餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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004.ランニングニキ

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 これは先日、俺が骨折してしまった時の話だ。
 
 その日はいつも通り業務を終え、バイクで自宅へと向かっていた。職場から家まではバイクを使って三十分程であった。

 ただ、その日俺は買い出しをしなければならないことを思い出した。

 いつもなら職場近くにある激安スーパーに寄るのだが、その店はとっくに通り過ぎてしまった。

 自宅付近にはスーパーはなく、コンビニのみなので割高になってしまう。

「いつもとは違うところに行くか」

 一人そう呟いて俺はいつもと違う道へと逸れた。違う道とは言っても、遠くへ行くわけでもなく、すぐにいつもの道に戻って来られる場所だった。

 そうして見つけたスーパーに立ち寄った。この時まではまさかあんなことが起きるとは思ってもいなくて、のほほんと買い物をしていた。

 今夜は何を作ろうだとか、作り置きはあれにしようだとか。

 結局、二十分ほどで店内を回り、多くの食材やら何やらを買い込んだ。

 世の主婦たちは毎日買い物に出かけるというのだから、頭が上がらない。その分買う量なんかも違ってくるのだとは思うが。

 購入したものをしまったり、引っ掛けたりしてまたバイクに跨った。エンジンをかけ、ゆっくりと走り出す。

 今更だが、先程から言っているバイクとは原付である。周りからは笑われるが、無難な生活を送る人間は原付で十分だと思う。

 元来た道を戻っていると、奇妙だなと思った。そこまで田舎という訳では無いのにも関わらず、車が一台も通っていなかったのだ。

 都会で言うところの帰宅ラッシュの時間帯であったのにも関わらずである。

 俺は、奇妙だなとは思いつつも結局運が良かっただけだと思ってそのまま走っていた。

 そしてこの後、俺は運が良かったのではなく、運が悪かったのだと思い知ることになる。


 ここを曲がればいつもの帰り道だというところで事件が起きた。目の前にランニングをしている男性が現れたのだ。高身長でジャージ姿の男性であった。
 
 いつも曲がるような場所ではなかったので、俺はあまり注意をしていなかったようだ。

 そのランニングをしている男性を避けようとした結果、バイクは転倒した。初めての事故だった。
 
 右足が巻き込まれてしまったが、まずはランニングをしていた男性を探した。もし巻き込んでしまっていたら大問題だ。

 しかし、その心配は杞憂に終わり、男性は無傷で立っていた。

 確実に大丈夫ではない俺が「大丈夫ですか」と声をかけたが、返答はなかった。その後男性はしばらく俺の事を見つめてから、走り去っていった。
 
 なにか一言あってもよかったのではないか、と思いつつも、現状がかなり危ないということを思い出し、痛みに顔を顰めた。

 どうにかしてバイクにしまってあるスマホを取り出そうと動こうとするも、なかなか体は言うことを聞いてくれない。

「おい、兄ちゃん。大丈夫か?」

後ろから声がした。地元の人だろうか、こちらまで走ってきてくれたのか汗をかいている。

「はい。大丈夫です。とりあえず救急車をお願いできますか」

 そういうと、駆け寄ってきてくれた人は慌てて携帯電話を取りだし、電話をかけてくれた。そうして電話が切れると、話しかけてきた。

 脚やその他諸々が痛かったので勘弁して欲しかったが、行為を無下にすることも出来ず、話をしていた。
 
 その会話の中で、俺はその年一番と言っていいほど恐怖を覚えた。

「それにしても、ランニングしていた男性巻き込まずに済んで良かったです」

 こういうと、地元の人は首を傾げた。何かあったのかと思い、声をかけようとするとこう言ったのだ。

「遠くから見ていたが、兄ちゃんしかいなかったぞ? ひとりでに転んだから何事かと思って、走ってきたんだ」

 たしかにこう言ったのだ。俺の他には誰もいなかったと。

 この時俺は震えた。だって、俺はランニングをしていた男性を避けようとして、転倒したのだから。

 聞いている人からしたら何が怖いんだと思うかもしれないが、当事者としてはものすごく怖かった。俺にしか見えていないモノがあったという恐怖が。
 
 どうして俺にしか見えなかったのか、というのは今のところわかっていない。別段霊感とやらがあったわけでもないし、むしろ俺は幽霊否定派だった。
 
 けれど、今回の件で幽霊はいると、信じなければならないかもしれない。
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