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本編
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王家主催の舞踏会から数日後ーー
いつも通り、王妃教育のため城での講義を受ける。今日は隣国の政治や経済について学んだ。少し複雑だった内容は集中力を必要とし、体力を消耗した。
いつもなら講義が終わったらそのまま帰るが、凝り固まった体を解し、気分転換をしようと庭園に向かう。
王妃教育を受けている部屋がある一角は、許可された者しか立ち入ることは出来ない。だから、庭園に向かう道のりでも、ほぼ誰とも遭遇しない。要所要所に配置されている護衛騎士を見かけるくらいだ。もっとも、こちらから話しかけない限りは、すれ違っても会釈程度のみ。
そんな人気のない静かな廊下を進み、中庭に差し掛かったところで、人の話し声が聞こえた。
「ーーないか?」
聞き覚えのある声?
そう思って、聞こえてきた声の主を探そうと中庭に視線を向け、辺りをキョロキョロと見回す。
中庭の中央には噴水がある。そこから四方に石畳の道が敷かれ、道の両脇には綺麗に剪定された3m程のゴールドライダーが等間隔に並んでいる。ベンチも所々に設置されているようだ。視界には主に、木々の緑と石畳のピンコロ石や噴水の大理石の白の2色が広がるが、それを彩るようにピンクや水色、黄色に紫の花も色々なところに咲いている。
見た限り、ちょうど庭木のゴールドライダーが壁となっているようで人の姿は見えない。木の後ろ側が見える位置に移動したところで、大きな声が私の耳に飛び込んできた。
「もちろんです! 私が好きなのはジェラルド様です!」
?!
聞こえてきた内容に、咄嗟に近くの柱の後ろに隠れた。そこから声の主を確認しようと覗き見たところ、思った通りの2人が居た。
最初に聞こえた声はやはりジェラルド様のもの。そして、会話をしていた相手はアンナ。
2人はベンチに座り、ジェラルド様は正面を見ているようで、私の位置からでは、完全に後ろ姿しか見えない。ただ、アンナはジェラルド様の方を向き、少し前のめりになっている。アンナからは死角の位置になっているようで、私のことは見えないみたいだが、こちらからはアンナの横顔が少し見える。密着はしていないが、2人の物理的距離は近い。少し離れたところに近衛騎士が2人立っているようだ。
そこまで確認したところで、直前に聞こえてきた内容が頭に浮かぶ。『もちろんです! 私が好きなのはジェラルド様です!』とアンナは言っていた。
これって、ジェラルド様とアンナの密会現場に遭遇した上に、告白に立ち会ってしまったってこと?!
……いやいやいや、ゲーム内で、王城の中庭でアンナとジェラルド様の密会シーンなんてあったっけ? というか、アンナからの告白シーンなんてなかったはず。
……いえ、ちょっと待って。そもそも、これがアンナからの告白シーンだと決めるのは、まだ早いかもしれない。私はアンナとジェラルド様がどのくらい親密になっているのか正確に知らない。
ジェラルド様と一緒だから、この中庭に入る事が出来ていると思うのだけれど、すでに王城に呼び出す仲になっているの?! 前回の舞踏会でも2人で居たくらいだし、もしかして、あの日にジェラルド様が気持ちを伝えて、今アンナからの返答をもらっているとか……?
それともすでにお互いの気持ちを伝えてラブラブなカップルとなっていて、ただ気持ちを伝えあっている最中だったとか?
いや、でも、近衛騎士が2人も近くに居るのに?? しかも、婚約者である私が王妃教育で王城に来ていて、遭遇するかもしれないのに?
瞬時に思考が色々な方向に散らばりかけていた私は、アンナの発言への返答としてのジェラルド様の少し訝しげな声で現実に引き戻された。
「……クリストファーの事はどう思っているんだ?」
「クリス様は良い友人です! 隣の席だから話すことも多くて仲も良いですし、色々と私の事を気にかけてくれて、すごく良い方だと思います。だから、クリス様のことは好きですけど、それは、あくまで友人としてです。私が好きなのは、恋愛として惹かれているのは、ジェラルド様だけです!」
まさかのクリストファーは友達で、恋愛感情を持っているのはジェラルド様に対してだけって発言。
これは完全にアンナからの告白? それとも、ジェラルド様が他の攻略対象者に対して嫉妬して、気持ちを確かめているの?
「そうか。クリスとは恋仲ではないという事だな。……良かった」
アンナの返答を聞いて、少しホッとした感情を乗せたジェラルド様の言葉に、追い討ちをかけるように、アンナが更に嬉しそうに言い募る。
「はい。私にはジェラルド様だけです!」
ジェラルド様の受け答えの時の感情や2人の会話の内容から、2人は想い合っているようにしか聞こえない……。これ以上聞いていても、精神的ダメージが蓄積されるだけだと思い、そっとその場を後にしようとしたが、続くジェラルド様の言葉で足を止めてしまった。
「アンナ嬢、私には婚約者がいる」
ジェラルド様が真剣に、とても重要な事であるかの様に婚約者について発言した事で、ドキンと私の心臓が跳ねた。
「もちろん知ってます! でも、王命で結ばれた婚約で、謂わば、アイリス様とは政略的に婚約者となったんですよね?」
アンナは、政略だから気持ちなんてないでしょ? とでも言いたそうに返した。
「あぁ、私とアイリスは、王命による婚約だ」
「そうですよね!」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
ジェラルド様は王命である事を強調してアンナに伝えた。私に対して『政略だけの婚約者ではなくて気持ちがある』なんて発言も一切ない……。
私は突きつけられた現実に呆然としてしまった。
「アンナ嬢、そろそろ遅い時間だ。引き止めてしまってすまない。彼に馬車乗り場まで送ってもらってくれ」
そう言って、少し離れたところに立っていた近衛騎士を呼び寄せ、片方の騎士に指示を出した。
「ジェラルド様が送ってくれないんですか?」
「この後は予定がある」
「馬車乗り場までは、そんなに時間はかからないと思います。それに、私、もう少しジェラルド様と一緒に居たいです!」
「すまないが、急ぎで向かわなければならないんだ」
「そうですか。残念ですけど……わかりました。それなら、また」
「では失礼する」
ジェラルド様は近衛騎士1人を連れ、急いで建物に戻っていき、アンナも近衛騎士に連れられ、その場を去った。運良く私が居た方には来なかったため、最後まで気づかれなかったようだ。
その場に居ても先ほどのシーンが頭の中でリピートされてしまう。だから、庭園に向かうのは止めて、迎えが来ているであろう馬車乗り場まで重い足取りで向かった。
馬車の中でもボーッと空を眺めるが、ジェラルド様の言葉が頭から離れない。
『私とアイリスは王命による婚約だ』と、ハッキリと告げていた。
ゲームに沿って進むのであれば、婚約破棄されることはわかってはいたが、やはりハッキリと聞いてしまうと心が痛む。
ジェラルド様は学園に入ってから、私に対しての態度が変わった。スキンシップも増えたし、甘い雰囲気や、もしかして、私の事を慕ってくれているのではないかと勘違いしそうな表情や言動もいくつかあった。そこに幼少期からのたくさんの思い出も次々と呼び起こされていく。
でも、『王命』だからとハッキリ言っていた。それは、自分の意思ではない、と。
次第に目に溜まっていった涙は、次々と頬を流れていく。自分では止める事が出来ず、両手で顔を覆い、声を押し殺した。
コルベール公爵家の屋敷に着くと、ミラが出迎えてくれる。
「お帰りなさいま……アイリス様?! どうされたんですか?!」
何とか到着するまでには涙を止めようと必死に堪えたが、目が赤く、化粧も取れてしまって、泣いた後なのは、丸わかりの私を見て、ミラが慌てる。
「なんでもないわ、大丈夫よ」
弱々しくなってしまった微笑みを向けると、即否定された。
「なんでもなくありません! ですが、まずは、お部屋に移動しましょう。この状態のアイリス様を旦那様や奥様が見たら確実に大事になりますから! それと目が腫れないように直ぐに冷水と温水をお持ち致します」
ミラと一緒に自室に戻り、用意してもらった温水で温めたタオルで目元を温め、冷水につけたタオルで目元を冷やすというのを交互に繰り返した。
ミラにお礼を伝えると、再び何があったのかと聞かれた。真実を伝えれば余計に心配をかけてしまうと思い、曖昧に誤魔化していたら、最後は「アイリス様がおっしゃりたくないのなら、これ以上は聞きません」と渋々引き下がってくれた。
カモミールのハーブティーを飲んで少し落ち着いた。ジェラルド様の考えは理解したし、やはり2人が想い合っているなら、私は邪魔者でしかない。
少しずつ対処はしているが、いじめの首謀者にもされたり、アンナが確実にジェラルド様狙いの上、2人の親密度も上がっているようなので、婚約破棄されてしまう可能性も高くなってきている。それであれば、次回のお茶会でジェラルド様に伝えよう。『ジェラルド様が婚約破棄を望むなら、受け入れます』って。
いつも通り、王妃教育のため城での講義を受ける。今日は隣国の政治や経済について学んだ。少し複雑だった内容は集中力を必要とし、体力を消耗した。
いつもなら講義が終わったらそのまま帰るが、凝り固まった体を解し、気分転換をしようと庭園に向かう。
王妃教育を受けている部屋がある一角は、許可された者しか立ち入ることは出来ない。だから、庭園に向かう道のりでも、ほぼ誰とも遭遇しない。要所要所に配置されている護衛騎士を見かけるくらいだ。もっとも、こちらから話しかけない限りは、すれ違っても会釈程度のみ。
そんな人気のない静かな廊下を進み、中庭に差し掛かったところで、人の話し声が聞こえた。
「ーーないか?」
聞き覚えのある声?
そう思って、聞こえてきた声の主を探そうと中庭に視線を向け、辺りをキョロキョロと見回す。
中庭の中央には噴水がある。そこから四方に石畳の道が敷かれ、道の両脇には綺麗に剪定された3m程のゴールドライダーが等間隔に並んでいる。ベンチも所々に設置されているようだ。視界には主に、木々の緑と石畳のピンコロ石や噴水の大理石の白の2色が広がるが、それを彩るようにピンクや水色、黄色に紫の花も色々なところに咲いている。
見た限り、ちょうど庭木のゴールドライダーが壁となっているようで人の姿は見えない。木の後ろ側が見える位置に移動したところで、大きな声が私の耳に飛び込んできた。
「もちろんです! 私が好きなのはジェラルド様です!」
?!
聞こえてきた内容に、咄嗟に近くの柱の後ろに隠れた。そこから声の主を確認しようと覗き見たところ、思った通りの2人が居た。
最初に聞こえた声はやはりジェラルド様のもの。そして、会話をしていた相手はアンナ。
2人はベンチに座り、ジェラルド様は正面を見ているようで、私の位置からでは、完全に後ろ姿しか見えない。ただ、アンナはジェラルド様の方を向き、少し前のめりになっている。アンナからは死角の位置になっているようで、私のことは見えないみたいだが、こちらからはアンナの横顔が少し見える。密着はしていないが、2人の物理的距離は近い。少し離れたところに近衛騎士が2人立っているようだ。
そこまで確認したところで、直前に聞こえてきた内容が頭に浮かぶ。『もちろんです! 私が好きなのはジェラルド様です!』とアンナは言っていた。
これって、ジェラルド様とアンナの密会現場に遭遇した上に、告白に立ち会ってしまったってこと?!
……いやいやいや、ゲーム内で、王城の中庭でアンナとジェラルド様の密会シーンなんてあったっけ? というか、アンナからの告白シーンなんてなかったはず。
……いえ、ちょっと待って。そもそも、これがアンナからの告白シーンだと決めるのは、まだ早いかもしれない。私はアンナとジェラルド様がどのくらい親密になっているのか正確に知らない。
ジェラルド様と一緒だから、この中庭に入る事が出来ていると思うのだけれど、すでに王城に呼び出す仲になっているの?! 前回の舞踏会でも2人で居たくらいだし、もしかして、あの日にジェラルド様が気持ちを伝えて、今アンナからの返答をもらっているとか……?
それともすでにお互いの気持ちを伝えてラブラブなカップルとなっていて、ただ気持ちを伝えあっている最中だったとか?
いや、でも、近衛騎士が2人も近くに居るのに?? しかも、婚約者である私が王妃教育で王城に来ていて、遭遇するかもしれないのに?
瞬時に思考が色々な方向に散らばりかけていた私は、アンナの発言への返答としてのジェラルド様の少し訝しげな声で現実に引き戻された。
「……クリストファーの事はどう思っているんだ?」
「クリス様は良い友人です! 隣の席だから話すことも多くて仲も良いですし、色々と私の事を気にかけてくれて、すごく良い方だと思います。だから、クリス様のことは好きですけど、それは、あくまで友人としてです。私が好きなのは、恋愛として惹かれているのは、ジェラルド様だけです!」
まさかのクリストファーは友達で、恋愛感情を持っているのはジェラルド様に対してだけって発言。
これは完全にアンナからの告白? それとも、ジェラルド様が他の攻略対象者に対して嫉妬して、気持ちを確かめているの?
「そうか。クリスとは恋仲ではないという事だな。……良かった」
アンナの返答を聞いて、少しホッとした感情を乗せたジェラルド様の言葉に、追い討ちをかけるように、アンナが更に嬉しそうに言い募る。
「はい。私にはジェラルド様だけです!」
ジェラルド様の受け答えの時の感情や2人の会話の内容から、2人は想い合っているようにしか聞こえない……。これ以上聞いていても、精神的ダメージが蓄積されるだけだと思い、そっとその場を後にしようとしたが、続くジェラルド様の言葉で足を止めてしまった。
「アンナ嬢、私には婚約者がいる」
ジェラルド様が真剣に、とても重要な事であるかの様に婚約者について発言した事で、ドキンと私の心臓が跳ねた。
「もちろん知ってます! でも、王命で結ばれた婚約で、謂わば、アイリス様とは政略的に婚約者となったんですよね?」
アンナは、政略だから気持ちなんてないでしょ? とでも言いたそうに返した。
「あぁ、私とアイリスは、王命による婚約だ」
「そうですよね!」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
ジェラルド様は王命である事を強調してアンナに伝えた。私に対して『政略だけの婚約者ではなくて気持ちがある』なんて発言も一切ない……。
私は突きつけられた現実に呆然としてしまった。
「アンナ嬢、そろそろ遅い時間だ。引き止めてしまってすまない。彼に馬車乗り場まで送ってもらってくれ」
そう言って、少し離れたところに立っていた近衛騎士を呼び寄せ、片方の騎士に指示を出した。
「ジェラルド様が送ってくれないんですか?」
「この後は予定がある」
「馬車乗り場までは、そんなに時間はかからないと思います。それに、私、もう少しジェラルド様と一緒に居たいです!」
「すまないが、急ぎで向かわなければならないんだ」
「そうですか。残念ですけど……わかりました。それなら、また」
「では失礼する」
ジェラルド様は近衛騎士1人を連れ、急いで建物に戻っていき、アンナも近衛騎士に連れられ、その場を去った。運良く私が居た方には来なかったため、最後まで気づかれなかったようだ。
その場に居ても先ほどのシーンが頭の中でリピートされてしまう。だから、庭園に向かうのは止めて、迎えが来ているであろう馬車乗り場まで重い足取りで向かった。
馬車の中でもボーッと空を眺めるが、ジェラルド様の言葉が頭から離れない。
『私とアイリスは王命による婚約だ』と、ハッキリと告げていた。
ゲームに沿って進むのであれば、婚約破棄されることはわかってはいたが、やはりハッキリと聞いてしまうと心が痛む。
ジェラルド様は学園に入ってから、私に対しての態度が変わった。スキンシップも増えたし、甘い雰囲気や、もしかして、私の事を慕ってくれているのではないかと勘違いしそうな表情や言動もいくつかあった。そこに幼少期からのたくさんの思い出も次々と呼び起こされていく。
でも、『王命』だからとハッキリ言っていた。それは、自分の意思ではない、と。
次第に目に溜まっていった涙は、次々と頬を流れていく。自分では止める事が出来ず、両手で顔を覆い、声を押し殺した。
コルベール公爵家の屋敷に着くと、ミラが出迎えてくれる。
「お帰りなさいま……アイリス様?! どうされたんですか?!」
何とか到着するまでには涙を止めようと必死に堪えたが、目が赤く、化粧も取れてしまって、泣いた後なのは、丸わかりの私を見て、ミラが慌てる。
「なんでもないわ、大丈夫よ」
弱々しくなってしまった微笑みを向けると、即否定された。
「なんでもなくありません! ですが、まずは、お部屋に移動しましょう。この状態のアイリス様を旦那様や奥様が見たら確実に大事になりますから! それと目が腫れないように直ぐに冷水と温水をお持ち致します」
ミラと一緒に自室に戻り、用意してもらった温水で温めたタオルで目元を温め、冷水につけたタオルで目元を冷やすというのを交互に繰り返した。
ミラにお礼を伝えると、再び何があったのかと聞かれた。真実を伝えれば余計に心配をかけてしまうと思い、曖昧に誤魔化していたら、最後は「アイリス様がおっしゃりたくないのなら、これ以上は聞きません」と渋々引き下がってくれた。
カモミールのハーブティーを飲んで少し落ち着いた。ジェラルド様の考えは理解したし、やはり2人が想い合っているなら、私は邪魔者でしかない。
少しずつ対処はしているが、いじめの首謀者にもされたり、アンナが確実にジェラルド様狙いの上、2人の親密度も上がっているようなので、婚約破棄されてしまう可能性も高くなってきている。それであれば、次回のお茶会でジェラルド様に伝えよう。『ジェラルド様が婚約破棄を望むなら、受け入れます』って。
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