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17 朝。
しおりを挟む昔を思い出す、夢を見た。
急に炎に包まれたあの子を、あの時慌てて海の水で包みながら抱き締めた。
小さな身体で無理に使ったような魔法はギザギザに尖っていて怖かったから、南部の温かい海の水で包んでまあるくなるといいなって思いながら、ただただ抱き締めた。炎と水が触れて、じゅうじゅうと音を立てていたっけ。
その音も怖かったけど、大丈夫、大丈夫、まあるくなあれ。一生懸命にそれだけ唱えて抱き締めた。
暫くしてその音がやんで、海の波もゆっくりになった時。
炎を手放した腕の中のその子が笑って言った。「お姉ちゃんの魔力、すごく整っていてとても綺麗」
そうだ、あの時もそう言ってたんだった。
懐かしくて、温かい。
五日目。ぼんやりと目を覚ますと知らない天井が見えて。あ、そっか、出張に来てるんだ……と思ったと同時に、あれ? 目覚まし鳴った? ヤバい! 寝坊?! と焦って起き上がり、必死に時計を探した。
「あ、気付いた?」
声を掛けられたことに驚くと、ヒューだった。
「え? なんで……?」
「ここはアークの実家の屋敷。昨日、ニナが姉さんを海で助けてくれたの、覚えてる……? あの後に倒れちゃってここへ運んだの。医者は大丈夫そうって言ってたけど、体調どう? 痛いところとか苦しいところはある?」
「アークさんの実家……? って、え? それって南部の本家ってことだよね……? あぁ、急いでご当主様にご挨拶しないと!!」
慌ててベッドから出ようとした私に、
「ニナ、落ち着いて。大丈夫だから」
ヒューは私と同じ目線の高さまでしゃがみこんで、肩に手を置いてゆっくりと続けた。
「ニナ。昨日、姉さんを助けてくれて本当にありがとう。みんな解っているから今は大丈夫。それより、体調はどう? ……魔力をみたところ大丈夫そうだったけど」
「え……、あ、昨日、そっか。うん、私は大丈夫。あ! フィーさんは大丈夫だった?」
「姉さんはお蔭様で無事だったよ。足のねん挫とちょっとの打ち身ぐらいで済んだ。昨日の夜には目が覚めてごはんもちゃんと食べたぐらいぴんぴんしてる」
「良かった……!」
「それより今、八時になったところだけど、今日の仕事の予定は……? 医者は今日一日ぐらいはゆっくり休んだ方がいいって言ってた。姉さんと俺は今日休みを取って、アークは午前中だけ行って帰ってくるって」
「あ……、そっか。うん、確認する」
「ん。日程変更できそうなら変更して、できれば今日は休んでほしい。昨日結構魔力使ったよね。ホテルに荷物取りに行くから、今日からここへ泊まってくださいってアークから」
「荷物……」
そうだ、昨日海で……。急に思い出すと、体調は悪くないのに魔力がごっそりなくなっている感覚と、身体がちょっと重たいような感じがした。
急いで日程調整や訪問予約の変更を考えなければならないのに、なんだか頭が回ってくれない。
「ニナ、朝ごはん食べるよね? 持ってくるよ、待ってて」
ヒューも昨日大変だっただろうに、あまりにテキパキと動くので。なんだか眩しいなと思いながら後ろ姿を見送った。
パタンと扉が閉まると、私はいそいそとベッドから出て、横の机にあった便箋に謝罪と日程変更の件を綴って各所に届けてもらうようお願いをした。
朝食はとても美味しかった。
ヒューは自分の分も持ってきて、私の向かいに座って一緒に食べた。そういえば、ごはんを一緒に食べるのって初めてだねと言ったらヒューは嬉しそうに微笑んだ。
ヒューは食事の所作がとても綺麗だった。
「ニナ、昨日は本当にありがとう。すごく綺麗で見惚れちゃった」
ヒューは思い出をゆっくり反芻するかのように少し目を閉じて、微笑みながら言うから。
「え……?」
私は驚いて手を止めてヒューを見ると、
「右手と左手でそれぞれ違う魔法を使うところも、波が海から跳ね上がってニナを迎えにいくみたいになったところも、ニナが波に包まれていくところも本当に綺麗だった。ニナ、すごいね」
「兄さんの訓練をよく見学に行ってて本当に良かったよ!」
「は?」
「え?」
「……まさかあれ、ぶつけ本番?」
「うん。だって私の魔力、起こして貰ったの昨日と一昨日だよ?」
「そっか」
「うん」
「さ、流石、北の当主の秘蔵っ子だね……!」
「え?」
ヒューは、驚いた私を真正面からじっと見つめて。
私と目が合うと、キュっと左唇の端を下げて何かを押し殺したような顔になって。
立ち上がって、私の隣まで大股でやって来て、
「ごめん、嫌だったら言って」
そう言って伸びてきたヒューの両腕が、私を強く抱き締めた。
まるで縋り付くかのような腕の力強さと熱さに、ただ鼓動が跳ねた。
「……とても綺麗だったけど、怖かった。そのまま海に中にのまれて戻ってこないんじゃないかって、怖かったんだ」
ふるっとヒューが震えたのが伝わってきた。
そっか。上から見ていたら、突然柵を越えて海へダイブしたようにも見えたはず。うん。
「ごめんごめん、そうだよね。ちゃんと居るから、大丈夫だよ」
私を抱きしめて震える腕をぽんぽんとして、大丈夫なんだと一生懸命に伝えた。
私に伝えてくれる気持ちが嬉しくて、私もゆっくりとヒューの背中に手を回した。
「ニナがすごい人で良かった」
「私は何もすごくはないよ」
落ちてきたくちづけは、紅茶の香りがふわっと香った。
窓から差し込む朝の日差しとやわらかい風が、静かに降り注いでくるのが解った。
ちゃんと生きてるって思えた。それを伝える人がいる。
風の中に、ふと海のにおいを感じた。
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