銀狼【R18】

弓月

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討伐

討伐_3

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 雷に撃たれたような衝撃。

「どうして…なの…?」

 次の瞬間には──心の壁に大きな風穴が開く。その穴を通るのは、あまりに切ないすきま風だ。

「お前を解放してやる」

「解放……」

 解放ということは見逃してもらえるのか。

 街に帰れる──本当なら、それはとても喜ぶべき事だ。

「…本当、に…?…っ…わたしを解放するの」

「そうだ」

「でもこんな突然…っ」

 顔を上げたセレナは興奮したせいで軽い目眩に襲われた。

 自分を抱く彼の腕を掴み、体勢を立て直す。

“ わたしは街に、帰るの……!? ”

 家に帰れる。

 お父様に、街のみんなに会える。

“ もとの生活に……戻れる ”

 もとの生活に。今まで通りの、毎日に。



「……っ」



 ──わたし自身は

 こんなに変わっておきながら……!?




「いきなり解放なんて……理由を教えてほしいわ……!! 」

「不服なのか」

「──あなたのせいでしょう!? 」

 セレナは腕にいっぱいの力をこめて、ローの胸を叩いた。

 ローはそれを止めない。

 微動だにせず……睫毛だけを伏せる。

 そんな彼を何度も何度も叩き続けて、セレナは喉の奥で呻いた。

「…ハァっ…ハァっ、…あなたのせいです」

「……」

「こんなわたしがもとの生活に戻れるわけ…──!! 」

 純潔もとうに失い──

 彼女はもう……人でない男と繋がった身だ。

「…う…ッ─、……ロー…」

「やつれた餌に興味はない」

「どうしてっ……なの?……何が、理由で……」

「……セレナ」

 突き放すようなローの言葉に、出会ってすぐの彼女なら納得したのだろう。

 だが今の彼女は……その場しのぎの安易な嘘など受け付けない。

 騙される事すらできなくなった彼女へ、ローは同情をこめた溜め息をついた。


「じきに、此の地は…───いや」


 彼は何か言いかけた後、口を閉ざし、セレナの肩から手を離した。

 ゆっくりと優雅な所作で首に下げた宝石を掴むと、紐を引き千切り外してしまう。

「──?」

 その宝石は、セレナにそっと差し出された。

「これを持って行くがいい」

「……、わたしに……?」

 目の前に差し出された物をセレナは見つめる。

 紺青に鈍く光る小さな石──

 いつも彼の白い胸元を魅惑的に飾っていた宝石を、ローは彼女に渡したのだ。

 しかしセレナは受け取ろうとしなかった。

 顔を背けて、俯いた。

「いらないっ…そんなの…渡さないで……!! 」

 当然だ。これではまるで形見のよう……

「……フっ」

 そんな彼女にローはほくそ笑む。

「…お前はこれが何かわかるか?」

「何って…!! ペンダントでしょう?」

「──…そうでもある」

 俯いたまま受け取る気配のないセレナの首に手を回し、彼は紐を結んでしまう。

...キュッ

 ──彼女の胸元に、ローの宝石が収まった。

 セレナが涙をこらえた刹那……それは柔らかく煌めいたように見えた。



 ローは静かになった彼女を抱えて地上へと飛び降りる。



 飛び降りた場所は聖地の外へと続く洞窟の入り口。

 着地したローは彼女を地上に立たせると、その背中を優しく押した。

「──…!」

 暗闇の広がる洞窟に目をやり、セレナは不安を胸に振り返った。


スッ──


 ローは彼女の胸で光る石を指し示す。


「これを、肌身離さず身に付けておけ。そうすれば……無事に森を抜ける事ができる」

「……」

「早く行け…──」


 そしてセレナを安心させるように、震える彼女の頬を手の甲で数回、叩いた。


 頬の体温を確かめるように……叩いた後の手を、触れたまま動かさない。


 ──行けと言っておきながら彼の手は動かない。


 セレナはそこに自分の手を重ねた。


 二人の指は自然に絡まり力がこもる……そして、ローが手を引き、互いの指は離れた。



「ロー…」



 戻ってくるから

 セレナの目がそう語る。



 後ろへ向き直り……歩き出した彼女の後ろ姿は直ぐ様、洞窟の闇に呑み込まれた。






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