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歪んだ愛
しおりを挟むこんなに冷たく感じるのは、自分が熱をだしているせいもあるかもしれない。
「──…なんて ネ 」
スミヤは最後に言葉を濁して、パッと彼女の髪から手を離す。
「君の気持ちが兄さんから離れるのも時間の問題。焦らず待つことにするよ」
「…っ…どうしてそんな風に言いきれるんですか」
「じきに、理解できるさ」
ミレイは疑問に思った。
スミヤが何故、ここまでカルロに敵対心を抱いているのか……。何を根拠にカルロを否定しているのか。
弟である彼は、兄のどんな秘密を知っているのだろうか。
「──…もしかして、カルロさんの過去の事を言ってるんですか?」
「……過去?とは?」
「カルロさんから直接 聞きました。……猫を、殺したんだって…っ」
「……へぇ」
カルロが自分の事を彼女に話したという事実が、スミヤにとっては意外だった。
“ あの兄さんが……話すなんてね ”
いよいよカルロとしても、危機感を覚えずにはいられなかったという訳か。
スミヤは脚を組んで、椅子に深く座り直した。
「猫のことについては、僕がちゃんと助言……いや、忠告しておいた筈だけれど?」
「スミヤさんはわたしに嘘を教えたんでしょう?カルロさんが猫好きだって話は嘘でしたっ……」
「……」
本当に好きなら、あんな仕打ちをする筈がない。
あんな風に……首を絞めながら、口許に笑みを浮かべるだなんて。
「──…ッ」
ミレイは縁側での光景を思い出して、ゾクリと身を震わせた。
....
「君は勘違いをしているね」
「え……?勘違い?」
「兄さんが猫を殺した理由は何だと思う?」
「そんなのわかりません……」
「だったら僕が、教えてあげる」
理由なんてどうだっていいと思っていた。
そんなミレイは、ここに、カルロがひた隠しにする秘密を読みとくためのヒントがあったとは…──思いも、していなく。
きょとんと理解が及ばない様子で、その理由をスミヤに告げられた。
「──…好きだから殺したんだ」
「好き、だから…?」
「言い方を変えようか。
殺すことが、兄さんの愛情。
…──それだけが唯一の愛し方なんだよ」
スミヤはゆったりとした口調で、優しく言い聞かせる。
ミレイに彼の言った意味が理解できただろうか。
否──おそらくは無理だろう。
だからミレイは何も言うことができずに、ベッドの上で押し黙る。
その反応をスミヤは予想していたので、気にする素振りもなく話を続けた。
昔の話。
それはかれこれ9年も前の出来事。
スミヤは13才の少年だった。ハルトはおてんばな8才で、カルロも……寡黙で大人びた15才の少年だった。
今と変わらない風貌のここ東城家では、一匹の猫を飼っていた。
青みがかった灰色の毛並みが美しい、ロシアンブルーの雌猫。
この家の住人は誰も猫の世話をしなかったが、狩りの上手いその猫は勝手にエサを調達してきた。
ロシアンブルーは根がシャイで、人見知りが激しいことで有名だ。
けれど不思議なことに、その猫はカルロにだけ心を開いていたのだった。
カルロにだけ、尻尾をふり
カルロにだけ、可愛らしく鳴く。
カルロにだけ腹を見せて眠る──そんな猫を、カルロは追い払ったりしなかった。
時おり頭を撫でて、時おりブラシもかけてやった。
彼は彼なりの方法でその猫を可愛がっていた。
笑顔も見せないし、名前だって呼んだことないけれど、カルロは猫を愛していたと思う。
けれどあの日
スミヤは見てしまったのだ。
凍えるような冬の夜の、粉雪が薄くかかった縁側に──裸足のカルロ。
猫の首を締めあげた彼の腕の中には、すでに息をしていない灰色のそれが抱かれていた。
そしてカルロは、もう動かない哀れな猫の、その名前をぼそりと呟いた。
名前を呼ぶのを初めて聞いた。
その時の彼の声ほど、愛しみのこもった声をスミヤは知らなかった。
……───
「ちょうど僕らの母親が死んで4年後の命日だったよ」
「スミヤさん達の、お母様が……?」
「前にも話したろう?母は病気で死んでしまった。もともと身体が弱かったんだ」
「…それが…っ…猫と、何の関係が…!?」
「──…」
昔の話を終えて……
ひといき入れたスミヤは、切ない顔で目を伏せた。
「……さぁ。それに関しては推測でしかないから、僕の口からは何も言えない」
勘の鋭い自分自身を憎むように
スミヤは皮肉を込めて、口の端を歪ませた。
「でもこれだけは確かなんだよ」
そしてスミヤがふいに立ち上がった。
持ってきた果物はそのまま棚に置きざって、腰かけていた白色の椅子を元の場所に戻す。
「兄さんの愛は歪んでいるんだ。……僕と同じ様に」
ミレイに向けられたのは憐れみの目──。
自分を、カルロを、そして彼女を憐れむ気持ち。
「それを自覚しているから、兄さんは誰も近付けない。何にも興味を持とうとしない。……君は」
「……」
「──…君は、兄さんの中に土足で踏み込んで、殺される覚悟があるのかい?」
《 どうせないだろう 》
スミヤの問いは、そんな確信を含んでいた。
ミレイが答えを返せるはずもない。
スミヤは彼女の返事を待たずに、静かに部屋を後にした。
───
ひとりになった部屋で、ミレイはカルロの事を考えた。
殺すことが、彼の愛──?
“ どうしてそんなふうに… ”
《 兄さんはそれを自覚しているから、誰も自分に近付けようとしない 》
どうしてそんな生き方を──?いつも冷めたあの目に、そんな秘密があっただなんて。
ミレイの知っているカルロという男の輪郭が、少しずつではあるが鮮明になってくる。
“ だったら、あの時の言葉も? ”
《 ──…俺に関わるな。殺すよ 》
あの時ミレイに言った言葉も、脅しなんかじゃなくて、これ以上関わってくれるなという、彼の懇願だったのだろうか。
そうとは知らず、ミレイはずかずかと彼の防護線に押し入ってしまったんだ。
あなたを好きになってしまったと
いくら脅されても、この気持ちは変わらないと。
その言葉が彼を追い詰めていた。
……恐怖を感じたかもしれない。
ミレイは彼に避けられて当然の事をしたのだ……。
「カルロさん…」
ミレイは布団をめくりベッドから降りた。
足元がおぼつかない。スミヤに言われたように熱があるせいだ。
ふらふらとクローゼットまで歩いて、裸も同然な彼女はショーツと、部屋着用のショートパンツを身に付ける。
羽織っているシャツは汗で濡れているから早く脱ぎたい。ミレイは代わりの服を探しながら、額に滲んだ汗をぬぐった。
───コン、コン
「……っ」
「…失礼してもいいかな」
するといきなり声をかけられて、驚いたミレイがドアに顔を向けた。
スミヤは部屋の扉を閉めずに外に出ていったらしい。
そのため開けっ放しだったドアの前に、ひとりの男が立っている。
男は扉の内側をノックして自分の存在を彼女に知らせたのだ。
「入っても大丈夫かい?」
「あなたは…っ」
ミレイは慌ててはだけたシャツの胸元を掻き寄せる。
部屋の入り口に立つその人は、白髪混じりの黒髪をきれいに整えた…スラリと高い背格好の、清潔感のある壮年の男だった。
ミレイはその男を知っている。
“ 理事長…… ”
東城家の当主であり、この学園の理事長──ミレイの前に現れたのは、カルロ達の父親だった。
──…
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