緋色ノ叉鬼

越子

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二、撃てないマタギ

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 一人の青年が息を潜めて木と一体化したように身を隠し、羚羊カモシカに銃を向けていた――羚羊は彼に気付く様子もなく泥雪で無防備に遊んでいる。

「……畜生!」

 彼が構えた銃はガタガタと震え、最後まで銃声が響くことはなかった――。



   ◇ ◇ ◇



 樹木の隙間から水平に陽が漏れ、根雪が燦めいていた。

 淡々と歩く大和の後ろを山神が息を切らせながら付いてきている。彼らは鬼熊に関する情報を得るため、北の方角、大館へ向かっていた。

「おい、小僧、マタギ小屋とやらにはまだ着かんのか……陽が落ちてしまうぞ」

 辰巳と別れてから半日が経ち、山道を歩き続けた山神は疲れ果てていた。

「あどもうなんぼかだス。疲れたこえば俺が山神様どご背負るス」

「儂はお前の荷物にはならん! いらぬ世話だ!」

 たった一人で数日分の食料を担ぎ、更にマタギ道具を背負った大和を山神は勢いよく追い越して歩き進めると、小走り気味に民子も山神の後を追いかける。その姿はまるで親分と子分の様だ。

(山神様は、逞しいな)

 大和は、彼女の歩く背中を見て目を細めた。



   ◇ ◇ ◇



 ――大和と咲希が最後に山道を歩いたのは十三歳の頃だった。

 春、巻き狩りの季節が終わると、マタギたちは各々の生活を始める。地主の土地を借りて田畑を耕す者、家畜を育てる者、内職する者などが居た。

 辰巳が仲間と畑仕事をしている間、大和と咲希は村人から隠れるように山菜を採りに山へ行っていた。山菜の季節が過ぎると、渓流で川魚を釣っていた。

 子供の頃から身体が弱かった咲希は、疲れるといつも誰かに背負われていた。ある日の川魚を釣った帰り道、咲希は大和に背負われていた。

「辰巳さんの背中は大きくて、大和の背中はぬくいなぁ」

「……俺だって、でっけぐなる」

「んだね……荷物オラも重くなるすけ。大和、いつも荷物さなっちまって……ごめんしてけれな」

「咲希は荷物でね。んだから重い方が、安心する」

「ありがとう。オラも大和の背中、安心する」

 大和の熱い体温を感じた咲希は幸せそうに笑った。

 その翌年、咲希に心臓の病気が発覚し、二度と彼女は山を歩くことが出来なくなった――。



   ◇ ◇ ◇



 大和たちは森吉山もりよしざんの山中にあるマタギ小屋に向かっていた。マタギ小屋はマタギが長期間狩りをする時に拠点として、その場しのぎで簡易的に作られたテントのような形の山小屋だ。巻き狩りの時期が終わったため、阿仁マタギは居ないだろうと大和は考えていた。

(俺一人だば丸一日で大館さ辿り着くが……マタギ小屋どご利用しながらゆっくりいぐしかねな)

 大和は普段から鍛えられているため、山の中を一日に十里以上の距離を歩き進めることが出来るが、山神と子熊が一緒のため無茶は出来ない。

「小僧! 小屋が見えたぞ!」

 山神は明るい表情で大和の方へ振り返ると、彼は怪訝そうに小屋を見ていた。

「山神様、こさ居てけれ」

 山神も何かを察して頷くと、大和は息を潜めて気配を消しながら足音を立てずに小屋へと近づいた。

(小屋の中で気配どこ感じる――熊だか?)

 小屋の壁になっている藁を払い除け、大和は簡易的にはめ込まれた板の隙間を覗くと、大きな影が見えた。そのまま視線を横に流すと、小さな影が震えていた。

「これ、民子! 入るな! 戻れ!」

 山神の叫び声によって、小さな影が民子であることに気づいた大和は小屋の入口まで急いで周り、中に入ると、民子に向けられた銃が見えた。

「――撃つでねえ!」

 鈍い音がして大和が気が付いた時には、マタギの格好をした青年が白目を向き、顔を歪ませて床に倒れ込んでいた。この青年、本来であれば目鼻立ちが良い男前な顔立ちをしていただろう。無傷の民子は大和の足にしっかりとしがみついている。

「銃よりも小僧の一発の方が速かったな……おや? こやつ、気絶しておる」

 いつの間にか山神も小屋に入り、大和に殴られた青年をのぞき込むと、少し驚いた様子で言った。

 大和は自分の赤くなった拳と、意識の無い彼を気まずそうに見ていた――。
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