9 / 33
9 吸収の実践。
しおりを挟むそれは一気に寝不足の頭もシャキっとするほどの衝撃だった。
私が兄さんたちと比べられて卑屈になっていた青春時代は何だったの……?
「ヒューなら出来るの? 私の魔力、起こしてほしい! 使ってみたい!!」
縋り付くようにお願いをすると、興奮して飛びつかんばかりの私とは正反対に、ヒューはとても冷静だった。
「出来るんだけど、なんか厳重に寝かせてあるみたいだから、一回お兄さんに許可取ってからじゃないと正直怖い。何か大きな理由があるのかもしれないし、下手したら北部と南部で戦争になっても困るし……」
「戦争って、そんな大げさな……」
「いやいやいや、北部の現当主と宰相の有能っぷりと末姫の溺愛っぷりは色々疎い俺でも耳にしてるから」
「ええええええええ!なんか大きな誤解がきっとあるけど、でも兄さんたちは親代わりみたいなものだし恩もあるから、一回確認してみるね」
「うん、それがいいと思う。俺じゃなくても、北部の宰相もきっとできると思うし」
そう言って、ヒューは少し弱々しく笑いながら私の手を離し、アイスティーのコップを再度手にした。
入れた中の氷はまだ残っているようで、カランカランと小さな音をたてた。
それを見て私もカップを手に取り、残りのアイスティーを飲み干した。
昨日から目まぐるしく驚くことばかりが続いている。
頭の中の処理能力が追い付くまでに時間がかかりそうな気がして、遠く視線をやるだけで今は精一杯だった。ふぅと大きく息を吐き出すと、隣に座るヒューも壁に大きく寄りかかったまま遠くを見ていた。
その時、ふと風が通り抜けて、その中に覚えのある匂いが含まれているのに気が付いた。
「あ、雨が降るよ、もうすぐ」
「え! こんなに晴れてるのに……?」
「うん。ちょっと強めに降るよ」
「解るんだ……! すごいね」
「ふふ、九年前も同じような顔をして驚いてたね。……あ!」
フィーに九年前の話はヒューにしないと約束していたのを言ってから思い出した。
これは核心に触れる部分ではないけれど、約束は約束だ。迂闊だった。
「……ごめんなさい」
誤魔化すように謝ったけれど、きっと何も誤魔化せていないのは解っていた。
ヒューは何も言わなかった。何も言わなかったけど、ただ私の右手に急にヒューの左手が触れて。長い指が何かを手繰るようにして、そっとそのまま繋がれた。
さっきまでアイスティーのカップを持っていた指は少し冷たかった。
私達は手を繋いだまま、お互いどこか遠くをただずっと見ていた。
ヒューの指と手のひらは、とてもやわらかでつるんとしていた。
私はそれに少し驚いて、何か話す言葉を一生懸命に探したりしたけれど。役立たずな寝不足の頭は働いてくれず、結局一言も発せないまま暫く時間が流れた。
繋がれた右手から、この戸惑いがヒューに流れていかないかだけをただただ懸念した。
ヒューは何も言わなかった。
長い時間そうしていたような、一瞬だけだったかのような時をやり過ごしているうちに、空が一瞬で暗くなり大きな雨粒が辺りを濡らし始めた。
「本当だ、降ってきた!ニナ、すごいね!」
ヒューと私は手を繋いだまま、ボイラー室の屋根がある壁沿いに急いで移動して雨を避けた。
大きな雨粒が屋根や地面を打ち付ける音、訓練生たちが慌てて室内に駆け込んでいく音が響いた。強く大きな雨粒は、屋根があれど足元を平気で濡らす程の勢いで打ち付けてきている。
私は南部の濃い緑の大きな木々と調和するよう小さく詠唱をして、雨がこれ以上私たちを打ち付けてこないよう魔法でシールドを張った。
「俺は元々濡れているから大丈夫。ニナの方だけでいいよ」
ヒューはそう言ったけど、
「うん、でもそんなに変わらないから」
私はシールドの範囲を変えないまま続けると、ヒューは繋いでいた手を私の手首に移動させて手のひらで手首を包んだ。
そうすると、徐々に身体の流れがスっと楽になっていくのが解った。
右手から、まるで体内が透き通っていくような感じが溢れた。
それはまるで体中だけが浮遊するような、でもいつもより役割をしっかりと正しく遂行しているような、とても不思議な感覚だった。知っているようで、知らない何かのようで。
初めて実感をした、これがきっと【吸収】に調整をされる感覚なんだと気付いてヒューを見ると、緩く目を閉じて手のひらに集中しているように見えた。
なんて綺麗な長いまつ毛。鼻筋も自然に閉じられた唇も美しくて、緩やかに見惚れたままでいた。
この感覚は。
ジェス兄さんが「古い足首の怪我のリハビリ」と称して、私にのせたラディ兄さんの魔力を整えてくれていた感覚と確かに少し似ている感じもした。リハビリで動きが整ったとずっと思っていたけれど、実感すると解る、あれは体内の流れを整えて貰っていたんだということ。
ラディ兄さんにするのときっと同じように、私にもしてくれていたんだということ。
それを知って、心が沸き立つのが解る。
つい力を込めてギュっと押し出すようにしてしまいそうになる魔力の余分なところを、スッと一回引き取ってくれている感覚。確かに【吸収】だ、これは。これがそうなんだ……! と心が躍る。
そして吸収してもらった分、そこに隙間ができて、さっきより魔力が楽に流れていくのが解る。魔力を使いながら委ねると、より実感する気がした。
魔力を使っているのに、整ってなめらかになって身体が澄んでいく感覚。
そして暫くすると、そこに徐々に一回【吸収】された魔力がじわりじわりと戻された。魔力が枯れそうになる乾いた感じと程遠い、潤うような満ちていく感覚があった。
それはとても温かくて心地よくて。そして、ゆっくりともっともっと整えられていく。
あ、これか。きっとこれなんだ。素直にそう思えた。
兄さんたちのあの表情はきっとこれ。うん、あの穏やかな表情は、きっとこれだ。そうだ。
私は思わず、繋いでいなかった左手もヒューに差し出した。片手でも充分感じるものがあったから、両手でやったらどうなるんだろうと心が欲張った。
ヒューは大きく頷いて微笑んで、心から嬉しそうに私の左手首をとった。
私はヒューのその表情がとても嬉しくてたまらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
『農業スキルはいらない』と追放されたが、魔境の開拓ライフが勝手に世界配信されていた件。聖女や竜が集まり、元仲間は完全に詰みました
たまごころ
ファンタジー
「悪いがクビだ。魔王討伐に『農業』スキルなんて役に立たないからな」
幼馴染の勇者からそう告げられ、俺、アレンはパーティを追放された。
あてがわれたのは、人が住めないと言われるS級危険地帯『死の荒野』。
しかし、彼らは知らなかった。俺の農業スキルが、レベルアップによって神の領域(ギフト)に達していたことを。
俺が耕せば荒野は豊潤な大地に変わり、植えた野菜はステータスを爆上げする神話級の食材になり、手にしたクワは聖剣すら凌駕する最強武器になる!
「ここなら誰にも邪魔されず、最高の野菜が作れそうだ」
俺は荒野で拾ったフェンリル(美少女化)や、野菜の匂いにつられた聖女様、逃げてきたエルフの姫君たちと、にぎやかで楽しいスローライフを送ることにした。
その一方で、俺の生活が、荒野に落ちていた古代のアーティファクトによって、勝手に世界中に『生配信』されていることには全く気づいていなかった。
「え、この野菜食べただけで瀕死の重傷が治った!?」
「主様、強すぎます! ドラゴンを大根で叩き落とすなんて!」
『コメント:なんだこの配信……神か?』
『コメント:勇者パーティが苦戦してるダンジョン、この人の家の庭じゃね?』
これは、無自覚に最強の農園を作り上げた男が、世界中から崇拝され、一方で彼を追放した勇者パーティが没落していく様子を、リスナーと共にほのぼのと見守る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる