暗い海の見える家

水樹

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番外編

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私には、お兄ちゃんがいたそうだ。私が四歳の頃、海に落ちて死んでしまったとお母さんから聞いた。
お兄ちゃんが死んでから13年が経った。私は高校生になった。

「お兄ちゃんか…」

どんなお兄ちゃんだったのかはあまり覚えていない。でも、優しかったのは覚えている。
お母さんはお兄ちゃんのことを詳しく話してくれない。お父さんはお兄ちゃんの話をしようとすると不機嫌になる。写真だって、全部捨てたそうだ。
なぜなのだろう。普通、家族が死んでしまったら忘れないようにと写真を飾るだろうし、私にも話すはずだ。
私には忘れたがっているように見えた。理由はわからない。でも両親は確実に忘れたがっている。
お父さんか、お母さんがお兄ちゃんを海に落としたんだろうか。そう思ったこともあるけど、その日は二人とも寝ていたといっていた。
なら、自殺?当時、七歳だったお兄ちゃん。そんな幼い子に死にたくなるようなことがあるのだろうか。よっぽどのことがなければ死のうなんて考えに行き着かない。
では、よっぽどのこととはなんだろう。小学校でいじめられた?親に嫌われた?あとはなんだろう。思い付かない。
いじめられたとしたら、お母さんにいっているはず。
なら、親に嫌われた?なぜ?悪いことをして怒られたとか、無意識にひどい言葉をいったとか、七歳で親から嫌われるようなことが思い付かない。
私はお兄ちゃんが好きだった。だからか知らないけど死んだ理由が知りたかった。
兄は海が好きだったときいた。死んだのも海。好きなところで死ぬのはなぜ?何かあったはず。死亡した時刻は夜だった。夜にわざわざ海を見に行った。夜の海なら部屋から見える。となると死にたかったから出ていったとしか考えられない。

私は夜の海へいってみた。暗い。怖い。真っ黒な水が深さを強調している。月の光だけで照らされている海面は鏡のようにきれいだ。引き込まれて、飲み込まれてしまいそうになるほど暗い。お兄ちゃんはこんな暗い海へ入ったのか。

私も、飲み込まれてしまえば兄の気持ちがわかるのかな。

ふと、そう思ってしまった。
私は一歩、一歩と海へ近づいた。
からだが水の中へ入っていく。
寒くて意識を失いそうになりながらも私は確実に足を進めていった。
急に沈んで頭まで海へ浸かった。

(あれ、私、何でこんなことしてるんだろう。ただお兄ちゃんのことを知りたかっただけなのに、お兄ちゃんと同じことをしている。)

くらっと意識が途切れそうになった瞬間。
思い出せなかったお兄ちゃんの声が聞こえた。

「どうか。妹の人生に僕がいませんように。妹が僕を忘れて、幸せになりますように。」

私の頭にははっきりとその声が聞こえた。でも兄はいない。きっとこれは海の記憶だ。兄がここで死んだときにいった言葉だ。もうだめだと思って目をつぶろうとしたけど、兄は私に「幸せになりますように。」と願ったのだ。
私はここで死んではいけない。
どんな理由があって死んでしまったのかわからない。なぜ私の幸せを願ってくれたのかわからない。でも、兄は私を大切にしてくれたことだけはわかる。なら、ここで終わるわけにはいかない。
必死にみずを掻いた。わけもわからず一心不乱になって泳いだ。
やっとの思いで浜についた。息が乱れて苦しかった。でも、ちゃんと生きていた。よかった。そう思ったら、涙がこぼれた。兄に、生きていてほしかったと心の底から思ったのだ。
そのまま、日の出まで泣き続けた。


優しくて、私の幸せを願ってくれて、私にいきることを教えてくれた兄は私の大切な家族だ。
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