短編集

神村結美

文字の大きさ
上 下
2 / 8

Ep.01 ツンツンな公爵令嬢のデレ。

しおりを挟む
◆侍女 リン視点

今日は休日。
いつも休日は、エルランジュ公爵家の使用人達が暮らす別館にある自室で過ごしたり、街に出たりして過ごしている。しかし、今日はちょうど兄様からのお誘いがあり、前々から考えていた事を遂に実行しようとノースリン子爵家の屋敷に戻った。

私はノースリン子爵家の次女であり、我が国の筆頭公爵であるエルランジュ家のお嬢様、ローズマリー様の専属侍女として働いている。

小さい頃、自分には前世があり、転生者であることに気付いた。前世で仕事大好きだった私は、前世の記憶を取り戻した時に、子爵令嬢としてどこかの貴族に嫁ぎ貴族らしく生活をするよりも、将来はバリバリ働きたい意思が強く出てしまい、両親にお願いして何とか許してもらった。

運と縁により、ローズマリー・エルランジュ様の専属侍女に選ばれ、楽しい毎日を送っている。

ローズマリー様は、所作もマナーも完璧。さすが筆頭公爵家なだけあって気品もあり、淑女としても評価は高く、ルイス・アッカーソン王太子殿下の婚約者として相応しいと認められている。


しかし、実はローズマリー様には欠点とも呼べるところが一つだけある。

王妃教育を通し、感情や動揺を表に出さないよう訓練させられた結果、人前ではあまり感情の変化を見せなくなり、落ち着いており、微笑みや凛とした態度で対応することが常となっていた。

ローズマリー様は見目麗しいが、少しつり目気味の瞳により、無表情もしくは凛とした態度の時は、少し威圧感が出てしまう。それは言葉に説得力を持たせ、王妃として人の上に立つには相応しいが、時にローズマリー様が意図していない印象を周りに与えてしまう場合もあった。

特に、ルイス殿下と一緒の時は、ようで、感情や本心を抑え込もうとした結果、ルイス殿下にはツンツンとして少し高圧的なお姫様のような態度を取ってしまうことも日常茶飯事だった。

更に、学園の生徒達は、ローズマリー様を高嶺の花として扱い、ローズマリー様に取り入るなんて恐れ多いと、馴れ馴れしく近づくものも、ほとんどいない。

だから、本当のローズマリー様のお姿知っているのは、家族とエルランジュ家の使用人だけである。専属侍女達の前でのローズマリー様は、とても感情豊かだ。

そう。完璧な淑女だと認識されているローズマリー様の欠点とも言えるのは、実は、公私で切り分けが出来ておらず、プライベートな空間での感情の表し方が下手であり、前世の言葉で言うなら、所謂ツンデレなのだ。


例えば、先日、学園から帰る際、偶然タイミングが合って、ルイス殿下が馬車で送ってくれる事になった。ローズマリー様は馬車の中では、いつもの様に会話をされて帰宅した。

自室に戻った途端、すぐに寝室に向かい、いつも通り、ローズマリー様のキャラは崩壊した。

「今日のルイス様もとても麗しかったわ! 偶然送っていただけるなんて、なんて幸運なのかしら! あぁ、本当に夢のようだったわ! ルイス様は、ただでさえ美しいけれど、あの微笑みの破壊力……まさに神のよう! 私の新しい髪飾りに気付いて、『とても似合ってるね』って、褒めてくださったルイス様のさり気なさ、とても素敵だわっ!」

ローズマリー様は独り言を言いながら悶え、寝室のベッドの上で、枕を抱き、ゴロゴロと移動している。この時、周りは一切見えていないようだ。これが、しばらくの間続き、満足すると何事もなかった様にベッドから起き上がる。そして、私たちがドレスや髪型を整え直すのが一連の流れとなっている。

全くの別人かと思ってしまう程の変わりようである。でも、頬を染めながら、表情豊かに本音を露わにするローズマリー様は、本当に可愛らしいのだ。


しかし、残念ながら、ルイス殿下は、この様なローズマリー様を見た事はない。

先程の髪飾りの実際のやりとりは……

「ローズ、その髪飾りは初めて見るね。白薔薇か。ローズにとてもよく似合ってるね」

「まぁ、お気づきになられましたの? えぇ、白薔薇ですわ。私、身につける物には拘っていますもの。お褒めいただき、光栄ですわ」

と、まぁ、こんな調子だ。
表情も本来の嬉しさを隠し、淡々と答えている。


2人は政略的に結ばれた婚約者であり、学園では、傍から見ると、お互いに恋愛感情はない様に見える。そのせいで、ローズマリー様を押しのけて、ルイス殿下の寵愛を受けようと企む令嬢も居るようだ。

前世の小説やゲームなんかで、この様な世界観の物語は多く存在した。もし、この世界が乙女ゲームか何かの世界だったとしたら、ローズマリー様は悪役令嬢にされかねないし、学園は舞台の定番であり、ローズマリー様にとって危険な場所になってしまう。

万が一、実際に乙女ゲームの様な事が起こってしまったとしたら、私はきっと後悔する。たかが子爵令嬢に出来る事は限られているが、それでも私はローズマリー様の専属侍女であり、更に前世の日本で暮らした記憶が残っているから、対策しようと思えばいくらでも出来るはず。出来ることがあったのに、やらなかったからその結末になったって後悔するのは最悪だし、絶対に嫌だ。

ローズマリー様に幸せになっていただきたいのは本心であり、現状のままでは、ローズマリー様とルイス殿下の間に溝ができ、お2人の距離が離れる事はあっても、縮むことはなくなってしまうことが予想される。

学園の卒業と共に婚姻の予定なので、来年には結婚式の準備の話も出てくる。軌道修正するなら、今頃がちょうど良い時期だと考え、私が考えついたある計画を決行する事にした。


その計画は、兄様に頼むしかない。
兄様の親友であるアーロン・ハミルトン伯爵子息は、ルイス殿下の侍従である。兄様に頼んで、アーロン様に連絡を取ってもらい、最終的にルイス殿下に伝言してもらおうと考えた。

母親同士が親友で、アーロン様は我が家にもよく遊びに来ていた。私の一つ上で、もう1人の兄の様な存在の彼を、ロン兄様と呼び慕っていた。
現在、ロン兄様は19歳、私は18歳、ルイス殿下とローズマリー様は15歳だ。

兄様とロン兄様は定期的に会っているような事を以前聞いたので、今回の帰省で、ロン兄様に手紙を渡してもらおうと考えた。

私から直接ロン兄様に手紙を出す事は憚られる。
なぜなら、ロン兄様は、ルイス殿下の侍従であり、ルイス殿下から高く評価を得て信頼されているため、公務等でも殿下の補佐をしているらしく、令嬢達からの人気がすごいからだ。

それに、私からの手紙が、彼との婚約を望む令嬢達の手紙の中に紛れてしまっても困るし、ローズマリー様とルイス殿下に関わる事なので手紙が紛失しないように兄様からロン兄様、そしてルイス殿下へ手渡ししてもらうのがベストだからだ。


ノースリン子爵邸に着き、早速兄様の部屋に向かった。ドアをノックすると誰何され、「入れ」と返ってきた。

「兄様、ただいま戻りました」

挨拶をすると、ソファに座り、こちらを振り返って見ている人物が視界に入った。どうやら2人でお茶をしていたようだ。

「リン、おかえり。ちょうどロンも休みで訪ねてきてたんだ」

「お、リンじゃないか。ここで会うのは久しぶりだな」

「ロン兄様、ご機嫌よう。ちょうど良かったわ! ロン兄様にお願いしたい事があるの。後で少し時間をもらえる?」

「あぁ、いいよ。ウィルとの話はちょうどキリが良いから、今からでも大丈夫だよ」

「本当? ありがとう。それなら、ロン兄様、一緒に来てくれる?」

「ん。わかった。じゃあ、ウィル、またな」

「あぁ。リン、ロンとの話が終わったら、またこちらに来てくれ」

「えぇ。では、兄様、また後ほど」



私の自室まで行き、荷物の中から、一通の手紙を出して、ロン兄様に渡した。

「これに目を通して。この手紙をローズマリー様に内緒で、王太子殿下に渡してもらえないかしら?」

「なんだ、これは?」

「読めばわかるわ。学園が始まったじゃない? 最近のお2人を見ていて、このままの状態が続くと、良くない事が起こるんじゃないかと思って心配なの。それに、いつまでも誤解したままも良くないし」

「誤解?」

「えぇ。それは、そこに書いてある指示に従ってくれればわかるわ」

「わかった。ローズマリー様に関しての事なら、ルイス殿下は食いつくだろうな。次回のエルランジュ公爵邸でのお茶会だな。伝えておく」

「ありがとう! よろしくね」

ロン兄様も何か思うところがあったようで、私の計画はすんなりと進んだ。あとは、決行日を迎えるだけだ。



そして、決行日当日ーー
お茶会は、いつもの様に恙無く終了した。
王太子殿下のお見送りを玄関で済ませると、ローズマリー様は自室に戻った。

ローズマリー様の付き添いは、もう1人の専属侍女に任せ、私は帰ったフリをしたルイス殿下とロン兄様をローズマリー様のお部屋にお連れした。
お二人には、寝室のドアの前に隠れて頂き、私は寝室に入って、ドアを開けっぱなしにした。




◆王太子 ルイス殿下視点

私はアッカーソン王国の王太子であるルイス・アッカーソンだ。幼少期より婚約者がいる。それが公爵家の令嬢であるローズマリー・エルランジュ。

初めて会った時、彼女は天使だと思った。動揺して、会話が辿々しくなってしまい、後からなんでもっとちゃんと対応出来なかったのかと後悔し、がっかりされたのではないかと不安にもなったが、無事彼女が婚約者に選ばれ、対面時には彼女も嬉しそうに見えて安堵した。それからしばらくの間は、嬉しさと幸せでいっぱいだった。

彼女は、とても真面目で努力家である。
王妃教育にも積極的に取り組み、将来の王妃として、素晴らしい人材になった。将来的に私と一緒に国を導くために、たゆまぬ努力を続けてくれる事は嬉しかったが、どんな時も王妃に相応しい振る舞いを心がける様になり、私の前でもそれは変わらなかった。

初対面で一目惚れだった私は彼女と婚約出来たことを心から喜び、天にも昇る気持ちであり、絶対に大切にしようと思った。しかし、彼女にとっては政略であり、私に恋愛感情は持っていなかったようだ。それに気づいた時は酷く悲しかった。

幼少の頃は仲が良かったはずだったが、彼女との距離はだんだんと広がっていった。それを埋めようと自分から沢山話しかける様に意識していたが、彼女はあまり感情を表に出さないから、どう思っているのかわからなかった。彼女からは私との会話を楽しんでいる様子もなく、時には私を嫌いなのではないかと思う様な冷たい対応をされた事もあった。

彼女がいずれ素晴らしい王妃となる事は間違いない。私達は現在は婚約者で、将来的には夫婦となる。『彼女と想い合って幸せな夫婦になりたい』『彼女を幸せにしたい』と常々思っていたが、彼女にも私を想って欲しいというのは、私の我儘でしかないだろう。彼女は義務をしっかりと果たしてくれるのだから、それ以上は望むべきではないと思い始めた。


そんな時、侍従のアーロンより一通の手紙を渡された。その手紙はローズの侍女からで、ローズに関する重要な話をしたいとの内容。見せたいものがあるから、次回のエルランジュ公爵邸のお茶会が終了した後、帰る振りだけして残り、侍女のリンが案内する場所まで来て欲しいとのことだった。


ローズの侍女のリンについては、アーロンの想い人であるため、アーロンとの話題によく出る。ローズに仕える様子を見る限り、ローズを敬愛しており、ローズにとっては姉のような印象を受けている。よって、リンのことは信用しており、彼女の話に従うことにした。もちろん、これが他の者からの話であれば、何を企んでいるのかと疑い、すぐに調べるところだ。

それにしても、重要な話とは、見せたいものとは一体なんだろう……。
もう少し詳細な情報が欲しいところだったが、次回のお茶会まで、そう日数もなく、ローズに気づかれず、リンに確認する事も難しいだろう。
そう自分を納得させながら、あらゆる内容を想像し、ついに、その日がやってきた。


お茶会自体は、いつも通り終了した。
実は、ついに重要な話を聞けるとあって、そちらに意識が向いてしまい、少し上の空になってしまったりもしたが……。

お茶会が終わり、玄関近くまで見送りに来てくれたローズに挨拶し、指示通り帰る振りをした。

その後、リンの後についていくと、ローズの部屋に案内された。

……ここで、ローズについての話? 
それなら、帰る振りはなんだったのかと思いながらも、リンに指示された通り、声をださず、寝室の扉の影に立った。

リンは部屋の中に入ったが、扉は開いたまま。

そして、部屋から聞こえてきた声に固まってしまった。

「きゃー! もう、もう! 今日のルイス様もとてもカッコ良かったわー!」


?!

この声はローズだと思うが、聞こえてきた内容に耳を疑った。ローズがまさかその様な言葉を、なかば叫ぶ様に言うだろうか?

気になった私は、ローズの寝室内をそっと覗き込んだ。

どうやらローズは、ベッドの上でゴロゴロ転がりながら、色々と言っているみたいだ。


「優雅にお茶を飲む姿はまさに絵画のよう! あぁ、あの瞬間を絵姿に留めたいわ! 本当にルイス様は、どこまで私を惚れさせれば気が済むのかしら……?」


ローズが、私に惚れている……?
そんな、まさか! 信じられない……。
今までのローズからそんな様子は見られなかった。これは本当にローズか? 確かめたい。

「それから、お菓子の話で、『ローズは苺が好きだったな。今度はそれをお土産に持ってくるよ』って言ってくださったのよ! 私の好きな物を覚えていてくださるなんて! 嬉しすぎて、思わず好きって言ってしまいそうでしたわ! それを抑えるのに必死すぎて、少し俯いてしまったわ。あぁっ、もうせっかくルイス様のお顔を眺めていられる貴重な時間でしたのにっ! もったいないことをしてしまったわ……」

自分の世界に入っているのか、ローズがこちらに全く気づかないのをいいことに、ベッドの傍までそっと移動した。

「ねぇ、リン。今度……」

リンに話しかけようと、ローズがゴロゴロ転がるのをやめて起き上がり、こちらを向いた。

「……え? ……ルイス様?」

ローズが私を見て瞬いた。

「まぁ! まるで本物のようね。いつの間に、幻視まで出来るようになったのかしら? 好きすぎるとそんな事も出来るようになるのね。ふふっ」


どうやら私がここに居るのは、あり得ないと判断したらしく、幻とされてしまった。ローズは尚もしゃべりつつ、ベッドから起き上がると、私にギュッと抱きついた。

「あぁ、かっこ良いですわ! ルイス様、大好き」

ローズは、まるで猫のように頭をスリスリと私の胸に擦り付ける。

「あら? 温かい。心臓の音も聴こえる。本当に本物のようだわ……」


ローズと、この様な触れ合いをするのは初めてだ。
彼女はとても柔らかく、暖かかい。さらに、彼女が動くたびに、良い匂いが鼻を掠める。

彼女の言動も行動も私にとって夢のようだった。
私こそ幻影を見させられているのかと思うくらいの状況だったが、彼女の温もりによって、彼女が本物であり、これが現実であると実感できた。


今まで自分は勘違いしてただけだったのか……。
ローズが私のことを好き。
その事実がすごく嬉しくて、胸に幸せが溢れた。

嬉しさとローズをもっと感じたいという思いから、ローズをそっと抱きしめた。

「きゃ。ルイス様に抱きしめられるなんて……これは、ただの幻じゃなくて、夢なのかしら? いつの間に寝てしまったのでしょう……」

「ローズ。夢じゃないよ。君は私のことを慕ってくれていたんだな。直接言ってくれれば良かったのに」

困惑している彼女の耳元で囁くと、彼女はバッと顔を上げた。

「え……」

「こんなに感情を露わにしてるローズはとても可愛い。すごく嬉しい。私の事を好きだという君の気持ちが聞けて幸せだ」

あまりの嬉しさに、ローズの頭に軽くチュッと口付けた。

「う、うそ。ま、まさか……本物……? 本当にルイス様で、現実……?」

驚愕で目を見開き、顔が一気に赤く染まり硬直してしまったローズに私は微笑み、頷いた。

「……本当に? なんで?! ……あ! も、申し訳ございません。なんて、失礼な事を! あ、あのお放しください」

「ダメ。放さない」

パニックになっているローズを引き寄せ、腕に力を入れて強く抱きしめる。

「ローズ、俺も君を愛してる。だから、これからは君の本音、たくさん聞かせてね」



◆侍女 リン視点

作戦終了、無事成功!

その後のローズマリー様は、ルイス殿下に言われたものの感情を表に出さず、今までと同じような態度を取っていた。

ルイス殿下は、学園でのローズマリー様の態度が今までと変わらない事には何も言わなかった。
どうやらローズマリー様のデレた姿は他人には見せたくないようだ。しかし、学園でのルイス殿下のローズマリー様に対する態度は前よりも更に柔らかくなり、ルイス殿下のローズマリー様を見る目には愛しさが溢れており、ルイス殿下に言い寄る者は皆無となった。


ルイス殿下は、お茶会や2人きりの時には、ローズマリー様が発言する度に『それで? 今は心の中で本当はどう思ってるの? 正直に言ってくれないとお仕置きだよ』とローズマリー様を追い詰め、ルイス殿下には本音を晒す様に仕向ける様になり、ローズマリー様も徐々にルイス殿下がいるプライベートの空間では、本来の姿でいる様になった。

お2人が仲睦まじくなり、幸せそうな姿を見れる様になって、本当に良かったと思う。

相変わらず、ローズマリー様のツンデレは変わらないが、公の場でのルイス殿下は、常にローズマリー様が内心どう考えているか想像を巡らせ、ニヤニヤしそうなのを抑えてポーカーフェイスを作っていると、ロン兄様から聞いた時には、なんとも似た者夫婦でお似合いだなと思った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ヴァルプルギスの夜に恋して

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:20

カタオモイ

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

婚約者から愛妾になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,193pt お気に入り:936

いっぱいの豚汁

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:1,278pt お気に入り:0

処理中です...