生まれた国を滅ぼした俺は奴隷少女と旅に出ることを決めました。

柚木

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機械の国 シェルノキュリ連合国

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「それでお前は俺達をどこに向かわせたいんだ?」

 薄気味悪く笑うアリルドに俺は尋ねる。
 あんな言い方をするならそれ相応の理由があるんだろう。

「地の国ガリクラ、その手前にある国が機械の国シェルノキュリ連合国だ」

「機械の国か」

 機械の国シェルノキュリ連合国。
 どこにあるのかどんな国なのかわからない未知の国。それでいて名前の通り世界有数の技術大国。
 そこで何か仕入れが必要なのだろうか。

「おっちゃんその国ってどんな国なの?」

「俺の生まれた国だ」

「はっ?」

 思わず声を上げてしまった。
 アリルドはここの国で生まれたと思っていた。
 ここで生まれてここで育ち今があると勝手に思っていた。

「おい、何言ってんだよ」

「クォルテでも驚くんだな」

 一矢報いたと笑うアリルドに、流石の俺も驚きを隠せない。

「驚くだろ、実在する国って情報しかない国だぞ? そこが出身ってどういう……」

 自分でも混乱しているのがわかる。
 でもしょうがないことだ、世界の機械は全てシェルノキュリ連合国が作っていると言われている。
 そんな大国の出身と聞いて驚かない人間はいないだろう。

「伝える前に、お前らはこの国を発っただろ?」

「いや、まあ、な」

「クォルテさんが言い淀んでます」

「アルシェ先輩それほどの事なんですよ、名前と機械を作る技術に長けている。それだけしか情報のない国がシェルノキュリ連合国なんです。そこの出身ということは、未知の国の場所を知っているということで、場所を聞くために拷問されてもおかしくはありません」

 ミールが説明してくれている間に、俺はアリルドと話を続ける。

「もしかしてお前の強さって」

「機械じゃないぞ、まあ機械と戦い続けた結果ではあるがな」

 笑い飛ばしているがようやくアリルドの強さの根源を知った。
 人類よりも力に秀で体力の底がない機械との戦いで培った力か。
 それなら確かに茶髪のアリルドがベルタのルリーラと対等に殴りあえるはずだ。

「まあ、そのおかげで俺は国を出ることになったわけだけどな」

「まあいい、これ以上は俺の脳がパンクしてしまう」

「そうか」

 話し足りないのかアリルドは蓄えている髭を撫でる。
 そして懐かしむ顔を引っ込め真面目な顔で話を先に進める。

「それでお前達に行ってもらいたい理由はこれだ」

 机に差し出されたのは一通の手紙。
 封をされているがアリルド国の封蝋ではなく見慣れない封蝋だ。
 ギザギザの丸が三つ重なった模様は俺の知っているどの国とも一致しない。

「これは?」

「シェルノキュリ連合国の封蝋だ、この手紙を持って行ってもらいたい」

 こんなものを出されては疑いようもない、アリルドが俺を騙す必要もない。
 そうなるとこの奇怪な文様はシェルノキュリ連合国のものなのだ。

「一応中身を聞いてもいいか?」

 友の頼みとはいえ下手な物を持って行けば俺達の命が危ない。

「ああ、それは私用の事だ。大丈夫危険な目に合わせはしない。それをシェルノキュリ連合国のグシャ一族に渡してくれればいい」

「一族ってことはお前は貴族か何かということか?」

「そうだ」

「わかった」

 貴族であることは薄々気づいていた腕力のみでなく知識も豊富。
 俺がそうであったようにアリルドも教育を受けていたのは疑う余地もない。
 それに私用と言われればこれ以上は野暮だろう。
 危険はないという言葉を今は信じるしかないか。アリルドが俺達をどうにかする必要もないしな。

「おそらく門番がいる、そいつにこの手紙を見せれば中には入れてもらえるはずだ」

「シェルノキュリ連合国は地の国向かう途中にあるっていうのは間違いないのか?」

 シェルノキュリ連合国の噂として有名なのは国が移動しているということだ。
 他の国に狙われないように場所を転々とし人目から隠れて過ごす。国自体が機械の移動する国。
 いつまでも見つからない国ならではの噂。
 それをアリルドは真っ向から否定する。

「昔からずっとシェルノキュリ連合国は同じ場所にあるぞ、地の国ガリクラの手前の広大な荒野のど真ん中」

「そこって……、なるほどそういうことか」

「流石クォルテすぐにわかってくれたな」

 ようやく合点が行った。なるほどそれは見つからないわけだ。
 納得した俺はアリルドに最後の質問を尋ねる。

「門番はいるんだよな」

「居るぞ」

「やっぱりか」

 嘆息しながら俺達は出発の準備を始めた。

「それで結局どんな国なの?」

 七人では狭かろうと新しく支給された大型の馬車の操舵席に俺とルリーラは座っていた。
 三人は座れる広い操舵席なのにルリーラはぴったりと俺にくっつきながら座っている。

「地の国が抱える国だってことだな」

「抱える?」

 初めての大型の馬車のため操舵に集中したいのだが、引っ付くルリーラの質問を無下にできず答える。

「他国に狙われないために地の国と手を組んでいるんだよ。地の国は金と機械を機械の国は安全を手に入れるためだな」

 よくできている話だと改めて理解する。
 地の神がいる国に攻め入る馬鹿はいない、その地の国の敷地の中に国を建て機械を作り他国に売る。
 その金を地の国に払うことで地の国は快く敷地を渡す。
 そんな利害関係こそが連合国とつく所以なのだろう。

「でも国がないってあり得るの?」

「神のいる国ならありえなくはないな、水の国なら水の中、火の国なら火の中に建物を作ることは難しくない」

「じゃあ地の国だから」

 気づいたらしいルリーラは地面を見つめる。
 そう地の国なら土の中に国を建てるのは難しいことではないのだ。
 それなら外敵に見つかる危険性はない。本当によくできたものだと感心してしまう。

「そうだと思うぞ」

 他の国ではできない芸当だ、立ち入りが出来なくするなら神が居ればどこでも構わないだろう。
 隠すということならば地の国ほど理想的な場所はない。
 立ち入らせない。ではなく見つけられないというのは最大の防御となる。

「凄いねその国」

「本当にそう思うよ」

 俺は慣れない馬車をひたすらに走らせ続けた。

 馬車を走らせること三日ほどで俺達はようやく草原を抜け荒野へとたどり着いた。

「アルシェに任せたらもっと早かったよね」

「まずは俺が試してみないと駄目だろ」

 前に使っていた馬車であの衝撃だ、アルシェの魔力で走らせても問題ないかの確認をしないとアルシェに運転を任せることはできない。
 そして残念なことに前ほどの速度では荷台が酷いことになるとわかった。
 今後はアルシェに魔力は抑えるように言わないといけない。

「着きましたけど何もありませんね」

 全員で馬車を下りて辺りを見渡しても荒野しか見当たらない。

「ここで大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、向こうに微かに建物らしきものが見えます。フィル先輩も見えるでしょ?」

「うん、確かにお城みたいだけど」

「じゃあ合ってるな」

 アリルドの話ではここから地の国へ向かう途中の荒野の中にあると言われている。
 向こうが地の国ならこの荒野で間違ってはいないはずだ。

「もう少し進んでみるか」

「ん?」

「どうした?」

 サレッドクインがどうも違和感を覚えているようで、しきりに辺りを見渡している。

「どこからか見られている気配がします」

 片手で刀に触れながら辺りを警戒するサレッドクインはしばらくして被りを振った。

「気のせいか」

 再び馬車に乗り先へと進む。
 今度は練習がてらアルシェに手綱を握らせ俺は荷台に乗る。
 馬車が動き出し急にサレッドクインは体をこちらに寄せてくる。

「旦那様、いい加減僕のことはサラと呼んでいただけませんか?」

「ああ、そうだな」

 そう言えば結局呼び方が未だにサレッドクインのままだ。サラと呼べと言われてはいたが、その時も喧嘩したまま話が流れていたしな。

「わかったよ、サラ」

 サレッドクイン改めサラは満足気に馬車に背を預ける。

「やっぱり変だ」

 気を抜いたと思った瞬間サラが刀に手を触れる。
 今にも抜きそうな殺気を放ち辺りを警戒する。

「ルリーラ、アルシェの隣にいろ」

 ルリーラは言われた通りすぐにアルシェの後ろに移動し辺りを警戒する。
 これで前にいるアルシェとミールは問題ないだろう。

「何人くらいだ?」

「気配を消していますが一人です」

 武芸を嗜むサラはルリーラですら感じていない気配を察知しているようで、ルリーラよりも早く獣に気付くことが多い。
 そのためサラが違和感を覚えているならそれに従うのが吉だろう。

「まだ遠い?」

「どのくらいだ?」

「そこまではわかりませんがこの先に居るのは間違いありません」

 近くから気配が感じないとサラは刀から手を離す。
 しかし次の瞬間今度はルリーラが叫ぶ。

「アルシェ止めて!」

 咄嗟の叫びに反応したアルシェは急ブレーキをかける。
 止まった途端急に大きな赤い腕が地面から生えてきた。
 鎧の様な頑丈そうな腕は、突き出した個所から這い出るように地面を抑えそのまま力を込めた。
 地を割るような地響きの後に、腕の先からは肩が生まれ頭が生まれ反対の腕が生える。
 地面から徐々に生えてくるのは家程赤い巨大な鎧をまとった人間だった。

「なんだ、これ……」

 頑丈そうな鎧には関節の動きを阻害しないように作られた隙間だけがあり、それ以外は空気すらも通さないといった堅牢な鎧。
 突如地面から生えてきた鎧はこちらを見据えている。

「魔獣ではないよな」

「違うよ、魔獣は文字通り獣からの変化、鉱物からの変化は聞いたことがない」

 魔獣大国で育ったフィルが言うのなら間違いないだろう。
 だとするとこれは一体何なのか、アリルドが小さく思える巨大な鎧は腕を振り上げる。

「アルシェ逃げろ!」

 俺が叫ぶとアルシェも悟り馬車を動かす。
 馬車のあった位置は鎧の振り下ろした拳で周りの地面を隆起させてしまう。

「これは逃げたほうがよさそうだよな」

「私も潰されそう」

 ルリーラで無理ならこの中にあの拳を受け止める膂力のある奴はいない。

「全力で突っ切れ!」

「馬車は?」

「死にたくないなら全力だ!」

「かしこまりました」

 頷きと共に手綱に大量の魔力を注ぎ込み、馬車が信じられない速さで駆け抜けていく。
 草一本生えていない荒野の凹凸は大型の馬車には向いていない。わずかな高低差で衝撃が響き、馬車から放り出されそうになる。
 そんな俺達を追い、尚も攻撃を緩めない鎧は再び腕を振り上げる。
 大丈夫この距離なら届かない。
 そう安心したのも束の間巨大に見えた鎧の腕は更に大きくなっている。

「サラ、起爆は任せる」

「承知!」

「水よ、汝の元の姿へ戻れ、フォグ!」

「炎よ、我らに向かいし悪鬼を滅せ、フレイム」

 アルシェ以外とは初めて使う複合魔法は成功し、俺の放った可燃性の気体に引火し強烈な爆発を生む。
 その一撃で視界を封じて距離が取れると読んでいた。読み通りに巨人に振り下ろされず衝撃はない。
 でもそれ自体がおかしい。衝撃が無いと言いうことはあの巨人は行動していない。

 不審に思い晴れた煙の向こうに目を向けるが先ほどの赤い巨大な鎧の姿はなかった。

「さっきの巨体が消えた?」

 狐に化かされた心境のまま速度を緩めることなく馬車を進ませた。



「もうここまで来れば平気だ、速度を落とせ!」

「はい!」

 アルシェが魔力の供給を緩めると、逃げるために速度を出していた馬車は急激に速度を落とし、後ろに居た俺達は操舵席との接続部に纏めて押し付けられてしまう。

「何があったの?」

 さっきの騒ぎでも起きることのなかった、セルクが目を覚ます衝撃。
 俺は誰かの体で視界を奪われたまま立ち上がろうと手をつく。

「やっ……」

 聞きなれない艶のある声。
 俺の手は柔らかい中にしっかりとした硬さがある何かを掴んでいた。

「旦那様、私にはまだ心の準備ができていません」

 一番不味い人物のどこかに触ってしまったらしい……。
 嬉しいが嫌な状況に冷や汗が流れる。

「セルクちゃん、避けてくれる?」

「うん」

 俺の視界を遮っていたと思われるフィルが退いたが、視界は回復せず人がいるくらいしかわからない。
 そして二つの人影が重なる。

「ご主人、あんまりその体勢はセルクちゃんによくないと思うよ」

「どうなってるんだ俺」

 話すために呼吸をすると爽やかな匂いと女の匂いで肺が満たされる。

「旦那様流石に退いていただけますか? 体勢が結構きついです」

「えっと兄さん、どういう状況ですか?」

 触れてはいけない相手に触れ、見られてはいけない相手に見られてしまった。

「なんで兄さんがサレッドクインさんの胸を揉んで足で攻撃されているんでしょうか」

 大丈夫、一度自分の状況を確認しよう。
 俺の足は見慣れた天井に向いており、手はサラの胸元に置かれ荷物とサラの間に挟まれ身動きが取れず、顔は硬い木とサラの足に挟まれているので動くことはできない。
 うん、俺は今逆さまになったのをいいことにサラの胸を揉み、その結果反撃にあった様に見えている。

 要は、最悪だ。

「さっきの衝撃で」

 なんとかわかってもらおうと思ったが、ミールの目には怒気が宿っている。
 俺は今死ぬのかもしれない。

「サレッドクインさんの胸でいいなら私でもいいじゃないですか!」

「そっちか!」

「あんっ!」

 つい力んで叫んだため指にまで力を込めてしまい強くサラの胸を揉んでしまう。

「これは婚約も近いということでしょうか」

「それは違うっ!」

 急いで離れようと体を前に出すと首に何かが引っかかりまた後ろに戻されてしまう。

「んぁ……」

 そしてその拍子に触れる柔らかい物体に力が入ってしまう。
 これって俺逃げ場がなくない?
 こんな状況でも構わず走り後ろに来ない二人も怖い。

「だ、旦那様……やっ、これ以上は……」

 急に砂利道にでも入ったのかアルシェの魔力の制御ができなくなったのか、馬車がガタガタと揺れ動きその度に俺の手は必要以上にサラの乳房に断続的に触れ続ける。

「アルシェ先輩止めてください」

 先ほどとは変わりスムーズに止まる馬車。
 俺の視界は未だに遮られたまま背中に強い視線を感じる。

「巨乳好きなのかと今回は安心していましたが違いましたね違ってしまいましたねそうですか兄さんは貧乳以外がお好きということでよろしいでしょうかよろしいですよねそんな長い時間揉みしだいているんですから反論の余地はありませんよねあるはずがありません」

 不味い、最近はなかったミールの不味い部分が発露してきている。
 目の光彩が消え俺を見下ろす。
 その圧力はミスクワルテよりも鋭く明らかな殺意が見えている。

「兄さんに話は色々言いたいことは他にもありますがまずはその雌豚ですよね新参者のくせに兄さんからそんなに触れてもらえるなんて殺されても文句はありませんよね? まあ文句があったとしても死んだら言えないので関係ありませんが」

「ミールは従妹なのだろ? なぜ僕と旦那様の間に入ってくるんだ?」

「なんで喧嘩売り始めたの!? なんで!?」

 俺の手が胸にあるってことはこいつ今仰向けで居るんだろなんでそんなに強気なんだよ。

「セルクちゃん。ちょっとフィルママと一緒に散歩に行こうか」

「うん」

「フィル? 待ってせめて俺を助けてからに」

「フィル私も一緒に行く」

「私もご一緒してよろしいですか?」

 ルリーラと一緒に優しいはずのアルシェまでが助け舟をくれないまま離れて行こうする。
 一触即発のまま俺は置いていかれてしまう。

「兄さんには結ばれるべき相手がいるんですよ」

「それは自分だっていうのか? 傲慢も甚だしいな」

「サラはよくこの状況で喧嘩売れるよな!?」

 お互いが絡まっているせいでお互いに身動きは取れていないだろうに、サラはなぜか自由に動けるミールに喧嘩を売る。
 この度胸は一体どこにあるのか聞きたい。

「まさか私よりも強くて可愛い女性が兄さんにはいるんですよそれなのに総帥の娘というだけで甘やかされて育った剣士気取りの雌が何間に入ってきてるんですか? そんなのアルシェ先輩とフィル先輩で
こと足りてるんですよあんたみたいな女狐は火の国に尻尾を振る汚いオヤジと結婚したほうがいいですよ」

「侮辱するつもりか?」

「お怒りですか?」

「そうだと言ったら」

「人間が一番怒るのは図星を突かれた時だと言われていますがそのようですね」

「その喧嘩、買ったぞミール」

 二人の口喧嘩は口喧嘩から発されてはいけないほどの殺気を孕んでいるのを俺の皮膚が感じ取る。
 一触即発という言葉では生易しいほどの緊迫感が俺を挟んで行われている。
 現状俺は泣いてしまいたい。

「せめて俺を解放してからってわけにはいかないか?」

「「いきません」」

「はい」

 正に手も足も出ない現状でこの二人に勝てるはずもなく、俺は素直に言うことを聞くことにした。

「決着つけようじゃないかミール」

「望むところですよ、居合しかできない単細胞が私に勝てると思わないように」

 なぜか決闘をすることになったらしい二人だが、これで俺の拘束も解ける。

 決闘が決まり逃げた三人が戻ってきたのでようやく俺は自由を手に入れることができた。
 しかしその代わりにミールとサラの決闘が始まってしまった。

「不意打ちでもしないと勝てないのにこんな正々堂々と戦っていいんですか?」

 準備をしているルリーラは移動着の短パンとシャツに様々なホルスターを準備する。

「あの時あれが無ければ。などと噛みつかれても困るからな」

 そのミールの正面で戦闘着に着替え構えるサラ。
 二人の決闘はもはや止まりそうにはなかった。

「いつでもいいぞ、早い僕からではミールに攻撃のチャンスが無くなってしまうからな」

「そういうのが剣士気取りだって言ってるんだ!」

 準備しているホルスターを使うことなくミールはただの水をサラに向かい放つ。

「この程度と言うことはないよな」

 あっさりと水の魔法を切り自分の間合いを確保する。

「水よ、不純物と混ざれ、スワンプ」

 俺とは違う攻撃方法、足場にばら撒いた水を土と混ぜ局所的に簡易的な沼を作り上げる。

「何だと!?」

 濡れた程度では済まされない沼を作り出す魔法にサラは驚きを隠せていない。

「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」

 隙のできたサラにミールは水の龍をぶつける。
 逃げられないと悟ったサラの行動は早かった。
 足場の悪い沼地で姿勢と呼吸を整え水の龍に一閃を加え、水の龍は縦一文字に切り裂かれ水に戻り更に地面が濡れ沼が深くなる。

「ちっ……」

「これだから脳筋は駄目なんですよ、水を含めばもっと深くなることすらわからないんですから」

 膝の上まで埋まったサラは自分の動きに舌打ちをする。

 完全にミールのペースだな。
 相手の動きを封じるということに重点を置いた攻め方は褒める所だが、それでは勝利にならない。
 集団戦や逃げるのが目的ならこれ以上にない動きだが、決闘においてだけ言えば勝利はない。

「その綺麗な顔、溶かしてあげますよ」

 ホルスターに収まる瓶を一つ取り出す。

「待てミール!」

「なんでしょうか、今からこの女の顔を溶かして嫁げないようにするんですから邪魔しないでください」

 やっぱり持ち出したのは鉄も溶かせる液体か。
 どこで手に入れたのかミールは薬品を大量に持ち歩いている。
 荷物の中にはホルスターに収まらない物が収納されており、その時その時の状況で使い分ける。
 どうも今回は確実に殺すための薬品を準備しているらしい。

「それはやめろ」

「いいじゃないですかこの女も本望でしょう。嫁ぐなんて女のすることをしなくても済むんですから」

「炎よ、我を捕らえる沼を燃やせ、フレイム」

 サラの炎は沼から水分を燃やしつくす。
 そして浅く堅さを取り戻し沼から抜け出す。

「水よ、全てを溶かす水よ、我が敵を溶かしつかせ、アシッドレイン」

 どういっても止まらないならこっちからも参加するしかないのか。
 そう考えている間にも雲が発生し酸の雨を降らせる準備を始めている。

「炎よ、刀よ、天を隠す曇天を切り払え、フレイムソード」

 雨雲が完成する寸前に炎を纏ったサラの刀が居合一閃雨雲を捕らえる。
 二つに分かれる雲は再びまとまることなく霧散する。

「この程度で僕に喧嘩を売ったのか?」

「水よ、龍よ、毒含む龍よ、我が敵を蝕め、血も肉も侵し、冥府へ送れ、毒の龍ポイズンドラゴン」

「今度は毒か」

 フレイムのおかげで足場が硬く整った地面で本気の居合へと呼吸を整える。
 禍々しく姿を変えた毒の龍はサラに目掛け大きく口を開く。

「止めなくていいの?」

「止めるさ、水よ、氷よ、彼女らの動きを止めよ、アイシクル」

 ルリーラに言われなくても準備はしていた。タイミングを待っていただけだ。二人が技を出す瞬間を狙っていた。
 ミールの口とサラの手そして毒の龍の動きを凍らせて止める。

「いい加減にしろよ」

 身動きが出来なくなった二人は非難の目を向けるが今更それに怯える必要もない。
 そして二人の頭に拳骨を一発ずつお見舞いする。

「んぐっ」
「いたっ」

 二人は不満そうにこちらを見るがそれに構っている暇はない。

「仲良くしろなんて言うつもりはない。お互いに気に入らないこともあるだろうしな、だけど殺し合うな。それは無意味なことだ」

 俺も人を殺したことは当然あるでもそれは酷く無意味だ。
 肉体が滅びてもその意志だけは残り他の誰かに託される。
 その上殺した者の知り合いに命を狙われる可能性まである。

「気は済んだろもう行くぞ」

 毒の龍を壊してから氷を解かすと毒の龍は地に溶け込み二人の体は自由になる。
 お互いがにらみ合ったままサラは荷台へミールは操舵席に座った。

「はあ、面倒なことになったな」

「ご主人が器用に絡まるから」

「絡まりたくて絡まったわけじゃないよ」

「次から一緒に寝る時はサレッドを見習おうかな」

「そうしたらもう二度と一緒に寝ない」

「それは困る」
「私も諦めます」

「考えてはいたのか」

「ご主人には母性で勝負しないと」

「母性か……」
「母性ですか」

 フィルの言葉にルリーラとアルシェは自分の胸を見て悔しそうにしたり喜んだりしながら馬車に戻り再び進みだす。
 不機嫌なオーラを出し続けるミールとサラの二人は馬車の中の空気を酷いものに変える。
 そんな最悪な空気の中振動と共に再び地面から大きな腕が生えてきた。



「また出てきたな」

 繰り返し同じ映像を見せられているような既視感。
 右腕から肩、肩から頭部、頭部から左腕順番に姿を現し段差を登る様に真紅の鎧が全身を現す。

「セルクは馬車に残れ、アルシェとサラは馬車とセルクを守れ」

 二人は返事をし戦える準備をする。

「残りであれの対応をする」

 俺とルリーラ、フィルにミールが馬車から下りて大きな鎧に対峙する。
 赤い鎧は馬車とこちらを交互に見る。
 馬車から気を逸らさないとな。

「水よ、槍よ、敵を穿て、ウォーターランス」

 水の槍を一本生み出し鎧に向け放つ。
 放った水の槍は鎧を傷つけることなく弾かれ水に戻る。

「刺さらないね」

「ああ」

 当然ながら巨大な鎧にこんなものが刺さるとは思っていない。
 あくまでこれは攻撃の意思はこっちにあるぞという意思表示。
 これでこちらに気が向いてくれれば楽なんだけどどう出るか。

「こっちだぞ!」

 鎧はこっちを向いた、鎧の奥に輝く光がこちらをしっかりととらえる。
 あれが目でいいんだよな。

「フィル、攪乱させれるか?」

「あの巨体相手なら問題ないよ」

 フィルが宙を駆ける、魔法による身体強化と高速のまま行う方向転換に鎧の赤い光が追い切れていない。

「「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」」

 俺とミールによる二体の水の龍が左右から鎧を狙う。
 鎧は当然の様に両の手で水の龍の首元を掴む。
 そこも想定済みだ。
 水の龍は掴まれても水に戻ることはなく鎧の腕に巻き付く。

「行くぞ」

「はい」

「「水の龍よ、氷よ、敵の動きを止めよ、アイシクル」」

 関節部まで巻き付いた水の龍はそのまま氷へと姿を変えて鎧の両腕の動きを止める。
 フィルを目で追うことをやめ俺とミールの方を向く。

「いいのか、こっちだけ見て」

 次の瞬間に激しい衝突音と共に鎧の巨体は大きく揺れる。
 動き回るフィルの不意打ちを受けさらに視線を戻す。
 そして俺達の最強の一撃は鎧の視線に一度も捕らえられていない。

「思いっきりいくよ」

 ルリーラの拳は鎧を殴りつける。
 人と鉄のぶつかった音と思えないほどに大きく鈍く響く。
 衝撃を受け鎧はそのまま地面に倒れ込む。

「いけるぞ!」

 しかし次の瞬間には鎧が消えた。
 正に一瞬、あの巨大な鉄の塊が俺達の目の前から瞬く間に消えた。

「幻影の類でしょうか?」

「二度もか?」

 どれもしっかりとダメージを与えた感覚はあった。
 フィルとルリーラも同じ考えらしい。

「おっちゃんが門番がいるって言ってなかった?」

「なら消えないだろ」

 門番が消えるなんてまずありえない。消えてしまう門番は何の役にも立たないだろう。

「ご主人とりあえず馬車に戻ろうよ」

「そうだな」

 今起こった現象に首を傾げながら俺達は一度馬車に戻る。

「サレッドクインさんがこの先に気配があるって言ってますけど」

「そうなのか?」

「おそらく先ほど感じた視線と同じものだと思う」

 視線を感じたって奴か。
 そうなるとさっきの鎧だろうか? そうだとしたらさっきの赤い鎧は神と同じく瞬間移動したことになる。

「あの鎧とは違うよな?」

 あいつも視覚という意味では目を持っているようだったし、視線と言えなくもないが意思があるとは思えない。

「ああ、最初はそうかと思っていたが、今度のは気配だ。生きている人の気配と言えばわかりますか?」

「さっきの鎧は生きてはいないよな」

 生きた人間はあんな風に消えるわけがない。
 それよりも魔法で作られた人形と呼んだ方がしっくりくるか。
 そうなると、さっきのは魔法を解除されたということになるのか。

「この先に気配があるんだな?」

「はい」

「兄さん、こんなのの言うことを聞くんですか?」

「何もできないなら大人しくしていたらどうだ?」

「今はそんな場合じゃない」

 二人がいがみ合おうとしていたので仲裁に入り、今はサラの言うことを聞くことにする。

「アルシェとサラはそのまま操舵を続けてくれ、行先はその気配の場所」

 ミールとサラは舌打ちをし距離を取る。
 二人の仲裁に時間を割いているわけにもいかず馬車を進めさせる。

「あの鎧を動かしている奴がこの先にいると思われる。おそらくだがアルシェ並みに魔法が使えると思ってくれ」

「プリズマってことなの?」

「少なくとも色素が薄いのは確かだ」

 確かにあれほどのサイズの人形を作るなら白髪以上の魔力が必要だな。

「対人なら私よりフィルがいいよね」

「ああ、だからルリーラにはあの鎧の相手を頼む。辛いと思うが頑張ってくれ」

「わかった」

「兄さん、私は?」

 少しだけ考える。
 ミールはあまり戦闘向けではないがその分補助が上手い。
 それにこと戦闘に限ればミールよりもサラの方が慣れている。それに毒の魔法は人間に使えない。

「ミールはルリーラの援護、好きな魔法を使え、それとルリーラにはこれも渡しておく」

 神器の指輪をルリーラに渡す。
 水の魔法に対する無効化する水の神から授かったものだ。

「ルリーラにはこれを持たせるから思いっきりやってやれ」

「わかりました」

 二人を分けることでなんとか戦いやすくなってくれるはずだ。

「近づいてきたよ」

 突如ルリーラが進行方向を向く。
 敵の姿をルリーラが目視で発見したらしい。

「クォルテの言う通りみたいだけど、あれって」

「どうしたんだ?」

 ルリーラが目を細めしっかりと確かめようとしている。
 そして首をかしげ言葉にする。

「耳と尻尾が生えてるよ」

「はっ……?」

 ルリーラの言葉に間抜けな声を出してしまう。
 耳と尻尾? 何のことだ?

「えっ? なんで!?」

「どうしたっ! うおぉ!」

 アルシェは驚いたような声を上げ馬車は急停止した。
 急停止により衝撃荷台の全員が一斉に前を見るとそこには三度目の鎧の怪物が現れた。

「クォルテごめん」

 ルリーラは俺の肩を踏み台にして一直線に鎧目掛け突っ込んでいく。

「サラ、気配は近いか!?」

「えっ、ああ、近いぞ」

 近い。それなら行けるか。
 この鎧を倒しても終わらない、それならこれを操る奴を先に倒した方が早いのは明確だ。
 ルリーラとミールなら持ちこたえてくれる。
 その隙に残りで操作してるやつを倒しきるのが一番か。

「ミール下りろ、ルリーラと一緒にあれの足止めだ」

「は、はい!」

「サラ、気配の元を絶つそこまでアルシェを誘導! 馬車の事を気にしないで全力で進め!」

「「はい」」

 ミールが下りたのを確認し一直線に向かう。
 するとすぐに俺でも視認できる距離に人間がいるのが確認できた。

「水よ、鎖よ、彼の者を捕縛せよ、ウォーターチェーン」

「確認はしないの?」

「逃げられるよりはましだ」

 もし間違えても良いように攻撃ではなく捕縛の魔法を使った。
 水の鎖は人影に向かい飛んでいく。
 奇襲のつもりの魔法は、突如隆起した地面に邪魔をされ水に戻る。

 流石に防ぐよな。でもこれで相手に敵対の意思があるのはわかった。
 そうなれば全力でいける。

「フィル、行けるか?」

「大丈夫」

 馬車から飛び出し空を蹴りながら一直線に敵に向かう。
 一人猛スピードで空中を移動するフィルに人影は飛び道具を用いてフィルに攻撃をする。

「アルシェ、ライトランスだ」

「はい」

「炎よ、槍よ、無数の槍よ、我が宿敵を討て、フレイムランスパーティー」
「水よ、槍よ、無数の槍よ、我が宿敵を討て、ウォーターランスパーティー」

 炎の槍を水の槍が覆う。

「ライトランス」

 輝く槍を全て的に向けて放つ。
 またしても水の鎖を塞いだ土の壁を作るが、触れた先から爆破をする輝く槍に通じない。
 一発二発と壁に触れるたびに破裂し、土の壁に風穴を開け人影に当たったはずだ。

「馬車から下りる、セルクは大人しくろ」

「はい」

 馬車から下りるとフィルがすぐに戻ってくる。

「どうしたんだ?」

「ちょっと困ってるんだよね」

 報告に戻ってきたはずのフィルが言葉に詰まる。

「見て貰えばわかるんだけど」

 言われてついて行くと確かに言葉に詰まった。
 そこには鉄の半球の物体があった。
 所々凹みが合るのはフィルが何発か殴ったのだろう。

「こうなるとあたしには壊せなくて」

 鉄を凹ませるのも十分に凄いがやはり割るまでは至りはしない。
 こうなるとアルシェの魔法で溶かすことはできるかもしれないが中の人間は蒸し焼きになってしまう。
 それは好ましくない、こいつが門番だとしたら殺して入るのは違うだろう。
 そうなってしまうとルリーラかアリルドじゃないと開けられないだろう。

「僕にやらせてくれ」

 唸る俺達に提案を持ち掛けたのはサラだった。

「できるのか?」

「僕は剣士だ、それに耐久ではなく切れ味を求めたのが刀だ」

 そう言って刀に手を添え呪文を唱え始める。

「炎よ、我が刀に宿れ、フレイム」

 魔力が刀に集まるのがわかる。
 赤く熱を持つ刀を鞘にしまう。鞘も刀の様に熱を帯び始める。

「殺すんじゃないぞ」

「わかっている。この鉄だけを切ればいいんだろう」

 呼吸を整え魔力の篭る刀に手を添える。

「しっ!」

 鞘から刀が赤い光となって放たれる。
 赤い一閃は鉄の球に跡を残すと鉄の球体を二つに分ける。
 鉄は鈍い音と共に地面に崩れる。切断面は真っ赤に染まり溶けている。

「お見事」

 自然とそう口に出るほどの技量。
 俺やルリーラと戦った時よりも格段に速い居合にみんながただ見ていた。

「何です今のは! 鉄を切りやがった!」

 中から聞える声は女の声だった。
 高い音域から発せられる声がドーム状の鉄で反響し耳に刺さる。

「何者だ!」

 中から出てきたのは小柄な女性だった。
 声からわかるように元気の有り余る少女。
 予想通り色素の薄い髪色と肌からは魔力特性が高いのは十分に伝わり、肌を露出させないようにの配慮だったであろうローブは所々が破れている。
 しかしそんなものはどうでもいい。

「どうかしたのか?」

 一番注目しないといけないのは頭の天辺と腰辺りに生えている耳と尻尾。
 犬の様なその姿は神と同じような異形の姿だ。
 人とは大きく違うその二つの部位は装飾品の類には見えない。

「えっと、それは」

 こちらの声を拾おうと耳が二つわずかに動き、人懐っこいのか尻尾が左右に揺れる。
 ルリーラの言葉を聞いた時は装飾品の類だと思っていたがどうやら本物のようだ。

「隠すの忘れてた!」

 そしてローブを被ろうとしてそこに帽子部分が無いことに驚いている。

「さっきの爆発か……」

 輝く槍の攻撃は確かに当たっていたらしい。

「よくもやってくれたな」

「ごめんなさい」

 俺はあまりの勢いに呑まれて謝ってしまう。

「こうなったら戻ってこい、アトゼクス!」

 そう叫ぶと突如目の前に先ほどの鎧が唐突に現れる。
 どうやってこの距離を一瞬で?
 その疑問は声に出さずにそのまま戦闘態勢に入る。

「アトゼクスがボロボロだ! これもお前達がやったのか!」

 しかしアトゼクスと呼ばれた赤い鎧は所々が凹み溶けている。
 ルリーラもミールも善戦してくれたらしい。

「えっとたぶん」

「絶対に許さないぞ。世紀の発明一族ガルベリウスの家名に誓って!!」

 どうしよう、真面目な戦闘に入りにくくなってしまっている。
 元気な少女、ガルベリウスの息女らしい彼女だけがこちらとは逆に戦闘態勢を取っている。
 これって結構危なくない?

 二者の温度差は広がりこちらの緊張感が保てない。



「ごめんクォルテ、さっきの逃がした。ってどうしたの?」

「凄い温度差ですね」

 合流した二人は現状を見て冷静に答えてくれる。
 そうだよなやっぱり温度差があるよな。
 向こうは本気でこっちの気は抜けてしまっている。
 強敵を前にしていい状態じゃない。

「何かあったの?」

 よくわからない空気にルリーラまで困惑しているようだ。

「それで全員ね。あんたら全員あたしシェルノキュリ連合国の門番オレイカ・ガルベリウスと、最強の機械人形アトゼクスが完膚なきまでに叩き潰してあげるわ!!」

「…………」

 俺達は全てを理解した。
 こいつは馬鹿だ。
 聞いてもいない自己紹介。それだけならまだしもシェルノキュリ連合国と名乗ってしまっている。
 それを隠して入口を守るのが仕事だろうに、全てを暴露してしまった。

 色々と残念なオレイカ・ガルベリウスはこっちの様子に気が付いた。

「さっきからテンション低いけど?」

「いえ、オレイカとやら、あなたが門番ってことでいいのか?」

「なんであたしの名前をしってるの!? しかも門番であることまで!」

「さっき自分で名乗ったよね」

「そうか、あなたは心を読む魔法を使えるのね。油断してしまったわ」

 今までにあったことのないタイプの人間だ。
 もういいや、さっさと要件を済ませてしまおう。

「オレイカ、君が門番ならこれを渡したいんだが」

 俺はアリルドから預かった手紙を取り出す。

「そんな初歩的な手は食わないの、天才と称されるこのオレイカ・ガルベリウスにそんな罠が効くと本当に思ってるの?」

 駄目だこいつ自分の情報は聞いてもいないのに答えるのに人のことは一切聞く耳持たない。
 おそらくこの手紙に爆発物でも仕掛けていると思っているのだろう。
 こうなられるともうお手上げになってしまう。

「罠がバレて言葉を失ったって所ね」

 あまりの馬鹿さ加減に開いた口が塞がらないだけです。

「でもチャンスを上げる、私達最強タッグに勝つことが出来たらシェルノキュリ連合国に入れてあげるわ!!」

 結局そうなるのか……。
 仕方なくこちらも攻撃の準備をする。

「やる気ね。でもガルベリウス家が生んだ史上最高の天才と、その一族が千年以上かけた究極の機械人形アトゼクスに勝てると思わないようにね!」

 耳と尻尾をピンと立たせあちらも戦闘準備は完了しているようだ。
 旅に出て二年余り経つがこれほどに無駄な争いがあっただろうか。

「アトゼクス!」

 オレイカが声を上げるとアトゼクスは二本の腕を組み大きく振り上げる。
 そしてその固めた拳を振り下ろす。

「アルシェお願い」

「わかった」

 ルリーラにアルシェが身体強化をかけると、ルリーラはこともあろうかアトゼクスの攻撃を受ける構えを取る。

「待てルリーラ!」

 俺の言葉よりも早くルリーラにアトゼクスの一撃が振り下ろされる。
 地面が隆起するほどの一撃は今回は隆起することなく大きな穴が開くだけで終わった。

「まず一人ね」

「炎よ、熱よ、敵を解かせ、フレイム」

 アルシェが放つ巨大な炎は真直ぐにアトゼクスを狙う。
 単調な攻撃では避けられると思ったが、なぜかアトゼクスは動かない。

「避けなさいアトゼクス」

 オレイカの命令に背きなぜかアトゼクスは動かない。
 それどころかアトゼクスの腕に炎が触れ片腕が溶ける。さらに反対の腕も突然宙を舞う。
 何が起きたのかわからない中、大きく開いた穴から声が聞こえる。

「成功だね、アルシェ」

「本当に耐えられるかひやひやしたけどね」

「えっ?」

 無傷のルリーラが穴の開いた地面から跳び出してくる。
 土に汚れはしているがルリーラはさっきの攻撃で傷ついてはいなかった。

 さっき腕を飛ばしたのはルリーラか。
 そこで今の出来事全てを理解した。

「何が起こったの?」

「ベルタとプリズマの二人に勝てると思うなよ、犬耳」

「オレイカさんだよ」

 さっきの攻防をしたとは思えないやり取りに気が抜けてしまうけどそれでもありえないと思った。
 プリズマの身体強化でベルタの身体能力がここまで上がるのか。
 あの巨大な鎧の動きを封じてしまうほどに強力な腕力。

「本気で行くよ、アトゼクス」

 空気が変わった。
 ふざけた空気が一気に引き締まる。
 オレイカの尻尾と耳に生える毛が一斉に逆立ち落ち着いた空気を纏う。

「地よ、仲間の腕を繋げ、アースリカバリー」

 見ると荒野の地面がアトゼクスの腕を飲み込むとアトゼクスの失われたはずの腕が生えてきた。

「地よ、檻よ、我が敵を捕らえよ、アースケージ」

 呪文とともに地面が揺れ咄嗟に逃げると、今いた場所に地面から作られた檻が生まれる。
 早い、それに精密だ。
 天才少女と言うのはあながち嘘では無いんだろう。

「ルリーラとアルシェはアトゼクスを頼む他のみんなでオレイカを倒すぞ」

 そう宣言したのはいいがアトゼクスの姿がどこかに消えていた。
 また消えた……。制御と攻撃を同時にこなしてるのか?

「地よ、棘よ、我が敵を穿て、アーススパイク」

 考えている最中にも地面から生える棘は俺達を狙い迫ってくる。
 一瞬の動揺まで読んでの連続魔法に後手に回ってしまう。
 それにやっぱり魔力量は多いか、あの精度と量を連続となると流石に厄介だ。
 それにアトゼクスの姿も隠されたままだ。

「サレッドクイン参る」

 身体強化をかけたサラは一足飛びでオレイカに迫る。
 攻撃が入る寸前でアトゼクスの腕だけが現れる。
 関係なくアトゼクスごと両断しようとしたが、サラの居合は無念にも半分ほどで動きが止まってしまう。

「ちっ」

 切れないと判断し、すぐにこちらに戻ってくる。

「行くよ、アトゼクス」

 アトゼクスは音も呪文もなく俺達の前に現る。
 この人形が厄介だ。何もない所から一瞬で現れたり消えたりするせいで攻め切れない。
 無視できればいいが、無視できるほど弱くない。

「今度こそ!」

 叫ぶルリーラはサラよりも早くアトゼクスに近づき拳を振りぬく。
 しかしすでにそこにアトゼクスの姿はなくなっていた。

「見つけた!」

「なっ!?」

 何が起こっているのかわからないがルリーラは空を掴みオレイカはそれに驚いている。
 そしてそれが何故かはすぐわかった。
 ルリーラの手からアトゼクスは姿を現す。
 大きさが変わっていたのか? それも目に見えないほどに小さくなっていた。
 大きさのインパクトに惑わされていたのか。

「これで終わりだ」

 すでに構えていたルリーラの一撃に巨大なアトゼクスは遠くへと飛んでいく。

「クォルテあのデカいのは任せて」

「任せた」

 種がわかればルリーラ以外に相手はできないのがわかる。
 おそらく俺達には見つけられないサイズだ。

「ルリーラ、ネアンを持って行け、魔力は溜めてあるから細切れにしてやれ」

「いい加減手が痛かったんだよね」

 笑いながら手を振るルリーラの拳は赤くなっていた。
 サラでも切れなかったところを見ると鉄よりも硬い何かか魔法で強化されているのだろう。

「すぐに倒してくるから」

「あんた達何者?」

「アリルド国の現王クォルテ・ロックス。それとその仲間だ」

「そう、王様なの」

「だから話を聞いてくれるか?」

 幾分か理性的になったオレイカに声をかける。
 聞く気は結局ないのか落ち着いた先の熱を失った冷たい目でこちらを見据える。

「地よ、人形よ、その身に命を宿し、我が傀儡となれ、アースパペット」

 地面から数えたくなくなるほどの土の人形が生まれる。

「地よ、武具よ、我が傀儡の道具となれ、アースアームパーティー」

 続けた連続魔法でそれぞれの人形が武器を持つ。
 物量で押す作戦に出たらしく、勝っていた部分をすぐに補った。

「行け」

「残念ながら、こちとら水魔法が使えるんだよ」

 魔力をただ水に変える魔法を発動する。
 流されると思っていた人形は流されずにその場でたたずんでいる。

「なんで?」

 その答えはすぐにわかった、黒光りする人形の表面は鉄か。
 人形を土ではなく鉄で覆い自ら守る。

「アルシェ、ライトランスだ」

「承知しました」

「炎よ、槍よ、無数の槍よ、我が宿敵を討て、フレイムランスパーティー」
「水よ、槍よ、無数の槍よ、我が宿敵を討て、ウォーターランスパーティー」

 二人同時の詠唱を開始する。

「ライトランス」

 輝く槍は全ての人形とオレイカ自体を目掛け放たれる。
 そして全ての槍は人形に当たり破壊される。

「嘘つきのくせにやるね」

「嘘つきって何のことだよ」

「アリルドの王はシェルノキュリ連合国でも最強のアリルド・グシャのはずだ!」

 こいつアリルドの事知っているのか。

「あの人が負けるはずはない!」

 こいつは俺達が自分の信じる存在を負かしたと嘘を吐いていると思っているのか。
 それを認めたくなく嘘を暴こうとしている。
 そういうことなら話は早い。

「なら、なおのことこれを見ろ。そのアリルドからの手紙だ」

 俺は封がされている側を見せる。
 アリルドの名前と世間で知られていないシェルノキュリ連合国の印。

「アリルドさんの文字!」

 急に耳が立ち上がり尻尾が左右に動き出す。
 本当に犬っぽいよなこいつ。
 俺から手紙を奪い取ると無防備に背中をこっちに向ける。

「アトゼクス!」

「結局やるのか?」

 またしても急に現れたアトゼクスはボロボロだった、片手と片足を失い体の所々にも傷を負っていた。

「またでっかいのが居なくなったんだけど」

 困惑した様子でルリーラが返ってきた。

「もう終わったらしいぞ」

「そうなの結構楽しかったよ」

「そりゃあよかった」

「本当にごめんなさい」

 手紙を読み終わったのかオレイカはこっちに向かって頭を下げる。
 本当に反省しているのは完全に伏せてしまっている耳と尻尾からはっきりと伝わってきた。

「まさか、本当にアリルドさんを倒した人がいるなんてしらなくて」

 急にしおらしくなったオレイカはアトゼクスの修復を終わり俺達の馬車に乗っている。
 なんでもここから少し離れたところに入口があるらしい。

「手紙を渡すだけだから中に入らなくてもよかったんだけどな」

「いえいえ、アリルドさんからも街を案内するようにってかかれてたから」

 ここまで柔順になられるとちょっと困るが、さっきまでよりは断然やりやすい。

「ねえねえ尻尾触ってもいい?」

「いいよ、ずっとあそこにいたから汚れてるけど」

「なら手入れする」

 ルリーラの失礼ともとれる言動をオレイカは快諾する。

「もふもふだ、もふもふ」

「アリルドは国から嫌われていたのか?」

「半分くらいからかな?」

 半々ね、なんとなく経緯がわかってきた気がするな。
 貴族の子息が家を出るのはそういうことだろう。

「強さを求める機械を作る人達と、生活を豊かにするための人達がいるから」

「やっぱりそういう感じか」

 それならグシャの一族は後者に属していたってことだろうな。
 それで家を飛び出して今の地位ってことか。

「オレイカ私も触ってもいい?」

 尻尾のモフモフを楽しむためにフィルまで参戦することになった。

「どうぞ」

「悪いな、無遠慮な連中で」

「話も聞かないで暴走したのはあたしだから」

 こうやって話を聞いていると、最初の時の方が素だったらしいな。ただ暴走してあそこまで人の話を聞かなかっただけで。

「着いたよ」

 その声に馬車を止める。

「ここから入るの」

 そう言って魔力を流すと荒野から扉がせり出してくる。
 凄い仕掛けだ。

「どうぞ、機械の国シェルノキュリ連合国へ」

 俺達は幻と言われる機械の国へ入国することになった。



「結構急だから気をつけてね」

 持ち上げた扉の下にあったのは石造りの階段。
 階段を数段降りるとすぐに広い空間があった。
 踊り場と言えるほどに広く平らな場所の先にはまだ下に続く階段が続いている。

「そこで止まってて」

 そう言われ七人全員がその踊り場に集まるが、ふとここが落とし穴で俺達は誘い込まれたんじゃないだろうか。とそんな風に考えてしまう。
 嫌な想像に駆られていると鉄の扉が閉まる大きな音が響き体が反応してしまう。
 闇の空間が俺達を包み余計に不安が膨らんでいく。

「暗いですね、灯り点けましょうか?」

「大丈夫、必要ないし」

 薄っすらとオレイカの気配を追うとどうやら壁沿いを歩いているようだ。

「あった」

 魔力の反応がした瞬間に俺の不安は吹き飛んだ。
 足元を照らす様に魔力が走り道標の様に光り輝く。
 俺達は言葉を失った。
 魔力の輝きが一本の線となり暗闇を照らす。
 アインズでの妖精の輝きも自由で素晴らしいがこの規則正しく光る輝きも素晴らしい。

「これって、妖精か?」

「妖精じゃなくて純粋な魔力。溜めている魔力にこのボタンから魔力を流して刺激を与えて起動させてる」

「そういう使い方もあるんだな」

 この装置を人体に見立てているのか。
 最初の魔力で魔力に流れを与えて使用する。

「このくらいで驚いてたら街についたらショック死するね」

 誇らしげに宣言しながらオレイカは階段を下りていく。
 俺達も続いて下りていく。

「ねえオレイカのその耳と尻尾は本物?」

「ルリーラ少しは遠慮しろよ」

「いいよ別に隠すことじゃないし」

 そうやって笑える辺り本当に別に気にする必要はないみたいだ。

「そういえば神様達もそんな感じでしたね」

「そうだね、そこから着想したから」

「それは魔力が多くてっていうわけじゃないんですか?」

「そうだよ、これは狼の耳と尻尾」

 ピコピコと動かしながら俺達の質問に答える。

「セルクといっ――」

 何か不穏なことを言いかけたセルクの口をフィルが塞ぐ。

「どうかしたの?」

「いや、それでその耳と尻尾のことだが」

 こっちの質問で疑問を断ち切る。
 子供の言ったことと流してくれるらしいオレイカは話を続ける。

「これはそうだな一言で言えば強くなるための装備って感じかな」

「どういう意味だ?」

「神様達が強いのってあの人と違う部分なんじゃないかと思ってね」

「強いからああいうのが必要なんだろ?」

 あれは溢れた魔力を必要以上に溢れさせないためにあるものだ。火の神はそう言う風に言っていた。

「そう、神々の馬鹿げた力の根源はその魔力保管庫なんだよ!」

 急にオレイカは顔を近づける。
 改めて見ると綺麗な顔をしている。
 幼さから生まれる活発さに色素の薄い儚さが混在している絵画に似た容姿に思わず照れてしまう。
 しかしオレイカはそんなことは気に留めずに話を続けていく。

「神々が強い理由はそれこそ色々あるだろうけど、人外の姿をその身に宿しているゆえの魔力量にあると思うんだ!」

 そんな絵画の様な少女の言葉はどんどん熱が籠っていく。

「それを補うのがこの耳と尻尾なんだよ! 精霊結晶を使って魔力の蓄積をしていつでも使えるようにする」

「その使い方は考えてなかったな」

 なるほど魔力切れで起こる不利を無くすことは確かに重要だ。
 前に魔力が切れた時は大変だった。動くのにしばらくかかる上に魔力の補充をしないとどうしようもなくなってしまう。
 平時に魔力を精霊結晶に溜めておいて戦闘時にその魔力を使う。

「それならこんな風にアクセサリーじゃダメなのか?」

 自分の持っている指輪を見せる。
 ネアンの精霊結晶から作った物だ質も問題はない。

「戦闘では見た目の有利もあるんだよ」

「なるほどな」

 俺達が考えたように色素の薄さに合わせて動物の装飾をすることで、神と同等の魔力を持っていると相手を威嚇するのか。

「聞けば聞くほど考えられているな」

「そりゃああたしは天才だから」

 決して小さくはない胸を張りながら天才を誇る姿が少しだけルリーラと重なる。

「クォルテ」

 盛り上がってきた時にルリーラに服を引かれる。

「どうし、た……」

 振り向くと不機嫌そうにこちらを見る十二の瞳が俺を見ていた。

「えっとごめん」

「わかればいい」

 確かにみんなにはつまらない話だろうな。

「兄さんはこういうタイプが好みなんでしょうか?」

 空気に亀裂が入った幻聴が聞こえた気がした。
 不機嫌そうな瞳は答えを急かすような目に変わる。
 つまらないではなくしっとからの目だったらしい。

「王様はあたしが好きなのか?」

 空気が固まる。
 何の悪意もない純粋な疑問を告げるオレイカ、俺に好意を寄せている五人の視線はより強くなる。

「えっと」

「あたしはいいぞ、理論ばかり追っているから恋愛ってのには興味がある」

 その発言に全員が俺とオレイカの間に割って入ってくる。
 顔は見えないがおそらく睨んでいるんだろうな。
 全員が背中を向けているってことは俺に見せられないほどの顔をしていることだろう。

「ルリーラでいいんだよね」

「なに?」

 棘のある鋭い言葉をものともせずに言葉を続ける。

「アトゼクスはどうだった?」

「えっ?」

 予想外の言葉を投げられたルリーラは間の抜けた声を発した。

「強かった?」

「うん。凄い強くて楽しかったよ」

「でもルリーラに負けちゃったんだよな」

「動きが単調だったし」

「そこが課題なの、硬さとか力とかは?」

「凄く強かった、手が痛いし」

「そうなると性能としては悪くないのか、やっぱり動きか」

 矢継ぎ早の質問にルリーラが押されてしまう。
 そして勢いに負け、棘が抜けルリーラの対応は柔らかくなる。

「ご主人、この人って」

「天才と馬鹿は紙一重って言うしな」

 通りで俺と話が合うはずだ。
 研究だけを目的にして生きている。
 俺がルリーラと出会わなければこうなったであろう俺のもう一つの可能性なんだ。

「あっと、そっちは駄目だよ」

 階段が二手に分かれておりオレイカが進んだ方向が気になり、そっちを見に行こうとするとオレイカが慌てて止めに入った。
 こういう風に止められると、この階段の先に何があるのか気になってしまう。

「こっちはもしかして城とかがあるのか?」

「ないよ、そっちはグシャの一族がいる方向だから。ガルベリウスがいるのはこっちの方」

 なるほど。それで止められたのか。
 こっちがアリルドが生まれた街か。

「本当に仲が悪いんだな」

「水と油?」

 戦闘と生活に特化した研究を続ける両者の溝は深そうだ。
 そうでないとこうまでして二分にはしないだろう。

「本当にその通りだね。着いたよ、ここがあたしたちの街ガルベリウス」

「すげえ」

 きっと俺はとてつもなく間抜けな顔をしていることだろう。
 それほどに圧倒される光景だった。
 石や木ではない鉄の家、街灯には階段の明かりに使われている物が使用されているらしく火よりも煌々と輝いている。
 アリルド国と同じようにここから中心部に向かい建物が高くなり真ん中には一際巨大な建造物。

 そしてこの街を覆うように煙が立ち上る。
 街には笑い声や言い合う声、それに金属同士をぶつける高い音に聞きなれない蒸気のような音まで聞こえる。
 他の国家とは全然違う職人の街といった様子だった。

「ここが、機械の国ですか」

 ミールまでが口を開けたまま周りを見渡している。
 全員が全員初めての光景に心を奪われてしまう。

「そこまで驚いてくれると嬉しいね」

「すまない、本当に圧倒的で驚いてた」

 そう言いながらも俺は未だに周りを見渡している。
 魔法で結合しているのか継ぎ目のない家、この石の道もどうやっているのか凹凸がないほどに平らだ。
 アリルド国の石畳を思い出す、歩きにくく馬車も走りにくい石畳はアリルドがここから得た知識で作ったのか。

「おうオレイカなんだその後ろの連中は」

 野太い声が聞こえ、そちらを見る。

「なんだこれ」

 そこに居たのは大型の鉄の塊に乗った男性だった。
 腕と足だと思われる鉄の塊は、人形と言うには余りに異形で頭のある位置に人が収まっている。
 さらに驚くべきはその鉄の塊が持っているのは大量の資源だった、鉄や石などの重量のあるものを中心に持ち上げていた。

「アリルドさんに勝った、現アリルド国の王様ご一行方だよ」

「そうなのか、お前達は強いんだな。まあゆっくりしていってくれ」

 そう言うと鉄の塊は路地へ入っていく。

「今のは?」

「今のは運搬用の機械だね、魔力で歯車を動かしてあの手足を動かしてるの」

「あれが機械」

 話を聞くだけなら城門などに使われる当たり前の技術だ。
 それであんなのを作れるのか。
 自分にはない画期的な知識がこの国には溢れている。

「あれも括りはアトゼクスと同じで機械人形だよ」

「ならあれも強いの?」

「あれは運搬用だから、強いのが見たい?」

「見たい!」

 ルリーラの一言で俺達が向かったのは闘技場のような場所だった。

「闘技場のようだが?」

 火の国の総帥の娘としてはやはり気になるようで質問をする。

「火の国には行ったことあるの?」

「火の国の総帥が私の父だ」

「なるほどね。でもちょっと違うよここは強さを決めるための場所じゃなくてどれくらい動けるかの場所でもあるから、闘技場というよりも実験場かな」

 中に入り客席の様な場所に向かう。
 闘技場と変わらない雰囲気だが中央の舞台には一体の機械人形と一人の人間がいた。

「あれは試運転だね」

「動いてないけど?」

 フィルが首をかしげる。
 確かにさっきから一歩も動いていない。

「失敗かな、魔力が全然流れてないし」

「そうですね、それと少し危ないですね」

 アルシェが不安を口にする、俺達にはわからない何かが二人には見えているようだ。

「へえ、流石プリズマだ。魔力感知はお手の物だね」

「それよりも止めなくていいのですか?」

「この規模なら平気、死なない」

「死なないって何があるんだよ」

 不穏な言葉に思わず話に割って入る。

「あのままだと爆発します」

 アルシェの言葉に俺は慌ててしまう。

「おい、いいのか止めなくて」

「だから平気。死なないし、治療も問題ない」

「冷たいんだな」

 爆発するのをただ見ているだけのオレイカにそう言い放つ。

「失敗は身に刻め。それがこの国の理念だよ。失敗がなぜ起きたのか、教えられることはいつか脳から離れいつか大惨事を起こす。それならその失敗が起こるとどういうことになるのかを身をもって知っておくべき」

 後の大惨事よりも今の些事の方がましってことか。
 わからなくはないがやっぱり見ていたい気分じゃないよな。

「そろそろ行こう」

「そうだね、失敗を見ていてもいい気分じゃないのは確かだ」

 俺達が闘技場を出ると爆発音が聞こえた。
 皆が一様に後ろを振り返る。

「言っておくけど、中の人間はカプセルっていう鉄の防護壁の中にいるからあの程度なら無傷だよ」

「先に言えよ、それ……」

 終始オレイカに主導権を握られたまま街の探索は続く。



「後は見て回りたいところある?」

 闘技場での出来事を消化できていない俺は考えられないので、後ろにいる全員に目を向ける。
 それを受けミールが手を挙げる。

「私は機械を作っているところが見たいです」

「じゃあ、家の工房を見せてあげよう」

 そう言って真直ぐ進みながらオレイカの話題になる。

「オレイカは何を作っているんだ?」

「この耳と尻尾」

「それは知ってる、他の機械だよ」

「他の物ね……」

 オレイカはしばらく考え始める。
 もしかしてそんなに種類は作っていないのか?
 話を聞いた限り耳と尻尾に心血を注いでいるってことか。
 そう納得しかけるとオレイカにはとんでもない発言をした。

「あの城みたいな工場と機械人形の手足、それを応用して魔力で走る新しい車かな」

「そうか」

 結構多岐に亘って仕事をしていた、建築に部品製造それに開発。
 それだけでも凄いがこの街で一番大きな工場の建設……。
 天才という自称は何も間違っていないようだった。

「これから向かうのはあの作業場、散らかってるから無暗に触らないようにねセルクちゃん」

「はい」

 セルクはサラの背中で元気に返事をする。

「魔力で走る車って機械馬の事じゃないのか?」

 手綱から魔力を流して走らせる機械馬がそれにあたるんじゃないか?

「それはそれで馬車を操舵する技術が必要でしょ?」

「まあな」

 動くのはあくまで馬だ。つまり機械馬も馬と似せて作らせているから馬を操る技術は必要だ。

「そうじゃなくて魔力があれば自由に動ける車を作ってるの」

 どうもいまいちピンとこない。
 伝わっていないことは向こうにも伝わったらしいが、オレイカ自身も構想だけしかできていないらしく頭を悩ませている。

「それはやっぱり工房についてから説明するよ、試作品とかあるし」

 新しいことの説明はやはり難しいらしくひとまず話は終了となった。

「そこにいるのはもしかしてルリーラじゃないのか?」

 オレイカの工房に向かう途中にまた声をかけられた。
 しかもオレイカにではなくルリーラにかけられている。

「本当に小さいんだな」

 知ってるのかとルリーラを見るが首を横に振った。
 当然しらないか。俺が知らないのにルリーラが知っているという状況がまず特殊だしな。

「そっちの人はもしかしてクォルテ・ロックスさんかい?」

「そうですけど」

 俺の事も知っているらしいが俺には見覚えが一切ない。
 長身で体もデカい、暗めの茶色髪を全て後ろに流してい。そして清々しいほどに整った顔つき、こんな目立つ外見の人間を忘れはしないよな。

「すまないがどこかで会ったか?」

 いくら考えても出てこないため仕方なく直接聞いてみることにした。
 すると男性は思い出したように頷いて自己紹介をしてくれた。

「俺はゲイル・モルガナ。安心してくれ俺とは初対面だ」

「それじゃあなんで俺の名前だけじゃなくルリーラの名前まで」

「ウォルクスハルクの武道大会で、試合を見させてもらった」

「そういうことか」

 仮にもルリーラはその大会の優勝者、俺は大会前のエキシビジョン。
 名前も紹介されているし俺達を知っていて、俺達が知らないのもうなずける。

「そっちの女性はもしかしてサレッドクイン・ヴィルクードさんかい?」

「ああそうだ」

 気づいてもらえたことが嬉しかったのか顔を横に向けぶっきらぼうな態度をとる。

「残念だったな。落ち込むなよあの時はこの二人が強かっただけだ、次に戦って負けると決まっているわけじゃないんだからな」

「あっ、ありがとうございます」

 サラは不意な言葉に戸惑いながらも丁寧に頭を下げる。
 ただ残念だったなや惜しかったなんてそんな慰めではなく次は負けないように頑張れという確かな応援に、サラの口元がわずかに緩んだ気がした。

「それであんたらが何の用なんだ?」

「観光客だよ」

「今週はお前の番だったが負けたのか?」

「負けた……」

「そうか負けたか、その耳と尻尾もまだまだだな」

「ちがっ、違うし! こいつらが強かっただけだもん」

 もん? 妙に子供っぽい言葉に頬が仄かな朱色に変わる。
 どこか色っぽい雰囲気を感じるし、そういう関係なんだろうか。

「それにまだ改良中だから、そんな状態でアリルドさんに勝った人に勝てるわけないじゃん!」

「アリルドさんに勝ったのか、二人とも?」

 二人の会話をほのぼのと見つめていると、急に肩を掴まれてしまい咄嗟に頷く。

「そうなのか、強いとは思っていたがそれほどとは知らなかったぞ」

「一人で勝ったわけじゃないんで」

 肩を掴む力が強く話してもらえるようにそんなことを言うが、まるでそんなのは関係ないとより力が強くなる。

「何人で勝ったんだ?」

「三人」

「一人はルリーラだろ? もう一人はサレッドクインさんか?」

「僕じゃない、そっちの色素の薄い女の子」

「君か、名前は?」

「アルシェです」

「アルシェも凄いのか!」

 嬉しそうに大声で笑い俺達三人をあっという間にまとめ抱きしめ始める。
 苦しい。
 そう思っているのは俺だけじゃないらしくルリーラとアルシェも迷惑そうな顔をしている。

「ダメっ!」

 そう言って俺達の元に最も小さいセルクが寄ってくる。

「パパたちが困ってるよ」

「パパ?」

 ゲイルは俺達を全員見渡して納得する。

「クォルテさんとルリーラは結婚していたのか」

「してないからな」

「子供は良い物だ。俺もいつか欲しいものだ」

 そういうゲイルを熱い視線でオレイカが見つめている。
 これは片思いって奴だろうな、確かにゲイルは好青年みたいだし。

「その内ゲイルにもできると思うぞ」

「一児の父親としての予言か?」

「セルクは預かってる子供だ、それにこの年の子供がいるように見えるか?」

 そう言うと改めて俺の顔をじっくりと見てルリーラの顔もまじまじと見つめる。

「見えないな」

「もうゲイルはいい加減にして! これからみんなを工房に連れて行くんだから」

 ルリーラとの距離が近いのが嫌だったのか、オレイカはゲイルを無理矢理に女性陣から遠ざける。

「そうだな、それじゃあ今日の夜は難しいな、明日の夜は久しぶりにオレイカの工房に顔出しに行く」

「へっ?」

「その時に改めて話そうな」

 爽やかな笑顔でそのまま立ち去るゲイルの姿をオレイカはずっと見つめていた。
 そして見つめて数分未だに呆然としているオレイカに声をかける。

「そろそろ行かないか?」

「ひゃいっ!」

 どれだけ自分の世界に潜り込んでいたのか声をかけただけで耳と尻尾が直立してしまった。

「それでオレイカはゲイルが好きなのか?」

 それが事実なら明日は適当な理由を付けて二人きりにさせようと思い、何となく聞いてみた。

「にゃっ!? にゃんで、いやなんで知ってるの? 魔法? それとも読心術?」

「今の見れば誰でもわかると思うよ」

 ルリーラの言葉にみんなが頷いてオレイカの顔はみるみる真っ赤に染まる。

「本当に?」

 顔どころか全身が真っ赤に染まったオレイカは可哀想なほどにテンパっている。
 手をわたわたと振ってみたり顔に触れてみたりととにかく落ち着きがない。

「まあ俺達は何かを言ったりはしないから安心しろ」

「もちろんです。なので恋する乙女として同士を応援させて下さい!」

 急にアルシェが大声を上げてオレイカの手を握る。
 何かがアルシェの琴線に触れたらしい。その目には火の魔法使いらしく炎が宿っているような気もする。

「恋愛事なら応援するしかないよ!」

 間延びした声でフィルが更に手を重ねる。

「そうですね、あの男にあなたがお似合いだと思います!」

 なぜかミールまでもが乗り気になったようで更に手を重ねる。
 そんな光景を見ながら残りのメンバーを見るがルリーラ、サラ、セルクはその光景をただ眺めるだけだ。

「あっちは盛り上がってるけどいいのか?」

「他人の恋愛はあんまり興味ないかな」

「僕も他人の恋愛に手を貸している暇もないし」

 セルクはわからないといった顔だが他の二人は中々にドライだな。

「クォルテさん、早く行きますよ! これから至急オレイカさんの工房に向かいますので!」

「何があったんだ?」

「話すのは後です、急いでください」

 俺の手をアルシェの白く細い手が掴む。

「すまんが事情が読めないんだが」

 何がどうなればアルシェがこんなに力強く俺の手を引くのか教えてもらいたい。

「あたし達乙女の恋愛応援し隊はこれから重要な使命があるんだよ、ご主人!」

 ものすごく張り切る二人にミールまでもがテンションを高めているようだ。

「是が否にもあの女にはあの男と結婚してもらわないと」

 ミールだけは何か別の目的がありそうな気はする。
 それにしても乙女の恋愛応援し隊ってどんなネーミングなんだろう。
 なんの捻りもない名前に寧ろ笑いがこみあげてくる。

「さあさあ急いで」

 急かされながら俺達は街の観光もそこそこに城の前に立っている。
 機械の国らしいのか鉄でできて城、アトゼクスでも通れそうな巨大な門にたどり着く。

「お疲れ様です」

 敬礼をする門番を無視してオレイカは門に近づき魔力を流し込むと、大きな音を立て門が開く。
 門を超え再び閉まると門を囲む掘りに橋が架かる。

「オレイカさんの工房はどれ?」

「あっち」

 そう言うとものすごい速度で工房に向かう。
 城の中にある少し小さめな建物が建っておりオレイカはその小さな建物に指を指す。
 窓から中をのぞくとただの物置といった状態に乙女の恋愛応援し隊の面々が首をかしげる。

「散らかってませんよ」

「違う、ここは入口」

 そして部屋の中央に手を置くと部屋に魔力が流れ込む、そして外の扉と同じ方法で地下への入り口が開く。

「この下だよ」

 何があるのかと天才を自称するオレイカ・ガルベリウスの工房に足を踏み入れることになった。



「凄いなこれは……」

 オレイカの工房の扉が開き俺の口から言葉が零れ落ちる。
 他のみんなも同じらしく驚きの余りに呆然としている。
 もちろんそれは中にもの凄い作品があるとか、部屋が奇抜だというわけではない。

 工房が理路整然としているはずはないと思ってはいたが、試作品や失敗作などが転がっているのは当然だと思っていたがここまでは想像していなかった。
 もはや材料なのか試作品なのか失敗作なのかはたまた完成品なのか、よくわからない鉄の山が部屋の至る所に出来上がっている。
 しかしまだこのくらいなら工房だから仕方ないよなと納得もできていたかもしれない。
 残念ながらそれらだけではなく生活感の溢れる食べ終わった食器類に脱ぎ散らかした衣類などが鉄の山に混ざっている。
 要は足の踏み場が無くなるほどに汚いということだ。

「この惨状を何とかしたいので手伝ってください」

 オレイカが深く頭を下げるが俺にはどうしていいのかわからない。

「任せてください! 家事ができる奴隷の底力見せてあげましょう」

「重い物は私が運ぶから」

「洗物なら私に任せてくださいどんな汚れでも綺麗にしてあげます」

 三人は力強くこの自堕落が生んだ魔境へと足を踏み入れる。

「みんなありがとう」

 とても感動している様子のオレイカは瞳をうるうると涙を浮かべていた。
 とても感動的だ、うん……、正直ついていけないけど……。

「パパこれから何するの?」

「この部屋を綺麗にするのかな」

「セルクもお手伝いするね」

「邪魔しちゃいけないからパパ達とお散歩に行こうか」

 魔境に踏み込もうとする元闇の神を連れ、俺達四人は工房の外に出ることにした。

「下着とそれ以外は分けてください汚れの種類が違うので」

「この機械は捨てていいの?」

「うん、捨てていいよ」

「オレイカさん着ているものを脱いでくださいそれも汚れているので」

「へ? 裸になるの?」

「クォルテさんもいなくなりましたので」

「でも」

「いいから脱ぐ」

「いやああ!」

「このスタイルならゲイルさんにアプローチもできますね」

 なんと言うか俺が聞いてはいけない内容な気がする。

「クォルテ顔が赤い」

「自覚してる」

 なんか妙に生々しくて恥ずかしさがこみあげてくる。

「さっさと行こうぜ」

 セルクの手を引きながら街に戻る。
 散歩と言いながらもどこに行くべきかを悩んでしまう。
 なにせ事前の知識が一切ない状況での観光は初めてだ。

「まず何か食べない?」

「そうだな、食事処についたら店員に何か聞いてみよう。セルクは何が食べたい?」

「お肉!」

「わかった、じゃあ肉屋を探そう」

 しかし店を探しは難航してしまう。
 見慣れない街並みに知り合いもいない。まして機械の国には工房や工具屋はあっても飯屋が少ない。

 その辺の人に聞いても「食事処? 材料はそこの店にあるから好きに作ればいいだろ」「飯は自分で作るもんだ」「店なんてこっちにはないぞ」と衝撃的な事実を聞いて俺達は落胆した。
 店がないのか? 材料はあるのに?
 そう言えばオレイカの部屋にも出前って感じの物は落ちてなかったな。

「旦那様、こっちには無いですと言われてしまった」

「そうなるよなやっぱり」

「どうしたの?」

「食事処があるのは、こっちじゃなくてもう一つの街にあるんだよ」

 こっちには、つまりガルベリウスにはないがグシャにはあると言っているのだろう。

「行ったらダメなの?」

「それがわからないから悩んでるんだよ」

 水と油と評していたことを考えるとあまり街の行き来は簡単ではない気がするんだよな。
 一度出たら戻れないとか言われないかが心配だ。そうなった場合連絡も取れなくなってしまう。

「ダメもとで行ってみるか」

 俺達は階段を上り分かれ道を反対方向に進む。
 検閲などがされているわけでもなく拍子抜けするほどのあっさりと反対の街首都グシャにたどり着いてしまった。

「ただの住んでる者同士の諍いらしいな」

「パパお腹空いた、お肉食べたい」

「今度はすぐに見つかるって」

 そしてその予想通りに近くの女性に話を聞くと、簡単に肉料理を出してくれる店を教えてくれた。
 そこで十分に腹を満たし店を出る。

「可もなく不可もなくでした」

「アルシェの料理の方がおいしい」

「アルシェママの方がいい」

「アルシェは俺達の好きな味を知ってるからな」

 味がそこそこの店を後にして折角だからとグシャの方も探索することにした。
 ガルベリウスとは違い落ち着いている気がする。
 もちろん工房とかから音は漏れてくるし言い合いも聞こえるのにどこか落ち着いている。
 宿命と思い機械を作るガルベリウスと、仕事として割り切っているグシャの違いだろうか。
 どこか平穏さが見て取れる街の中、研究に没頭していた俺だからかこっちよりもガルベリウスのほうがいいな。

「どうだどこか見たいか?」

「別に見たくないかな」

「僕も大して興味ない」

「セルク眠いの……」

 誰も見学をしようとしないため、俺達はセルクを背負いながら元来た道を戻る。
 どうも俺達にはこういう雰囲気の街は合わないみたいだな。
 あくまで最初の印象だけだけど。

「一旦オレイカの所まで戻るか」

「そうだね」

「片付いているでしょうか」

「あの惨状じゃな」

 あの散らかりようは流石に酷すぎる。
 正直片付いているとは思えないよな。
 そう思いながら工房に向かった。

「ご主人おかえり」

 工房の前で鉄の塊を抱えるフィルと出会った。
 前が見えないほどに担ぎ上げているのになぜ俺だとわかったのか疑問を覚えるがそんなことはどうでも良かった。

「手伝おうか?」

「じゃあ、そこの扉開けてくれる?」

 言われるままに扉を開けるとすぐに落とし穴の様な物が部屋の中にあった。
 地面から大きな呻き声の様な風の音が聞こえてくる。

「この穴って一体なんだ?」

「その前にちょっと退いてくれる?」

「そうだったな」

 どうするのかはわかりはするがこの穴が何なのかはわからない。
 予想通り大量の鉄の塊はその穴に放り投げられる。

「ふぅ」

 放り投げたフィルの姿はおおよそ乙女とは呼べないほどにワイルドな姿だった。
 上半身を覆うのは腕を出しているシャツだけ、そのシャツも汗を吸い込み地肌や下着の色が浮き出ている。
 そんな服装で一度汗を手で拭いながら再び工房に向かうフィルに声をかける。

「この穴って何なんだよ」

「鉄を再利用するための施設らしいよ、確か下にスクラップ工場ってのがあるんだって」

「なるほど」

 再利用の施設があるのか、そうかそれを使って不要になった鉄をまた加工前の鉄と同じようにするつもりなのか。

「それで工房は片付いたのか?」

「大方は片付いたよ、鉄の塊だけはあたしが運ばないといけないから時間がかかってるけど」

 そうか、色素の薄い二人と研究者のミールだと力仕事はまず無理だし仕方ないか。

「それなら私が手伝ってあげるよ」

 ルリーラが手を挙げているうちに工房の前にたどり着くが、フィルの姿と先ほど出て行くときの会話を思い出す。

「中のみんな一応は服着てるよな?」

「みんなこの格好」

 それはそれで俺の目のやり場も困るな。

「俺はここで待ってるよ」

「ご主人もしかしてみんなこの格好って聞いてドキドキしてるの?」

 フィルがそれに気づいてわざとらしく胸を強調しながら俺に近づいてくる。

「それもあるがフィル達だけならそんなに気にしないさ、家族だしな」

「そういうことね」

 得心がいったと離れるフィルは少しだけ考える。

「じゃあちょっと待っててね、オレイカに服着せるから」

 そのまま中に入っていく。

「オレイカのは照れるの?」

 少しだけルリーラは不機嫌そうにこちらを睨む。

「オレイカの気持ちを慮ってるんだよ。好きな男以外にああいう姿は見られたくないだろ?」

「うん、そうだね」

 ルリーラもそう言っていたこともあるし、納得してくれているようですんなりと離れてくれた。

「ご主人もういいよ」

 そう言われ扉を開けると中は想像以上に片付いていた。
 鉄の山はほぼ片付き、食器や衣類も綺麗にまとめられている。
 まだ少し埃っぽいが最初の時よりも部屋が広く感じられる。

「クォルテさんよかったです、これからは人手が一人でも欲しかったんですよ」

 フィル同様にシャツ一枚のアルシェの破壊力は相変わらずすさまじい。
 長い髪を後ろで結び色素の薄い肌は熱気のせいかほんのりと桜色に染まり、下着をつけているにも関わらずむしろいつもよりも色っぽく見える。
 必要以上に大きな純白の丘は汗を吸ったシャツにより綺麗に浮き出て、裸よりも体のラインが浮き彫りになりいつもより淫靡さを増している。

「兄さん、アルシェ先輩を見すぎだと思います」

 ミールはミールでいけないものを見ている気がする。
 張り付き透けているシャツからは旅のせいでできた日焼け跡が幼さを強調している。
 見えている部分は小麦色でいつも隠れている部分は火に焼けていないため白い。
 その二色が見てはいけないものを見ていると錯覚してしまう。

「クォルテ手伝ってくれてありがとう」

 オレイカを見て少し安心する。
 流石はフィルで、暗めのシャツを上に来ているおかげでスタイルがいいのはわかるがアルシェやフィルの様な淫らな印象は受けない。

「どうせやることもないし、案内してくれる人もいないしな」

「これが終わったらまた案内してあげる」

「それよりも何か作ってみてくれよ、作業工程を見てみたい」

「私も見たい」

 俺の言葉にルリーラが声を被せると他のみんなも手を挙げる。

「わかったよ、簡単な奴だけど作ってあげる」

 そうと決まれば急いで作らないといけないな」
 俺達は気合いを入れて片づけを開始した。
 それから一時間ほどで片づけは完了した。



 工房の片づけが完了した後、改めてオレイカは俺達に機械づくりを見せてくれる。

「……」

 真剣な面持ちで鉄に魔力を流し込み造形を作っていく。
 地の魔法は土や金属を加工できるため鍛冶のように炉を使っての加工は行わない。
 作成の前に話を聞いた限りだと炉を使わないだけで数種類の鉄を使い硬さや付与できる魔力量などを調整しているらしい。

「凄いですね」

 製作を見たいと言っていたミールが、じっとオレイカの姿を見つめながら言葉を漏らす。

「ああ、目が離せないというか見入ってしまうな」

 魔力の淡い黄色い光に硬さを感じさせない作成。この作業工程が芸術の様で目が釘付けになってしまう。
 鉄でも土でも同様に粘土の様に造形を作り性質が違うはずの金属同士が元から一つであったように混ざり合う。
 オレイカには何が見えているのか形を見ては修正し、たまに槌で作品を叩き音を確認する。
 その音が気に入らなければさらに他の金属を混ぜ再確認。
 作っているのは機械人形の腕のようだ。

「これが機械作りなんですね」

 腕の形をした鉄を眺め満足したのか一度作業台に置き大きく息を吐く。

「とりあえず試作品完成」

「何ができたんですか?」

「人間用の腕かな」

「人間用?」

 機械人形の腕じゃないのか?

「アルシェ、これに手を入れて奥に掴むための棒があるからそれを掴んで魔力を流す。そして指を動かしてみて」

「わかりました」

 アルシェは言われるがまま手を入れると魔力を流す。
 すると機械の腕とは思えないほど滑らかに指が動き出す。

「凄いです思った通りに動きます」

「魔力量が増えれば殴る物理攻撃も強くなるよ。特別にプレゼント」

「ありがとうございます」

「こっちの感謝の気持ちだから気にしないで」

 そう言いながら一度試作品をアルシェから受け取り作業台に置く。
 まだ納得ができていないのだろう。

「それでゲイルをどうやって篭絡するの?」

「――――っ!!」

 ルリーラの不意打ちの一言にオレイカの顔が真っ赤に染まり、槌を作業台に勢いよくたたきつけた。

「ルリーラいきなりすぎるだろ」

 どうやら叩く際にも魔力を流しているらしく、槌の当たった作業台があり得ない歪み方をしてしまう
 あわあわとしながら作業台を基の形に成形を始める。

「でも来るのは明日だよ」

「ルリーラちゃん、今気持ちを一旦落ち着けるために機械を作っていたんだよ」

「そう! そうなんだよ! 決して問題を先送りにするために作業に没頭していたわけじゃないよ!!」

 盛大に自爆していた。
 慌てるオレイカの動きはこう言っては何だが可愛らしい。
 異形と言える耳と尻尾も本人の慌て具合にパタパタと動き顔が真っ赤に染まり天才の面影が無くなるほどにただの少女だった。

「でもお姉ちゃんの言う通りですね。早めにある程度あの男性の心を射止める作戦を考えましょうか」

「はい……」

 慌てていた姿が急にしゅんと大人しくなる姿は、犬の耳と尻尾が合わさり本物の動物の様な愛らしさになっていた。

「ゲイルさんとオレイカってどんな関係なの?」

「関係?」

 未だに頬が真っ赤に染まったオレイカは首を傾ける。

「幼馴染とか仕事仲間とか、さっきのを見る限り仲は悪くないとは思うけど」

 それなりに仲が良さそうに見えたしあながち一歩踏み出すことができれば恋愛は成就しそうではあったな。
 オレイカも可愛いしゲイルもかっこよかったし美男美女の恋人になれる気がする。

「幼馴染かな、小さい時からよく遊んでたから」

 その時を思い出しているのか頬が緩み幸せそうな表情を浮かべる。
 昔を思い出してそう言う顔ができるのが素直に羨ましいと思った。

「昔は一緒に機械を作ったりしてたんだよ、その時からちょくちょくぶつかったりしたけど楽しかった」

 こちらが幸せになれるほどに愛くるしく笑うオレイカに、なるほどこれは確かに恋する乙女と呼べるだろう。
 口には出さないがこんな可愛いのならそのまま告白したらゲイルも二つ返事で答えてくれる気がする。

「でも、家のことがあるからな」

 急に落ち込んでしまうオレイカに俺達は首をかしげる。

「ガルベリウスとグシャの話をしたでしょ?」

「確か戦いと生活の機械を作る関係で水と油だって言ってたな」

「うん、ゲイルはグシャの人間なんだ」

 なるほど、今一つ踏み込めない理由はそこか。
 二つの派閥の出身の色恋沙汰はいつも悲恋なものだ、ゲイルの家がどの程度か知らないがオレイカはこの街の領主の子孫だ。
 そのオレイカと付き合ったゲイルの身が危険ということか。

「難しい問題だな」

「うん」

 これがせめてオレイカが領主の子供ではなく一般の子供ならまだなんとかなっただろうし、
 逆にゲイルがグシャの領主の子供であるなら国の懸け橋となるためもありえただろうがどちらも違っている。

「オレイカは、どうしたいの?」

「あたしは……」

「結婚したいの? それとも今の関係を続けたいの?」

 ルリーラがオレイカに詰め寄る。
 その気迫にオレイカは体を引いてしまう。

「そうだね、ルリーラちゃんの言う通りです。どうしたいのか決めてくださいオレイカさん」

 ルリーラに続きアルシェまでじっとオレイカを見つめる。

「私は結婚したい、小さいころから好きだったゲイルとずっと一緒に居たい」

「なら決まってるよ、駆け落ちだ!」

 ルリーラの宣言にアルシェだけが首を縦に振り納得している。
 オレイカも俺達も開いた口が塞がらないほどの衝撃を受けた。

「明日ゲイルに告白してそのまま逃げよう。今私達が乗っている馬車なら乗れるしそのまま国外に逃走して離れた地で二人は仲良く暮らして万事解決!」

「私もそれがいいと思います」

 なぜかアルシェも賛同してしまった。

「でも、私はこの国の領主の娘だ、そんな勝手が――」

「私ならそうする。一緒に居たい人と離れ離れになるくらいなら全部捨ててでも一緒に行く」

 一度ルリーラはこっちを見てからそう宣言する。

「私もです、全てを捨ててもたとえ王位であっても惜しくないと私は思います」

 アルシェまでそんなことを言い始める。
 そんな二人を見て他の仲間達も俺を見て頷く。

「私達の意見はお姉ちゃんと一緒です」

「そうだね、それ以外にないと思うよ」

 他の人達の賛同にオレイカは困惑してしまう。

「そうだね、私はガルベリウスだけどオレイカだもん、私の好きにしてもいいんだよ!」

 オレイカも熱に当てられたのか駆け落ちで話が決まってしまった。
 不安しかないがひとまずそのまま話が終了してしまった。

 翌日なぜか俺達はグシャの街に居た。
 俺達はいつも通りの恰好をしているが俺達と一緒に居るオレイカは、特徴的な耳と尻尾をフードで隠している。

「無理についてこなくてもよかったんだぞ?」

「どうせ今日で最後だし、折角だからグシャの街も見てみたいんだ」

 目深に被るフードの奥には見定めるように青い目が光る。

「俺は正直ガルベリウスの方がいい気がした」

「私もかな、なんかここって無機質なんだよね」

「無機質?」

「俺もそんな印象だ」

 味がないと言えばいいんだろうか、確かに活気はあるし機械のおかげで便利で何一つ不自由しない理想の国と言っても差しさわり無いと思う。
 でも色がない、アリルドやヴォール、果てはミスクワルテにでさえ色があった。
 それなのにここには何もない無色と言うか無味というかとにかく何もない。

「要領を得ないな」

「体験すればわかるよ」

 この街に触れればきっと俺達の言いたいことがわかるはずだ。

「とりあえずグシャの城に向かうんでしょ」

「まあ、アリルドから手紙を預かってるしな」

 直筆の手紙を手に取る。
 アリルドが何をしたためたのかは知らないが、何かしらの用事があるんだろう。君主としてはそのくらいはしてやりたい。

 そんな話をしていると予想外なところでゲイルに出会った。

「全員そろってどうしたんだ?」

 爽やかな笑顔をこちらに向け話しかけてくる。
 ありえない爽やかさに多少同性としてムカつくレベルだ。

「オレイカが一緒なんて珍しいな」

 周りに聞こえないようにそっと耳打ちをする様に俺のムカつきが高まる。
 男とはこのくらいじゃないと駄目だと言われているような気がして居ても立っても居られなくなってしまう。

「今日は、その、王様たちをグシャに連れて行くんだ」

 フードをさらに深く被り顔を隠しているが真っ赤に染まっているのは伝わってくる。

「そうなのか、折角だから俺も一緒に行こうか?」

「いいのか?」

「もちろんだ、俺の住んでる街だし初見で城に入るのは難しいだろ?」

「そうだな助かる」

 確かアリルドはガルベリウスと仲が良かったはずだし下手をしたら門前払いもあり得ないことじゃない。

「なら行こうぜ」

 爽やかな笑顔で俺達の先頭を歩く。
 俺達に何の気なく話続け退屈にならないようにしている。

「これがグシャの城だ」

「……」

 言葉が出なかった。
 なんと言うか、普通だった。
 可もなく不可もなくだった、ガルベリウスの城と外見は同じ、それどころか工房がない分だけこっちの方が静かで奇麗だ。
 それなのになぜかガルベリウスの方が良かったと思うのはなぜだろう。

「門番の人に理由を伝えてくるよ」

 そう言ってゲイルは門番の元に向かう。

「どうだ?」

「私はこっちの街が好きですね」

 ミールはこっちの空気が好きのようだ。

「理路整然としているところがいいと思いますよ」

「なるほどな」

 確かに整いすぎているということが違和感の原因だろう。ミールの部屋はいつも整っていた気がするしこっちの方がいいのかもしれない。
 俺にしてみれば人がいる所には雑味があって欲しいんだが、こういうのがいいという人は確かにいるらしい。

「許可取れたぞ、行こう」

 ゲイルが戻ってきたのでその後をついて城の中に入ることになった。



 城の中は見た目同様しっかりとしていた。適度に装飾品が飾られた壁、清掃の行き届いた床、しっかりと手入れされている城内はどこか物寂しい。
 別に人がいないわけじゃない。城内の警備もしっかりしている。それなのにどこか寂しい。
 展示品の中に入り込んだような感覚がする。

「俺達は不審者なのに、誰も話しかけてこないんだな」

「俺がいるから平気だよ、それに門番から話が通っているから」

「凄い早いな、さっきの話だろ?」

「それが売りだからな」

「売り?」

 どこに対しての売りなんだろうか。

「なんか怖いね」

 ルリーラが俺の服を掴みながら体を近づけてくる。

「珍しいなそんな警備が強そうに見えるのか?」

「なんだろう、強そうには見えないんだけど……、なんでかちょっと不気味」

「お姉ちゃんは兄さんと一緒に居すぎて、乱雑な方が落ち着いちゃうんじゃないですか?」

「そうなのかな?」

 不本意な評価を受けたが確かにここ最近はアルシェが片づけてくれるから綺麗なだけで、元々は汚れていることが多かったしな。

「もう王の間につくから静かにしてくれ」

 一際大きな扉の前に着き俺達は声を潜める。

「ゲイル・モルガナ入ります」

「入れ」

 アリルドの血筋ってことは同じく体格がデカいのだろう。
 領主だけでなくその妻もデカいのかもしれない。
 そんな想像をして王の間に足を踏み入れると、そこに居たのはいかにも普通な体型の老年の二人が座っていた。

「君がアリルド国の王だね」

 柔らかい物言いはアリルドと全く違い血のつながりを感じない。
 隣の妃を見ていても同じ雰囲気な辺りを見ると、アリルドが特別で元々はこういう血筋なんだろうな。

「はい、クォルテ・ロックスです」

「私はこのグシャの領主コークスレル・グシャだ」

 こっちを見る目はアリルドと同じだな、心の内を探ろうとする目。

「私は、コークスレルの妻サルメ・グシャです」

 恭しく頭を下げる姿は気品があり美しい。
 コークスレルは銀色の髪を後ろに流し、年相応の王の様な恰好をしている。
 そしてその妻であるサルメは黒い真直ぐな髪をそのままにしてティアラを被っている。

 王様ごっこ。俺はこの二人にそんな印象を受ける。
 理想の王を演じている様に見える。
 この二人はシェルノキュリの王のつもりなのだろう。
 ガルベリウスではなくグシャが王である。そういうつもりなのだろう。

「それで一国の王が何か御用ですか? 何か機械が必要ですかな、それでしたらおすすめは――」

「違います、ちょっとしたお使いですよ」

 話を裂くと一瞬不快そうに顔を歪め笑顔を作る。
 なるほど、感情を隠すのは下手なようだな。

「この手紙を領主様にお届けに参りました」

 懐から一通の手紙を取り出し近くの兵士に渡す。
 無言で受け取った兵士はその手紙を確認もせずに領主に渡す。

「これは、アリルドからですかな」

「ええ、アリルド・グシャから領主様に向けての手紙です」

 緊張が走る顔を一瞬だけ見せそれを手元に置く。

「ありがとうございます。謝礼は何がよろしいでしょうか?」

「いりません。王として家臣の用事くらい対価なしで構いません」

「そうですか、良き王であらせられる」

「それでは用件はそれだけですので」

 立ち上がり背を向ける。
 その一瞬油断したのか見せた顔はこちらを睨みつけていた。
 俺はもうこれ以上はいるだけ無駄だと領主の間を後にした。

「どうだった、いい王だろ?」

「そうだな」

 あれがいい領主なら悪い領主なんてどこにもいないだろう。
 そう思いながら城を出る。

「ゲイルはこれから用事があるのか?」

「ないよ、これから何をしようか考えていたところだ」

 俺の質問にゲイルが答えると、アルシェ達が一斉に話しかける。

「では、これからオレイカさんの部屋に行きませんか? 約束よりも少し早いですがよろしいでしょうか?」

「そうだよ行こう?」

「そうしましょう。善は急げですよ」

 オレイカ本人以外が頷きオレイカは予想外の展開に慌て始めてしまう。

「それは、いいですけど、ゲイルにだって何か用事があるんじゃ……」

「俺は平気だよ、もしよければ行かせてほしいな」

「はぅ……」

 ゲイルの微笑みに何かを打ち抜かれたらしい。

「それにウォルクスハルクで優勝した最強の二人がいるならぜひ行きたいな。二人から話も聞いてみたいしね」

「そういうことだったら、来て」

 顔が地面と水平になった所で少し早いがゲイルがオレイカの部屋に来ることになった。

「久しぶりに来たけど片付いてるんだな」

「まあね」

 外套を脱いだオレイカは恥ずかしそうにそっぽを向く。

「成長しているようで俺は嬉しいよ」

 そう言ってゲイルはオレイカの頭を撫でる。
 嬉しそうに目を細めるオレイカに微笑ましさを感じる。

「これって今作ってる試作品か?」

「そうだよ、人体を強化する用の機械。魔力を流すと力が強くなるんだ」

「なるほどな」

 どうも二人で技術者談義が始まってしまい、俺達はその辺に何となく座る。

「いい雰囲気ですね」

「うん、この感じなら上手くいきそうだね」

「頑張った甲斐がありました」

 特にオレイカを応援していた三人は嬉しそうに仲のよさそうな二人を眺めている。
 そんな中ルリーラだけが首をかしげていた。

「どうかしたか?」

「ゲイルってどこかおかしくない?」

「そうか? いかにも好青年だろ」

 そう言われ改めてゲイルを見る。
 どこからどう見ても好青年にしか見えないけどな。

「それは僕も少しだけ思ってたよ」

「あの人は、少し違うよ」

 不意にセルクがそんなことを口にした。

「パパ達とは違う」

「どう違うんだ?」

「すぅすぅ」

 寝言ではないよな? あんなにはっきりと言っていた元闇の神だし俺達には見えていない何かが見えているのかもしれない。
 でも今は普通の少女だしな。
 セルクの発言について考えているとオレイカがこっちに寄ってきた。

「どうしたんですか? ゲイルさんともっとお話ししていても大丈夫ですよ?」

「そうなんだけど、そろそろ告白しようと思って」

 乙女らしく恥じらいながらそう告げる姿に何とも言えない感情が沸き上がる。

「いいと思います!」

 アルシェの叫びにみんながつられ声を合わせオレイカの背中を押す。

「ルリーラは混ざらないのか?」

 恋愛に興味がないセルクとサラが残るのはしょうがないがルリーラまで動かないのは意外だった。

「ゲイルって目が怖いんだよね」

 そんなことを突然口にした、盛り上がっている他の三人には届いていない言葉。
 水を差さないように俺はルリーラを外に連れ出した。

「セルクも行く」

 俺達がどこかに遊びに行くと思っているのかセルクも一緒についてきた。
 眠そうにするセルクを抱きながら工房を出ると一人納得しているルリーラは改めて口にする。

「ゲイルの目が怖いんだよ」

「目?」

 改めて思い出すがゲイルの目は輝いていたような気がする。

「そうだったか?」

「うん、光が無いって言うかガラス玉みたいな無機質な目だよ」

「セルクはどう思う?」

「セルクもママと同じ」

 二人が同じく感じているのか、ルリーラはともかく一人はセルクだからただ乗っかっただけかもしれないけど……。
 そうなると少し考えてしまうのは確かだ。
 確かにいけ好かないほどに顔が整っているが、それでも違和感があるほどではないよな。

 そんな思考の最中に工房の扉が開いた。
 扉の奥から出てきたのはゲイルだった。
 整った顔に笑みを浮かべるその瞳に俺は背筋が凍った。
 気づかなかったことに我ながら驚く。

「俺はもう帰るよ」

 そう告げる目は輝いていた。
 そしてその輝きを俺は知っている。
 魔力の輝きが目に宿っていた。その輝きが人間の様に見えていた。

「おう……」

 その光はルリーラに見えていない。というよりベルタであるルリーラには見ることができない。
 だからこそルリーラは気が付いたのか。

 今の事に気を取られたがゲイルが突然出て行った工房からは、オレイカが泣いている声が聞こえた。
 工房に戻ると声を押し殺して崩れ落ちるようにオレイカが泣いていた。

「何かあったのか?」

 素知らぬふりをして聞いてしまう。

「クォルテさんちょっと」

 アルシェが乱暴に俺の腕をつかみ再び工房の外に出る。

「実は振られたんですよオレイカさん」

「それは何となくわかる」

 あそこまで泣いているのに成功したとは思えない。
 そうなるとやはり気になるのはゲイルの表情か、断っておいてあの表情なのか。

「告白を断ってそのまま出て行かれました……」

 陰鬱そうにアルシェは告げる。
 大丈夫だと言い続けていたのが無責任だと思っているのだろう。
 それを聞いて俺は頭を掻くしかなかった。

 慰め続けたオレイカは、ようやく泣き止みそのまま眠りについた。

「あいつ顔がいいからって何様なのさ!」

 ミールが憤慨した様子でテーブルを叩く。

「本当になんなの!」

 フィルまでもが怒りを顕わにしている。
 そんな二人を眺めながら俺も同じ席に座っている。

「兄さんもそう思いますよね!?」

「ご主人もそう思うよね!!」

「二人に聞きたいんだが、ゲイルはどこかおかしくないか?」

 俺の言葉に二人は顔を見合わせて叫ぶ。

「「全部!!」」

 駄目だな、こいつらは完全に周りが見えていない。
 きっとゲイルの不思議な部分に何も気が付いていないのだろう。

「あんまり遅くまで起きてるなよ」

「兄さんも愚痴に付き合ってよ」

「そうだよご主人」

「俺は眠い」

 俺にまとわりつく二人を引きはがして俺はベッドに倒れ込む。
 魔力の宿る目、色のない街、この国来てからのことを色々と考えてしまう。
 機械だらけの国であの姿、あいつってもしかして……、いや、そんなのありえないだろ?
 だけどここはそういう……、く、に……。

 思考がまとまらないまま俺は眠りに落ちていく。



 この目覚めがあまりよくないことは、旅をしてから身をもって知っている。
 周りの寝息に月の明かり。
 世界が眠りについたような夜の世界。
 俺はいつものように腹部に柔らかい重みが乗る。
 今日は誰だろうか、オレイカが失恋したこの夜に誰がこんなことをするのかと俺は目を開ける。

「起きてくれたんだ」

 そこに居たのはオレイカだった。
 月光に混じり銀色に光る髪、その髪と調和する白銀の耳と尻尾、ルリーラと変わらない背丈にも関わらず大人を主張する曲線は衣服を纏わずに全てを晒している。
 おとぎ話のような幻想的な女性が泣きはらした瞳で俺を見下ろす。

「何してるんだ?」

 自分が物語の主人公になったような気分に負けないようにそう問う。
 オレイカは弱々しく口の端を持ち上げる。

「自暴自棄かな」

 そう言いながらオレイカは両手を着き床に押せ付けるように俺にかぶさり、銀色の髪がはらりと彼女の顔に影を作る。

「それで、好きでもない男の寝込みを襲うのか?」

「違わないけど違う」

 青い目はくすんだ輝きで俺を見つめる。
 今にも決壊しそうなほどに脆く、触れたら崩れてしまいそうなほどに彼女の感情は枯れている。

「忘れさせてもらいたいんだよ、ゲイルの事を」

 俺の頬に職人とは思えない柔らかな指が触れる。
 わずかに香る鉄の匂いとオレイカの爽やかな柑橘系の匂いが混ざり合う。

「王様は女の扱いが上手いんだよね。アルシェもフィルもミールもみんな王様が好きだ」

「それは――」

 それは違うと声に出す前にオレイカの指が俺の口を塞ぐ。
 わずかに触れるオレイカの味は涙の味がする。

「そうでもそうじゃなくてもどっちでもいい。私は滅茶苦茶にして欲しいの」

 今にも泣き出しそうな顔のオレイカに俺は言葉をかけられずにいた。
 何をかければいいのかわからない。
 何を伝えればいいのかわからない。

「本当に誰でも良かったんだけどね、王様なら滅茶苦茶にしても優しいって思ったから。変だよね、ゲイルがどうでも良くなるくらい滅茶苦茶に壊して欲しいのに、優しさを求めてる」

 そう言葉にして、オレイカは俺の手を自分の胸に持って行く。
 俺の手を飲み込もうと吸い付く感触は溺れてしまいそうなほどに気持ちがいい。

「だから、王様の好きにして」

 目尻に溜まる輝く粒はやがて大きくなり俺の顔に滴る。
 一度零れた雫は一滴また一滴と俺の顔を濡らす。
 その壊れてしまいそうな脆いガラスの様な体を俺は強く抱きしめる。

「これで満足か?」

 絹の様な滑らかな肌を自分の体に密着させる。
 燃える様な熱を持つ少女は俺の抱擁に抱擁で応じる。

「辛いよ……痛いよ……」

 嗚咽の混じる悲痛の言葉が耳元で囁かれる。

「辛いよな」

 それが正しいのかはわからないが、俺はルリーラにするように頭を撫でる。

「なんで、ダメなんだろ、私の何がダメなの?」

 怒りと悲しみの言葉に俺は返事を続ける。
 上等な返答もできないまま俺はただオレイカの言葉を肯定する。

 やがてオレイカは眠りに落ちた。

 こうなってしまうと困るのが俺だ。
 あまりに悲痛な言葉に呑まれてしまいオレイカを抱きしめているが、オレイカが眠り俺は逆に目が冴えてしまう。
 俺の胸板で適度な圧迫を繰り返す大きな二つの風船。
 どこに触れても柔らかく滑らかな肌。
 先ほどまで恨み言を呟いていたその口は眠りと共に甘い吐息を俺の耳に送り込む。

「結局またこうなるんだよな」

 生殺しの状態。
 さっきああいった手前触れてしまうことさえ気後れする。
 自然と触れる感覚のみしか許されない。
 重なるだけならまだしも相手は当然人間で身じろぎもするし寝返りもうつ。
 そうなれば当然俺の体に上質な絹が優しく体に触れる。
 それだけならまだ我慢もできるのだが。

「んっ、んふぅ」

 裸のオレイカは体がこすれるたびに悩まし気な声を漏らす。
 上質な布団だとも思いこめずにオレイカだと認識してしまう。

「むにゃ、んっ」

 口内に含まれているわずかな水分。
 普段なら気にしないわずかな湿り気を含んだ音が卑猥な音として聴覚を刺激してくる。
 そして不意に枕を抱くようにその肉体を強く押し付けてくる。
 抱きしめられているせいかオレイカの足が俺に巻きつき俺は流石に限界を感じてしまう。

「ん、んん……」

 体が沸騰してしまいそうなほどに熱を持ち辛うじて下に流れようとする血流を止める。

「……むにゃ、だいしゅき」

 寝言のせいで幼くなってしまった彼女の言葉に留めていた血液が逆流し俺は意識を失なった。

 完全に日が昇り俺はようやく目を覚ました。
 最初に目に入ってきたのはサラだった。

「旦那様、目を覚ましたか」

 読んでいた本を閉じ黄色の瞳がこちらを向く。

「少し付き合ってくれないか?」

 そう言って連れられて来たのはグシャの街だった。
 相変わらずの活気があるのに静かな街にゲイルの顔がちらつく。

「それでどこに行きたいんだ?」

「ゲイルの所」

「俺は行きたくないな]

 サラの要求を突っぱねて踵を返す。

「旦那様はあいつを許せるのか?」

「ちっ! そういう理由は先に言え」

 ムカつくから喧嘩を売りに行くなら付き合うしかない。
 それに確かめたいこともある。

「それにしても本気だな」

「そうか?」

 武道大会でも着ていた着物、脇には刀、髪をまとめ完全に相手を潰すと決めた戦闘服。
 凛々しいサラに似合いすぎている服装だ。

「他の連中は呼ばなくてもよかったのか?」

 今回ならアルシェも二つ返事でついてきたはずだ。

「僕のこの黒い気持ちを共感してくれるとは思えなかったから」

「俺も共感できるかわからんぞ?」

 凛としたその佇まいには、黒い感情があるとは手もではないが思えない。
 寧ろ崇高な心持に映ってしまう。

「あいつは女性を泣かせた、それが僕には許せない」

「それはそうか」

 その気持ちが黒いかは知らないが、確かにその感情は女達には理解できないものだ。

 そして街を少し歩きゲイルの工房に足を踏み入れる。

「クォルテにサレッドクイン、どうしたんだいこんなところまで。少し待っててくれるか、今お茶でも――」

「いらねえよ」

 沸々と腹の底で怒りが沸いてくるのがわかる。
 オレイカにあんな顔をさせた次の日にこんな顔で平然としているのが許せない。

「どうかしたのか? 怒っているみたいだけど」

 昨日の事さえ覚えていない物言いにサラの手が刀に掛かる。
 それを俺は手で制し話を続ける。

「お前のその目はなんなんだ?」

 その問いにまるで決められていたかのように淀みなく返事をする。

「魔力を使わないと目が見えないんだよ、君たちが来る前に作成を失敗して」

「それで人形みたいなガラス玉になったのか?」

 俺は魔力を巡らせる。

「そうだよ、目が無くなったからね」

「じゃあその体に流れてる魔力はなんだ?」

「なんだ、知ってるのに鎌をかけたのか」

 こいつの魔力の流れは普通じゃない。
 血液の様に巡るわけでもなく、有り余る魔力が体内に満ちているわけでもない。
 ただ関節のみに魔力が貯まっている。
 まるで人の形を動かす為だけのように。

「そうだよ、ご明察。いつから気づいてたの?」

「最初からと言いたいが、昨日怪しいと思って今核心を持った」

「そうか」

 工具の槌に手をかけた次の瞬間、ゲイルはためらいなく俺に向かい投げつける。

「ふっ」

 槌が俺に届くよりも先にサラが居合で両断する。
 二つに分かれた槌が床に落ちたのを合図にゲイルはこちらに飛びかかる。
 暗めとは言え茶髪の動きではない速度に驚き危機一髪で避ける。
 振り下ろされている腕は床に穴を開ける。

「バレているなら殺さないといけないよな」

 笑顔とは裏腹の言葉に寒気が走る。
 腕を地面から抜き、二度目の突進を避けるが三度四度と駆け巡り始める。
 自分の工房を穴だらけにしながら激しく動き回る。

「早いな」

 辛うじて当たっていないが俺に呪文を唱える隙を与えてはくれない。

「クォルテは魔法を軸に戦うんだよね。だから唱えさせないよ」

 魔法を使う余裕を与えない。疲れ知らずの機械人形にこそできる戦法は単純ながらに有効だ。

「炎よ、熱よ」

 サラの呪文にいち早くゲイルは反応しサラに突撃する。

「させないってば!」

「わが刃に宿れ、ファイアエンチャント」

 避けきれないと思った刹那一瞬の輝きを放ちサラの後ろには大きな穴が二つ開いた。

「今のは何だ?」

 ゲイルの腕は半分に切られている。
 熱に溶けた断面からは血のように鉄が滴る。

「来なよ、機械人形」

 サラの怒りを宿す赤く燃える刀を鞘に納め、ゲイルをにらみつけ言葉を吐く。

「僕が鉄屑に戻してあげるから」

 再びサラは腰を下ろす。
 鋭い眼光に慣れた様子で居合の構えに入る。

「土よ、僕の腕に戻れ、アースリカバリー」

 土がゲイルの腕に集まり再びゲイルの腕に戻る。

「魔法が使えるのか」

「そうじゃないと、僕みたいな機械人形に価値はない」

「安心しなよ、魔法が使えたってクズはクズだ」

 清々しいほどの笑顔を向けゲイルは無謀にもサラを殴りつけようと腕を後ろに引く。

「学習能力がないの?」

 愚策を笑う様に振るわれる一閃がゲイルの腕を切り落とす。

「あるよ当然」

 片腕を捨てたゲイルは恐れることなく反対の腕を振り上げる。
 鞘に戻している暇はない。そのはずだった。
 振りぬいた刀を返す勢いのまま反対の腕も切り落とした。

「えっ……」

 驚きの声を上げたのはゲイルだった。
 完全に奇襲が成功していると思ったのに返す刀で切られたゲイルにも一部始終を見ていた俺にもわからない。

「土よ――」

 呪文を口にしようとした次の瞬間にサラはゲイルの口を踏みつける。

「呪文は言葉、言葉にならないなら修復もできないでしょ」

「僕のから――」

 ゲイルの腹部から聞えた声はサラの刀で二つに分かれた。
 呪文を唱える口が増えるのか。

「往生際が悪い」

 次の瞬間には真っ二つに分かれた体が細かく切り刻まれ熱に溶ける。

「旦那様、この国はきっとこういう国なのだろうな」

「だろうな」

 生活を楽にするのに何が手っ取り早いか、それは人を作ればいい。
 自分の仕事を肩代わりできる人形を作ればいい。
 きっとこの街の領主はそう考えているのだろう。
 そしてその王としてこの街に君臨している。

「アリルドがこの国を出たのはそれもあったのかもな」

 作られた街に嫌気がさした。だからこそガルベリウスに行き、人に触れ合いやがてこの国を出た。
 ここにいないため確認することはできないが、その考えは合っている気がした。

「さて、次は城にでも乗り込むか」

「そうですね」

 俺とサラは二人だけで城を目指した。



「勢いのまま城まで来たけど大丈夫なのか?」

 怒りのままにここまで来てしまったが、想像通りならこの城の中にいる兵は全部が機械人形だ。
 少数ならそれこそ勝てないわけではないが数が多すぎる。

「ここに来て怖気づいたのですか、旦那様」

「正直な、いくら何でも数が多すぎる」

 上手く一撃で戦闘不能にしても多勢に無勢、難しい回復魔法もつぎはぎでいいならゲイルの様に簡単に使われてしまう。
 そうなるやはり勝算は薄い。

「では参りましょうか」

「話を聞いてないだろう」

 嘆息しつつもサラの後をついて行く。

「旦那様の気持ちくらいわかっている」

 門の前にはこちらの話を聞く気もなく武器を構える門番が二人、いや二体。

「何かを伝える余裕は与えていないつもりでしたが」

「あいつの目だろ、おそらく移したものを共有しているんだろう」

「なるほど」

 俺が使う水の蛇と似た使い方、俺のは魔力で声を届けるこいつらは映像を伝える。
 形だけを機械で作り魔法で作るのは目玉部分のみ、なるほどそういう使い方もできるのか。

「来ます」

 サラは一瞬で近づく門番を一刀両断する。
 俺にはそんな技術はないため一度避けて距離を取る。

「旦那様も武器を出しておいてください!」

 戻ってくる門番を一太刀で屠り俺に怒鳴りつける。

「そうだな」

 復活する前にこちらも魔法を使う、出した武器は剣と槍。
 武器を構え復活を待つが門番の二人は復活する気配はない。

「復活しないな」

「そうですね」

 完全に動かなくなった門番をそのままにし城の中に入る。
 待ち構えているのは数える気を無くすほどの兵隊だった。

「お前が反逆者だな」

 一際大きな兵士がこちらに声をかける。

「警備隊隊長、ガラク。反逆者の首を貰いに来た」

 警備隊隊長かなるほど、話すことができるのは特別な個体というわけか。
 それなら話は早いな。

「行け兵士どもその女を先に始末しろ!」

「多対一って俺結構得意なんだ」

 俺の意図を読み取ったのかサラが跳躍する。

「何をする気だ」

 俺から湧き出す大量の水が兵士たちを飲み込む。

「呪文もなしに?」

 呪文のいらない魔力を放出させるだけで使える簡易魔法。
 威力も精度も最低な水を生み出す魔法。

「魔法使えないから知らないのか」

 魔法を使える者なら誰でも知っている魔法に警備隊の隊長が驚く。

「だがただの水だ!」

「水よ、氷よ、敵を絡めとれ、アイシクル」

 襲うだけ襲った水は一気に固まり兵隊の動きを止める。

「この程度で――」

 口を開いた瞬間サラはガラクの首を切り飛ばす。

「水よ、氷よ、敵の動きを停止せよ、アイシクル」

 飛んだ頭部と切られた首をすぐに凍らせる。これなら呪文を唱えても接着もしない。口を開きたくても凍っていれば開けない。
 静まり返った床に凍った頭が落ちる音が響く。

「やっぱりですね」

 刀を納めるサラがこちらを見てほほ笑む。

「怖気づいた目には見えなかった」

「そんなつもりはない、ただムカついているだけだ」

「それも本心でしょうけどね」

 クスクスと笑うサラを置いて先に向かう。

「広いからこうなるとは思ってたけどな」

 領主の居る部屋が三階、そこに向かうまでの最初の階段を上るとこれまた無数の兵隊。

「我らが王に会おうなどと本気で考えているのか?」

 やはり学習している。
 俺達のさっきの戦いを見ていたのかバルコニーには弓兵、正面には槍を抱える兵隊、両サイドに歩兵が構えていた。

「わざわざ階段を上るのを待っていたのか?」

「行くぞ」

 こちらの言葉に耳を貸さずに、最初に兵隊がしたことは持っている武器を地面に深く差し込み引き抜いた。

「は?」

「これでさっきと同じことはできないだろ?」

 そう言って話せる機械人形は口角を上げる。
 なるほど、穴があれば水を使えない。水が無ければ凍らない。
 なるほど確かに考えられている。

「何も、同じ戦法だけを使うわけじゃないけどな」

 だから俺達が階段を上るのを待っていたわけだ。穴だけだと不安だから水が下に流れるようにするために。

「水よ、泡よ」

 呪文を唱えると当然こっちに攻撃が向いてくる。
 三体の歩兵と数体の弓兵だけがこちらを狙い残りの全員でサラを狙う。
 呪文を唱えさせまいと執拗に弓を放ち、歩兵は一定のリズムで攻撃を仕掛ける。

 サラはたった数体に動きを止められる俺と違い自分に来る兵士を次々と二つに分ける。

「土よ、兵を守る鎧となれ、アースアーマー」

「なっ!」

 切られて動かなくなった兵は土に戻り、攻撃を続ける兵と融合する。
 鎧に鎧がかぶさり人間だと重く動けない様な重量でも機械人形には関係ない。

「くそっ」

 今まで難なく切り続けたサラの声が暗くなったのがわかる。
 終わらせないといけないか……。
 あんまり得意じゃないんだよな。
 俺はに三歩後ろに飛び一度距離を取る。

「行くぞ」

 大きく息を吸い込み向かってくる兵隊に槍の先を向ける。
 歩兵の数は三、弓兵は五、侮っているのか一方からの攻撃。

「水よ、泡よ」

 敵の歩兵一体に槍を突き刺す。

「強固な泡よ」

 飛んでくる矢は槍に刺さっている人形で盾にする。

「この場を埋めつくせ」

 残り二体の歩兵の重なる位置に移動し一突きにする。

「バブルパーティー」

 魔法の発動。
 サラを囲む兵隊を泡で分断する。

「旦那様?」

「全部泡の中だ、やっちまえ」

「わかりました」

 この魔法はサラも目にしたことのある魔法だ。
 やるべきことを理解したサラは泡に向けて着火する。

「これは……?」

 爆炎に包まれる二階でこの隊の隊長であろう機械人形のみが残った。

「見てわかるだろ? 魔法だよ」

「我の知る魔法の威力じゃない」

 次の言葉が紡がれる前に機械人形の頭部は二つに裂かれ熱で溶ける。

「旦那様、これを見せてしまえば向こうも対応してくるのではないですか?」

「わざと見せたんだよ」

 命の無い機械人形には脅しにならなくても、これを見ているであろう領主には恐怖でしかないはずだ。
 大量投入した人形が次々と溶かされ、自分の元に近づく。
 あの王様気取りの領主にはこの恐怖に耐え切れはしない。

「さて、じゃあ最後は思いっきり行くか」

「何をする気ですか?」

「水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、その魂を地の底に送れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、水の龍アクアドラゴン」

 水の龍を呼び出す。
 十分に練った魔力を帯びた水の龍はゆっくりとこの広間を漂う。

「この向きで合ってるはずだしな」

 歩いた感覚、城の感覚を頼りに領主の間に狙いをつけ、水の龍を放つ。

「やりすぎではないですか?」

 今までにサラが見たことのない巨大な水の龍にサラが驚いている。

「いや、俺も頭が冷えてきた」

 俺は戦いが好きなわけじゃないしな、暴れてスッキリした。
 だから最大の一撃を放った。
 おそらく大量の機械人形が盾となっているだろう。
 そして領主の間までは届いているはずだ、水の龍が開けた大穴は。

「おい! コークスレル・グシャ貴様に話がある!」

 俺は息を目一杯吸い込み言葉を発する。
 少しして一体の機械人形がこちらに向かってくる。

「切りますか?」

「いや、こいつはただの通信役だろ」

「何かようかね、アリルド国王」

 機械人形からは、領主の声が聞こえた。
 怯えた声を隠すこともできないほどに怯えている。
 これがアリルドの親族か。
 剛胆で無敵のアリルドとは似ても似つかない姿に呆れを通り越して笑えて来る。

「今からそっちに向かう。機械人形を全部壊されたくなければ邪魔をさせるな」

「わ、わかった」

「それと質問が一つある」

 ここに来た大事な目的。

「なんでゲイルをオレイカの幼馴染にした?」

「それは――」

 答えを聞く前にサラが機械人形を真っ二つに切り裂いた。

「これでいいんでしょ、旦那様」

「よくわかってるな」

 答えは目の前で答えて貰わないとならない。
 嘘も保身もなく、命の危機で本音を聞きださなければ、ここに来た意味はない。
 偶然や運命なんてありもしない妄言は聞きたくはない。

 そしてコークスレルはこちらの要求を受け入れ兵を一体も準備しないまま俺達が来るのを待っていた。

「何故、いきなり機械人形を壊したのでしょうか?」

 恐怖に駆られた顔をしたコークスレルはそう言葉を絞り出す。
 もはや取り繕う余裕もない。
 俺の友人はこんな時でも不遜に笑っている。

「お前みたいのは危機感が無いと本音は出さないだろ?」

「そんなつもりは――」

 準備していた水の短剣を投げつける。

「何が目的だ?」

「この、この国の王に、なるためだ」

 コークスレルは語り始める。

「あの女からアトゼクスの情報全て奪い、ガルベリウスの上を行けば、領主であるこの私が王になれるだろう。そしてあの街に居る野蛮な連中を駆逐してやるのさ」

「なるほどな」

 完全な私利私欲。そのためにオレイカにゲイルを差し向けた。全てを共有する目を使いオレイカの情報を得ようとした。

「下種が」

 殺気を込め刀に手をかけるサラを止める。

「なぜ止めるのですか?」

「全部話してないよな」

 俺の追及にコークスレルの言葉が詰まる。

「言い当ててやろうか?」

 俺の言葉にサラは刀から手を離す。

「欲しているのは金と情報。ガルベリウスと併合して軍事の力も掌握。シェルノキュリ連合国をシェルノキュリ国にして自分の懐を潤す」

 視線が動いたってことは正解か。
 俺は続ける。

「そして一つ。他の国を潰そうとしてるよな」

「何故、それを……」

「そうとしか考えられないだろ。この人形全部で共有している目玉の魔法はさ」

 コークスレルの体また反応する。
 どうつながるのかわかっていないサラのために詳しく説明をする。

「この機械人形を各国に送り込んで機密情報を手に入れるためにはこの機械人形がどれだけ優秀か見せつけないといけない。それならこの機械人形の有用性を見せるために手っ取り早いのが」

「国を落とすこと」

「その通りだ、悪知恵が働くらしいが詰めが甘い」

 この作戦は穴しかない。

「何を言っている!」

 詰めが甘いと言われたことにコークスレルは反応を示す。

「アトゼクスが凄いのは知っているが、お前達じゃ無理だ」

「だからその全貌をあの女に――」
「オレイカにも無理だ、あれは何世代もかけて作ったガルベリウスの英知の塊だそれをたった一代でどうにかできると思ってるのか?」

 技術は進化をしているが、それでも当時だからこそ生まれ消えた技術が当然ある。
 それは作って、調べて、試してようやくたどり着く当事者だけがたどり着くことができる境地だ。今のオレイカにはまだ早い。
 そしてそんな積み重ねた歴史の上澄みを掬おうとしているこいつに苛立つ。

「それに機械人形は弱いぞ」

「どこが弱い、負けても再生し常に進化を続ける最強の軍隊」

「たった二人に負けるのが最強の軍隊?」

「お前達が――」
「俺達以上は腐るほどいるぞ」

 当然アリルドにも負ける、魔獣を討伐に行く奴らにも負ける、武道大会の参加者にもベルタにもプリズマにもこの機械人形は負けるだろう。
 それほどに脆くて弱い。

「地の底で吠える雑魚にはそんな夢無理だ」

 コークスレルは顔を真っ赤に染めて怒りに体を震わせる。

「アリルドが国を出た理由がよくわかったよ」

 そして手紙に書いていた内容も、野心を捨て領主としてやっているかと書いていたのだろう。
 身の程を知ることができたのかと聞いたのだろう。

「アリルドに伝えておくよ、この街にお前が望んだものは無かったってさ」

「やれ! 総員であいつらを殺せ!」

 物陰から一斉に飛びかかる機械人形。
 驚きの余りに固まるサラの体を引き寄せる。

「水よ、棘よ、敵を貫け、ウォータースパイク」

 床からせり出す無数の水の棘は機械人形を天井ごと貫く。

「それが身の程を知らないって言うんだ、ここまで離れていれば魔法くらい撃てる」

 近距離だからこそ有効だった戦法。
 遠距離ならいくらでも対応はできる。
 読みやすい攻撃はとてもいい的だった。

「ガルベリウスの領主にはお前の全貌を教えておくから」

 魔法を解くと機械人形の雨が降る。
 金属が床を打ち付ける音が冷たく響いた。



「ただいま」

 満身創痍の俺はサラに肩を借りながら工房に帰ってくる。

「何があったの!?」

「ちょっとな」

 俺の疲労具合にルリーラが駆け寄ってくる。

「言わないんですね」

 次にアルシェが寄ってきた。
 別々に出てきた辺りどうやら俺がいないので探していたらしい。

「言う必要もないしな」

 別に俺が気に食わなかっただけだ。
 誰かのためなんていうつもりは毛頭ない。
 それから次々と現れ俺を囲む。

「旦那様を先にベッドに連れて行きたいんだけど」

 そう言われたら他のみんなは何も言えないらしくすんなりと俺とサラを行かせてくれた。

「それと旦那様が眠るので近づかないようにお願いする」

「何か話があるのか?」

「わかりますか?」

 わざとらしくみんなを引かせる一言を言うくらいだ、わからない方がおかしい。

「今回、領主に喧嘩を売るほどに何を怒ったのかと思いまして」

 そういうことか。

「思い出しちまったからな」

「思い出したとは?」

「オレイカのあの顔が昔のルリーラと重なった」

 あの全てを諦めた顔。
 辛い悲しいと嘆いたその顔がルリーラを想起させた。
 ただの失恋なら一発殴るくらいで終わっていた、どれほどムカついてもそれは人の気持ちだから。
 でもそれを踏みにじったのが人の欲だとなれば余計にルリーラの事を思い出した。
 自分のためにルリーラを実験に使った男を思い出した。

「そうですか」

 俺の答えに満足がしたのかサラがほほ笑む。

「旦那様、僕はあなたの事がとても好きになりました」

「はっ?」

「ですからサレッドクイン・ヴィルクードはクォルテ・ロックスを愛しています」

 声も出せずに固まった。
 ウィルコアから言われるままに旅に同行しているはずのサラが俺に愛を囁く。

「旦那様の強さと優しさに心を奪われました」

「いや、えっ?」

「原動力がルリーラでも、旦那様のその優しさは僕の心を動かすに値したのです」

 なんとなくサラがミールと険悪になりやすい理由がわかった気がした。

「今はルリーラでも、将来は必ず僕を選んでいただけるように善処しましょう」

 二人とも我が道を全力で進む奴だ。
 だからこそサラはルリーラから自分へ、ミールは他の女からルリーラへ俺の気持ちを動かしたい。
 これは相容れるはずがない。

「正妻として必ず旦那様の心を振り向かせて見せます!」

「そうですか」

 満身創痍の俺にサラを止める体力はなく、されるがままベッドに運ばれることにした。

「クォルテ、ちょっといい?」

 城を落とした翌日、ガルベリウスの領主に事情を説明を終えオレイカの工房でくつろいでいるとルリーラが声をかけてきた。

「どうかしたか? もう少しはここに滞在するつもりだぞ」

 何となく読んでいた本を閉じて応じる。

「その、なんて言えばいいかな?」

 ルリーラらしくなく歯切れの悪い言葉で悩んでいるのがわかる。

「まとめるのが無理なら、なんでもいいから言ってみろ」

 まとめようとして滅茶苦茶になるくらいならありのまま話してくれた方がはるかにマシだ。

「えっと、サレッドが変」

「ああ……」

 なんとなく全てを察した。
 ルリーラから自分へ向けると宣言しているのだから対応が変なのは当然だ。

「何か知ってるの?」

「ミールと逆な対応なんだろ?」

「やっぱり何か知ってるんだ」

 グイッと顔を近づけてくるルリーラの顔を押し戻し隣に座らせる。
 さて、何を話したらいいものか……。

「サラは俺を本気で夫にする気になったらしい」

「わかった。サレッドを叩き潰せばいいんだね」

「わかってないから落ち着け」

 サラに突撃しようとしたイノシシ娘を再び隣に座らせる。

「行動が早すぎるぞ」

「だってサレッドは最初から私の敵だし」

 そうだったな、奴隷を最低の小間使いとして認識している。
 俺との約束もあるから直接雑な対応はしていないが、時折下に見る発言をすることも多い。

「昨日何があったの?」

「ゲイルを殴りに行ってた」

「やっぱりそんな所だろうなとは思ってたけどね」

「そん時にサラも偶然一緒だっただけだ」

「でもそれだけじゃあそこまでにならないよね」

 流石に鋭いな。

「ゲイルは機械人形だった、それでグシャの領主にも文句を言ってきた」

「機械人形。それであの目だったんだ」

「オレイカには言うなよ。昨日の今日で聞いたらショックがデカすぎるからな」

「んん、わかった」

 ルリーラは何かを考えてから納得し立ち上がる。

「ようはいつも通りだったってことだ」

「いつもこんな無茶はしてないぞ」

 もっと自分に見合った動きをしている。
 今回は途中で敵が巨大になりすぎただけだ。

「そっか、お疲れ様」

「もう少し滞在するけど、必要な物はそろそろ買っとけよ」

「了解」

 そう言い残してルリーラは外に出て行った。
 さて、俺もぼちぼち旅に向けて準備をしようかな。
 俺も腰を持ち上げて買い物に出かけることにした。

 適当に着替えてガルベリウスの街を一人でうろつく。
 改めて街を見てみると戦闘用と言っても色々と種類がある。

 オレイカがアルシェに作っていた魔力を強制的に強化魔法として切り替える物、魔力を増幅させる物、魔力が少なくても動くように歯車を利用する物、魔力が無くても動かせる物。
 正に多種多様な機械が店先に並んでいる。

「一人で街をうろつくっていうのも久しぶりだな」

 ここ最近はいつも誰かと一緒に居ることが多かった。
 こうしてじっくりと店先に並ぶ物を見物しながら歩くのは本当に久しぶりだ。

「これはなんだ?」

「兄さんお目が高いね、これは俺の最高傑作さ」

 精霊結晶が四つ嵌められているブレスレット型の機械。

「四つの魔法を蓄積して武器に付与できる代物だ。どうやっているのか教えられないがな」

 店主のみが作れる機械ってことか。
 俺達の中には三種の魔法を使える奴らがいるしあながち悪くはないな。

「でも、それって付与できる魔力が少なかったよね。改良できたの?」

 横からの声に目を向けるとオレイカが居た。

「オレイカか、けっ、出来てないよ難しいんだぞ」

「そんな試作品を売るなんてケルク家の名が泣くんじゃない?」

「うるせえよ、天才様に売れない連中の気持ちがわかってたまるか」

 わざとらしく機嫌を悪く見せる店主にくすくすとオレイカが笑う。

「そんな感じの粗悪品だけど王様は買うの?」

「改良したのなら買うよ」

「オレイカがいるなら、俺の品は大したことは無いと思うぜ」

「そんなこと無いでしょ、この店の売りは歯車と精霊結晶の融合技術でしょ」

「そうなのか?」

 それができるならもっと色々とできることが有りそうだが、ここはそんなに儲かっていないらしい。

「そうなの、凄いよ総合的な技術はまあ、見ての通りだけど、駆動部分とかを作らせたらこの国でもトップクラス。本人は御覧の通り趣味に走りがちだから店は小さいけど」

「褒めるのか貶すのかどっちかにしろよ」

 言い合いをしているのに店主もオレイカも楽しそうに話している。
 オレイカも少し吹っ切れたようで安心した。

「なら俺がこの店で買う物はなさそうだな」

「オレイカのせいで商売あがったりだ」

「じゃあね、ケルクさん」

 俺が店先を離れるとオレイカも話を切り上げて俺の隣を歩く。

「何か用があるんじゃないのか?」

「王様に街を案内しようと思って」

「そうだな、助かる」

 さっきみたいに粗悪品でも買ってしまいそうだし、断る理由はないだろう。

「王様は何を探してるの?」

「小型の盾かな」

 昨日の戦いで盾が必要だと思い知った。
 呪文を唱えるための間を作るための盾が欲しい。
 今まではルリーラが俺に近づけさせないようにしてくれていたし、アルシェの存在もあったおかげで俺自身に攻撃が集中するということが無かった。
 そのため少し自分の余裕を作るのが下手になっている気がする。

「それならいい場所があるよ」

 連れられて着いた店の外観を見て確かにここなら売ってそうだなと納得してしまう。
 店先に並んでいるのは甲冑、店の名前はシンプルに防具、店構えも鉄で覆われていて納得と共に不安もあった。

「ヤグマさん、この人が盾欲しいんだって」

 立ち止まっている俺を無視して入るオレイカの後を追って店に入ると、中に居たのは甲冑だった。
 素人の俺が見ても立派で綺麗な甲冑だ。鮮やかな銀の色彩に細かい意匠が散りばめられている。

「あんたが客か」

 その甲冑は展示ではなく店員が着ているものだった。
 そのせいでくぐもった聞き取りにくい声の男性? が俺の前に立つ。

「えっと」

「ヤグマさん、やっぱり顔だけは出した方がいいって」

「そうか」

 兜を取ると中からは渋いおじさんが出てきた。
 顔には顎鬚のみがありその顎鬚は綺麗に手入れをされている。
 年は四十中ごろだろうか、落ち着いた雰囲気が大人を感じる。

「それで、どのような盾をお探しかな」

「小さくて動きながらでも扱えてそれで頑丈な物を」

 ヤグマとやらは顎鬚に触れながらしばらく考えると、店の奥に引っ込み何種類かの盾を持ってきた。

「君は魔法使いということでいいのかな?」

「そうですね、格闘もしますがサポートもします」

「それならこれがいい」

 差し出されたのは手甲、両腕分あり確かに動きやすそうだが守り切れるだろうか。
 装甲自体は厚いが、守る範囲は狭い。

「付けて、魔力を流してみてくれ」

 言われるままに手甲をつける。
 やはりこのサイズだと動きに支障が出ない程度に軽い。
 そして魔力を流すと手甲が開き小さな盾になった。
 手甲の厚みをそのまま生かした盾は魔力を帯び耐久も上がる。俺に文句のつけようはなかった。

「こういうのを求めていました」

 これなら近接にも耐えられて遠距離にも対応できる。

「変形する都合上関節部分が弱くなるのが難点だが、先陣を切るタイプでないなら十分だと思うよ」

「ありがとうございます。これ頂きます」

「お買い上げありがとうございます」

 買い物を終え店を出る。

「オレイカありがとうな。いい買い物ができたよ」

「それはよかった」

 笑顔を向けるオレイカを見て、大丈夫そうだと俺は心の中で安心した。
 完全に吹っ切れてはいないだろうが笑ってくれるほどには回復してくれている。
 ならそろそろ俺達は出発しても大丈夫そうだな。

「オレイカ、俺達は明日か明後日にはこの国を出るよ」

「わかった」

 そう言葉を交わす。
 そのまま二人で工房に戻り、みんなの予定を聞き二日後にこの国を出発することに決めた。
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