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襲撃の夜
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都心に建つ、とあるシティホテル。
その中にある貸し切りの会場。
カチン...
傾けたグラスとグラスを合わせる音が、四方八方から聞こえてくる。
ここはまさに社交界であり、高級スーツに身を包む大勢の男達が集まっていた。その隣にはドレスアップした婦人たちも、ちらほらと見受けられる。
そしてそこに、同じくドレスを身にまとったミレイの姿があった。
大人が集まるこの空間でミレイは最年少だ。
けれど正装した彼女の魅力はしっかりと女性的で、LGAにいた時とはまるっきり雰囲気が違っていた。
無地の白いワンピースドレスは背中を大胆に開けており、肩から手首はレースの布地がぴったりと覆っている。
露出の多い服だが……彼女の細くムダのない体型のおかげでイヤらしさはなかった。
「石頭白局長!そちらの方が例のお嬢さんですか?」
「そうです。このような場に連れてくるのは初めてですが」
「ついにお披露目というわけですな」
ミレイの横で男と話すのは、彼女の実の父親──石頭白ジン。
彼のもとには、次から次に誰かが挨拶にやって来る。
どうやらこの会場に集まっているのは政界の大物らしく、耳に入ってくる会話でそれを推測できた。
そういった人達に対して、隣に立つミレイも丁寧に挨拶をすませていった。
「はじめまして」
「可愛らしいお嬢さんですね。ぜひとも私の息子を紹介させていただきたい」
本気か冗談かわからない事を言いながら、相手の男はミレイの美しさを賞賛する。そして次の挨拶のために別の場所へと移動して行った。
「大丈夫か?疲れていないかい?」
「ええ、平気です。ジンさん」
慣れない場所で彼女が疲れていないかを心配し、ジンは気遣いを見せる。
ミレイは首を横に振った。
「…ただ喉が渇いたかも、です」
「向こうのテーブルにアルコール以外の飲み物が用意されているから、取ってくるといい」
「そうしますね」
ミレイは彼から離れて、ヒール靴に苦労しながらこけないように歩いた。
会場を見渡す延長で、ミレイが歩きながら背後を振り返ると……
「……」
すぐ後ろをついてくる、二人の男達と目があった。
“ もう…。わざわざついてこなくていいのに ”
ミレイは溜め息をつきそうになる。
ただそれは彼らに失礼なので、慌てて顔を前に戻した。
警官の制服を着た二人の男は、明らかにまわりから浮いていた。パーティー会場だというのに帽子まで被っている。
この二人はミレイの護衛を任された者だった。
護衛と言っても民間ボディーガードとは少し違い、彼等は警察組織の人達だ。
この二人だけじゃない。
会場の入り口や、部屋の角にも、同じ制服姿の男達が立っている。
“ 政界の集まりなら、これくらい厳重に警備するのも当たり前だけれど…… ”
ミレイはソフトドリンクを受け取りながら、彼等の様子を見ていた。
ここにいる警官達は、ジンの部下である。
ジンが局長を務める「警備局」とは、俗にいう公安警察のことで、要人の護衛から、テロ対策までを担っている。
このご時世……警備局の重要性は格段に上がり、その権力は絶大だ。ジンがこうして政界のパーティーに呼ばれているのにも、そのような理由がある。
“ ジンさんは立派な人だな ”
実の父であるジンに引き取られてから、彼についてミレイが知り得たことは、この一言に尽きるのだ。
多くの人から頼りにされて、部下からも慕われている。
彼を「お父さん」とまだ呼べないミレイに、無理をする必要はないとも言ってくれた。
……誠実な人だと思う。
“ でも…── ”
「お嬢さま、どちらへ行かれるのですか」
「……っ」
飲み終わったグラスを置いて再び歩き出したミレイを、護衛のひとりが呼び止めた。
ミレイは足を止め、数秒の間を置いて振り返って答える。
「ちょっと……外に」
「どちらへ?」
「あの、お手洗いに」
「では途中まで同行させていただきます」
「いいですっ、ひとりで行けます」
「いいえ。お嬢さまにもしもの事があれば大変ですから」
ミレイは嫌がったが、男は首を縦に振らない。
“ ああ……、やっぱり ”
彼女は無意識に眉をひそめた。
これは今日に限ったことではない。
ジンの命令でミレイを守る彼等は、彼女を危険な目に合わせてはならないと……片時も目を離さない。
……過剰だと感じる。
異常だとも思う。
彼らの監視下にいることが、ミレイにはどうしても受け入れ難かった。
“ お母さんにも、こんなふうにしたのかな ”
どうして母はジンと離婚して逃げたのだろうか。ミレイは今ならその理由がわかる気がした。
確かに、警備局長の家族ならばテロリストの標的になる可能性が高い。
だから、ジンがここまで神経質なのは仕方がないのかもしれない……。
でも、それでも と、ミレイは考える。
“ こうやっていつも誰かに見張られて過ごすなんて堪えられそうにない……。きっと、お母さんも同じだったんだ ”
守られてばかりのこの生活には……
自由がない。窮屈だ。
「帰りたい……な」
誰にも聞こえない声でぼそりと呟いて、ミレイは自分で自分を笑ってしまう。
帰りたいなんて、可笑しい。
自分の家族はここにしかいないのに。もうどこにも……帰る場所なんてない筈なのに。
そして同時に不思議に感じてしまう。
大切な家族を危険から守りたい。──これは当然の感覚で、いたって正常な……親の愛なのに
どうしてこんなに窮屈に感じてしまうのか。
“ 何もかもが、歪んでいるのかしらね ”
誰かに聞いてみたい。
歪んでいない愛とは、いったいどんなものなのか。
そんな愛が存在するのか。
“ 正しい愛があるなら……教えてほしい ”
どんなふうに人を愛せば
わたしたちは、苦しまないでいられたの──?
パリンッ!!!
「きゃあああ!!」
「うわあ!!」
その時だ
会場に悲鳴が起こった。
「…ッッ…え?なに…!? 」
人々の談笑が途切れ、悲鳴の方へといっせいに視線が集まる。
どよめきが広がる中、ミレイは人の間をぬって駆け寄った。
そして彼女はひび割れた窓ガラスを視界に入れて、立ち止まる。
“ これは…っ ”
この割れ方は
銃弾──!?
「外から発砲された!窓から離れて下さい!」
ミレイが口で言うより先に、警察の男が参加者に向かって叫んだ。
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