“ なに……、無視……!? ”
それはそれで、こちらの緊張を返してほしい心持ちになった。
目尻が僅かにつり上がる。ムッとした表情で彼の顔を睨み付けた。
しかしそんな彼女を馬鹿にするように、彼は此方に顔は向けないまま長い尾でパタパタとはたいてきた。
「…ッ…わ、…ちょっ」
ふさふさとした尻尾にからかわれたセレナは顔を赤くする。
「やっ……やめ、て!」
顔を庇おうとセレナは腕を上げ──
そうした時
彼女は、左腕のドレスが破り取られているのに気が付いた。
“ え──…何これっ?どうしてなの? ”
大胆に破られたドレス。剥き出しの左腕。
そこにはドレスの切れ端が、包帯の代わりとして巻かれていた。
「…っ…これ、もしかして」
その箇所にはそう言えば切り傷があったのだと、この時やっとセレナは思い出した。
ラインハルトの森を逃げ回る途中、刺のある蔓で負った怪我──今は、ドレスの切れ端で隠れている。
そしてその内側には、見覚えのある果皮が湿布のようにして貼り付けてあった。
“ …これ、食用じゃなかったのね。苦いはずよ… ”
それは昨日セレナが口にした、酸味と苦味が恐ろしい例の果物の皮だ。
顔がひきつるような酸っぱさだった。
だが本来の使い方をこうして知ると、あの味にも納得できる。
いったい誰が傷の手当てをしてくれたのか。
「……っ」
そんなの、この男しかいない……。何を考えているのかわからない、この男しか。
「…あなたは…何者なの?」
穴があくかと言うほどに狼の顔を見つめたセレナは、そのうち諦めて息を吐きつつ腕を下ろした。
もう一度、彼の背中に頬をつける。
何が目的なの
何故わたしを食べないの
結局なにひとつとして、あなたは答えていないじゃない……
「獣の愛って、何なの……」
両手の掌を背に添わす。
毛の流れに沿って手を滑らせば、彼の身体が時折ピクリと反応した。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる