餅太郎の恐怖箱【一話完結 短編集】

坂本餅太郎

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017.全力ダッシュ

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 これは私が祖母から聞いた話。

 祖母は今から十年ほど前に亡くなったのだが、その二年前にも死の淵をさまよっていたことがある。
 
 そのとき祖母は祖父が残した家に一人で暮らしており、体も丈夫で元気だったように思う。

 しかし、なんの前触れもなく祖母は倒れた。
 
 たまたま私が祖母宅に立ち寄った日だったので、急いで救急車を呼び、幸いにも一命を取り留めた。

 その時に祖母は奇妙な体験をしたと言う。

「私、あの時はもうダメだと思ったわ。突然意識が遠のいて、気がついたら白装束姿で平原にいたのよ」

 祖母はそう話し始めた。

 どうやら倒れた時から目が覚めるまでの記憶があったらしい。
 
 記憶があったと言っても、目が覚めるまでの夢とでも言うような、臨死体験と言うのか、そのようなものだった。

 白装束姿で平原で目を覚ました時には、祖母はもう命は無いのだと思ったらしい。
 
 立っている場所から正面、遠くの方に川があったそうで、きっとあれが三途の川なのだと直感で思ったそう。

 祖母は行きたくないとは思いながら、体は言うことを聞かず、だんだん川の方へと歩みを進めたらしい。

 祖母の意思の強さもあってか、かなりゆっくりとしたペースで。

 嫌だなあ。死にたくないなあ。
 
 そう考えながら歩いていると、ふと後方からものすごい勢いで迫ってくる存在を感じたと言う。
 
 これはマズイ、早くしろと死神が怒っているのか、と思ったそうだが、それは違かった。

 後方から走ってきていたのは血まみれの若い女性だった。
 
 頭は割れ、血をダラダラと流しながら、川に向かって全力ダッシュをしている若い女性。

 祖母の横を通り抜けるとき、合ってしまった目は生気を感じさせない目立ったらしい。

 この女性が横切った後体の主導権が祖母に戻り、踵を返して数歩歩いたところで目を覚ましたそうだ。

 いわゆる臨死体験というものであるのはわかるし、怖い話だと私は感じた。
 
 祖母が退院したあとに何度もこの話を聞かされたので、内容はしっかりと覚えている。

 しかし、この話が怖いのはこの臨死体験だけではない。
 
 ちょうど祖母が目を覚ます直前に、病院に急患が運ばれてきたらしい。
 
 私は直接見ておらずあとから聞いた話なのだが、その急患というのが、信号無視をしたトラックに跳ねられた若い女性だったようで、祖母が目を覚ましたのとほぼ同時刻に息を引き取ったそうだ。

 祖母の臨死体験の話と合わせて考えると、この女性は祖母が臨死体験の時に見たという全力ダッシュをしていた女性なのだと私は思っている。

 このことは祖母には伝えていないし、その女性の顔も知らない。
 
 本当に私が考えている通りなのかもう確かめるすべは無いが、祖母が亡くなり十年がたった今でも時折思い出す。
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