魔力がなかったので能力を磨いてみたら、新しい幸せに巡りあえそうです!

泳ぐ。

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 最初の日、この人が私に事務的に触れた手首も、今、数日を一緒に過ごしてから熱を持って合わせる手のひらも唇も。 
 ぐっと近づいた心臓の音も。
 私の首筋に触れるやわらかな髪の感触も。

 しがらみもモラルも関係ないって格好つけて、全部持って帰れてたらいいのに。
 魔法にかかったみたいにそう思わずにはいられなかった。

 でも今まで生きてきた年数分と、兄さんたちと一緒に過ごして「北」を見てきた年数分が、それを許さないことも解っていた。それに気付くと、この腕はなんて甘美なんだろうと思う。余計に酔いしれる。
 

 全部を包み込んで隠されるように抱き締められて、頭の上にふわりと落ちるキスも。
 首筋に絡みつく綺麗な鼻筋と、時折かかるやわらかな吐息も。
 触れ合って情愛を伝えてくる頬も。
 不器用そうに、どこに置いたらいいか迷っているくせに熱を帯びている手のひらも。
 私の髪の中でやさしく動く指先も。
 時折、見つめ合って笑いあうその瞳も口元も。

 魔法よりも、魔法みたいな力があることを知るには充分だった。

 でも。
 更けていく夜の中、窓の外は暗くても部屋の外は足音や何かを運ぶ音が時折響いて。
 ここは自分の家でもヒューの家でもないことを思い出す。

 そして。
 今だけでもいい、このままでって思うことはもしかして残酷なのかな、そんなことが頭の中によぎって急に怖くなった。またこの人が泣いて泣いて、再び全てを忘れることになったら……? そう思うと、ふるりと震えが湧き上がってくるのがわかった。

 それが伝わってしまったのか、ヒューは私の瞳を真っすぐに見てこう言った。

「お願い。ニナは俺よりも大人だし、北部とか南部とか考えて迷うだろうけど。本当にお願い、やめにするのはさ、色々やってみてからにしない……? 色々やってみても本当にダメだったら、……ちゃんと別れるから。だから……!!」

「……私のこと、好き、なの?」
「うん。きっと九年前から。会えなくて泣きすぎて記憶消されるぐらいに」
「…………」
「好きだよ、ニナ」

 心に言葉が触れて、ふるっとした。この人が、私を……?

「好きってなに……?」
「なんだろうなぁ……、今だけじゃなくて明日もキスしたいって思うことかなぁ? あと、他の人には魔力を整えさせてほしくないって思うことかなぁ?」
「え! そうなの?」
「ニナ、帰ったら宰相に魔力整えて貰えばいいやって思ってたでしょ? ダメだからね! 俺がやるから! 俺以外の人に整えさせたらダメだからね!!」
「……そうなんだ?」
「そうなんです!」

「あ、フィーさんの魔力を整えるのはどうするの……?」
「それはアークがやると思う。数年前から教えてて。アークも【放出】はできないから」

 ヒューはそのまま一時も目を逸らさずに、言った。

「二人の為にも、俺、ちょっと離れた方がいいかなと思って。例えばニナのところへ行けなくても、南からは離れようと思ってる。でもそれを利用してニナのところに行きたいって言ったんじゃないからね」
「うん。わかった。……あ! 今もキスとかハグとか伝わったりしてるの?!」
「九年前の姉さんのキスのこと、聞いたの? はは、今はだいぶ訓練したからお互い大丈夫だよ。でも姉さんにもアークにも、もう俺の心配をしないで二人で過ごしてほしくって」

「そっか。……あのさ、ヒューの今のおうちって使用人とかいるよね?」
「うん。ニナのうちにもいるでしょ?」
「ううん、私今、中央の研究所の側で一人暮らししていて。警護の人はいるけど、使用人はいないの。食事も掃除も洗濯も全部自分でやっているから、働きながら私が私のうちでヒューのお世話もするのはちょっと無理かも」
「…………は?」

 盛大にびっくりした顔をしても、イケメンはイケメンのままで凄いなと思いながら、驚いているヒューを真正面から暫く見つめ続けた。

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