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4. Side ライオネル
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部屋に戻って、もう一度手紙を読み直した。
ディアナは俺以外の記憶を消して、婚約もなかったことにした。手紙が白紙に見えるというのも本当のようだ。そうなると、魅了についても本当のことかもしれない……。
信じられないし、信じたくないが、このまま見なかった事には出来ない。確かにこの国では『魔法というものが他国には存在しているらしい』くらいの認識でしかないが、国が滅びる程の危険な物を『知らない』からというだけで無視してはいけないと直感が告げている。
想像も出来なかった事が起こり、自分が信じていた常識や当たり前が、全て覆された。認識が揺らぎ、何とも言えないモヤモヤとしたものを感じながらも、魅了や魔法について調べる事にした。
図書室で軽く調べただけでも、ディアナの言う通り、魅了の力で王族を操り、今はもう消滅してしまった国も幾つかあったようだ。その事実に冷や汗が出る。何冊か見繕って自室に運び、空き時間に読み込む事にした。
執務では宰相と関わる事も多く、ヘンリット公爵に会った時に尋ねてみた。
「宰相、ディアナという令嬢を知っているか?」
「ディアナ、ですか? 家名はなんでしょうか?」
「……家名はわからん」
「貴族令嬢でディアナですか。そうですねぇ……。申し訳ございません。思い当たる令嬢はいませんね」
「……そうか」
ヘンリット公爵の態度に不審な点は一切なかった。
一瞬、ディアナは自分が妄想で作り出した人物なのかと思いそうになったが、身につけているネックレスが、ディアナは存在していて、信じられなくても、ディアナの記憶が消されているのが現実であると証明していた。学園でも色々と確認してみたが、ディアナの痕跡は全て消されていた。
手紙に書かれていた内容はほぼ事実だった。
ディアナに従うというのは少し癪だが、ここまで来たのだからと確かめる事にした。服の中に隠し、外からは分からないよう、水晶のネックレスをつけて学園に行く事にした。
到着すると、いつもの様にサラが駆け寄ってきて挨拶した。
「ライオネル様、おはようございます! 朝からライオネル様にお会いできるなんて……」
「あぁ、おはよう」
嬉しそうに微笑むサラ。しかし、彼女を見ても、今までの様な幸せな気持ちやサラが好きだという思いが湧いてこなかった……。
「どうかしたんですか? ライオネル様。あ、授業までそんなに時間がなさそうですね。急ぎましょう」
そう言って、俺の腕に自分の腕を絡めて教室に向かった。周りの人間は誰も注意する事がなく、微笑ましい様子で見守っていた。俺は魅了が無効になった事で、現状のおかしさを初めて認識した。
王族に対しての礼儀がなっていない。婚約者でもない異性にベタベタと触ってスキンシップを取る。先程の上目遣いも他の媚びを売ってくる令嬢達と同じではないか。礼儀がなっていない分、サラの方が酷いはずだ。それなのに、彼女を好ましいと思っていたなんて……。
突きつけられた現実に呆然とした。そして、魅了の力とは、どんなものであるのかを改めて実感した。確かに、異常であることを異常と認識できず、受け入れてしまい、その力が国の中枢にいる者達に使われれば、国なんてどうとでも出来る……。
魅了とはなんて恐ろしい力なのかと思った。
それからは、ネックレスは肌身離さずつけるようにした。今までと同様にサラと過ごそうとは思えなかった。これもディアナの言った通り『偽物の恋心』であったからだ。
しかし、ディアナの存在が消え、婚約者が居ないため、学園では、サラが婚約者の最有力候補と噂される様になった。これも普通に考えれば、子爵令嬢が王妃になるなんて有り得ないはずなのに、異議を唱える者はいなかった。
魅了や魔法について勉強するために、サラには執務で忙しくなったと伝え、会うのを控える様にした。
しかし、学園の噂については、王城で働いている者達の耳にも入っていた。流石に王城では、子爵令嬢が王妃になるのか、と疑いや不満を持つものが多かった。それも当たり前だ。王城にサラが来た事はなく、サラに面識がない文官達は魅了に掛かることはないのだから。
ある日の晩餐にて、父上からサラの話が出た。
俺がサラを王妃に望んでいるという話が2人の耳にも入ったと言われた。だから、今度母上のお茶会にサラを招待するのはどうかとの提案を受けた。
そこで名案を思いつく。
母上のお茶会に父上にも顔を出してもらい、サラと接して魅了の力を体感してもらった後、そのお茶会の最中に2人を一旦退室させ、指輪とブレスレットをそれぞれつけて、お茶会に戻ってもらう。もちろん、その時に簡単に魅了のことを報告する。王族に精神作用の魔法を使用したことについての処罰は、国王陛下に委ねる事にした。
「父上。父上にもぜひ、サラに会って頂きたいのです。少しだけ時間を作って、お茶会に参加いただけないでしょうか?」
「あぁ、よかろう。王妃となる可能性があるなら会っておくべきだからな」
父上の了承に安堵した。これで、2人に実感してもらえるはずだ。魅了についての説明は、文献から分かりやすい情報を引っ張り出し、短時間で理解してもらえるようにまとめた。
ーーお茶会当日。
俺は事前に、外せない仕事で参加できない旨を伝えておいた。従者にサラが登城した時と、お茶会開始時に連絡する様に頼んでおいた。
城内から庭園を見張り、父上がお茶会に合流したのを確かめて、気づかれない様にしながら、庭園に近い部屋まで行く。
そして、頃合いを見計らって、2人に急ぎの確認があると呼び出し、サラには少しの間待っててもらう様に伝えてもらった。
父上と母上が部屋に入るなり、印象を聞いてみた。
「お茶会を邪魔する形になって申し訳ございません。サラはどうですか?」
「とても良い子ね! あの子が王妃になるのは、私は賛成だわ」
「そうだな。子爵令嬢なのは些末なことだ。王妃にしても問題ないだろう」
父上も母上も好印象を抱いているようだ。
「そうですか。急ぎの案件についてですが、まずはこちらを身につけてください」
父上にはブレスレットを、母上には指輪を装着してもらった。
「実は、今お渡ししたものは魔道具というもので、魅了無効の効果が付与されています。そして、サラには魅了の力があるようです。魅了は人を惑わせます。その魔道具をつけた状態で、再度サラと会話をしてください。魅了について詳しくは後で説明しますが、一つだけお願いがあります。魔道具をつけた今、先ほどと違う印象を受けるかと思いますが、表面上の態度をさっきまでと変えないでください」
2人とも理解できないという顔をしていた。
「この件について、言葉では説明が難しいのです。ご自分で感じていただいた方がわかりやすいので、お願いします」
「よくわからないけれど、あなたの言ったようにするわ」
「そうだな。後で説明してもらおう」
そう言って、父上と母上は庭園に戻っていった。
とりあえず、お茶会が終わってから父上に呼ばれるのを待つしかないため、自室に戻った。
お茶会が終了したらしく、しばらくしてから、国王陛下の執務室に呼ばれた。部屋の中には、父上と母上と俺の3人だけとなり、人払いされている。
「いかがでしたか?」
感想を問いかけるが、2人とも眉間にシワがより、難しい顔をしている。
「これは、一体どういうことだ……?」
「母上も最初と指輪をつけた後で、彼女の印象は変わりましたか?」
「えぇ。最初はとても良い子で、ぜひライオネルの婚約者にと思ったのよ。でも、この指輪をつけてから、彼女の振る舞いや礼儀作法は王妃には相応しくないと思ったわ。王妃にするなら、何年も教育が必要ね」
「あぁ。印象がガラリと変わったな。これが、魅了というものなのか?」
「えぇ。魅了は人を惹きつけて、好印象を持たせます。それを利用して、国を乗っ取る事も出来るようです。魅了によって滅びた国も幾つかありました。この能力は非常に危険です。異常を異常と思えないようにしてしまうのです。言葉で説明が難しかったので、実際に体感でわかっていただけたと思いますが、彼女は魅了で周りの人を虜にしています。私も彼女に恋をしたと思っていましたが、それは能力によって植え付けられた紛い物でした」
「そう。よくわかったわ。ところで、ライオネル、あなたどうやって、魅了に気づいたの?」
「……それは、友人から魅了の存在を聞いて、これらの魔道具を用意してくれました。私もネックレスを身につけています」
「そうか。その友人にはぜひお礼をしないとな」
「そちらについては、私に一任してください」
魅了について聞いたのも魔道具をもらったのもディアナだ。ディアナの記憶がない2人に説明しても理解できないだろう。だから、誤魔化した。
「この様な能力を持つものを野放しにするのは危険です。しかし、例えば彼女を牢に入れたとしても、その力があれば脱走する事は容易かもしれません。そこで、魔法大国に魅了の対処法や魔道具について相談すべきかと思います」
「そうだな。この件はあまり広めない様にしたいが、最低限、宰相と、魔法大国とやり取りしてもらう外交官に説明は必要になるな。早速、魔法大国に問い合わせてみよう」
ディアナは俺以外の記憶を消して、婚約もなかったことにした。手紙が白紙に見えるというのも本当のようだ。そうなると、魅了についても本当のことかもしれない……。
信じられないし、信じたくないが、このまま見なかった事には出来ない。確かにこの国では『魔法というものが他国には存在しているらしい』くらいの認識でしかないが、国が滅びる程の危険な物を『知らない』からというだけで無視してはいけないと直感が告げている。
想像も出来なかった事が起こり、自分が信じていた常識や当たり前が、全て覆された。認識が揺らぎ、何とも言えないモヤモヤとしたものを感じながらも、魅了や魔法について調べる事にした。
図書室で軽く調べただけでも、ディアナの言う通り、魅了の力で王族を操り、今はもう消滅してしまった国も幾つかあったようだ。その事実に冷や汗が出る。何冊か見繕って自室に運び、空き時間に読み込む事にした。
執務では宰相と関わる事も多く、ヘンリット公爵に会った時に尋ねてみた。
「宰相、ディアナという令嬢を知っているか?」
「ディアナ、ですか? 家名はなんでしょうか?」
「……家名はわからん」
「貴族令嬢でディアナですか。そうですねぇ……。申し訳ございません。思い当たる令嬢はいませんね」
「……そうか」
ヘンリット公爵の態度に不審な点は一切なかった。
一瞬、ディアナは自分が妄想で作り出した人物なのかと思いそうになったが、身につけているネックレスが、ディアナは存在していて、信じられなくても、ディアナの記憶が消されているのが現実であると証明していた。学園でも色々と確認してみたが、ディアナの痕跡は全て消されていた。
手紙に書かれていた内容はほぼ事実だった。
ディアナに従うというのは少し癪だが、ここまで来たのだからと確かめる事にした。服の中に隠し、外からは分からないよう、水晶のネックレスをつけて学園に行く事にした。
到着すると、いつもの様にサラが駆け寄ってきて挨拶した。
「ライオネル様、おはようございます! 朝からライオネル様にお会いできるなんて……」
「あぁ、おはよう」
嬉しそうに微笑むサラ。しかし、彼女を見ても、今までの様な幸せな気持ちやサラが好きだという思いが湧いてこなかった……。
「どうかしたんですか? ライオネル様。あ、授業までそんなに時間がなさそうですね。急ぎましょう」
そう言って、俺の腕に自分の腕を絡めて教室に向かった。周りの人間は誰も注意する事がなく、微笑ましい様子で見守っていた。俺は魅了が無効になった事で、現状のおかしさを初めて認識した。
王族に対しての礼儀がなっていない。婚約者でもない異性にベタベタと触ってスキンシップを取る。先程の上目遣いも他の媚びを売ってくる令嬢達と同じではないか。礼儀がなっていない分、サラの方が酷いはずだ。それなのに、彼女を好ましいと思っていたなんて……。
突きつけられた現実に呆然とした。そして、魅了の力とは、どんなものであるのかを改めて実感した。確かに、異常であることを異常と認識できず、受け入れてしまい、その力が国の中枢にいる者達に使われれば、国なんてどうとでも出来る……。
魅了とはなんて恐ろしい力なのかと思った。
それからは、ネックレスは肌身離さずつけるようにした。今までと同様にサラと過ごそうとは思えなかった。これもディアナの言った通り『偽物の恋心』であったからだ。
しかし、ディアナの存在が消え、婚約者が居ないため、学園では、サラが婚約者の最有力候補と噂される様になった。これも普通に考えれば、子爵令嬢が王妃になるなんて有り得ないはずなのに、異議を唱える者はいなかった。
魅了や魔法について勉強するために、サラには執務で忙しくなったと伝え、会うのを控える様にした。
しかし、学園の噂については、王城で働いている者達の耳にも入っていた。流石に王城では、子爵令嬢が王妃になるのか、と疑いや不満を持つものが多かった。それも当たり前だ。王城にサラが来た事はなく、サラに面識がない文官達は魅了に掛かることはないのだから。
ある日の晩餐にて、父上からサラの話が出た。
俺がサラを王妃に望んでいるという話が2人の耳にも入ったと言われた。だから、今度母上のお茶会にサラを招待するのはどうかとの提案を受けた。
そこで名案を思いつく。
母上のお茶会に父上にも顔を出してもらい、サラと接して魅了の力を体感してもらった後、そのお茶会の最中に2人を一旦退室させ、指輪とブレスレットをそれぞれつけて、お茶会に戻ってもらう。もちろん、その時に簡単に魅了のことを報告する。王族に精神作用の魔法を使用したことについての処罰は、国王陛下に委ねる事にした。
「父上。父上にもぜひ、サラに会って頂きたいのです。少しだけ時間を作って、お茶会に参加いただけないでしょうか?」
「あぁ、よかろう。王妃となる可能性があるなら会っておくべきだからな」
父上の了承に安堵した。これで、2人に実感してもらえるはずだ。魅了についての説明は、文献から分かりやすい情報を引っ張り出し、短時間で理解してもらえるようにまとめた。
ーーお茶会当日。
俺は事前に、外せない仕事で参加できない旨を伝えておいた。従者にサラが登城した時と、お茶会開始時に連絡する様に頼んでおいた。
城内から庭園を見張り、父上がお茶会に合流したのを確かめて、気づかれない様にしながら、庭園に近い部屋まで行く。
そして、頃合いを見計らって、2人に急ぎの確認があると呼び出し、サラには少しの間待っててもらう様に伝えてもらった。
父上と母上が部屋に入るなり、印象を聞いてみた。
「お茶会を邪魔する形になって申し訳ございません。サラはどうですか?」
「とても良い子ね! あの子が王妃になるのは、私は賛成だわ」
「そうだな。子爵令嬢なのは些末なことだ。王妃にしても問題ないだろう」
父上も母上も好印象を抱いているようだ。
「そうですか。急ぎの案件についてですが、まずはこちらを身につけてください」
父上にはブレスレットを、母上には指輪を装着してもらった。
「実は、今お渡ししたものは魔道具というもので、魅了無効の効果が付与されています。そして、サラには魅了の力があるようです。魅了は人を惑わせます。その魔道具をつけた状態で、再度サラと会話をしてください。魅了について詳しくは後で説明しますが、一つだけお願いがあります。魔道具をつけた今、先ほどと違う印象を受けるかと思いますが、表面上の態度をさっきまでと変えないでください」
2人とも理解できないという顔をしていた。
「この件について、言葉では説明が難しいのです。ご自分で感じていただいた方がわかりやすいので、お願いします」
「よくわからないけれど、あなたの言ったようにするわ」
「そうだな。後で説明してもらおう」
そう言って、父上と母上は庭園に戻っていった。
とりあえず、お茶会が終わってから父上に呼ばれるのを待つしかないため、自室に戻った。
お茶会が終了したらしく、しばらくしてから、国王陛下の執務室に呼ばれた。部屋の中には、父上と母上と俺の3人だけとなり、人払いされている。
「いかがでしたか?」
感想を問いかけるが、2人とも眉間にシワがより、難しい顔をしている。
「これは、一体どういうことだ……?」
「母上も最初と指輪をつけた後で、彼女の印象は変わりましたか?」
「えぇ。最初はとても良い子で、ぜひライオネルの婚約者にと思ったのよ。でも、この指輪をつけてから、彼女の振る舞いや礼儀作法は王妃には相応しくないと思ったわ。王妃にするなら、何年も教育が必要ね」
「あぁ。印象がガラリと変わったな。これが、魅了というものなのか?」
「えぇ。魅了は人を惹きつけて、好印象を持たせます。それを利用して、国を乗っ取る事も出来るようです。魅了によって滅びた国も幾つかありました。この能力は非常に危険です。異常を異常と思えないようにしてしまうのです。言葉で説明が難しかったので、実際に体感でわかっていただけたと思いますが、彼女は魅了で周りの人を虜にしています。私も彼女に恋をしたと思っていましたが、それは能力によって植え付けられた紛い物でした」
「そう。よくわかったわ。ところで、ライオネル、あなたどうやって、魅了に気づいたの?」
「……それは、友人から魅了の存在を聞いて、これらの魔道具を用意してくれました。私もネックレスを身につけています」
「そうか。その友人にはぜひお礼をしないとな」
「そちらについては、私に一任してください」
魅了について聞いたのも魔道具をもらったのもディアナだ。ディアナの記憶がない2人に説明しても理解できないだろう。だから、誤魔化した。
「この様な能力を持つものを野放しにするのは危険です。しかし、例えば彼女を牢に入れたとしても、その力があれば脱走する事は容易かもしれません。そこで、魔法大国に魅了の対処法や魔道具について相談すべきかと思います」
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