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第三話
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僕が遅刻をして怒られた次の日。
明らかにお父さんは僕を避けていた。
僕がお父さんに話しかけようとすると、お父さんはトイレにいったり、お母さんに話しかけたりした。あからさますぎて僕はどうすればもとに戻れるのだろうと考えた。なんて謝ればいい?どんな態度でいればいい?大好きな家のなかなのに息が苦しかった。泣きそうになったそのとき、
「ねえねえお兄ちゃん。お兄ちゃん元気ないね。だいじょうぶ?」
妹がつたない言葉で心配してくれたのだ。
それがなんだかすごく嬉しくて、思わず笑顔になった。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうな。そうだ、何かして遊ぶか?」
「うん!あのね、おままごとしたい!」
「うん。いいよ。お兄ちゃんはなにをすればいいかな。一緒にお料理するか?」
「うん!お兄ちゃんはお野菜を切ってね」
妹は嬉しそうにおもちゃの野菜やら包丁やらお皿を出してきて並べ始めた。
楽しそうにしてる妹を見ていたら元気になってきて自分でも恥ずかしいくらい野菜を切る演技をした。そんな光景をお母さんは台所で微笑みながら見ていたようだ。
夕食が終わってリビングでゆっくりしている時、お母さんがさっき見ていたおままごとの話題を出した。
「ねえ、お父さん。さっきお兄ちゃん偉かったのよ。」
「そうか。」
「ええ。お兄ちゃんね」
そう続けようとしたお母さんに向かってお父さんは冷たくこう言い放った。
「その話はあとで聞こう。今はテレビを見ているんだから静かにしてくれ。」
「そう…。」
会話を強引に終わらせたお父さんは妹を膝にのせ遊んであげている。お母さんは少し残念そうに呟くと台所へ向かって洗い物を始めた。
僕はテーブルで漫画を読みながらお父さんを見ていた。お父さんは子供が嫌いなわけではない。今だって妹とは楽しそうに触れあっているのだから。
翌朝、早く目が覚めてリビングに降りるとお父さんが一人でコーヒーを飲んでいた。僕は気まずくなって部屋に戻ろうとしたが、ここで戻ったらずっとこの現状が続く気がして、思いきって話しかけた。
「お、お父さん。おはよう。」
「……。」
このままじゃダメだ。何か、何か言わなきゃ。
「な、なんで僕を避けるの?遅刻して本当にごめんなさい。だから許して。お父さんのこと、大好きだから、無視しないでよ…」
途中で泣いてしまったから、後半は何をいってるかわからなかっただろう。嗚咽しながら、顔をあげてお父さんの顔を見ると、お父さんは自分の息子を見るとは思えない目で僕を見ていた。そして、お父さんはいった。
「何をいっているんだ。大好きなどと言うな!気持ち悪い!遅刻なんかで無視してると思ってたなんて甘いんだよ!」
「ご、ごめんなさい、でも、他に無視する理由なんてあるの?僕、悪いことしてる?」
するとお父さんは嘲笑うように笑うと、
「はっ!悪いこと?お前はなにもしてないさ。生きてるだけで俺を苦しめるんだよ。お前の母親が悪いんだよ…」
そこでお母さんが起きてきた。僕たちにおはようと声をかけた。お母さんは俯いた僕に近寄り、顔をのぞきこんだ。お母さんは僕の焦点を失って今にも倒れそうな青白い顔を見て何かを悟ったようだった。とたんにお母さんは泣きそうな、でも怒っているような顔になった。
そして、お母さんはぐるっとものすごい勢いで首を回してお父さんを睨んだ。
「あなた!この子に何をいったの?!まさか、あの事を言ったんじゃ…。」
「いいや?まだ、あの事は言ってないさ。どうしたんだ?言われて困ることをしたのはお前だろう?今さらそんな顔をするな。」
「そんな!約束したじゃない!あの事は何があろうと言わないって!たしかに、私はあのとき間違いを犯したけれど、この子に言うなんてあまりにも残酷なんじゃない!」
「俺はこいつの父親じゃないんだ。残酷だろうが知ったことか。こいつ、俺に泣きながら無視しないで、許してっていってきたんだぞ?そんな風にしなければならない理由を作ったお前の方が残酷だと思わないか?」
二人の会話は、七歳の僕にはすべてを理解するには難しかった。でも、なぜ僕がお父さんに嫌われたのかは何となくわかってしまった。いや、嫌われたんではなく、嫌われていたんだ。
僕の本当のお父さんは今まで僕が大好きだったお父さんではないし、それはお母さんが何かをしてしまったから。その何かはわからないけど、きっと許されるようなことではないんだろう。
僕はすべてわかってしまった。あの日、食事中にお母さんの顔がこわばった理由も、今までお父さんが妹の方を優先して大事にしていた理由も、お母さんがいつも僕を見て、少し哀れむような目で見ていた理由も。
全ては僕が本当の家族じゃなかったからだ。
ずっと知りたかった僕を無視していた答えは、お母さんが言うように残酷ではあった。
知ってよかったのか、知らない方がよかったのかわからない。でもこんな秘密をずっとお母さんが抱えて僕に優しく接し続けるなんてあまりに可哀想だと思った。そして、僕はこの事を妹が知ってしまわなくてよかったと本気で思った。僕の視界は涙で霞んで二人の表情はわからない。
そのまま僕は寝室に戻った。学校には行けず、夜まで閉じ籠った。
何時間が過ぎたんだろう。窓の外には大きな月とそれを映す真っ暗な海があった。
僕は、海へ向かった。
真っ暗な海は怖い。何もかも飲み込んでしまいそうだ。でも、今は飲み込んでほしかった。
そして、僕は海に飛び込んだ。
暗い海の中。息が苦しいけど気にしない。僕はもうあの家にはいてはいけない。あの家に引っ越してすべてが狂ってしまったようだ。でも、歯車は始めから狂っていた。
妹が知らなくてよかった。どうか、僕がいなくなる代わりに妹の人生に兄がいたと言う汚れた事実が絡みませんように。妹は大人になれば兄の存在など忘れてしまうだろう。両親に愛されて三人家族として生きてほしい。僕はずっとそれを願い続けるよ。
さようなら。僕の家族だった人たち。
今までありがとう。
月は長い長い夜の間中、暗い海を照らし続けた。
明らかにお父さんは僕を避けていた。
僕がお父さんに話しかけようとすると、お父さんはトイレにいったり、お母さんに話しかけたりした。あからさますぎて僕はどうすればもとに戻れるのだろうと考えた。なんて謝ればいい?どんな態度でいればいい?大好きな家のなかなのに息が苦しかった。泣きそうになったそのとき、
「ねえねえお兄ちゃん。お兄ちゃん元気ないね。だいじょうぶ?」
妹がつたない言葉で心配してくれたのだ。
それがなんだかすごく嬉しくて、思わず笑顔になった。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうな。そうだ、何かして遊ぶか?」
「うん!あのね、おままごとしたい!」
「うん。いいよ。お兄ちゃんはなにをすればいいかな。一緒にお料理するか?」
「うん!お兄ちゃんはお野菜を切ってね」
妹は嬉しそうにおもちゃの野菜やら包丁やらお皿を出してきて並べ始めた。
楽しそうにしてる妹を見ていたら元気になってきて自分でも恥ずかしいくらい野菜を切る演技をした。そんな光景をお母さんは台所で微笑みながら見ていたようだ。
夕食が終わってリビングでゆっくりしている時、お母さんがさっき見ていたおままごとの話題を出した。
「ねえ、お父さん。さっきお兄ちゃん偉かったのよ。」
「そうか。」
「ええ。お兄ちゃんね」
そう続けようとしたお母さんに向かってお父さんは冷たくこう言い放った。
「その話はあとで聞こう。今はテレビを見ているんだから静かにしてくれ。」
「そう…。」
会話を強引に終わらせたお父さんは妹を膝にのせ遊んであげている。お母さんは少し残念そうに呟くと台所へ向かって洗い物を始めた。
僕はテーブルで漫画を読みながらお父さんを見ていた。お父さんは子供が嫌いなわけではない。今だって妹とは楽しそうに触れあっているのだから。
翌朝、早く目が覚めてリビングに降りるとお父さんが一人でコーヒーを飲んでいた。僕は気まずくなって部屋に戻ろうとしたが、ここで戻ったらずっとこの現状が続く気がして、思いきって話しかけた。
「お、お父さん。おはよう。」
「……。」
このままじゃダメだ。何か、何か言わなきゃ。
「な、なんで僕を避けるの?遅刻して本当にごめんなさい。だから許して。お父さんのこと、大好きだから、無視しないでよ…」
途中で泣いてしまったから、後半は何をいってるかわからなかっただろう。嗚咽しながら、顔をあげてお父さんの顔を見ると、お父さんは自分の息子を見るとは思えない目で僕を見ていた。そして、お父さんはいった。
「何をいっているんだ。大好きなどと言うな!気持ち悪い!遅刻なんかで無視してると思ってたなんて甘いんだよ!」
「ご、ごめんなさい、でも、他に無視する理由なんてあるの?僕、悪いことしてる?」
するとお父さんは嘲笑うように笑うと、
「はっ!悪いこと?お前はなにもしてないさ。生きてるだけで俺を苦しめるんだよ。お前の母親が悪いんだよ…」
そこでお母さんが起きてきた。僕たちにおはようと声をかけた。お母さんは俯いた僕に近寄り、顔をのぞきこんだ。お母さんは僕の焦点を失って今にも倒れそうな青白い顔を見て何かを悟ったようだった。とたんにお母さんは泣きそうな、でも怒っているような顔になった。
そして、お母さんはぐるっとものすごい勢いで首を回してお父さんを睨んだ。
「あなた!この子に何をいったの?!まさか、あの事を言ったんじゃ…。」
「いいや?まだ、あの事は言ってないさ。どうしたんだ?言われて困ることをしたのはお前だろう?今さらそんな顔をするな。」
「そんな!約束したじゃない!あの事は何があろうと言わないって!たしかに、私はあのとき間違いを犯したけれど、この子に言うなんてあまりにも残酷なんじゃない!」
「俺はこいつの父親じゃないんだ。残酷だろうが知ったことか。こいつ、俺に泣きながら無視しないで、許してっていってきたんだぞ?そんな風にしなければならない理由を作ったお前の方が残酷だと思わないか?」
二人の会話は、七歳の僕にはすべてを理解するには難しかった。でも、なぜ僕がお父さんに嫌われたのかは何となくわかってしまった。いや、嫌われたんではなく、嫌われていたんだ。
僕の本当のお父さんは今まで僕が大好きだったお父さんではないし、それはお母さんが何かをしてしまったから。その何かはわからないけど、きっと許されるようなことではないんだろう。
僕はすべてわかってしまった。あの日、食事中にお母さんの顔がこわばった理由も、今までお父さんが妹の方を優先して大事にしていた理由も、お母さんがいつも僕を見て、少し哀れむような目で見ていた理由も。
全ては僕が本当の家族じゃなかったからだ。
ずっと知りたかった僕を無視していた答えは、お母さんが言うように残酷ではあった。
知ってよかったのか、知らない方がよかったのかわからない。でもこんな秘密をずっとお母さんが抱えて僕に優しく接し続けるなんてあまりに可哀想だと思った。そして、僕はこの事を妹が知ってしまわなくてよかったと本気で思った。僕の視界は涙で霞んで二人の表情はわからない。
そのまま僕は寝室に戻った。学校には行けず、夜まで閉じ籠った。
何時間が過ぎたんだろう。窓の外には大きな月とそれを映す真っ暗な海があった。
僕は、海へ向かった。
真っ暗な海は怖い。何もかも飲み込んでしまいそうだ。でも、今は飲み込んでほしかった。
そして、僕は海に飛び込んだ。
暗い海の中。息が苦しいけど気にしない。僕はもうあの家にはいてはいけない。あの家に引っ越してすべてが狂ってしまったようだ。でも、歯車は始めから狂っていた。
妹が知らなくてよかった。どうか、僕がいなくなる代わりに妹の人生に兄がいたと言う汚れた事実が絡みませんように。妹は大人になれば兄の存在など忘れてしまうだろう。両親に愛されて三人家族として生きてほしい。僕はずっとそれを願い続けるよ。
さようなら。僕の家族だった人たち。
今までありがとう。
月は長い長い夜の間中、暗い海を照らし続けた。
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