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闇の国 ミスクワルテ

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 長い道中の間、俺は先日現れたあの何かについて考え続けていた。

 我が子とは誰なのか。あの正体はなんなのか。あの夢はあいつが原因なのか。
 その問いに対する考えは、いつも不明で終わる。

「またオールスを通るのは辛いよ」

「ん、ああ、帰りは別のルートを通るよ」

 ルリーラの質問に答えながら、誰が一番狙われる可能性が高いかを考える。
 筆頭はルリーラとアルシェで、理由は当然ベルタとプリズマだからだ。外にも出歩いていたし狙われてもおかしくはない。
 その次はフィルだ。なにせ相手がヘタレで神が直々に俺の奴隷にすると言ってくれたが、無理矢理に奪おうとしても不思議はない。
 一番可能性が無いのはミール。貴族の娘とは言え、分家ですでにロックスの名は地に落ちた。それを今更奪いには来ない。

 だけど可能性はゼロじゃない。何せあの声はこう言った。「数の減った我が子を保護してくれた」そう確かに言っていた。
 それを考えるとミールの可能性を否定はできない。

「クォルテ!」

「うおっ! 何だよいきなり」

 考えている最中にルリーラは耳元で叫ぶ。
 そのせいで考えていたことはどこかに飛ぶし、耳が痛く耳鳴りもする。

「何だ。はこっちのセリフだよ。オールス抜けるまでずっと上の空で」

「悪い、一応答えてはいるつもりなんだけどな」

「それでもだよ、最近周り見てないでしょ」

「言われれば、そうかもな」

 周りを見ると、ルリーラを含めみんなが心配そうに視線を向ける。
 これはやらかしたなと思い頭を掻く。
 あの声の主が気になり、つい考え込んでしまう。

「悪かった、考えすぎてた」

「大丈夫ですか、力になれるならなりますけど」

「あたしも相談なら乗れるよ」

「私なら兄さんをよく知っていますから。何でも話してくださって結構ですよ」

 みんなが俺を心配して優しい言葉をかけてくれるが、こればかりは誰かに相談するわけには行かない。
 あんな嫌な空気を纏っている奴が普通じゃない。もし誰かに相談するにしてもアリルドだ。それ以外は闇に疎すぎる。

「大丈夫。もう少し一人で考えたいんだ」

 みんなの気持ちは嬉しい。だけど変に探られるくらいなら秘密にしていた方がずっとましだ。

「よいしょ」

「どうしたんだ?」

「どうもしないけど」

 オールスを抜けたから蒸し暑さはないまでもまだ少し暑い中、ルリーラが俺の膝の上に座る。
 ルリーラは甘えるように俺に寄り掛かる。俺の顔の近くにあるルリーラからはミルクのような甘い匂いがした。
 そしてこれがルリーラなりの気遣いだと俺は知っている。

「悪かったよ、ただ今は言えない」

「しょうがないな」

 言いたくないわけではないが言いたくないので、俺はルリーラの頭を撫でながら荷台から奥を見る。
 オールスを抜けたからもうウォルクスハルクの領地か。

「アルシェ、ミール気をつけろよ」

「はい。でも何に気をつけるんですか?」

「主に噴煙と岩ですね」

「前が見えなくて危ないってことですか?」

「違う違う。上だよ、上」

 俺は空を指さす。
 空には噴煙が待っていて薄曇りの様な空が広がっている。

「上ですか……、えっ!?」

 何が危ないのかわからないと上を見たアルシェが驚く。
 でも、それは仕方がない。
 何せ、空から岩が降ってくる。それもこの馬車を余裕で押しつぶせるサイズの火砕物。

「たまに飛んでくるから逃げるか迎撃だ」

「私がやります。水よ、槌よ、我らに襲い掛かる障害を砕け、ウォーターハンマー」

「それじゃ駄目だ」

 ミールは失敗の見本の様に火砕物を砕いてしまう。
 水の槌に砕かれた火砕物は数を増やしただけで勢いは収まらない。
 これはただ落ちてくるものじゃない。飛んできている物だ。

「水よ、流れよ、我らを襲う災害から守れ、ウォーターフロー」

 俺は一つの手本として水の流れを作りだす。
 空中に作った水流は馬車を覆うように広がり、火砕物はその流れに乗り馬車を避け地面に落ちる。

「こうやって流れを反らすか全力で逃げるか、塵も残さず殲滅するかだな」

「流石兄さんです先ほどのような大きいだけでなく数まで多い火砕物をひるむことなくいなせるのは兄さんだけです流石私の憧れる愛しい兄さんです」

 うっとりとした表情でミールが俺を見る。
 それを躱す様に俺は話を続ける。

「この辺は火の神が王の国だ。火の神だけあってこの辺りは火山がたくさんある」

「クォルテ、火山って何なの?」

「火山は文字通り火が地中にたまっている状態だ。その熱で土が溶けて溢れてくる。その溶けて溢れた物が固まって中の火が消えたのが普段見る山。火山はまだ火がある状態の山だ」

「溢れてるだけならなんであんなのが降ってくるの?」

 そう言って指した先にはまたも大きな火砕物が飛んでくる。

「水よ、球よ、障害物を囲い、己の元の姿に変われ、ウォーターボール」

 大きな水の球は火砕物を飲み込み、球の中は可燃性の高い気体に変わり火砕物の熱に引火する。
 最近見慣れた一瞬の閃光の後に爆音が耳に響く。
 粉々になった火砕物は粉まで飛散したため、そのまま地面に落とす。

「それ一人でできるんですか?」

 少しだけアルシェが悲しそうな顔をする。

「心配するなこれは火砕物だからこそ引火してるだけで、威力はあの程度だ」

「そうですか」

 安心したように胸を撫でおろす。
 自分のお株が奪われたように思ったのかもしれないが、
 アルシェの全力の魔法を上回る自然現象なんてない、超えられるのは同じプリズマか神くらいのものだ。

「火砕物は火が一気に爆発して、土が溶けた物が山頂から飛んでくるんだ」

「へえ」

 それで満足したらしいルリーラの頭を撫でる。

「それにしてもこうも火砕物が来るってことは運がいいのかもな」

 火砕物が飛んでくる理由は主に二つ。
 一つは自然現象として火山が噴火すること。
 二つ目は火山の火にも魔力があり、魔力が暴れてしまうこと。
 もちろん一つ目の噴火は起こってはいない。そうなると自然と二つ目、つまり火の魔力が極端に増え魔力が暴れているということだ。

「ご主人独り言大きいよ」

「みんなにも聞いておいてもらいたいからな」

「何をですか兄さん」

「火の国の王に会えるかもしれないぞ」

「本当ですか?」

「ああ」

 みんなが喜びと戸惑いの間でにわかに沸き立つ。
 水の神ヴォールと同じく気さくな神なのかそれとも厳格で恐ろしい神なのか。
 それを考えてしまう。

「アルシェなら、火の神がどういう神なのか知ってるんじゃないか?」

「そうですね、正直な話をしますとよくわからないですね」

 結構色々なことを知っているアルシェがわからないって、どれだけ謎な神なのだろう。

「暑苦しいとか冷めているとか、だらけている、仕事熱心、頭がいい、頭が悪い、面白い、真面目、強い、弱い、寝ている姿を見たことない、いつも寝ているとかそういうお話は風の便りで聞くのですが」

「それは本当に同一人物なの?」

 ルリーラの言葉通りだ。
 それはもう多重人格か複数人いることになる。
 真逆の感想ばかりが並ぶその言葉に俺は嫌な予感しかしない。

「結局は直接会うしかわからないってことか」

「申し訳ありません」

「それに関してはアルシェ先輩が謝ることはないと思いますけど」

 珍しくミールがフォローし馬車は進んで行く。

「それにしても暑いな」

 蒸し暑いわけではなくただただ気温が高い。
 暖炉の前に居る様な暑さだ。

「そうですね、オールスほどではないですが」

「だね、暑いけど我慢はできるよ」

 フィルはそう言いながらだらけて横たわっている。
 湿気がないからなのかオールスほど不快感はなく風が吹けばいくらか涼しく感じる。

「一度町に行きたいんだけどな」

「それなら、探ってみますね」

 そう言って手綱をミールに渡し呪文を詠唱する。

「炎よ、千里を見渡す眼よ、その眼に移す景色を我に見せよ、フレイムアイ」

 炎で作られた巨大な目は天高く舞上がる。

「見つけました。一時間もかからないと思います」

「わかった」

「それ便利ですね」

「簡単だよ」

「ミール騙されるな、プリズマには簡単なんだ」

「納得しました」

 アルシェは未だに自分の能力値が低いと思っている節がある。
 奴隷だったからではなく、おそらくだが元からそういう性格だったのだろう。
 今回の魔法も炎の目で見た物を収集し、その目を回収してから情報をまとめ地図を作る。それだったら確かにできないこともない。
 ただ魔法の映像を回収せず、直に自分の視界に映す。それをやってのけるのはまず普通は無理だ。

「アルシェ先輩って何なんでしょうスタイルが良くて可愛くて魔法が得意で家事までできて淫らで尽くすタイプってどれだけスペックを上げればいいんですか――」

「ミールさん?」

 ミールは黒く闇に落ちている様子でアルシェへの不満を言い始める。

「――それだけして兄さんを独り占めしたいんでしょうかさせません兄さんは私のものです男に好かれるためだけに生まれたアルシェ先輩なんて、いたっ!」

「それくらいにしておけ」

 俺が手刀を頭に打ち込むとミールは頭を叩かれた部分を自分で撫でる。

「うへへ、兄さんからのスキンシップです。すぅー、叩かれた所から兄さんの匂いがする気がします。さあ兄さんもっと私に触れてください兄さんの匂いを私の体にすり込んでください一生匂いが消えないくらい外にも内にもお風呂に入ったくらいで取れないほどに兄さんの匂いをすり込んでください!」

 最近俺の従妹が引くほどに気持ち悪い。

「わかります!」

「わかっちゃった!?」

 俺が引いていても何故かアルシェはミールの手を掴み感動した表情を見せる。

「わかっていただけるんですか?」

「はい! ついお洗濯の時とかにクォルテさんのシャツの匂いを嗅いでしまいます」

「ぜひ私にもお洗濯を教えてください」

「おい待て変態!」

 なんでそんなことしてるの?
 俺は今まで洗濯をアルシェに任せていたことを後悔してしまう。

「兄さんもお姉ちゃんの匂いを嗅ぎたくなるでしょ?」

「ならねえよ!」

「なってよ!」

「なんでルリーラまで入ってきたんだよ!」

「じゃあご主人には私のを嗅がせてあげるね」

 突然フィルが俺の頭に自分の服をかぶせてきた。
 そしてそのまま頭を抱えてくる。
 熱気とフィルの柔らかさ、そしてフィルの汗と匂いに頭がクラクラする。

「フィル先輩駄目です。兄さんの匂いをフィル先輩で包まないでください」

「なら私はクォルテの服に入る!」

 急に服の中に小さくて温かい物が入ってきた。
 すべすべで柔らかい物が腹にすりすりとしてきて時折感じる柔らかい髪の毛が胸元をくすぐる。

「ルリーラちゃんズルい、私も!」

「アルシェ先輩ズルいです馬車はどうするんですか!」

 ミールの抗議も虚しく俺の背中の方に新しく柔らかい物が入り込んでくる。
 お腹に顔を擦り付けるルリーラとは別にすっぽり服の中に入ってくるアルシェは柔らかい頬を背中に擦り付けてくる。
 そして滑らかな生地の向こうに感じる破壊力のある大きな爆弾を俺に押し付けながら大きく深呼吸をする。

「ルリーラ、アルシェやめろって!」

「ご、ご主人あんまり声ださなっ、出さないで」

 俺はどこに抱かれているのか頭に二つの柔らかさを感じながら暴れるが、黒髪とベルタの腕力から逃れる術を俺は持っていない。
 それから町に入るまで俺は三人のおもちゃにされ続けた。



「兄さんとデート、兄さんとデート」

 街についてすぐ買い出しに出てくると、こっちまで嬉しくなるほどに笑顔のミールに腕を無理矢理に組まれ、町の大通りを歩いている。

「デートって買い出しだぞ」

「愛している人と二人でお出かけはすべからくデートです」

 その理屈で行くと俺を好きだと言っているルリーラは、俺と二年ほどデートしていたことになるんだろうか。

「お姉ちゃんには悪いけど私だから許してくれるよね」

「ルリーラ達なら別に怒らないんじゃない?」

 最近仲間内でなら誰かと二人で居ても怒ったりはしない。
 馬車の時みたいにズルい。とか言って乱入したりする。

「お姉ちゃん以外の事は知りません」

 ちなみにルリーラ達とは別行動というよりも、馬車の中で暴れたあの三人を宿に監禁している。
 今日と明日の二日間は外出禁止で掃除と洗濯、料理といった家事をしてもらっている。
 付け加えるとアルシェに洗濯はさせないように言い聞かせた。

「いつ以来ですか、こうやって二人でデートするのは」

「少なくとも六年前くらいか?」

 ルリーラに会っている辺りが最後のはずだから、大体そのくらいのはずだ。

「そんなになりますか。それなら私の愛が会えない悲しみの余りに膨らみ続けるのも仕方ないことですね」

「一度はっきり言おうと思っていたが愛が重い!」

「兄さん、兄さんが思っている以上に私の愛は重いです。なんなら私自身その愛の重さ深さ清らかさを把握しきれていません」

「怖いからミールも留守番にするか?」

「嫌です! そんなことしたらこの町に毒の雨を降らせます」

「スケールがデカい脅しだな」

 本当にしそうな気がしたので仕方なく買い物を再開する。
 一応明日以降の料理に使う食材をアルシェにリストアップしてもらい一個ずつ買っていく。

「改めてですが本当に反則ですねアルシェ先輩は、身体能力以外完璧じゃないですか」

「そりゃあ当然だろ」

「むっ、兄さん随分誇らしげじゃないですか、兄さんがアルシェ先輩を選ぶなら私にも考えがあります」

「違うって、俺はミールも含め選ぶ気はないしな」

「それって結局どういう意味ですか?」

 俺はミールに自分の考えを伝えた。
 俺以外を知らない奴隷として育ったルリーラ達が、俺を好きになるのは当然でこの旅の目的もそこにあるということを話した。

「もし兄さんが手を出しても誰も後悔はしないと思いますけどね」

「そうだとしても俺が嫌だ。自分がそのためにみんなを助けてるって思ってしまう」

「面倒ですよね兄さんって」

「そう思ったら幻滅してくれ」

「それはないです。なんなら今から一月かけて兄さんへの愛を囁いてもいいですけど?」

「一日中どころじゃないのか」

「一日だったらいいんですか?」

「やめてくれ」

 目を輝かせるミールを俺は拒否する。
 そんなことをされてしまえば翌日には自分大好きなナルシストになっていそうだ。

「それでなんでアルシェ先輩を自慢げにしたんですか?」

 別の話題になり話は終わったと思ったのに終わることがない。

「アルシェは結構勉強熱心なんだよ。何事にもな」

「そうなんですか?」

「俺達を喜ばせようと料理を覚えて、聞かれてもすぐに答えられるように国や歴史の勉強も最近はしてる」

 その勉強癖のおかげで、なぜかエロ方面にも手を出しているのが玉に瑕だけど。
 アルシェは誰よりも勉強家なのだ。

「そうなんですね初めて知りました」

「だからそんな女性が近くに居ることが誇らしいんだよ」

「私だって勉強熱心ですよ」

「ミールが褒められれば嬉しくなるさ」

 そう言って頭を撫でるとうっとりとした表情でこちらを見上げ目を閉じる。

「目瞑ってると危ないぞ」

 余計なことはせずに頭から手を退かし歩き始めると、ミールは不満そうに腕に抱き付き一緒に歩き始め買い物を終わらせる。

「よし、これで必要な物は買ったかな」

「じゃあ、せっかくなので何か食べて帰りましょう」

「そうだな。何か食べたいものでもあるのか?」

「ありますあります一番食べたいのは兄さんですけどね」

「やっぱり帰ろう」

 身の危険を感じ俺は荷物を持ち宿に向かう。

「嘘ですよ兄さんは食べません食べませんから本当に食べたいのがあるんですよ」

 先を急ごうとする俺の腕をつかみ、必死に止めようとする従妹に免じて許してあげることにする。

「それで何が食べたいんだ?」

「さっき兄さんが買い物している最中に貰ったんですけど」

 そう言って一枚の紙を俺に渡す。
 そこにはデカデカと超大盛パフェとかかれ文字の下には大きなパフェの絵が描かれていた。

「これ食いきれるのか?」

「それも気になりますけど私には無理なので私はその下の奴が食べたいんですよ」

「下?」

 こっちは普通サイズなのか大盛なのかわからないがケーキが一ピース乗ったチョコレートのパフェ。

「これは美味そうだな」

「でしょ、旅の途中じゃ食べられないし、兄さんを追いかけ続けたここ一年余り甘味とは無縁の生活だったので食べに連れて行ってください」

「そうだなたまにはいいか、みんなも呼ぶか?」

「呼ばない。お姉ちゃんも今回は呼ばない。だって今日は私と兄さんのデートですから」

 はっきりとした拒絶をミールは見せた。
 今までよりも真剣に俺を見つめおっかなびっくりの表情を作る。
 ミールは口で言っていた通り確かにデートをしていたのだろう。それならそれに乗ってやるのも悪くない。

「わかったよ、あいつらは反省中だからな。二人で食べて自慢してやろうぜ」

「ありがとう大好き!」

 次の瞬間には俺の胸に飛び込んできた。
 軽い衝撃に一瞬よろめきすぐに体勢を戻す。

「ほら行くぞ、この場所ってどこだ?」

「こっちだよ」

 子供っぽくはしゃぐミールの後を追っていくと甘味屋にはすぐについた。
 石造りの大きな建物でショーケースの中には所狭しと甘いお菓子類が所狭しと並んでいる。

「どれも美味しそうですよ兄さん!」

 キラキラと目を光らせて喜ぶ姿は今も昔も変わっていない。
 その懐かしい姿に俺の顔がほころぶ。

「じゃあ入るか」

 店の中に入ると甘い匂いに包まれる。砂糖とローストした香ばしい匂いにミールは食べる前から幸せそうにしている。

「二名様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「どうぞこちらへ」

 メイドのような衣装の店員は俺達をテーブル席に案内され席に着く。

「可愛い衣装ですね」

「そうだな」

「ああいう服が好みなの?」

「好みとは違うかな」

「ならあの店員さんなの? ああいう感じの人が好きなんだねそっか待っててすぐにあの人みたいになってくるから。大丈夫あの人に危害なんて加えない殺さないから大丈夫だよ」

「待て待て待て! その言い方だと絶対に何かあの人にする気だろやめろ」

 こちらの声が聞こえていたのか、殺意の篭った視線を感じたのか、遠くの方でさっきの店員さんが身の危険を感じて震えてるから。

「あの人を庇うんだそっかそっかうん大丈夫兄さんの嫌がることなんてしないからただ私があの人になるだけだから安心して。今日から私があの人の声と顔と形を手に入れるから少し待ってて」

「だから待てって俺はあの人は好きじゃないから」

 怖い怖い……、猟奇的になる従妹を放っては置けず俺は必死に腕をつかむ。
 さっきの店員は別の店員の影に身を隠している。
 ごめんなさい店員さん。
 俺は声には出さず店員に謝罪する。

「そうだよね、そんなわけないよね兄さんは私とお姉ちゃんだけが好きでその他の女なんてその辺のゴミ以下の存在だもんね私にはわかってたよ兄さん」

「よし、この店から追い出されたくなかったら少し黙ろうか」

 ミールの暴走で俺達は凄い目で見られている。
 さっき話題に出た店員さんは身の危険を感じたからかもう接客はやっていないらしい。

「そうだね折角兄さんとのデートなのにあんな女のせいで喧嘩してたら駄目だよね、んぐぐぐ」

「少し、黙ろうか」

 そろそろ本格的に追い出されそうな気がするので無理やりにでも口を塞ぎ黙らせる。

「すぅー」

「なんで深呼吸?」

 ミールは口が塞がれている状態で突然深呼吸を始める。

「んんあんごふほいがふう」

「何言ってるかわからんが匂いを嗅ぐのはやめろ」

 おそらく、兄さんの匂いがする。と言っている様な気がする。

「ぺろっ」

「何故舐めた」

「兄さんの味凄い美味しいです」

 舐められた衝撃で咄嗟に手を外してしまった。
 そして周りの客と店員の目にもう帰りたい気持ちだったが何とか注文の品が来るのを待った。

「んー! すっごい美味しいです」

「そうか、よかったな」

 ミールはお目当てのパフェ、俺も甘すぎないと書いてあったケーキを注文した。

「ひんやりして甘くてかと思ったら適度に果物の酸味があるから飽きない。これ本当に美味しい!」

 パフェはアイスが段になって積み重ねられており、その間に何かの果物のソースがかけられているアイスの層、そのアイスの層の上にはこれでもかと生クリームが乗せられその生クリームにはケーキと果物が彩られている。
 そんな豪華なパフェの前に置かれるのは一ピースのケーキとコーヒー。
 俺もミールに倣ってケーキを一口食べる。
 ビターな風味の中に微かに広がる甘味が味に奥行きを持たせふわふわではなくしっとりとした食感が食べやすい。

「こっちも美味いな」

「兄さんそっち一口ください」

「こっちは甘くないぞ」

「いいんですよ、ほらあーん」

 自分用にあるフォークのナイフを無視してミールは口を開ける。
 歯並びの綺麗な口の中にはわずかに生クリームが付いている。

「ほらあーん」

 このままだと終わらないと仕方なく一口分を切り取り口に入れる。

「兄さんの味がする」

「よし決めた、今後お前に絶対それはやらん」

 食べさせてもらえたことに喜びを見出している可哀想な従妹にそう言葉を投げつけた。

「またやってくださいよ、ただの冗談ですから」

「まったく」

 食べたケーキがさっきより甘く感じられたのは決してミールのせいじゃないと俺は自分に言い聞かせる。

「次は私の番ですね」

「別に俺は良いんだけどな」

「お姉ちゃん達への嫌がらせです」

「わかったよ」

 俺も続けて口を開ける。
 そこにミールはアイスと生クリームが乗った一口を放り込む。

「美味いな」

 ミールが言っていた通りに冷たくて甘く、それを果実の酸味が際立たせている。

「でしょ、これは悔しがる姿が見れますよ」

 満足気に悪戯っぽい笑みを浮かべパフェを食べていく。
 本当にこうしていると本当に子供の時を思い出す。
 よくこうやって遊びに出ていたよな。

「これ食べたらどこか行きたい所ってあるのか?」

 折角だから子供気分でどこかに行きたいところがあるのかと思って聞いたが質問にミールが答える。

「ホテル!」

「無いみたいだから帰ろうな」

「はーい」

 今日分かったことは昔と今は大きく違うということだった。



 俺はまた夢に居た。

 目に映るのは、闇色の髪をした少女。子供の俺は少女をじっと見つめるが、少女はただ虚ろにただ正面を見つめている。
 この時の俺は鉄格子の中でただ座り虚空を見つめる少女に惹かれていた。
 父親に観察のためと嘘を言い、俺は闇色の少女と会っていた。

「君の名前は?」

「……」

 少女は全てを諦めたような無の表情を浮かべ、口を開くことはない。
 十六の頃の俺には実験で何をしているのか何をされているのかさえ知らされてはいない。
 それでもこの少女がこうなってしまうほどのことをされているのは理解できた。

「何か話してくれないか?」

 できるだけ優しく告げてそっと手を伸ばす。
 少女は差し出された俺の手をただ見つめる。自分に届かない手をただただ見つめる。

「手を取ってみないか?」

 最初にこう聞いた時の気持ちは覚えていない。
 俺が言葉を発すると少女はこちらを向くが、すぐに自分の方に伸びている手に視線を戻す。

「また来るよ」

 俺が手を引っ込めるとその手を追ってきた。
 実はこの時だったのかもしれない、
 この少女を助けたいと思ったのは、ロックス家を潰そうと考えたのはこの二年ほど後、少女の痛々しさに我慢できなくなった時だった。

 そして世界は暗転する。

「水の子よ、久しぶりだな」

 周りから色彩が消え、無の様な暗い空間から声が聞こえる。

「お前は誰なんだ?」

 夢の中で聞く声に俺は問いかける。

「水の子よ、我が子は返してもらう。この下らぬ世界を消すために」

「おい!」

 宿の部屋で目を覚ます。
 前回と同じように広がる重く冷たい空気。
 今ここにいる、ならどこにいるんだ?

「我が子は返してもらうぞ」

「水よ、剣よ、我らにあだ名す者を絶て、ウォーターソード」

 咄嗟に水の剣を出し、構える。
 こいつには先手を打たせてはいけないと反射的に理解する。

「我とやる気か」

 夜の闇の奥で、侵入者がにやりと笑った気がした。

「やああああ!!」

 声がした方に切りかかる。
 振り下ろした水の剣は俺の手に確かな感触を伝える。

 良し!

 そう思ったのも束の間、水の剣は声の主の体に触れただけで、刃が皮膚より先に進まない。

「ぐっぐぐぐぐ!」

 歯が軋むほどに力を込めても声の主に刃が届かない。
 岩や鉄に剣を振った方がまだ感触がある。
 それほどに声の主は強固だった。

「所詮、人はこの程度だ」

 風を切る音なんて生易しい表現ではない。
 風を粉砕する音が俺の腹部にめり込む。
 体が空気を押しのけ、ベッドにぶつかり玉突きの様に俺の体はベッドを宿の壁を破壊し外に投げ出される。
 魔力による防御とベッドのクッションのおかげで辛うじて生き残る。
 いや、生き残された。

「お前は珍しく我が子を守った恩人だ。生かしてやろう」

 生き残りはするが今の一撃で体に力が入らない。胃の奥から沸き上がる胃酸が喉元で血と混ざる。
 燃える様な痛みが辛うじて意識を残させる。

「それではな」

 声の主はルリーラが寝ているベッドからルリーラを担ぎ上げ、立ち去ろうとする。

「ま、……ま……て……」

 一言発するだけで喉は痛み血が口から滴る。
 死にかけの俺に声の主はルリーラを一度下ろし、近寄ってくる。

「誰に命令している? ただの人間が」

 越えの主は俺の顔を掴み体を持ち上げる。
 ベッドの空けた穴から差し込む月光が声の主を照らす。
 褐色の肌に闇色の髪ベルタを思わせる風貌だが、人間とはかけ離れた獰猛な牙と獰猛な角。
 そして、俺は絶望する。

「その表情はようやく気付いたようだな」

 獰猛に笑う神は偉そうに名を名乗る。

「我は闇の神ミスクワルテ。今の不敬は知らなかったということで許してやろう。今日は気分がいいからな」

 高笑いをして闇の神が俺を落とす。
 神がルリーラを担ぎ止めようにも俺は声すら出せず、枯れた声が言葉に変わることはなく俺の意識は途絶えた。

「クォルテさん、起きてください! 大丈夫ですか!」

 アルシェか……、すまない、体が痛くて、寒いんだ……。

「ご主人!」

 フィル、悪い、瞼が重くて、すぐに目が開けられないんだ……。

「水よ、彼の者を癒せ、ウォーターキュア」

 なんだよ、ミール誰か怪我しているのか?
 それは大変だ、体が動かないんだ……、代わりに助けてやってくれ……。
 そう言えば、ルリーラの声がしない……。
 怪我をしているのはルリーラじゃないよな……。

 重い瞼を何とか持ち上げると、アルシェとフィルがいる。
 眩しい明かりが網膜を焼き、何とか開いた目をすぐに閉じそうになる。

「目を覚ましてくれたんですね」

「なん、だ?」

 心配そうに俺をのぞき込む二人に声をかける。
 声を出すたびに体全体から悲鳴が上がる。

「応急処置は終わりました、急いで病院へ」

「うん」

 どうしたんだよ。そう言って起き上がりたかったが体が動かない。
 ああ、そうか俺が怪我をしているのか……。

 ようやく全ての記憶が追いついた。
 ミスクワルテの襲撃に、俺は手も足も出ず負けルリーラが連れていかれた。
 その悔しさに打ちひしがれることもできないことがさらに悔しい。
 フィルに背負われながら俺は病院に運ばれた。

「ギリギリだったね」

 病院のベッドで横になる俺の側に立つ女医はそう告げた。
 命に別状はないと、俺の症状を読み上げる女医の声を俺は白い天井を見つめながら聞いている。

「しばらくは安静だよ」

 白い髪の年の若い女医は、そう言うと病室を出て行く。
 すぐにルリーラを助けに行きたいのに、満身創痍の体は俺の言うことも聞かずに動こうとはしない。

「兄さん大丈夫?」

「ああ」

 現れたのはアルシェとフィルそれにミールの三人。
 そこにはやはりルリーラの姿は見えない。

「昨日何があったの?」

 俺は全てを話した。闇の神ミスクワルテがルリーラを奪いに来たこと、圧倒的な力で俺には手も足も出なかったこと全てを打ち明けた。

「すまない」

 下げたくても下げられない現状に歯がゆさを感じる。
 俺の症状は命に別状がないだけで、治癒をするために三日の入院、完治するまでは二週間かかる瀕死の状態らしい。
 今もなお激痛が体を駆け巡る。
 怒りも悲しみも不甲斐なさも全て表に出すことはできない。

「頼みがある」

 俺は言葉を振り絞り三人に懇願する。

「水の神と火の神と話したい」

 神に対抗できるのが神ならば、それしか俺に打つ手はない。
 会いに行っても居なければ連絡を取る手段はない、それにもし会えてもこっちについてくれるとは限らない。
 それでも今の俺は神にすがるしかない。

「アルシェは水の神へ、ミールは火の神の元に行ってくれ」

「「はい」」

「ご主人あたしは?」

「残っていてくれ」

「それでは、行ってきます」
「兄さん私も行ってくるね」

「頼んだ」

 心配そうに見つめる二人をただ見送ることしかできない自分が悔しい。

「それであたしは何をしたらいいの?」

「すまん、まだ考えられていない」

 神に対抗できるのは神だけ。
 それは十分身に染みている、俺達が死にかけた魔獣を簡単に倒した水の神ヴォール、こっちの本気を笑いながらいなしたミスクワルテ。
 こいつには勝てないと知ってしまった。

「諦めたの? ルリーラを」

「諦めたくないのにな」

 訪問者用の椅子に腰かけ、フィルの黄色い目が俺を捕らえる。

「特級に挑みに行った時はカッコよかったよ」

「何とかなる気はしてた。誰も死なせない自信があったんだよ」

「今回は無理ってこと?」

 フィルは詰め寄る様に座ったまま顔を近づける。
 俺の真意を確かめる様にただ見つめる。

「あれは規格外だ。行けば絶対に誰かが死ぬんだ……」

「じゃあ、ルリーラを死なせるの?」

 死ぬという言葉に過去のルリーラを思い出させる。
 無気力で牢屋に居たかつてのルリーラ。

「それでもいいの?」

 ギシっとベッドを軋ませながらフィルは俺に詰め寄る。

「フィルも死ぬかもしれないんだぞ、アルシェもミールも」

「ご主人は、あたし達を侮りすぎじゃない?」

 顔が触れてしまうほどに近づくフィルに気圧されてしまう。
 澄んだ黄色い目は怒りを含み俺を逃がすまいと捕らえて離さない。

「あたし達全員、主だからって言うこと聞いてるわけじゃないの」

 いつもと同じ間延びした話し方なのに、怒りの強く篭る言葉。

「ご主人が、クォルテが好きで家族と言ってくれたクォルテを信頼してるから、あたしもアルシェもミールもそしてルリーラも一緒に居るんだよ」

「……」

 俺は言葉に詰まってしまう。
 その信頼はありがたい。誰も死なせたくないフィルもアルシェもミールも当然ルリーラもでもどちらかしか救えない。
 その選択が俺にはできない。

「そっか、臆病だねご主人は」

 俺の目に何を感じたのか、フィルの顔が遠ざかっていく。

「あたし外出てくるね」

 フィルは立ち上がり病室を出ようとドアに手をかけこちらを少し見せる。

「あたしは一家心中も悪くないと思うよ」

 フィルはそれだけを告げて病室から出て行ってしまった。

「なんだよ、一家心中って」

 馬鹿らしいと、俺は口に出し少し笑う。
 なんでどちらかを選ぶのかと、フィルは言いたかったのだ。
 自分達は準備できている。お前はできているのか。と聞いていたんだ。
 お前は立ち上がることができるのか。と俺を確かめたんだ。

 そんなの決まっている。
 何が何でも、ルリーラは取り戻す。

 やることが決まると、色々頭が動き出す。闇に覆われた脳が晴れていく。
 水の神はきっと来てくれる、火の神はどうだろうな、奴隷ではないミールを行かせたけど水魔法の使い手だからな。
 駄目なら、そっちは改めて俺が行くしかないか。
 そのためにもまずは自分の体を治すところからか。

「よし寝るか。フィルも自由に動いていていいぞ。起きたら動く」

「バレてた?」

「せめて足音くらいさせろ」

「今度からそうするねー」

 悪びれもせず扉から顔を出しベッドの横に座る。

「やっとカッコいい顔になったよ」

 俺が目を瞑るとフィルはそう言って俺の頭を撫でる。
 すぐに俺の意識はまどろみに沈んでいった。

 また夢を見た。

「ルリーラ、これで君は自由だ」

 ロックスが没落してここの施設は廃棄された、全ての檻の鍵は外され収監されていた奴隷達は全員逃げだし残ったのはルリーラだけだ。

「血が出てるよ」

 そう言われて自分の体を見ると、確かに軽傷とは言えない傷が出来ていた。
 そう言えばこの時、俺は父親と戦って傷を受けていたんだったな。

「大丈夫だ」

 これが今の俺の言葉なのか、昔の俺の言葉なのか定かではない。
 夢の中の俺は血の付いた手を拭き、幼いルリーラに手を伸ばす。

「今度は掴んでくれるか」

 ルリーラは掴んでいいのか駄目なのかしばらく逡巡している。
 俺は手を伸ばしたまま待ち続ける。

「私はここから出ていいの?」

「もちろんだ好きなところに行けるぞ」

 怯えたルリーラの言葉に、俺は優しく答えた。

「あなたが連れて行ってくれるの?」

「俺でよければ連れて行ってやる」

 不安そうなルリーラの言葉に、俺は力強く答えた。

「もう、痛くて怖い目に、合わない……?」

「ああ、俺が必ず守ってやる」

 震えるルリーラの手が俺の手を掴む。

「よろしくお願いします」

 その時の瞳は今になっても覚えている。
 涙に濡れた碧眼の輝きは澄み渡りとても綺麗だった。

「じゃあ行こう」

「うん」

 俺の手を掴んだルリーラを引き寄せる。
 見た目よりも軽い身体を抱え俺達は施設を出た。



「おはよう、ご主人」

 目を開けると病室ですぐ隣にはフィルがいた。

「体の調子はどう?」

「痛い」

 今もなお体は悲鳴を上げている、流石に一度眠ったくらいで回復はしないようだ。
 それでも寝る前よりは動ける。ルリーラとの誓いで我慢できる。

「医者を呼んでくるね」

「頼む」

 その間に回復が少しでも早まるよう魔力を少しでも高めておく。
 自分の痛みを感じる個所に意識を集中しそこに魔力が集まる様にする。

 女医が病室に来る。

「あんたのご主人は馬鹿なのか?」

「最高ですよ」

「ロックス、今日は起きられないことを覚悟しなよ」

「覚悟の上です」

 俺の答えに女医はにやりと笑う。
 どうやら俺がどういうつもりで魔力を溜めていたのかわかっているらしい。

「炎よ、癒しよ、彼の者の力にゆがみを与えたる個所を燃やせ、火の神ウォルクスハルクよ、負傷の事実を燃やし尽くしたたまえ、癒しの炎フレイムキュア」

 努力の賜物なのかプリズマに匹敵するほどの魔力を集める。
 そしてその魔力は炎に変わっていく、赤から青、青から白へと変わる。
 白い炎は女医の手から離れると俺の体を包みこむ。
 白い炎に熱はなくむしろ段々と体の痛みが和らいでいくのがわかる。

「遠慮しないでください」

 体の痛みが無くなっていくのに合わせて、魔力は絶え間なく消えて行く。
 体の外と内にある魔力を全部使い、治癒の魔法がかかる。

「フィル、俺は大丈夫だから二人が戻ったら伝えてくれ」

 体が燃えているという状況を心配しているフィルに声をかける。

「何を?」

「絶対にルリーラを連れ戻す!」

「わかった」

 フィルが頷くのを確認する。それと同時に俺の魔力は切れ意識をまた失う。

 また夢を見た、
 今までと違い上空から見下ろす形だ。
 でもこれは過去の夢じゃない。

 馬車には俺とルリーラ他にもアルシェにフィル、ミール、
 そして誰かわからない黒くて褐色の少女に腰に細身の剣を携える女性まで居て、俺達の向かう先にはアリルドが見えている。
 ふざけて怒って喧嘩してそれでも笑って幸せそうな光景。
 俺はそれを見ながら楽しそうに操舵する。
 ここにたどり着かないといけないんだな。
 俺はふとそんな子を思った。

 意識が覚醒する。
 胸が温かく目からは涙がこぼれていた。
 悪くない夢だ。

「やっと起きたのかクォルテよ」

「ただいま戻りました」

 目が覚めて最初に飛び込んできたのは、アルシェと水の神ヴォールだった。



「我がわざわざ急いでやったのに、よく寝てられるな」

 人ではない証の龍のような大きな角と腕を覆う鱗を持つ水の神ヴォールは、楽しそうにこちらを見ている。

「どのくらい寝てたんだ?」

 ヴォールまではアルシェが休まずに飛ばしても四日はかかるはずだから往復で八日以上寝てたのか……。
 体が好調なのは、そんなに寝てたからか。

「あの、まだ一日経ってません」

「は?」

「アルシェ、もしかして転移とか使えるのか?」

 いくら何でも早すぎる。
 今日ヴォールに送り込んで、今日中に帰ってくるとは思わなかった。

「それを使えるのは我だな」

「それでも、アルシェは数時間でヴォールについたことになりますが」

「我は神だぞ。といいたいところだがこの国からとんでもない魔力が向かってきたからな。見に来てみたら機械馬に煙を吐かせるほどの魔力を込める輩が居ての」

「そのお話はおやめください」

 愉快そうに笑う水の神と恥ずかしそうに顔を赤らめるアルシェ。
 何があったかは知らないはずだが見当はついた。
 暴走させた時と同じ力を使って、無理矢理に制御しながら操舵していたのだろう。

「それで止めて我がここまで連れてきてやったのだ」

「お手数をかけて申し訳ありません」

「よいよい、我はお前達を気に入っている。我が国に特級でもなければすぐに来る」

 そう言って人間の様に気さくに笑う。

「それと体に不調はもうないか?」

「はい、すこぶる好調です。ってもしかしてヴォール様ですか?」

「時間が惜しいのでな」

 まさか神自ら俺の治療をしてくれたらしい。

「それでミスクワルテが動いたというのは本当か」

 神は一瞬で表情を変える。
 人間味のある顔から凜とした表情をし神々しさを纏う。

「はい、それでルリーラが連れ去れてしまいました」

「なるほどな、我としてはあれと対峙して生き残っていることの方が驚きだ」

「我が子を助けてくれた礼に命は取らない。と言っていました」

「あれにもそんな感傷的な部分があるとはな、よし任せろ我があれを退治してルリーラを助けよう」

 神にそう言ってもらえることはとても嬉しくて、凄く誇らしい。
 でもそれじゃあ駄目なんだ。

「ルリーラを助けるのは俺にやらせてください」

「それはなぜだ?」

 神は問う、お前に何ができるのかと、我がやると言っているのにそれを断るのかと。言外に聞く。

「意地です」

「その意地のために、仲間を家族を死地に向かわせると?」

 神は次いで問う、そんなつまらないものために全てを失ってもよいのかと。

「何があっても守ると、俺はルリーラに手を差し伸べたんです」

「そうか」

 過去に俺がルリーラに宣言した誓いを前に、自分が恐怖に怯えてなんていられない。
 ルリーラは信じて付いてきてくれている。なら、俺にはその誓いを守らないといけない。
 それが連れ出した者の責任だ。

「やはり我はお前のことが好きだ。手を貸そう」

「後はアルシェから聞いたがあいつも来るのだろう?」

「あいつとは」

「ウォルクスハルク」

 水の神は不機嫌そうに火の神の名前を呼ぶ。
 本当に仲が悪いんだな。

「あいつは全くもっていけ好かん輩だ、お前達に神器を与えることを拒否し続けたのはあいつのせいだしな」

 これはミールを火の神に向かわせたのは失敗だったかもしれない。
 距離とか立場とかを考えてミールだったんだけど水の魔法使いなんだもんな。

「向かったのはクォルテの従妹か、なるほどいい判断だ」

「でも仲が悪いんですよね」

「それとこれとは別だ、誰の子だからなどと些末な問題を気にする神はいない。現に我はアルシェが好きだしな」

 そう言われればそうか、火の子と言いながらも普通に話をしていたな。

「更に別問題として、あの輩は面倒なやつだからな今日中には話がつかないだろう」

「では明日まで待つということでよろしいでしょうか?」

「なんだ寝ぼけておるのか? 当然今から向かうに決まっているだろう」

「「えっ?」」

「ほれ、フィルも起きろ」

「んー、なにー?」

「出発だ」

「神様がなんで?」

 水の神は事情が読み込めていないフィルの手を掴む。

「少し酔うかもしれないが行くぞ」

 言われるがまま、されるがまま水の神主導の元、呆然としていると呪文もなく景色が変わる。
 千里眼で見る様な景色、壁も人も木も何もかもをすり抜けて景色が次々と変わっていく。
 そして気が付くと城内とわかる場所に立っていた。

「ん?」

 あまりにも一瞬の出来事に、思考が置いていかれてしまっている錯覚に陥る。
 一瞬で病室からウォルクスハルクの首都に跳んだ。
 ここまでの風景も一瞬で頭に詰め込まれたはずなのに記憶に残っている。

「何故、貴様がいるのだヴォール」

 その声に視線を向けると玉座がありそこには一人の女性が座っていた。
 燃える様な真紅の長い髪、煌々と輝くオレンジの瞳に穢れの無い純白の肌、
 浴衣よりも煌びやかな服装は、大きな膨らみのせいか肩までかからずに胸元からはだけてしまっている。
 そんな見目麗しい女性は、やはり神で背中には大きな炎の翼を背負っている。

「友人が困っておるというのでな、手を貸している」

「それか」

 火の神は俺をただ見つめる。
 穏やかな目をしているのに圧力が強い、怯んでしまいそうなほどの凄み。

「こいつがこの前神器を与えようとした者達か」

「今なら認めてくれるのか?」

「今回の働き次第だな」

「して、クォルテとやら話は聞いておる。ルリーラという少女を助けに行くというのだな」

 玉座から立ち上がり一歩一歩階段を下りてくる。

「はい」

「我に何の利がある?」

 豪華な浴衣を引きづりながら俺の前に立つ。
 俺よりも頭一つ大きい火の神が俺を見下ろす。
 オレンジの瞳が俺を捕らえ逃がそうとはしない。
 要は火の神は俺を試している。自分が手を貸すに値する理由を俺が提示できるか。

「闇の神はおそらく表の四柱を倒す気ではないでしょうか」

「ほうなぜそう思うのだ」

「ヴォール様は闇の子と言っておりましたがそれはおそらくルリーラの事、となればベルタが闇の子であると考えます。それに合わせて闇の神は下らぬ世界を消すと明言しておりました。となると世界を消すとは神々を討つことその方法はベルタを全て手元に置くことなのではないかと私愚考します」

 これでいいのだろうか、手落ちは無かったか?

「なるほどな」

 火の神は口角を上げる。
 それだけの行動さえ絵になると不意に思ってしまった。

「貴様にしては良い友を選んだな」

「そうだろ」

 不敵に笑いあう二柱の神に目を奪われてしまう。

「先ほどの少女が慕う男が如何程かと思っておったが、中々上等ではないか」

「ミールは着いていたのですね」

「ああ、日が落ちてから来た、実に芯が強く綺麗な子だ」

「それでミールは」

「今は客室で寝ている」

「そうですか、ありがとうございます」

 まだついていないのかと思っていたが、よかった無事にたどり着いていたようで一安心だ。

「よかろう、我もお前達に手を貸してやろう。これほどの面子を一個人が所有するか」

「やはりそう思うか? 珍しく意見が合うな」

 二柱の神の話し合いを聞いて兼ねてからの疑問を訪ねてみることにした。

「そのこれほどの面子ってどういう意味でしょうか」

「そのままの意味だ、水の子、闇の子、火の子、光の子、風の子、七柱の神に属する子等をここまでそろえる個人はそうはいない」

「でも軍隊なら、」

「そうだ、一国ならば珍しくはないだから個人と言っているだろう」

「大抵同じ神を慕う者達が集まるのが普通なのだ」

 言われればロックスも水の名門だったのもあるが九割が水の魔法使いだったな。
 アルシェの元主人も火の魔法を使っていたし。

「光の子はまあ特殊だからそう考えにくい側面もある」

「光の子ってアルシェの事ですか?」

 闇のベルタと光のプリズマそう考えると確かにプリズマだけが特殊なのか、光と火の二属性を持っている。

「こんな堅苦しい話はいらないだろう、明日から動くのだろう」

「そうだな、明日は早速ミスクワルテを討伐しに行こう」

 自分で考えたことだが二柱の神が協力してくれる状況に困惑してしまう。
 ただ一人の少女を助けるために二柱の神が動くその規模の大きさに今更ながらに怯えてしまう。



 俺達が与えられた寝室はミールが寝ている客室だった。
 人数分のベッドが用意されており宿よりも立派な客室に、ここはもしかしたら要人が止まる部屋なのではないかと考えてしまう。

「あたしもう寝てもいい?」

 起こされてからただの空気となっていたフィルは限界を迎えたらしく、ベッドに倒れ込むと寝息を立て始めた。

「アルシェも寝なくていいのか?」

「寝ますけど、少しお話をしませんか?」

「いいぞ、俺もすぐには寝られそうにない」

 神々との対話に思いのほかテンションが高まっているようで、いまだに眠気が来ない。

「このベッドって二人で寝てもいいですかね」

「それは困るな」

 広いと言ってもいつも調子では困る。
 宿でもなく城の中誰が入ってくるかもわからない状況で、いつもみたいに引っ付かれてはいらぬ誤解を受けかねない。

「私が寝るまででいいので、その後でしたら空いているベッドに移動していただいて大丈夫ですので」

 そこまで言われてしまうと断り切れずに了承してしまう。

「私、不安なんです」

 横になるとすぐにアルシェはそんなことを口にする。

「プリズマが光の子なら裏の三柱の一つですよね」

「そうなるな」

 無意識なのか意識的なのかアルシェは俺の手を強く握る。
 その手は冷たくわずかに震えている。

「光の神も表の四柱を討つべく私を攫いに来るのでしょうか」

「それは流石にわからないな」

「そう、ですよね……」

「でも安心しろ、何があっても俺達が助けるから」

「そう言ってくれるとは思っていました」

 不安に負けないようになのかアルシェは弱々しく笑う。

「それでも不安なんです。自分は本当に皆さんが助けてくれるだけの価値があるのかと」

 きっとそれはアルシェが奴隷として生きてきた歴史。
 使い捨てられ虐げられるだけの悲しい歴史。

「プリズマとしての価値は高いですが、命を投げ捨てるほどではないんじゃないかって」

 戦力として、権力として、置かれていた歴史がアルシェの不安を駆り立てる。

「そんな不安が私を苛むんです……」

 隣で横になっている俺の方を見るアルシェの顔には確かに不安が宿る、
 ベルタとは正反対の存在であるプリズマ。
 どうしても今の状況を自分と重ねてしまうのだろう。

「絆が欲しいんです、クォルテさん私を抱いてくれますか」

 泣きそうで辛そうで、真剣に見つめるアルシェからはいつものような余裕はない。

「その絆は駄目だ」

 俺ははっきりと拒絶する。
 その繋がりは間違っている。

「もし何かあってもその事実があれば私は――」

「何もない」

 俺ははっきりと宣言する。

「今回みたいなことがあっても、何があったとしても俺は俺達はアルシェを見捨てない、必ず救う」

 俺は強く言葉にする。
 確かに思い出には残るだろう。好きな人との絆として心を落ち着かせてくれるだろう。何があっても我慢できるだろう。死ぬのさえ受け入れられるだろう。
 でも、それは諦めるのと同じだ。

「そんな最悪の想定なんて必要ない。そんな理由の絆は不幸な自分を誤魔かすだけだ」

「それでも」

「いいかアルシェ」

 なおも不安に揺れるアルシェの手を握る、冷たく震える小さな手を包む。

「その不安に負けるな、不安が無くなるまで何度でも言うぞ俺は絶対に見捨てない。何かをされる前に救いに行く。アルシェでもフィルでもミールでもルリーラでも家族は必ず助けるために手を伸ばす」

 かつてルリーラに手を伸ばしたように必ず手を伸ばす。

「絶対に見捨てない、命を懸けて助けに行く」

「……はい」

 アルシェの瞳から涙がこぼれる。
 ベッドに落ちた水滴は小さく染みを作る。

「今日はこの手を離さないからゆっくり眠れ、その不安は必ず無くなるから」

「ありがと、ございま、す……」

 アルシェがどう思ったのかはわからない。
 こうなっても体を重ねてくれない俺に、怒りを覚えているのか失望しているのか、不安が消えたのかはこの安らかな寝顔からは判断できなかった。



「なんで兄さんの隣にアルシェ先輩が寝てるんですか!」

 最近恒例になりつつあるやり取りで目を覚ます。
 広い客室には窓から太陽の光が室内を明るく照らしている。
 いい天気だな。

「ご主人、最近この様子に慣れてきてるよね」

 言い合いしている二人から離れるようにフィルが隣に座る。

「まあ、流石にほぼ毎日だからな」

「止めるつもりもないの?」

「ミールが武器か魔法を使い始めたら止めるよ」

 それ以外の言い合いなら大惨事にはなれないし。

「兄さんはなんで止めてくれないの! 私達にもう飽きたの?」

「そりゃあ毎日同じやり取りしていたら飽きるよ」

「兄さんはどうせ私なんかいらないんです、おっぱいとか母性とかそういう大人の女性が持っている物に惹かれるんですね。私みたいに十七になっても胸もなくて子供っぽい私には兄さんは無関心なんですよね、ええ知っていましたよ」

 何を勘違いしているのかミールはわざわざ部屋の隅に行って丸くなってしまう。
 病んでいるのは最近知ったがさらに進行している気がする。

「ミールさん、しっかりしてください」

 そして変に優しいアルシェは無駄に構ってしまう。
 これは悪循環なんだと早く気が付いたほうがいい。

「アルシェ先輩……」

 少し笑いながら涙ぐむ姿にアルシェにも心を開いてくれているはずはない。

「このおっぱいが兄さんを誘惑してるんですよね」

 アルシェ対ミールは二回戦に突入した。

「何ですかこの柔らかさは、指が埋もれるって何なんですか!」

「あっ、ちょ、ミールっ、さん、あっんっ」

「私の胸なんかすぐに骨に当たりますよ指の第一関節までも全部埋まりませんよ!」

 アルシェの胸はミールの手によって無茶苦茶に揉みしだかれ縦横無尽に動き回る。
 持つたびにミールの手が胸の中に姿を消し、離すと勢いよく元の丸みを帯びた形に戻る。

「こんなに胸が大きいのに感度がいいんですか、喘ぎ声なんてふつう出ませんよ、少なくても私は出ないですよ、この胸は完璧ですか? 完璧ですよ! ふざけんな!」

「そ、んっ、そんなこと、あんっ! 言われっ、てもっ」

 具体的には言わないがもうなんか凄い。
 朝から凄い物を見ている、アルシェの胸が跳ねに跳ねてボール遊びの様になっている。
 それだけ激しく動くせいでアルシェの衣服はそれはもう乱れる、肩から服が外れ勢いよく跳ねるボールが服から飛び出そうとしている。

「んっ、そろっ、そろそろんあっ、おやめにっ、ぅんっ、おやめになってく、ださいっ!」

「燃焼させてやりますよこの二つの脂肪の塊を完全燃焼させて私とアルシェ先輩の力量を同じにしてやりますよ」

「それで、ご主人は止めないの?」

「流石にこれ以上は不味いな、ミールも暴走しかけてるし」

 ミールの形相が鬼に変貌する反面アルシェの顔は紅潮し涙を浮かべている。
 これ以上は武器も魔法も使っていないが止めに入らないといけない。

「ミール、ストップだ」

「止めないでください兄さんこの脂肪を燃焼させることに命を懸けているので」

「命を懸ける対象はルリーラの奪還だからな」

「そうでしたね敵を間違えてはいけませんね」

 止めに入ったことに満足したのかあっさりとアルシェの胸から手を離す。

「はぁはぁ……ん、はぁ、おっぱいがヒリヒリします……」

 アルシェは桃色の吐息を整えながら衣類を直し胸が痛いのか自分でさする。

「やっぱり敵はアルシェ先輩です」

「ミールさんが怖いです」

「そろそろ行くぞ」

 睨むミールと震えるアルシェを連れて行きながら謁見の間に向かう。

「遅かったな」

「お前達も座れ」

 すでに二柱が席についていたことに恐縮しながら席に着く。

「揃ってらしたのでしたらお声かけ頂ければ」

「朝から盛っているようだったのでな」

「流石に邪魔はできないとヴォールに言われてな」

「聞いてらしたんですね」

「そこは否定してください!」

 先ほどの惨状を思い出したのかアルシェが頬を染めながら声を荒げる。
 神々が笑うと自分がからかわれていたことに気が付き更に顔を赤く染める。

「さて、皆席についたなそれではクォルテお前の作戦を聞かせてくれ」

 火の神が場を取り仕切るが、水の神はそれに意義を唱えることはせず共にこちらを見る。

「わかりました、と言っても作戦と言えるほどのことはありません」

 立ち上がり自分の案を説明する。

「ヴォール様とウォルクスハルク様には闇の神を相手していただきたいのです」

「まあ、妥当だろうな」

「我も同じだ」

 二柱の神が頷いたことを確認して話を進める。

「闇の神の居場所と大体の地理はご存知ですか?」

「移動はできるが内部については知らないな」

「奇しくもこの女と同意見だ」

 二柱が知らないとなると捜索に結構時間が結構かかってしまうな。

「お二方の探査魔法はどの程度なのでしょうか」

「「一国くらいなら余裕だ」」

 二柱の声が綺麗に重なった。
 アルシェでさえ魔力を全部使っても一国は無理だ。それを余裕という神々に恐怖さえ覚える。
 それは魔法を使える二人も同じようで目を見開いている。

「そ、それではお二方には探査でルリーラ達がいる場所を特定し教えてもらえますか?」

「ヴォールに聞いてはいたが、本当に闇の子の群れに突入するつもりか」

「それだけは俺達がやらないと駄目なんです」

 正気でベルタの群れに挑むのかと聞かれ、俺は頷く。

「なるほど今からでも我の子にならぬか」

 すっとウォルクスハルク様は俺の手を取る、白くて温かい手が俺の手を包みはだけた豪華な浴衣からは白磁のような膨らみが誘惑してくる。

「おいこら誰の子に手を出そうとしてやがる」

「くくく冗談だ、お前達もそう睨むな怖くて誰か男に抱き付いてしまいそうだ」

 心底楽しそうに俺達で遊ぶ火の神は笑いながら席に座りなおす。

「それならいつでも行けるな」

「大丈夫ですか」

「うむでは行こうと言いたいがその恰好では些か問題があるな」

 朝のごたごたのまま移動した俺達は今更ながら寝間着のままいた事に気が付いた。

「すぐ着替えてきます」

 俺達はまた客室に戻ると着替えを始める。
 なぜか俺まで同じ空間で着替えをさせられている。

「やっぱり赤くなってる」

「そのくらいならすぐに治るよ」

「腫れて形が崩れればいいんです」

 アルシェとフィルの会話にミールが加わる。

「ミールさん、大きくても大変なんですよ」

「肩がこるし重いとか言ったら、今この場でアクアドラゴンを全力で放ちます」

「ごめんなさい」

 ミールの脅しにアルシェは素直に従った。

「そもそも知ってるんですよそんなこと! 胸が小さい私からしたら重いとか肩がこるとかそんなもの名誉以外の何物でもないんですよ!」

 声しか聴いていないが今頃きっとミールは泣いているんだろうな。

「大きさの愚痴なんて本当の所ないんです、全部自慢なんですよこうなるほどに大きな武器を持っていますって自慢なんですよ、そんな自慢私だってしてみたいんですよ!」

 段々聞いていることが不憫になってきた。

「ご主人、私は準備できたよ」

 フィルは流石であの可哀想な自虐を聞いても我関せずで着替えを終えていた。

「短剣はどうした?」

「忘れてた」

「それなら一番はフィルさんじゃないでしょうか?」

 アルシェが仲間を道連れにした。

「そう言えばそうですね、アルシェ先輩の影に隠れてはいますがここ最近一番接近しているのはフィル先輩ですよね」

「ご主人助けて」

「頑張れ」

 涙目のフィルはミールに絡まれ始めてしまった。

「そうですよねなんでフィル先輩は最近兄さんと仲がいいんでしょうか、オールスを超えた辺りからですよね? いつも温泉に一緒に入ってましたし何かあったんですか? あったんですよね」

 俺は手を合わせて全員分の武器の準備をすることにした。

「手伝いましょうか?」

「ミールにまた絡まれるぞ」

「それは……」

 嫌そうに顔を歪めるアルシェは、後ろに下がり近くのベッドに腰を下ろして待機することに決めたらしい。

「私達がいないのをいいことに何をしていたんですかね? なんだかんだでフィル先輩って女の私が見ても羨ましいですものね」

「お前らいい加減にして準備しろ、特にミールお前はいい加減着替えろ」

「兄さんに言われたしょうがないですね」

 怒りを抑えミールは着替えを始める。

「もっと早く助けてよ」

「アルシェが着替える時間稼ぎだ、ほら短剣」

「ありがとう」

 やっぱり結構辛いらしく泣きながらホルダーを装備しアルシェとフィルの準備が完了した。
 それから少し経ってミールの準備も完了した。

 改めて全員が揃う。

「アルシェとフィルちょっとおいで」

「ならクォルテとミールはこっちだな」

 二人ずつが神に呼ばれる。

「クォルテお前の短槍と精霊結晶を寄こせ、精霊結晶はミールも持っているのだったか」

「何をするんですか?」

 疑問に思いながらも、持っている装備を水の神に渡す。
 ミールは武器らしい武器を持っていないの精霊結晶を渡す。

「これから闇の世界に行くのに何の対策もせんのは愚者の極みだ」

 そう言って俺の短槍を手に取ると魔力を込め始める。

「いい槍だ、よく魔力が貯まる」

「ありがとうございます」

「精霊結晶にもな」

 更に魔力を込め始める。
 何の魔法が込められているのかはわからないが、おそらく守護用の魔法だろう。

「これでよい」

「何の魔法を込めたんですか?」

「槍には力を結晶には守りを加えた」

「それとこれもやろう」

 小さな結晶がはまっている指輪を受け取る。

「これは、また神器なのでしょうか」

「一発限りの神槍だ」

「神槍」

 特級の魔獣を一撃で葬り去った規格外の力を持つ水の槍。
 それがこの小さな結晶の中に入っているのか。

「使いどころはクォルテに任せる、あちらも似た物のはずだ」

「わかりました」

「ここまでしてやる意味はわかっているな」

「はい、必ず生きてルリーラを取り戻して見せます」

「よし」

 人間味あふれる水の神の微笑みとともに肩に手を置かれる。

「では行こうか」

 合図なのか指を一度鳴らすと世界が暗転する。
 ヴォール様の時とは違い世界は暗転し瞬く間に知らない場所に居た。

「ここが闇の国?」

 不気味で異様な光景に俺達は慄いた。



 闇の国は気持ちいい場所ではなかった。
 薄暗く湿度が高い、それでいて気温がとても低い。
 壁面がどうなっているのか壁というよりも何かの体内のように脈打っている。

「いつ来ても気味が悪い」

「なんならこの国自体壊してしまえばいいのではないか?」

「せめてルリーラを救出するまで待ってください」

 二柱の神もこの国の空気に嫌そうな顔をする。

「これって一体なんですか?」

「一言で言えば魔獣だな」

 その一言で、ここは特級以上の魔獣の腹の中なんじゃないかと考えてしまう。

「私達食べられたんでしょうか?」

「食べられたと言えなくもないが違うな」

「ミスクワルテが魔獣の死骸を使い自分の国を大きな魔獣に変えたんだ」

「そんなことができるんですか?」

 桁違いの力、死骸を使ってより強靭な魔獣を作るなんてありえない発想に闇の神が裏の三柱と呼ばれる一端を感じた。
 魔獣ということは、脈を打っているこの壁は間違いなく生きている。

「できる。それくらいの力を持っているのが神と呼ばれるものだ」

「聞いてると神様達の規格外さがよくわかりますね」

 同じく人として規格外と呼ばれているプリズマのアルシェまで驚きの余りにそんなことを告げる。
 ミールとフィルに関しては完全に驚きを通り越して呆れている。

「では探査の魔法をかけるぞ」

 次の瞬間には体を魔法が駆け抜ける。
 誰かが体を触れる様な感触ですぐに離れる。

「びっくりしました」

 アルシェの言葉に俺とミールもうなずく。

「クォルテ、お前の精霊結晶を貸せ、それにここの情報を渡す」

「はい」

 規格外の魔法の数々に俺はもはや驚くことをやめた。
 言ったとおりに俺の精霊結晶に情報が流れ込みこの国のマップが表示される。
 しかも視界の邪魔にならないように精霊結晶に魔力を流さない限り表示されない仕様だ。

「この赤い印がミスクワルテこっちの群れているのがおそらくベルタだ」

「わかりました」

「ルリーラがどれかは流石に多すぎて判別できなかった」

「ここまでしてもらって文句はありません」

「では我らはミスクワルテを叱ってくる。ルリーラは任せたぞ」

「わかりました」

 手を振り神達は闇の神の元に向かう。

「圧倒されまくりましたね兄さん」

「流石にあたしも驚いて何も言えなかったよ」

 ようやくまともに戻ったミールとフィルそれとアルシェと共にベルタの群れに向かう。
 歩き始めてこの国の不気味さを再認識する。
 ぶよぶよとした脈打つ空が城壁のような壁と地面。
 見えないのか何に覆われているのかわからない空、全てが不気味で異様だ。

「この壁が全部魔獣なんですよね?」

 触れないように慎重に歩くアルシェの問いに俺は答える。

「神々の話の通りならそうなんだろうな」

 人がすれ違えるだけの道を進んでいくと最初のポイントがあった。
 複数のベルタがいるという場所神が事前に探査した時の数は四人。

「油断はするなよ」

 ベルタの身体能力の異常さはルリーラで知っている。
 風を切るほどの速さ、巨岩をぶつける様な力、鋼鉄のような頑丈さ。
 身体能力なら人間の中で最強だ。
 それが四人。

「最初の場所だ」

 集合している場所に踏み入ると俺は目を疑った。
 道よりは少し広い場所には人間の部位が散らばっていた。
 腕が足が頭が体が無残に散らばっていた。

「酷い……」

 あまりの光景にミールとアルシェは口を塞ぎ、フィルもその惨状を見ているだけだった。
 見た限りだとルリーラはいないかよかった。
 子供らしい死体はここにはなかった、詳しくはわからないが大人と大人に近い肉体だけだ。

「君達はベルタじゃないよね?」

 その声に反応し周りを見るが誰もいない。

「上だよ上、ベルタじゃないお兄さん達は何? 迷子?」

 上には足で壁に自立している一人の少年。

「迷子なら天国まで案内してあげるけどっ!」

 少年は風を切りこちらに飛び込んでくる。
 間に合わないタイミングでの突進に一人だけが反応した。

「ご主人に何してるの?」

「奴隷の主人なんてどうしようもないよね」

 その一言でこいつの境遇がわかる。
 交差が終わりお互いが向かい合う、少年は不敵に笑いフィルは短剣を二本持ち構える。

「他の連中とご主人を一緒にしないでくれる?」

 フィルの間延びした声からも緊張が伝わってくる。
 戦い方を見定めようと俺は少年を見定める。

「じゃあお姉さんからだね」

 次の瞬間には少年の姿が消えた。
 探す暇もないまま二人の衝突が振動となって俺に届いた。

「お姉さんベルタじゃないのに凄いね」

「ベルタの動きには目が慣れてるの」

 話しながらもぶつかり合いは続く。
 少年が蹴るとフィルは辛うじて防御し、フィルの攻撃は軽くいなされる。

「本当に慣れてるんだね、全部さばいてるよ凄いねベルタでもないのについてこれるんだ」

「まあ、ね……」

 まだ余裕のある少年に対して徐々に押され始めるフィル。
 見極めるとか言ってる場合じゃないか。

「水よ、鎖よ、我の敵を捕縛せよ、ウォーターチェーン」

「折角順番に倒してあげてるんだから待ってなよ」

 案の定目の間に飛び出して来た少年に笑顔を向ける。

「何笑ってるのさ、死にたかったの?」

「いや、ルリーラの方が強いよなって思ってさ」

 ここまで自分が接近しているのに怯えない俺が気に食わないのか、顔をしかめる少年を嘲笑う。

「でもお兄さんよりも強いよ」

 握り締めた拳を後ろに引く。
 何の捻りもない自分の力を過信した構えが哀れに思える。

「えっ?」

 突こうとした腕が動かなくなったのを悟った少年の顔から笑顔が消えた。

「言っとくけどお前は弱いよ、俺達には遠く及ばない」

 水の鎖は何重にも重なり少年の腕に体に巻きつく。

「魔法が切れない?」

 神の加護を受けた短槍の魔力を元にした魔法を破れる人間はいない。

「お前がどれだけの敵を相手にしてきたのか知らないけど、見た目で判断してるような子供に負けてやるつもりはないぞ」

 俺は魔法で水を手の平に生み出す。

「だけどお前がベルタにダメージを与えられるわけがっ……、えっ」

「お前はベルタが人間じゃないとでも思ってるのか?」

 水の振動。
 肉も強さも関係ない強くなりようのない液体を的にした、必殺の一撃に少年の意識は刈り取られる。

「ご主人、強い……」

「フィル、それとアルシェとミールも、ベルタを高く評価しすぎだ」

 ベルタは魔獣とは違う。神とも違う同じ人間で個体差があるだけだ。
 ルリーラでもアリルドに負けかけたように戦い方が違うだけだ。

「そうですね、そうだったかもしれません」

 そこに行きついたのかアルシェは色々と思い出したようだ。

「神様とは違い、欠点がないわけじゃない」

「そういうことだ、ミールもルリーラを倒しかけただろ?」

「そうですね」

「フィルは少し苦戦するかもしれないから必ず俺達三人の誰かと一緒に行動するようにしろ」

「わかった」

 ようやく息が整ったフィルは素直に頷く。
 みんなの心が落ち着き次のポイントに向かう。
 次の場所はここよりも三倍以上の人数が確認されている。
 流石に今みたいにはいかないか。

「ミールちょっと無理できるか?」

「なんですか私は兄さんの為ならどんな無茶でもできる女ですよ」

「魔力を限界まで溜めて欲しい」

「そんなに魔力を貯めたら敵にバレませんか?」

「普通はな」

「なるほどそうですねわかりました。それでその魔力をどうすればいいんでしょうか」

 たった一言でフィル以外には意図が通じた。
 ベルタに魔法の感知はできない。

「でも、それだとルリーラちゃんがいた時に、魔法の巻き添えになりませんか?」

「それは大丈夫だ。魔法が使えないベルタの集まる場所で水の魔法を使えばな」

「ご主人が来たって理解ができる?」

「そういうことだ」

 ここの壁は予想よりも高いルリーラなら意図を読んで行動をしてくれる。

「そろそろ頼むぞ」

「了解です」

 ベルタ以外の人間ならば誰でも察知できるほどに、ミールの魔力が高まっていく。

「それでは行きます」

 ミールの言葉と共に大量の魔力は膨大な水に変化する。
 広場を飲み込むほどの大きな波がベルタの群れを襲う。

「なんだ」「何が起こっている!」「いやー!」

 道の奥のベルタが声を上げて流されている。
 傾斜や自然の要素を無視できる魔法の水は行き止まりまで流れていき打ち合わせ通りに固めさせる予定だ。

「兄さん終わりました」

「これで大分片付いたな」

「今ので大分なんですね」

 そこは流石ベルタの身体能力だ今の攻撃を避けたのか。
 俺の探査魔法で確認できているのが四人。

「アルシェ、俺の魔法にタイミングを合わせてあれやるぞ」

「ルリーラちゃんはいないんですね」

「当然だ」

「わかりました」

 四人を相手に戦える気はしていない。
 それなら俺がやることは一つだろ、俺を囮にすれば全部が片付く。

「水よ、鏡よ、我を映す幻となれ、ウォーターミラー」

 俺の出した分身は三体、俺とアルシェとミールの映像。
 三人を走らせる。
 それを囮とも考えていないベルタ達は一斉に水の分身へ攻撃をする。

「水よ、球よ、敵を包み元姿に戻れ、ウォータボール、フォグ」

「炎よ、爆炎よ、我が敵を灰燼に帰せ、バーンアウト」

 突然水の球に包まれたベルタは一瞬思考を奪われる。
 ベルタしかいない空間での魔法に戸惑いが行動を遅れさせてしまう。
 神に面白いと言わせた魔法。その攻撃を魔法が使えないベルタには理解はできない。
 アルシェの放つ小さな火が、球の中に触れ一瞬で閃光へと変わる。

 一瞬の閃光と爆発音はベルタの敏感とも言える五感全てを焼き動きを塞ぐ。

「今ので全滅だ、アルシェ要望通りにしてくれたよな」

「はい、死なない程度です」

 倒れている一人に近づき水の鎖でぐるぐる巻きにする。

「聞こえるよな」

 一番傷の浅そうなベルタの女性に話しかける。

「誰だ、ベルタじゃないの?」

「違う、仲間を探しに来たんだ」

「仲間ね」

 何を空々しいことをと言いたげに嘲笑する。

「ルリーラって知らないか?」

「そんな子知らないわ」

「そうか、嘘ならもう少し上手に吐くもんだ」

「何が嘘だっていうの?」

「子供だってなんでわかった? 俺が子持ちに見えるなら病院に行った方がいいぞ」

 名前だけで判断できるのはせいぜい性別くらいだ、それなのに子と言ったのは明らかにおかしい。

「子供が多いからね、私みたいのは少数よ」

「嘘は良くないって言ったよな、ベルタの平均年齢は二十四歳だ。今ここにいるのは全部成人しているようだしその言い訳は苦しいぞ」

 そして何も答える気がないのか俺から視線を外す。

「悪いな、のんきに尋問している暇はない。ルリーラはどこに行った?」

「知らなっぐっ!」

 水の魔法を口内に直接使う。
 鼻だけで呼吸ができるギリギリまで水の球を押し込み反応を見る。

「ルリーラはどこだ?」

 水の球を割ろうと歯を立てようとしている女性に一言アドバイスを上げることにする。

「その中に入っているのは毒だぞ」

 そのアドバイスに水の球を噛み切るのをやめた。

「好きにしろ、毒で苦しみ死ぬか、水の球で呼吸困難で死ぬか、ルリーラの場所を教えて助かるか」

 そんな脅しには屈しないと挑発的な態度に俺は冷たい視線を向ける。

「そうかじゃあ時間の無駄だな勝手に死ね」

「ん、んんんん!」

 殺されると思っていなかったのか本当に立ち去ろうとする俺に必死に訴えかける。

「どっちだ?」

 女性は水で押し流した方を指さした。

「そうか、ありがとう」

 指を鳴らすと水の球は割れ女性の口の中に水が溢れ暴れ始める女性に俺は告げる。

「全部嘘だ、それはただの水だ」

「ごほっ! ふ、ふざけるな!」

「嘘ってのはこうやって使うんだよ」

 俺達はルリーラが行ったらしい場所へ向かって歩き出した。



 あれ、誰かに抱えられたクォルテかな?
 遠くて誰かの声が聞こえる、凄い音だ、何が起こっているんだろう、襲われてるの? だったら助けないと。
 でも体が動かない、それに目が重い……、意識も……消える……。

 私が意識を取り戻し目を覚ますと気持ち悪い空間に居た。
 目を凝らしても見えない天井、赤紫の動く壁、壁だけじゃなくて床も動いてる。
 体を起こすと周りにはたくさんの人達が集まっていた。
 全員が黒髪だけど年齢はバラバラだ。

「大丈夫?」

「うん、平気」

 見知らぬ女の人が私に声をかけてきた。
 一見優しそうに笑っているこの女の人の目は笑っていない。
 それどころか私の体を見ているらしい。

「あなたは奴隷ではないのね」

「私は奴隷だよ、お姉さんは?」

 聞かなくてもわかったけど身なりで判断しているような気がして聞いてしまった。
 ワンピース型の奴隷服、腕についている枷。
 あんまりいい環境じゃないみたい。

「見ての通り奴隷よ」

「じゃあ一緒だ」

 私がそう言うと一瞬だけ目が怖く変わってすぐに普通の目に変わりそうね。と笑顔になった。

「これってなんなの?」

「それは我が説明しよう」

 いきなり色黒で角が生えた男の人? 違う、神様だこの人は。
 水の神様も角があったし、きっとそうだ。

「ルリーラよ、今から我が子の中で最強を決めてもらうぞ」

「最強?」

「肉体的にもっともすぐれた者が側近として表と呼ばれているあいつらに報復する」

 神と人間対神が四柱、勝てるの? この神様ってそんなに強いのかな?

「さあ、これで役者は揃った、始めよう最強を決める戦いを」

 神様がそう宣言すると大きな歓声と共に殴り合いが始まる。

「さあ、私達もやりましょうかっ!」

「えっ!?」

 反応した時には女の人の蹴りがこちらに繰り出されていた。
 避けるのが間に合わず腕でガードするけど後方に吹き飛ばされてしまう。

「あなたは良いわねそんなお洋服着させてもらって羨ましいわ」

 わかったこの人の目が笑っていない理由、私が普通の服を着ているからか。
 周りを見てもこっちを睨んでいる人が多い。
 奴隷が多いというよりも私みたいな奴隷が少ないのか。

「ほら、もう一発!」

 さっきよりも早いけど、反応できない速度じゃない。
 咄嗟に逃げ出す。
 この数だと一人じゃ勝てないな。
 仲間を集めないと、できれば私と同じ格好のいじめられていない奴隷か奴隷じゃない人。

「一緒に来てくれる?」

 奴隷服じゃない普通の服を着た男の子に声をかける。

「なんだてめえ!」

「遅いよ!」

 男の子と戦っていたおじさんが割って入ったことに怒るけど、私もそれどころじゃない。
 おじさんの振り下ろす拳から一歩踏み出してお腹に精一杯の一撃を入れる。おじさんは後ろに飛んでいく。
 壁はなかなか頑丈でおじさんがめり込む程度で止まってしまう。

「ほら立って、ほらあなたも」

 いじめられている数人と共に奥の道に進む。

「全員殺せ!」

 さっきの女の人が声を上げるとたくさんの人がこっちに向かってくる。
 あの人がボスなんだ。
 認識しても勝ち目はないしこの人たちがボスを倒したくらいで止まるとも思えない。
 私は一緒に走る三人と道を真っすぐ進んでいき、少しだけ空いている行き止まりのスペースに隠れておく。
 入れる道は一本、さっきの場所と違って天井はある。逃げるのも戦うのも私好みの場所だ。

「みんな大丈夫?」

「はい、ありがとうございます」

 三人は震えながら私に感謝をする。
 助けたつもりはあるけどこうも感謝されるとちょっと照れてしまう。
 クォルテがたまにぶっきらぼうになる時ってこんな気分なんだな。

「私は、あなた達なら手助けしてくれって思っただけだよ」

「それで、僕達は何をさせられるのでしょうか」

「その前に自己紹介、私はルリーラよろしく」

「僕はモルトです」

 さっき助けた男の子が名乗ると、他の子達も名前を告げていく。

「私はポーマです」

 髪の長い女の子。

「僕はジェルべ」

 一番小さい男の子が名乗って話を進める。

「三人には私が戦ってるのを邪魔しようとする連中の足止め」

 私にとって一番厄介なのはこれだ、いつもはクォルテとルリーラが守ってくれるから気にしたことないけど。
 さっきの様子から見ても、一対一で負ける様な相手は居そうになかった。

「わかりました、命をかけて」

「そういうのはいい、死にたくなかったら逃げてもいいし」

「えっ?」

「どうしたの?」

 いつもクォルテもこう言ってる自分の身を最優先で動け。
 上の立場になったのは初めてだし、クォルテの見様見真似で言ったけどやっぱり何か変だった?

「いえ、命をかけて戦うのがあまりにも自然だったので」

 モルトの言葉に他の二人もうなずく。
 そう言えばクォルテが変だってアルシェとフィルも言ってたような。
 檻に居たのが長かったから少しズレているのかもしれない。

「私の主が変わり者な影響かな」

 変わり者だけど優しくてカッコよくて大好きな人だ。

「なら僕はあなたについていきます。ルリーラさん」

「ルリーラでいいよ」

 四人と話し合いが終わると足音が近づいてきた。

「来たよ、人数はおそらく五人、私が突っ込んだら援護をよろしくね」

 三人の頷きを確認しタイミングを見て突撃する。
 確実に一人を仕留めるために体全部を使った突進で先頭に居た一人にぶつかる。
 壁にめり込み動きが止まったのを確認して次の行動に移る。
 奇襲に動きの止まる四人で重なっている二人に向かう。

「こいつらだっ!」

 手前の男の顎を蹴り上げ体を浮かせ、足を掴んで振り回し奥に居る女にぶん投げる。
 咄嗟の判断ができていないもう一人は、飛んできた仲間の男を蹴り上げ片足になった足を蹴り体勢を崩し力を込めぶん殴る。
 女はそのまま意識が無くなりその場に倒れ込む。

「てめえ!」

 残り二人は現状に追いついたらしく私を挟む形に広がる。
 私はあえて三人がいる方に背中を向けて正面の敵と向き合う。

「舐めやがって!」

「今!」

 踏み出そうとした足音を聞いて私が叫ぶと後ろの敵を抑え込む音を合図に私も正面の敵にぶつかる。
 流石に今度は受け止められてしまう。
 しっかりと肩を掴まれ上半身が動かなくなる。

「何回も同じ攻撃が通じると思ってんのか!」

「思ってるわけないよ」

 どうなるかわからないけどぶよぶよした地面に跳ぶように足をめり込ませ、宙返りをするように体を動かす。
 体が沈み一瞬拘束が緩み、私はそのまま体を縦に回転する。私の踵は男の頭を捕らえそのまま地面にたたきつける。
 ぶよぶよし床に男が埋まり、私の足は床に突き刺さる。
 するとその部位からはわずかに血があふれ出る。

「これって」

 この男の血にしては多い、もしかしてこれって生きてるの?

「ルリーラ!」

 モルトの叫びに足元を見ると男が埋まっている部分は口になっていた。歯もあるし舌も見える。
 食べられる!?
 咄嗟に飛ぶと口は倒れている男を一口で飲み込む。
 すると穴は塞がり、再びドクドクと心臓の様に動き始める。

「あんたが最後だけどどうする?」

 三人に抑え込まれている一人は観念したようにうなだれる。

「ここって何?」

「他の連中に聞けよ、いたたたた!」

 全力で男の頬をつねりねじる。

「言う気になった?」

「言いまふ言いまふ」

 私が手を離すと男はぽつぽつと言い始めた。

「ここはどうも闇の神が住む都市らしいんだ」

「さっきのが闇の神」

 確か裏の三柱だかの一柱だっけ。
 それで攫われてきたのかな? だとするとあの時の大きな音はクォルテだったのかな?
 だったら嬉しいな、心配だけど嬉しい。

「それでなんであんまり強くなさそうなあの女がボス気どってるの?」

「もうすでに側近の一人らしい」

「本当なの?」

 そうは見えなかった。見た目からして奴隷だった。
 それが神の側近?

「なんでも最初に来たかららしい。それでこの戦いを取り仕切るらしい」

「随分曖昧な物言いだね」

 らしい。が口癖になってしまっている。

「しょうがないだろ、俺も最近ここに来ただから俺は従ってるんだよ、お前ほど強くはないしな」

「そうなんだ」

 この人達を見ているとクォルテが世界を見せて自由にさせているかわかった気がした。
 そして奴隷という立場のあり方がわかった。
 私も最初はこうだったんだな。
 考えることをしないで言われるがままそういうものだと諦めていた。

「よし、それならあんたも仲間にならない?」

 私は今捕らえた奴隷のままの男に声をかける。

「なんで俺が」

「私の方があの女の人よりも強いよ」

 私の一言で男は止まってしまう。

「私は、ここから出るつもりだけどついてくるなら自由になれるよ」

「自由、か……」

 これには男も他の三人も戸惑っているようだ。
 その不安を私は知っている。

「自由は大変だけど楽しいよ、少なくとも今までよりも楽しくてここよりも幸せだよ」

 みんなのその顔は知ってる。
 縛られていた鎖が壊れる恐怖、嫌だったはずなのに言われるままが楽だったと今知って、指示が無くなってどうしたらいいかわからなくなってしまう不安。

「私と来るかはみんなの自由だよ、追手が来るかもしれないけどゆっくり考えて」

 私はまだクォルテみたいにみんなの手を引けるほど強くも賢くもない。
 それでも道を教えてあげるくらいは学んだはずだ、クォルテがしてくれた真似くらいはできる。

「僕は行きたい、もうここにも元居た場所にも行きたくない」

 最年少のジェルべが手を上げると他の二人も手を挙げた。

「ルリーラについていくと決めた」

「私もルリーラを信じてみたい」

「あんたはどうする?」

 倒れている男を見る。

「俺もお前にかけてみてやるよ。そうだよな奴隷じゃなくなったのに、また奴隷は嫌だしな」

「よし、じゃああんたの名前は?」

「ヒュレ」

「よろしくヒュレ、私はルリーラ、こっちの男の子がモルト、こっちの子がポーマ、この小さい子がジェルべ」

 私達は五人に増えてこの空間を進もうとすると聞きなれた音が聞こえてきた。

「何この音」

「水の音だ、それも凄い量」

 ここにはそんなことも起こるの?
 こんな時どうすればいい? 水を割る? できなくはないけど……。

「ルリーラ水に人がいるぞ」

 確かに叫び声が聞こえる。
 ベルタだから耐えきれるだろうけど駄目だ、なんの水かわからないもし毒なら私達は全滅しちゃう。
 目の前に迫った水に対して私は叫ぶ。

「みんなできるだけ高くに移動して、壁に張り付いて」

 壁に張り付いて水が流れ切るのを待つけど水は不自然に曲がって、私達がいた小さな行き止まりに流れて行ったきり、こっちに水が戻ってくることはなかった。

「これって魔法の水?」

 もしかしてクォルテ? 助けに来てくれたんだ!

「戻ろう」

「どうして?」

「私の仲間が来てくれたの!」

 私は来た道を全力で戻り始めた。



 俺達は女のベルタを倒した後少しだけ進む。

「ご主人足音。五人」

 フィルの言葉に俺達は迎え撃つ準備をする。
 魔力を溜めて迎撃の準備をする。

「凄いスピードでこっちに突っ込んでくるよ」

「クォルテ―!!」

「ルリーラ!?」

 元気の有り余る声に、俺達は臨戦態勢を解く。
 そんな無抵抗の俺に弾丸になったルリーラが突っ込んできた。

「ぐはっ!」

 ベルタの全力を受けきれる能力は俺には無く、弾丸となったルリーラと共に壁にめり込んでしまう。

「クォルテ来てくれたんだ!」

「ルリーラちゃん、クォルテさんが死んじゃうよ」

 壁に埋まり息も絶え絶えになった俺に返事をする術はない。

「わー! ごめんクォルテ大丈夫?」

 動けない俺をブンブンと前後に揺すり俺の脳はぐちゃぐちゃにされ俺の意識は一旦途切れた。

「気持ち悪い」

 意識を取り戻しての一発目の発言はこれだった。
 脳がミックスされてしまった結果の嘔吐感に苛まれる。

「ごめんなさい」

「次からは気をつけろよ」

 気持ちがわかなくもないため叱ることはできず、素直に反省するルリーラの頭を撫でる。
 一日ぶりに撫でるルリーラの闇色の髪は艶があり心地いい。
 久しぶりの感じだ。

「それでそっちの四人は?」

 俺が起きるまでの間に増えた四人を指さす。

「私の仲間、一緒にここから出ようと思って」

「なるほどな」

 四人のベルタは静かに座り置物かと思うほどに大人しかった。

「一つだけ言っておくが、一緒にここを出るのは別にいい、他に居るならそれも構わない」

 いかにも奴隷といった雰囲気の四人に更に言葉を投げる。

「でも、その後にことを俺は面倒は見れない」

 はっきりと四人の同行を拒否する。
 正直一人なら多少の問題はあっても連れて行くのに問題はない。
 でも四人は無理だ、単純に倍に増えるのもあるし増えすぎだ。

「それはそうですよね」

 俺の言葉に肩を落とす四人。

「ただ街までは運んでやるから後は自分だけで生きていけ」

「わかりました」

 返事にみんなが頷く。
 不意に地面の動きが活発になっていく。

「何だこれ?」

「気をつけて、この床人を飲み込むよ」

「これはやばいかもな」

 周りではすでに魔獣が捕食を始めている。
 気を失っている者から次々と床や飲み込まれていく。

「ミール魔法の解除、それと動ける連中は動けない奴らを助けろ」

 俺の命令にみんなが動き始める。
 命令を出したはいいが、この状況をどう切り抜けるか。
 ここは魔獣の体内も同じ、そんな中で逃げの一手はあり得ない。
 なんで急に動き出したんだ? 一定の人数が集まったからか? それとも負傷者の数? 俺達の存在?

 考えながらも魔獣は俺達を捕食しようと何度も襲い掛かる。
 
 そうじゃないはずだ、それなら最初の段階で動き出さないとおかしいし負傷者の数でもミールの魔法の時点で発動しないとおかしい。
 俺達の存在だとしてもそれこそ今更だ。

「ルリーラ、この魔獣が動き出した理由に心当たりはあるか?」

「これ魔獣なの!?」

「後で説明するから早くしろ」

「えっと私がこの床を抉ったら動き出して一人が食べられたの」

「わかった、ありがとう」

 傷を負えば回復しようとする。
 なるほど、それはシンプルだ。
 魔獣が防衛本能で肉体から魔獣を生み出している。
 それなら対処もシンプルだ。

「動ける奴は全力で壁と床へ攻撃、攻撃すればするほどこの敵の攻撃は激しくなると思え!」

 俺が檄を飛ばすと動ける連中はみんな攻撃を始める。

「死にそうになったら引け! 必死に逃げろ! 死んでも逃げろ!」

「無茶苦茶な命令じゃない?」

「向かって来たら全部潰せばいいだけだぞ」

「じゃあ無茶苦茶じゃないね」

 ルリーラは即頷き壁に拳を打ち込む。
 壁が大きな窪みを作り魔獣の体は体液をばら撒きながら飛散する。
 その傷を修復しようと四方から迫る口を全て叩き潰す。

「お前達もあのくらいできるだろ!」

 ルリーラが仲間と呼んだベルタの四人に声をかけるが、不安が表情を曇らせる。

「ルリーラが仲間と呼んだんだろ、仲間なら仲間が頑張ってたら一緒に頑張るもんだ」

 目の色が変わる。
 ルリーラが何を話したかは知らないが、きっとそれはあいつが言ってほしかった言葉なはずだ。 
 それなら俺が言うべきは最後の一押しだ。
 縦の関係じゃなくて、横の関係。そのために戦えと鼓舞する。

「アルシェ、フィル、ミールお前達も頼んだぞ」

 機動力のあるフィルが短剣で肉を抉りアルシェとミールがそれを滅する。
 ベルタ達も一生懸命に壁や床を破壊し続ける。
 それから少ししてようやく一つの部屋からは魔獣の姿が消えた。

「これで大丈夫なはずだ」

 正直見えない壁の上までは確認できないが目に見える範囲からは片づけた。
 もう魔獣が襲ってくる気配はない。

「これで終わりか」

「でもここからどうやって逃げるの?」

 そう言えばルリーラにはまだ神様のことを話してなかったな。

「俺達はここに神に連れられてきたからな、後は闇の神を倒せばそれで解決だ」

「そうなんだ」

「だから安心しろ」

「――――!!」

 頭を撫でると嬉しそうに目を細めるルリーラに懐かしさを感じていると。
 突然頭上から奇声が轟いた。
 その場にいた全員が頭上を見上げると闇の中から一つ黒い何かが降ってきた。

「よけろ!」

 俺の言葉にみんなが反応し落下地点から距離を取る。

 こんな登場の仕方をするのは味方じゃないよな。

 激しい音と共に地面にぶつかったそれは蒸気を発しながらそこに立っていた。
 小さな人影、ルリーラよりも小さい影は上記の奥に見えていてもわかる真黒な闇の様な存在。
 ベルタの髪色と同じ純粋な闇の黒。
 髪も目も口もないまっさらな頭部に凹凸が感じられない体。
 人の形の闇がそこにいた。

「――!」

 近くに居た名前も知らないベルタに闇は突撃した。

「よけろ!」

 音よりも早く動いたそれは一撃でベルタの体を壁に埋め込んだ。
 そして次に狙いを定めたのは俺だ。
 緩慢な動きで首が俺を向く。

「危ない!」

 狙われたのに気が付いた時には、人型の闇は俺の目の前に届き間一髪ルリーラが間に入った。
 狙いを俺からルリーラに変え、闇の人型は足技を繰り出すが、ルリーラは避けて逆に一撃入れる。

「ルリーラ」

 そこからは何も理解ができない。俺の目が捉えられる限界を超えて音と衝撃だけを残して移動する。
 その応酬が続き俺の目に映ったのはルリーラの一撃が闇に決まり壁にぶつかった姿だった。

「――!?」

 今の攻撃に驚いたのか闇は奇妙な声を上げ首をかしげる。

「――――――――!!!!」

 闇が叫び声を上げると壁の中から現れた魔獣が折り重なりそのまま壁が闇を飲み込む。
 闇を取り込んだ壁は大きく膨れ上がると、ぶちぶちと嫌な音を立て肥大化した部分を切り離す。
 その肉片は徐々に人の形に変わりその全身を闇色に染める。

 肥大化した闇が立ち上がる。
 俺達全員を見下ろす闇色の巨人は腕を上にあげたかと思うとそのまま腕を振り下ろす。
 高速の拳圧に近くに居た人達が遠くに吹き飛ばされその拳は誰にも当たらない。

「お前らみんな逃げろ!」

 特級が可愛く見えるくらいのサイズと威力。
 体を動かすだけで強風を生み、その一撃は床を抉る。
 その様に蜘蛛の子を散らす様に意識のあるベルタ達は、俺達五人を残してどこかへ走り出した。

「アルシェ、ルリーラに強化魔法をかけてくれ全力で、ミールはフィルに強化。それが終わったら物陰に隠れてろ」

 対峙してわかる圧倒的な体格差、このサイズであの速さ、拳を振り下ろしただけで周りから人が吹き飛ぶ。
 ルリーラとフィルでギリギリ耐えきれるかどうかの状況にアルシェとミールは置いておけない。

「クォルテさんは?」

「俺はこれを撃たないといけない」

 神が神槍を託してくれた精霊結晶。
 おそらくこいつにはこれを打ち込まないと消滅させるのは無理だろう。
 この体内全てが敵なら体力は向こうが圧倒的に上で持久戦は無理。あの体格であの速度ならルリーラの一撃でも死なない。

「わかりましたミールさん行きましょう」

「はい」

 アルシェとミールが退避したのを見て俺達は闇の巨人と対峙する。
 絶望的な戦力差に逃げ出したいという気持ちすら消えてしまう。

「なんかもう怖いとかないよね」

「だねー」

「通り越すよなコレ」

 中々動かない闇の巨人は俺達をただ見下ろす。

「神槍撃ったら避けるよな」

「だと思うよ」

「神槍撃てるんだ。それなら私があいつの動きを止めればいいんでしょ」

 制止をする暇もないルリーラは臆せず闇の巨人に突撃した。
 足元を捕らえた一撃は闇の巨人を少しだけ怯ませる。

「――!」

 驚きの声を上げる闇の巨人はルリーラを狙い腕を振り下ろす。
 拳圧というう名の暴風が俺とフィルを襲う。

「これが厄介だな」

 一振りで敵との間合いを取ってしまう一撃は、思いの他厄介で近づくことができない。

「ご主人あたしも行ってくるね」

 風を纏ったフィルもルリーラと共に突撃を開始する。
 フィルはルリーラの届かない頭部を狙い攻撃を始める。
 大したダメージにならない一撃が闇の巨人を苛つかせる。

「――――!!」

 突然の咆哮一瞬の停止を狙い何もない頭部に口が生まれた。
 闇に突然浮かぶ口は大きく開く。

「よけろフィル!」

 一度だけ見たことのある動き、ヴォールで戦った魔獣が魔力を放つ動作。
 俺の言葉に全力で逃げ出すフィルのいた場所に一筋の光が走る。
 光は向かいの壁を軽く貫通し壁が崩壊する。

「今のって」

「特級の魔獣が使ってた攻撃だ」

 ただ魔力をぶつけるだけの単純な攻撃。
 俺やミールが水を放出する単純な一撃も、魔獣になると一撃必殺の威力になってしまう。

「水よ、鎖よ、楔よ、我が敵の動きを封じよ、ウォーターバインド」

 水は大きな鎖に変わり闇の巨人を捕らえ捕縛する。

「――――!!」

 突然の動きに闇の巨人は大きな声を上げる。

「今だ!」

「おりゃああ!」

 ルリーラの全力が闇の巨人の腹部に刺さる。

「――――――――!!!!」

 断末魔と共に暴れる闇の巨人は簡単に水の拘束を破る。
 闇の巨人は口をルリーラに向け口を開ける。

「アルシェ!」

「バーンアウト!」

 呪文を唱え終えていたアルシェは魔法を発動させる。
 狙いは当然砕かれた水。
 炎はすぐに着火し闇の巨人の体を焼く。
 当然ながらこれが大してダメージにならないのはヴォールで体験済みだ。
 それでもわずかに鈍らせるくらいはできる。

「ルリーラ殴り飛ばせ!」

 ルリーラは力一杯に闇の巨人を殴りつける。プリズマの強化を受けたベルタの一撃に流石の闇の巨人も壁にぶつかる。

「もう一発!」

 次いで二発目の攻撃で、闇の巨人は壁に埋まり膝を着く。

「これで終わりだ――」

 すぐには動きだせない闇の巨人はこちらに口を向ける。

「――神槍」

 精霊結晶に格納されていた神槍は姿を現す。
 俺には決して作り出せない巨大で荘厳な槍は特級を屠る時よりも大きく感じる。
 闇の巨人はその脅威を感じ取ったのか魔力を吐き出す。

「勝負するか? 神の一撃だぞ」

 俺は神槍を放つ。
 螺旋状に回転しながら進む神の魔法は、闇の巨人の魔力をものともせず突き進む。

「――――――――!!!!」

 闇の巨人は負けじと何度も魔力を放つが神槍の前には焼け石に水。触れては消滅する。
 闇の巨人は今更勝てないと回避行動に移るが、魔力を消費している今、動きが鈍り間に合わない。
 そのまま神槍は闇の巨人に命中する。

「――――!! ――――――――!!!!」

 闇の巨人は何かを訴えるように断末魔を上げながら消滅した。
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