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一章 門番との出会い
7話 初めての家出
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「お姉ちゃんお帰りー! ってなんであんたが来てるの?」
焔さんを出迎えるため、満面の笑みを浮かべていた鬼石さんの顔が一瞬で真顔になった。
「ちょっと事情があってな。今日一日秋良は泊りだ。ばあちゃんに話しておきたいんだけど、どこにいる?」
事情を説明したら椿さんはすんなり了承してくれた。
「この部屋を使ってくださいね。布団なんかは、一式押し入れに入っていますから」
「突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」
「いいんですよ。家の人が帰ってきたら夕食にしましょう」
客間で一人になると、体から力が抜けた。
焔さんには助けてもらってばっかりだ。
少しくらい、強くならないとな……。
†
「秋良起きろ、晩飯だ」
「焔さん? あれ、僕寝てたんだ。すぐ行きます」
結構疲れてたみたいだ。
思えば普段は引きこもってばっかりで、外に出るなんて滅多になかったもんな。
一度伸びをして焔さんと共に居間に向かう。
和食を中心にした食事が並び、上座には見慣れない老年の男性がいた。
白く染まった短めの髪で、練習着のまま姿勢を正す姿に武術なんか知らない僕でさえ強いんだとわかる。
この人が焔さん達のお爺さんなんだ。
「君が秋良くんか。遠慮しないで座ってくれ」
見た目とは違い、穏やかな語り口に少し安堵した。
失礼だけど、こういう所の家主ってもっと厳格で厳しいイメージだった。
「ワシの名前は巌だ。ここの道場主兼家主、それで先々代の門番だ。さあ、全員揃ったし頂こうか」
和やかな食事を終えると、巌さんに呼ばれ道場に連れて行かれた。
「事情は聞いた。ご両親と仲が悪いらしいな」
大事な孫娘と契約したことのお叱りを受けるんだろうかと、身構えたがどうやら違うらしい。
「別にそれを咎めるつもりはない。ただ、ストレス発散を兼ねて運動しないか?」
「運動ですか?」
「ああ、少し稽古をつけてあげよう。君の祖父も使っていた柔術だ」
爺ちゃんの習っていた武術……。
「僕にもできるんでしょうか?」
「あいつにもできたから、孫の秋良くんにもできる、なんて軽々しくは言えないな」
俺には爺ちゃんみたいにできる気がしない。
カルマにも、コベットにも、怖いと思ってしまう僕には、そいつらを倒すどころか立ち向かう勇気があるかもわからない。
「勇気が足りない、あいつの様にできるかわからない。そう考えているならそれは間違いだ」
僕の心を見透かしたように巌さんは僕に言う。
「誰かのようになんて無理だ。秋良くんはあいつの様にはなれない。生まれた時代も違う、場所も、親も、友人も何もかもが違うんだ、同じ様になれるはずはない。やりたくないならそれでもいいが、あいつと比べて諦めるのはやめなさい。神流秋良がやりたいか否かだ」
巌さんの言葉を聞いて、すっと何かが楽になった気がした。
それで決めていいんだと、当たり前のことを言われただけなのに、涙が零れる。
「あれ? すいません、そんなつもりじゃないんですけど」
「わかってる。涙が止まったら答えを聞かせてくれ」
流れる涙を必死に拭う僕に、巌さんは優しく声をくれた。
「やってみたいです。焔さん達が安心して戦えるくらいには、自分の身を守りたいです」
「じゃあ、早速始めようか。まずワシに攻撃して来い。安心しろ、秋良くんの攻撃はワシに届きはしない」
本当にいいのかわからないが、言われるがまま攻撃をしてみる。
我ながらいいと思えるパンチだったが、何かが触れたと思った瞬間視界が反転し、背中に衝撃が来た。
衝撃よりも驚きが大きくて、逆さまになった巌さんを見上げる。
「技というには派手さはない基本だ、相手の反射を利用して投げる。これからしばらくはこれが自然に行えるようにしてもらう」
「これって、なんか奥義的な物を感じるんですけど……」
「奥義っていうのはもっと高度なものだ。これはそのスタート地点だな」
これだけで自分の身を守れそうなのに、まだ上があるのか……。
そう言えば鬼石さんが使ってたのもこんなだっけか、確かにこれよりは相手が吹き飛んだりして派手だったな。
「そういうわけなので、軽く打ち込みから始めようか」
それから、所々休憩を挟みながら二時間、柔術の修行をさせられた。
終わったころには、指一本動かせない程の疲労で、床に突っ伏していた。
「これだけ動けるならそこまで卑下しなくてもいいぞ。これ以下なんて腐るほどいる。もちろん上にも同じくらいいるがな」
それって見込みがないわけじゃないけど、見込みがあるわけでもないってことじゃない?
僕とは真逆に、巌さんは汗一つかかないまま道場を後にした。
「終わったみたいだな。平気か? って聞くまでもないな」
道着姿の焔さんが巌さんとは入れ違いに入ってきて、僕を担いで壁際に運んでくれた。
「ありがとうございます。二人ともこんなことをずっとやって来たんですか?」
「そうなるな。あたし達にはこれが普通だからな」
水を差し出されるが、それを受け取れる体力もない。
「続きそうか?」
「どうでしょう、先に体を壊しそうです」
「会話ができるなら、大丈夫そうだな。風呂には入れよ、明日の筋肉痛が少しは和らぐ」
「焔さん、少し動きを見せてもらってもいいですか?」
「型か? それはいいが、まずは一つずつ覚えた方がいいぞ?」
「それはわかってます。ただ、巌さんに言われてた重心? っていうのがいまいちわからなかったので」
「そういうことか。それなら、解説しながらゆっくりやるからよく見てろ」
戦っている時とは構えが違う。
こっちが本来の型なのかな? それを焔さんが、自分で戦いやすいように改良していったのかも。
「今重心は大雑把に右後ろ足、そこから膝、腰と移動しているんだが、わかるか?」
「はっきりとはわからないです。でも、なんとなくはわかります」
「後は、反対側の膝、足へと移動する。それをスムーズに行うと、こうなる」
そう言って見せた突きは、見惚れる程に綺麗だった
構えから正拳突きまで、淀みなく力の移動が行われ、ひゅんと空を切った。
「重心って言うからわかりにくいが、要はどこに力が籠ってて、どこの力が抜けてるかを考えろってことだな。それがわかれば力の抜けている所を殴ればどんな非力でもダメージを与えられるし、自分の力を加えてやればバランスを崩して倒れる」
そう言われればわかりやすい。
腹筋に力を込めてる人の腹を殴っても意味は無いってことか。
「じいちゃんの説明は小難しいからな。もっとあたし達みたいのにもわかるように言ってくれればいいのにな」
「今日は僕のストレス発散がメインでしたから、おかげでなんかもう父さんのこととかどうでも良くなりました」
「それなら呼んだ甲斐があったよ」
「本当にありがとうございます」
おかげで僕にもできることが見つかった気がする。
その後に少しだけ焔さんと休憩をし、悲鳴を上げる体を引きづって風呂に入った。
いつの間にか敷かれている布団に倒れ込むと、気を失うように意識がぷつりと切れた。
†
日曜日は午後まで眠り、軋む体で休み休み家路についた。
申し訳ないことに、焔さんは亀よりも遅い歩みに付き合いながら送ってくれた。
「今日はもう無理するなよ? たぶん明日も痛むと思うから湿布とか張っておけよ」
「はい、ありがとうございました。巌さんに御礼を言っておいてください」
僕が起きた時には、巌さんは出稽古へ向かっていて顔を合わせることはできなかった。
それから言われた通りに色々と体に塗りたくり、自分のベッドに横になり一日を過ごした。
焔さんを出迎えるため、満面の笑みを浮かべていた鬼石さんの顔が一瞬で真顔になった。
「ちょっと事情があってな。今日一日秋良は泊りだ。ばあちゃんに話しておきたいんだけど、どこにいる?」
事情を説明したら椿さんはすんなり了承してくれた。
「この部屋を使ってくださいね。布団なんかは、一式押し入れに入っていますから」
「突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」
「いいんですよ。家の人が帰ってきたら夕食にしましょう」
客間で一人になると、体から力が抜けた。
焔さんには助けてもらってばっかりだ。
少しくらい、強くならないとな……。
†
「秋良起きろ、晩飯だ」
「焔さん? あれ、僕寝てたんだ。すぐ行きます」
結構疲れてたみたいだ。
思えば普段は引きこもってばっかりで、外に出るなんて滅多になかったもんな。
一度伸びをして焔さんと共に居間に向かう。
和食を中心にした食事が並び、上座には見慣れない老年の男性がいた。
白く染まった短めの髪で、練習着のまま姿勢を正す姿に武術なんか知らない僕でさえ強いんだとわかる。
この人が焔さん達のお爺さんなんだ。
「君が秋良くんか。遠慮しないで座ってくれ」
見た目とは違い、穏やかな語り口に少し安堵した。
失礼だけど、こういう所の家主ってもっと厳格で厳しいイメージだった。
「ワシの名前は巌だ。ここの道場主兼家主、それで先々代の門番だ。さあ、全員揃ったし頂こうか」
和やかな食事を終えると、巌さんに呼ばれ道場に連れて行かれた。
「事情は聞いた。ご両親と仲が悪いらしいな」
大事な孫娘と契約したことのお叱りを受けるんだろうかと、身構えたがどうやら違うらしい。
「別にそれを咎めるつもりはない。ただ、ストレス発散を兼ねて運動しないか?」
「運動ですか?」
「ああ、少し稽古をつけてあげよう。君の祖父も使っていた柔術だ」
爺ちゃんの習っていた武術……。
「僕にもできるんでしょうか?」
「あいつにもできたから、孫の秋良くんにもできる、なんて軽々しくは言えないな」
俺には爺ちゃんみたいにできる気がしない。
カルマにも、コベットにも、怖いと思ってしまう僕には、そいつらを倒すどころか立ち向かう勇気があるかもわからない。
「勇気が足りない、あいつの様にできるかわからない。そう考えているならそれは間違いだ」
僕の心を見透かしたように巌さんは僕に言う。
「誰かのようになんて無理だ。秋良くんはあいつの様にはなれない。生まれた時代も違う、場所も、親も、友人も何もかもが違うんだ、同じ様になれるはずはない。やりたくないならそれでもいいが、あいつと比べて諦めるのはやめなさい。神流秋良がやりたいか否かだ」
巌さんの言葉を聞いて、すっと何かが楽になった気がした。
それで決めていいんだと、当たり前のことを言われただけなのに、涙が零れる。
「あれ? すいません、そんなつもりじゃないんですけど」
「わかってる。涙が止まったら答えを聞かせてくれ」
流れる涙を必死に拭う僕に、巌さんは優しく声をくれた。
「やってみたいです。焔さん達が安心して戦えるくらいには、自分の身を守りたいです」
「じゃあ、早速始めようか。まずワシに攻撃して来い。安心しろ、秋良くんの攻撃はワシに届きはしない」
本当にいいのかわからないが、言われるがまま攻撃をしてみる。
我ながらいいと思えるパンチだったが、何かが触れたと思った瞬間視界が反転し、背中に衝撃が来た。
衝撃よりも驚きが大きくて、逆さまになった巌さんを見上げる。
「技というには派手さはない基本だ、相手の反射を利用して投げる。これからしばらくはこれが自然に行えるようにしてもらう」
「これって、なんか奥義的な物を感じるんですけど……」
「奥義っていうのはもっと高度なものだ。これはそのスタート地点だな」
これだけで自分の身を守れそうなのに、まだ上があるのか……。
そう言えば鬼石さんが使ってたのもこんなだっけか、確かにこれよりは相手が吹き飛んだりして派手だったな。
「そういうわけなので、軽く打ち込みから始めようか」
それから、所々休憩を挟みながら二時間、柔術の修行をさせられた。
終わったころには、指一本動かせない程の疲労で、床に突っ伏していた。
「これだけ動けるならそこまで卑下しなくてもいいぞ。これ以下なんて腐るほどいる。もちろん上にも同じくらいいるがな」
それって見込みがないわけじゃないけど、見込みがあるわけでもないってことじゃない?
僕とは真逆に、巌さんは汗一つかかないまま道場を後にした。
「終わったみたいだな。平気か? って聞くまでもないな」
道着姿の焔さんが巌さんとは入れ違いに入ってきて、僕を担いで壁際に運んでくれた。
「ありがとうございます。二人ともこんなことをずっとやって来たんですか?」
「そうなるな。あたし達にはこれが普通だからな」
水を差し出されるが、それを受け取れる体力もない。
「続きそうか?」
「どうでしょう、先に体を壊しそうです」
「会話ができるなら、大丈夫そうだな。風呂には入れよ、明日の筋肉痛が少しは和らぐ」
「焔さん、少し動きを見せてもらってもいいですか?」
「型か? それはいいが、まずは一つずつ覚えた方がいいぞ?」
「それはわかってます。ただ、巌さんに言われてた重心? っていうのがいまいちわからなかったので」
「そういうことか。それなら、解説しながらゆっくりやるからよく見てろ」
戦っている時とは構えが違う。
こっちが本来の型なのかな? それを焔さんが、自分で戦いやすいように改良していったのかも。
「今重心は大雑把に右後ろ足、そこから膝、腰と移動しているんだが、わかるか?」
「はっきりとはわからないです。でも、なんとなくはわかります」
「後は、反対側の膝、足へと移動する。それをスムーズに行うと、こうなる」
そう言って見せた突きは、見惚れる程に綺麗だった
構えから正拳突きまで、淀みなく力の移動が行われ、ひゅんと空を切った。
「重心って言うからわかりにくいが、要はどこに力が籠ってて、どこの力が抜けてるかを考えろってことだな。それがわかれば力の抜けている所を殴ればどんな非力でもダメージを与えられるし、自分の力を加えてやればバランスを崩して倒れる」
そう言われればわかりやすい。
腹筋に力を込めてる人の腹を殴っても意味は無いってことか。
「じいちゃんの説明は小難しいからな。もっとあたし達みたいのにもわかるように言ってくれればいいのにな」
「今日は僕のストレス発散がメインでしたから、おかげでなんかもう父さんのこととかどうでも良くなりました」
「それなら呼んだ甲斐があったよ」
「本当にありがとうございます」
おかげで僕にもできることが見つかった気がする。
その後に少しだけ焔さんと休憩をし、悲鳴を上げる体を引きづって風呂に入った。
いつの間にか敷かれている布団に倒れ込むと、気を失うように意識がぷつりと切れた。
†
日曜日は午後まで眠り、軋む体で休み休み家路についた。
申し訳ないことに、焔さんは亀よりも遅い歩みに付き合いながら送ってくれた。
「今日はもう無理するなよ? たぶん明日も痛むと思うから湿布とか張っておけよ」
「はい、ありがとうございました。巌さんに御礼を言っておいてください」
僕が起きた時には、巌さんは出稽古へ向かっていて顔を合わせることはできなかった。
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