銀狼【R18】

弓月

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雨の鎮魂歌

雨の鎮魂歌_4

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 セレナはへたりと崩れ落ちた。

 狼達の悲しい唄は人の其れと何ひとつ変わらない。

 それが余計に辛かった。

 激しい筈の雨音すらも押しのいて、責め立てるように彼等の唄が全身を満たしてくる。


「──…」


 滝壺から姿を現したローがそんな様子のセレナを笑った。


「……お前が泣くのか。
 フっ……おかしな事だな」

「…ッ…?」


 畔の岩場でセレナは顔を上げる。

 お前は何を勘違いしているのかと

 返り血を残した口許を歪めて……彼が此方へ歩み寄る。

「私の牙は先程、人間の喉を噛み切ったところであるが……?」

 彼はセレナに近付いていった。口に付いた血痕を掬った水で清めながら……。

「我等を以てして泣くのか。狼はお前の敵だというのに」

「…っ…殺し合いに、敵も味方も、ないわ」

 雨か涙かわからぬ水滴がセレナの頬を伝い落ちる。

「……どちらも悪いわ…!! 」

「……」

「どっちも…っ、可哀想だわ……」

 顔を両手で覆い、そしてか細い肩を震わせていた。

 目を細めたローは彼女の目前までたどり着くと、湖から出て片膝を付いて座る。

 彼女の手を剥ぎ取り、顎を掴んで自身に向けさせた。


 上を向かされたセレナの視線が彼と合わさる。


「──…私にはまだ、その泣くという行為が理解できない」

 眉を潜めたローの目には、どこか哀愁を含んだ戸惑いが滲んでいた。

 これまで生きてきて彼には涙を流した経験が無く、そんな彼にとってセレナの涙の真意を測るのは難しい事であったのだ。


 しかし、彼女はすぐさま言葉を返した。


「……、あなたも、もうすぐ泣ける」

「──…」

「だってあなたの心は……ずっと悲鳴をあげているもの……!涙が流れていないだけで…っ」


 ずっとずっと…泣いている。

 底の知れないグレーの瞳はいつだって……冷たい悲しみに染まっていた。

 どうして気がつかなかったの

 彼の嘆きに、絶望に、そして怒りに……。


「…ちゃんとッ…あなたも涙を流すべきだわ…!! 」

「生意気な事を言うじゃあないか…」


 顎を鷲掴んだ手に力がこもり、ローは彼女の腰を捕らえた。

 互いにずぶ濡れのマントとドレスが張り付く。


「──…その様な顔は、私に見せるべきではないな……? セレナ……」

「……っ」


 そして……互いの唇も吸い付くように重なった。


 崖から突き出た木々の枝より落ち続ける水滴は、湖にいくつもの波紋を描いている。

 辺りに充満するのは隙間ない雨によって閉じ込められていた自然の青い香り。



 ──いつからであろうか

 雨はもうあがっていた。






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