銀狼【R18】

弓月

文字の大きさ
28 / 63
還るべき地

還るべき地_4

しおりを挟む

 セレナの顔は不機嫌なままで、頬を膨らませたまま毛皮に顔をうずめる。

 獣なのに愛だなんておかしい。


“ ああ、……でも、懐かしい ”


 毛皮から伝わる、動物の温もり。

 そう──かつての自分は確かにこの温かさを知っていたんだ。

 温もりを教えてくれた大切な友達。

 わたしはちゃんと、彼を愛していた──。



「──…わたしが、五歳の頃ね」

 セレナは目を閉じて……気付けば銀狼に話しかけていた。

「屋敷の庭にラーイという名前の猟犬がいたの。…親犬は大きくて怖かったけどその子はまだ仔犬でね、とても可愛らしかったわ…」

 特に反応もないので彼が話を聞いているのかどうかは定かでない。

「お父様には駄目だと言われていたけれど、わたしはずっとラーイと遊んでいたの。隠れて、ひっそりと」

 大人たちにばれないように気を付けて

 柵を乗り越え彼がいるもとへ──。

 そんな秘密の友達は、彼女にとって特別で、少しずつ成長し大きくなっていくラーイを見るのがとにかく幸せだった。

 幸せで、そして彼女は無知だった。


「わたし、知らなかったの…!」


 普段はいくら大人しくとも、猟犬であるラーイは……凶暴な犬種であることにかわりない。

 そんな彼等にとって人間は絶対的な主人でなくてはならず決して  ではいけないのだ。


『 セレナ!? そこで何をしているんだ!! 』


 ある日、隠れてラーイと遊んでいたところを親に見つかった。

 セレナの父は彼女を連れ戻そうと、嫌がる彼女の腕を掴んで引っ張った。──その時だ。

 大人しかったラーイが牙を向き、彼に襲いかかったのは。

 ……深刻なのはこの時、ラーイは父親はおろかセレナの制止の命令にすら耳を貸さなかったということ。

 それは猟犬にとって最も犯してはならないタブーである。

 それからラーイは変わってしまった。

 一度人間に噛みつくことを覚えた彼は、ふとした瞬間に野生の本能を剥き出した。

 鎖に繋がれたラーイは柵の向こうのセレナを威嚇し、興奮して毛を逆立てながら、恐ろしい唸り声をあげる──。

 そんな姿を彼女の前でたびたび見せた。



──



 それからすぐの事だった。

 ラーイが銃を持った部下達に連れていかれ、二度と帰ってこなかったのは。


『 殺さないで…──ッッ 』 


 これはつい先日、セレナが銀狼に向けた言葉。

 彼に囚われた夜……命を乞うために跪き、喉を震わせながら告げた懇願。 

 けれどそれだけではない……。

 セレナはもっと、ずっと昔に、壊れんばかりに、同じ言葉で泣き叫んでいたのだ。

 辛すぎて、思い出さないようにしてきた悲しい記憶。

 引き離された大切な友達。

「……死なないでって…祈ってた」

 どうか殺さないで、生きていてほしいって、あるはずもない希望にしがみついて。そうしていないと、どうにかなってしまいそうだったから。



《 ──殺したのは…お前だ、セレナ 》



 すると、ポツリポツリと話し終えたセレナに、耳からではなく頭の中に直接響いてきた声……。

 その声は、セレナの話に対して欠片の動揺も同情も見せなかった。



“ そんなことぐらい… ”


 慰めより、ずっと正しいと思える。


「…そんなことぐらい…わかってる…!!」


 セレナは頬を銀狼の背に擦り付け、気付かれぬように溜まった雫を拭った。

“ せめて自由に…駆け回らせてあげたかった ”

 ──広い草原を、沢山の仲間たちと一緒に。

 そんな場所が本当にあるのなら。

 せめて、生まれ変わった先が、あるのなら…。


「…わたしに…、願う権利なんて…ないけれど…」


 喋るセレナの声量が小さくなる。

 日の光を浴びた狼の毛皮に身体を包まれて心地よいからだ。

 もう十分に眠った筈なのに、セレナはさらなる眠りに誘われてしまう。



──・・・フワッ


「──…?」


 しかし眠りの世界へ身を任せようとした彼女がそっと目を開けると、そこに狼の姿はなく

 人型の彼に横抱きに抱えられていた。


「……っ」

「……お前に見せてやろう」


 銀狼はそう言うと、上空へと飛び上がった。

絶壁の窪みを経由しながら上へ上へと跳び移っていく。

「…危ないッ!! …きゃっ…」

「掴まっていろ」

「……ッ…もし落ちたら…!! 」

「落ちれば死ぬだけだ」

 気が飛んでしまいそうなほどの高さに、セレナは身体を小さく縮こまらせて、大人しく彼の胸にしがみついているしかなかった。

 飛び上がるたびに肌を叩く強い風を感じながら、彼女は固く目を閉じた。



──


 そして漸く……銀狼の動きが止まった時。


「…目を開けろセレナ」

「……?」


 耳元で静かに囁かれ

 セレナは恐る恐る瞼を上げた。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

処理中です...