清らかな巫女は鬼の甘檻に囚われる【R18】

弓月

文字の大きさ
1 / 31
第一章

人喰い鬼の討伐


 はるか昔──とある山村の神社には、強い霊力を持つうら若き乙女がいた。

 彼女は巫女(ミコ)姫。

 モノノ怪や呪いのたぐいを祓い、清める者。その噂は隣の村や、遠く都(ミヤコ)の貴族にまで広く知られる実力だった。

 そして今日もまた、彼女を頼ってモノノ怪退治の依頼がくる。

「巫女姫さまー!」

「どうされましたか?」

 観音像の前で手を合わせていた巫女は、外から自分を呼ぶ声を聞きつけて振り向いた。

 腰まで覆う艶やかな黒髪が、ハラりと肩から垂れる。

「都(ミヤコ)からの遣者殿が、巫女さまをお訪ねです」

「はるばる都から…とは、いかなる御用でしょうか。伺いましょう」

 戸を開けて外に出た巫女の前には、到着したばかりの従者たちが腰を屈めて並んでいた。



「──…鬼、で御座いますか?」

「さようで御座います。一年ほど前から、都の北東にそびえる蓬霊山(ホウレイヤマ)の山頂に恐ろしい鬼が住みつき…人間をさらっては喰ろうておるのです」

「人喰い鬼ですか?何故これまで放っておかれたのです?」

「これまでも多くの祈祷師(キトウシ)や法師を向かわせたが…ひとりも帰ってこなかったのです」

「…それはお困りでしょう。わかりました。わたしがお受け致します」

 話を聞くに、人喰い鬼の被害に悩む帝(ミカド)からの勅命らしい。

 命の危険もあるモノノ怪退治だが、彼女はこれまでもそういった依頼を何度か受けてきた。

(人喰い鬼とは……許せませんわ)

 遣いの者とともに、巫女は蓬霊山に向けて村を出発したのだった──。




 ───


 そこから長い旅路を終え、いよいよ山頂に着こうとする時。

「……!」

 駕籠(カゴ)で運ばれていた巫女は、護衛の侍と運び手を止めた。

「ここまでで構いません。わたしを残して、皆さまは山を下りてください」

「…!?ですが巫女さま、急がねばもうじき日が暮れてしまいます。モノノ怪の力が強まる夜に、おひとりではあまりに危険です!」

「問題ありません」

「せめて夜明けまで我らと待機して…」

「いえ、夜でなければ鬼には会えぬのです」

「え…?」

「どうか、下山してくださいませ」

 モノノ怪退治になれない侍たちを、危険な場に連れてはいけない。

 反対する男たちを説得し、巫女はひとり山へ残った。


 シャラ...


「──…さて」


 シャラ...シャラ....


 ゆっくりと山頂を目指し登っていく。


 シャラ...シャラ...


 日が暮れて、暗闇に包まれた山は不気味である。

 動物の気配は全くなく、風さえも途絶えて、息を潜めているようだ。

 ただ彼女が持つ錫杖(シャクジョウ)が揺れる音だけが、シンッ──と静まり返った山の中で、物悲しく鳴っていた。


 ──ザッ


(…見つけた。あれが鬼が住みついたと言われるあばら家ね)

 立ち止まった彼女の前には、風雨にさらされボロボロの家屋が現れた。

 人々が言うには、これが鬼の住処らしいけれど…

(やはり鬼の気配はない)

 巫女は頭上を見上げ、木の葉の隙間から空に浮かぶ月を見た。

 その月の角度から、今の時刻を推し量る。

 時間はまさに、ちょうどのようだ。


 ──トンッ


 彼女は片手に錫杖(シャクジョウ)を掲げ、それを地面に突き刺した。


 ....グラッ


「……っ」


 するとどうだろう。

 彼女を中心として空間が歪み、天地が一周するような奇怪な現象が辺りをつつんだ。

 その中を巫女は歩き出す。

 ──ここは【 境界 】だった。

 人の世と、鬼の世が交錯する場所。それは夜中のある時刻にだけ、特殊な条件下で現れる。



 巫女が " 境界 " へ足を踏み入れた時、眼前に広がるのはボロボロのあばら家ではなく、美しく荘厳な屋敷であった。

 (あやうく見落とすところでした…!ここまで違和感なく作られた結界は初めて。コレを張った鬼とはいったいどんな)

 ──どんな強大な力を持った鬼なのだろうか。

 これまで退治してきたモノノ怪とは比にならない、嫌な予感が脳裏をよぎる。



「──…何者だ?」


「……っ」


 中へ入ろうと彼女が足を踏み出すと、屋敷の中から、地を這うような低い声が投げかけられた。

 姿は見えない

 しかし確実に──こちらを真っ直ぐ射貫(イヌ)いている、冷たい視線が突き刺さる。

(なんて強い力…!こんな鬼、これまで対峙したことない)

 その威圧の凄まじさに、巫女は少したじろいだ。

(でもおかしいわ。人を喰らうモノノ怪には…それとわかるおぞましい妖気が渦巻いている筈なのに。この鬼からはそういった気配がしない…?)

「…っ…あなたが都を騒がせている人喰い鬼ですか」

 凛とした声で巫女が問う。鈴の音がリンと鳴るような…透き通った声だった。

「人喰い鬼?ああ……お前も、俺を退治しにきた類(タグ)いか」

 屋敷の声の主は気だるそうに立ち上がり、ギイッ…と音をたてて戸を開けた。

 巫女は息を呑む。

「あなたが……!」

 そこに現れたのは、目を疑うほどの美しい容姿をした男だった。

 白銀の長髪に、漆黒の着物。

 整った鼻の下で弧を描く口の端には、ギラりと牙が光る。ふたつの黄金色の瞳が暗闇の中で冷たく光っていた。


 その美しさはまさに、男が人外の存在であることの証明だった。


 それを思えば…男が頬に浮かべる整った笑みも、邪悪そのものである。

「……!」

「一度だけ機会をやろう。偶然迷い込んだことにしてさっさと立ち去れ」

「わ…わたしは…あなたを祓(ハラ)いに来たのです」

「祓う?クク……震えているようだがな?」

「これは…!」

 逃げ腰ではいけない。巫女は錫杖をぎゅっと握りしめた。

 この鬼は強い──それは痛いほど伝わる。

 だが逃げては駄目だ。この鬼の悪行を止めることが彼女の使命。

「震えてなどおりません。都(ミヤコ)の人々を恐怖に陥れるあなたを、のこのこ見逃しは致しませんよ」

「ほぉ……では、何か余興を見せてくれると?退屈しのぎにはなるのだろうな?」

「心配ご無用!」


 彼女は目を閉じ集中して、片手で印(イン)を結び、もう一度錫杖(シャクジョウ)を高く掲げた。


 リン──!


 それを勢いよく地面に突き刺した時、大きな鈴の音が辺りを激しく震わせた。

「──ッ!?」

 衝撃波のようにして広がり、鬼に直撃する。すると鬼は身動きがとれなくなった。

「……ッ…?」

 ビリビリと雷撃にうたれる感覚が鬼を襲う。

 驚く鬼の足元へ、巫女はゆっくりと近付いた。

 懐から御札を出す。

「動けませんよ。これで…あなたを祓います…!」

「女…っ…お前、面白いな……!」

「鬼界へお戻りなさい!」

 巫女が近づくのに合わせて、鬼を拘束する雷撃の力も強くなる。鬼が牙を食いしばり拳を握るが、変わらず動きは封じられていた。

 巫女は最後に御札に念をいれ、それを鬼の胸に貼った。

「ッッ──ぐぁ…!」

 鬼が苦しみ出す。

 巫女は気力の続くかぎり集中して、胸の内で念を唱えた。



 ───パリンッ!!!



「──きゃああ!!」


 しかし突然、錫杖の先が粉々になって弾け飛ぶ。

(そんなっ!…神器が…!?)

 それに続き、鬼に貼った御札も一瞬で、真っ黒の炭に変わってしまった。

 ガッッ...!

 信じられないと目を見開いた巫女の細首を、鬼の手が素早く掴む。



 消し炭となった札が地に落ちた。



「‥‥‥ッッ‥‥ぁ‥う゛‥‥!」

「ク……ククク……、久方ぶりに胸が踊る……!」

 苦しむ彼女の顔を覗き込み、鬼はニヤリと黒笑した。

「お前ほど強い霊力の人間は初めてだ。面白い……!長く生きてみるものだなぁ?」

「‥‥カハッ‥‥ぁ‥!‥‥ぁ゛‥‥!」

「いつもの様にさっさと殺しておこうと思ったが……やめだ。お前は俺のモノにする…──」

「‥‥ぁ‥‥ナニ‥‥ッ‥‥を‥‥‥!?」

 首を絞められ息ができない彼女の手から、壊れた錫杖がこぼれ落ちた。

 目の前の金色の目が歓喜で眩く光るのが、ただただ恐ろしい。だが逃げられず、少しずつ身体に力が入らなくなる…。

(気を失ったら……駄、目……っ)

 閉じてしまいそうな瞼を懸命に持ち上げ、相手を睨んでいた巫女だったが

「‥ッ‥‥んん」

 チュッ───

「‥‥ん‥!?」

 ふいに首を締める力がゆるんだかと思うと、何故か、彼女は鬼に口付けられていた。

「‥ん?…ッ…ふ」

 ヌルッ....

 肉厚な舌が侵入してくる。

 先程まで首を絞められて酸欠だったせいで、上手く抵抗できない。

 鬼は彼女の腰と頭を抱き寄せ、だらしなく開いた彼女の口に強引に舌をねじ込んだ。

「‥んっ‥んふぅ…‥!」

(ど、どういうこと…?)

 上を向いて直角に曲がった喉から、くぐもった声が漏れる。鬼の胸を押し返そうとしたがビクともせず、わけもわからぬまま口腔を犯された。

(何が起こっているのっ……!?)

 上顎を舐められ、逃げようとする舌を絡め取られて吸われる。ゾクッ…と震えた腰を、鬼の手に撫でられる。

「‥ぁふ‥…はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥っ、はぁ‥‥!」

「ふ…………クク」

「‥‥!?‥‥ゃ‥‥‥!はぁ‥‥ぁ」

(いやだっ…やめて、離して…!)

 焦れば焦るほど裏目に出て、呼吸ができなくなる。角度を変えて何度も差し込まれる舌の感触は隠微で…チュクチュクという水音もいやらしい。

「ふっ、お前……」

「‥っ‥はぁ……ぁ、ぁっ‥…はぁ‥‥!」

「…っ…そそる…顔だな」

「‥‥っ」

 口付けのあわいで、熱い吐息とともに鬼が囁く。

 巫女は…自分がどれだけ男を誘う顔になっているかも知らずに、健気に口を開けて息を吸っている。

 鬼の男は満足そうに笑みを浮かべた。

「いいだろう……奥の間で丁寧に愛でてやろうぞ」

「‥ッ‥‥!?」

 ハァハァと苦しげな彼女を抱き上げ、鬼は屋敷の中へと戻る。

 粉々にされた無惨な錫杖(シャクジョウ)だけが、その場に残された。










感想 0

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!

星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。 ……のに。 「お腹すいた」 そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。 強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。 手当てすれば「危ない」と囲い込み、 看病すれば抱きしめて離さず、 ついには―― 「君が、俺の帰る場所」 拾ってない。飼ってない。 ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。 無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の 距離感バグ甘々ラブコメ、開幕! ⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!