生まれた国を滅ぼした俺は奴隷少女と旅に出ることを決めました。

柚木

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火の国 ウォルクスハルク

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「ようやく終わったか」

「ヴォール様、ウォルクスハルク様」

 俺達が疲れて床に倒れ込むと、ボロボロになってしまった服を着て二柱の神は壊れた壁から姿を見せる。

「辛勝と言ったところだな」

「いやいや、特級の魔獣を人間が倒したんだ十分だろ」

 辛口の評価をする火の神に、水の神が擁護してくれる。

「何を言う、貴様がこ奴らに手を貸したからこそであろう」

「神槍は仕方ないだろう」

「身体強化の底上げに、当てやすいように魔獣を動けなくしたところは無視か?」

「くっ……」

 どうやら魔獣との対戦を最初から見ていたらしい二柱だ。
 精霊結晶に込められていたのは助かった。実際あの分が無かったらもっと危なかった。

「それはそうと、その子は誰ですか?」

 二柱の神の間には小さな女の子がいた。
 闇色の髪に白磁の肌、それだけならばベルタの子供を途中で拾ったと思えるが、注目すべきはそこではない。
 神に手を引かれている少女の頭にはなぜかねじれた角二本生えていた。

「これはお前達へのお土産だ」

「えっ?」

「こいつが言ったままだ。この小娘はお前達へのプレゼントだ」

 水の神の冗談かと思ったが、火の神まで真面目な顔でそんなことを言う。
 そして更に爆弾発言をする。

「ちなみにこいつは闇の神だ」

「「「「「えっーーーー!!」」」」」

 小さな神は叫ぶ俺達に優しく微笑んだ。

 こうして俺達の仲間に神様が加わることになった。

 生きている大量のベルタをと共に火の国に転移した。
 火の国の玉座の間、今この広間には大量のベルタが居り、彼らは突然の出来事に困惑している。
 普段ならそれをどうにかするところなのだが、俺達は広間に設置されているテーブルで神達を問い詰めている。

「それで、なんでこんなことになったのか説明を願いします」

「説明か、貴様はできるか?」

 俺とは反対に座る水の神は隣に座る火の神に話を振る。

「まあそいつには無理だろうな」

 そう言って腕を組み、豊満な胸を持ち上げる。

「簡単に言うと、闇の神を殺すことができないため転生させたと言えばわかるか?」

「転生、ですか」

 疲れているのか、この騒がしい広間でルリーラと共に眠る闇の神を見てしまう。
 転生か。確かに以前感じた威圧感や、恐怖は全く感じない。角さえなければ普通の子供と変わらない。

「神ともなれば力だけを奪うのも難しい、思想を変え体と力はそのままにと思ったのだが」

「こうなったと」

 強靭な肉体も無ければ強力な魔力も感じない。
 思想どころか存在そのものが変わってしまったわけか。

「要は失敗したその結果がその子なのだが、神としての器は健在なのでな」

「でも中身は見ての通りということですか」

「そう言うことだ」

「厄介ですね」

 神の器に子供の魂。
 無邪気に世界を滅ぼしそうな組み合わせに内心戸惑いが隠せない。
 なんで神が子供になったのかはひとまず理解した。理解したが、更にわからないのはその先だ。

「この子の存在はわかりましたが、何故俺達なんですか?」

「理由は簡単だ、神と親しく闇の神と接触していて信用できる者に頼むのは道理であろう?」

「そうですか」

 確かにその条件に合うのは少ないだろうな、特に今の時代に闇の神に会ったことのある人間はほぼ皆無だろう。

「でも大丈夫なのですか? 暴走したら俺達には止められないですが」

「それも大丈夫だ、ほれこれをやる」

 ぽんと軽く投げられたのは腕輪。
 シンプルな銀細工には模様が掘られているだけで宝石などの装飾はない。その辺りの露店に並んでいてもおかしくはない見た目の銀の腕輪だ。

「それをその子につけておけばベルタくらいの力に収まる。そのくらいなら止められるだろ?」

「ええ、まあ」

 これも神器なんだろうなと考えるが、神器を見慣れすぎてもう驚けなくなっている自分がいる。

「しばらくこの国にいろ、その子の世話を頼むのだ、必要な物は都合してやろう」

「それは嬉しいですけど」

 ひとまずは火の神の提案通りこの国に滞在することに決める。
 神からの贈り物。それ自体は喜ぶことだが、その贈り物はものではなく子供になった闇の神で、俺はため息を吐くほかなかった。

 その日の夜、昨日も泊まった部屋の一室にみんなが集まったのを確認し、今しがた神から聞かされた内容を伝える。

「そんな理由で俺達がこの子を預かることになった」

 俺の横で立っている元闇の神は、自分の腕に付いている腕輪を珍しそうに眺めている。
 神器の影響らしく、腕輪を付けている間は禍々しい角も隠れ見た目は完全にベルタの子供だ。

「事情はわかったけどさ」

 やっぱりルリーラ的にはあまり好ましくないんだろうな、連れ去られたりベルタ同士で戦う羽目になったりしたしな。

「その子の名前は決まったの?」

 難色を示すかと思ったが、当たり前のことを指摘された。
 この子には呼び名がない。

「ミスクワルテじゃ駄目だもんな」

 仮にも裏の三柱の一柱だ、子供にそんな名前を付けるのは流石に問題があるだろう。

「じゃあみんなで名前を決めよう」

 ルリーラの一言でみんなが頷いた。
 名前を付けることにみんななぜか乗り気だった。

「わかったよ、じゃあ何か案はあるか?」

「私は安易ですけどミスクでいいと思いますけど」
「あたしはヤミでいい気がするよ。闇の神だし」
「私も安易ですけどミーでよくありませんか?」

「まあ、悪くはないよな」

 アルシェのミスクもフィルのヤミもミールのミーも別に悪くはない。
 でもなんかしっくりこないんだよな。
 なんでもいい気がするけど、これからを考えるとしっかりと考えてやりたい。

「ルリーラはどうだ?」

 そう思い提案してから考え続けているルリーラに振る。

「セルクはどう?」

 セルクか悪くない。
 前の三つと何が違うのかはわからないが、その名前はしっくりと来た。

「よし、お前は今日からセルクだ」

 しゃがみ目線を合わせて自分の名前だと教える。

「わかった、パパ」

 すんなりと名前を受け入れてくれたセルクはほほ笑んだ後に、なぜか父親を呼んだ。
 一瞬水の神かと思ったが今この場にはいない。

「え?」

「パパ!」

 そう呼んでセルクは俺の胸に飛び込んでくる。
 小さな衝撃が俺の胸に訪れ無邪気に俺の胸元に頭を擦り付ける。
 そんなセルクの行動に俺はどうしていいのかわからず固まってしまう。

「クォルテの隠し子?」

「いや事情知ってるよな!?」

「ママ!」

 今度はそう言ってセルクは俺を冷めた目で俺を見ていたルリーラに駆け寄り抱き付いてしまう。

「私がママ……」

 ママと呼ばれてだらしなく顔を緩めるルリーラに他の三人が駆け寄る。

「ルリーラちゃんいつの間にこんな子を産んだの?」
「ご主人との子供なの!?」
「兄さんとお姉ちゃんが両親なら、私には姪ってことだよね」

 三人の問いかけにも答えずにルリーラはだらしない表情をしたままセルクを抱きしめている。
 そしてそんな状態のルリーラを問い詰めても無駄だと判断した三人が俺の方を向く。

「クォルテさんどういうことですか?」
「ご主人はルリーラを選んだの?」
「この子は私の姪でいいんでしょ?」

「セルクは闇の神だって言っただろ!」

 自分がママと呼ばれなかったことに落ち込む二人はセルクに近づいていく。

「セルクちゃん私はねアルシェって言うんだよ、私のこともママって呼んでね」

「あたしはフィルって言うんだ、あたしのこともママって呼んでね」

 お前達もママと呼ばれたいのか……。
 幼い子供に虚ろな目で自分がママだとする込みをする様に恐怖を覚えた。

「アルシェママ、フィルママ」

 ママと呼ばれたことに嬉しくなったのか、二人の目に光が戻り強く拳を握り込んだ。
 二人があんなに嬉しそうなのは初めて見たな。

「私はミール、ミールお姉ちゃんって呼んでね」

「ミールママ」

「ママじゃなくてお姉ちゃんだよ」

「ママ、アルシェママ、フィルママ、ミールママ」

 セルクが全員を呼ぶと早口言葉の様になってしまっている。

「だからね私はママじゃなくて」

 なんとなくわかったが、セルクはどうも男はパパ女はママと思っているようだ。
 おそらく神々がそう言う風にしつけたのだろう。
 恍惚の表情を浮かべる三人と必死に教え込もうとしているミールを眺めながら、全員がこちら側に戻ってくるのを待つことにした。

「いい加減落ち着いたか」

 いつまでもどこかに行ったまま戻ってこないため、抱き付いたセルクを奪い取り抱きかかえる。
 背中をゆっくり叩きながら揺するとすぐにセルクはあくびをする。

「だって嬉しいもん」
「嬉しかったのでつい」
「嬉しかったから」

 取り上げてようやく元に戻った三人を正座させ説教を始める。

「ママ気分が嬉しいのはわかるが一向に話が進まないだろ? まだベルタ達の受け入れをどうするかも決まってないんだぞ」

「「「はい」」」

「それはそれとしてなのですが兄さん」

「なんだ?」

「妙に手慣れてますね」

 ミールの余計な一言に三人が固まる。
 考えていることは流石にわかる。
 俺に隠し子が本当にいるんじゃないか、だから自分達に靡かないんじゃないか。
 しかしそれを問い詰めたいが今怒られているからできないどうしよう。
 そんな所だろうな。

「仮にも元貴族ロックス本家だ。生まれた子供から死にかけの老人までたくさん会ってきてるんだよ」

 子育ての経験はないが子供の世話を経験したことなら山ほどある。
 おしめを変えることから介護までできないことはない。

「そう言えば、私も子供の相手したことがありますね」

「分家のミールの倍以上は相手してるぞ」

「そう言えばそうですね、兄さん面倒見がいいですし」

「そうか?」

 押し付けられていたから扱いが上手くなった。というだけのような気もするが。

「親戚の中でもいつも話題に上がっていましたよ兄さんが好き、兄さんと結婚したい、兄さんとの子を産みたい」

「そんな話は聞いたことないな」

 恋愛を楽しむよりも早く研究させられ、ルリーラに会ったから聞いていなかっただけかもしれないが。

「私が伝えるって言って全部握り潰していましたから」

「そうだったなお前はそういう奴だ」

「ミール今の話もっと聞かせて!」
「私もクォルテさんの昔の話を聞きたいです」
「あたしも気になる」

「え、いいですけど」

 珍しくミールが勢いに負けている。

「じゃあ、俺は出てくるな」

 止まりそうにない四人を置いて俺は外に出ることにした。

「兄さん私も行きます!」

 危機を感じたのか付いて来ようとするミールに、三人の手が伸びる。
 化け物に襲われた被害者の様に部屋に引き込まれていく。
 そして無情にもバタンと扉が閉まる。

「助けて兄さん」

 閉じた扉からそう聞こえたが俺は頑張れよと、従妹を場に置き去りにして部屋の外に出る。

「クォルテじゃないか、どうした夜泣きか? 追い出されたか?」

「夜泣きする年齢じゃないですし、俺の過去話をするらしいので逃げてきました」

 偶然なのか待っていたのか部屋を出てすぐに火の神と会う。
 服がはだけているがヴォール様と違い、着ている服は毎日違うようで今日は少し大人しい柄の服を着ている。

「女共が過去を聞きたがるとはモテるのだな」

「まあ、仲間にはですけど」

「否定はせんのだな」

「しませんよ、仲間に好かれるのは嬉しいですし、否定しては四人に申し訳ないですから」

 受け入れることはできないが、気持ちを否定することはしたくない。
 ただ初めて優しくされたから好きになったのだとしてもその気持ちは本物だ。

「お前のような男は嫌いではない。あの軽薄な男よりも遥かに尊敬できる」

「軽薄な男ってヴォール様でしょうか」

「わかっているではないか」

「そうですね」

 わかってしまった以上もう否定もできない。
 水の魔法使いの間でも結構有名だ。

「そうでした、この子に名前を決めたんです」

「ほう、名前か」

 ウォルクスハルク様が驚いたことに驚きながら、名前を伝える。

「セルクです」

「なるほどな、闇の神セルクの誕生だな」

「あっ」

 そこでなんでウォルクスハルク様が驚いた理由がわかった。
 闇の神であるこの子に名前を付け、それが浸透してしまったらそれが正式な名前になってしまう。

「よかったなこれでお前達五人は歴史に名前を残せるぞ闇の神を育てた五人だからな」

 ウォルクスハルク様は愉快そうに笑いだす。

「笑いすぎですよ、ウォルクスハルク様」

「おお、すまんな。ククク、詫びに街を案内してやろう」

 笑いすぎて目に涙を浮かべた火の神は、自分の国を紹介するために俺の手を引っ張る。
 セルクを落とさないように片手で抱きかかえながら、暖炉の様に温かい手の感触を感じた。



 火の神に連れられて来たのは街の中で一番活気のある通りだった。
 夜にも関わらず人の数が多く流れが生まれている。
 城を中心に綺麗に整備されているのか人々は常に一定方向にだけ進んでいく。

 この街の中で人の波を分ける役割を果たしているのが露店の数々だった。
 人の波を二分割する露店は他では考えられない頑丈な石垣になっており、露店というよりは小さな店といった様子だ。

「凄いですね。こんなにきっちり人の波を分けるなんて」

「我は何もしていない、この国の総帥がしっかり管理しているのだ」

 こんな仕組みを作ったのだからそれはきっと聡明な人なんだろう。この国にいる間に一度国の統治について教示願いたい。
 この後アリルドに戻る予定があるし、王としては少しでもアリルドに貢献できるようにしたいところだ。

「会ってみたいですね」

「女ではないがよいのか?」

「俺にどんな印象をもっているんですか……」

「女好きなのだろ?」

「誰からそんな情報を」

「お前の仲間とヴォールだな」

「納得しました」

 確かにその面子なら言いかねない。
 水の神に関して言えばあの四人はクォルテの嫁達だ。と言っていてもおかしくない。

「ククク、噂に違わない面白い男だな」

「今度はどんな噂を聞いているんですか?」

「変な噂ではないよ」

 火の神はそう言うと人の波に乗っていく。
 セルクを落とさないように慎重に追いかけていく。

「それにしても神がいるのにみんな気にしないんですね」

 人行く波は火の神を気にすることなく歩き続けて行く。

「気にしているよ、我が居る時は火山から火砕物が降るからな天気予報変わりだ」

「晴れの火砕物って最悪じゃないですか」

「悪いとは思っているが我が子は見たいからな、たまにこうして街中を歩いている」

 水の神とは違うのか、いるだけで火山が活発になってしまうそのせいで疎まれているが、それでも熱はこの土地に必要だから邪険にできない。
 そのために無関心。

「俺はウォルクスハルク様が好きですよ」

「……っ!」

 今まで先頭を歩いていた火の神が突然歩みを止めたせいで俺はぶつかってしまった。

「いたっ、どうしましたか」

「くっはははは! なるほど、本当に愉快な男だよクォルテ・ロックス」

 突然振り返ったと思ったら、俺の肩をバンバンと叩き大声で笑いだす。
 流石に無関心を貫いていた他の人々もなんだなんだとこちらを向いてくる。

「まさか神を口説きにくるとは思わなかったよ。あははは!」

 その発言で自分が言ったことを思い出す。
 俺は神に好きだと言った。
 それはもちろんそういう意図があったわけではないが、確かにそう聞こえて当然だ。
 更に周りの人達までがこそこそと話したかと思うと俺達を囲んでくる。

「おいあんた本気かい?」「相手は火山を噴火させちまう神だぞ」「おい、ニュースだ神を口説こうとする男がいるぞ」

 瞬く間にもみくちゃにされながらいると、あまりの騒ぎに眠っていてセルクが起きてしまう。

「どうしたの、パパ……」

 セルクの無邪気な一言は、今の状況には最悪の一言で更に周囲は盛り上がる。

「もうすでに神との子供がいるぞ!」

 盛り上がりが頂点に達した民衆はその場で宴会が始まってしまう。

「あのウォルクスハルク様が結婚か」「これで落ち着いてくれるとありがたい」「昔から色々やらかしてたからな」

「ウォルクスハルク様? あなたは煙たがられていたわけではないのですか?」

「煙たがられているさ」

 説得力はなく火の神は目を反らす。

「やんちゃなんだよ。我らが神様は」
「そうなんだよ、花火の代わりに火山を噴火させたり」
「山賊が出たらマグマをアジトに流してみたり」
「色々派手なことばかりしてたんだよ」

 近くに居た年配の人々が、口を揃えて自分達の子供時代の事を楽しそうに話す。

「…………」

 俺と一向に目を合わせようとしない火の神は突然を俺を抱きかかえ空に逃げる。
 逃避行だなんだと騒がれながら、空中で停止し民衆に言い放つ。

「我は神だぞ! 人間と結婚できるはずがないだろう!」

「いいじゃないですか」「楽しそうだぞ!」

 火の神はもう神聖さは一切なかった。
 空を飛べるほどの力を持ちながら顔ははやし立てられて真っ赤に染まる。
 そこには神とは言えない一人の可愛い女の人がいた。

「パパ飛んでるよ凄いね!」

 周りからの言葉など聞いてはいないセルクは楽しそうに民衆に手を振る。

「もう帰る!」

「また来てください」「そろそろ祭りもやりますから」「その時は花火をお願いしますよ」

 民衆に手を振られながら飛び立つ火の神は、燃えそうなほどに顔を赤くしていた。

「お前があんな不用意な発言するからだぞ」

 人気のない場所まで飛んできた火の神は俺を下ろしていきなりそんなことを言う。

「なんでみんながあんなだったのかわかった気がします」

「どうしようもないことをしているからだろ。全く我は神だぞ」

「そうですね」

 一つわかったのは決してこの国で神は嫌われていない。
 出なければあんな楽しそうにはしていないだろう。

「期待されてますねみんなに」

「体のいい舞台装置扱いだろうよ」

 拗ねている姿から、やっぱり神本人もこの関係が嫌いじゃないのだる。
 祭りに呼ばれたり盛り上がるために使われたりするのが楽しいんだろう。

「なんだ、その顔は」

 照れたり怒ったり忙しい姿は人間らしく温かい。
 火の神はこういう神様なんだと確かに好きになった気がした。

「いえいえ、この国が知れてよかったです」

「これ以上は、自分の首を絞めそうな気がするからやめる」

 この話題が不利なのを悟って自分で話を切ってしまう。

「ママ」

 飛んでいる最中ずっと楽しそうにしていたセルクが、トコトコと火の神に向かって歩いて行った。

「ママはやめてくれる? 我は火の神だ」

「セルク、女の人は全員がママじゃないからな」

「なんて呼べばいいの?」

「お姉さんとか?」

「わかった!」

 元気いっぱいに返事をするセルクの愛らしさに、つい頬が緩んでしまう。
 ミールの事は頑なに呼ばなかったのに、今回は素直に頷いたが可愛いので特に気にしないことにしよう。

「言いたくないが、お前は実の子供が出来たらとんでもない親バカになりそうだな」

「そうでしょうか?」

 セルクが俺の元にやってくるのでそれを抱き止めながら相槌を打つ。

「それは未来の事だろう。今は良い」

「それで街を案内してくれると言っていましたけど、これからどうするんですか?」

 あれだけの人数だ。すぐに噂は広まって全員に押しかけられるだろう。
 そうなると流石に俺も困る。
 やっぱりもう部屋に戻るしかないか。俺の話が終わっているころだといいけど。

「この国には名物が一つあるだろ」

「名物ですか?」

 歩くと碌な目に合わないことを知った火の神は、自分の羽を大きく広げ空を飛ぶ。
 羽ばたく度に炎の鱗粉が飛び散り幻想的な光景に変わる。

「暑くないんですねこの火の粉」

 顔に触れる火の粉に熱はない。
 それどころか俺の体を貫通して後ろに流れていく。

「これは我の魔力だからな、ヴォールの鱗や角もそうだぞ」

「そうなんですね」

 神についての勉強は不足していたため知らなかったが、どうも神の人とは違う部位は溢れた魔力を固定するための物らしい。
 だからセルクの角も腕輪で消えたのか。
 魔力を固定しているのが角か腕輪かの違いらしい。

「それで俺達はどこに連れて行かれるんでしょうか」

 空を飛んで楽しそうにしているセルクを落とさないように、しっかりと抱きしめながら聞く。

「火山だ」

「平気なんですか?」

 人が耐え切れない程の熱を出し火砕物まで飛ばしてくる雷や津波と同じ超自然災害。
 津波や雷と違い偶発的ではなく常にそこにあり、近づくことは死を意味する。
 そんな場所に俺は連れていかれるらしい。

「我の魔力でお前達は二人は海で泳ぐようにマグマに入れるぞ」

「遠慮しておきます」

 いくら神から安全だと言われても怖い物は怖い。
 何かの弾みで魔法が解けた瞬間俺は骨も残らず溶けてしまう。

「それで火山で何をするんですか?」

 ただの観光案内だとは思えない。
 セルクもいることだしあまり無茶はしたくない。

「観光と準備だ」

「準備、ですか?」

「そうだ、街の連中が祭りがあると言っていただろう」

「ああ」

 そう言えばそろそろ祭りだから花火を上げてくれと言っていた気がする。

「花火って何ですか?」

「簡単に言えば爆弾だな」

「いいんですかそんなの!?」

「パパどうしたの?」

「悪い、別に何でもないよ」

 爆弾と言われてつい大声をあげてしまった。
 それにしても爆弾を上げて欲しいって一体何が行われるのだろうか……。

「心配するな誰にも怪我がないようにする」

「危険な物ではないでしょうが」

 街の人達も楽しそうにしていたし安全なのは確かなんだろうな。

「そろそろ火口に着くぞ」

「おお……」

「凄い、真っ赤だ」

 火口に着くと俺とセルクは感嘆の声をあげる。
 山の頂上には町が一つ入りそうなほどに大きな穴が開いており正に火が口を開けている様に見えてしまう。
 その火口の中には煮えたぎるマグマが沸騰している様に気泡を作っては弾けていく。

「喜んでもらえてよかったよ」

「でもこれで花火ってどうやるんですか」

「せっかくだ、手伝ってくれないか」

「はい!」

 何をするかもわからないうちに俺が頷く前にセルクは元気に返事をした。

「よろしい、難しいことはない。我が大きな球を作るからそれを冷やしてもらいたい」

「セルクは?」

「セルクは出来上がったものを器に入れてくれ」

「はい!」

 元気な返事に満足気にしながら作業を始める。

「まずは器からだな」

 言うと火の神はマグマで大きな球体を作り出す。
 俺はそれに水を当てる。

「そんな少量でなくていい思いっきりぶち当てろ」

「それだと火口に水が入りますけど」

「人間程度で止まるほど火山の力は弱くない」

「そうですよね」

 そうなったら火の魔法はたぶん消えてなくなっているはずだ。
 この火山を止めるならそれこそ神槍クラスの水が必要だ。
 そう切り替えありったけの水をマグマの球にぶつける。
 大量の蒸気と鉄が冷える音が鳴るとあっという間に大きな岩の球体ができる。

「上出来だな、後は半分に割る」

 宣言通りに真っ二つに割られた岩の球体の中からは固まっていないマグマが零れ落ちる。
 マグマが無くなった岩は綺麗な器になった。

「セルク、今から作って出来上がったものを次々それに入れていけ」

「わかった!」

 火の神は今度さっきとは違いマグマで小さな丸い球体を大量に作り出す。

「クォルテ」

「はい」

 その多量の球体に水をかけると当然同じ数の岩の球体が生まれる。
 火の神をそれをセルクの近くに落としセルクはそれをせっせと器に入れていく。

「これは何に使うんですか」

「言わなくてもわかるだろう?」

 これが花火の材料ってことになるんだろうか。
 爆弾って言っているしこんな小さい球に導火線でもつけるのだろうか。
 それから器が四つ満杯になるまでこの作業は続いた。

「流石に疲れた」

「セルクもー」

 火口で座り込んでしまう俺達をしり目に火の神は元気が有り余っている。

「情けないな、そんなに疲れるか?」

「疲れたと言うか飽きました」

「それは仕方ないな」

 火の神も何度かあくびをしていたしな。

「それでは今日は戻ろう」

 その一声で俺達は火山観光を終えた。



「今日は楽しかったか?」

「うん! あの赤いのが綺麗だった」

「でも普段は危ないから気をつけるんだぞ」

「はい!」

 火の神は俺達を城まで送ってはくれなかった。神が人間を自分の家に呼んでいると噂になりたくないとのことで、俺達は裏の路地に降ろされた。
 そして現在騒ぎに巻き込まれないように火の神がくれた地図を元に、路地裏を歩き城の裏口を目指し歩いていた。

「パパ、誰か後ろにいる」

 セルクの言葉に俺は頷いた。
 相手は気配を消しているのにセルクが気づけたことにに驚いたが、神と同じ力を持っているならそれも当然のことだ。

「うん、ただ気にしなくていい」

「そうなの?」

「うん。だから急いで帰ろう」

 路地裏を歩いている最中なのに殺気も飛ばさなければ攻撃に移る気配もない。
 それなら今日は下見と言ったところだろう。
 寝床がばれるのは別に問題ない。
 何しろ今寝床にしているのは火の神がいる城。
 襲撃される可能性はない。

「パパが言うならそうする」

 背後に気配を感じながら城にたどり着く。

「そうだ、セルクは先に帰っていてくれるか?」

 やはりここは一度確認しておこう。
 ルリーラの件もあるしできるだけ危険のありそうなことは潰しておきたい。

「わかった」

 セルクは憲兵に挨拶をしながら城の中に入っていく。
 これでセルクの心配はいらないな。
 心配が必要なほどセルクは弱くないけど……。
 そして俺は気配のある方向に歩いていく。
 そのまま人気のない所まで行き気配に向かって声をかける。

「一人になったぞ。何か用があるんだろ」

「いい度胸だ」

 路地裏から一人の剣士が現れる。
 茶色の長い髪を一本に後ろで結び落ち着いた柄の浴衣で細身の体を覆う、浴衣は上下に分かれている珍しい形をしていて足の部分はわずかに広がりズボンの様になっている。
 浴衣には厚めの胸当てと篭手に具足、帯には一本の細身の剣を携えている。

「お前の要件が気になってさ」

 俺が挑発気味におどけると剣士は整った顔を歪める。
 どうやらこの剣士は挑発され慣れていない、真正直な相手としか戦ったことがなさそうだ。

「やはり、お前では力不足だな」

「何の話かは知らないが、納得したなら付きまとうのをやめてくれるか、優男」

 相手の軽い挑発に挑発を返してやる。
 するとすぐに剣に手を添え戦う構えをする。
 強いには強いけど弱いよなこいつ。
 その構えは確かに凄い。日頃の鍛錬を感じられる構えだ。
 だが、アリルドやヴォールであった魔獣退治の人達のような戦う上での強さが感じられない。

「切られる覚悟はあるんだな」

「切る覚悟がお前にあるならな」

 憲兵志願者が通う特訓場の出身だろう。
 力と技術を覚えるための特訓場の出身者にありがちなルールの中での強者だろうな。

「ほざいたな!」

 剣に手を当てたままこっちに突進を開始する。
 抜かないのか?
 不思議な動きに後ろに飛ぶ。

「ふっ!」

 抜剣した剣は驚く速さで俺に迫り咄嗟に体を折ったため、服を切る程度にとどまる。
 こいつ早いな、それに今の抜剣の加速はなんだ?

 一撃を外した剣士は二撃目を撃たずに再び納剣してしまう。
 初撃の速さにも驚いたが一撃離脱の攻撃なことも驚いた。

「よく避けたな」

「この程度なら避けれるさ」

「次もできるといいな」

 剣士はまた同じ構えをする。
 腰を落とし剣に手を当てこちらに突進する構え。
 二回目なら躱すことも難しくはないが、まだ何か隠しているのだろう。
 さっきとは違い余裕の顔を見せている。

「水よ、剣よ、我が敵を断罪する刃となれ、ウォーターソード」

 水の剣を作り俺も構える。
 何とか初撃を受けきり隙を作りたい。

「やっと相手にする気になったのか?」

「少しだけな」

「では参る!」

 掛け声とともにさっきと同じように突進してくる。
 さっきと同じなら一直線のはず、抜剣した勢いのままに攻撃してくる。
 それなら避けるのはこっちだ。
 俺は攻撃の範囲外である鞘のある方に一歩踏み出す。

「ここだ!」

 剣士の斜め後方から剣を振り下ろす。

「遅い!」

 剣士は俺の動きを見て、踏み込んだ足を軸に即座に反転する。
 その動きで俺の剣は空を切る。そして俺は無防備な状態のまま剣士の間合いに入ってしまう。

 回避しないと。そのわずかな瞬間に、剣士は抜剣を終えていた。
 さっきよりも早い!
 気が付くと体の真横に剣は迫っている。

「くっ!」

 体を魔力で強制的に動かせる。
 体を捻り、踏み込み曲がっていた足を強制的に伸ばす。
 不可能な動きに体が悲鳴を上げるが辛うじて薄皮一枚を切られるにとどまった。

「減らず口を叩いてどれほどかと思えばこの程度か」

「この程度相手に二発も外しているお前も同じだろ」

 痛めた腹部と足を庇いながら一定の距離を取る。

「それがお前の戦い方ということか」

 再び納剣し三度構える。
 さっきよりも早いだろうな、それに今のでわかったが突進はあくまで間合いに入るための移動手段。
 あの高速の一撃に必要な物じゃない。
 そうでないとさっきの一撃の動きは納得できない。
 さっきは確実に移動の力を一度止めた。
 なら大事なのは鞘の方ということか。

「次で決める」

 剣士は三度突進の準備を始める。

「確かにお前は剣は強いだろうな」

「手を引くということか?」

「何からかは知らないがこれは試合じゃないんだよ」

「それが何だというんだ」

「卑怯な手を使うぜ」

 俺の魔力の高まりを感じたのか剣士は動こうとする。
 しかしそれは上手くいかない。

「これは、水か」

「そっちが近づきたいなら近づかせない」

 足を掬うわずかな水を辺りに撒く。
 突然の水に剣士は戸惑う。
 自分の間合いまで一足飛びで近づけないもどかしさが剣士から冷静さを奪う。

「水よ、氷よ、敵の動きを止めろ、アイシクル」

「魔法!?」

「言ったろ、試合じゃないんだよ」

 足と剣を凍らせる。
 そして自分の負けを悟ったのか動くのをやめる。

「俺の勝ちだろ」

「認めないぞ、こんな姑息な手段で勝って嬉しいのか」

「嬉しいさ。俺は生きてる」

 俺の挑発に剣士は奥歯を噛み締めこちらをきつく睨む。

「それで俺を狙った理由はなんだ?」

「あの人はお前に相応しくない」

「あの人って誰の事だ?」

「ましてや水の魔法を使うお前とは合わないのだ!」

「水の魔法は合わない?」

 この男は何を言っているんだ?
 誰の事なんだ?

「明日祭りの催しで武道大会があるそこに必ず出場しろ! 神も見学に来る由緒ある大会だ、そこでお前に勝ち神にお前は相応しくないと知らしめてやる!」

「おい、何の話を――」

 瞬間剣士は炎に包まれる。
 こいつは火の魔法使いか!
 炎が消えた時には剣士は姿を消していた。

「原因はさっきの噂ってことか……」

 神に相応しくないってそりゃそうだろ。
 まさかあんな噂でこんなことになるなんて思っていなかった。
 体のあげる悲鳴を聞き入れ俺はしばらく休むことにした。

「ただいま」

「パパ、お帰り」

 帰ると同時に駆け寄ってくるセルクを抱き止めると腹部と足に痛みが走る。

「つっ……」

「クォルテ大丈夫?」

「ああ、ちょっと命を狙われただけだ」

「大事じゃないですか!」

 寄ってきたアルシェの肩を借りベッドまでたどり着く。

「そんな大袈裟なことじゃないんだけどな」

「そんなことではありません」

「アルシェの言うとおりだよ。ご主人に死なれたら私達はどんな男に買われるかわかんないんだよ」

 フィルがそう言いながら飲み物を持ってきてくれる。

「そう言えばそうだな」

 この四人ならむしろ水の神が奴隷にしそうだけど。
 しかし言われれば確かにそうだよな。
 美少女ぞろいのこのパーティを欲しがる連中は確かに凄い数になりそうだ。

「本当は帰ってきたら兄さんに街で嘯かれているお話について確認したかったのですが、残念ながら今日は諦めてあげますよ」

「あれはまあ、成り行きと言いますか」

 というより完全にとばっちりなのだが……。

「それに関してはまた明日詳しく聞きましょうか。それよりも傷と何に襲われたか」

「傷は正直大したことない、剣で少し切られて血は出てるが深くはない」

「そうみたいですね」

 全員の前で上半身を脱がされる恥ずかしさの中ミールが軽く検診する。
 俺の思い違いがないか魔法を使う必要があるか全てを順番に確認しながら作業をする。

「ミールママってお医者さん?」

「違うよ、研究って言ってもわからないよね。お勉強してたから基礎的なことがお医者さんの真似ができるんです」

「ミールママ凄いね」

「それほどでもありませんけど」

 口とは反対に嬉しそうに頬を染めるミールと目が合った。

「な、なんでしょうか兄さん」

「いや、珍しい顔を見たと思ってな」

「そ、そんなこと言ってないで他に部分も見るので反対をお願いします!」

 珍しく照れているミールになごみながらも背中を見せる。

「傷らしい傷は無いですね」

 切られたのは腹部に受けた一撃だけだ。

「では他にどこか痛い場所は?」

「足と腰だな」

「クォルテさん? どこで何をやっていたんでしょうか?」

「そう言われる気はしてたけど違うからな」

 ありきたりな勘違いに他のメンバーもアルシェを見る。

「アルシェ、何を考えてたの?」

「いえ、何もふしだらなことは、考えて、いませんよ」

「喋り方変だよ」

 玩具を見つけたらしいフィルがアルシェの相手をしているうちにミールが俺の問診を始める。

「外傷はなさそうですがどうかしたんですか?」

「魔力で無理矢理駆動させたんだ」

「なるほど、では魔力の流れがおかしくなっている可能性がありますね」

「そうかもしれない」

 本当にそうなっている場合は専門的な医者に診てもらった方がいいのだろう。
 変に直してしまうと元に戻るのに自然治癒よりも遅くなってしまう。
 ミールもそれは知っているようでで無理に治癒しようとはしない。

「まあ、明日にはほぼ直っているはずだ」

「そうですね。今日はもう大人しく横になっていてください」

「そうするよ」

 上を向き眠る姿勢になる。

「パパ、体痛いの?」

「大丈夫だよ、少し疲れただけ」

「じゃあ、今日はセルクパパと寝る」

 その言葉に空気が止まる。
 子供相手にやきもち焼くなと言いたい。

「そうだな、今日はセルクと寝るか」

「「「「えっ!!」」」」

 俺の言葉に空気が再び動き出す。

「クォルテ私も一緒に、ママだから!」
「クォルテさん、私はママですから一緒ですよね」
「ご主人、パパとママが寝るのは当然だよ」
「兄さん、姪と寝るのは当然ですよ!」

 四人が一斉に家族を主張してきた。
 どれだけ隣で寝ても手を出さないのにそれでいいんだろうか。

「お前達は自分のベッドで寝なさい」

 俺の一喝で全員は渋々別のベッドにもぐっていった。



 翌朝、体を起こすと痛みは消えていた。
 その場で体を捻ったり跳んでみたりしても痛みを感じない。

「パパ何してるの?」

「おはよう、痛くないかを確認してるんだよ」

「もう痛くない?」

「もう大丈夫だ」

「よかった、昨日のお姉ちゃんにやられたの治ったんだね」

「お兄さんだったろ?」

 綺麗な顔はしていたが纏った凛々しい雰囲気に戦い方、火の神を好きでいたんだから男のはずだ。

「そうなの?」

「戦ったパパが言うんだから間違いないよ」

「そっか」

 男だよな?
 男女の区別がつかないはずはないと、意外な疑問を持ったまま祭りに向かう準備を始める。

「今日はみんなで出かけるのか?」

 みんなの着替えが終わりいざ街へ、と思って部屋を出ると火の神と遭遇した。

「はい。祭りに向けての買い物です」

 各々がお礼の言葉を述べた後に、俺は昨日のことを話す。

「なるほどな、我を嫁に迎えたいとはまた奇特な男がいたものだな」

 煽情的な浴衣を着た火の神はそんな妄言を吐く。
 正直火の神が神だからと男を避けなければ引く手あまただろうに。
 後ろの四人がいる中でそんなことは言えないが。

「一応確認したいのだがどんな容姿だ?」

「髪が長くて後ろで一本に結んでいました、浴衣と急所に防具を着ていて帯の所に細い刀を差していました」

「顔は端正で、使う技は高速で繰り出す抜剣か?」

「そうです、心当たりがあるんですね」

 火の神に好意を寄せているなら、火の神に噂が届いていてもおかしくはないか。

「そうか、あやつは諦めないか」

 呆れたように頭を掻きどうしたものかと火の神は悩みだす。

「迷惑をかけたのだから、筋は通すべきだろう」

「なんの話ですか?」

「お前達少しだけ時間を貰えるか?」

 火の神が申し訳なさそうにする意味がわからない俺達は首をかしげた。

 連れて行きたいところがあると、火の神は俺達を先導して行く。
 その道すがら火の神は昨日の襲撃者について語る。

「まずクォルテを襲った者の名はサレッドクイン・ヴィルクード。この国の総帥ウィルコア・ヴィルクードの娘だ」

「娘!?」

 あの剣士が女? あの凛々しさを纏った剣士が女!?
 その辺の男よりも勇ましく相当訓練を積んでいる様に見えていたのに……。

「驚く気持ちはわかる」

「そのサレッドなんちゃらって人が襲撃してきた相手?」
「そうなるな」

「でもクォルテさんの話だとウォルクスハルク様が好きだと」
「そうなのだ」

「同性愛ってこと?」
「それともまた違うのだ」

「まったく話が見えませんが」

 ルリーラから始まりアルシェ、フィルと続いた質問全てに火の神が答える。
 その答えを聞いてもミールと同じく俺も意味がわからない。

「女だとしたらあの戦い方は凄いですね」

 男でも怯んでしまうような突進。体捌きは一朝一夕で身に付いた技術ではない。

「そうなのだ、魔法で身体強化しているとしても男勝りの攻め方を平気で行う」

 疲れた表情でため息を吐く。
 実際に一戦交えた俺としては気持ちがわからなくもない。
 彼女は真直ぐすぎる。
 愚直で真直ぐ、一度も曲がったことのないただの直線。
 その生き方は正しいと思うが、褒められたことではない。

「いや、男勝りというのは間違いだな」

「どういうことですか?」

「あいつは男だと思って生きている」

 流石に俺達は言葉を失う。
 年は俺とそんなに変わらないはずだ。それなのに男だと思って生きているのか。
 膨らむ胸と丸みを帯びる体をどう思っているのか。

「細かく言うと自分は女だということは知っているが認めていない」

「えっと、どんどんわからなくなっていくのですが……」

 俺含めみんなが頭を傾げる。
 男なのか女なのか段々わからなくなってきている。

「気持ちはわかる。なので一度詳しく話そうと思う。本人も交えてな」

 城を出た次の瞬間、俺達は別の場所にいた。
 壁や調度品から神の住む城とは別の建物だとすぐにわかった。

 広い空間に高い天井、そして目の前に豪華な椅子があり、そこに一人の男性が座っている。
 そして周りには少なくない数の人がいた。

「急に悪いなウィルコア」

「あなたが急でない時はありませんよ王」

 三十前後で短めの髭を生やし短い髪を後ろに流し清潔感がある男性。
 そして今火の神はウィルコアと彼の事を呼んだ。

「もしかしてそちらの方は」

「この国の総帥ウィルコア・ヴィルクード。サレッドクイン・ヴィルクードの父親にしてこの国の政治を行っている者だ」

「やっぱりそうですか」

 目の前にいるのがこの国の総帥か。確かに清潔感と親しみのある見た目に理知的な空気もある。

「君が噂のクォルテ君で合っているかな?」

「不本意ながら」

 総帥にまで噂が広まるって何なんだろう……。

「それでサラから聞いたが、クォルテ君も武道大会に出てくれるのだろう?」

「できれば出たくないです」

 正直な気持ちを告げる。
 俺は別に強くなりたくて旅をしているわけじゃない。
 強いに越したことはないが強さを測ってみようとは思わない。

「そうか、ではクォルテ君は参加しないということだな」

「はい、申し訳ありませんが」

 完全に巻き込まれた側だが、これ以上外堀を埋められる前に断り頭を下げる。

「ちょっと待ってもらおうか!」

 突然の大声は一人の剣士からだった。
 上下に分かれた珍しい浴衣の上に金属の防具、脇には剣を携えてサレッドクイン・ヴィルクードがこちらに歩み寄ってくる。

「クォルテ・ロックス、貴様売られた喧嘩を買わないと言うのか!」

 ずかずかと俺の前に歩み寄り睨まれてしまう。
 昨日は常に腰を落としていたため気づかなかったが身長は同じくらいか。

「勝手に売ってきたのはそっちだ。それにあの噂は嘘だしな」

「それでもだ。ウォルクスハルク様が認めている男であるお前を倒せば火の神も僕のことも認めてくれるだろう」

 鬼気迫る様子で俺に詰め寄るサレッドクインは確かに女性だ。
 凛々しいが、それは女性としての格好良さ。それによく見れば綺麗で一度そう認識してしまえばもう女性にしか見えない。

「すまないな、クォルテ戦ってやってくれ」

 その詰め寄っている姿を見て、火の神は俺に頭を下げる。
 そんなことをされてしまえば俺に断ることはできない。結局外堀を埋められてしまった。

「わかりました。ならここでもいいだろ? ウォルクスハルク様に見せるだけなら」

「そのことなのだがやはり会場でやってもらえないか?」

「無理にとは言わないが大会も興業の一つでな」

 そう言うことか、総帥の娘と火の神と噂になった男。
 確かに人が集まるには持ってこいの人選か。

「大会前のエキシビションとしてならいいです。後はそれ相応のお礼をください」

「了解した」

「というわけだ、そこでなら決着つけてやるよ」

「動機は不純だが貴様の魔の手からウォルクスハルク様を取り戻してやろう」

 こいつの中で俺はどれだけ悪者になっているんだろうか。まるでおとぎ話の騎士の様に抜いた剣をこちらに向ける。
 まあ、これだけ女の奴隷を囲っていて火の神にまで手をつけようとしていると思えば確かに悪漢そのものだけどな。

「武道大会って制限あるの?」

 こちらの話が終わったのを見計らっていたのか、ルリーラがそんなことを言い始めた。

「規定はないな。武器に関しては死人が出ないようにこちらで用意するが」

「なんだ出たいのか?」

「うん、私もっと強くなりたいの」

 ミスクワルテでの経験で何か思うところがあるんだろう。
 それならやりたいようにやらせるか。

「わかった。じゃあ参加して来い」

「うん」

 元気に返事をするルリーラの頭を撫でてやると気合いが入ったのか拳をグッと握った。

「ルリーラで合っているかな?」

 サレッドクインはルリーラに手を伸ばす。

「合ってるよえっと、サレッドさん?」

「サレッドクイン・ヴィルクードだよ」

 覚えているのがそこまでだったのか間違えたまま手を握り返す。

「サレッドでいいさ。お嬢さん怪我をさせてしまったら申し訳ない」

「むっ」

 見た目で判断されたことにルリーラは怒りを向ける。

「気に障ったなら謝るが、ベルタと言うだけで勝てるほど甘くはないんだよ」

「優勝はわからないけどあんたには勝てる」

 お互いに宣戦布告をする。
 もう俺の必要はないんじゃないかと思うが、謝礼金が出るというのなら素直に頑張ろう。

「それでは大会で会おう」

 サレッドクインは言いたいことだけを言って去って行った。
 そんな娘の行動に対してウィルコアはこちらに頭を下げる。

「すまないな、どうも思い込みが激しい上に自信家で融通が利かないんだ」

「そうみたいですね」

「総帥のというよりもサレッドクイン・ヴィルクードの父としてのお願いを聞いてもらいたい。どうかあの子を負かしてくれないか?」

「負かすってことは、俺に勝てってことですよね」

 父親として負けてくれないかと言われるかと思ったが、全くの逆だった。

「その通りだ。どうもあの子はそれなりに強いらしくその上私の子供で女だからな」

「誰も勝てないってことですね」

「その通りだ」

 神の次に偉い立場の子供で女のため自然と手を抜いてしまう。
 その上本人はそれなりに強いときている。そのせいでいつも勝ててしまっているということか。

「わかりました。できるかわかりませんがやってみます」

「すまないがよろしく頼む」

 ウィルコアは再度深く頭を下げる。
 子供の未来を思う父親の姿は俺の知っている父親とは違った。
 俺が目指すのはこっちだよな。
 クォーツ・ロックスは俺の未来なんて気にも留めていなかった。
 自分のためでも息子のためでもなく、ロックスという名前だけのために自分を磨き息子を育てた。

「もう頭を下げないでください。総帥の気持ちは伝わりました」

「それでクォルテよサレッドクインに勝つ見込みはあるのか?」

 意地悪な笑みを浮かべる火の神に俺は答える。

「勝ちますよ。それで総帥改めてルールを聞きたいんですが」

「ルールは殺してはいけない、対戦者以外に危害を加えてはいけないだな」

「その二つ以外ならどれだけ暴れてもいいんですよね?」

「そうだな、元々が興業のための大会だ。盛り上がるならどれだけ派手にしてくれても構わない」

 なるほど、それに大会の前にやるエキシビションなら終わりに派手なことしても問題ないか。

「ウォルクスハルク様盛り上げるために教えてもらいたいことがあるんですけど」

「ほう、面白そうな話だな」

 火の神と二人で今日の武道大会について悪戯を企む。

「クォルテが楽しそうなんだけど」

「珍しいですねあんな顔するの」

「兄さん昔は私達を引き連れてたまにあんな顔してましたよ」

「ご主人が楽しそうならいいんじゃない?」

 四人の発言を聞きながら火の神と悪戯の話を始める。
 さあ、あの真正直な女剣士と戦う話をしようじゃないか。



 あらかたの準備を終えた俺は、言われた通りに武道大会の会場にルリーラと共に足を運んだ。
 簡易的なテントがあり、その入り口に受付がありそこで参加の意思を示すらしい。
 自分とルリーラの分を登録しテントに入る。

「凄いおっちゃんみたいなのがいっぱいいるね」

「武道大会だしな身体能力が高いに越したことはないだろう」

 控室には巨漢で黒髪の大男が半分くらいを占めていた。
 武器を持たない人は体が大きく、武器を持つ人はそこまで筋肉をつけていない。
 そうなるとやはり茶髪や子供ルリーラは目立ってしまう。

「おお、お前がウォルクスハルク様の婚約者か」

 近くに居た一人の熊の様な大男が俺達に話を振ってきた。
 もじゃもじゃとした黒髪に大量に髭を生やしたいかにも強いですという風貌だ。

「仲がいいのは認めるが婚約者ではないからな」

「婚約者予備軍ってところか」

「友達くらいだよ」

「本当かい? おっとこれ以上はそっちのお嬢ちゃんに睨み殺されちまうな」

 見るとルリーラは殺気と怒気を孕んだ視線を大男に向けていた。

「やめろって」

「痛い」

「この人も冗談で言ってんだよ、大半の人は噂なんて信じてないんだよ」

「でもムカつく」

「素直な嬢ちゃんだな、あんたの娘さんか?」

 俺が不機嫌なルリーラの頭を撫でるとそんな風に言われてしまう。

「保護者なのは確かだが娘じゃないな」

「感心だな、あんたの応援に来てくれてるんだろ?」

「それは違うな、俺はエキシビションに出て、こっちのルリーラは大会に出る」

 俺の言葉に大男は大声で笑い始める。

「がっはっは、なるほどな怪我だけは無いようにするんだぞ」

 その瞬間ルリーラの顔が代わる。
 怒りを飲み込み冷静な表情を表に出し静かに圧を飛ばす。
 近くに居る俺でも冷や汗が垂れるほどに戦意をむき出しにする。

「おじさんには絶対に勝つから」

 静かな殺意を大男に向けると、流石にルリーラを敵と認識した大男は頷く。

「悪かったな嬢ちゃん、いやルリーラお前は確かに戦士だ。侮ったことを詫びる」

 大男は素直に頭を下げる。
 ルリーラの放つ気迫にここで戦うにふさわしいと認めた。
 その証として先ほどのにこやかな表情から誇りある戦士の顔を見せる。

「俺の名前はゴルトリアル・モルクだ」

「ルリーラ」

 名前を交わし握手をする。
 戦士同士の硬い握手を見ながらルリーラの成長を喜んでしまう。

「認めはしても俺が勝つことは変わらないがな」

「認めて貰っても私が勝つよ」

 二人が空気を緩め笑いあう。
 研究者の俺からしたら珍しく羨ましい光景。
 二人は適当に話して分かれてしまった。

「いい人だったな」

「うん。でも負けないけどね」

 ルリーラの気合も上々の様で一安心だ。

「それとルリーラこの大会は盛り上げることが大事だからな」

「うん? 戦って倒せばいいんでしょ?」

 やっぱり興業の事がわかってないか。
 それはしょうがないか。

「俺のエキシビションちゃんと見てろよ。客を沸かせて見せるから」

 ただの戦闘や技術を見せる場とは違うのが興業だ。
 ただ強いだけが戦いじゃないってことをルリーラとサレッドクインに教えてやろうじゃないか。
 そして時間となりエキシビションとして俺とサレッドクインは闘技場に呼ばれる。

『さあ、始まりました今年度の武道大会! 今年のエキシビジョンにはとんでもない二人が選ばれたぞ!』

 狭い廊下で待機していると、実況の声が風の魔法で増幅され闘技場全体に響き渡る。
 こういうのは初めてだな。研究の発表とかだともっと静かに始まるしな。
 慣れない空気に呑まれかけながらも俺は自分が呼ばれるのを待つ。

『長い実況なんて迷惑だよな、それじゃあ最初に入場するのはこいつだ! 火の神の心を射止めた度胸ある男! 水の魔法使いクォルテ・ロックス!』

 説明され通路の奥で炎が上がるのを合図に闘技場に出る。
 天井の無い雨ざらしの広い闘技場は人であふれていた。
 一際目立つ場所には火の神と総帥、そしてアルシェ達もそこに呼ばれていた。
 みんなの姿を確認しながら硬い土の上で歩みを進める。
 いつもの戦闘服に貸し出された一振りの剣。

 こういうの結構滾るな。

 高ぶる気持ちを抑えながら静かに闘技場の真ん中に立つ。

『続いての入場は火の神の婚約者は自分だと名乗りを上げた強者! こいつの刃は光をも断ち切る! 光速の剣士サレッドクイン・ヴィルクード!』

 サレッドクインが紹介されると炎の中から彼女は現れる。
 昨日の夜と同様に髪を後ろでまとめ、二つに分かれた浴衣を着て左わきに刀を携えている。
 一歩一歩と前に進み俺の前で止まる。

「逃げなかったのは褒めてやる」

「お前の鼻っ柱をへし折ってやるから覚悟しとけ」

『両者睨み合っております! お互いに気合は十分だ! それならこれ以上の実況は野暮ってもんだ! それじゃあエキシビジョンマッチレディー、ゴー!!』

 開始の鐘が鳴ると同時に俺は一気に後ろに下がり、サレッドクインの足元を悪くするために水を打ち込む。

「無駄だ!」

 水が地面を濡らした直後にサレッドクインの足元は燃えてすぐに乾く。

「水よ、泡よ、強固な泡よ、会場を埋めつくせ、バブルパーティー」

 俺の魔法は大きな泡が次々と湧き出て会場を埋めていく。
 沢山の泡は互いにぶつかり会場を不規則に移動する。

「これが何だと言うんだ?」

 サレッドクインは自分に向かってくる泡を剣で切ると、泡が割れ空気が噴出する。

「なっ!?」

 噴出した空気はサレッドクインを吹き飛ばす。
 勢いは小さいのに当てたためすぐに体勢を立て直す。

「運が良かったな、この泡には空気がたくさん入ってるんだ。下手に割るとまた吹っ飛ぶぞ」

 地面を水浸しにしても無駄なら次の手段はこれだ。
 あの技は早いが闘技場みたいな障害物のない場所でこそ強さを見せる技だ。
 それならこうして障害物を作ってやれば抑止力にはなる。

「小賢しい手を!」

 泡に触れないようにジグザグに動くサレッドクインの動きはわかりやすい。
 それとこうして上下に移動されるのはあの技にしてみればやりにくいはずと、俺は泡の上を移動する。

「卑怯者め!」

「お前も泡の上に乗ればいいだろ?」

「いやここで結構だ」

 そう言うと俺の乗っている泡に目掛けて火を放ってくる。
 当然それも想定済みだ。

「それでどうにかなると思ってるのか?」

 持っている剣で乗っている泡の側面に穴をあける。

「可燃性抜群の空気だ」

 火は泡から噴き出る空気に触れ爆発的な炎となってサレッドクインを襲う。

「くっ!」

「どうした? 来いよ相手になってやるからよ」

 手玉に取られているとわかっていても動かなければいけない状況に、サレッドクインは怒りを顕わにする。

「こんなふざけた戦いでいいと思っているのか!」

「お前こそ、ここを勝手に自分の舞台にしてんじゃねえよ!」

「何を言っているここは技と技、力と力がぶつかる祭典だぞ!」

 ズレた答えに俺は頭を掻いてしまう。

「返す言葉は無いようだな、それならば僕と真面目に――」

「確かにそろそろ観客も飽きてきたかもな」

 自由に動く泡の攻撃はもはや飽きられたらしく観客の反応は鈍くなった。
 それなら次の段階に移動する時だな。

「水よ、雨よ、会場に潤いをもたらせ、レイン」

「雨?」

 呪文と共に会場には突如雨雲が生まれポツポツと雫を落とす。

「さあ、次の舞台に移動しようか」

「この程度で足止めができると思っているのか?」

 サレッドクインはぬかるみに足を取られる。

「この雨は足場を濡らす為か」

「それもあるが舞台装置だと思ってくれ」

 火の魔法で足場を戻すサレッドクインは再び抜剣の準備をする。

「居合、焔!」

 火の魔法との複合技、抜剣の速度で放つ燃える斬撃が一直線にこちらに飛んでくる。
 泡に触れると火の斬撃は引火し爆発する。

「火を飛ばせば泡が弾け吹き飛ばされる。それなら遠くから吹き飛ばされない火で泡を壊せばいいだけだ」

「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、水の龍アクアドラゴン」

 短文詠唱の弱めの水の龍は雨雲を突き抜けてサレッドクインに向かって進んでいく。

「水よ、泡よ、」

「これ以上詠唱をさせると思っているのか」

 呪文の途中に割り込むように駆けてくるサレッドクインを水の龍が襲いかかる。

「ちっ!」

 水の龍はサレッドクインを追い牙でかみ砕こうとする。
 それを抜剣で向かい打ちながら水の龍の力をそぎ落とすが、降りしきる雨によってすぐに回復してしまう。

「雨よ、水の姿を消せ、ウォーターミラージュ」

「消えた? ぐっ……」

 雨によって見えなくなった水の龍と泡にサレッドクインも観客も驚く。

「不可視の攻撃を避けれるか?」

 はっきりと悪い表情と暗い声で声を出す。
 勝ちを譲る気はないが、ただ圧倒するのは面白みに欠けてしまう。
 視覚的に立体的に観客に見せつけないといけない。

「くそっ!」

 かろうじて反応できるくらいに徐々に水の龍の力を落とす。
 反応できているそのタイミングで水の龍の尻尾で一番風力のある泡に向かってサレッドクインを吹き飛ばす。

「しまった!」

 サレッドクインが気づいた時には、避けることのできないほどに泡は近づき破裂し彼女を天高くに舞い上げる。
 これでちょうどいいはずだ。
 水の龍をサレッドクインの真下から追撃させる。
 気づいてくれよ。

「見えた!」

 よし!
 俺の目論見通り、水の龍が俺の頭上で雨に当たららないように位置を調整し、雨が俺を隠しているという事実を見せる。

「はああ!!」

 気合い一線に水の龍を真っ二つに両断する。
 そこからサレッドクインは呪文を詠唱する。

「炎よ、爆炎よ、天を覆う黒き幕を焼き払え、フレイム!」

「水を火でどうするつもりだ?」

 俺は布石を打つ。散りやすい雨雲がさも頑丈なように言い張る。
 当然魔法は雨雲を焼き払う。焼き払われた雨雲は魔法の着弾した位置から散り散りになり、割れた先から日の光が闘技場を明るく照らす。

「どうだ! これでお前の技は全て破って見せたぞ!」

 そのわかりやすい演出は観客の心を掴んだらしく客席から歓声を上げる。
 もういいだろ?
 そんな思いを込めて火の神と総帥に目を向ける。
 それに気づいて頷いたのを確認する。

「素直に負けを認めたらどうだ!」

「ここからが本番だぞ」

「負け惜しみか」

 サレッドクインは腰を落とし抜剣の姿勢に入る。

「このままだと観客に醜いだろ」

 俺が指を鳴らすと、残っている泡が全てまとまり俺とサレッドクインを包み込み宙に浮く。
 部隊は闘技場から巨大な泡の中に移動する。
 そんな曲芸紛いの出来事に観客は拍手が送られる。

「また猪口才な!」

「相手の土俵に乗らないのが戦闘のやり方だ」

「この程度で」

 腰を落とし抜剣をしようとするが力を入れると泡は沈み得意の突進ができない。

「なんだこれは」

「お前対策の最後の部隊だよ。行くぞ!」
 軽く飛び泡の中で飛び回る。
 直線の動きしかできないがそれでも動きについてこれていないサレッドクインの目は必死に俺を追いかける。

「ちょこまかと」

 観客は俺が見せるアクロバティックな動きに歓声を上げている。
 そして俺は動くのをやめる。

「どこに消え――」

「後ろだよ」

「このっ……」

 振り向くのに合わせ持っていた剣で斜めに切る。
 沈むせいで威力は期待できないが、力任せで十分だ。なにせ俺は剣をサレッドクインにたたきつけようとしているわけじゃない。サレッドクインを地面にたたきつけようとしている。

「このくらいで、僕が負けると思っているのか」

「負けるさ。死なないまでも十分痛い」

 サレッドクインは泡に沈み続け、踏ん張りがきかず徐々に沈んでいくしかない。

「死にたくなかったら限界まで身体強化することだ」

「何を言って――」

 止めとばかりに身体強化を腕に込める。
 するとサレッドクインの足は泡を突き抜ける。

「何だと!?」

 一度開いてしまった穴からサレッドクインの体は押し出され、自分の体が開けた穴から漏れる空気の勢いはサレッドクインを背中から地面にたたきつける。

「っ!?」

 苦悶の表情で気を失うサレッドクインはそのまま起き上がれなくなる。

 俺も弾き出されたが、身体強化と水のクッションで事なきを得る。

 そして最後の仕上げに、未だに宙を漂う大きな泡は分裂し大小さまざまな泡に生まれ変わる。
 俺はそれに観客が気づいたタイミングで、指を鳴らし破裂させる。

「これは花火か?」

「見たことないからわからん」

 地面に倒れ動かないサレッドクインが天を仰ぎそう漏らす。

「本物はもっと綺麗なんだろうけどな」

「僕にはこっちも負けないくらい綺麗に見える」

 破裂した泡の破片は光に照らされキラキラと色を変えながら闘技場に降り注ぐ。

『サレッドクイン戦闘不能! エキシビジョンマッチはなんと、水の花火によって彩られながらクォルテの快勝だ!!』

 皆が水花火に見惚れている中実況の言葉が響き、その数秒遅れて観客は大歓声を上げる。

「楽しんでもらいえたか?」

 歓声の中起き上がろうとしないサレッドクインに手を伸ばす。

「凄く悔しい、結局僕は君に一撃も入れることができなかった」

 多少相手にも華を持たせることも必要だったなと反省し、いつまでも掴んでもらえない左手をどうしようかと悩み頬を掻く。

「でもとても楽しかったよ」

 晴れ晴れとした笑顔を向け俺の手を掴む。
 俺はその手を引き立たせてから観客に手を振る。
 更に大きくなる歓声を身に受けながら俺は控室に戻っていった。



「凄かったねクォルテ」

 控室に戻るとルリーラが駆け寄ってくる。

「流石に疲れたな」

 魔法の連続と状況の確認は思いのほか体力を使った。
 今後こんな興行には参加しないと心に決める。

「それでルリーラの試合はいつだ?」

「一回戦目だ」

 エキシビジョンの前に会ったゴルトリアルが代わりに教えてくれる。

「そうなのかじゃあ応援しないとな。対戦相手は誰なんだ?」

「このおっちゃん」

 ルリーラが指さすのはゴルトリアル。

「そうなのか頑張れよ」

 ゴルトリアルには申し訳ないが、結果が見えてしまい不憫に感じてしまう。
 ゴルトリアルは確かに大きく強い、並大抵の相手なら倒せないだろう。
 何か特殊な何かを持っているなら話は別だがそんな様子もない。

「どうした? そうかルリーラが心配なのだな安心し。ろ大きな怪我は負わせないさがっはっは!」

「ゴルトリアルは魔獣と戦えるか?」

「前にヴォールでの遠征で大型を一度倒したことがあるな。あれは苦戦した」

 やっぱりそれなりに強い。
 苦戦してでも魔獣を倒せるなら確かに強いが、ルリーラには及んでいない。
 何か技があることに期待しよう。

「ルリーラ選手、ゴルトリアル選手入場してください。

「はーい」

 何の気なしにルリーラが出て行きその後をゴルトリアルが付いて行く。
 そして去り際にゴルトリアルは俺の肩に手を置く。

「強ければ試合に勝てるわけじゃないさ」

「えっ?」

 静かな勝利宣言。
 さっきの陽気な感じではない確かな自信を持った言葉に、俺が何かを返す前にゴルトリアルは控室を出て行った。

『さあ、先ほどのエキシビジョンで盛り上がった会場のボルテージは未だ冷めておりません! 寧ろ更に熱くなっている!』

 実況の言葉を通路で待つルリーラの隣で聞く。
 戦闘用に来ているいつものシャツとホットパンツ。
 武器を持たずに素手で勝負に挑む。

「なんかこうワクワクするね」

 会場の空気に当てられたのか、そわそわして落ち着かない様子のルリーラはその場で軽く体を動かす。

「あのおっちゃん私よりも弱いよね」

「そうだな」

 自分の力量を把握できているルリーラは淡々とそう呟く。

「でも私は本気でやるよ」

「それがいい」

 後でゴルトリアルに謝らないとな。
 侮ってしまったこと、正直そんな気はなかった。
 ただ心配をしてしまったのだ、戦士に対して強い弱いではない戦いもあるのを知っていたのに。
 さっきのゴルトリアルの言葉はそんな俺への一言だ。

『それでは選手の入場だ今大会一回戦目はなんと最小と最大の一戦! まずは今大会最大の選手ゴルトリアル・モルク』

「うおおおお!!!!」

 闘技場に入るなり大声を上げての威嚇。
 反対に居る俺まで震えるほどの声量で雄たけびを上げる。
 その体の大きさと相まって巨大な猛獣を思わせるパフォーマンスに会場が更に沸き立つ。

『続いての入場は今大会最年少にして最小クォルテの右腕ルリーラ!!』

「ほら行って盛り上げて来い」

「うん!」

 楽しそうに闘技場に向かう。
 ルリーラの登場に周りの観客は盛り上がるのではなくざわつく。
 最年少で最小の選手。実物を見ると流石に驚きを隠せないのだろう。
 向かい合う二人の身長差は倍くらい違う。

『これはぜひともルリーラちゃんには頑張って生き延びてもらいたい!』

 そして本人は不本意だろうが「ルリーラ!」と応援が始まってしまう。

「大人気だなルリーラの力を知らないで」

「だからごめんねおっちゃん」

「構わんよ、俺は俺で本気で相手をする」

 二人の会話が辛うじて聞こえてきた。
 お互い決着を悟ったうえで構える。

『二人ともやる気満々だ! それじゃあ武道大会一回戦開始!!』

 その合図とともにルリーラは一歩でゴルトリアルの懐に入り込む。

「真直ぐ打つから」

「防いでで見せるさ」

 一言言葉を交わすとルリーラは全力で殴る。
 音を置き去りに放たれた一撃をゴルトリアルはしっかり両手で受け止める。
 パンと手を叩いた様な音が聞こえた時には、ゴルトリアルの姿は消えていた。
 一瞬の静寂の後、壁からわずかに崩れる音が聞こえ、観客の視線が全部そちらに向く。

 そこには、ルリーラの一撃に耐え切れず吹き飛ばされたゴルトリアルの姿があった。

「……」

 観客は何が起こったのかを理解できずに沈黙が生まれる。
 観客全員がゴルトリアルを見つけても当の本人は動くことすらない。

『け、決着です! 何が起こったのかもわからないままルリーラ選手の勝利です!!』

 あっけにとられている観客の代わりに、俺が拍手をする。
 その音に釣られ一人また一人と拍手をし、やがて大きな音に変わる。
 そしてようやく会場の思考が追いつくと大きな歓声が起こる。
 その歓声にルリーラが恥ずかしそうに頭を下げてこっちに戻ってくる。

「見てた?」

 寄ってきて興奮が冷めやらぬ様子で俺の手を握る。

「辛うじてな早かった」

「うん、頑張った」

 恥ずかしそうな笑顔でいるルリーラの頭を撫で一度控室に戻る。

「ルリーラ流石だな」

「おっちゃん大丈夫?」

 驚いたことに俺達が戻ってくるわずかな時間でゴルトリアルは控室に戻ってきていた。

「このタフさが売りだからな。……いてて」

 元気に振舞おうと動くが、やはり痛いものは痛いらしい。

「無理すんなよ、ルリーラの本気の一撃だ」

 耐えきれるのは極わずかだろう。

「どうだ、俺は強かったか?」

「うん。凄く強かった」

 お世辞でもなくしっかりと賛辞を贈る。
 ゴルトリアルは本気でルリーラの一撃を受けきるつもりだった。
 避けるでも躱すでもなく真正面からベルタの一撃を受けきった。
 それが弱いはずないことはルリーラも俺も知っている。

「そうかならよかった」

 そのまま満足気に頷いたゴルトリアルはやはり体が辛いらしく、椅子に座る。

「じゃあこのまま優勝してくれ」

「わかった」

 二人は握手をし健闘をたたえ合った。

 そして日も落ちて決勝戦が始まる。

『いよいよやってまいりました! 参加者三十二名の頂点を決める決勝戦!』

 実況の言葉に観客は今までにないほどの盛り上がりを見せる。

『それじゃあ早速決勝戦を行う二人を紹介だ!』

 実況の発言ごとに観客の盛り上がりは増していて、段々俺は呆れてきてしまう。
 日が昇ったあたりから観客席で見学しているのだが周りは酒の匂いが充満している。
 中には酔いつぶれて倒れている中酔っ払いの歓声は時間と共に過熱し続ける。

『それでは一人目! 小さな体に巨人の力を詰め込んだ最小にして最強の刺客! ルリーラ!』

 地鳴りにも等しい歓声に俺は耳を塞ぐ。
 呼ばれたルリーラが闘技場に現れ俺を見つけて手を振る。

『最強の刺客と向かい合うのは、最速の居合。無念にもクォルテに負けた復讐者サレッドクイン・ヴィルクード!』

 再び耳が地が裂けるほどの歓声が響きサレッドクインが闘技場に現れる。
 ここまで二人とも一撃のもとに敵を倒して来た。
 そんな二人は闘技場の真ん中で向き合う。

『両者にらみ合いが続いている、気合いは十分だ! それでは決勝戦開始!!』

 実況の言葉にお互いが構える。
 ルリーラは左手を前に利き手の右手を加速させるために後ろに持って行く。
 サレッドクインは左足を引き剣のためを作り右手を剣の柄に当て居合とやらの準備をする。
 観客も実況もこの闘技場に居る人間全員が固唾をのんで見守る。
 数秒間じっくり見合い最初に動いたのはルリーラだった。

「やあ!!」

 体全体を使った渾身の一撃。
 ルリーラの拳が消えた次の瞬間にサレッドクインの剣が姿を消す。
 それを狙っていたのかルリーラの手が動きを止め後ろに飛んでいく。

「なっ!」

 サレッドクインには意外な一手だったのか、振り切った剣をしまうのがわずかに遅れる。
 そこを見逃すはずのないルリーラは着地の一歩を移動の一歩へ変えサレッドクインに突進する。

「ぐっ!!」

 倒す一撃ではなく制するための一撃。
 抱き付くようなタックルの全身を襲う衝撃にサレッドクインは剣を地面に落とす。

「しまった!」

「これで終わりだね」

 押し倒すでもなくルリーラは、サレッドクインを押し込み止まることなく壁にたたきつける。

「かはっ!」

 背中の強打にサレッドクインは肺の空気を全て吐き出してしまう。

「……ま、だ」

 負けを認めないサレッドクインは、体格差を利用して上からルリーラを抑え込もうとするがダメージが残るサレッドクインの速度は遅く。
 ルリーラはわずかな距離を取る。
 当然逃げたわけではなく攻撃の間合いを取っただけ。
 戦闘の当初と同じく右手を引いた構えから一撃を放つ。
 空気の壁を叩くような音と共に繰り出す一撃サレッドクインの胸当てに当たる。

「――っ!!」

 音にならない声を上げそのまま倒れ込む。
 それをルリーラは優しく抱きとめる。
 息を着かせぬ一連の攻防に初戦と同じように闘技場には静寂が起こる。
 勝利宣言がないままの時間を俺は拍手で破る。
 それに呼応し拍手は広がりようやく実況も声を発する。

『思わず見入ってしまいました! 実況として申し訳ありませんが何が起こったのかわかりません! 気が付くとサレッドクイン選手が壁にめり込みルリーラ選手に倒れ込んでいました!』

 戸惑いながらも実況を始めるがここにいる半分以上は何が起こったのかわかってはいないだろう。
 それほどに早くすさまじい攻防だった。

『よくわかりませんがルリーラ選手の優勝です!』

 実況の宣言で今回の武道大会の優勝者はルリーラに決まった。

「二人ともありがとう」

 表彰も終わり、俺達は再び総帥に呼び出された。

「サレッドは大丈夫?」

「あれくらいでどうにかなる鍛え方はしてないさ」

 やりすぎたんではないかと心配するルリーラに総帥は優しく微笑む。

「まさか二人があそこまで強いとは思わなかったよ」

「ありがとうございます」

 褒められ謝辞を告げる。

「当然だ、ベルタの群れに突撃し全てを退け神の作った魔獣を打ち破った連中だぞ」

「まさか。と言いたいところだが今は寧ろ納得してしまうな」

「最後のはヴォール様の神槍があったからですから」

 俺達だけだったらあの魔獣には勝てなかっただろう。
 強化魔法もかけてくれていたみたいだし。

「ウィルコア賞品を渡してやれ」

「そうでした。これが優勝賞金。それでこちらが私からの謝礼だ」

「ありがたく頂戴いたします」

 いくら入っているのかわからない金貨袋と一振りの剣を頂いた。
 燃える様な真っ赤な細身の鞘に収まった剣。
 抜いてみると普通の剣とは違う。

 ルリーラやサレッドクインの持っている片刃の剣、そして二本の剣とは全く違う刃の模様。
 見る者を虜にしてしまうほどに美しく波打つ紋は恐怖すら感じてしまう。

「この剣は?」

「ルリーラのために我が打った」

「ウォルクスハルク様が!?」

 じゃあ、これも神器か……。
 段々と自分の中で神器の価値が下がっていく気がするが当然そんなことはない。

「勝手だがお前達の持っている精霊結晶で作らせてもらった」

「そうですか」

 ネアンの精霊結晶でできた綺麗な剣。
 言われれば確かに妖艶さという意味では確かにネアンそのものだろう。

「それと、それは刀という種類の剣だ」

「刀ですか」

「片刃で波のような紋が刃に彩られている剣をこの国では刀と呼んでいる」

 じゃあルリーラとサレッドクインの持っているのは刀になるのか。

「そしてこの国の慣習で刀には名前を付けている。本来は作った者が名を決めるが今回はお前達が決めろ」

「そういうことらしいけど、ルリーラどうする?」

「ネアンがいい」

「そうだな」

 一時だけだが仲間になった精霊の名前。
 ルリーラはネアンに懐いていたしこれは良い物を貰った。
 アリルドの倉庫で眠るよりもはるかに有益な使い方だったろう。

「じゃあ、ネアンはルリーラが持ってろ」

「うん」

 嬉しそうに精霊刀ネアンをルリーラは抱きしめる。



「ふんふんふん」

 上機嫌に鼻歌を歌うルリーラとともに泊っている部屋に戻る。

「お帰りなさい」
「おかえり」
「おかえりなさい」
「パパママおかえり」

 アルシェが最初に気付きフィルとミールが続きセルクが全力で抱き付いてくる。

「ただいま」

「ルリーラちゃん元気だね」

「刀貰ったの」

「かたなってその剣のこと?」

「ネアンから作ってもらったの」

 その言葉に反応するのはアルシェだけだった。
 驚いた様子で俺の方を向く。
 それに俺が頷くとアルシェはルリーラに詰め寄った。

「見せて貰ってもいい?」

「いいよ」

 何のことかわかっていないフィル達は。ただこの成行を見守っている。

「凄い綺麗、本当にネアンさんみたい」

「でしょ」

 妖艶で綺麗、その上どこか少し危ない雰囲気はネアンと似ていた。
 その言葉にルリーラは誇らしげに自慢する。

「ネアンっていうのは兄さん達がアインズで出会った精霊ですよね?」

「そうだ」

 なぜミールが知っているのかは空気を呼んで黙っていたことに免じて聞きはしない。

「あたしは知らないから聞きたい」

「わかったよ、少しだけ話してやるよ」

 それから俺達はアインズで会った時のことや、自分の事を懐かしむように話気が付くと夜もだいぶ更けみんなが寝静まる。
 俺はそれぞれのベッドで寝息を立てるみんなを見ながら眠気が来るのを待っていた。

 アリルドに戻った後どうするかな、予定通り土の国と風の国を巡った後はどうするか……。
 その前に馬車ももう少し大きくしないといけないよな。
 全部で六人の大所帯になってしまった。
 それにこの辺りを旅して多少の防寒防熱の対策も必要なのもわかったしな。
 誰かその辺に詳しい人がどこかに居ないものか。

 そんな今後についての思考中に扉がノックされた。

「開いてるぞ」

「失礼する」

「は?」

 入ってきたのはサレッドクインだった。
 しかし驚いたのは来訪者ではなく来訪者の来ている服装だった。
 サレッドクインの来ていたのは服としての体を成していない透けているワンピースと申し訳程度の下着だけ。
 月明りからでもサレッドクインの肌と意匠のこらされた下着が視認できてしまう。
 そのワンピース以外は来ていないサレッドクインはそのまま俺の寝るベッドに近づく。

 ギシっとベッドを軋ませながらサレッドクインは乗り俺に近づいてくる。

「何の真似だ?」

「……」

 サレッドクインは無言のままベッドを軋ませ俺に近づいてくる。
 一歩一歩と近づき端正に整った顔が近づく。

「おい」

 問いかけにも答えず辛うじて素肌を隠していたワンピースを脱ぐ。
 サレッドクインの裸体を隠すものは華美ではないが美しい刺繍のされた下着のみ。
 無言で下着姿のまま馬乗りの姿勢になる。

 下から眺める姿はとても艶めかしく映り、思わず生唾を飲んでしまう。
 戦闘に支障がないほどの膨らみ、訓練のせいかか余分な脂肪がない引き締まった腹部。
 俺の体を挟む脚部は女性らしい柔らかさの中に武芸者としての力を感じる。

「何か言ってくれないか?」

「僕に任せておけ」

「何を!?」

 馬乗りになった人間に何を任せればいいのか……。

「大丈夫だすぐ終わる」

「だから何が!?」

 暗さと服装で気づかなかったがサレッドクインの顔は紅潮している。
 呼吸も荒く手の先端がわずかに震えている。
 震える手を後ろに回し下着を取ろうとする。
 しかしそこが限界だったようだ。

「やっぱり無理!」

 突然サレッドクインは脱ぐのをやめ顔を覆う。
 何かを思っていての暴挙だったのだろう。
 篭絡か色仕掛けかそんな所だったんだろうな、でもやっぱりそこまではできなかった。
 そんな所だろう。

「恋敵の子供は孕めない」

「そこまでする気だったのか」

 行きつくとこまで行こうとしていたとは思ってもいなかった。

「だって仕方ないだろ、父にお前と一緒に居ろと言われたんだ」

「それがどうしてこんな暴挙に出ることになったんだ?」

 話のつながりが全く見えないことに軽く頭痛がしてくる。

「一緒に居ろとは子を成して生涯ともにあることだろ?」

「ああ……、そういうことか……」

 頭痛が増してきた気がする。
 こいつ戦いに関しては凄いがそれ以外は壊滅的か……。
 蝶よ花よと育てられるってのは聞いたことあるけど剣よ戦よと育ってきたのか。

「どうかしたのか?」

 居合の才が無ければこうはならなかったんだろうけどな。
 家柄に整った容姿に引き締まりながらも女性らしい肉体、真直ぐで純真な心凛とした雰囲気。
 女として普通に育てば引く手数多だったろうにな。

「頭痛がするのか? 旦那様」

「いや、大丈夫だ。……って旦那様?」

「不本意ながら恋敵とはいえ一国の主に嫁ぐのだ呼び方もそれ相応にせねばならないだろう」

 一国の主ってそんなこともバレて……、神様もいるんだしバレてて当然か……。
 どうやら火の神は自分との噂を消すために俺を売ることを決めたらしい。

「サレッドクイン待て」

「僕の、いや、私のことはサラと呼んでくれ家族はそう呼ぶ」

「俺とお前は家族じゃないからな」

「わかっている、ぼ、私はまだ婚約をしていないからな」

「そうじゃない。それにウィルコアさんが言っているのはそういう意味じゃないからな」

「ではどういう意味だ?」

「ただ旅をして強さや一般常識を学べって意味だろ」

「しかし女であるぼ、いや、私も一緒に旅するということは」

「もう面倒だから僕でいいよ」

「すまない、女である僕が一緒に行くということは同衾するということだろ?」

 変なところで変な知識を晒してくれるらしい。

「それはつまり僕が旦那様の夜伽の相手をすると言うことだろ?」

「待て待て俺は今までルリーラ達と一緒に旅をしてきたがそんなことしたことないぞ?」

 襲われかけたことは数えられないほどにあったけど……。

「聞いた話ではルリーラ、アルシェ、フィルは奴隷だ。ミールは従妹でセルクは娘。旦那様の性欲の発散はしても愛の営みはできないだろ」

「奴隷じゃない、三人共俺の好きな女性だ」

 流石に今のは聞き逃せない怒気を込めてサレッドクインに言い放つ。
 奴隷とは役職で人と違う種族ではない。
 そこだけは再戦してでも認めさせないといけない。

「二度と侮蔑の意味で奴隷と使うな。ルリーラもアルシェもフィルも立派な人間だ」

 重ねて強くサレッドクインの言葉を否定する。

「そういう考えなのかなら合わせよう。旦那様の思想を知らなかった僕の失言だ申し訳ない」

 これ以上は言っても無駄か、こいつはそういう風に育ったんだろう。
 奴隷として虐げられる者達の悲惨な闇の底を知らない。
 底冷えするほどの視線を送るがこいつは何も感じていないようで話を続ける。

「それはそうと一緒に旅をするならそういうこともあるだろう。その時に子を孕まないとも限らないではないか」

「知るか」

 俺は収まらない怒りを一言に込めた。
 その思いが届きはしていないようで凛とした姿を崩さないままサレッドクインはベッドから下りる。

「どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。今日は帰ることにするよ」

「俺ももう眠い。とっとと帰れ」

「ではまた明日伺うとしよう。お休みなさい旦那様」

「はぁー」

 陰鬱な思いを抱いたままベッドに倒れ込む。
 火の神がすんなりとルリーラ達を受け入れていたため忘れていたが、火の国で奴隷の地位は低い。それこそ今みたいに人として扱われないほどに。
 だからこそ火の魔法を使うアルシェではなくミールを向かわせた。

「クォルテ?」

 月明りだけが照らす室内でルリーラが立ち上がり俺のベッドに向かってくる。

「起きてたのか?」

「起きた。結構声大きかったよ」

「じゃあ、フィル辺りも起きてるのか?」

「どうだろ、フィルは寝てるのか起きてるのかわかりにくいから」

 規則正しく聞こえる寝息の判断は難しい。
 ルリーラでもわからないならもうお手上げだ。

「よいしょ」

「なんで入ってくるんだよ」

 ルリーラは何も言わないで、俺のベッドに潜り込んでくる。
 ルリーラの体温が触れると、不思議と苛ついていた気持ちが少しだけ落ち着いた気がする。

「ありがとう」

「何がだよ、俺は何もしてないぞ」

 奴隷の話とわかっていてもわざと知らないふりをする。

「わからないならいいよ」

 そう言って俺の腕を抱く。
 じんわりと温かいルリーラの熱が腕から俺に伝わり冷たい感情がゆっくりと溶けていく。

「頭、撫でて欲しい」

「催促とか珍しいな」

 そう言いながら俺はルリーラの頭を撫でる。
 艶のある柔らかい髪に触れる手が心地いい。

「闇の国にいた間の分」

「そうか、それなら仕方ないな」

「私はサレッドを一緒に連れて行ってもいいと思うよ」

「その話は――」

「みんな好意的過ぎるよ」

 その言葉に撫でる手が止まる。

「奴隷は奴隷。どう思うかは人それぞれだよ」

 視線をルリーラに向けるとルリーラもこっちを見つめていた。
 碧の瞳は輝きを持って静かに見つめる。

「嫌な思いをさせない為って気持ちは本当に嬉しいんだよ」

 優しく笑う。
 嘘はない本当の笑顔がルリーラの顔に浮かぶ。

「でも世界を知るって綺麗なところだけじゃないよね。あの地下施設も世界の一つ」

 胸が締め付けられる。
 過去を思い出してしまう。
 人権のない人体実験の数々を知っている。

「良い所も悪い所も全部見たい。私はもう大丈夫だよ」

「本当か?」

「クォルテは私達に過保護すぎるよ」

 ふんわりと笑顔のルリーラの顔がわずかに歪む。

「そっか、わかったよ」

「涙もろいの?」

「は?」

「泣いてるよ」

 頬に触れ初めて自分が泣いていることを知った。
 目がにじみ熱い。
 熱を持った涙は枕に流れ小さな染みを作る。

「泣き虫だな、クォルテは」

 そう言ってルリーラは俺の頭を撫でる。
 小さく温かい手が頭に触れると涙が余計に止まらなくなってしまう。

「もう寝よう、明日はアリルドに帰らないといけないんだよ」

「そうだな」

 再び俺の腕を抱くルリーラを抱きしめる。
 俺の体にすっぽりと納まるルリーラは温かくじんわりと俺を温めミルクの様な温かい匂いが俺を包み込む。
 俺は安らぎに身を預けそのまま意識を手放した。



 翌朝の目覚めはとてもいい目ざめだった。
 目も頭も冴え切り二度寝をしよう言う気が起きなかった。

「すぅ、すぅ」

 俺の腕に抱き付いて眠るルリーラからすっと抜け出し俺は城内をうろつく。
 静かな城内で人の気配がする。
 従者の人か。
 そう思い音のする方に向かっていく。

「クォルテさんおはようございます」

 音の主はアルシェだった。
 こちらを見ながら手を止めないあたりは流石に手慣れているだけある。

「おはよう相変わらず早いな」

「別に早くないですよ。ウォルクスハルク様の為に調理する従者の方々の準備が終わった後に借りてますから」

「それじゃあ早く起きた気になってただけか」

 実はもう昼過ぎなのだろうか。
 早起きしていた気になって恥ずかしい。

「いえ、早いですよ。神さまへの朝食には色々審査があるらしく時間がかかるらしいので日が昇る前に調理を始めるんです」

「俺には無理な話だな」

 日が昇る前から月が昇るまでとか俺には耐えられそうにない。

「私にも無理ですね」

 アルシェは苦笑いを浮かべる。

「じゃあ、いつもよりは早起きできたってことでいいのかな?」

「はい。いつもは私が起こすまで寝てるじゃないですか」

「そう言われればそうだったな」

 何か今日は棘がある気がするのはきっと気のせいではない。
 おそらく俺のベッドにルリーラが寝ているのを見ていたんだろう。

「言っておくけど昨日のは」

「わかってますよ、サレッドクインさんがいらしていた後の会話は私も聞いてました」

「そうなのか」

 ならやっぱりフィルも起きていたってことだよな。
 結構感情的になってた部分もあるから正直恥ずかしい。

「わかっていても、ズルいなって思うものは仕方ないんです」

「そういうもんか」

「そういうものです」

 近くにある椅子に腰を下ろす。
 話しながらも止まることなく調理を続けるアルシェを黙って見つめる。
 魚が焼ける匂いにスープの香気、何かを刻む音、同時に複数の事をこなすアルシェに感心してしまう。

「アルシェの料理風景初めて見たけど凄いな淀みがない」

「褒めても料理しか出ませんよ」

 クスクスと笑う姿はどこか若妻の様な初々しさがある。
 こういう奥さんが居たらきっと幸せだろうな。
 そう思える人が俺を好きだというのはどこか誇らしい。

「クォルテさんどうぞ」

 コトンと俺の前に二つの皿が置かれる。

「簡単な物ですけど褒めて頂いたお礼です」

 一つの皿は卵と野菜の炒め物、もう一つは焼き目の着いた白いお菓子のような物が二つに畳まれ上からシロップか何かがかけられている。
 どちらもすきっ腹に訴えかける品だ。

「メインはみんなと一緒に食べましょう。なので卵で簡単に作れる物を準備しました」

「ありがとう」

 もう朝食が出来たのか、アルシェは俺の前に腰を下ろしじっと俺を見る。

「もう終わったのか?」

「後は配膳するだけです」

「そうか」

 ニコニコと笑顔を向けられるとどうも食べにくい。

「見られると食べにくいんだが」

「お気になさらずに」

 まあ、いいか昨日のことへの仕返しなのだろう。
 それならこのまま食うしかないか。

「じゃあ頂きます」

 卵の炒め物を口に運ぶ。
 卵の半熟なとろとろとした食感の中に野菜のシャキシャキとした食感が心地いい。
 味も卵の風味の中にスパイスの刺激が一気に来るのに野菜のほのかな甘みと酸味が刺激を和らげる。
 それどころか刺激のある辛さが甘味と酸味を引き立てる。
 互いが互いを絶妙に引き立てていてとんでもなく美味い。

「美味いな」

「ありがとうございます。こちらも早めに食べてください」

「こっちはデザートじゃないのか?」

「違いますよ」

 デザートだと思って食べずにいたが違うというなら食べてみるか。
 スプーンを当てただけなのに美味い気配がすでに漂っている。
 スプーンを跳ね返すぷるぷるとした弾力は口の中にとんでもない衝撃を与えることがはっきりとわかる。
 満を持して弾力に負けじと一口分を掬う。
 シロップと共に口に入れる。

「んっ!」

 口に入れた瞬間しゅわしゅわと口の中で溶け始める。
 初めての食感だしゅわとろっとした独特の食感に果実のシロップの爽やかな風味を纏わせる。

「これ凄いな」

「それは卵白を泡立てたものを焼いたものです」

「それだけでこんな食感になるんだな」

 何個でも食べられそうなほどに軽い食感と味。
 そしてこっちの炒め物はしっかりと味が付いていて美味い。

「喜んでいただけて良かったです」

「知ってたけどアルシェは本当に料理が上手いな」

「きっと、クォルテさんは家庭的な女性の方が好きかと思いまして」

 冗談なのか本気なのかわからない悪戯な笑顔でほほ笑む。
 男性を虜にしそうな完璧な仕草にやられないように顔を逸らす。

「まあ、一般的にはそういうのがいいんじゃないか?」

「そうですか」

 男を落とすなら胃袋を掴めなんて言われるが、まさか胃袋を掴むのがここまでの威力を発揮するとは思ってもみなかった。

「これ以上はクォルテさんが困っちゃいますよね」

「そうしてくれると助かる」

「では皆さんを起こしてください。お部屋まで朝食を運びますので」

「わかった」

 当然みんなが起きての朝食もとても美味しかった。
 にぎやかで家族の食卓とはこういうものなんだろうなと改めて認識した。

 朝食の後アリルドに帰るための荷造りのため俺は街に出ていた。
 移動中でもできる実験の薬品とボロボロになった日用品の買い物。
 正直な所あまり奴隷であるルリーラ達と離れたくはなかったがミールに「女の買い物なので男性はご遠慮ください。大丈夫です私がいますので」とすげなくことわられてしまった。

 そのため一人で行動している。
 ルリーラやアルシェはそういうことを気にしていなかったはずだけど、フィルと一緒に行動するようになってから気にし始めている。
 娘離れされた父親ってこんな感じなんだろうか。
 嬉しさと疎外感が混じりあう何とも言えない感覚。

「はあ……」

 自然とため息が漏れてしまう。

「旦那様、散歩ですか」

「サレッドクイン」

 ルリーラはああ言っていたが、俺の中ではまだ折り合いがついていないためあまり会いたくはなかった。
 長めの黒のパンツと無地のシャツだけという男性の様な服装は悔しいがサレッドクインの容姿に似合っている。
 剣士としての気品と女性としての上品さが体から溢れている。

「旦那様も買い物か?」

「ああ、そんなところだ」

「ルリーラ達はいないようだな」

「別行動だよ」

 会話を断ち切ろうと歩き続けるがなぜかサレッドクインもついてくる。

「なんでついてくるんだよ」

「伴侶として買い物を共にするのはおかしいことか?」

「伴侶じゃない。仲間でもないだろ」

 きっぱりとした拒絶を口にする。

「では同伴する者として、旦那様の趣味趣向を知っておきたい」

「意地でもついてくる気か」

「もちろんだ」

「俺は奴隷と平気で話す、一緒に食う、対等に相手するぞ。それでもいいのか?」

 奴隷を人と見ていない連中の多くは対等とは扱わない。
 中には話すことすら嫌悪する輩までいる。

「いい。僕はあなた達の強さを知りたい」

 サレッドクインは俺の目を真剣に見つめる。
 剣士らしく一途に真直ぐと力の篭る目を向ける。

「それがあなた達が強い理由なら理解したい」

「練習したら強くなるだろ?」

「僕にはそれでは補えない弱さがある。男女の違いでもない強さの違いがあるはずだ。僕には無くて旦那様やルリーラにある強さ。その根底に僕は近づきたい」

 それは俺の心を動かすには十分な力だった。
 技量では勝る自分が負けた理由、剣士としてのプライドより高みへ誰よりも強く。
 総帥は勘違いしているらしい。
 サレッドクイン・ヴィルクードは負けたくらいでは曲がることがない。
 寧ろ負けたことによりより強く厚く真直ぐになっている。

「好きにしろ」

「ありがとう」

 サレッドクイン頭を下げると俺の後をついてくる。
 しばらく無言のまま街の中を歩き続ける。

「旦那様は何を買うつもりで来たんだ?」

「日用品だな」

 適当な店に入り商品を物色しながら質問に答える。

「旅というものが僕は初めてなんだ」

 箱入り娘だものな、いや箱入りではないのか?
 とにかくこの国から出た経験がないのだろう。

「下着は買ったほうがいいのか?」

「そうだな、下着や服はそれなりに準備しないといけない」

「なるほど。他に何かあるか?」

「後はどこかの国に寄れればいいが寄れない場合もあるから外でのトイレ用品、水浴びに自分が必要な物、それと脱いだ衣服を入れる袋が必要だな」

 女の身支度については知らないがフィルが来て以降に注意されたことを教える。
 そういう意味では俺なんかよりもフィルの方が衛生関係は詳しい。

「意外と大荷物なのだな」

「嫌ならこの国から出なければいいだろ。こんな準備の必要はない」

 旅に理由がないなら、自分の生まれた国に居たほうが何かと便利だ。
 盗賊に襲われる危険もなければ災害に巻き込まれる可能性も低い。よほどのことがない限りは食べ物の心配をする必要もない。

「それでも僕はついて行きたいんだ。強くなるために」

「ならとっとと買い物済ませろ俺は終わったぞ」

「旦那様待ってくれ。僕は一から集めないといけないんだ」

 結局サレッドクインの買い物が終わるまで付き合わされることになった。
 初めての買い物に手間取っているらしく、思いのほか時間がかかってしまった。

 長い買い物が終わり俺達は馬車の前に集まった。

「クォルテようやく来たか」

「ヴォール様、どうしたんですか?」

 俺達の馬車の前には水の神がいた。
 褐色の肌と大きな角に体を覆う鱗の男神。
 人の好さそうな顔をしながら女好きな一面もある。

「闇の子達を色々と送っていたら、こんなに時間がかかってしまっていた」

 姿を見ないと思っていたらそんなことをしていたのか。

「とりあえず水、火、風、地の四国に均等に割り振ってきたぞ」

「ありがとうございます」

「中には自分で旅をしたいという連中も居たがな」

 そう言ってルリーラを見る。
 どうやらその連中というのはルリーラと出会った奴らなのだろう。
 それに気づいたルリーラも嬉しそうにしている。

「報告だけですか?」

 それだけなら帰りに水の国に寄った時にでも教えてくれればいいのに。

「いや、折角だからお前の国が見たいと思ってな」

「旅についてくるんですか?」

 神に旅をさせるなんてそんな恐れ多いことができるはずもない。

「何を言っているんだ。我がお前達を連れてアリルドに飛んでやろうと言っているんだ」

「それは流石に申し訳ないです」

 神を足代わりに使うなんて神の信奉者が知ったら俺達の命がいくつあっても足りない。

「そうか、だがお前達の移動速度では我が飽きてしまう」

 ただ待ち切れていないだけだこの神様。
 なまじなんでもできるだけに待つのが嫌いなのか……。

「だから我に送らせろ」

「はい」

 神にまさかの脅しをかけられてしまった。
 送らせねばどうなるかわかるな。
 水の神から溢れる魔力がそう告げる。移動手段に使われるために俺は脅されてしまう。

「では皆の者準備は良いな飛ぶぞ」

「飛ぶ?」

 神が行う転移を経験したことのないサレッドクインだけが、これから起こることを理解できないまま空間が歪んだ。
 壁も人も森も全てをすり抜け道を全て脳に直接打ち込まれている。
 短距離ではなく長距離の移動に頭が少しふらつくが俺達は馬車もろともアリルドの城に転移していた。

「なんだいきなり」

 目の前には突然の出来事に驚きを隠せないアリルドが玉座に座っていた。
 そんなアリルドに俺は挨拶をする。

「よお、アリルドただいま」

 突然目の前に現れた俺達を前に、剛胆で不遜なアリルドも流石に開いた口が塞がらないようだった。
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