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052.首無し地蔵
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俺たちがその山を訪れたのは、夏休みも終わりに近づいた八月のある日だった。
「心霊スポットとか、マジくだらないよな」
坂本が軽口を叩きながら草むらを掻き分けて進む。俺と杉浦の三人は、普段からこうして無駄に暇を潰すような連中だった。夏休みの最後に「何か面白いことをやろうぜ」と話し合い、結局、ネットで話題の山中の地蔵群を見に行くことになったのだ。
その地蔵は、古くから地元で「首無し地蔵」として知られていた。伝承では、戦時中に村人が地蔵の首を落とし、その祟りで村が滅びた……などと噂されている。ただし、そんな話に信憑性があるわけではない。
「ネットで見た写真、普通の地蔵だったけどな。大げさなんだよ」
坂本が前を歩きながら笑う。俺もそう思っていた。ただ、山の奥にあるその場所まで行くのが簡単ではないことだけは確かだった。道は舗装されておらず、細い獣道を頼りに進むしかない。
「ちょっと待てよ。疲れてきた……これ、本当にあってるのか?」
杉浦が息を切らせながら言った。
俺たちは立ち止まり、持ってきた地図とスマホを確認しようとしたが、電波は届いておらず、使い物にならなかった。
「この辺のはずだよな」
坂本が自信なさげに言う。実際、周囲には地蔵どころか何もない。ただ深い森が広がるだけだった。
「おい、もう引き返そうぜ」
杉浦が弱音を吐く。しかし、坂本は「せっかくここまで来たんだから、もう少し行こうぜ」と言い張った。俺も、ここで諦めるのはつまらないと思った。
日が沈みかけ、薄暗くなった頃、ようやく俺たちはその場所にたどり着いた。
草むらの中にぽつんと並ぶ五体の地蔵。それらは確かに首がない。石の表面は苔むしていて、見るからに古びていた。
「……これ、なんか不気味だな」
坂本がポツリとつぶやいた。いつもの軽口は影を潜め、声に緊張が滲んでいた。
俺たちはしばらく無言でその地蔵を眺めていた。風が草を揺らし、カサカサという音が耳に響く。遠くからは山鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。
「……おい、帰るか?」
杉浦がぽつりと呟いた時だった。
「え?」
坂本が驚いた声を上げた。
「今、何か聞こえた……?」
「何がだよ?」
俺が尋ねると、坂本は地蔵の方を指差した。
「なんか……子どもの声みたいなのが聞こえたんだよ」
「そんなわけないだろ」
俺は笑い飛ばしたが、内心では薄気味悪さを感じていた。この場所で子どもの声なんて聞こえるはずがない。
「気のせいだよ。もう帰ろうぜ」
俺が言いかけた瞬間、杉浦が叫んだ。
「おい、なんだよこれ!」
彼が指差した地蔵の一つに、何か赤いものが滲んでいた。それは……血のように見えた。
俺たちは息を呑んでその場に凍りついた。
「ふざけるなよ……誰かのイタズラか?」
坂本が地蔵に近づいていく。俺と杉浦も、それを追うようにゆっくりと歩を進めた。だが、近づくにつれて分かった。あれはイタズラなんかじゃない。本物の血のように濃い赤が、地蔵の肩から胸にかけてべったりと広がっている。
「おい、触るな!」
杉浦が声を上げたが、坂本はそれを無視して指先で血に触れた。
「……冷たい」
坂本は低い声でつぶやいた。その言葉に背筋が凍った。この暑い夏の日に冷たい血なんて、普通あり得ない。
「もう帰ろう!」
杉浦が叫ぶように言う。しかし、坂本は首を横に振った。
「いや、まだ確認してないだろ。これが何なのか――」
彼が言い終わる前に、それは起きた。
地蔵の足元から何かが動いた。
「……何だ?」
俺たちは目を凝らした。それは小さな影のようだった。草むらの中を這い回るように動き、やがて坂本の足元にまで近づいてきた。
「おい、やめろ!」
俺が叫んだ時には、すでに遅かった。影は坂本の足を掴むように絡みつき、彼はバランスを崩して倒れ込んだ。
「うわっ!」
坂本の悲鳴が響く。彼は必死に足を振り払おうとしたが、その影はますます彼に絡みついていく。
「坂本!」
俺と杉浦が駆け寄ろうとした瞬間、その影は突然地蔵の方へと引きずられていった。坂本の体ごとだ。
「助けてくれ!」
坂本の声が響く。しかし、その声も次第に遠ざかり……気づけば、彼の姿は地蔵の裏へと消えていた。
残された俺と杉浦は、何も言えずに立ち尽くした。
「……どうするんだよ」
杉浦が震える声で言ったが、俺には答えられなかった。坂本を助けるべきか、それともここから逃げるべきか――判断がつかなかった。
「戻ろう……もう無理だ。警察を呼ぼう」
杉浦がそう言った瞬間、地蔵の後ろから音が聞こえた。それは人の足音のようだった。
「坂本か?」
俺は恐る恐る地蔵に近づいた。杉浦が後ろから「やめろ」と制止するが、無視して足を進めた。
地蔵の裏を覗き込んだ瞬間――俺の心臓は止まりそうになった。
そこには、坂本が立っていた。
ただし、それはもう坂本ではなかった。
「心霊スポットとか、マジくだらないよな」
坂本が軽口を叩きながら草むらを掻き分けて進む。俺と杉浦の三人は、普段からこうして無駄に暇を潰すような連中だった。夏休みの最後に「何か面白いことをやろうぜ」と話し合い、結局、ネットで話題の山中の地蔵群を見に行くことになったのだ。
その地蔵は、古くから地元で「首無し地蔵」として知られていた。伝承では、戦時中に村人が地蔵の首を落とし、その祟りで村が滅びた……などと噂されている。ただし、そんな話に信憑性があるわけではない。
「ネットで見た写真、普通の地蔵だったけどな。大げさなんだよ」
坂本が前を歩きながら笑う。俺もそう思っていた。ただ、山の奥にあるその場所まで行くのが簡単ではないことだけは確かだった。道は舗装されておらず、細い獣道を頼りに進むしかない。
「ちょっと待てよ。疲れてきた……これ、本当にあってるのか?」
杉浦が息を切らせながら言った。
俺たちは立ち止まり、持ってきた地図とスマホを確認しようとしたが、電波は届いておらず、使い物にならなかった。
「この辺のはずだよな」
坂本が自信なさげに言う。実際、周囲には地蔵どころか何もない。ただ深い森が広がるだけだった。
「おい、もう引き返そうぜ」
杉浦が弱音を吐く。しかし、坂本は「せっかくここまで来たんだから、もう少し行こうぜ」と言い張った。俺も、ここで諦めるのはつまらないと思った。
日が沈みかけ、薄暗くなった頃、ようやく俺たちはその場所にたどり着いた。
草むらの中にぽつんと並ぶ五体の地蔵。それらは確かに首がない。石の表面は苔むしていて、見るからに古びていた。
「……これ、なんか不気味だな」
坂本がポツリとつぶやいた。いつもの軽口は影を潜め、声に緊張が滲んでいた。
俺たちはしばらく無言でその地蔵を眺めていた。風が草を揺らし、カサカサという音が耳に響く。遠くからは山鳥の鳴き声が聞こえるだけだった。
「……おい、帰るか?」
杉浦がぽつりと呟いた時だった。
「え?」
坂本が驚いた声を上げた。
「今、何か聞こえた……?」
「何がだよ?」
俺が尋ねると、坂本は地蔵の方を指差した。
「なんか……子どもの声みたいなのが聞こえたんだよ」
「そんなわけないだろ」
俺は笑い飛ばしたが、内心では薄気味悪さを感じていた。この場所で子どもの声なんて聞こえるはずがない。
「気のせいだよ。もう帰ろうぜ」
俺が言いかけた瞬間、杉浦が叫んだ。
「おい、なんだよこれ!」
彼が指差した地蔵の一つに、何か赤いものが滲んでいた。それは……血のように見えた。
俺たちは息を呑んでその場に凍りついた。
「ふざけるなよ……誰かのイタズラか?」
坂本が地蔵に近づいていく。俺と杉浦も、それを追うようにゆっくりと歩を進めた。だが、近づくにつれて分かった。あれはイタズラなんかじゃない。本物の血のように濃い赤が、地蔵の肩から胸にかけてべったりと広がっている。
「おい、触るな!」
杉浦が声を上げたが、坂本はそれを無視して指先で血に触れた。
「……冷たい」
坂本は低い声でつぶやいた。その言葉に背筋が凍った。この暑い夏の日に冷たい血なんて、普通あり得ない。
「もう帰ろう!」
杉浦が叫ぶように言う。しかし、坂本は首を横に振った。
「いや、まだ確認してないだろ。これが何なのか――」
彼が言い終わる前に、それは起きた。
地蔵の足元から何かが動いた。
「……何だ?」
俺たちは目を凝らした。それは小さな影のようだった。草むらの中を這い回るように動き、やがて坂本の足元にまで近づいてきた。
「おい、やめろ!」
俺が叫んだ時には、すでに遅かった。影は坂本の足を掴むように絡みつき、彼はバランスを崩して倒れ込んだ。
「うわっ!」
坂本の悲鳴が響く。彼は必死に足を振り払おうとしたが、その影はますます彼に絡みついていく。
「坂本!」
俺と杉浦が駆け寄ろうとした瞬間、その影は突然地蔵の方へと引きずられていった。坂本の体ごとだ。
「助けてくれ!」
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残された俺と杉浦は、何も言えずに立ち尽くした。
「……どうするんだよ」
杉浦が震える声で言ったが、俺には答えられなかった。坂本を助けるべきか、それともここから逃げるべきか――判断がつかなかった。
「戻ろう……もう無理だ。警察を呼ぼう」
杉浦がそう言った瞬間、地蔵の後ろから音が聞こえた。それは人の足音のようだった。
「坂本か?」
俺は恐る恐る地蔵に近づいた。杉浦が後ろから「やめろ」と制止するが、無視して足を進めた。
地蔵の裏を覗き込んだ瞬間――俺の心臓は止まりそうになった。
そこには、坂本が立っていた。
ただし、それはもう坂本ではなかった。
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