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盗賊の国 アリルド その二
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「クォルテか?」
いきなり目の前に現れた俺達に、アリルドは口をパクパクさせながら困惑する。
「それ以外の誰に見える?」
うろたえているアリルドが珍しくそう言うと、でかい図体で俺に抱き付いてくる。
「久しぶりだな、こんな登場は流石に予想外だ」
「ちょっ、アリ、ルド……」
嬉しそうなアリルドは、衰えることのない怪力で俺の肉体を締め上げ、俺の呼吸が遮られてしまう。
「おっちゃん、クォルテが死んじゃうよ」
「ルリーラじゃないか、相変わらずちっちゃいな」
「おっちゃんがデカいんだよ」
孫に久しぶりに会う様にルリーラを抱き上げ俺から離れていく。
死ぬかと思った……。
流石にこんなおっさんの手で死にたくはない。
体から無くなった酸素を俺は必死に補充する。
「お久しぶりですアリルドさん」
「アルシェも久しぶりだな」
流石のアリルドも、アルシェに同じことをしたら死んでしまうことがわかるのか、抱き付こうとした手をおさめ握手で終える。
安堵したアルシェもアリルドの手を握る。
「前に会った時よりも生き生きとしているな」
「クォルテさん達のおかげです」
アルシェに釣られ今の俺の仲間を見る。
「なんと言うかクォルテ、好色もほどほどにな」
「そんなつもりはないんだがな」
見事なまでに女だらけのメンバーを見てアリルドが酷いことを言う。
酷いことだが現状を見ればそう思われても仕方ないんだよな。
男一人に女が六人。女好きと思われても仕方ない。
「アルシェこうしょくってなに?」
「クォルテさんの事だよ」
「アルシェもそんな風に思ってたのか!」
本当にそんなつもりはなかったのだが、どうも女と縁があるのだから仕方ない。
「冗談ですよ」
「ご主人、そろそろ紹介してもらってもいい?」
「そうだったなまずそっちが先だった」
勢いに呑まれてしまい結局普通に会話を継続してしまった。
ここにいる半数はというか俺とルリーラ、アルシェ以外はアリルドとは初対面だった。
「我は最後がいい」
視線を向けただけで水の神は最初に紹介されることを拒んだ。
見た目だけで充分正体がわかっている気がするが、最後に神だ。と言いたいようなので、仕方なく加入順に紹介することにした。
「こいつがフィル」
「フィルです、初めまして」
間延びした挨拶にアリルドは手を出す。
「俺はアリルド・グシャだ」
フィルは流石でこれほどの巨漢に対しても平然と受け答えをする。
「こっちがミールだ」
「ミール・ロックスです。兄さんとお姉ちゃんがお世話になっています」
「ロックスということはクォルテの親類か、だとするとお姉ちゃんとは誰の事だ?」
ミールの自己紹介にアリルドが困惑してこっちを向く。
「ミールは俺の従妹だ、お姉ちゃんの部分は無視してくれ」
「そうだな、まずは全員の紹介を聞いてからだよな」
俺が気にするなと言ったため、そこは関係ないと汲んでくれたため次の紹介に入る。
「そしてこの一番小さいのがセルクだ」
「セルクだよ。あっ、セルクです」
一応他の人を見て丁寧に話そうとするセルクは丁寧な言葉に言い直す。
その愛くるしい姿に盗賊の主であるアリルドも頬を緩める。
「おじさんはアリルドです、よろしく」
「よろしくおねがいします」
アリルドが差し出す手を小さな手で掴む。
アリルドはもう頬が緩みっぱなしで、かつての狂暴な面影は微塵もなくなっていた。
「パパのお友達なの?」
セルクの言葉に、アリルドはこちらを首が飛び立ちそうなほどの速度で振り向く。
「パパ?」
「それも後で話すよ」
「ママの友達?」
前を向いたと思ったらすぐにこちらを向く。
アリルド首を痛めていないといいけど。
「だから事情は後で話すってば」
「ああ、そうだな」
すまないと、言いたいことを飲み込みこちらに紹介を促す。
俺も混乱し続けるアリルドに申し訳ないと思っているが、事情を説明していると紹介が進まない。
「そしてそっちの髪を結っているのがサレッドクインだ」
「サレッドクイン・ヴィルクードです。旦那様がいつもお世話になっております」
「ヴィルクード? ウォルクスハルクの総帥と同じ性だよな」
「はいウィルコア・ヴィルクードは私の父です」
「もしかしてママって」
「それは違う。そっちも後で話すよ」
アリルドの混乱は更に深まる。
現在のアリルドの脳内では、久しぶりの友達が子供を連れて大国のトップの娘に旦那様と呼ばれているにも関わらず、その娘はママではなく、従妹がお姉ちゃんと呼ぶ存在がいるらしい。
説明されないとあまりの展開についていけないのは当然のことだ。
「それで最後が水の神ヴォール様だ」
「我がヴォールだ」
「やはりヴォール様ですか」
「あまり驚かないんだな」
「驚いてはいるんですが、疑問が多すぎて」
暗に驚きなれたというアリルドに、ヴォール様は最初に紹介してもらえばよかったと後悔している。
紹介されなくても登場の仕方と見た目でアリルドは気づいていたと思うけど。
「そして改めてになるが、この大男がアリルド国の元王で現宰相のアリルド・グシャだ」
「アリルド・グシャだ。クォルテ達に負けて王の座をクォルテに明け渡し、今は宰相としてこの国を支えている」
かれこれ数か月は旅をしてしまっているせいで、政治はアリルドに任せきりになってしまっている。
久しぶりにあったアリルドは、前よりも気品がある。
俺の代わりに外交を変わっていてくれたため、身なりには気を使っているようだ。
「まさかと思って会いに来てみたが、やはり地の子だったか」
その言葉に俺は驚いた。
アリルドは何せ肉体を武器に戦うため魔法は身体強化しか使っていない。
だからあえて何の魔法が使えるかは気にしたことはなかった。
「確かに俺は、地の魔法使いですがどうかしましたか?」
「面白い偶然もあるものだと思ってな」
水に火に風に土、それに光と闇。表と裏の神の子が六人。これで残るは龍の子だけということか。
でも龍について俺は何も知らない。水の龍を使いはするが、それはあくまで伝承として使って来ただけで、あの姿をしているとは限らない。
目撃例を聞いたこともないため、現存しているのかもわからないけど。
「会えてよかったよ。アリルド・グシャ」
「こちらこそ光栄です」
硬く握手を結ぶ。
「して、貴様は戦うことが好きなようだが、我と戦ってみたいか?」
水の神の言葉には、この場にいる全員の動きを止めるほどの殺気が乗っている。
「ご冗談を、持ったとしても一分程度でしょうな」
「そうか」
その答えに満足したのか、水の神は笑顔で握手を離す。
「お前も中々に面白い。暇な時なら手ほどきをしてやろう」
「ありがとうございます」
「ではな。クォルテ我は帰るぞ」
「泊って行かないんですか?」
「言っただろ。ただ見に来ただけだ」
そう告げると、一瞬で神は姿を消した。
「それじゃあ全部話してもらおうか」
「国政は良いのか?」
「国王の帰還だぞ。パーティーの準備まで時間があるだろ」
結局アリルドに旅に出てからの全てを話すことにした。
ネアンとの出会い、特級の魔獣討伐、ルリーラが闇の神に攫われたこと全てを話すと流石にアリルドも呆れていた。
「そんなことがあれば、出発の時よりも人数が倍になるか」
「納得してくれたならよかったよ」
その後はパーティーに参加し、この国の貴族連中との対談をし気が付くと月が天辺にたどり着いていた。
「やっと終わった」
「おかえり」
「お疲れ様です」
ようやく解放され部屋に戻ると、ルリーラとアルシェがベッドの上に二人で座り起きて待っていてくれた。
「別に起きてなくてもよかったんだぞ?」
「なんか眠れなくて」
「それでルリーラちゃんとお話してたんです」
「なるほどな」
二人とも帰ってきたことに盛り上がっているのだろう。
こんな時間まで貴族連中と言葉を交わせるほどに、俺のテンションは上がってしまっている。
「クォルテも早くこっちに来て来て」
そう言ってルリーラは自分とアルシェの間をポンポンと叩く。
「俺もか?」
「そうですよ、早く来てください」
アルシェも同じように間の部分を叩く。
「わかったよ」
部屋の中でも一際大きいベッドに座る。
俺達がアリルドに居た時に座っていた一際大きなベッドは変わることなくそこにあった。
「見た感じ二人のベッドはないみたいだけど」
「当たり前でしょ」
「そうですよ」
言われた通りに二人の間に座り、変わっていない弾力に感動しながら口にした言葉に二人が口を揃える。
「このベッドは三人のベッドだから」
「三人って」
確かに三人でこのベッドに寝ていたし三人でも十分な広さだが。
「みんなにも納得してもらいましたから」
「してもらったのか……」
フィルとかともかくミールまで納得させるとは、いったいどんな魔法を使ったのか。
「アルシェの熱弁は楽しかったよ」
「ルリーラちゃんも必死だったでしょ」
「ははは、そうかルリーラはともかく、アルシェもか」
その姿を見たかったと思いながら、みんなを起こさないように小さく笑う。
「私はともかくって何さ」
「そんなに笑わなくても」
「悪い悪い、くくく」
嬉しくて笑いたくもなる。
ここで出会った最初の時にあそこまで怯えていたアルシェが、熱弁をふるったそんなの嬉しくないはずがない。
「アルシェ」
「わかってるよ」
俺が喜んでいる間に二人が可愛らしく「えい」と声を出すと同時に俺に抱き付きベッドに倒れ込む。
いつも通りと言えばいつも通りの行動。
二人が抱き付いてくる感触。
片方が包み込むような柔らかさにそれには劣るが確かに柔らかい感触。
「何するんだよ」
「たまにはいいでしょ?」
「いいですよね?」
口では言い返しながらも別に振りほどこうとは思っていない。
この感覚が懐かしく感じるのはきっとノスタルジーなんだろう。
「わかったよ。今日だけな」
「流石クォルテ」
「流石って何が流石なんだよ」
「なんだかんだ言って、私達を受け入れてくれるところですよ」
二人はこちらがつられて笑ってしまいたくなるほどに蕩けた笑顔だった。
「今日はこのままでいいから寝ろ」
「もう少し話そうよ」
「そうですよ。たまには一緒にお話ししましょう」
「アルシェもか、しょうがない少しだけだぞ」
それからしばらく他愛ない話を続けた。
アルシェと出会ってから今までの話。
例えばネアンと会った話、例えばフィルと会った話、例えば魔獣と死闘をした時の話、例えばルリーラとミールが戦った話。
お互いに経験した昔話はどれも大変でどれも楽しく心に残っている。
そんな思い出を話していると隣でルリーラの寝息が聞こえ始める。
「寝ちゃいましたね」
「そうだな」
穏やかな寝顔で俺の腕に抱き付くルリーラの寝顔を、アルシェと二人で堪能する。
「クォルテさん」
「なんだ」
不意にベッドが軋みアルシェが俺の上に乗る。
お互いの体を重ねるようになったおかげかアルシェの色素の薄い端正な顔が近くなる。
真っ白な肌にはシミ一つなく真っ赤な目が俺を捕らえる。
「ルリーラが起きるぞ」
「そうなったら素直に離れます」
覆いかぶさるアルシェは声を潜め俺の耳にささやく。
果実の様な甘い匂いが俺の鼻腔に触れる。
「少しだけ、このままでもいいですか?」
「今日だけならな」
「ありがとうございます」
アルシェの足が俺の足に絡む、肌が密着しアルシェの体温を感じた。
体の収まりが悪いのか、もぞもぞと動き肌と肌が擦れ合うたびに背中がゾクゾクと粟立つ。
「クォルテさん」
「どうした?」
「私を、クォルテさんの奴隷にしてくださり、ありがとうございます」
感謝の言葉を紡ぐアルシェが照れているのは、わずかに触れている頬から熱となり伝わる。
「喜んでもらえてよかったよ」
「クォルテさん」
「今度はなんだ?」
「どれだけ旅をしても、私はクォルテさんの事が大好きです」
「そうか」
その言葉に明確な返事はしない。
アルシェがどれだけ魅力的でも蠱惑的でもまだ返事はしない。
「まだ応えてくれないんですね。結構勇気がいるんですよ。好きだって言葉にするのは」
「知ってる」
その言葉が軽くないことは重なる鼓動が教えてくれる。
アルシェの破裂しそうに大きくなる鼓動は早鐘の様に速度を上げる。
それでも俺はまだ答えを出す気はない。
「それでもいつかきっと……」
疲労が限界を迎えたのか、アルシェも小さく寝息を立て始める。
「おやすみ二人とも」
二人の頭を一度ずつ撫で俺も瞼を閉じる。
眠気はすぐに訪れた。
†
「クォルテ今日は街の視察に行け」
翌朝、ルリーラ以外が寝間着から部屋着に着替え、全員で朝食をとっているとアリルドがそんなことを言い始める。
「視察って俺がか?」
上座に座る俺の体面に座るアリルドは頷く。
みんなは政治の話かと口を紡ぎ、出された食事に口に運び続ける。
「お前は自分が王だと自覚しているか?」
「自覚はないな」
正直肩書だけでいい。
政策をするつもりも特にないし。
「はあ……」
アリルドはわかりやすい位に大きくため息を吐く。
「最近俺がなんて呼ばれているか知っているか?」
「アリルドがか?」
そこはアリルドがではなく俺がじゃないのか?
そんな疑問にアリルドは声を上げる。
「アリルド王だぞ!」
「そうなっちゃうよな」
この国を仕切っているのは実質アリルドだし、俺は旅三昧だし。
名前だけの王よりもよっぽど王らしいので別にいい気がしている。
「お前ならそういう反応だろうと思っていたがな」
「俺を揶揄しているだけだろ?」
「そうだなそれもある。現に巷ではお前は俺にリベンジをされ国を逃げた敗北者だと噂になっている」
「まあ、事実だろ。俺一人なら勝てないしな」
三人がかりで辛うじての勝利だ。俺の知っている人間の中ではアリルドほどに強い人間を知らない。
「だとしてもだ、俺は負けてまだ勝ててない。それなのに勝っているとなどという噂には耐えられない」
純粋な比べ合いの勝利を望むアリルドには、確かに耐えられないことだろうな。
「それに俺はお前達を認めている。言い方は悪いが若造と子供に俺は負けた。だからこそお前達を尊敬し下についている。そんなお前達が馬鹿にされるのは勘弁ならん!」
「わかったよ、俺が街に出て王として振舞えばいいんだな」
「そうだ。それとその時はルリーラとアルシェも同行してくれ」
突然話を振られたルリーラとアルシェは二人揃って首をかしげる。
「二人はクォルテの政策は覚えているか?」
「奴隷の地位向上ですよね。覚えています」
政策の意味がわからずに首をかしげるルリーラの代わりにアルシェが答えた。
「そうだ、そのために二人にはクォルテと一緒に街を歩いてもらいたい、もちろん奴隷服で」
「いいよ」
「私も嬉しいです」
「明日はフィル殿とサレッドクイン殿も同行していただきたい」
「いいよ」
「僕もか」
「サレッドクイン殿にも奴隷服の着用をお願いしたい」
「僕が奴隷服? なぜですか?」
流石にサレッドクインの事を今回は責められない。
火の国の総帥の娘、つまり上流階級の娘が最下層の装いをする。
自ら生活の質を落とすのは流石に無理があるだろう。
「クォルテの妻を目指すのだろう?」
「そうですが、それとどのような関係が?」
「奴隷の地位向上はクォルテの悲願と言えるものだ」
悲願というほどに願ってはいないけど……。
せいぜい目標?
「それがいつも一緒にいる奴隷の少女とは別に、由緒ある家柄のヴィルクード家の息女と婚約。それは民衆の目にどう映るだろうか」
「奴隷は所詮、はっ! そういうことですか!」
「理解が早く助かる」
にやりと不敵に笑うアリルド。
どうやらアリルドにはアリルドの考えがあるらしい。
そう思い結論に誘導されているサレッドクインを見続ける。
「しかし悲願の為とは言え、奴隷の装い……」
「良妻であるならば夫のために身を削り奉仕するものではないか!」
そんな考えの妻は滅多にいない。
それが原因で喧嘩している人たちを旅の間に見てきたし。
「言われれば確かにそれが良妻としての役目」
段々と洗脳のようになってきたな、サレッドクインが愚直な人間だと悟りそこを突く。流石一国の主兼盗賊の党首だ。
「ではよろしいですか?」
「もちろんだ。夫のためなら僕は粉骨砕身で挑もうではないか!」
他の仲間からいいの? と視線を向けられ俺は肩をすくめた。
「じゃあ、行ってくるな」
「おう、しっかりな」
朝食後、奴隷服に着替えたルリーラとアルシェを連れ街へ向かう。
すっかり改善された城の警備に感心しながら城門を出る。
「行ってらっしゃいませ! クォルテ王、ルリーラ様、アルシェ様」
「あいよ」
直立不動の門番に挨拶をし歩き続ける。
「それでなんでこの体制のまま歩くんだ?」
右手にルリーラ、左手にアルシェが抱き付いたままで非常に歩きにくい。
「王の婚約者候補なんだって、私達」
「嬉しいですけど恐れ多いですね」
満面の笑みと照れ笑いの二人を見るのは嬉しいが流石に恥ずかしい。
この姿勢が嫌とかではなく純粋に恥ずかしい。
誰かとすれ違うたびに老若男女問わずに振り返っていく。
それが俺が歩いていることなのかこの状況を見てなのかはわからない。
「まずはどこに行きますか?」
「それならあの病院かな」
「私も行きたい」
「跳ねるな跳ねるな」
奴隷服の丈は短い、それは当然短い方が都合がいいからなのは言うまでもない。
二人は中に服を着ているから大して問題はないが、下着を穿かせてもらえない奴隷は、かがむたびに局部が見えてしまうことがある。
それ以外にも羞恥を煽るお仕置としてや、必ず両膝を地につけさせる意味合いもあったりする。
そのため今ルリーラが跳ねた姿を凝視する輩もいたりする。
「下に穿いてるし」
「だとしてもだよ」
見ていた輩を一睨みしルリーラに注意をする。
「私は流石に下を穿いていても恥ずかしいです」
視線に気が付いているアルシェは、下に穿いていても恥ずかしいらしくめくれないように俺に抱き付く。
そのせいで大きな胸がより強調され、その柔らかさを見せつける形になってしまう。
元々目立つ容姿のアルシェに視線が向き、さらにそれに羞恥が加わってしまったため、これは穿いていないのではと男連中に思わせてしまっている。
「アルシェ、あまり密着させない方がいいぞ」
「はひっ!」
耳元で語りかけたのがいけなかったらしく変な声と共に直立不動で固まってしまう。
これ中々面倒なことになるな。
そんなことを考えたまま俺は二人を連れ街を歩いていく。
ほどなく歩き病院に到着した。
「大きくなったね」
「こんなに大きかったでしたっけ」
「一応街では一番の大きな病院だったけどな」
アリルドを担ぎこんだ時も確かに大きかった。
二階建てで普通の建物の三倍の広さを誇っていた。
それもアリルドを担ぎこんだ理由なのは確かだ。
だが今目の前にある建物は当時の三倍の建物になっていた。
階層が一つ増え三階建て、更にその高さの建物が二つ並びその間に昔からあった建物が建っておりその三棟の建物を橋が一本結んでいる。
「これって入って大丈夫でしょうか?」
「どうだろうな」
建物にも驚くが患者の数にも驚く。
病院なのに人がごった返し入口を覆っている。
「これが全部怪我人?」
「病人もいるだろうがこれは流石に」
「はーい病気の患者さんは一号棟にお願いします!」
「怪我の患者さんは二号棟にお願いします」
「初診の方々は本館へどうぞ!」
純白の看護服を着た女性が三人それぞれの建物から出てくると声を上げる。
それぞれが人目を引く美貌を持っている。
全員の髪色が白く一人は元気で背の背の低い可愛らしい女性、
次に出てきたのは背が高く医者らしい知的な美人、
最後の女性は愛嬌のある優しい雰囲気で人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
三人が三人スタイルがいい。
胸が大きく女性特有の曲線が美貌をより強めている。
「クォルテ」
「いててて! 一体何だよ」
三人を見ているとルリーラに手の甲をつねられてしまう。
いわれのない暴力が俺を襲った。
「私も、そういう目で女性を見るのは感心しませんよ」
アルシェまでもが俺を蔑んだ目を向けてくる。
「どんな目だよ」
「えっちな目」
「物色するような目」
酷い言われようだった。
確かに美人だと思いはしたが別にそんな目で見ていた記憶はない。
「おや、クォルテ・ロックス様ではありませんか?」
「そうだけど」
愛嬌のある女性が列整理を終え列から離れている俺達に寄ってくる。
「やっぱりそうですよね。それでお体の具合がよろしくないのですか?」
人懐っこい笑顔を向ける。
素なのか計算なのか下から覗き込む姿に心臓の脈が速くなる。
俺ももしかした病気なのかもしれない。
「いや、街の視察に来たんだ。院長はいるか?」
「そうですか、院長なら本館におりますのでご案内いたします」
「頼む」
愛嬌のある女性の後をついて行こうとすると、両腕がより強く抱きしめられる。
「二人ともどうかしたか?」
「「別に」」
腕は痛くないが二人の殺気が痛い。
ルリーラどころかアルシェまでここまでの殺気を出したことがより緊迫感を強くする。
俺ってそんなに女にだらしないと思われているんだろうか……。
「セクレアちゃん!」
「他の患者さんの迷惑ですからお静かにお願いしますね。マオさん」
患者がこの女性に大声で声をかけると、彼女は人差し指を口に当て静かにと言いながら、小さくウィンクする。そのあざとい動きに、患者の男性はだらしなく鼻の下を伸ばす。
どうやらこの病院は、いつの間にかそう言う場所になってしまったらしい。
「「……」」
その様に俺の両サイドの女性二人が腕が痛いほどに力を込める。
なるほどな、殺気の正体はこれか。確かに異性へのアピールは同性からは疎ましく感じるものだ。
今にも二人が全力で攻撃しそうなほどに殺気を膨らませるなか、俺達は真ん中の建物に入っていく。
「おや、誰かと思えば国王様じゃないか」
居たのはルリーラを治療してくれた年を取った女医だった。
確か名前はモナ・ベックだったか。
「おばあちゃん久しぶり」
「お久しぶりです」
今まで放っていた殺気が霧散し俺から離れベック先生の元に走っていく。
「元気そうだね」
孫に会う様に二人の頭を撫で茶菓子を二人に振舞う。
三人は楽しそうに談話を始める。
「ロックス様って、今お付き合いしている方はいらっしゃるんですか?」
俺が一人のタイミングでセクレアと呼ばれていた女性は話を振る。
わざとらしいほどに計算された仕草と視線に感心しながらも答える。
「いないよ」
「あのお二人は恋人とかじゃないんですか?」
より声のトーンを上げ甘えるように話しかけてくる。
本当に呆れるほどに感心してしまう男心を刺激する言動。
視線を逸らすと豊満な胸元に向くのまで計算しているのだろう、隙を見せるためなのか隙間が空いており、覗き込む際に服が緩み刺繍の入った下着が覗く。
「もう、どこ見てるんですか?」
ぱしっと軽くボディータッチからの胸元を閉じての恥じらいの姿。
なるほど盛況なはずだな。ここまで計算してやっているなら彼女は相手からどう見えているかもわかっているのだろう。
「もしよろしければ奴隷の身ではありますが、恋人の選択肢に入れて頂いてもよろしいでしょうか?」
頬を染めて恥ずかしそうに体をくねらせ自分の武器を披露する。
「セクレア、もうやめな。あんたの色仕掛けは全部バレてるし、それ以上やるとこの子達に殺されるよ」
「はーい。そんなわけで私はセクレア。奴隷でここの看護師よろしくね」
さっきの作られた表情よりも魅力のある笑顔で、手を差し出し俺はその手を握る。
「そっちの方が、俺は魅力的だと思うぞ」
「こっちだったら王様も落ちたかな?」
「さっきの媚びた言動よりはな」
「そっか、失敗したな」
言動は作られたものだが、にこやかな愛嬌は本物らしく表情が豊かで話していて楽しい気分にさせてくれる。
彼女は挨拶もそこそこに再び患者の対応に戻っていった。
「じー」
「じー」
話の輪に入ろうと近づくと、二人が俺を蔑んだ視線を向けてくる。
「嫉妬だよ」
わざわざベック先生がそう言ってくれる。
まあ、知ってる。俺も逆の状態ならそういう反応するだろうし。
「別にセクレアも本気じゃないだろ。営業スマイルだよ」
俺だからではなく、誰にでもやっているものだからと言っても二人の視線は冷たいままだ。
「ほら二人とも主が困ってるんだからその目をやめなさい」
「でもおばあちゃん」
「でも先生」
「断ったんだからいいだろ。坊やもセクレアも本気じゃないんだよ、ただの挨拶だ。私はこういう人ですってね」
その通りだ。セクレアの慣れた言動はああいう風に媚びを売ることで生きてきたという証。その生活は想像に難くない。
それはきっと他の二人も変わらないだろう。
だがそれを俺が言っても聞いてはくれないだろうが、なぜかベック先生が言うと二人は唸りながらもうなずいた。
「いい子達だね」
穏やかな笑顔を向け俺の方を向く。
「それでわざわざここに来た理由は何だい?」
「ただの視察。もう一人のオルクス先生はどこにいるんだ?」
この病院の最高責任者のベル・オルクスはアリルドを治療した年老いた医者だ。
年を取っていても最高責任者としてこの国随一の腕を持っている。
「じいさんなら二号館にいるよ」
「ありがとう行ってみるよ」
俺が移動を開始するとルリーラとアルシェもベック先生に挨拶をして付いてくる。
本館向かって右側の建物知的な美人の女性が列整理をしていた建物だ。
二号館に入ると中に入ると早速知的な看護師が出迎えてくれた。
「ようこそオルクス病院へ」
セクレアとは違い、隙が無い。。
ぴっちりとした服装は変にはだけてはいないが、体のラインがしっかりと浮き出る服装。
彼女は手慣れた様子で俺達をオルクス先生の元に案内してくれる。
「こちらでお待ちください」
「ありがとう」
促されるままに三人が並んで座る。
そしてその前に知的な女性が腰を下ろす。
「私の名前はシル・アウロラと申します」
「クォルテ・ロックスだ。この国の王をしている」
「ルリーラ。クォルテの奴隷」
「アルシェです。同じくクォルテさんの奴隷です」
互いに自己紹介が終わるとしばらく無言が続く。
アウロラはこちらを凝視したまま固まり無言を通す。
この状況で見られているとどうも居づらい。俺が王だと認めていないのだろうか。もしくは偽物と疑われて探られているのだろうか。
それはルリーラとアルシェも同じようでソワソワと落ち着かない様子だ。
「オルクス先生は」
「今治療中ですのでもう少々お待ちください」
この女性は実は機械なんじゃないだろうか。
微動だにせずただこちらを見つめる姿は置物と変わらない。
別に悪いことはしていないのに、謝らないといけない気分になってくる。
「おお、クォルテ。久しいな」
「先生」
異様な空気を破ったのオルクス先生に俺達は一斉に駆け寄る。
よくわからないまま俺はやってもいない罪を吐きそうになった。
「なんじゃ、どうし……、なるほどシルか」
よくあることなのかオルクス先生はため息交じりに納得してくれた。
「シルは研究一辺倒で人見知りなのだ。そのため知らない人の前だとこうなるんだ」
「お恥ずかしい限りです」
そういうことらしい緊張のし過ぎで、何も話せず固まったままだったらしい。
無駄に理知的に見えているせいで、観察された気になっていたらしい。
「それでどこか怪我でもしたのか?」
「ただの視察だよ」
「そうか、どうじゃ驚いただろ?」
年甲斐もなく悪ガキの様な笑顔を俺に向ける。
これもこの病院が人気の一つなのかもしれない。
「まあな、繁盛してるみたいでよかったよ」
「王としては、繁盛しない方がよかろうに。不健康な国民が多いのだぞ」
「いや、どうもここの患者のほとんどは看護師を見に来てるみたいだしな」
美人の看護師を見るために病院にくるなんて平和だからできることだ。
「それで、うちの看板娘全員に会ったか?」
「セクレアには会った」
「嬢ちゃん達は気に入らなかったろ?」
「殺すんじゃないかと思ったよ」
俺の言葉に二人がそっぽを向く。
どうやらもう少しで本当に手が出ていたようだ。その辺りの見極めも流石と言えるだろう。
「なら最後にレルラを紹介しようついてこい」
「治療はいいのか?」
「シル一人でどうにかなる連中ばかりだ。というよりもシル目当ての患者だ」
そう言って最後に一号館に向かう。
腕は確かなのに、腕を振るう機会はなさそうだな。
「おや、大先生にそちらはさっきセクレアに連れていかれた人だ」
元気いっぱいに駆け寄ってくる少女はルリーラと同じくらいの年だろうか。
ルリーラと身長も変わらないみたいだ。
「レルラだよ、年は十九よろしく」
そう言って彼女は自己紹介をした。
一言話すたびに動き回り、病院に相応しくないほどに元気な笑顔を向ける。
「十九……」
「私よりも年上です」
「そうなの? まあいいや宜しくね。そっちの子もよろしく」
アルシェとルリーラの順に握手をし最後に俺とも握手する。
「クォルテ・ロックス。この国の王だ」
どうやら彼女も奴隷の様で、俺が王と言ってしまったため握手してもいいかと、手をさまよわせている。
俺は迷いなくさまよう手を取り握手をする。
「王様なんだ。よろしくね」
自分の手を取ったことに喜んだ様子で挨拶を済ませる。
「ちなみに三人の中ではこの子が一番治療が上手いぞ」
「そうなのか凄いな」
だから他の二人と違い一人でここを任されているのか。
「そうだよ、凄いでしょ」
照れ隠しなのか胸を張ると膨らみ二つが大きく揺れた。
「敵か」
「えっとそっちのちびっ子はなんで睨むの?」
「悪かったな邪魔して。大丈夫そうだから次に行くよ」
そろそろルリーラが爆発しそうな雰囲気を出したので、俺はルリーラとアルシェの手を掴み逃げるように病院の出口に向かう。
「頑張れよ」
オルクス先生の応援を受け別な場所に向かう。
†
病院を後にしてもルリーラの機嫌が直りそうもなかった。
「なんで周りの奴隷はこうおっぱいが大きいんだろう」
というよりも自分の胸のサイズに落胆していた。
何度も自分の胸を触りアルシェの胸元を見てまた自分の胸に触れる。
そしてため息を吐く。
こうなるともはや慰めの言葉すら出てこない。
「ルリーラちゃん?」
「なに、おっぱい」
これはしばらく駄目だな、アルシェの事をおっぱいとして認識してしまっている時は、あまり状況が良くない。
「ルリーラちゃんにはまだ希望があるんだよ」
関わっても何もいいことが無いのは、アルシェもわかっているだろうに、果敢にルリーラに関わりに行ってしまう。
そしてそんなアルシェの言葉に光を失った碧眼を向ける。
「私ロックスに買われてから身長以外大きくなってないよ? その身長も最近伸び悩んでるんだよ? わかるこの気持ち成長なんてもう止まってる私の気持ちがさ」
目が笑わずに口角だけが上に上がる表情は中々に怖い。
心なしか碧眼に黒い闇の様なものが見えている気がする。
「私が何の下調べもなく無責任に言ってると思ってる?」
そのルリーラの表情に屈することなくアルシェは大きく膨らんだ胸を張る。
その膨らみよ割れてしまえと、言いたげな鋭い視線をルリーラは送る。
「胸の膨らみは人によって違うんだよ」
「それは知ってるけど、私の年齢で膨らむのが普通だって」
「ベルタは普通とは違うよ」
「そうか、一般的な茶色の中間とは違うんだね」
「そうだよ、私はプリズマだし普通よりは早かった」
「ベルタは普通よりも遅い」
今更だけどこいつ等は街の中で何を言い合っているんだろう。
ただし往来する人々は興味深そうに聞いている。
男性はアルシェの膨らんだ胸元を女性は自分の膨らみを確認し様々な表情をしている。
「だからルリーラちゃんはこれからなんだよ!」
「ありがとうアルシェ! 私希望を捨てないよ!」
街中で何を宣言しているんだろうかこの二人は……。
「私のおっぱいはこれから大きくなるぞ!」
なぜかルリーラの宣言に民衆は大きな拍手を送る。
この茶番は一体何なんだろう。
俺は民衆の支持を受けているルリーラを見ながらアルシェに近寄る。
「ベルタって元々胸が膨らみにくいだろ」
「ご存知でしたか」
「流石にあそこまで熱望していたら調べてやりたくもなる」
研究結果として体を動かす者ほど動きを阻害するものが無くなる傾向にある。
ゆえにプリズマには巨乳が多くベルタには貧乳が多い。
闇の国で出会ったベルタの中に巨乳はいることはいたが数える程度だ。
「ルリーラの胸が膨らまなかったら、殺されるんじゃないか?」
「大丈夫だと思いますよ」
なぜか自信ありげにアルシェは言い切った。
「膨らむ要因は恋する胸のトキメキが一番だと思いますから」
「そうだといいな」
これだけ生々しい話をした後で、そんなメルヘンチックなオチを持ってこられるとは思わなかった。
機嫌を直したルリーラはお腹が空いたと言い始め、昼食をとることにした。
行先は商店街ではなく俺達が泊まっていた宿に行くことにした。
こちらはあまり変わっていなかった。
岩をくり抜いたような、見た目よりも頑丈さを意識した建物の扉を開け中に入る。
「いらっしゃい、おや王様じゃないか」
出迎えてくれたのは宿の主人ではなく女将だった。
相変わらずの恰幅のよさにそれに似合った物怖じしない態度が懐かしい。
「アリルド様に負けて国を追い出されたんじゃないのかい?」
わざわざ信じてもいない噂を引っ張り出してくる。
本当にいい度胸している。
「それが嘘だって伝えるために来たんだよ」
「だろうね、それで食事かい?」
「頼む」
「じゃあ前と同じ五人前でいいかい?」
「成長期だから六人前で」
そう言って手を挙げるルリーラを嬉しそうに見ながら厨房に入っていく。
椅子と机などの内装は変わったらしい。
新しくなっている内装に時間の移り変わりを眺めているうちに料理が運ばれてくる。
「お待ちどう」
四人掛けのテーブルに所狭しと料理が運ばれてくる。
「いただきます」
我慢できずにルリーラが肉料理を一口頬張る。
噛み締め飲み込むと本当に美味しそうに表情を緩める。
「美味しいよおばちゃん」
「ジャンジャン食べなおかわりはいくらでもあるからさ」
「ありがとう」
ルリーラだけでなくアルシェと俺も料理を食べる。
少し濃い目の味付けに箸が進む、アルシェや他の宿と違い完成されてないゆえの美味さ。
故意に味を変えているような気もしてしまうほどに味がすべて違う。
バラバラな味が喧嘩せずに調和し合い美味さを際立たせる。
「この美味しさも変わっていませんね」
見るとアルシェも美味しさに頬が緩んでいる。
「アルシェちゃん変わったわね」
親戚の子供を見つめる様な視線にアルシェが少し恥ずかしそうにしながらも答える。
「変わりましたか?」
「いい顔をするようになったよ」
にこやかな優しい言葉にアルシェは戸惑ってしまう。
「私前は変な顔していましたか?」
ペタペタと自分の顔を触るアルシェを女将は楽しそうに眺める。
そして俺の方に話を振り始める。
「王様なら気づいているんでしょ?」
「そりゃあな、それにそういうのは本人には気づきにくいことだ」
「そうだね」
俺と女将が笑いあうのを見てアルシェは気恥ずかしくなったのか体を横に向ける。
そういうところだよと笑う。
「ルリーラちゃんもちょっと大人っぽくなったね」
「おばちゃん本当!?」
食べている手を休め女将の方を向く。
女将は笑いながら頭を撫でる。
「美人になったよ」
「やった」
完全に子供扱いされていることに疑問も持たない、ルリーラに和みながら昼食を終えた。
「後は大通りで今日は終わりだな」
「最後か」
「終わっちゃうんですね」
アリルドを満喫していたルリーラとアルシェは見るからに肩を落とす。
そんな二人を気にしていない周囲は祭りの様に騒ぎ立てている。
「またこんな機会もあるさ、じゃあ元気に視察に行こう」
「はーい」
「わかりました」
重い足取りの二人に速度を合わせて大通りを歩く。
道行く人々は二人を振り返りながら進んでいく。
「クォルテさんじゃないですか」
露天商の一人から声をかけられる。
見覚えのない男性はお代はいりませんからと俺達に食べ物を渡してくる。
「えっと悪い誰だっけ?」
「そうだ、この先でクォルテさんに会いたいって人がいるんですよ」
なるほどそういうことか。
こいつは何も知らされていない可能性もあるか。
「わかったこの先にいるんだな」
「はい」
こいつは知ってるのか? まあ、聞き出したところでどうしようもないか。
言われるがまま路地裏を進む。この辺は何も変わっていない。わかりにくく入り組んだ道を延々進みながら広場に出るまで進み続ける。
前にここの道は通ったことはあるな。アルシェと初めて会った場所。そこに俺達は向かっているらしい。
「よお、クォルテ・ロックス」
「こりないなお前も」
薄々気が付いていた。
アルシェの元主。名前は憶えていない。
「今度はこの広場を囲ませてもらった」
「囲まれてるよ、二十くらい」
ルリーラを見ると面倒そうに答えてくれた。
質もお察しってことだろうな。
「それに今回は傭兵も雇った。これで俺が負けるなんて万に一つもあり得ないことだ! 先生どうぞ」
「お前から奴隷を奪った下種とはどんなやつだ」
「「「あっ」」」
俺達三人の言葉が重なった。
出てきた男は見たことがある。
水の国で魔獣退治の時に一緒になった男だ、確か名前は……。
「おお、お前達か俺を覚えているか? 魔獣討伐の時にお前に喧嘩を売ったカーシス・フィルグルムだ」
「そうだカーシスだ」
「忘れてたのか?」
「名前だけな、フィルグルムは覚えてたさ」
久しぶりにあった戦友と握手を交わす。
当然それが気に入らないのは名前も知らない男だ。
「何をしているフィルグルム! そいつが俺から奴隷を奪った張本人だ。早く潰してくれ」
一緒に戦ったことのあるカーシスは俺に確認を取ってくる。
「俺はちゃんと金貨一枚でアルシェをそいつから買った。返せと言われても金貨の準備もせずに複数で俺達を襲って挙句返り討ちにあった」
「だそうだがギーグさん」
「お前は雇い主の俺を疑うのか?」
「それもそうだな、ほれ返す」
そう言って金貨の詰まっているであろう袋を投げ返す。
「どういう意味だ?」
「どういうって俺はやめるよ、こいつ等に勝てる気がしないし倒す理由もない」
カーシスがそう告げると、ギーグは顔を真っ赤にしながら剣を抜く。
「いいさ、俺がそいつに勝てばいいんだろ」
「だから甘いんだよお前は」
「は?」
「水よ、氷よ、敵の動きを止めろ、アイシクル」
一瞬でギーグの手足は凍りに囚われる。
右手と右足、左手と左足を共に氷で結合させ動きを止める。
「こんなの卑怯だろ!」
「いやいや、お前は王に手を出した逆賊だぞ。拘束するには十分な理由だ」
「俺はお前を王になんて認めてないぞ!」
「お前一人に認められなくても俺は王だ」
そう言い捨て顔以外を氷で覆う。
主がやられた奴隷達はすぐに逃げて行った。
こいつの人望の無さがあまりにも可哀想になってしまう。
「じゃあこのまま牢屋まで連行だな」
「あーあ、このままデートも終わりか」
「残念ですね」
「なんだデート中だったのかなら俺が憲兵に引き渡そう。お前達は最後まで楽しんで来い」
カーシスは男前に笑いギーグを担ぐとそのまま路地に消えて行った。
「じゃあ最後まで楽しむか」
そう言って俺達は最後まで街の探索を楽しんだ。
「もう終わっちゃったね」
「そうだね」
帰ってきた俺達が部屋に戻ると、ルリーラとアルシェはベッドに倒れ込んでしまう。
「倒れる前にとっとと着替えろ」
「はーい」
「そうでした」
着替えるといっても二人とも奴隷服の下に服を着ているので、ただ奴隷服を脱ぐだけなのだが脱げというと裸になる可能性が高い。
「他のみんなはどこにいるの?」
「そう言えばどこだろうな」
俺の手伝いだとアリルドは言っていたが、詳しくは何も聞いていない。
俺達も外で夕食を食べてきたため結構遅い時間になってしまったはずだが。
「た、だいま……」
噂をすればと入口に目を向けるとフィルが死にかけていた。
かろうじて扉を開けられたらしく部屋に入るなり倒れてしまう。
「フィル?」
倒れたまま微動だにしないフィルを心配して側に行くが一向に反応がない。
「生きてるよね」
「アリルドさんですし酷いことはしていないはずですが」
「とりあえずベッドにはこんで……えっ」
廊下には更に三人倒れていた。
二人は当然ミールとサレッドクイン、もう一人はおそらくセルクの相手をしてくれていたであろう奴隷の使用人。
正に死屍累々である。
「二人とも手伝ってくれるか?」
二人は現状を見て声を失い、ただ頷いてくれた。
「何があったんだろうな」
全員をベッドに寝せまた今夜も俺達は一つのベッドに並んでいる。
「怪我とかじゃなさそうだったよ」
「ただただ疲労だと思います」
「みんながああなるほどに疲労か」
研究者のミールはまだしも、黒髪で体力があるフィルと武芸者のサレッドクインがこうなるほどか……。
アリルドの凄まじさに震えてくる。
「明日は私達の番だよ」
「そうだね」
惨状を見て恐れて震える二人は俺に抱き付いてくる。
気持ちがわかるだけに何も言えずそのまま横になる。
「これって明日の視察はできるのか?」
「無理なら一緒におっちゃんの手伝いだね」
「クォルテさんがいれば安心です」
「それはどうだろうな」
アリルドが俺だからと、手を抜くとは思えない。寧ろ悪化するまであり得る。
三人で小声の談笑をしてそのまま眠りについた。
†
唐突な息苦しさに目を覚ました。……はずだった。
目を開けても月明りもない暗闇なのに妙に甘い匂いが俺を覆っている気がする。
それに異常なほどに柔らかい。
むにむにとした感触は俺から抗う気持ちを奪っていく。
わずかに聞こえる鼓動とゆっくりと規則正しい呼吸に俺はようやく自分の状況を認識した。
「クォルテさん」
俺は今アルシェの胸に顔をうずめているらしい。
一体全体どうしてこうなったのかはわからない。
別にアルシェも俺も寝相が悪いわけではないのだが、今日に限ってなぜかこんな状態になってしまっている。
更にどういうわけか感触から察するに服がはだけているらしく、アルシェの肌に俺の顔が直接接触している。
「ん、んん! ん? んん!?」
アルシェの柔肌に口は塞がれ叫んだところで音にならない。
頭を離そうにもアルシェが俺の頭を抱えているせいで、アルシェに触れないと引き離せそうにない。
別にアルシェなら俺が触った所で怒ることはないだろうけど、誤解を与えるわけにはいかない。
でも流石に限界だ。
吸い付くようなアルシェの肌は俺の呼吸器官全てを塞ぎかけている。
かろうじて口と鼻の隙間からわずかな空気を吸い込んでいるが、ここまで密着してしまうとアルシェの汗と混じりあった甘美な匂いを吸い込んでしまう。
「んんっ……」
桃色吐息の寝言はこの濃厚なアルシェの匂いと合わさり、耽美で蠱惑的な淫魔に襲われている気さえしてくる。
寝起きで呼吸が少なく脳も正常に働かない現状で淫靡なこの状況。
男として耐えてはいけないのではないかとさえ思ってしまう。
「クォルテ、さん……、好きですよ……」
呂律の回らない舌足らずな甘えてくるような言葉に限界を迎える。
勢いよく体ごと起こし男としては魅力的な体勢から離脱する。
「すぅー、はぁー」
大きく夜の冷たい空気を吸い込み肺の中を満たす。
月明りさえ眩しく見えるようやく脳が動き始める。
「一緒に旅を、してきて、一番危なかった……」
いつもの誘惑とは違い跳ね除けにくい寝たままの誘惑。
いつまでも浸りたくなる天国の誘いに俺を引きづり込む。
「はぁ……」
当のアルシェは俺が起き上がった拍子に姿勢が仰向けに変わり完全に服がはだけてしまっている。
俺はアルシェの服を直し布団をかける。
幸せそうに眠るアルシェの頭を撫でるとルリーラがいないことに気が付いた。
辺りを見るとベッドの端から腕が一本生えていた。
「どんな寝相だ」
呆れながらもベッドから落ちているルリーラを抱きかかえると、俺の首に手を回す。
起きたかと思ったが、寝ぼけているだけの様でそのまま顔を近づけお互いの頬が接触する。
「すぅすぅ」
規則正しい寝息が耳にくすぐったいが、振りほどくことはせずベッドに運ぶ。
横に寝せるが首に絡めた腕を離してはくれず、仕方ないとそのままにし俺は再び眠るために目を瞑る。
「むにゃ、んん」
何かを食べている夢を見ているようで口から湿った音を出す。
「もう腹減ったのか」
「いただきまふ」
振りほどけばよかったと後悔した。
ルリーラは俺の耳を食べ始めた。
歯を立てられれば痛さで咄嗟に引き離したかもしれないがなぜか唇で噛んでいる。
「あむあむ」
ルリーラの唇の感触が耳を挟む。
柔らかく温かい感触、感じる呼吸音、口を動かすたびに溢れる水の音。
耳が感じえる感覚全てが俺を刺激する。
「うおお……」
無意識ゆえの不規則な行動に、背筋に電流の様なものが走る。
「おいしい……」
囁くような熱っぽい言葉を耳元で囁かれる衝撃に心臓がうるさいほどに騒ぎ出す。
執拗に責められる俺の耳に自然と神経が集中してしまう。
唇で覆う歯の硬さ、吐息に含まれる熱気、人を感じさせる湿った音。
「ありがとう」
眠ろうにも眠れない現状だが、いかんせんベルタの力で首に巻き付かれては引きはがす手段もない。
これ以上は精神的によろしくない。
そう思いルリーラに声をかけることにした。
「おい、ルリーラ」
起こそうと体を揺する。
「うにゃんうにゃん」
起きる気配はないが耳元の声が近づいたり離れたりを繰り返しなんだか少し面白くなってきた。
「ん、んん?」
「起きたか、ルリーラ離れろ」
「や」
即答されてしまった……。
なぜか手足を使って俺の動きを完全に止めにかかる。
両手までは届かなかったみたいだが片腕と両足はきっちりと捕まえ身動きが出来なくなってしまった。
「すぅすぅ」
そしてそのまま寝やがった。
それでも身長差のおかげでルリーラの顔は俺の耳元から離れてくれたおかげでようやく煩悩との戦いは終わった。
「まあいいかこのくらいなら」
身動きができないまま、深夜の戦いは終わり俺は再び眠りについた。
翌朝、昨夜の戦いで疲れが取れていないらしく、欠伸をしながら朝食の場に向かう。
「クォルテどうした、昨日は眠れなかったのか?」
「まあ、そんなところだ」
ルリーラに体の自由を奪われていたせいで体が固まってしまい、未だに関節からは軽快な音が鳴る。
「この様子だとルリーラとアルシェ以外今日は動けなさそうだな」
「俺は平気だが確かにこれは……」
昨日アリルドの手伝いをしていた三人は、食事の途中にも関わらず眠ってしまっている。
掴んだパンや食器をそのままに首が垂れ下がっている。
「昨日は何をさせたんだ?」
「ミールには雑務を担当してもらった。頭脳労働が得意とのことだったので能力を確認した」
「それでこうなるのか?」
「普段は数人で分担する量だ、一人で終わらないのはわかっていたのだがな。どうもクォルテのために頑張ると言い出してな」
「ああ……」
何となく想像できた。
兄さんに褒めてもらうためにとか言って、無理を押し通してやり切ったんだろう。
それは二人も理解したらしく苦笑いを浮かべる。
「それで他の二人は?」
「俺と戦闘訓練だ」
「…………」
俺達は納得した。
アリルドとの戦闘訓練なら仕方ない。
唯一まともについていけそうなのはルリーラくらいだが、そのルリーラさえ息も絶え絶えだったはずだ。
「それじゃあ、今日はこの三人は休養だな」
「ああ、どうするまた三人で視察に向かうか?」
「それもいいが、今日はこの国の王として少しくらい国のために働くよ」
ルリーラとアルシェが落ち込み謝りながらも今日は城の中の雑務をこなすことに決めた。
「お前達の能力はわかっているから今日はこの書類の束を頼む」
「おお……」
山が四つ並んだ。
これは今日で終わるのか?
「内容に目を通してハンコを押すだけだ」
「それだけか?」
「その他のは昨日ミールが片づけた」
「後でお礼を言っておくよ」
「ミールがやらなかったらこの机が書類で埋まる」
久しぶりに甘やかしてやろう。
お前のおかげで俺は今日を生きられそうだ。
「それにしても本当にできたのか? 机が埋まるって今ある束の五倍くらいだぞ?」
「言い方が悪かったな、ミールがやったのは選別作業だ」
「なるほど、その分と合わせてこの量か」
要は俺がやるもの、財政の事、法律の事など、全てが混ざり合った書類の再分配をしてくれたということか。
確かにそれならああなるか、それに研究者として書類を見ることには慣れているし得意分野ではあるのか。
「ミスはないと思うがある程度は目を通せよ」
「わかった、アリルドはどうするんだ?」
「街と手下の様子を見てくる」
「一人で大丈夫か?」
「折角だ今日も三人で楽しんでやれ」
手を軽く振りそのまま部屋を出て行く。
「じゃあ始めるか」
「私も手伝います」
「私にもできる?」
二人が早速手を挙げた。
そうなる気はしていたので二人に仕事を言い渡す。
「じゃあ俺が中身を確認するからルリーラはハンコを頼む」
「わかった」
俺がハンコを投げるとルリーラは受け取り朱肉の上でハンコにインクをつける。
「私はどうしましょうか」
「アルシェは、俺と一緒に中身の検閲だなわからなかったら聞いてくれ」
「わかりました」
俺の隣に座り一番上の紙に目を通す。
「私もそっちがいい」
「文字をひたすら読むんだぞ?」
「私はハンコを押すね!」
一度はハンコから離した手ですぐにハンコを掴む。
「じゃあ始めるか」
事務作業は正直退屈だと思っていた。
「クォルテさんこれどういう意味でしょうか」
「それはこの国の金って意味だな、取引に関する書類だからそれのハンコはいらない」
「わかりました」
アルシェは言われた通りに書類をはじいていく。
「あんまりこっちに来ない」
暇そうに朱肉にハンコを何度も押し付けながら愚痴を言い始める。
「結構ハンコを押すだけのものもあると思ったんだけどな」
中身を見ていると許可を出すだけでいいものばかりではなかった。
アリルドや財政管理の人達なら即決できるかもしれないが、この国の財政を知らない俺には決められないものも多い。
「もしかしてクォルテって王様じゃないの?」
「実際に王様だからな」
「名前だけとか?」
「それは否定できない」
帰るところを作るために王の座だけが欲しかったからあながち間違いではない。
俺よりも長年国を支えてきたアリルドの方が優秀だしな。
「名前だけでも王は王だ。いいから手を動かせ」
「動かしたくても書類がないよ」
「そうだった……」
そんな感じでそれなりに雑務をこなすのも楽しいと思えていた。
「まだ終わっていないのか?」
「俺には決められない問題ばかりだ」
突然部屋に入ってきたアリルドは机に未だ詰まれている書類を見て驚いていた。
「何を言っている、王が良ければハンコを押せばいい」
「いいのか? 俺は何もこの国の情報を持ってないぞ」
「当然だ、クォルテが利を得ると考えたのならそれは進める。利がないと判断したなら却下でいい」
「アリルドがそういうなら何か不備があったら任せる」
「そういうことは家臣の務めだ」
アリルドがカッコよく見えてくるのが不思議だ。
こんないかつい風貌のおっさんなのに。
そんな悪態を考えながらもそれならと自分の考えだけで進んでいく。
他国との貿易や親書の作成。
行った国の状況を顧みての利害の計算を行って作業を進めていく。
良かった国悪かった国、栄えている国も貧しい国も色々見て回った。
実際に国の元首とも会い会話をして親交を深めた国もある。
その全てを考えて国のために計算する。
「できた」
「終わりました」
まずは俺とアルシェの作業が終わりすぐにルリーラもハンコを置いた。
「終わった」
「お疲れさん、結構早かったじゃないか」
「ああ、勝手に決めた。無理なら言ってくれ」
「それは明日俺が確認しよう」
決めた束を脇に寄せる。
「それでどうだ、久しぶりに俺とお前達三人で戦ってみるのは」
「無理だろ」
前回はある意味奇襲の連続、無茶の連続で辛くも買ったんだ。この疲れた状態で勝てるはずがない。
「そこまで本気じゃなくてもいい、模擬戦だ」
「どうしてもか?」
「どうしても」
アリルドの目は燃えていた。
旅をしている俺達の実力を確かめたいと目が訴えてくる。
「わかったよ、その代わりに準備をしてもらいたいものがある」
必要な物を俺が告げるとアリルドはにやりと笑う。
「なるほど、それは面白い」
†
俺達四人は草原の中に居た、土地を持っていても使われていない広いだけの場所。
そこに俺とルリーラとアルシェ、俺達と向かい合う様にアリルドが嬉しそうに立っている。
「お前達に負けてから再戦をどれだけ望んでいたか!」
アリルドは獰猛に笑う。
最初に向かい合った時の様に人ではなく獣の様な笑みを浮かべ俺達を見下ろす。
「俺も再戦するつもりはなかったけどさ、せめて労いくらいはしてやらないとな」
「おっちゃんに負けないから」
ルリーラが一歩前に出る。
ゴルトリアルと並んだ時以上の体格差にルリーラが良く怖気づかなったと今更ながらに褒めたくなる。
「私はできればやめたいですが」
言葉通りに気持ちで負けているのか、一歩後ろに下がりながらも精霊結晶は淡く輝き始める。
「準備はいいか?」
「いいぞ」
俺も自分の槍と精霊結晶に魔法を込める。
「最初の時よりも格段に良くなったな」
「ありがとうよ」
「ではアリルド・グシャ参る!」
巨漢とは思えない加速で真直ぐルリーラを目指す。
覆いかぶさるほどの巨大なアリルドをルリーラは真正面から受け止める。
二人のぶつかった衝撃に足場が沈む。
純粋な力のぶつかり合いだが、体格差のせいでルリーラの方がやや不利だが、膠着状態を保っている。
「せいっ!」
膠着を打ち破ったのはアリルドだった。
樹木の様な太い足が小さなルリーラのわき腹に向けられる。
「甘いっ!」
強烈な蹴りにルリーラの防御が間に合ったように見えた。
しかし腕力はどうにかなっても体重さだけはどうにもならず、ルリーラはそのまま蹴り飛ばされてしまう。
「もう、準備はできてるな」
俺の前にアリルドは悠々と歩いて近寄ってくる。
そこまで体格がいいわけでもない俺との差は歴然で、ベルタと拮抗できる力を持つアリルドは拳に力を込める。
「水よ、泡よ、強固な泡よ、敵の視界を埋めつくせ、バブルパーティー」
「泡か」
俺の呪文が終わるまで待ったアリルドは、その泡に気を取られる。
油断というよりも観察と言った様子で、泡を眺めそう呟く。
何かがあるのは感じ取ったが、何があるかまではわからなかったアリルドの反応は早かった。
力の限りに地面に腕を突き刺し地面を力の限りにひっくり返す。
ルリーラがよく使う技をアリルドは簡単に使って見せる。
「さあ、やって見せろクォルテ」
「アルシェ!」
それでも攻撃をやめるつもりはない。
なにせそんな風に力任せで泡を潰すでことを俺は知っている。
だからこうしたんだ。
「やけくそか、自滅で終わるぞ?」
アルシェが呪文を唱えるとこっちの攻撃をアリルドは悟る。
泡を使った、複合魔法。その威力はアリルドも知っているが、地面を盾にしているアリルドには届かない。
そう思っているアリルドは勝ち誇ったように言うが、当然自滅するつもりはない。
「敵を討ち滅ぼす衝撃を生め、バーンアウト」
アルシェが呪文を唱え終わると業火が生まれ泡の一つに当たり破裂する。
複数の泡が連鎖的に破裂し大きな衝撃を生む。
泡の連鎖はめくられた巨大な土の壁を登り破壊し、砕けた破片はアリルドに降り注ぐ。
「この程度か!」
降り注ぐ土は致命傷にはならない。
精々視界を塞ぐだけだ。
だが視界を防げればそれでいい。
「ルリーラ!!」
俺はルリーラを呼ぶ。どこにいるかはわからないが、それでもルリーラに俺の声が届かないはずがない。
「おっちゃん行くよ」
「来てみろルリーラ」
それを知っているのは当然俺だけじゃない。
アリルドも知っている。
不意打ちともいえるルリーラの拳を掴みまた二人は膠着状態に入る。
「ルリーラだけでいいのか? 水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
水の龍が生まれアリルドに向かう。
「芸がないなクォルテ!」
アリルドはルリーラを浮かし水の龍の迎撃を狙うが、一度やられた攻撃をルリーラがまたくらうはずもない。
浮かないルリーラに対し咄嗟にアリルドが宙に浮き水の龍を足で挟みそのままルリーラ目掛けたたきつける。
龍の長い尾がルリーラのいた場所にぶつかり弾け元の水に戻る。
「流石おっちゃん」
「よく避けたな」
「炎よ、槍よ、無数の槍よ、」
「水よ、槍よ、無数の槍よ、」
「新手の呪文か?」
俺とアルシェは同じ呪文を唱え始める。
何をするのかはわからないアリルドは危険を悟り、ルリーラを再び蹴り飛ばそうと蹴りを繰り出すが、ルリーラは手を離しそれを躱す。
「我が宿敵を討て、フレイムランスパーティー」
「我が宿敵を討て、ウォーターランスパーティー」
無数に生まれる炎の槍、その槍を水の槍が覆う。
炎の輝きを水が反射させ眩く光る。
「受けて立つぞ二人とも」
「受けてみろよ、複合魔法ライトランス」
輝く槍は一斉にアリルドを目掛け飛んでいく。
アリルドの動きがわずかに鈍る、この光の槍がどういうものなのかを考える。
避けるべきか迎撃するべきか考え、アリルドは迎撃を選ぶ。
最初に飛来する輝く槍をアリルドは正面ではなく弾くために側面を殴る。
次の瞬間輝く槍は弾け、爆発を生む。
その爆発に怯んだアリルドに二発三発と輝く槍は着弾し大きな爆発に変わる。
しかしこの魔法もアリルドに致命傷を与えるほどの威力はない。
それでも槍を迎撃するアリルドへダメージは蓄積されていく。
「この程度の未完成な魔法じゃ、俺は倒せないぞ」
「これでいいんだよ。そこまでの光と音と衝撃があれば、本命は隠しておける」
「なるほどな」
輝く槍は肉体にダメージを与えるだけじゃない。
五感にもダメージを与える。目を焼き、耳を潰し、皮膚を犯す。
それだけで、たった一人を隠して置ける。
「耐えて見せてよ、おっちゃん」
「任せておけ」
ルリーラの渾身の一撃。
地面を抉るほどの力がたった一人に向けられ、その力全てを横腹で受ける。
耐え切れずにアリルドの動きは止まり、棒立ちになったアリルドに数発輝く槍が直撃する。
これ以上の追撃は危険だと判断し輝く槍を天高くに打ち上げる。
天高くまでに打ち上げられた輝く槍は一際大きく花火として打ちあがり。
光の花を咲かせる。
「それでライトランスか」
「動けるか?」
満足そうに打ちあがる光の花の下で倒れているアリルドに、手を差し伸べる。
「久しぶりに楽しかった」
アリルドは手を掴み立ち上がる。
「なるほど、これならこの空いた土地を使うのに文句はないな」
「だろ」
俺は傷だらけのアリルドに笑いかける。
今回の戦いはただアリルドと楽しむためじゃない。
火の国の催しである武道大会を真似させてもらった。
花火まではあの規模を真似できないが、それでもこの程度ならアリルドにいる魔法使いでも問題ないだろう。
「これで俺がアリルドより強いって証明にもなったしな」
「そうだな。前よりも強くなっていた」
「私だって実践詰んでるからね」
「私は戦闘よりも家事をしている方が好きですけどね」
アリルドは相貌を緩める。
「これでお前達の旅にも援助ができるな」
「成功して何よりだ」
この戦いの意味はアリルド国の目玉を作ること。
沢山の国を巡り色んな出来事を体験し自分の国の特産にする。
運がいいのか悪いのか、この国には持て余すほどの土地がありその活用を求める嘆願書が結構見えていた。
「凄い歓声ですものね」
「遠くて何言ってるのかはわからないけどね」
活用法にまず最初にこじつけたのは武道場の建設。
まずは俺達で実際にやって見せてみた。
結果は上々で防壁の無い所に国民を置けず城壁の上を開放して見学してもらった。
城壁からでも届く大歓声。
「後はヴォールを真似したいな、他には……」
「その話はまた後にしよう、とりあえず城に戻ろうか」
あれだけの攻撃をうけたにも関わらずもう歩けるまでに回復したアリルドは、平然とした様子で城に向かった歩き出した。
城に戻り今後の話を続ける。
「先ほどの反応を見る限り、この祭りは人気が出そうだな」
自分も暴れられる祭りにアリルドは満足気にしている。
そうなる気がしてデモンストレーション代わりにしたのだがいい反応でよかった。
「ご主人達はよくこの人と戦えるよね」
「僕達も戦ったがまるで歯が立たなかった」
さっきの戦いを観戦していた二人は肩を落としてしまう。
「アリルドと真正面から対等に戦えるのはルリーラだけだよ」
「まあね! 私強いから」
小さな胸を張っているルリーラの頭を撫でながら話を続ける。
「力で負けてるなら力を削ぐ戦いをしないといけないんだよ。俺がやったみたいに」
俺はアリルドが近づきにくくするために罠を張った。
今回は爆発の魔法を餌にして動きを止めさせ、腕力じゃなく飛び道具を使わせることで力を削いだ。
「フィル殿、サレッドクイン殿こいつは簡単に言っているが、簡単ではないぞ」
アリルドの言葉にフィルとサレッドクインは深くうなずいた。
「クォルテさんは肝が据わってますからね」
「そうだよね」
「そうでもないぞ」
肝が据わる様になったのはここ最近だ。
神に会い色々経験した結果そうなっただけだ。
「叔父さんとも結構言い合いしてたし」
「それはただの喧嘩だしな」
自分の意見を通すためには、反抗しないと何もさせてもらえなかった。
特に意地でもルリーラの研究に関わる様に結構やりあった。
そんなことを思いながら隣に座るルリーラを見ると視線に気づき首をかしげる。
「それよりも他の施設について提案があるんだ」
「なんだ?」
「ヴォールの街並みは知っているか?」
周りを見ると一緒に居た三人とミールだけが頷き他は首をかしげる。
「アリルドも知らないのか?」
「知識としてなら知っている。でもそういうことじゃないだろ?」
「今は知識だけでいい。要は一つの街が水で溢れているってことだ」
「そういうことか」
アリルドは俺が言おうとしたことを理解したらしく頷く。
それでもルリーラやサレッドクインは首をかしげる。
「ヴォールみたいに水に満たされた町を作ろうってことだね」
間延びしながらも、フィルはしっかりと理解してくれているらしく、わかっていない二人のために補足してくれる。
「その通りだ」
「池や川の中に町を作る。そう考えていいのか?」
可否を考えるようにアリルドは思考を始める。
「というよりも町を作り水で沈めるの方が合っていると思う」
「なるほどわかった」
アリルドの中で可能だと思ったらしい。
もしくは俺の意見だからと無理を通すつもりなのかもしれない。
「さてこの二つの場所づくりの間なら、また旅に出てもいいだろう?」
「そうだな、国の繁栄のために世界を見て回るそういう理由なら問題なかろう」
「理由づけって必要なの?」
ルリーラは首をかしげてしまう。
「必要だから体を張ったんだよ」
初日のパーティーで散々貴族連中に嫌味を言われた。久しぶりに帰ってきてテンションが高かったのもあり、落ち着きがないから始まり、やれ国のために働け、やれ王としての心構えを持てなどと酷く叩きのめされた。
そして俺はアリルドとともに話合い王として振舞った。
そして今二つの収益になりそうな施設の案を定めた。
もちろんアリルドに細かい所を突き詰めてもらわなければならないけど。十分この国のためにしっかり働いたと思う。
「そうだ、後はもう一つ作ってもらいたい」
「なんだ?」
「教育機関を作ってくれ、奴隷も学べる奴」
「それも考えてみよう」
流石にアリルドも頭を抱える。
そこに関しては無理なら無理でいいと、言い聞かせながら話は終わった。
「それでいつから出かけるつもりだ?」
「できれば一週間以内だな」
「そうか次はどこに向かうつもりだ?」
「地の国だ」
「そうかならその手前の国が俺のおすすめだ」
そう言ってアリルドが笑う。
その笑顔はどこか恐ろしい物を感じた。
いきなり目の前に現れた俺達に、アリルドは口をパクパクさせながら困惑する。
「それ以外の誰に見える?」
うろたえているアリルドが珍しくそう言うと、でかい図体で俺に抱き付いてくる。
「久しぶりだな、こんな登場は流石に予想外だ」
「ちょっ、アリ、ルド……」
嬉しそうなアリルドは、衰えることのない怪力で俺の肉体を締め上げ、俺の呼吸が遮られてしまう。
「おっちゃん、クォルテが死んじゃうよ」
「ルリーラじゃないか、相変わらずちっちゃいな」
「おっちゃんがデカいんだよ」
孫に久しぶりに会う様にルリーラを抱き上げ俺から離れていく。
死ぬかと思った……。
流石にこんなおっさんの手で死にたくはない。
体から無くなった酸素を俺は必死に補充する。
「お久しぶりですアリルドさん」
「アルシェも久しぶりだな」
流石のアリルドも、アルシェに同じことをしたら死んでしまうことがわかるのか、抱き付こうとした手をおさめ握手で終える。
安堵したアルシェもアリルドの手を握る。
「前に会った時よりも生き生きとしているな」
「クォルテさん達のおかげです」
アルシェに釣られ今の俺の仲間を見る。
「なんと言うかクォルテ、好色もほどほどにな」
「そんなつもりはないんだがな」
見事なまでに女だらけのメンバーを見てアリルドが酷いことを言う。
酷いことだが現状を見ればそう思われても仕方ないんだよな。
男一人に女が六人。女好きと思われても仕方ない。
「アルシェこうしょくってなに?」
「クォルテさんの事だよ」
「アルシェもそんな風に思ってたのか!」
本当にそんなつもりはなかったのだが、どうも女と縁があるのだから仕方ない。
「冗談ですよ」
「ご主人、そろそろ紹介してもらってもいい?」
「そうだったなまずそっちが先だった」
勢いに呑まれてしまい結局普通に会話を継続してしまった。
ここにいる半数はというか俺とルリーラ、アルシェ以外はアリルドとは初対面だった。
「我は最後がいい」
視線を向けただけで水の神は最初に紹介されることを拒んだ。
見た目だけで充分正体がわかっている気がするが、最後に神だ。と言いたいようなので、仕方なく加入順に紹介することにした。
「こいつがフィル」
「フィルです、初めまして」
間延びした挨拶にアリルドは手を出す。
「俺はアリルド・グシャだ」
フィルは流石でこれほどの巨漢に対しても平然と受け答えをする。
「こっちがミールだ」
「ミール・ロックスです。兄さんとお姉ちゃんがお世話になっています」
「ロックスということはクォルテの親類か、だとするとお姉ちゃんとは誰の事だ?」
ミールの自己紹介にアリルドが困惑してこっちを向く。
「ミールは俺の従妹だ、お姉ちゃんの部分は無視してくれ」
「そうだな、まずは全員の紹介を聞いてからだよな」
俺が気にするなと言ったため、そこは関係ないと汲んでくれたため次の紹介に入る。
「そしてこの一番小さいのがセルクだ」
「セルクだよ。あっ、セルクです」
一応他の人を見て丁寧に話そうとするセルクは丁寧な言葉に言い直す。
その愛くるしい姿に盗賊の主であるアリルドも頬を緩める。
「おじさんはアリルドです、よろしく」
「よろしくおねがいします」
アリルドが差し出す手を小さな手で掴む。
アリルドはもう頬が緩みっぱなしで、かつての狂暴な面影は微塵もなくなっていた。
「パパのお友達なの?」
セルクの言葉に、アリルドはこちらを首が飛び立ちそうなほどの速度で振り向く。
「パパ?」
「それも後で話すよ」
「ママの友達?」
前を向いたと思ったらすぐにこちらを向く。
アリルド首を痛めていないといいけど。
「だから事情は後で話すってば」
「ああ、そうだな」
すまないと、言いたいことを飲み込みこちらに紹介を促す。
俺も混乱し続けるアリルドに申し訳ないと思っているが、事情を説明していると紹介が進まない。
「そしてそっちの髪を結っているのがサレッドクインだ」
「サレッドクイン・ヴィルクードです。旦那様がいつもお世話になっております」
「ヴィルクード? ウォルクスハルクの総帥と同じ性だよな」
「はいウィルコア・ヴィルクードは私の父です」
「もしかしてママって」
「それは違う。そっちも後で話すよ」
アリルドの混乱は更に深まる。
現在のアリルドの脳内では、久しぶりの友達が子供を連れて大国のトップの娘に旦那様と呼ばれているにも関わらず、その娘はママではなく、従妹がお姉ちゃんと呼ぶ存在がいるらしい。
説明されないとあまりの展開についていけないのは当然のことだ。
「それで最後が水の神ヴォール様だ」
「我がヴォールだ」
「やはりヴォール様ですか」
「あまり驚かないんだな」
「驚いてはいるんですが、疑問が多すぎて」
暗に驚きなれたというアリルドに、ヴォール様は最初に紹介してもらえばよかったと後悔している。
紹介されなくても登場の仕方と見た目でアリルドは気づいていたと思うけど。
「そして改めてになるが、この大男がアリルド国の元王で現宰相のアリルド・グシャだ」
「アリルド・グシャだ。クォルテ達に負けて王の座をクォルテに明け渡し、今は宰相としてこの国を支えている」
かれこれ数か月は旅をしてしまっているせいで、政治はアリルドに任せきりになってしまっている。
久しぶりにあったアリルドは、前よりも気品がある。
俺の代わりに外交を変わっていてくれたため、身なりには気を使っているようだ。
「まさかと思って会いに来てみたが、やはり地の子だったか」
その言葉に俺は驚いた。
アリルドは何せ肉体を武器に戦うため魔法は身体強化しか使っていない。
だからあえて何の魔法が使えるかは気にしたことはなかった。
「確かに俺は、地の魔法使いですがどうかしましたか?」
「面白い偶然もあるものだと思ってな」
水に火に風に土、それに光と闇。表と裏の神の子が六人。これで残るは龍の子だけということか。
でも龍について俺は何も知らない。水の龍を使いはするが、それはあくまで伝承として使って来ただけで、あの姿をしているとは限らない。
目撃例を聞いたこともないため、現存しているのかもわからないけど。
「会えてよかったよ。アリルド・グシャ」
「こちらこそ光栄です」
硬く握手を結ぶ。
「して、貴様は戦うことが好きなようだが、我と戦ってみたいか?」
水の神の言葉には、この場にいる全員の動きを止めるほどの殺気が乗っている。
「ご冗談を、持ったとしても一分程度でしょうな」
「そうか」
その答えに満足したのか、水の神は笑顔で握手を離す。
「お前も中々に面白い。暇な時なら手ほどきをしてやろう」
「ありがとうございます」
「ではな。クォルテ我は帰るぞ」
「泊って行かないんですか?」
「言っただろ。ただ見に来ただけだ」
そう告げると、一瞬で神は姿を消した。
「それじゃあ全部話してもらおうか」
「国政は良いのか?」
「国王の帰還だぞ。パーティーの準備まで時間があるだろ」
結局アリルドに旅に出てからの全てを話すことにした。
ネアンとの出会い、特級の魔獣討伐、ルリーラが闇の神に攫われたこと全てを話すと流石にアリルドも呆れていた。
「そんなことがあれば、出発の時よりも人数が倍になるか」
「納得してくれたならよかったよ」
その後はパーティーに参加し、この国の貴族連中との対談をし気が付くと月が天辺にたどり着いていた。
「やっと終わった」
「おかえり」
「お疲れ様です」
ようやく解放され部屋に戻ると、ルリーラとアルシェがベッドの上に二人で座り起きて待っていてくれた。
「別に起きてなくてもよかったんだぞ?」
「なんか眠れなくて」
「それでルリーラちゃんとお話してたんです」
「なるほどな」
二人とも帰ってきたことに盛り上がっているのだろう。
こんな時間まで貴族連中と言葉を交わせるほどに、俺のテンションは上がってしまっている。
「クォルテも早くこっちに来て来て」
そう言ってルリーラは自分とアルシェの間をポンポンと叩く。
「俺もか?」
「そうですよ、早く来てください」
アルシェも同じように間の部分を叩く。
「わかったよ」
部屋の中でも一際大きいベッドに座る。
俺達がアリルドに居た時に座っていた一際大きなベッドは変わることなくそこにあった。
「見た感じ二人のベッドはないみたいだけど」
「当たり前でしょ」
「そうですよ」
言われた通りに二人の間に座り、変わっていない弾力に感動しながら口にした言葉に二人が口を揃える。
「このベッドは三人のベッドだから」
「三人って」
確かに三人でこのベッドに寝ていたし三人でも十分な広さだが。
「みんなにも納得してもらいましたから」
「してもらったのか……」
フィルとかともかくミールまで納得させるとは、いったいどんな魔法を使ったのか。
「アルシェの熱弁は楽しかったよ」
「ルリーラちゃんも必死だったでしょ」
「ははは、そうかルリーラはともかく、アルシェもか」
その姿を見たかったと思いながら、みんなを起こさないように小さく笑う。
「私はともかくって何さ」
「そんなに笑わなくても」
「悪い悪い、くくく」
嬉しくて笑いたくもなる。
ここで出会った最初の時にあそこまで怯えていたアルシェが、熱弁をふるったそんなの嬉しくないはずがない。
「アルシェ」
「わかってるよ」
俺が喜んでいる間に二人が可愛らしく「えい」と声を出すと同時に俺に抱き付きベッドに倒れ込む。
いつも通りと言えばいつも通りの行動。
二人が抱き付いてくる感触。
片方が包み込むような柔らかさにそれには劣るが確かに柔らかい感触。
「何するんだよ」
「たまにはいいでしょ?」
「いいですよね?」
口では言い返しながらも別に振りほどこうとは思っていない。
この感覚が懐かしく感じるのはきっとノスタルジーなんだろう。
「わかったよ。今日だけな」
「流石クォルテ」
「流石って何が流石なんだよ」
「なんだかんだ言って、私達を受け入れてくれるところですよ」
二人はこちらがつられて笑ってしまいたくなるほどに蕩けた笑顔だった。
「今日はこのままでいいから寝ろ」
「もう少し話そうよ」
「そうですよ。たまには一緒にお話ししましょう」
「アルシェもか、しょうがない少しだけだぞ」
それからしばらく他愛ない話を続けた。
アルシェと出会ってから今までの話。
例えばネアンと会った話、例えばフィルと会った話、例えば魔獣と死闘をした時の話、例えばルリーラとミールが戦った話。
お互いに経験した昔話はどれも大変でどれも楽しく心に残っている。
そんな思い出を話していると隣でルリーラの寝息が聞こえ始める。
「寝ちゃいましたね」
「そうだな」
穏やかな寝顔で俺の腕に抱き付くルリーラの寝顔を、アルシェと二人で堪能する。
「クォルテさん」
「なんだ」
不意にベッドが軋みアルシェが俺の上に乗る。
お互いの体を重ねるようになったおかげかアルシェの色素の薄い端正な顔が近くなる。
真っ白な肌にはシミ一つなく真っ赤な目が俺を捕らえる。
「ルリーラが起きるぞ」
「そうなったら素直に離れます」
覆いかぶさるアルシェは声を潜め俺の耳にささやく。
果実の様な甘い匂いが俺の鼻腔に触れる。
「少しだけ、このままでもいいですか?」
「今日だけならな」
「ありがとうございます」
アルシェの足が俺の足に絡む、肌が密着しアルシェの体温を感じた。
体の収まりが悪いのか、もぞもぞと動き肌と肌が擦れ合うたびに背中がゾクゾクと粟立つ。
「クォルテさん」
「どうした?」
「私を、クォルテさんの奴隷にしてくださり、ありがとうございます」
感謝の言葉を紡ぐアルシェが照れているのは、わずかに触れている頬から熱となり伝わる。
「喜んでもらえてよかったよ」
「クォルテさん」
「今度はなんだ?」
「どれだけ旅をしても、私はクォルテさんの事が大好きです」
「そうか」
その言葉に明確な返事はしない。
アルシェがどれだけ魅力的でも蠱惑的でもまだ返事はしない。
「まだ応えてくれないんですね。結構勇気がいるんですよ。好きだって言葉にするのは」
「知ってる」
その言葉が軽くないことは重なる鼓動が教えてくれる。
アルシェの破裂しそうに大きくなる鼓動は早鐘の様に速度を上げる。
それでも俺はまだ答えを出す気はない。
「それでもいつかきっと……」
疲労が限界を迎えたのか、アルシェも小さく寝息を立て始める。
「おやすみ二人とも」
二人の頭を一度ずつ撫で俺も瞼を閉じる。
眠気はすぐに訪れた。
†
「クォルテ今日は街の視察に行け」
翌朝、ルリーラ以外が寝間着から部屋着に着替え、全員で朝食をとっているとアリルドがそんなことを言い始める。
「視察って俺がか?」
上座に座る俺の体面に座るアリルドは頷く。
みんなは政治の話かと口を紡ぎ、出された食事に口に運び続ける。
「お前は自分が王だと自覚しているか?」
「自覚はないな」
正直肩書だけでいい。
政策をするつもりも特にないし。
「はあ……」
アリルドはわかりやすい位に大きくため息を吐く。
「最近俺がなんて呼ばれているか知っているか?」
「アリルドがか?」
そこはアリルドがではなく俺がじゃないのか?
そんな疑問にアリルドは声を上げる。
「アリルド王だぞ!」
「そうなっちゃうよな」
この国を仕切っているのは実質アリルドだし、俺は旅三昧だし。
名前だけの王よりもよっぽど王らしいので別にいい気がしている。
「お前ならそういう反応だろうと思っていたがな」
「俺を揶揄しているだけだろ?」
「そうだなそれもある。現に巷ではお前は俺にリベンジをされ国を逃げた敗北者だと噂になっている」
「まあ、事実だろ。俺一人なら勝てないしな」
三人がかりで辛うじての勝利だ。俺の知っている人間の中ではアリルドほどに強い人間を知らない。
「だとしてもだ、俺は負けてまだ勝ててない。それなのに勝っているとなどという噂には耐えられない」
純粋な比べ合いの勝利を望むアリルドには、確かに耐えられないことだろうな。
「それに俺はお前達を認めている。言い方は悪いが若造と子供に俺は負けた。だからこそお前達を尊敬し下についている。そんなお前達が馬鹿にされるのは勘弁ならん!」
「わかったよ、俺が街に出て王として振舞えばいいんだな」
「そうだ。それとその時はルリーラとアルシェも同行してくれ」
突然話を振られたルリーラとアルシェは二人揃って首をかしげる。
「二人はクォルテの政策は覚えているか?」
「奴隷の地位向上ですよね。覚えています」
政策の意味がわからずに首をかしげるルリーラの代わりにアルシェが答えた。
「そうだ、そのために二人にはクォルテと一緒に街を歩いてもらいたい、もちろん奴隷服で」
「いいよ」
「私も嬉しいです」
「明日はフィル殿とサレッドクイン殿も同行していただきたい」
「いいよ」
「僕もか」
「サレッドクイン殿にも奴隷服の着用をお願いしたい」
「僕が奴隷服? なぜですか?」
流石にサレッドクインの事を今回は責められない。
火の国の総帥の娘、つまり上流階級の娘が最下層の装いをする。
自ら生活の質を落とすのは流石に無理があるだろう。
「クォルテの妻を目指すのだろう?」
「そうですが、それとどのような関係が?」
「奴隷の地位向上はクォルテの悲願と言えるものだ」
悲願というほどに願ってはいないけど……。
せいぜい目標?
「それがいつも一緒にいる奴隷の少女とは別に、由緒ある家柄のヴィルクード家の息女と婚約。それは民衆の目にどう映るだろうか」
「奴隷は所詮、はっ! そういうことですか!」
「理解が早く助かる」
にやりと不敵に笑うアリルド。
どうやらアリルドにはアリルドの考えがあるらしい。
そう思い結論に誘導されているサレッドクインを見続ける。
「しかし悲願の為とは言え、奴隷の装い……」
「良妻であるならば夫のために身を削り奉仕するものではないか!」
そんな考えの妻は滅多にいない。
それが原因で喧嘩している人たちを旅の間に見てきたし。
「言われれば確かにそれが良妻としての役目」
段々と洗脳のようになってきたな、サレッドクインが愚直な人間だと悟りそこを突く。流石一国の主兼盗賊の党首だ。
「ではよろしいですか?」
「もちろんだ。夫のためなら僕は粉骨砕身で挑もうではないか!」
他の仲間からいいの? と視線を向けられ俺は肩をすくめた。
「じゃあ、行ってくるな」
「おう、しっかりな」
朝食後、奴隷服に着替えたルリーラとアルシェを連れ街へ向かう。
すっかり改善された城の警備に感心しながら城門を出る。
「行ってらっしゃいませ! クォルテ王、ルリーラ様、アルシェ様」
「あいよ」
直立不動の門番に挨拶をし歩き続ける。
「それでなんでこの体制のまま歩くんだ?」
右手にルリーラ、左手にアルシェが抱き付いたままで非常に歩きにくい。
「王の婚約者候補なんだって、私達」
「嬉しいですけど恐れ多いですね」
満面の笑みと照れ笑いの二人を見るのは嬉しいが流石に恥ずかしい。
この姿勢が嫌とかではなく純粋に恥ずかしい。
誰かとすれ違うたびに老若男女問わずに振り返っていく。
それが俺が歩いていることなのかこの状況を見てなのかはわからない。
「まずはどこに行きますか?」
「それならあの病院かな」
「私も行きたい」
「跳ねるな跳ねるな」
奴隷服の丈は短い、それは当然短い方が都合がいいからなのは言うまでもない。
二人は中に服を着ているから大して問題はないが、下着を穿かせてもらえない奴隷は、かがむたびに局部が見えてしまうことがある。
それ以外にも羞恥を煽るお仕置としてや、必ず両膝を地につけさせる意味合いもあったりする。
そのため今ルリーラが跳ねた姿を凝視する輩もいたりする。
「下に穿いてるし」
「だとしてもだよ」
見ていた輩を一睨みしルリーラに注意をする。
「私は流石に下を穿いていても恥ずかしいです」
視線に気が付いているアルシェは、下に穿いていても恥ずかしいらしくめくれないように俺に抱き付く。
そのせいで大きな胸がより強調され、その柔らかさを見せつける形になってしまう。
元々目立つ容姿のアルシェに視線が向き、さらにそれに羞恥が加わってしまったため、これは穿いていないのではと男連中に思わせてしまっている。
「アルシェ、あまり密着させない方がいいぞ」
「はひっ!」
耳元で語りかけたのがいけなかったらしく変な声と共に直立不動で固まってしまう。
これ中々面倒なことになるな。
そんなことを考えたまま俺は二人を連れ街を歩いていく。
ほどなく歩き病院に到着した。
「大きくなったね」
「こんなに大きかったでしたっけ」
「一応街では一番の大きな病院だったけどな」
アリルドを担ぎこんだ時も確かに大きかった。
二階建てで普通の建物の三倍の広さを誇っていた。
それもアリルドを担ぎこんだ理由なのは確かだ。
だが今目の前にある建物は当時の三倍の建物になっていた。
階層が一つ増え三階建て、更にその高さの建物が二つ並びその間に昔からあった建物が建っておりその三棟の建物を橋が一本結んでいる。
「これって入って大丈夫でしょうか?」
「どうだろうな」
建物にも驚くが患者の数にも驚く。
病院なのに人がごった返し入口を覆っている。
「これが全部怪我人?」
「病人もいるだろうがこれは流石に」
「はーい病気の患者さんは一号棟にお願いします!」
「怪我の患者さんは二号棟にお願いします」
「初診の方々は本館へどうぞ!」
純白の看護服を着た女性が三人それぞれの建物から出てくると声を上げる。
それぞれが人目を引く美貌を持っている。
全員の髪色が白く一人は元気で背の背の低い可愛らしい女性、
次に出てきたのは背が高く医者らしい知的な美人、
最後の女性は愛嬌のある優しい雰囲気で人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
三人が三人スタイルがいい。
胸が大きく女性特有の曲線が美貌をより強めている。
「クォルテ」
「いててて! 一体何だよ」
三人を見ているとルリーラに手の甲をつねられてしまう。
いわれのない暴力が俺を襲った。
「私も、そういう目で女性を見るのは感心しませんよ」
アルシェまでもが俺を蔑んだ目を向けてくる。
「どんな目だよ」
「えっちな目」
「物色するような目」
酷い言われようだった。
確かに美人だと思いはしたが別にそんな目で見ていた記憶はない。
「おや、クォルテ・ロックス様ではありませんか?」
「そうだけど」
愛嬌のある女性が列整理を終え列から離れている俺達に寄ってくる。
「やっぱりそうですよね。それでお体の具合がよろしくないのですか?」
人懐っこい笑顔を向ける。
素なのか計算なのか下から覗き込む姿に心臓の脈が速くなる。
俺ももしかした病気なのかもしれない。
「いや、街の視察に来たんだ。院長はいるか?」
「そうですか、院長なら本館におりますのでご案内いたします」
「頼む」
愛嬌のある女性の後をついて行こうとすると、両腕がより強く抱きしめられる。
「二人ともどうかしたか?」
「「別に」」
腕は痛くないが二人の殺気が痛い。
ルリーラどころかアルシェまでここまでの殺気を出したことがより緊迫感を強くする。
俺ってそんなに女にだらしないと思われているんだろうか……。
「セクレアちゃん!」
「他の患者さんの迷惑ですからお静かにお願いしますね。マオさん」
患者がこの女性に大声で声をかけると、彼女は人差し指を口に当て静かにと言いながら、小さくウィンクする。そのあざとい動きに、患者の男性はだらしなく鼻の下を伸ばす。
どうやらこの病院は、いつの間にかそう言う場所になってしまったらしい。
「「……」」
その様に俺の両サイドの女性二人が腕が痛いほどに力を込める。
なるほどな、殺気の正体はこれか。確かに異性へのアピールは同性からは疎ましく感じるものだ。
今にも二人が全力で攻撃しそうなほどに殺気を膨らませるなか、俺達は真ん中の建物に入っていく。
「おや、誰かと思えば国王様じゃないか」
居たのはルリーラを治療してくれた年を取った女医だった。
確か名前はモナ・ベックだったか。
「おばあちゃん久しぶり」
「お久しぶりです」
今まで放っていた殺気が霧散し俺から離れベック先生の元に走っていく。
「元気そうだね」
孫に会う様に二人の頭を撫で茶菓子を二人に振舞う。
三人は楽しそうに談話を始める。
「ロックス様って、今お付き合いしている方はいらっしゃるんですか?」
俺が一人のタイミングでセクレアと呼ばれていた女性は話を振る。
わざとらしいほどに計算された仕草と視線に感心しながらも答える。
「いないよ」
「あのお二人は恋人とかじゃないんですか?」
より声のトーンを上げ甘えるように話しかけてくる。
本当に呆れるほどに感心してしまう男心を刺激する言動。
視線を逸らすと豊満な胸元に向くのまで計算しているのだろう、隙を見せるためなのか隙間が空いており、覗き込む際に服が緩み刺繍の入った下着が覗く。
「もう、どこ見てるんですか?」
ぱしっと軽くボディータッチからの胸元を閉じての恥じらいの姿。
なるほど盛況なはずだな。ここまで計算してやっているなら彼女は相手からどう見えているかもわかっているのだろう。
「もしよろしければ奴隷の身ではありますが、恋人の選択肢に入れて頂いてもよろしいでしょうか?」
頬を染めて恥ずかしそうに体をくねらせ自分の武器を披露する。
「セクレア、もうやめな。あんたの色仕掛けは全部バレてるし、それ以上やるとこの子達に殺されるよ」
「はーい。そんなわけで私はセクレア。奴隷でここの看護師よろしくね」
さっきの作られた表情よりも魅力のある笑顔で、手を差し出し俺はその手を握る。
「そっちの方が、俺は魅力的だと思うぞ」
「こっちだったら王様も落ちたかな?」
「さっきの媚びた言動よりはな」
「そっか、失敗したな」
言動は作られたものだが、にこやかな愛嬌は本物らしく表情が豊かで話していて楽しい気分にさせてくれる。
彼女は挨拶もそこそこに再び患者の対応に戻っていった。
「じー」
「じー」
話の輪に入ろうと近づくと、二人が俺を蔑んだ視線を向けてくる。
「嫉妬だよ」
わざわざベック先生がそう言ってくれる。
まあ、知ってる。俺も逆の状態ならそういう反応するだろうし。
「別にセクレアも本気じゃないだろ。営業スマイルだよ」
俺だからではなく、誰にでもやっているものだからと言っても二人の視線は冷たいままだ。
「ほら二人とも主が困ってるんだからその目をやめなさい」
「でもおばあちゃん」
「でも先生」
「断ったんだからいいだろ。坊やもセクレアも本気じゃないんだよ、ただの挨拶だ。私はこういう人ですってね」
その通りだ。セクレアの慣れた言動はああいう風に媚びを売ることで生きてきたという証。その生活は想像に難くない。
それはきっと他の二人も変わらないだろう。
だがそれを俺が言っても聞いてはくれないだろうが、なぜかベック先生が言うと二人は唸りながらもうなずいた。
「いい子達だね」
穏やかな笑顔を向け俺の方を向く。
「それでわざわざここに来た理由は何だい?」
「ただの視察。もう一人のオルクス先生はどこにいるんだ?」
この病院の最高責任者のベル・オルクスはアリルドを治療した年老いた医者だ。
年を取っていても最高責任者としてこの国随一の腕を持っている。
「じいさんなら二号館にいるよ」
「ありがとう行ってみるよ」
俺が移動を開始するとルリーラとアルシェもベック先生に挨拶をして付いてくる。
本館向かって右側の建物知的な美人の女性が列整理をしていた建物だ。
二号館に入ると中に入ると早速知的な看護師が出迎えてくれた。
「ようこそオルクス病院へ」
セクレアとは違い、隙が無い。。
ぴっちりとした服装は変にはだけてはいないが、体のラインがしっかりと浮き出る服装。
彼女は手慣れた様子で俺達をオルクス先生の元に案内してくれる。
「こちらでお待ちください」
「ありがとう」
促されるままに三人が並んで座る。
そしてその前に知的な女性が腰を下ろす。
「私の名前はシル・アウロラと申します」
「クォルテ・ロックスだ。この国の王をしている」
「ルリーラ。クォルテの奴隷」
「アルシェです。同じくクォルテさんの奴隷です」
互いに自己紹介が終わるとしばらく無言が続く。
アウロラはこちらを凝視したまま固まり無言を通す。
この状況で見られているとどうも居づらい。俺が王だと認めていないのだろうか。もしくは偽物と疑われて探られているのだろうか。
それはルリーラとアルシェも同じようでソワソワと落ち着かない様子だ。
「オルクス先生は」
「今治療中ですのでもう少々お待ちください」
この女性は実は機械なんじゃないだろうか。
微動だにせずただこちらを見つめる姿は置物と変わらない。
別に悪いことはしていないのに、謝らないといけない気分になってくる。
「おお、クォルテ。久しいな」
「先生」
異様な空気を破ったのオルクス先生に俺達は一斉に駆け寄る。
よくわからないまま俺はやってもいない罪を吐きそうになった。
「なんじゃ、どうし……、なるほどシルか」
よくあることなのかオルクス先生はため息交じりに納得してくれた。
「シルは研究一辺倒で人見知りなのだ。そのため知らない人の前だとこうなるんだ」
「お恥ずかしい限りです」
そういうことらしい緊張のし過ぎで、何も話せず固まったままだったらしい。
無駄に理知的に見えているせいで、観察された気になっていたらしい。
「それでどこか怪我でもしたのか?」
「ただの視察だよ」
「そうか、どうじゃ驚いただろ?」
年甲斐もなく悪ガキの様な笑顔を俺に向ける。
これもこの病院が人気の一つなのかもしれない。
「まあな、繁盛してるみたいでよかったよ」
「王としては、繁盛しない方がよかろうに。不健康な国民が多いのだぞ」
「いや、どうもここの患者のほとんどは看護師を見に来てるみたいだしな」
美人の看護師を見るために病院にくるなんて平和だからできることだ。
「それで、うちの看板娘全員に会ったか?」
「セクレアには会った」
「嬢ちゃん達は気に入らなかったろ?」
「殺すんじゃないかと思ったよ」
俺の言葉に二人がそっぽを向く。
どうやらもう少しで本当に手が出ていたようだ。その辺りの見極めも流石と言えるだろう。
「なら最後にレルラを紹介しようついてこい」
「治療はいいのか?」
「シル一人でどうにかなる連中ばかりだ。というよりもシル目当ての患者だ」
そう言って最後に一号館に向かう。
腕は確かなのに、腕を振るう機会はなさそうだな。
「おや、大先生にそちらはさっきセクレアに連れていかれた人だ」
元気いっぱいに駆け寄ってくる少女はルリーラと同じくらいの年だろうか。
ルリーラと身長も変わらないみたいだ。
「レルラだよ、年は十九よろしく」
そう言って彼女は自己紹介をした。
一言話すたびに動き回り、病院に相応しくないほどに元気な笑顔を向ける。
「十九……」
「私よりも年上です」
「そうなの? まあいいや宜しくね。そっちの子もよろしく」
アルシェとルリーラの順に握手をし最後に俺とも握手する。
「クォルテ・ロックス。この国の王だ」
どうやら彼女も奴隷の様で、俺が王と言ってしまったため握手してもいいかと、手をさまよわせている。
俺は迷いなくさまよう手を取り握手をする。
「王様なんだ。よろしくね」
自分の手を取ったことに喜んだ様子で挨拶を済ませる。
「ちなみに三人の中ではこの子が一番治療が上手いぞ」
「そうなのか凄いな」
だから他の二人と違い一人でここを任されているのか。
「そうだよ、凄いでしょ」
照れ隠しなのか胸を張ると膨らみ二つが大きく揺れた。
「敵か」
「えっとそっちのちびっ子はなんで睨むの?」
「悪かったな邪魔して。大丈夫そうだから次に行くよ」
そろそろルリーラが爆発しそうな雰囲気を出したので、俺はルリーラとアルシェの手を掴み逃げるように病院の出口に向かう。
「頑張れよ」
オルクス先生の応援を受け別な場所に向かう。
†
病院を後にしてもルリーラの機嫌が直りそうもなかった。
「なんで周りの奴隷はこうおっぱいが大きいんだろう」
というよりも自分の胸のサイズに落胆していた。
何度も自分の胸を触りアルシェの胸元を見てまた自分の胸に触れる。
そしてため息を吐く。
こうなるともはや慰めの言葉すら出てこない。
「ルリーラちゃん?」
「なに、おっぱい」
これはしばらく駄目だな、アルシェの事をおっぱいとして認識してしまっている時は、あまり状況が良くない。
「ルリーラちゃんにはまだ希望があるんだよ」
関わっても何もいいことが無いのは、アルシェもわかっているだろうに、果敢にルリーラに関わりに行ってしまう。
そしてそんなアルシェの言葉に光を失った碧眼を向ける。
「私ロックスに買われてから身長以外大きくなってないよ? その身長も最近伸び悩んでるんだよ? わかるこの気持ち成長なんてもう止まってる私の気持ちがさ」
目が笑わずに口角だけが上に上がる表情は中々に怖い。
心なしか碧眼に黒い闇の様なものが見えている気がする。
「私が何の下調べもなく無責任に言ってると思ってる?」
そのルリーラの表情に屈することなくアルシェは大きく膨らんだ胸を張る。
その膨らみよ割れてしまえと、言いたげな鋭い視線をルリーラは送る。
「胸の膨らみは人によって違うんだよ」
「それは知ってるけど、私の年齢で膨らむのが普通だって」
「ベルタは普通とは違うよ」
「そうか、一般的な茶色の中間とは違うんだね」
「そうだよ、私はプリズマだし普通よりは早かった」
「ベルタは普通よりも遅い」
今更だけどこいつ等は街の中で何を言い合っているんだろう。
ただし往来する人々は興味深そうに聞いている。
男性はアルシェの膨らんだ胸元を女性は自分の膨らみを確認し様々な表情をしている。
「だからルリーラちゃんはこれからなんだよ!」
「ありがとうアルシェ! 私希望を捨てないよ!」
街中で何を宣言しているんだろうかこの二人は……。
「私のおっぱいはこれから大きくなるぞ!」
なぜかルリーラの宣言に民衆は大きな拍手を送る。
この茶番は一体何なんだろう。
俺は民衆の支持を受けているルリーラを見ながらアルシェに近寄る。
「ベルタって元々胸が膨らみにくいだろ」
「ご存知でしたか」
「流石にあそこまで熱望していたら調べてやりたくもなる」
研究結果として体を動かす者ほど動きを阻害するものが無くなる傾向にある。
ゆえにプリズマには巨乳が多くベルタには貧乳が多い。
闇の国で出会ったベルタの中に巨乳はいることはいたが数える程度だ。
「ルリーラの胸が膨らまなかったら、殺されるんじゃないか?」
「大丈夫だと思いますよ」
なぜか自信ありげにアルシェは言い切った。
「膨らむ要因は恋する胸のトキメキが一番だと思いますから」
「そうだといいな」
これだけ生々しい話をした後で、そんなメルヘンチックなオチを持ってこられるとは思わなかった。
機嫌を直したルリーラはお腹が空いたと言い始め、昼食をとることにした。
行先は商店街ではなく俺達が泊まっていた宿に行くことにした。
こちらはあまり変わっていなかった。
岩をくり抜いたような、見た目よりも頑丈さを意識した建物の扉を開け中に入る。
「いらっしゃい、おや王様じゃないか」
出迎えてくれたのは宿の主人ではなく女将だった。
相変わらずの恰幅のよさにそれに似合った物怖じしない態度が懐かしい。
「アリルド様に負けて国を追い出されたんじゃないのかい?」
わざわざ信じてもいない噂を引っ張り出してくる。
本当にいい度胸している。
「それが嘘だって伝えるために来たんだよ」
「だろうね、それで食事かい?」
「頼む」
「じゃあ前と同じ五人前でいいかい?」
「成長期だから六人前で」
そう言って手を挙げるルリーラを嬉しそうに見ながら厨房に入っていく。
椅子と机などの内装は変わったらしい。
新しくなっている内装に時間の移り変わりを眺めているうちに料理が運ばれてくる。
「お待ちどう」
四人掛けのテーブルに所狭しと料理が運ばれてくる。
「いただきます」
我慢できずにルリーラが肉料理を一口頬張る。
噛み締め飲み込むと本当に美味しそうに表情を緩める。
「美味しいよおばちゃん」
「ジャンジャン食べなおかわりはいくらでもあるからさ」
「ありがとう」
ルリーラだけでなくアルシェと俺も料理を食べる。
少し濃い目の味付けに箸が進む、アルシェや他の宿と違い完成されてないゆえの美味さ。
故意に味を変えているような気もしてしまうほどに味がすべて違う。
バラバラな味が喧嘩せずに調和し合い美味さを際立たせる。
「この美味しさも変わっていませんね」
見るとアルシェも美味しさに頬が緩んでいる。
「アルシェちゃん変わったわね」
親戚の子供を見つめる様な視線にアルシェが少し恥ずかしそうにしながらも答える。
「変わりましたか?」
「いい顔をするようになったよ」
にこやかな優しい言葉にアルシェは戸惑ってしまう。
「私前は変な顔していましたか?」
ペタペタと自分の顔を触るアルシェを女将は楽しそうに眺める。
そして俺の方に話を振り始める。
「王様なら気づいているんでしょ?」
「そりゃあな、それにそういうのは本人には気づきにくいことだ」
「そうだね」
俺と女将が笑いあうのを見てアルシェは気恥ずかしくなったのか体を横に向ける。
そういうところだよと笑う。
「ルリーラちゃんもちょっと大人っぽくなったね」
「おばちゃん本当!?」
食べている手を休め女将の方を向く。
女将は笑いながら頭を撫でる。
「美人になったよ」
「やった」
完全に子供扱いされていることに疑問も持たない、ルリーラに和みながら昼食を終えた。
「後は大通りで今日は終わりだな」
「最後か」
「終わっちゃうんですね」
アリルドを満喫していたルリーラとアルシェは見るからに肩を落とす。
そんな二人を気にしていない周囲は祭りの様に騒ぎ立てている。
「またこんな機会もあるさ、じゃあ元気に視察に行こう」
「はーい」
「わかりました」
重い足取りの二人に速度を合わせて大通りを歩く。
道行く人々は二人を振り返りながら進んでいく。
「クォルテさんじゃないですか」
露天商の一人から声をかけられる。
見覚えのない男性はお代はいりませんからと俺達に食べ物を渡してくる。
「えっと悪い誰だっけ?」
「そうだ、この先でクォルテさんに会いたいって人がいるんですよ」
なるほどそういうことか。
こいつは何も知らされていない可能性もあるか。
「わかったこの先にいるんだな」
「はい」
こいつは知ってるのか? まあ、聞き出したところでどうしようもないか。
言われるがまま路地裏を進む。この辺は何も変わっていない。わかりにくく入り組んだ道を延々進みながら広場に出るまで進み続ける。
前にここの道は通ったことはあるな。アルシェと初めて会った場所。そこに俺達は向かっているらしい。
「よお、クォルテ・ロックス」
「こりないなお前も」
薄々気が付いていた。
アルシェの元主。名前は憶えていない。
「今度はこの広場を囲ませてもらった」
「囲まれてるよ、二十くらい」
ルリーラを見ると面倒そうに答えてくれた。
質もお察しってことだろうな。
「それに今回は傭兵も雇った。これで俺が負けるなんて万に一つもあり得ないことだ! 先生どうぞ」
「お前から奴隷を奪った下種とはどんなやつだ」
「「「あっ」」」
俺達三人の言葉が重なった。
出てきた男は見たことがある。
水の国で魔獣退治の時に一緒になった男だ、確か名前は……。
「おお、お前達か俺を覚えているか? 魔獣討伐の時にお前に喧嘩を売ったカーシス・フィルグルムだ」
「そうだカーシスだ」
「忘れてたのか?」
「名前だけな、フィルグルムは覚えてたさ」
久しぶりにあった戦友と握手を交わす。
当然それが気に入らないのは名前も知らない男だ。
「何をしているフィルグルム! そいつが俺から奴隷を奪った張本人だ。早く潰してくれ」
一緒に戦ったことのあるカーシスは俺に確認を取ってくる。
「俺はちゃんと金貨一枚でアルシェをそいつから買った。返せと言われても金貨の準備もせずに複数で俺達を襲って挙句返り討ちにあった」
「だそうだがギーグさん」
「お前は雇い主の俺を疑うのか?」
「それもそうだな、ほれ返す」
そう言って金貨の詰まっているであろう袋を投げ返す。
「どういう意味だ?」
「どういうって俺はやめるよ、こいつ等に勝てる気がしないし倒す理由もない」
カーシスがそう告げると、ギーグは顔を真っ赤にしながら剣を抜く。
「いいさ、俺がそいつに勝てばいいんだろ」
「だから甘いんだよお前は」
「は?」
「水よ、氷よ、敵の動きを止めろ、アイシクル」
一瞬でギーグの手足は凍りに囚われる。
右手と右足、左手と左足を共に氷で結合させ動きを止める。
「こんなの卑怯だろ!」
「いやいや、お前は王に手を出した逆賊だぞ。拘束するには十分な理由だ」
「俺はお前を王になんて認めてないぞ!」
「お前一人に認められなくても俺は王だ」
そう言い捨て顔以外を氷で覆う。
主がやられた奴隷達はすぐに逃げて行った。
こいつの人望の無さがあまりにも可哀想になってしまう。
「じゃあこのまま牢屋まで連行だな」
「あーあ、このままデートも終わりか」
「残念ですね」
「なんだデート中だったのかなら俺が憲兵に引き渡そう。お前達は最後まで楽しんで来い」
カーシスは男前に笑いギーグを担ぐとそのまま路地に消えて行った。
「じゃあ最後まで楽しむか」
そう言って俺達は最後まで街の探索を楽しんだ。
「もう終わっちゃったね」
「そうだね」
帰ってきた俺達が部屋に戻ると、ルリーラとアルシェはベッドに倒れ込んでしまう。
「倒れる前にとっとと着替えろ」
「はーい」
「そうでした」
着替えるといっても二人とも奴隷服の下に服を着ているので、ただ奴隷服を脱ぐだけなのだが脱げというと裸になる可能性が高い。
「他のみんなはどこにいるの?」
「そう言えばどこだろうな」
俺の手伝いだとアリルドは言っていたが、詳しくは何も聞いていない。
俺達も外で夕食を食べてきたため結構遅い時間になってしまったはずだが。
「た、だいま……」
噂をすればと入口に目を向けるとフィルが死にかけていた。
かろうじて扉を開けられたらしく部屋に入るなり倒れてしまう。
「フィル?」
倒れたまま微動だにしないフィルを心配して側に行くが一向に反応がない。
「生きてるよね」
「アリルドさんですし酷いことはしていないはずですが」
「とりあえずベッドにはこんで……えっ」
廊下には更に三人倒れていた。
二人は当然ミールとサレッドクイン、もう一人はおそらくセルクの相手をしてくれていたであろう奴隷の使用人。
正に死屍累々である。
「二人とも手伝ってくれるか?」
二人は現状を見て声を失い、ただ頷いてくれた。
「何があったんだろうな」
全員をベッドに寝せまた今夜も俺達は一つのベッドに並んでいる。
「怪我とかじゃなさそうだったよ」
「ただただ疲労だと思います」
「みんながああなるほどに疲労か」
研究者のミールはまだしも、黒髪で体力があるフィルと武芸者のサレッドクインがこうなるほどか……。
アリルドの凄まじさに震えてくる。
「明日は私達の番だよ」
「そうだね」
惨状を見て恐れて震える二人は俺に抱き付いてくる。
気持ちがわかるだけに何も言えずそのまま横になる。
「これって明日の視察はできるのか?」
「無理なら一緒におっちゃんの手伝いだね」
「クォルテさんがいれば安心です」
「それはどうだろうな」
アリルドが俺だからと、手を抜くとは思えない。寧ろ悪化するまであり得る。
三人で小声の談笑をしてそのまま眠りについた。
†
唐突な息苦しさに目を覚ました。……はずだった。
目を開けても月明りもない暗闇なのに妙に甘い匂いが俺を覆っている気がする。
それに異常なほどに柔らかい。
むにむにとした感触は俺から抗う気持ちを奪っていく。
わずかに聞こえる鼓動とゆっくりと規則正しい呼吸に俺はようやく自分の状況を認識した。
「クォルテさん」
俺は今アルシェの胸に顔をうずめているらしい。
一体全体どうしてこうなったのかはわからない。
別にアルシェも俺も寝相が悪いわけではないのだが、今日に限ってなぜかこんな状態になってしまっている。
更にどういうわけか感触から察するに服がはだけているらしく、アルシェの肌に俺の顔が直接接触している。
「ん、んん! ん? んん!?」
アルシェの柔肌に口は塞がれ叫んだところで音にならない。
頭を離そうにもアルシェが俺の頭を抱えているせいで、アルシェに触れないと引き離せそうにない。
別にアルシェなら俺が触った所で怒ることはないだろうけど、誤解を与えるわけにはいかない。
でも流石に限界だ。
吸い付くようなアルシェの肌は俺の呼吸器官全てを塞ぎかけている。
かろうじて口と鼻の隙間からわずかな空気を吸い込んでいるが、ここまで密着してしまうとアルシェの汗と混じりあった甘美な匂いを吸い込んでしまう。
「んんっ……」
桃色吐息の寝言はこの濃厚なアルシェの匂いと合わさり、耽美で蠱惑的な淫魔に襲われている気さえしてくる。
寝起きで呼吸が少なく脳も正常に働かない現状で淫靡なこの状況。
男として耐えてはいけないのではないかとさえ思ってしまう。
「クォルテ、さん……、好きですよ……」
呂律の回らない舌足らずな甘えてくるような言葉に限界を迎える。
勢いよく体ごと起こし男としては魅力的な体勢から離脱する。
「すぅー、はぁー」
大きく夜の冷たい空気を吸い込み肺の中を満たす。
月明りさえ眩しく見えるようやく脳が動き始める。
「一緒に旅を、してきて、一番危なかった……」
いつもの誘惑とは違い跳ね除けにくい寝たままの誘惑。
いつまでも浸りたくなる天国の誘いに俺を引きづり込む。
「はぁ……」
当のアルシェは俺が起き上がった拍子に姿勢が仰向けに変わり完全に服がはだけてしまっている。
俺はアルシェの服を直し布団をかける。
幸せそうに眠るアルシェの頭を撫でるとルリーラがいないことに気が付いた。
辺りを見るとベッドの端から腕が一本生えていた。
「どんな寝相だ」
呆れながらもベッドから落ちているルリーラを抱きかかえると、俺の首に手を回す。
起きたかと思ったが、寝ぼけているだけの様でそのまま顔を近づけお互いの頬が接触する。
「すぅすぅ」
規則正しい寝息が耳にくすぐったいが、振りほどくことはせずベッドに運ぶ。
横に寝せるが首に絡めた腕を離してはくれず、仕方ないとそのままにし俺は再び眠るために目を瞑る。
「むにゃ、んん」
何かを食べている夢を見ているようで口から湿った音を出す。
「もう腹減ったのか」
「いただきまふ」
振りほどけばよかったと後悔した。
ルリーラは俺の耳を食べ始めた。
歯を立てられれば痛さで咄嗟に引き離したかもしれないがなぜか唇で噛んでいる。
「あむあむ」
ルリーラの唇の感触が耳を挟む。
柔らかく温かい感触、感じる呼吸音、口を動かすたびに溢れる水の音。
耳が感じえる感覚全てが俺を刺激する。
「うおお……」
無意識ゆえの不規則な行動に、背筋に電流の様なものが走る。
「おいしい……」
囁くような熱っぽい言葉を耳元で囁かれる衝撃に心臓がうるさいほどに騒ぎ出す。
執拗に責められる俺の耳に自然と神経が集中してしまう。
唇で覆う歯の硬さ、吐息に含まれる熱気、人を感じさせる湿った音。
「ありがとう」
眠ろうにも眠れない現状だが、いかんせんベルタの力で首に巻き付かれては引きはがす手段もない。
これ以上は精神的によろしくない。
そう思いルリーラに声をかけることにした。
「おい、ルリーラ」
起こそうと体を揺する。
「うにゃんうにゃん」
起きる気配はないが耳元の声が近づいたり離れたりを繰り返しなんだか少し面白くなってきた。
「ん、んん?」
「起きたか、ルリーラ離れろ」
「や」
即答されてしまった……。
なぜか手足を使って俺の動きを完全に止めにかかる。
両手までは届かなかったみたいだが片腕と両足はきっちりと捕まえ身動きが出来なくなってしまった。
「すぅすぅ」
そしてそのまま寝やがった。
それでも身長差のおかげでルリーラの顔は俺の耳元から離れてくれたおかげでようやく煩悩との戦いは終わった。
「まあいいかこのくらいなら」
身動きができないまま、深夜の戦いは終わり俺は再び眠りについた。
翌朝、昨夜の戦いで疲れが取れていないらしく、欠伸をしながら朝食の場に向かう。
「クォルテどうした、昨日は眠れなかったのか?」
「まあ、そんなところだ」
ルリーラに体の自由を奪われていたせいで体が固まってしまい、未だに関節からは軽快な音が鳴る。
「この様子だとルリーラとアルシェ以外今日は動けなさそうだな」
「俺は平気だが確かにこれは……」
昨日アリルドの手伝いをしていた三人は、食事の途中にも関わらず眠ってしまっている。
掴んだパンや食器をそのままに首が垂れ下がっている。
「昨日は何をさせたんだ?」
「ミールには雑務を担当してもらった。頭脳労働が得意とのことだったので能力を確認した」
「それでこうなるのか?」
「普段は数人で分担する量だ、一人で終わらないのはわかっていたのだがな。どうもクォルテのために頑張ると言い出してな」
「ああ……」
何となく想像できた。
兄さんに褒めてもらうためにとか言って、無理を押し通してやり切ったんだろう。
それは二人も理解したらしく苦笑いを浮かべる。
「それで他の二人は?」
「俺と戦闘訓練だ」
「…………」
俺達は納得した。
アリルドとの戦闘訓練なら仕方ない。
唯一まともについていけそうなのはルリーラくらいだが、そのルリーラさえ息も絶え絶えだったはずだ。
「それじゃあ、今日はこの三人は休養だな」
「ああ、どうするまた三人で視察に向かうか?」
「それもいいが、今日はこの国の王として少しくらい国のために働くよ」
ルリーラとアルシェが落ち込み謝りながらも今日は城の中の雑務をこなすことに決めた。
「お前達の能力はわかっているから今日はこの書類の束を頼む」
「おお……」
山が四つ並んだ。
これは今日で終わるのか?
「内容に目を通してハンコを押すだけだ」
「それだけか?」
「その他のは昨日ミールが片づけた」
「後でお礼を言っておくよ」
「ミールがやらなかったらこの机が書類で埋まる」
久しぶりに甘やかしてやろう。
お前のおかげで俺は今日を生きられそうだ。
「それにしても本当にできたのか? 机が埋まるって今ある束の五倍くらいだぞ?」
「言い方が悪かったな、ミールがやったのは選別作業だ」
「なるほど、その分と合わせてこの量か」
要は俺がやるもの、財政の事、法律の事など、全てが混ざり合った書類の再分配をしてくれたということか。
確かにそれならああなるか、それに研究者として書類を見ることには慣れているし得意分野ではあるのか。
「ミスはないと思うがある程度は目を通せよ」
「わかった、アリルドはどうするんだ?」
「街と手下の様子を見てくる」
「一人で大丈夫か?」
「折角だ今日も三人で楽しんでやれ」
手を軽く振りそのまま部屋を出て行く。
「じゃあ始めるか」
「私も手伝います」
「私にもできる?」
二人が早速手を挙げた。
そうなる気はしていたので二人に仕事を言い渡す。
「じゃあ俺が中身を確認するからルリーラはハンコを頼む」
「わかった」
俺がハンコを投げるとルリーラは受け取り朱肉の上でハンコにインクをつける。
「私はどうしましょうか」
「アルシェは、俺と一緒に中身の検閲だなわからなかったら聞いてくれ」
「わかりました」
俺の隣に座り一番上の紙に目を通す。
「私もそっちがいい」
「文字をひたすら読むんだぞ?」
「私はハンコを押すね!」
一度はハンコから離した手ですぐにハンコを掴む。
「じゃあ始めるか」
事務作業は正直退屈だと思っていた。
「クォルテさんこれどういう意味でしょうか」
「それはこの国の金って意味だな、取引に関する書類だからそれのハンコはいらない」
「わかりました」
アルシェは言われた通りに書類をはじいていく。
「あんまりこっちに来ない」
暇そうに朱肉にハンコを何度も押し付けながら愚痴を言い始める。
「結構ハンコを押すだけのものもあると思ったんだけどな」
中身を見ていると許可を出すだけでいいものばかりではなかった。
アリルドや財政管理の人達なら即決できるかもしれないが、この国の財政を知らない俺には決められないものも多い。
「もしかしてクォルテって王様じゃないの?」
「実際に王様だからな」
「名前だけとか?」
「それは否定できない」
帰るところを作るために王の座だけが欲しかったからあながち間違いではない。
俺よりも長年国を支えてきたアリルドの方が優秀だしな。
「名前だけでも王は王だ。いいから手を動かせ」
「動かしたくても書類がないよ」
「そうだった……」
そんな感じでそれなりに雑務をこなすのも楽しいと思えていた。
「まだ終わっていないのか?」
「俺には決められない問題ばかりだ」
突然部屋に入ってきたアリルドは机に未だ詰まれている書類を見て驚いていた。
「何を言っている、王が良ければハンコを押せばいい」
「いいのか? 俺は何もこの国の情報を持ってないぞ」
「当然だ、クォルテが利を得ると考えたのならそれは進める。利がないと判断したなら却下でいい」
「アリルドがそういうなら何か不備があったら任せる」
「そういうことは家臣の務めだ」
アリルドがカッコよく見えてくるのが不思議だ。
こんないかつい風貌のおっさんなのに。
そんな悪態を考えながらもそれならと自分の考えだけで進んでいく。
他国との貿易や親書の作成。
行った国の状況を顧みての利害の計算を行って作業を進めていく。
良かった国悪かった国、栄えている国も貧しい国も色々見て回った。
実際に国の元首とも会い会話をして親交を深めた国もある。
その全てを考えて国のために計算する。
「できた」
「終わりました」
まずは俺とアルシェの作業が終わりすぐにルリーラもハンコを置いた。
「終わった」
「お疲れさん、結構早かったじゃないか」
「ああ、勝手に決めた。無理なら言ってくれ」
「それは明日俺が確認しよう」
決めた束を脇に寄せる。
「それでどうだ、久しぶりに俺とお前達三人で戦ってみるのは」
「無理だろ」
前回はある意味奇襲の連続、無茶の連続で辛くも買ったんだ。この疲れた状態で勝てるはずがない。
「そこまで本気じゃなくてもいい、模擬戦だ」
「どうしてもか?」
「どうしても」
アリルドの目は燃えていた。
旅をしている俺達の実力を確かめたいと目が訴えてくる。
「わかったよ、その代わりに準備をしてもらいたいものがある」
必要な物を俺が告げるとアリルドはにやりと笑う。
「なるほど、それは面白い」
†
俺達四人は草原の中に居た、土地を持っていても使われていない広いだけの場所。
そこに俺とルリーラとアルシェ、俺達と向かい合う様にアリルドが嬉しそうに立っている。
「お前達に負けてから再戦をどれだけ望んでいたか!」
アリルドは獰猛に笑う。
最初に向かい合った時の様に人ではなく獣の様な笑みを浮かべ俺達を見下ろす。
「俺も再戦するつもりはなかったけどさ、せめて労いくらいはしてやらないとな」
「おっちゃんに負けないから」
ルリーラが一歩前に出る。
ゴルトリアルと並んだ時以上の体格差にルリーラが良く怖気づかなったと今更ながらに褒めたくなる。
「私はできればやめたいですが」
言葉通りに気持ちで負けているのか、一歩後ろに下がりながらも精霊結晶は淡く輝き始める。
「準備はいいか?」
「いいぞ」
俺も自分の槍と精霊結晶に魔法を込める。
「最初の時よりも格段に良くなったな」
「ありがとうよ」
「ではアリルド・グシャ参る!」
巨漢とは思えない加速で真直ぐルリーラを目指す。
覆いかぶさるほどの巨大なアリルドをルリーラは真正面から受け止める。
二人のぶつかった衝撃に足場が沈む。
純粋な力のぶつかり合いだが、体格差のせいでルリーラの方がやや不利だが、膠着状態を保っている。
「せいっ!」
膠着を打ち破ったのはアリルドだった。
樹木の様な太い足が小さなルリーラのわき腹に向けられる。
「甘いっ!」
強烈な蹴りにルリーラの防御が間に合ったように見えた。
しかし腕力はどうにかなっても体重さだけはどうにもならず、ルリーラはそのまま蹴り飛ばされてしまう。
「もう、準備はできてるな」
俺の前にアリルドは悠々と歩いて近寄ってくる。
そこまで体格がいいわけでもない俺との差は歴然で、ベルタと拮抗できる力を持つアリルドは拳に力を込める。
「水よ、泡よ、強固な泡よ、敵の視界を埋めつくせ、バブルパーティー」
「泡か」
俺の呪文が終わるまで待ったアリルドは、その泡に気を取られる。
油断というよりも観察と言った様子で、泡を眺めそう呟く。
何かがあるのは感じ取ったが、何があるかまではわからなかったアリルドの反応は早かった。
力の限りに地面に腕を突き刺し地面を力の限りにひっくり返す。
ルリーラがよく使う技をアリルドは簡単に使って見せる。
「さあ、やって見せろクォルテ」
「アルシェ!」
それでも攻撃をやめるつもりはない。
なにせそんな風に力任せで泡を潰すでことを俺は知っている。
だからこうしたんだ。
「やけくそか、自滅で終わるぞ?」
アルシェが呪文を唱えるとこっちの攻撃をアリルドは悟る。
泡を使った、複合魔法。その威力はアリルドも知っているが、地面を盾にしているアリルドには届かない。
そう思っているアリルドは勝ち誇ったように言うが、当然自滅するつもりはない。
「敵を討ち滅ぼす衝撃を生め、バーンアウト」
アルシェが呪文を唱え終わると業火が生まれ泡の一つに当たり破裂する。
複数の泡が連鎖的に破裂し大きな衝撃を生む。
泡の連鎖はめくられた巨大な土の壁を登り破壊し、砕けた破片はアリルドに降り注ぐ。
「この程度か!」
降り注ぐ土は致命傷にはならない。
精々視界を塞ぐだけだ。
だが視界を防げればそれでいい。
「ルリーラ!!」
俺はルリーラを呼ぶ。どこにいるかはわからないが、それでもルリーラに俺の声が届かないはずがない。
「おっちゃん行くよ」
「来てみろルリーラ」
それを知っているのは当然俺だけじゃない。
アリルドも知っている。
不意打ちともいえるルリーラの拳を掴みまた二人は膠着状態に入る。
「ルリーラだけでいいのか? 水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」
水の龍が生まれアリルドに向かう。
「芸がないなクォルテ!」
アリルドはルリーラを浮かし水の龍の迎撃を狙うが、一度やられた攻撃をルリーラがまたくらうはずもない。
浮かないルリーラに対し咄嗟にアリルドが宙に浮き水の龍を足で挟みそのままルリーラ目掛けたたきつける。
龍の長い尾がルリーラのいた場所にぶつかり弾け元の水に戻る。
「流石おっちゃん」
「よく避けたな」
「炎よ、槍よ、無数の槍よ、」
「水よ、槍よ、無数の槍よ、」
「新手の呪文か?」
俺とアルシェは同じ呪文を唱え始める。
何をするのかはわからないアリルドは危険を悟り、ルリーラを再び蹴り飛ばそうと蹴りを繰り出すが、ルリーラは手を離しそれを躱す。
「我が宿敵を討て、フレイムランスパーティー」
「我が宿敵を討て、ウォーターランスパーティー」
無数に生まれる炎の槍、その槍を水の槍が覆う。
炎の輝きを水が反射させ眩く光る。
「受けて立つぞ二人とも」
「受けてみろよ、複合魔法ライトランス」
輝く槍は一斉にアリルドを目掛け飛んでいく。
アリルドの動きがわずかに鈍る、この光の槍がどういうものなのかを考える。
避けるべきか迎撃するべきか考え、アリルドは迎撃を選ぶ。
最初に飛来する輝く槍をアリルドは正面ではなく弾くために側面を殴る。
次の瞬間輝く槍は弾け、爆発を生む。
その爆発に怯んだアリルドに二発三発と輝く槍は着弾し大きな爆発に変わる。
しかしこの魔法もアリルドに致命傷を与えるほどの威力はない。
それでも槍を迎撃するアリルドへダメージは蓄積されていく。
「この程度の未完成な魔法じゃ、俺は倒せないぞ」
「これでいいんだよ。そこまでの光と音と衝撃があれば、本命は隠しておける」
「なるほどな」
輝く槍は肉体にダメージを与えるだけじゃない。
五感にもダメージを与える。目を焼き、耳を潰し、皮膚を犯す。
それだけで、たった一人を隠して置ける。
「耐えて見せてよ、おっちゃん」
「任せておけ」
ルリーラの渾身の一撃。
地面を抉るほどの力がたった一人に向けられ、その力全てを横腹で受ける。
耐え切れずにアリルドの動きは止まり、棒立ちになったアリルドに数発輝く槍が直撃する。
これ以上の追撃は危険だと判断し輝く槍を天高くに打ち上げる。
天高くまでに打ち上げられた輝く槍は一際大きく花火として打ちあがり。
光の花を咲かせる。
「それでライトランスか」
「動けるか?」
満足そうに打ちあがる光の花の下で倒れているアリルドに、手を差し伸べる。
「久しぶりに楽しかった」
アリルドは手を掴み立ち上がる。
「なるほど、これならこの空いた土地を使うのに文句はないな」
「だろ」
俺は傷だらけのアリルドに笑いかける。
今回の戦いはただアリルドと楽しむためじゃない。
火の国の催しである武道大会を真似させてもらった。
花火まではあの規模を真似できないが、それでもこの程度ならアリルドにいる魔法使いでも問題ないだろう。
「これで俺がアリルドより強いって証明にもなったしな」
「そうだな。前よりも強くなっていた」
「私だって実践詰んでるからね」
「私は戦闘よりも家事をしている方が好きですけどね」
アリルドは相貌を緩める。
「これでお前達の旅にも援助ができるな」
「成功して何よりだ」
この戦いの意味はアリルド国の目玉を作ること。
沢山の国を巡り色んな出来事を体験し自分の国の特産にする。
運がいいのか悪いのか、この国には持て余すほどの土地がありその活用を求める嘆願書が結構見えていた。
「凄い歓声ですものね」
「遠くて何言ってるのかはわからないけどね」
活用法にまず最初にこじつけたのは武道場の建設。
まずは俺達で実際にやって見せてみた。
結果は上々で防壁の無い所に国民を置けず城壁の上を開放して見学してもらった。
城壁からでも届く大歓声。
「後はヴォールを真似したいな、他には……」
「その話はまた後にしよう、とりあえず城に戻ろうか」
あれだけの攻撃をうけたにも関わらずもう歩けるまでに回復したアリルドは、平然とした様子で城に向かった歩き出した。
城に戻り今後の話を続ける。
「先ほどの反応を見る限り、この祭りは人気が出そうだな」
自分も暴れられる祭りにアリルドは満足気にしている。
そうなる気がしてデモンストレーション代わりにしたのだがいい反応でよかった。
「ご主人達はよくこの人と戦えるよね」
「僕達も戦ったがまるで歯が立たなかった」
さっきの戦いを観戦していた二人は肩を落としてしまう。
「アリルドと真正面から対等に戦えるのはルリーラだけだよ」
「まあね! 私強いから」
小さな胸を張っているルリーラの頭を撫でながら話を続ける。
「力で負けてるなら力を削ぐ戦いをしないといけないんだよ。俺がやったみたいに」
俺はアリルドが近づきにくくするために罠を張った。
今回は爆発の魔法を餌にして動きを止めさせ、腕力じゃなく飛び道具を使わせることで力を削いだ。
「フィル殿、サレッドクイン殿こいつは簡単に言っているが、簡単ではないぞ」
アリルドの言葉にフィルとサレッドクインは深くうなずいた。
「クォルテさんは肝が据わってますからね」
「そうだよね」
「そうでもないぞ」
肝が据わる様になったのはここ最近だ。
神に会い色々経験した結果そうなっただけだ。
「叔父さんとも結構言い合いしてたし」
「それはただの喧嘩だしな」
自分の意見を通すためには、反抗しないと何もさせてもらえなかった。
特に意地でもルリーラの研究に関わる様に結構やりあった。
そんなことを思いながら隣に座るルリーラを見ると視線に気づき首をかしげる。
「それよりも他の施設について提案があるんだ」
「なんだ?」
「ヴォールの街並みは知っているか?」
周りを見ると一緒に居た三人とミールだけが頷き他は首をかしげる。
「アリルドも知らないのか?」
「知識としてなら知っている。でもそういうことじゃないだろ?」
「今は知識だけでいい。要は一つの街が水で溢れているってことだ」
「そういうことか」
アリルドは俺が言おうとしたことを理解したらしく頷く。
それでもルリーラやサレッドクインは首をかしげる。
「ヴォールみたいに水に満たされた町を作ろうってことだね」
間延びしながらも、フィルはしっかりと理解してくれているらしく、わかっていない二人のために補足してくれる。
「その通りだ」
「池や川の中に町を作る。そう考えていいのか?」
可否を考えるようにアリルドは思考を始める。
「というよりも町を作り水で沈めるの方が合っていると思う」
「なるほどわかった」
アリルドの中で可能だと思ったらしい。
もしくは俺の意見だからと無理を通すつもりなのかもしれない。
「さてこの二つの場所づくりの間なら、また旅に出てもいいだろう?」
「そうだな、国の繁栄のために世界を見て回るそういう理由なら問題なかろう」
「理由づけって必要なの?」
ルリーラは首をかしげてしまう。
「必要だから体を張ったんだよ」
初日のパーティーで散々貴族連中に嫌味を言われた。久しぶりに帰ってきてテンションが高かったのもあり、落ち着きがないから始まり、やれ国のために働け、やれ王としての心構えを持てなどと酷く叩きのめされた。
そして俺はアリルドとともに話合い王として振舞った。
そして今二つの収益になりそうな施設の案を定めた。
もちろんアリルドに細かい所を突き詰めてもらわなければならないけど。十分この国のためにしっかり働いたと思う。
「そうだ、後はもう一つ作ってもらいたい」
「なんだ?」
「教育機関を作ってくれ、奴隷も学べる奴」
「それも考えてみよう」
流石にアリルドも頭を抱える。
そこに関しては無理なら無理でいいと、言い聞かせながら話は終わった。
「それでいつから出かけるつもりだ?」
「できれば一週間以内だな」
「そうか次はどこに向かうつもりだ?」
「地の国だ」
「そうかならその手前の国が俺のおすすめだ」
そう言ってアリルドが笑う。
その笑顔はどこか恐ろしい物を感じた。
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