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紅茶の時間

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 そしてスミヤに連れられて、彼女は東城家のダイニングに来た。

「そこに座って。今紅茶を淹れてあげよう」

 昨日、ちらりと中を見たが、相変わらず変わった雰囲気のダイニングだった。

 畳の上にテーブルや椅子が並び、食器棚の横にはティーセットまである。

 ミレイの部屋とは違う落ち着いた照明だ。

 けれど今の彼女にはそんな事を考える余裕などなくて、うながされるままに椅子に座って俯いている。

 紅茶を淹れるスミヤも何も喋らなかったので、その間──ひとときの沈黙が流れた。

 き、気まずい…

 でもスミヤさんはもっと気まずい筈よ

 だって弟のあんな現場に立ち会わせてしまったんだから……

「…あの!」

「すまなかったね」

 黙るのも一緒なら、話し出すのも二人は同時だった。

「…っ どうしてスミヤさんが謝るんですか?」

「──…だって驚かせただろう?これからはリビングでは控えるようにハルトには注意しておくよ」

「‥‥‥。えーと」

 あ、なるほど。

 どうやらあの光景は、東城家では非日常ではないらしい。

「ちょうど帰ってきた時に君を見かけてね。ずいぶん見入っていたから声をかけるか迷ったけれど」

「……み// ……見入ってましたか?どれくらい……?」

「僕が来てから5分40秒かな」

 そんな正確な時間までミレイは求めていなかったのだが、スミヤは律儀に教えてくれる。

「ハルトも君が見ていることに気付いていたし、そろそろ危ないかなーと思って」

「……あ……ありがとうございます……」

 こっそり覗いていた筈なのに二人の兄弟には筒抜けだったようだ。

 真っ昼間からリビングで女の人と……。

 とがめるべきはハルトの方なのに、それを目撃したミレイが罪悪感を覚えてしまう。


コトン...


「飲みなよ」

 そんな彼女の前にスミヤは二人分の紅茶を置いた。

「僕の好きな紅茶なんだ。原産地から直接仕入れているから、市販の物とは香りが違う」

「……たしかにいい匂い」

 まだコップを近づけてもいないのに、とびきり上品な香りが紅茶から届いた。

 スッと口許に運ぶと、何かに似た…

 紅茶らしからぬ香りが…

「何だろう……これ、バラみたいな……」

「よく気付いたね」

 奥の台所に向かったスミヤは、ミレイの呟きに嬉しそうに返した。

「薔薇や蘭に似た芳香がするだろう?これはキームンという紅茶で、《 東洋の神秘 》を思わせる香りが特徴なんだ」

 それに彼女が気付いたのが嬉しいようだ。

「ちょうど香りの強い時期だからね」

「飲んでいいですか?」

「もちろんだよ」

 スミヤに了解を得てからミレイは紅茶を一口。

 敢えてだろうか、紅茶は少し冷ましてあった。

ゴクっ

「美味しい……!」

 特徴的なその香りが鼻に抜けた。

「僕は新茶を仕入れて、それを少しずつ熟成させながら飲む。キームンは熟成すると味わいに深みが増していくから……その違いが楽しいよ」

 台所の冷蔵庫から、スミヤはチョコレートを皿に移して持ってきた。

「お勧めのマリアージュはチョコレートだ。あ、あとチーズケーキもよく合うかな」

“ マリアージュってなんだろ ”

 紅茶をたしなむような事をしてこなかったミレイは、彼の言うことがよくわからない。わからないからこそ感心してしまう。

 優雅だなぁ……

 こんなふうにこだわりを持って……

「あの……スミヤさんっておいくつですか?」

「僕?──22歳だよ。もしかして老けて見える?」

「そっ…そんなわけじゃ…っ」

 皿にのった生のチョコレートをナイフで切り分け、彼女の向かいに腰を下ろしたスミヤ。

 老けては見えないが、大人びて見える。

“ あのハルトと兄弟なのも驚き ”

 自分と比べてもずっと落ち着いているが、あの我が儘で身勝手なハルトと比べたら一目瞭然。

「……ただ、優雅だなぁって思ってしまって」

「クスッ……ありがとう」

 カップを口に運ぶスミヤ。

 外から帰ったばかりだと言う彼は、朝とは違い和装ではない。

 春物のジャケットの──その衿元には、翼を模した銀色のバッジが光っていた。




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