銀狼【R18】

弓月

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儚き運命

儚き運命_4

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『 何故お前は此処に来た…… 』


 純潔を奪われたあの夜の、彼の言葉がよみがえる。

「ならわたしのせいで…!! 」

 天よりローに告げられた、残酷な預言。

 " 人 " が誰を指し示しているのかは明白だ。


『 お前が泣くのか……。
 ふっ……おかしな事だな 』


 わたしが……此処に来たから

 此処に足を……踏み入れたから…っ


「ロー……!! 」


 あなたは全てを知っていたの?

 こうなることも、全部……


「…セレナ」


 動揺する彼女を、ローは真っ直ぐな瞳で見つめた。


 ──…もし預言の者が現れたならば、その場で八つ裂きにする。

 我等の聖地に足を踏み入れるような輩は生かしてはおけない。

 ……その筈であった。

 だがどうしたことか

 我等にとって死神である筈のその預言の人間は、か細く、可憐な、見るからに弱々しい……、震えるだけの娘だった。

 私は憤りを覚え、同時に興味を持った。

 こんな女が…──私に滅びを与えにきたのか。

 これから我等を襲う終焉を、この娘がもたらすのか……と。



 それが、結局…──



「……此処へ来い、セレナ」



 ローは彼女に片手を差し出す。

 セレナは走り出した。

 兵士達を押しのけ、彼の立つ岩場に向かって駆け出した。

「セレナ様!危ないっ…!」

「戻りなさいセレナ!」

 兵士や父親の制止を無視して、セレナは彼のもとに向かった。

「ハァ…ハァ…ッ、ロー…!! 」

 差し出された白く美しい指先に彼女が自分の手を重ねると、ローはその手を掴み力強く引き寄せる──。

「…っ…ロー…!! 」

「……」

「わたしのせいでっ…こんな、事に…!! 」

「…ふっ…確かにお前のせいだ」

 銃弾を浴び血を流す腕でセレナを包み込んだ。

「だが……お前ごときが私を滅ぼしたつもりになるようでは、困る」

「でも…──ッ」

「お前はただ滅びの時を伝えに来たにすぎない」

 伝えに来た挙げ句の果てに

 我等を想って涙を流した…………それがお前だ。



「……案ずるな」



 天は御存じだったのだ。

 私が人間に情を抱いた時…──

 此れすなわち、我等の破滅を導くと。



「……ッ? 」


「此処から先は──総てが運命サダメ



 このシナリオの結末は

 天のみぞが決めた事──。



 抱き合う二人の姿を茫然と眺める兵士達は、武器を持つ腕に何故か力が入らない。

 そんな中、アルフォード侯が落ち着いた口調で彼女を諭す。

「…セレナ、離れなさい」

「お父様…っ」

 そして彼は……その声を娘と抱き合うローに向けた。

「銀狼よ。娘が何を言おうと……我々人間は貴様を生かしておく訳にいかない」

「──…」

 狼だけに非があるとは

 人間だけに非があるとは、決して思わない。

「それでも、狼が人を襲い、喰らう以上……見逃す事は断じてできないのだ」

「でもっ、お父様…!! 」

「──…此処にいる兵士達の中にも、妻子や親を彼等に殺された者が大勢いる」

「……!! 」

 侯爵の言葉を聞いたセレナの眉が、辛さを映して歪む。

 黙って耳を傾けていたローは、唇を噛んだ彼女を見下ろして笑った。




....



「……ふっ」


ガシッ


「…きゃ…!? 」


 セレナの左手をきつく握りしめ

 突然の行動に怯んだ彼女の顔を見つめながら、ローは口を開け、其の牙を剥き出した。


「──ッ‥ぁ‥!! 」


 ブスリと生々しい音が聞こえ、肌が突き破られる。

 彼女の左手首に喰らい付いたローは、肉を噛み千切る前に牙を抜いた。 


「‥ッッ‥ロー‥!? 」


 深々と付けられた噛み痕から、痛みと共に血が湧き出る。

 ローはそのままセレナの首を掴んだ。

 そして、彼女の身体を引き剥がす。 


「‥ッ‥!! ‥苦しっ‥イ」


 首を掴まれ苦しげに呻いた彼女を、ローが構うことなく宙に持ち上げる。

「──セレナ!!」

 蒼白となって叫んだ侯爵を彼は嘲笑った。


「我等はただ……捕食をしたまでだ人間共よ」

「……!?」

「何を咎めることがある?……それとも貴様等の真似事でもしろと言うのか。喰らう前に手元において、大切に飼い慣らせ……と?」

「…な…っ…!! 」

「──…この女にしてやったように」


 ギラリと牙をちらつかせ

 馬鹿にした口調で話すこの男に


「──…!!」


 兵達は怒りで肩を震わした。








──






「──…ふざけるな」



 ひとりが口を開いた。



「……ッ…」



 セレナは何とか声を出そうとするも、首に巻きつく指がそれを許さない。



「…この…化け物め…!! 」



 違う……やめて…──ッ



「弟の仇だ…ッ…殺してやる…」



 こんなの……嫌よ…!!



ガチャ...



 殺気を取り戻した銃口が再びローに向けられる。



「…ケホッ……イヤだ…っ…!! …止まっ て……ッ」



 セレナの弱々しく無力な声は



「……」



 ただひとり、ローにだけ届いていた──。






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