銀狼【R18】

弓月

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討伐

討伐_2

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......






……ザワッ




 風の匂いが変わった…。




 あの雨の夜。あれから数日が経過していた。

 日が昇り切るにはまだ早い透き通った朝。

「……」

 天を仰いで立ち尽くすロー。

 彼の背後では、横になったセレナが咳をしながら、彼の姿を探して辺りを見回していた。



「……まだ、起きるな」



──



 青みがかっていく空の中

 姿を隠した月の代わりに現れた陽の火は……今日コンニチの始まりを告げて彼の足元に長い影をつくっていく。

 告げられたのは、いったいどの様な一日なのか。

 全てを理解し、崖の中腹に立つローは、そこで変わりゆく空模様を見つめる。

 朝日が高度を増してゆけば、熱い日射しが地を照らした。

 そして陽の日は空の頂上へ……。

「……」

 数時間と、何もしない時が経過してゆく。

 人が長いと感じるこの時は、彼にとっては流れる月日の中のただの一瞬でしかない。

「……今宵は満の月が浮かぶ夜か。皮肉な偶然もあるものだ」

 いやこれすらも必然か。

 切れ長の流し目が辺りを見渡す。

 たとえ、彼に寄り添う森の風が鉄と火薬の臭いを届けたとしても……

 その目に焦りは浮かばない。ただ──

 数千年にもおよぶ歳月の

 " 全て " を見てきた彼の瞳の

 そのグレーの奥にはどこか憂いを秘めた光が射し込んでいた。



「…ロー…?」

 やっと日が傾き始めた刻、寝床から出てきたセレナが彼の隣りにやって来た。

「何を見ているの…?」

「空と、滝と、……草花が見える」

 見下ろしたそこに狼はまだいない。彼等は夜がくるまで洞穴で眠っているからだ。

「お前には起きてくるなと言った筈だが」

「だ……大丈夫。これ、くらい……」

 足元のおぼつかないセレナ。

 彼女の顔色は血の気が少ない。

 言ったそばからふらついた彼女は、腕をローに掴まれて引き寄せられた。

「…っ…ハァ、ハァ」

「──…」

 ローが掴んだ手首は、いっそう細くなっていた。

 彼女の肩を抱けば痩せ細った事もすぐわかる。

 …侯爵令嬢として屋敷で育ったセレナは、もともと身体が丈夫なわけではないのだ。

 そんな彼女は雨に晒されたことで体調を崩し、それから数日、快方に向かう兆しもない。

 仕方のないことではあった。

 ローが街で調達してきたパンは既に無く、森から採れる木の実や果物だけで精気は付かない。

 狼である彼等には火を扱う事もできず、生のままでは鹿の肉も食べられない。

 疲れを癒すセリュスの実に頼るも……限界はある。

 万能な薬などそもそも存在しないのだ。


 つまりこれが彼女の限界であり

 ……人が此の地で生きることの、限界でもある。


「ハァ…ごめんなさい…」

「…つまりは今が、潮時か」

「何のこと…?」 

 セレナは彼の胸に頭を預けていた。

 ふわりとした衣の毛が頬に当たる──。 



 ローは彼女の肩を抱いたまま抑揚なく呟いた。 



「──…此処を去れ、セレナ」



 驚くセレナを静かに見下ろす。

 透き通った表情に、迷いは無かった──。






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