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MISSION.2 ~護衛せよ~
しおりを挟む人気の皆無な図書館前の広場だったけれど、街エリアはそうもいかない。
前を横を通り過ぎてゆく生徒達──。
歩幅も小さく、スピードの遅いカルロ達は、周りにどんどん抜かされていた。
「こんなに人がいたら誰が刺客かわからなくなりませんか?」
「……俺を、ナメるな」
手錠で繋がれた二人の手を身体の影で隠しながら、怪しまれないようにミレイは気を配る。
ザワザワ.....
それでも完全に隠すのは無理だ。
二人の背中には、手錠プレイをするカップルを見る好奇の視線が集まっていたことだろう。
「一分後か、一週間後か……いつ襲われるかわからないのが普段の仕事だ。だから依頼人には最大限の自由を提供する。……ダルいがな」
周りの視線なんてお構いなしのカルロは、恥ずかしがる素振りも見せない。
目的の店を見つけると引き戸を開けて悠々と中に入っていった。
カルロに連れられて入ったのは、古風な装いの店だ。
「いらっしゃい!」
厨房からおじさんの声がかかる。
他の客の姿は見当たらない。
奥にある座敷席に向かったカルロは、あぐらを組んで座り壁にもたれかかった。
離れられないミレイもとりあえず隣に座るしかない。
「カルロさんか!久しぶりだねえ」
「ふん……この店、まだつぶれてなかったんだな」
「ひでぇ冗談だ」
エプロンを着けたおじさんが、カウンター越しに話しかけてきた。カルロはここの常連客なのだろうか。
「それより女の子を連れてくるったぁ、こんな奇跡も起きるもんだ」
「……手錠をはめられた。しかたなくだ」
「へぇ~、そりゃファンキーな子だな」
「こっ、これにはちゃんと理由が……//」
一から説明するのは長くなるのでやめるが、せめて誤解を生まないように伝えてほしいものだ。
「──…注文は?」
「蕎麦」
「お嬢さんはどうする?」
「…え?…っ…じゃあ、同じものを」
いきなり聞かれて選ぶ暇がなかった。
そもそも、 机の上にも壁にも、メニューらしいものが見あたらない。
「まいどあり!すぐできるからな」
「料理ができたら……起こせ」
それについて聞こうとしたミレイだが、おじさんは厨房に消えて、隣のカルロは眠りに入ってしまう。
.....
“ 蕎麦を頼んだけど、ここってお蕎麦屋さん? ”
昔ながらの居酒屋にしか見えない店内を見回しながら、その静かな雰囲気を味わうミレイ。
蕎麦屋……なわけがない。厨房には確かに大きなフライパンが置いてある。
蕎麦以外も作るのだと思う。
“ でもメニューが無いんだよなぁ… ”
カルロが常連なくらいだ。この店もまた、ひと癖もふた癖もありそうだ。
「……」
すぐって、いつだろ
「スー、スー……」
「………」
「へいお待ち!」
それから二人の前に注文した蕎麦が運ばれてくるまで……かれこれ一時間近く経過していた。
「蕎麦を頼むお客さんなんてカルロさんしかいないからね。久々すぎて手間取っちまった」
「そう、なんだ。……普段はどんな料理をだしてるんです?」
「お客さんのリクエストに任せてるよ!」
「へ、へぇ~」
「ま、俺のレパートリーなんて少ないから、リクエストに応えられないのがほとんどだけどな!」
やっぱり変わり者の亭主だ。
「……邪魔。五月蝿い。厨房へ戻れ」
ミレイと亭主のやり取りに耳を貸さず、カルロは顔を起こして箸を持った。
机に置かれたのは熱々の掛け蕎麦だ。
天ぷらも無ければかき揚げも乗っていない、シンプルなお蕎麦。
「カルロさんはお蕎麦が好きなんですか…?」
「……」
ミレイの問いかけは無視されたが、彼に無視されるのは、正直もう慣れた。
そんなことにいちいち傷付いてもいられないほど、ミレイのお腹はぺこぺこだ。
“ わたしも食べよう!──……ッ ”
彼女は箸を取ろうとする。……が
困ったことに右手が動かせない。
“ そうだ、利き手が使えない…っ ”
右手首はしっかりとカルロの左手に固定されたままだ。
「カルロさん…、ちょっと、いいですか?」
「……」
「こっちの手を使いたいです。…っ…こっち」
ミレイは手錠の鎖をピンと張って、右手を使いたいとアピールする。
「……無理だ諦めろ」
「……む」
でもカルロは協力してくれない。
不親切な対応にムッとするミレイだが、原因を作ったのは自分なので何も言い返せなかった。
“ 仕方ない……、左手を使おう ”
利き手でない手で不器用に箸を取り、蕎麦を食べようとチャレンジする。
……何故、よりにもよって蕎麦にしたのだろう。ツルツル滑って、食べにくいことこの上なし。
ツルっ
「…ぅ」
ツルっ
「わ、おしい…っ」
辛うじて箸に残った一本を口にいれても、味なんてわからない。
苦戦する彼女の横で、カルロはマイペースに食べるだけだ。
関心がないから見えていないのだろう。
彼が初めて反応を示したのは、彼女が取りそこねた麺がつゆにピチャンと落ちて、はねたつゆがカルロの手にかかった時だった。
「…っ…何してんの」
「はねましたか?ごめんなさい」
「蕎麦が減っていない……。食べるの、遅いな」
「…っ」
正直な話……食べるスピードに関しては、普段のミレイは彼の倍ほど速い自覚がある。
「左手で食べるのは難しいんです……!!」
「また言い訳か…」
「──…ン…!?」
ミレイは彼に顔を向けた。
その時だ。
カルロは彼女の器から蕎麦を取ると、黙らせるように口に蕎麦を突っ込んできた。
「……!?」
驚いたミレイはすするのも忘れて、蕎麦を噛みきってしまう。
「──…ハァ…あんた、食べるの下手すぎ」
つゆに落ちた蕎麦を見てカルロが溜め息をつく。
「だから遅い……」
「ん…」
溜め息をつきながらも、もう一度同じように食べさせてくる。
いや、やはりそれは食べさせているというより、蕎麦を彼女の口に突っ込んでいるという方が適切なのかもしれないが……。
今度こそちゃんとすすって食べる。
「……旨いの?」
「お……美味しいです……」
「……へぇ」
無表情のカルロに何度も蕎麦を食べさせられながら、ミレイはどんどん恥ずかしくなってきた。
「こんな不味い蕎麦を……。クッ…、あんた、幸せな舌してるな?」
ふと──カルロが見せた馬鹿にした笑み。
それにすらも、ドキドキしてしまう。
蕎麦を味わう余裕なんてなかった。
「……残りは自分で食べろ」
「はい…//」
半分ほどを食べさせた後で
面倒くさくなったのか……。箸を置いたカルロは机に頬杖をつく。
彼の蕎麦もまだ残っているけれど、これ以上はいらない様子だった。
「食べ終わったら、教えなよ」
「…、また寝るんですか?」
「──…いや」
再びミレイは箸を持ち、左手を使ってちまちまと食べ進める。
その横で、食事を終えたカルロが店の外の様子に注視していたとは……
気付くことなく。
“ カルロさんはよくわからない人だな ”
血も涙もない、なんて思ったこともある。
何を聞いてもそっけなくしか返してくれない。
《 冷酷な男 》
東城三兄弟のひとりというだけで周りの友人は彼を恐れているし、ミレイだって同じだった。
……でも、何だかんだ言いつつも助けてくれる。
いつも寝てばかりの変わった人だが、周りで囁かれるような悪い人ではないと思うのだ。
そもそも不思議に思うことがある。
“ この手錠… ”
ミレイは蕎麦を口に運びながら、繋がれた右手に視線を落とした。
そもそもカルロは、この手錠をはめられた時に本当に眠っていたのだろうか。
無線の声すら聞き取れる彼なのに、ベンチに近付いたミレイに気付かなかったとは考えにくい。
“ わたしを助けるために寝たふりを……? ”
それとも
気付いても尚、ミレイを追い払うのが面倒だったのだろうか。
それほどにあの時の彼は
彼女に対して " 無関心 " だった、ということなのかもしれない──。
ミレイに対してだけじゃない。
彼が何かに対して関心を向けているのを見たことがない。
“ ……それが、無性に寂しい ”
──そんな事を考えながらミレイは蕎麦を食べ進めていた。
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