狐と狸と俺と母

坂本餅太郎

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友人宅にて

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「よう、遅かったな。入れよ」

 友人宅に着いたのは十一時半だった。商店街でおしゃべりをしすぎたのが原因だ。

「遅くなってすまん。商店街で八百屋のおっちゃんとか、魚屋のおばさんに捕まってた」
「まあそんなことだろうと思ってたよ。別に気にしてない」

 俺の謝罪に対して、友人は特に気にした素振りも見せず、自室へと案内してくれた。こいつとは結構長い付き合いだ。そのため、見慣れた部屋に通されても特に何も感じない。雑な性格なのに几帳面なのは昔から変わらない。

「んで、どしたん喧嘩なんて。お前ママと仲良しだろ?」

 いきなり突っ込んだ質問を投げかけてくる。今更遠慮しろとか言うつもりもないが、こういうとこは変わって欲しいと思う。

「別に、大したことじゃない。ただのすれ違いだよ。」
「そっか、まあゆっくりしていけよ。」

 俺があまり話したがらないのに気がついたのか、それ以上の追求はされなかった。こういうところに気がつくのもまたタチが悪い。

「そだ、昼飯どうする? うちで食う?」
「ああ、何かあれば」

 そういえばもう昼飯の時間になるのか。飯が出てくるのなら食べるのも吝かではない。いや、食べさせてくださいごめんなさい。

「たぬきしかないけど、いいか?」
「俺きつねの方が好きなんだが。」
「うちはたぬきしか食わないから、きつね派に人権ないから。」

 友人の家族は全員が緑のたぬき派であるということを今日初めて知った。なかなかどうでもいい情報だが、赤いきつね派の俺としては友人が別派閥の人間だと知って驚いた。しかもきつね派には人権がないとまで言う。これはせんそうがはじまるかもしれないか。

「人権ないとか酷いな。まあたぬきも嫌いじゃないからいいんだが。」
「お? そんな態度でいいのか? たぬきあげないよ?」
「オレ、タヌキダイスキ。タヌキタベサセテクダサイ。」
「よろしい。作ってきてやろう。」

 おかしな掛け合いの後、友人はそう言って部屋を出ていった。

 そういえば、うちの母親は緑のたぬきが好きだった。俺が赤いきつね派ということで、何度か揉めたことがある。ホントにしょうもない。

「ほーれ、できたぞー。」

 友人が二匹のたぬきをおぼんに乗せて部屋へと入ってくる。そんなに時間は経っていないはずなので、できたとは言ったがおそらくお湯を入れてきただけだ。

「お湯入れただけでまだ食えないだろ?」
「え? いや、もう食えるけど。」

 友人は時計を指さす。彼が部屋を出てから四分経っていた。俺はこの四分間何もせずぼーっとしていたのか。

「あー、すまん。ぼーっとしてたわ」
「はは、まあそういうこともある。ほれ、食え食え」

 その後は特に会話もなく、二人で麺をすする。たぬきだろうときつねだろうと、この無言で麺を食べる時間は心地いいと感じる。
 ものの数分で平らげ、二人同時に立ち上がり、器諸々を片付けに行く。

「美味かっただろ? たぬき。」
「ああ、うまかったよ。別にたぬきが嫌いってわけじゃないしな。」

 これは本当のことだ。別に俺は緑のたぬきが嫌いってわけじゃない。食事の決定権は母にあるので、緑のたぬきを食べることも少なくないからだ。

「この後どうする?」

 友人の問いかけに少し悩む。元々なにか約束をしていた訳では無いので、特にやることは無い。

「とりあえずウイイレでもやろうぜ」

 やることがない時はとりあえずウイイレ。それが俺たち二人で自然と決まったことだ。
 実在する選手や、過去の選手を自分で操作し、ひたすらサッカーゲームをする。時間を忘れて試合をしていると、十七時を知らせるチャイムがなった。

「やべえな、五時間近くやってた。」
「このゲームが面白すぎるのが悪い。」
「言えてる。俺らのせいじゃないな。」

 ずっとゲームをやっていた責任をそのゲームに擦り付け、俺たちは笑った。

「どうすんの? 今日は泊まってく?」

 友人は俺に問いかけた。正直、ここで友人の家に泊まって母から逃げたいという気持ちが無いわけでもなかった。
 しかし、それ以上に母と仲直りをしたいという気持ちも強くなっていた。このままではいけないと。

「いや、今日はもう帰るよ。」
「そっか、頑張れよ。」

 友人の言った「頑張れよ」とは一体どういう意味だったのか。真意はわからなかったが、俺はこの言葉に背中を押されたのは確かな事だ。

「おう、がんばるわ。じゃあな。」
「じゃあな。またいつでも来い。」

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