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六、平次の想い
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「残念だったね。ここにハナという女は居ないよ」
盛岡に辿り着くと、街は賑わいに溢れていた。
景気の良さそうな商人に熊の胆を売りつけて金に代えてもらうと、辰巳と平次はアヤが教えてくれた女郎屋へと向かった。
夜が更ける前だったせいか、女郎屋が軒を連ねる街道は閑古鳥の鳴き声が聞こえてきそうだった。
店の前で山茶花柄の着物を着た女性が客寄せをしていたので、辰巳が「ハナという女性は居ないか?」と、尋ねたところ返ってきた返事は素っ気ないものだった。
客寄せをしていた女性が「店に用がないなら帰りな」と言ってあしらおうとしたが、突然二人を見るなり態度を変え「あんたら、この辺で見ないね。男前な上に、いい身体をしてるねぇ」と、無遠慮に二人の身体を触り始めた。
「俺ら、阿仁でマタギをしている者だ」
泡立つ身体を悟られないように、女性の手を優しく払いながら平次が答えた。
「阿仁……あんたら、ハナ坊の知り合いかい? もしかして、会いに来てくれたのかい?」
無遠慮な両手の動きがピタリと止まった。
その女性の表情は明るくなり、ハナについて教えてくれた。
「ハナ坊は去年、仙台にある小田原遊郭へ移ったよ。水揚げされたのも去年でね。そのお相手だったお偉いさんに気に入られたのさ」
辰巳は顔を強張らせた。
「アタシたちは、好きでこの商売をしていない。華やかな場所で働くことが出来ると喜ぶ娼婦もいたが、ハナ坊は違う意味で喜んでいたよ。アタシ、耳を疑ったね」
――これでようやく、お父ちゃんが喜んでくれるかもしれない。
「確かに、ハナ坊はああ言った。自分を売り捨てた親なのにね」
「……おい。 辰巳!」
震える辰巳の肩を平次は静かに、そして力強く掴んで落ち着かせた。
「あんたらがハナ坊に会いに来てくれたと知ったら、あの子、喜ぶよ」
――あの子の無垢な笑顔は、アタシらを幸せにしたもんだよ。
「それは……俺も知っている」
辰巳が返すと、女性は柔らかく微笑んだ。
「ハナ坊のいる場所を教えるから、会いに行ってきな。『雪花』って名で呼ばれているらしいよ」
◇ ◇ ◇
辰巳と平次は無言のまま、宿に向かって歩いている。
「さすがに、今から仙台へ向かうのは無理だ。雪が降る前に阿仁へ帰るぞ」
平次が辰巳に顔を向けることなく口を開くと、辰巳も俯いたまま返した。
「なあ、平次。何故、俺に付き合ってくれたんだ? 結局お前、女遊びしていないだろ」
思いがけない辰巳の返事に、平次は言葉を詰まらせたが、何かを懐かしむように話し出した。
「俺は、昔みたいにお前が笑ってくれるなら、お前とまた白兎を追いかけるのもいいなって思ったんだよ。いつまでも曇天のように吹っ切れないツラしやがって」
「白兎?」
怪訝そうな顔で辰巳が平次を見ると、彼は悪童のような意地が悪い顔で辰巳を見ていた。
◇ ◇ ◇
――平次と辰巳が仲良くなったのは、二人が当時七歳の頃だった。
山も村も雪で真っ白に染まっていた。田んぼだった土地に、一人の少年が雪玉を投げていじけている。
「チクショウ。兄貴のやつ、偉そうにしやがって!」
平次には五つ年の離れた兄がいた。平次の父親はマタギで彼は父に憧れていた。今年こそ父と山に入りたいと思っていた。だが、実際に父と山に入るのは兄の方だった。
父と兄が家を出る時、平次が悔しそうに兄を睨んでいると「俺は長男だからな。親父の跡を継ぐのは当たり前だ」と、したり顔で兄が言った。
「次男の俺はマタギになれないのかよ!」
思いっきり雪玉を投げると、ボスン、という音がした。平次が不思議に思い、目を向けると、何も無い田んぼに投げたはずの雪玉が少年の仏頂面に当たっていた。
「何でお前、田んぼに立ってんだ!?」
平次は驚いてその少年に叫んだ。
「……お前を見ていたら、何か気になって……気がついたらこうなった」
顔や肩についた雪を払いながら、その少年は平然として答えた。
「あー……その、雪玉当てて、ごめん」
何だ? コイツ、と思いながらも、平次が間の抜けたように謝ると
「お前もなれるよ。マタギ」
その少年の言葉に平次は目を見開いた。
「俺も次男だ。俺らは兄貴に負けないマタギになるんだ!」
その少年の澄んだ笑顔は平次の気持ちを爽快に晴らした。
その少年は辰巳と名乗った。その日から平次と辰巳は大人に内緒で白兎を捕まえようと山に入った。マタギの狩り場を勝手に荒らすことは許されなかったのだ。
辰巳がワラダという飛び道具で何度か空に向けて投げると、鷹の羽のような音がした。鷹が来たと間違えた白兎は雪を蹴り上げながら慌てて巣穴に入る。そこで平次が白兎を追いかけて雪で巣穴を埋め「勝負!」と、マタギのように叫んでみせた。
辰巳も平次の後を追いかけて「やったな!」と喜んだ。こうして二人は大人に見つかって大目玉を食らうまで、無邪気な笑顔を絶やすことなくマタギごっこをして遊んでいた。
盛岡に辿り着くと、街は賑わいに溢れていた。
景気の良さそうな商人に熊の胆を売りつけて金に代えてもらうと、辰巳と平次はアヤが教えてくれた女郎屋へと向かった。
夜が更ける前だったせいか、女郎屋が軒を連ねる街道は閑古鳥の鳴き声が聞こえてきそうだった。
店の前で山茶花柄の着物を着た女性が客寄せをしていたので、辰巳が「ハナという女性は居ないか?」と、尋ねたところ返ってきた返事は素っ気ないものだった。
客寄せをしていた女性が「店に用がないなら帰りな」と言ってあしらおうとしたが、突然二人を見るなり態度を変え「あんたら、この辺で見ないね。男前な上に、いい身体をしてるねぇ」と、無遠慮に二人の身体を触り始めた。
「俺ら、阿仁でマタギをしている者だ」
泡立つ身体を悟られないように、女性の手を優しく払いながら平次が答えた。
「阿仁……あんたら、ハナ坊の知り合いかい? もしかして、会いに来てくれたのかい?」
無遠慮な両手の動きがピタリと止まった。
その女性の表情は明るくなり、ハナについて教えてくれた。
「ハナ坊は去年、仙台にある小田原遊郭へ移ったよ。水揚げされたのも去年でね。そのお相手だったお偉いさんに気に入られたのさ」
辰巳は顔を強張らせた。
「アタシたちは、好きでこの商売をしていない。華やかな場所で働くことが出来ると喜ぶ娼婦もいたが、ハナ坊は違う意味で喜んでいたよ。アタシ、耳を疑ったね」
――これでようやく、お父ちゃんが喜んでくれるかもしれない。
「確かに、ハナ坊はああ言った。自分を売り捨てた親なのにね」
「……おい。 辰巳!」
震える辰巳の肩を平次は静かに、そして力強く掴んで落ち着かせた。
「あんたらがハナ坊に会いに来てくれたと知ったら、あの子、喜ぶよ」
――あの子の無垢な笑顔は、アタシらを幸せにしたもんだよ。
「それは……俺も知っている」
辰巳が返すと、女性は柔らかく微笑んだ。
「ハナ坊のいる場所を教えるから、会いに行ってきな。『雪花』って名で呼ばれているらしいよ」
◇ ◇ ◇
辰巳と平次は無言のまま、宿に向かって歩いている。
「さすがに、今から仙台へ向かうのは無理だ。雪が降る前に阿仁へ帰るぞ」
平次が辰巳に顔を向けることなく口を開くと、辰巳も俯いたまま返した。
「なあ、平次。何故、俺に付き合ってくれたんだ? 結局お前、女遊びしていないだろ」
思いがけない辰巳の返事に、平次は言葉を詰まらせたが、何かを懐かしむように話し出した。
「俺は、昔みたいにお前が笑ってくれるなら、お前とまた白兎を追いかけるのもいいなって思ったんだよ。いつまでも曇天のように吹っ切れないツラしやがって」
「白兎?」
怪訝そうな顔で辰巳が平次を見ると、彼は悪童のような意地が悪い顔で辰巳を見ていた。
◇ ◇ ◇
――平次と辰巳が仲良くなったのは、二人が当時七歳の頃だった。
山も村も雪で真っ白に染まっていた。田んぼだった土地に、一人の少年が雪玉を投げていじけている。
「チクショウ。兄貴のやつ、偉そうにしやがって!」
平次には五つ年の離れた兄がいた。平次の父親はマタギで彼は父に憧れていた。今年こそ父と山に入りたいと思っていた。だが、実際に父と山に入るのは兄の方だった。
父と兄が家を出る時、平次が悔しそうに兄を睨んでいると「俺は長男だからな。親父の跡を継ぐのは当たり前だ」と、したり顔で兄が言った。
「次男の俺はマタギになれないのかよ!」
思いっきり雪玉を投げると、ボスン、という音がした。平次が不思議に思い、目を向けると、何も無い田んぼに投げたはずの雪玉が少年の仏頂面に当たっていた。
「何でお前、田んぼに立ってんだ!?」
平次は驚いてその少年に叫んだ。
「……お前を見ていたら、何か気になって……気がついたらこうなった」
顔や肩についた雪を払いながら、その少年は平然として答えた。
「あー……その、雪玉当てて、ごめん」
何だ? コイツ、と思いながらも、平次が間の抜けたように謝ると
「お前もなれるよ。マタギ」
その少年の言葉に平次は目を見開いた。
「俺も次男だ。俺らは兄貴に負けないマタギになるんだ!」
その少年の澄んだ笑顔は平次の気持ちを爽快に晴らした。
その少年は辰巳と名乗った。その日から平次と辰巳は大人に内緒で白兎を捕まえようと山に入った。マタギの狩り場を勝手に荒らすことは許されなかったのだ。
辰巳がワラダという飛び道具で何度か空に向けて投げると、鷹の羽のような音がした。鷹が来たと間違えた白兎は雪を蹴り上げながら慌てて巣穴に入る。そこで平次が白兎を追いかけて雪で巣穴を埋め「勝負!」と、マタギのように叫んでみせた。
辰巳も平次の後を追いかけて「やったな!」と喜んだ。こうして二人は大人に見つかって大目玉を食らうまで、無邪気な笑顔を絶やすことなくマタギごっこをして遊んでいた。
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