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討伐
討伐_2
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……ザワッ
風の匂いが変わった…。
あの雨の夜。あれから数日が経過していた。
日が昇り切るにはまだ早い透き通った朝。
「……」
天を仰いで立ち尽くすロー。
彼の背後では、横になったセレナが咳をしながら、彼の姿を探して辺りを見回していた。
「……まだ、起きるな」
──
青みがかっていく空の中
姿を隠した月の代わりに現れた陽の火は……今日の始まりを告げて彼の足元に長い影をつくっていく。
告げられたのは、いったいどの様な一日なのか。
全てを理解し、崖の中腹に立つローは、そこで変わりゆく空模様を見つめる。
朝日が高度を増してゆけば、熱い日射しが地を照らした。
そして陽の日は空の頂上へ……。
「……」
数時間と、何もしない時が経過してゆく。
人が長いと感じるこの時は、彼にとっては流れる月日の中のただの一瞬でしかない。
「……今宵は満の月が浮かぶ夜か。皮肉な偶然もあるものだ」
いやこれすらも必然か。
切れ長の流し目が辺りを見渡す。
たとえ、彼に寄り添う森の風が鉄と火薬の臭いを届けたとしても……
その目に焦りは浮かばない。ただ──
数千年にもおよぶ歳月の
" 全て " を見てきた彼の瞳の
そのグレーの奥にはどこか憂いを秘めた光が射し込んでいた。
「…ロー…?」
やっと日が傾き始めた刻、寝床から出てきたセレナが彼の隣りにやって来た。
「何を見ているの…?」
「空と、滝と、……草花が見える」
見下ろしたそこに狼はまだいない。彼等は夜がくるまで洞穴で眠っているからだ。
「お前には起きてくるなと言った筈だが」
「だ……大丈夫。これ、くらい……」
足元のおぼつかないセレナ。
彼女の顔色は血の気が少ない。
言ったそばからふらついた彼女は、腕をローに掴まれて引き寄せられた。
「…っ…ハァ、ハァ」
「──…」
ローが掴んだ手首は、いっそう細くなっていた。
彼女の肩を抱けば痩せ細った事もすぐわかる。
…侯爵令嬢として屋敷で育ったセレナは、もともと身体が丈夫なわけではないのだ。
そんな彼女は雨に晒されたことで体調を崩し、それから数日、快方に向かう兆しもない。
仕方のないことではあった。
ローが街で調達してきたパンは既に無く、森から採れる木の実や果物だけで精気は付かない。
狼である彼等には火を扱う事もできず、生のままでは鹿の肉も食べられない。
疲れを癒すセリュスの実に頼るも……限界はある。
万能な薬などそもそも存在しないのだ。
つまりこれが彼女の限界であり
……人が此の地で生きることの、限界でもある。
「ハァ…ごめんなさい…」
「…つまりは今が、潮時か」
「何のこと…?」
セレナは彼の胸に頭を預けていた。
ふわりとした衣の毛が頬に当たる──。
ローは彼女の肩を抱いたまま抑揚なく呟いた。
「──…此処を去れ、セレナ」
驚くセレナを静かに見下ろす。
透き通った表情に、迷いは無かった──。
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