爺ちゃんの形見は世界の鍵でした。

柚木

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二章 十纏

25話 懺悔の窓

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 後で蘇葉がそっちに行く。と何も説明されないまま稽古が始まり、何も理解できないまま家に帰ると、父さんも丁度帰って来ていた。

「また、道場に行ったみたいだな。秋良そこに座れ」

「嫌だ」

 ガタンと椅子を倒した父さんは僕の頬を全力で叩いた。

「なんだその態度は、俺が座れと言ってるんだ」

「優、暴力はダメだよ」

「母さんは黙ってろ。俺はこいつが親父みたいになるのを止める義務がある」

「親の言うことは聞くんじゃないの?」

「大人は別だ。社会も知らない子供は、親の言うことを聞いていればいい」

 更に叩き、昨日と同じ言葉を繰り返す。

「やっぱりお前は道場に通ってからおかしくなったよ。前はもっと素直な子供だった」

「僕だって強くなったんだよ」

 そのまま怒鳴り始めた父さんを無視し、部屋に戻る。
 窓をコンコンとノックされるが、外には誰もいない。
 いたずらかと思うと、また窓を叩かれるけど、そこにはやはり誰もいない。
 ぞっとしたが、窓の下から小さな動物の手が見えた。
 そこでようやく師匠の言葉を思い出し窓を開けた。
 そこから一匹のイタチがのそのそと入ってきて、幽霊じゃないことに少し安心した。

「蘇葉さんですよね?」

「そうだよ。巌さん達から話は聞いてるでしょ?」

 こうして話していても違和感があるなぁ。
 このイタチが蘇葉さんだと言われてもどうもピンとこない。

「一度、人間の姿になってくれませんか? 実際に見ないといまいち飲み込めなくて」

「いいよ。私も人型の方が好きなんだよね」

 ぽふっと一瞬でイタチは蘇葉さんの姿に変わった。
 本当に変身できるんだ。
 氷美湖さん達も変身と言えば変身なんだけど、なんか違うもんな。

「おっと、危なかった」

 僕が感動していると、なぜか蘇葉さんは両手を広げて固まっていた。

「どうかしましたか?」

「危なく抱き付くところだった。焔ちゃんから私の恋人なので抱き付かないようにってきつく言われたんだよね」

 気持ちはわかるから何も言いたくはないけど、一度くらい僕の事も抱きしめてもらいたい。

「だからこれで我慢しようかな」

 再びイタチの姿に戻ると僕の膝の上に乗って来た。

「ほらほら、撫でて撫でて」

「わかりました」

 言われるままに撫でて感動した。
 凄くふわふわで毛並みも綺麗で撫でていて心地いい。
 これ、いつまでも撫でてたい。

「こうされるのが、ハグするのと同じくらい好きなんだよね。撫でられながら、軽くお話聞こうかな」

「そうですね」

 本日何度目かの話に、蘇葉さんは相槌を打ちながら聞いてくれた。

「君がそう言うなら、ほとんど確定で良いと思うよ」

「実際に見ないでいいんですか?」

「診る診る。どこまで侵食してるかは、実際に診てみないとわからないからね。でも、何かがあるのは確定だよ」

「それを取り除くってできるんですか?」

「それも診てみないとわからないかな。何も考えないで取り除くなら、それを植え付けた奴を倒すのが一番早くて確実だよ」

「やっぱりそうですよね」

 昨日の夜からおかしかったってことは、父さんが仕事に出てる間にやられたってことだよな。
 それなら会社か? いや、僕の事を知ってやったなら、電車の中とかでもできるか。

「考え込む必要はないよ。私がしっかり診察してあげるから」

「はい、宜しくお願いします」



「僕がついていく必要ってあるんですか?」

「もちろんだよ。君が一緒だったら、多少物音がしても平気だからね」

 深夜と呼べる時間になり、僕は蘇葉さんを抱っこしたまま父さん達の寝室に向かう。
 なるべく考えないようにしていたけど、今僕の手にいるイタチはあの蘇葉さんなんだよな。
 さっき撫でていた時にも、蘇葉さんの姿が一瞬ちらついて、いけないことをしている気分になっていた。
 今の状況もイタチだからいいけど、実際だとお互いが抱き合ったまま移動している状態だ。
 こういう考えが煩悩なのかなぁ。

「ちょっと待っててね」

 寝室のドアを少し開けると、蘇葉さんはするりと中に入って行った。
 物の一分くらいですぐに出てきて、僕の体に抱き付き、部屋に戻った。
 あまりにもあっさりしすぎていて、本当にちゃんと診てくれたのか心配になる。

「一言で言うと、かなりヤバいね。浸食具合とかじゃなくて、設置されてるのが酷い」

「そんなに酷いんですか?」

 その診察結果に霊山くんの姿が思い浮かんだ。
 父さんまで霊山くんと同じ状況になってしまうんだろうか……。

「コベットが発生する理由とかは知ってる?」

「はい。確か煩悩が膨れてできた穴みたいのから幽世の人が出てくるんですよね?」

「そう、その穴を強制的に開けられて閉じないようにされてる。今はまだ小さいから出てこれる奴はいないけど、今のままだと君のパパさんから大量のコベットが出てくるね。敵はそれを速めるために、秋良くんとパパさんが喧嘩するように仕向けたのかもね」

 体の中心で何かが沸き上がってくるのを感じた。
 なんで、そんなことをされなきゃいけないんだ? そんな怒りが沸々と胸の奥から膨れていく。

「落ち着いて」

 ふわりと、花の匂いが舞い、僕の心が一気に落ち着いた。

「アロマっていいよね、心を落ち着かせてくれる。特別に何個かあげるね」

 いつの間にやったのか、蘇葉さんの手には小さなガラスに入ったキャンドルが握られていた。

「ねえ明日って、君と焔ちゃんか氷美湖ちゃんのどっちか時間あるかな?」

「学校終わりなら時間はありますけど」

「それって今日迎えに来てくれた時間? それだとちょっと遅いかな。君のお父さんを尾行したいんだ」

「学校を休めば大丈夫ですけど、何するんですか?」

「決まってるでしょ、犯人捜し。あんな面倒な物付けたくらいだからね、近づけば見つけられるよ」

「取り外すってことはできないんですか?」

 僕には犯人を捜すより、父さんに付けられた物を取り外したい。

「できなくはないけど、手元が狂ったらパパさん死ぬけどいいの?」

「それは困ります」

「でしょ。それに、あれを取り外したことを相手にはバレたくないってのもあるね。あれをやったのは、三毒とかでしょ? バレないうちに奇襲をかけたいんだよね。秋良くんがあれを早く取り外したいって気持ちもわかるけどね」

 ここで逃がしたら、また誰かが犠牲になるってことか。

「わかりました、必ずそいつを見つけて倒しましょう」

「それじゃあ、今日はもう寝ようか」

「そうですね。僕ももう眠いです」

 特に何も考えていない一言を、僕は遅れて後悔した。
 イタチ姿とはいえ、僕の体にぴたりとくっついて眠るのは蘇葉さんだ。
 朝起きたら人間の姿になっていたらどうしようと妄想してしまった。
 結局そんな妄想みたいにはいかなかったが、僕の睡眠時間はかなり減った。
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