生まれた国を滅ぼした俺は奴隷少女と旅に出ることを決めました。

柚木

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泉の国 フリュー その二

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「ああ、最高の湖水浴日和だよな」

 空は晴天で雲一つなく、波も穏やか、風は穏やかで湖に冷やされて心地良い。
 爛々と輝く太陽は大きなパラソルに遮られ、ぽかぽかとした陽気をくれる。

 このまま眠りたいな。

 しかしそうは問屋が卸さない。
 太陽よりも暑苦しい存在が俺の横で大声を上げている。

「勝負だ、クォルテ・ロックス!」

 自称ライバルのフィルム・ガーベルトが、仁王立ちで俺を見下ろす。
 俺が短パンの様な水着にシャツを着ているのに対して、フィルムは完全に競泳用のぴっちりとした三角形の水着。
 適度に引き締まり腹筋は、六つに分かれていて余分な肉が無いように見える。

 何が言いたいかと言えばこの一言に尽きる。

 暑苦しい!

 火の魔法使いだからと言って、そこまで熱くなくてもいいだろうに……。

「聞いているのか? 俺はお前に勝負を挑んでいるんだぞ!」

「申し訳ありませんが、人違いではないでしょうか? 私はクォルテ・ロックスと言う名前ではありません」

「そんなわけないだろう、えっ、そんなわけないよな?」

 俺がじっと目を見つめると、フィルムの言葉は段々小さくなっていく。
 このまま諦めてくれないかな。

「クォルテもいい加減一緒に遊ぼうよ」

 ルリーラが俺の元にとてとてと歩み寄ってくる。
 ヴォールで買った上下が一繋ぎになているオレンジの水着、それに貸し出しだという浮き輪を装備している。

「わかったよ」

 俺の手を引くルリーラに声をかけながらシャツを脱ぐ。
 そのまま手を引かれ湖に向かって進む。

「やっぱりクォルテ・ロックスじゃないか! ふざけているのか!」

「だから違いますよ。私は別人です」

「クォルテだよね? 何言ってるの?」

「ほら、ルリーラちゃんもそう言っているだろ!」

 俺がはぐらかしてもルリーラがいる限り誤魔化しきれそうにない。

「ルリーラ、俺はフィルムに絡まれているんだ。一緒に遊ぶために俺はクォルテではないということにしておいてくれ」

「わかった」

「全部聞こえてるからな!」

 まあ、聞こえるように言っているので、何の問題もない。
 寧ろ、これで聞こえていないならこちらが逆に心配してしまうところだ。
 俺はフィルムいじりを続ける。

「何をおっしゃっているのか存じませんが、私はあなたの事は存じ上げません」

「そうだよフィルム。この人はクォルテに似てるけど、クォルテじゃない」

 俺がフィルムをからかっているのに気が付いているルリーラは、適当なことを言って話を合わせる。

「ならルリーラちゃんはなんでその人と手を繋いでいるんだ!? クォルテ・ロックス以外とも手を繋ぐのか?」

「そんなわけないじゃん」

「ならそいつはクォルテ・ロックスで間違いないだろ! 手を繋いでいるのが何よりの証拠だろ!?」

「でもこの人はクォルテじゃないよ」

 意外とルリーラも人をおちょくるのが得意だ。
 決して褒められたことではないが……。

「フィルムの負けですよ。私達も一緒に遊びましょう」

「イーシャさんだよな。久しぶり、いつもこいつの世話で大変だな」

「何なんだ、この扱いの差は……」

 俺がイーシャ・フィルグラムと話していることにフィルムは両手をついて項垂れる。
 ヒートアップしたフィルムが沈静化して、ようやくこの辺りの平均気温が下がった。

「申し訳ありません。折角声をかけて頂いたのにフィルムくんがこんなで」

 イーシャはリーダーの行動に対して深く頭を下げる。
 白髪の彼女が頭を下げると、長く綺麗な髪が肩から滑る。

「別に構わないよ、折角ここの湖がただで使えるんだしさ」

 俺達は人造魔獣を討伐した後、シシカの好意でここで使える無料券をくれた。
 本来は日頃の労をねぎらうために場所を取っていたらしいが、今回の戦いで多くの兵士が怪我を負いそれどころではないとのことだった。
 それならばと俺達に譲ってくれた。

 そしてフィルム達は、偶然この国に向かっている途中に出会った。
 その時に折角だからと声をかけて今に至っている。
 全員が湖水浴のために水着で遊んでいる。

「というかフィルムくん、クォルテさん達に誘ってもらったお礼を言いに来たんじゃないんですか?

 そう言ってイーシャがフィルムに詰め寄ると、フィルムは都合悪そうに顔を逸らした。

「すいません。この度はありがとうございます」

「元々結構人数に余裕があったから気にするな」

 イーシャが改めて礼を言ってくれた。
 だが、俺としてはこちらこそと言いたい。
 イーシャの水着姿はアルシェに及ばないまでも魅力的だ。
 雪の様な白い肌に、真っ赤な水着。その水着は上下に分かれており、局部を隠すというよりも、大きな胸部を支えるために背中と首元に紐があり、臀部を持ち上げる水着はしっかりと覆われ形が綺麗に見える。真面目そうな見た目の通りに女性らしく見えるのにいやらしくはない。いつまでも見ていたい姿だ。

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

 ついまじまじと見てしまい、イーシャに変な顔をされてしまった。

「気をつけてね、クォルテは美人が好きだから」

「えっ、あ、あのそれは困ります」

 ルリーラが余計なことを言うと、イーシャは体を隠す様にしながらフィルムの影に移動した。

「おいこら、人の仲間に色目使ってんじゃねえぞ?」

 復活したフィルムは俺をにらみつける。
 ルリーラに余計なことをと視線を向けると、プイッとそっぽを向いてしまう。
 俺がイーシャを見ていたことにご立腹らしい。

「フィルム。俺の仲間も綺麗どころが多いよな?」

 ルリーラを始め、仲間の七人全員が可愛い。そこにはなにより自信がある。
 ルリーラの幼いかわいらしさ、アルシェのあどけない無防備な可愛さ等々、言おうと思えばどれだけでも言えるほどだ。
 その事実をフィルムに尋ねる。

「そうだな。それがどうした?」

「お前は、俺の仲間に色目を使ったことはないのか?」

「ない、とはとても言えないな。これほどの美少女に色目を向けないのは失礼というものだ」

「そうだろうそうだろう。俺もそうだ。イーシャ、リース、ヴェルスとこれほどの美女が揃っているのに、そっけない態度を取っていいのか? いやいけない」

 俺がそう言うと、フィルムは目を見開いて驚く。
 俺が言ったことを心で理解しているようだ。

「そうだな。俺としたことが間違っていた」

 フィルムは晴れ晴れとしたいい顔で手を差し出す。
 俺もその手を笑顔で握る。
 見た目としては、半裸の男が笑顔で握手をしている。

「ルリーラちゃん、あっちで遊びましょうか」

「そうだね」

 ルリーラ達がともに湖に向かって数秒後、素に戻ったフィルムは俺の手を振りほどく。

「なんでだよ!」

「どうした、兄弟よ。俺達は今心の底でわかりあったはずだ」

「まあ、そうだな。わかりあったよ」

「俺達も早く行かないと、美女と遊ぶという時間が減ってしまうぞ?」

「それは拙いな」

「さあ、行こう。俺達の桃源郷へ」

 俺が手を差し出すとフィルムが握る。
 俺達は湖に向かって手を繋いだまま駆けだした。

「だから違うっつってんだよ!」

 またもや、フィルムは俺の手を振りほどく。
 どうやら勢いに任せても駄目らしい。
 同士として接すればわざわざやり合う必要はないかと思っていたが、そう上手くは行かないらしい。

「地の国では負けたが、今度こそ俺は勝つ!」

「やらないと駄目か?」

「もちろんだ。男なら俺の勝負を受けろ!」

 ビシッと俺に人差し指を向けるフィルムに俺は疲れを感じてしまう。
 もうこうなったら受けるしかないんだろう。

「わかった、受けてやる」

 俺は根負けする形でフィルムの勝負を受けることにした。



「それで、どう対決するつもりだ?」

「それは……」

 渋々対決を受け入れ聞いてみたが、フィルムは言いよどむ。
 完全に行き当たりばったりの申し込みだったらしく、今も目が忙しそうに動き回る。

「じゃあ、無かったことにして遊ぶか」

「待って! もう少し待ってここまで出てきてるんだから」

 そう言って指したのは喉元ではなく頭だった。
 普通その言い方だと喉だろ。とツッコミたかったが、それはそれで間違っているので何も言わない。

「えんえ、い?」

 絞り出したのは遠泳らしい。

「それで、ルールはどうするんだ? やっぱり時間か? どっちみち俺は水の魔法使いだぞ、勝てると思っているのか?」

 俺は矢継ぎ早に疑問点を言うとフィルムは混乱した。
 目だけではなくついに体までもおろおろとし始める。
 やはりこいつは面白いな。どこまでいけばパンクするか試してみるか。

「クォルテさん、その辺で許してあげていただけますか?」

「イーシャさんがそう言うならやめてあげよう」

 面白がっていたが別に泣かせたいわけではないし、むさ苦しい男の空間に女性が来てくれて気分もよくなった。

「クォルテ、いじめはだめだよ」

 ルリーラまで俺の元に来る。
 そのまま立っている俺の股の間にすっぽりとはまり体を預ける。
 あまり絵的に健全ではないため肩を掴み密着はしないようにする。

「じゃあ、オリエンテーションみたいなゲームにするか」

「そんなのがあるのか?」

 俺の言葉にフィルムが復活する。

「全部で三試合、遠泳、ボート、ビーチフラッグ辺りでどうだ?」

 適当に海でやるような競技を三つあげる。
 ルールはこの後すり合わせればいいだろう。

「褒めてやろう、ではその三つで勝負だ、クォルテ・ロックス!」

 もう一度落ち込んでいてくれないだろうかと、俺は心からそう思った。

 競技が決まってから、すり合わせた結果ルールが決まった。

「そんじゃ最終確認。人数は、そっちに合わせて四対四。こっちはルリーラとアルシェとセルクとミールが不参加だ」

「参加できないのは残念ですね」

 口ではそう言うミールだが、確実に参加しないことに喜んでいた。
 逆にルリーラはつまらなそうに口を尖らせ、アルシェに抱きかかえられている。

「遠泳のルールはシンプルに対岸まで行って戻ってくるまでの時間。ボートは乗り手が一人に操縦士が一人、操縦士は魔力の供給で船を操縦するが目隠しをする。乗り手は操縦士に指示を出す。その状態でこの湖を一周する。最後のビーチフラッグは三回勝負で、こっちもシンプルに先に旗を取った人の勝ち。そのほかはまあ、言わなくてもわかるしこんなもんでいいだろ?」

「ああ、異論はない!」

 一堂に会する場で俺は説明した。
 フィルムはなぜか胸を張ってそう言っているが、ほぼ俺とイーシャさんが考えたもので、フィルムはあまり案を出せていない。出したのは精々遠泳という単語だけだ。

「そんじゃ、オレイカに船を作ってもらっている間に遠泳か、ビーチフラッグをやりたいと思うけど、どっちがいい?」

「なら最初は俺の案である遠泳から勝負だ!」

 からかう分にはいいが、絡まれると本当に暑苦しい。
 水着のせいなのか、自信満々で力強い声のせいなのかはわからない。

「こちらの出場選手はヴェルスだ」

 最初に出てきたのは向こうで唯一の奴隷ヴェルス。
 一歩前に出てきて一礼する。
 黒髪で、フィルムが遠泳なんて体力勝負で選んだんだから見たまんまなのだろうが、無口でよくわからないというのが俺の印象だ。

「こっちはフィルだな」

「はーい」

 フィルは新調したらしい緑色の水着、上下に分かれているタイプで中々に際どい。
 包帯の様に胸の登頂から一本の布だけで、谷間が上と下から見えている。それで泳いで水着が取れないのか心配になる。
 そのせいで動くたびに跳ねるように動き、あまり直視できない。
 それはどうやらフィルムも同じらしく、フィルから視線を外している。

 対するヴェルスの水着は競泳者の水着の様で、ルリーラと同じ上下が一体になっている。
 鍛えているらしい肉体は、覆われた水着の上からでもしっかりとわかる。
 この体型ならアルシェやイーシャさんの着ている直接男を誘惑する様な水着よりも、健康的な肉体美で責めるのは間違っていない。

「フィルムよ、どうやら引き分けのようだな」

「そのようだな」

「ご主人は何の勝負をしているの?」

 フィルの言葉に女性陣全員から軽蔑の視線が向けられる。

「えっと、じゃあ二人ともスタート地点に並んで」

 俺が無理矢理に進めようとすると、全員が軽くため息を吐いて二人が並ぶ。

「よーい、どん!」

 フィルムの掛け声で二人が一斉に動く。
 ヴェルスは真面目に湖を泳ぎ始める。綺麗なフォームで湖を進む姿は実に素晴らしい。
 バタ足は一定のリズムで行われ確実な推進力になる。腕も伸びしっかりと水を掴み体を前に進める。正に理想的な泳ぎ方だ。
 だが、それでもフィルの方が圧倒的に早い。

 風で足場を作り、その上を圧倒的な速度で走り出す。
 流石使い慣れているだけあり、その動きによどみがない。
 フィルの戦い方を見ていない人から見れば、フィルが水の上を走っていると勘違いしてもおかしくない。
 そのままヴェルスが全行程の四分の一を進んだ段階でフィルは戻ってきた。

「勝者!」

「いえーい」

 俺がフィルの腕を持ち上げるとフィルは笑顔で勝利を受け入れる。

「待て待て、今のは無しだろ!」

「何を言うんだ。ちゃんとフィルは向こう岸に行って戻ってきたぞ。証拠が見たいなら向こう岸に行けばフィルの足跡があるぞ」

「ちゃんと足跡が残る様に思いっきり蹴ったから」

 そう言ってフィルは親指を立てる。
 文句のつけようがない勝利のはずだ。

「そうじゃない、遠泳って言ったろ!? 遠泳、遠くに泳ぐで遠泳だ。今のはかけっこだろ」

 もちろんそれはわかっているが、普通に認めるのは癪なのでもう少し粘ってみることにした。

「ルールは向こう岸に行って戻ってくることだろ? つまりそれさえ守れば反則じゃない」

「くっ、尤もらしい理由を……」

 ちなみにもちろん遠泳ではないのでこちらの反則だが、フィルムはそれに気が付いていないらしく、何かないかと考えている。

「フィルムくん、遠泳なんだから今の誰が見ても反則だよ。さっき説明でも知っていることの説明はいらない。って言ってたんだし」

「そうだ。そうじゃないか今のは反則だぞ」

 リースに言われようやく気付いたフィルムがそう言ったため、ヴェルスの回復を待って再度仕切りなおすことにした。

「オレイカ、船はできそうか?」

 休憩中に船を作っているオレイカに声をかける。

「順調順調、私の手にかかれば楽勝だよ」

 すでに船の形を作り終え、魔力を通す部分を作りに移ったオレイカはそう言って作業を続ける。
 要望の二人乗りは問題なさそうだし後は任せても問題ないだろう。

「色は二色にしてくれ、黒い船と白い船。向こうに船を選ばせればそれで対等だろう」

「わかった」

 これでいいだろう。
 さっきは少しふざけてしまったが、勝負は対等にやらないとな。

「兄さん、オレイカさんはどうでしたか?」

「順調だってさ」

「そうですか」

 ミールは俺に尋ねるだけ尋ねオレイカの元に向かった。
 たぶん暇になりオレイカの技術でも盗むのだろう。
 オレイカの隣に座るミールを見て、従兄離れできたなと少しだけ安心した。

 それから十分ほどの休憩を終え、遠泳を再開することにした。



 休憩を挟み再びヴェルスとフィルがスタート地点に着く。

「今度はさっきみたいに水上を走るなよ!」

「冗談が通じない男はモテないぞ」

「雑な嘘を吐く奴の方がモテないだろ」

 フィルムは俺の言葉に噛みついてきた。
 てっきりマジで? とイーシャさん辺りを見ると思っていたが、どうも無駄なところで成長しているらしい。

「俺ほどモテる男はいないだろ」

「……。それじゃあ二人とも準備はいいか?」

 フィルムは成長していないようで安心した。
 イーシャさんはそんなフィルムを見て頭を押さえている。

「反論もできないのか。どうやら俺の勝ちみたいだな」

 イーシャさんは頭を抱えしゃがみこんだ。
 心中お察しします。

「よーいドン」

 掛け声とともに二人が湖に飛び込む。
 ヴェルスの疲れは取れているようで、先ほど見た通りの綺麗な泳ぎを見せぐんぐんと進んで行く。

「フィルさんの姿はどこだ?」

 かたやフィルは飛び込んでから姿を見せない。
 呼吸の痕跡もなく完全に姿を消している。

「おい、溺れてるんじゃないか?」

「そんなわけないだろ」

 フィルはそんな軟な奴じゃない。
 おそらくは潜水しているのだろう。

「あいつは奴隷になってから水の国で育ってるんだぞ」

「心配じゃないのかよ」

「だから心配なんていらないんだよ」

 ヴェルスが片道の半分、つまりコースの四分の一泳ぎ切った所で、水底から何かが急浮上してくる。
 水面を押しのけ風を纏うフィルが水中から飛び出す。
 手と足に風を纏い、風の推進力を利用しているらしく水が螺旋を描いて空に散る。

「魔法?」

「今度はちゃんと泳いでるし、魔法が禁止ってことはないよな」

 フィルムはすぐにイーシャさんを見るが、首を横に振られてしまう。
 遠泳の大会に魔法はつきものだ。
 さっきみたいに水上を移動するのは流石に反則だが、水中なら問題ない。
 水中でどれだけ自分のステージを作れるかが勝負の遠泳。
 おそらくフィルムは、体力をつけるために行う遠泳を頭に思い浮かべていたのだろう。

「ヴェルス、お前も魔法で対抗しろ!」

「フィルム、ヴェルスの魔法は無理です」

 イーシャさんの呼びかけでヴェルスの魔法が火だと知った。

「火の魔法を使う遠泳の選手はいないぞ」

「なん、だと……」

 フィルムはそのままがっくりと膝を着いた。
 たぶんヴェルス本人もそれは気づいていて、普通に泳いでいるんだろうな。
 ヴェルスが折り返し地点に到着した時にはこちらはゴールまで後一歩のところまで来ていた。

 当然この勝負はフィルが勝った。

「いえーい」

 テンション高くみんなとハイタッチする中、フィルムは完全に項垂れていた。
 それから少ししてヴェルスが陸に上がる。
 この長距離を泳ぎ切ったにも関わらず、息一つ切らさない彼女の持久力はすさまじい。たぶん魔法なしだったらこっちが負けていたかもしれない。

「えっと、大丈夫か?」

「ああ、これは三本勝負だ。残りの船とビーチフラッグでこちらが勝てば俺達の勝ちだ!」

 そう言って立ち上がりこっちを指さす。
 この体たらくでなぜそうも自信があるのか俺にはわからない。

「フィルム、明日から色々と勉強しよう」

「イーシャ、そうだな。今日の負けを明日の糧にして打倒クォルテ・ロックスだ!」

「その調子だよ」

 イーシャの言葉に元気を取り戻したらしいフィルム。

「船が出来てないってことは、次は私だよね。フィルムくんみたいに醜態晒したくないな」

 フィルムの心が折れた音が聞こえた気がした。

「王様、船の準備できたよ」

「じゃあ、私は次だね。よかったよ、こんなバカンスに来て負けたくないもんね」

 ヴェルスにまで平然と毒を吐いた。
 ヴェルス本人は表情に出ていないので傷ついたかはわからないけど。

「でもビーチフラッグが最後だとリース達が大取になるよね?」

 イーシャさんの言葉にリースの動きが止まる。

「じゃあ、ビーチフラッグで私達が最初でお願いします」

「はい。別に大丈夫です」

 大人しいと思っていたのに全力で詰め寄られ、俺は頷く。
 別に順番は決めていないのでここまで近づかなくてもと思うけど。

 それから準備に入った。
 スタートラインを決め、そこから長くない距離の所に旗を設置する。

「また面倒なことになる前にルールの確認をしたいんだが」

「魔法の使用は可、先に旗に触れた方が勝ち。三回勝負だ」

「いいんじゃないか?」

 極々一般的なルールだ。
 今回は特に何も企んでいないし俺が何かをするつもりもない。
 こっちはサラだしまともな勝負になるだろう。

「旦那様、旗に触れれば勝ちですね」

「そうだ。魔法のしようも問題ない」

 サラは細い指を顎に当てる。
 今日はいつもみたいに髪を後ろに結っているわけではなく。頭の後ろで長い髪を団子状に纏めている。
 そのせいかいつもよりも女性らしい。
 余計な脂肪の無い身体は武芸者らしくカッコいいが、その鍛えた筋肉のおかげで膨らんだ胸部は重力に負けることなく前を向き、武芸者に大事な下半身も尻が持ち上がるほどに鍛えられている。
 いつもは浴衣によって隠されているその肉体は今真紅の上下に分かれた水着だけになっており、凛々しくもカッコいい女性となっている。

 そんなサラと対決するのは、リース・ヤングル。
 地の国でルリーラと対決した彼女はルリーラが出ないことに多少拗ねているがそれでもスタート地点に待機している。

「サレッドクインさんでしたよね。よろしくお願いします」

 隣に並ぶサラに挨拶をする姿はルリーラに似ている。
 それに着ている物も似ている。
 ルリーラの様に上下が繋がっているタイプの青い水着は競泳用に見えなくもないが、女の子らしいスカートの様な可愛らしフリルがあしらわれている。
 どこか恥ずかしそうにしている仕草がその容姿と噛み合い、とても愛らしい。
 俺がフィルムに親指を立てるとそれにいい笑顔で返してくれる。どうやら今回も引き分けらしい。

「旦那様、合図を」

 俺がフィルムと通じ合っている間に二人の準備は出来ていた。
 旗の反対側に頭を置き、うつぶせになる。

「ところでサラ、刀を持ってるのは何でだ? 走りにくいだろ」

「刀を持たずに私は勝てないので」

 俺は一応フィルムを見る。
 フィルムが頷いたのでそのまま帯刀を認めることにした。
 その時は特に気にせずに先に進めることにした。

「よーいドン」

 先に動いたのはリースだった。
 黒髪らしい反射神経でサラが起き上がる時にはすでに駆けだしている。
 これはもう勝負がついたな。
 そう思った矢先、かちゃりと金属が動く音が聞こえた。
 その音の先にはサラが居合の構えをしている。

「サラ?」

 俺が声を出して周りが気づく。
 先頭を行くリースもその構えに気が付き咄嗟に脇に跳ぶ。

 そしてそれを見計らったタイミングでサラは刀を抜いた。
 魔力も溜めていたらしく刀身が赤く光、光の線が生まれる。
 その光の線は一直線に旗に向かい、見事に旗は斬撃に触れ真っ二つになった。

 かちんと刀が鞘に収まる音で一連の動きが止まる。

「これで僕達の二勝だな」

 なぜかサラはそう宣言する。
 あまりにも滅茶苦茶な言動に誰かが言葉を発するのに数分かかった。



「サラ、一体何がどうしたら今のが勝ちになるんだ?」

 あっけに取られて一分ほど、俺はサラに今のどこが勝ちになるのかを聞いた。

「最初に旗へ触れた者が勝者で、僕の攻撃が先に触れた。誰がどう見ても僕の勝ちだろ」

 なるほど、確かにルール通りだ。
 誰も手で触れた方が勝ち。そうは言っていない。
 ルール通りでやって機転を利かせて勝利したと、サラは胸を張って答えた。

「誰もとんちを聞かせろなんて言ってないからな」

 だが確かにこの短距離で茶髪が黒髪に勝てるはずもない。
 サラなりに何とか勝とうと考えた結果なのだろう。

「サラはこう言っているが、どうする?」

 フィルムに話を振る。
 俺は考えた末の作戦とみなしてやりたいが、相手側が不服を感じたなら素直に負けを認めようと思った。

「いいんじゃないか? 確かに手で触れたらなんて言ってないしな」

「なら一本目はサラの勝ちってことでいいのか?」

 フィルムが頷いた。
 向こうが了承してくれるなら、俺としてはこっちが勝っているので別に異論はない。

「だが、次からは普通にやって――」

「あの、ロックスさん」

 リースが突然手を挙げフィルムの言葉を遮った。

「やっぱり納得いかないか?」

 あんな反則紛いの行動をされれば文句も言いたくなるだろう。
 そう思い聞いたが彼女は首を横に振る。

「ちびっ子は今の攻撃よりも先に旗を手に入れましたか?」

 真剣な表情での質問に俺は少し考える。

「たぶんな。ルリーラならできると思うぞ」

 親バカの様な発言をしてしまったが、ルリーラなら何が何でも先に手に入れていたはずだ。

「わかりました。次も今と同じルールでいいです」

「おい、リース」

「フィルムくん。私あのちびっ子には負けたくないの。あいつにできるなら私にもできる」

 心配して声をかけてくれたフィルムの言葉をリースは強い眼差しで拒否した。
 ガリクラでの因縁はまだ続いているらしい。大人しい見た目に反して随分と交戦的だな。

「ねえ、サレッド私と変わってくれない?」

 近くに寄ってきたルリーラがサラにそう提案する。

「それはできない。この勝負は僕の勝負だ。勝手に入ってくるな」

 サラはそう言ってルリーラの提案を拒絶する。
 サラの目に火が灯った気がした。

「旦那様、僕の居合はルリーラにも負けないし、リースにも負けない。誰よりも早いのは僕だ」

「そりゃあ悪かったな」

 サラもサラで負けず嫌いだ。
 リースと俺の言葉でルリーラに負けていると言われ、内心穏やかではないらしい。
 そして二人は再び位置に着く。

 妙な組み合わせになってしまった。と腹這いになる二人を見て思う。
 互いに相手を敵対視しているわけじゃない。互いが敵の向こうにいるルリーラを見て戦いに挑む。
 レクリエーションとは思えないほどに殺気が滾る二人は、どの姿勢が一番自分に合っているかを探っている。

 二人が完全に動かなくなるまで誰も言葉を発しない。
 異様な緊張感の中ようやく二人の動きが止まる。
 サラは肘を少し曲げ右手で刀を握り左手で鞘を握る。
 対するリースは自分の腹の横に両手をついている。

「よーいドン」

 反応が早かったのはサラだった。
 手を軸に半回転するとすでに居合の構えになっている。

 対するリースも片腕を軸にし立ち上がり、回転を殺した足を軸に旗に向かっていく。
 一歩踏み出し距離の半分を稼ぐ。
 それと同時にサラは刀を抜く。
 しかし、サラの居合は失敗した。

 体勢が悪かったのか足を滑らせたせいで、鞘から抜く加速が出来ずそのまま倒れ込んでしまう。
 急いで立ち上がるが、立ち上がった時にはリースがすでに旗を手に入れ仲間達と喜んでいた。

「大丈夫か?」

 俺が声をかけると、サラはうつむいた。

「申し訳ない」

 陰鬱そうに頭を垂れるサラの頭を俺は叩く。
 ぺちっと軽い音が鳴り、サラが目を見張る。

「いきなり何をするんだ」

 突然の俺の一撃に周りが注目する。
 何もわかっていないサラにもう一度一撃入れる。

「だから何だ!」

 まるでわかっていないサラは俺が叩いたことを責める。

「緊張しすぎ。立ち上がった時力が入りすぎだ。そんな居合なんてアルシェでも避けれるぞ」

「そうかもしれないな」

「そもそも別に勝たなくてもいい勝負なのに何を気にしてるんだ? これに負けても死にはしないし仲間がいなくなるわけじゃない。それと、お前は誰が相手かわかってるのか?」

 そう言われ、サラは改めてリースを見た。
 自分よりも小さな少女を見て、改めて刀を握る。

「旦那様、今の発言一つ言い返したい。この世に勝たなくていい勝負はない」

 サラの目に映る灯は静かに激しく燃えている。
 これで変な失敗はないだろう。後は本当の実力勝負だ。

「そうだな。その通りだ」

 満足気な笑顔を顔を向けるサラは三度うつぶせになる。
 始めから刀を腰に結び、リースと同じように手をつく。
 その姿にリースもうつぶせになる。

 準備が整ったことを確認し、俺は三度目の勝負の開始を宣言した。

「よーいドン」

 今回は初めてサラが先手を取った。
 いち早く立ち上がり刀に手を置く。そこから腰を回し鞘を加速装置に刀を抜き出す。
 そしてサラにわずかに遅れリースが寝たまま反転する。
 足を地面に擦りながら、寝たままの姿勢からのスタートダッシュ。
 サラの居合から生まれた斬撃は、一直線に進む。
 しかし、そこまでしてもリースに一歩及ばない。
 リースが先に旗を手に取り天に掲げる。

「リースの勝ちだ」

 俺がそう宣言すると、リースは喜びフィルム達の元に向かう。
 そしてサラは負けを噛み締めるように天を仰いだ。

「おしかったな」

「負けは負けだ」

 サラはそのまま湖に入る。
 少し潜り、やがて浮上する。

「僕もまだまだだったってことだな」

 そのまま目を瞑ると水がサラの頬に流れていく。

「これで一勝一敗だぞ。クォルテ・ロックス。次で雌雄を決しようじゃないか」

 しんみりとした雰囲気をフィルムは盛大にぶち壊す。
 カッコよく決まったと一人悦に入るフィルムを見るみんなの目は冷たい物になっていることに気づきはしない。

 一勝一敗で来た最終決戦になった。
 オレイカの作った船は後方に舵があり、その舵に魔力を流すことで両脇にある羽が動く仕組みだ。
 その船をを二隻並べフィルム達に選ばせる。

「一応どっちも同じように作らせた。だから好きな方を選べ」

 白と黒の船が並ぶ中フィルムはしばらく悩む。
 俺としてはどっちも同じなので早く決めてもらいたいのだが、先の二戦でこちらがやらかしているのでしっかりと船を二隻比べている。

「よし黒にする」
「じゃあ、俺達は黒だな」
「いや、やっぱり黒だ」
「じゃあ、俺達がし――」
「やっぱり俺達が白だな」

 そんなやり取りをしばらく繰り返しようやく最初に言った黒を選択した。
 そこまで疑心暗鬼になられると態度を改めないといけない気になってしまう。

 それから二隻の船を並べ、俺達は乗り込む。
 フィルム達の船にはフィルムとイーシャさんが乗り俺達の船には俺とオレイカが乗る。

「ルールはこの湖の外周を一周してまたここに戻ってくること。俺とフィルムは指示役で実際に船を操作するのはオレイカとイーシャさん。そんなところか?」

「妨害はありなのか?」

「無しだ。船が壊されてしまうからな。魔法は自分の船にのみだ」

「よし、なら大丈夫だ」

 俺が参加する以上スタートの合図ができないため、ミールがスタートの合図を出す。

「よーいドン」

 最初に動き出したのはフィルム達だった。船に魔力を込めるとフラフラとしながら、順調に進んで行く。
 そしてなぜか俺達の船は動かない。

「オレイカ早く動かさない……と……?」

 オレイカは目隠しをしたまま船に一個の機械を装着した。
 俺の目が確かなら、それには船に最初からついている物とは別の推進力になるような立派なプロペラが四枚付いている。

「よし。行こう」

 オレイカがそう言うと急激に魔力がその機械に流れていく。それを原動力にプロペラは回転を始める。
 そして急加速を始めあっという間にフィルム達を追いこしていく。

「オレイカ早い、ぶつかる」

 カーブを曲がり切れないような速度を出しているが、船はなぜかガリガリと音を立て岸を削りながら進んで行く。
 そして俺が指示をする暇もないまま外周を道標に、俺達の船は外周を一周しスタート地点に戻ってくる。

「王様、私達の勝ちだよ」

「いや、間違いなく俺達の負けだろ……」

 またも俺達は因縁を付けられるような結果を残してしまった。



「フィルム、すまない」

 俺達がゴールした後にフィルム達は半周もしないまま戻ってきた。
 対決にもならないその現状に俺は素直に頭を下げる。

「正直びっくりしたぞ。早いどころじゃなかった」

「私もです。あの速度で突っ込んでこられるとは思ってもみませんでした」

 落ち込むよりも呆然としている二人は愚痴をこぼす。

「オレイカ、なんでこんなことをしたんだ?」

「なんでってミールが、兄さんを必ず勝たせるために、急加速の機械を作ってください。って言ったからその通りにしただけだよ」

 犯人はミールか……。
 それにしてもなんでオレイカはその言葉を信じて作ったのか……。

「フィルムすまないな、俺の従妹がやらかしたらしい」

「そうみたいだな。あんまり怒らないでやってくれ。さっきのは仕切り直しでいいんだろ?」

 俺とのやり取りでは小物なのに女が絡むと器が大きくなるんだよなこいつは。

「ミールちょっと来い」

 とりあえずオレイカへの説教は後にしてミールからだ。
 今回の対決でミールは参加を辞退した。疲れていると思いそれを了承したが、どうやら裏で糸を引くつもりだったのだろう。

「なんでしょうか兄さん」

 何も悪ぶれない従妹に頭にずきずきと痛みが現れる。

「俺は今回結構真面目に対決を受けたつもりなんだがな」

「はい。知っています。なので兄さんの流儀で私も対応しましたよ」

「俺って普段こんなか?」

「はい。ルールの裏を突いてギリギリ反則を取られないラインを見つけ、そこのギリギリを常に攻め続ける戦い方が兄さんらしい戦い方です」

 俺はそんなはずはないと思ったが、仲間が全員頷いた。

「すまない。どうやら俺が全面的に悪いらしい」

 俺はフィルムに深く頭を下げる。
 ミールの言う通り俺はそう言う戦い方だったらしい。地の国でもそう言う戦い方だったし普段の戦いでも俺は相手の意表をついてきた。
 それが仲間に波及していたのだと考えれば俺が悪いのは道理だ。

「別に構わないさ。今度は真剣勝負だ。道具の使用は不可でいいだろう?」

「最初からそのつもりだったんだけどな」

 誰にも聞こえないように俺は呟く。

 改めて船に乗りこむ。

「今度はこの船だけに魔法を使ってもいいんだよね」

 目隠しをしオレイカも船に乗り込む。
 おっかなビックリの様子で船に片足を乗せると、船が揺れる。

「おっと」

 船が揺れバランスを崩したオレイカの手を取る。
 オレイカの白い手を掴むと、そこにはオレイカの胸が目の前にあった。
 立派に育ったたわわな果実は肌と同じ純白の布に包まれ、船の揺れに合わせ俺の目の前で小さく動く。

「王様ありがとう」

 そう言いながら慎重に動き少しだけかがむと、二つの白い山の間にある深い谷間が俺の眼前に迫る。
 その谷間に落ちてしまいたい欲求にかられる。
 思わず凝視してしまいダメだと目を反らそうと考えるが、今俺が凝視していることに気付いている人間が誰もいないことに気付く。
 他の連中はオレイカの影になり俺を見ることはできず、オレイカ本人も目隠しをしていて見えていない。
 それなら俺は誰に遠慮して目を反らすというのか。
 手を出さないと決めているだけで見るくらいならいいのではないか。と自問自答する。

「王様?」

 急な呼びかけに俺の思考が眼前に戻るが、そこには大きな深い谷間がある。

「どうした?」

「船が揺れるから手伝ってくれる?」

 そう言ってもう片方の手も俺に差し出してくる。
 俺はおう。と返事をしもう片方の手も掴む。
 白い肌は一流の職人とは思えないほどに滑らかで柔らかい。

 そして今現状がいかがわしい状況だと気づく。
 目の前の白銀の狼の耳と尻尾を持った巨乳の美少女が目隠しをされたまま船に乗せられている。
 さっきは何も思っていなかったが、これは中々に嗜虐心を刺激する。
 最近の激闘に我慢をし続けた俺の妄想が広がる。

 いやいや、それは良くない。手を出していなければ何をしていいというわけではないのだ。
 落ち着け。落ち着くんだ。
 溜まりに溜まった衝動を胸の奥にしまい込んでしっかりと蓋をする。
 ようやく桃色の思考から俺は抜け出す。

「王様、どうしたの? 早く引いてよ」

 抜け出した安堵から気が抜けていたので咄嗟なその言葉に俺の体は反応する。
 力の入りすぎた引きはバランスの悪いオレイカの体を、真直ぐ自分に引き寄せてしまう。

「あっ」

 当然オレイカはバランスを崩し俺の方に倒れてくる。
 妄想の通りに俺の顔はオレイカの深い谷間に吸い込まれていく。
 弾力があり柔らかい膨らみが俺を飲み込む。
 オレイカに乗られてしまう俺はバランスを崩してしまう。

「えっ」

 誰の声かわからない声が聞こえると船が大きく傾く。
 そのまま船は縦になると俺は後頭部から湖に突っ込んだ。

 冷たい水に包まれ太陽の光が乱反射する水面を眺める。
 煩悩なんてろくなもんじゃないな。
 美しい自然の光景が俺の矮小さを明らかにしてくれた。

 完全に煩悩が退散し俺はオレイカの手を引き岸に上がる。

「何があったの?」

 全身がずぶ濡れになったオレイカは目隠しを外す。
 フルフルと動物の様に頭を振り水を払う。

「クォルテ、何してるの?」

 ルリーラ達が近寄ってきて俺を陸に引っ張り上げてくれる。

「フィルムさん達も落ちちゃいましたし疲れてますか?」

 アルシェがそう言い、俺はフィルムを見る。
 そこには俺達から少し遅れ水面に顔を出すフィルムとイーシャさんがいた。
 それに気が付いたフィルムと目が合う。
 フィルムの顔は清々しく、何かを悟ったような顔をしていた。

 俺はすぐにフィルムも同じ状況にあったことを悟る。
 俺と同じく、イーシャさんの胸に目を奪われ湖に転落したのだ。
 俺とフィルムはこの瞬間心が通じたのだ。

 それから俺達は船に乗り直す。今度は転覆することもない。
 悟りを開いた俺とフィルムは今更煩悩に取り込まれはしない。

「フィルム、正々堂々決着をつけようぜ」

「そうだな。これで決着だ」

 二人はレースに勝つために前を見据える。
 俺達の目にはもはやコースしか見えていない。

「なんか怖いんですが大丈夫ですか?」

 俺とフィルムはそんなことを言うミールに頷く。
 俺達二人の顔を見たミールは若干後ろに下がりレースのスタートを切る。

「よーいドン」

 外周に沿っているのはフィルム達で俺達は内周に居る。
 両者ともに順調な滑り出しで最初のカーブを曲がっている。
 この勝負の難関は全部で三か所、船が二隻すれ違うことができない小さな入口の入り江、岸に近く湖底が浅い浅瀬、そして岸が一か所だけ突き出しており直角に曲がっているカーブ。
 最初のなだらかなカーブを曲がると最初の入り江が近づいてくる。

「オレイカ、岸側に近づけろ」

 この入り江に先に入るには岸側に近づくのが一番だ。
 先に侵相手の妨害と入り江の入りやすさのために、フィルム達の船を退かしながら船を進める。

「イーシャ、全力で前に突っ込め」

 入り江に俺達が入る少し手前でフィルムはそう指示を飛ばす。イーシャさんは一瞬のためらったが言われるままに加速する。
 なるほど、俺達をはじいて先に中に入るためか。
 俺達を先に入れないために後ろから押す。そうすることで俺達は入るために少し時間をかけないといけない。

「オレイカ、停止! そんで船を守れ」

 だけど甘い。俺はぶつかる直前に船を止める。
 その直後にフィルム達の船が激突してくる。
 両者の守りは完璧で船に傷はないまま、フィルム達の船に押される。

「今だ右に曲がれ」

 俺の指示で俺達の船は小さな入口へ先に侵入する。



 圧倒的に有利なまま俺達は先に入り江に入る。

「浅瀬があるから少し左だ。乗り上げないように気をつけろよ」

「岩礁に乗り上げても動けるから平気!」

「そうじゃなくて時間のロスになるからだ」

 確かに魔力で強化された船が岩礁で壊れるなんて思ってもいないが、十分な時間のロスになることは明白だ。
 それなのにわざわざ岩礁に乗り上げる必要はない。

「ちょっとフィルム。ちゃんと岩礁がない所。教えてよ」

 イーシャさん可哀想に。
 フィルム達は岩礁に乗り上げたようでガタガタと音を立てながら陸路を進んでいる。

「ああなりたくなかったら言う通りに動けよ」

 後ろの失敗が聞こえたのか、オレイカは俺の言う通り少し岸から離れるために左に舵を切る。
 不意打ちでその辺りに岩礁にぶつかりながらも俺達は入り江を抜け出す。

「少し右に曲がってそこからは直進。あんまり右に行き過ぎるなよ」

 俺の指示に従いオレイカはコースを進む。
 俺達から送れフィルム達も入り江を抜ける。
 最初の関門を超えたところでフィルム達に変化がある。

「イーシャ、もう少し左だ。右には岩がある、次は右だ、そこからは全力で進め。しばらく岩はない」

 フィルムの指示が細かくなってくる。
 フィルムは水面すれすれに顔を近づけ、岩の位置を確認しながら進路を決めている。驚くほどに丁寧で目に見えた事実を全て言葉にし指示を出す。

 本気だな。
 俺達の間にほとんど差が無くなり始める。
 手を伸ばせば届くほどに近づき、俺達の隣に並ぶ。

「追いついたぞ。クォルテ・ロックス」

 水面だけを見てこちらに言葉を飛ばす。
 その顔は真剣そのもので茶化す気にはなれない。

「フィルム本気でやりあわないか?」

 俺は面白くなってきて提案する。

「妨害あり。二人の目隠しも外して本気で戦う。それで最初に着いた方の勝ち」

「いいぜ。クォルテ・ロックス受けて立つ」

「二人とも目隠し外していいぞ」

 何か言いたげな二人だが大人しく目隠しを外す。

「王様、本気なの?」

「もちろんだ。ちょっと楽しくなってきた」

 俺が笑うとフィルムも笑う。
 戦場の対決にこいつもわくわくしているのだろう。

「フィルム、相手は水の魔法使いですよ」

「イーシャ悪いな、俺も楽しくなってきた。船のぶつかり合いなんてやってられないくらいに」

 先を進む二隻の船は同時に浅瀬に到達する。

「炎よ、爆炎よ、地を抉れ、ボム」
「水よ、激流よ、道を作れ、ウェーブ」

 二人の呪文が重なる。
 フィルムの魔法は浅瀬の岩を砕き自分達の行き先を確保する。
 反対にこちらは水の量を増やし船底が岩にぶつからないように回避する。

「まだ行くぞ。炎よ、無数の爆炎よ、地を抉れ、ボムレイン」

 呪文の通り無数の炎の塊が空中に浮かぶ。
 太陽よりも眩しく輝く炎の塊は俺達に向かって雨の様に俺達に降り注がれる。

「地よ、土塊よ、我らを守る盾となれ、クレイマン」

 船の操縦をやめて唱えたオレイカの魔法により、岸の土は大きな土人形に変わる。
 土人形はそのまま生えている木を抜くと、火球に向かってその木を振りぬく。
 その振りぬいた衝撃は風となり湖に波を立てる。

「風よ、暴風よ、我が敵を土に返せ、テンペスト」

 全ての火球が打ち落とされる前にイーシャさんの魔法が発動する。
 暴風に巻き込まれた土人形は土に戻り、いくつか火球が残る。

「船を打ち落とせ!」

「止まるな進め」

 俺の言葉にオレイカは反応し船を動かす。

「無駄だ」

 船は暴風に煽られ思うように動けない。そんな風に見えている。
 俺達の船は波に流されるようにコースを進んで行く。
 高く動く波は船を動かしながら火球から俺達を守る様に激しくうねる。

「さっきの魔法か」

 フィルムはそこに気が付いた。
 この波は暴風だけが原因じゃない。俺の魔法がまだ働いている。
 水の流れを自分達には有利に動かし相手には不利なように動かしている。
 ここまで魔法の乱発になるとは思っていなかったが、今回はいい目くらましになった。

「炎よ、爆炎の龍よ、我が宿敵を討ち滅ぼす兵器よ、我が命に従い邪悪な姿を我の前に示せ、ファイアドラゴン」

 呪文によって生まれる炎の龍。丸太の様な足を携えトカゲの頭を持つ俺とは違う炎の龍。
 全身を真っ赤に燃やし背中に生えた巨大な翼で空中を漂う。
 本気の魔法か……。
 熱量がすさまじく炎の龍の空気が熱され蜃気楼のように歪んでいる。

「勝負だ、クォルテ・ロックス」
「フィルム、クォルテさんを殺すつもり!?」

 イーシャさんの言葉にフィルムが笑う。
 その顔は暗にこの程度で死なないよな。と語り掛ける。

「わかったよ。こっちも全力だ。水よ、龍よ、水の化身よ、わが敵を喰らい貪れ、災厄の名を背負いし者よ、我の命に従い顕現せよ、アクアドラゴン」

 湖の水を使い水の龍が姿を現す。
 水が流々と姿を変え一頭の透明な龍が生まれる。
 鱗を携え蛇の様に細長く、頭には枝分かれした角が二本。
 水と炎の龍は互いに動かない。

「先に打って来いよ。先手は譲ってやる」

「それは太っ腹だな」

 それを皮切りに二頭の龍はぶつかり合う。
 最初に炎の龍が火球を吐き出す。普通の火球と思ったがそれは目の前で十近くに分かれる。
 小さくなった火球は全て水の龍にぶつかるが、大して戦力を削れはしない。
 俺は水の龍に命令を出し、炎の龍に水の龍をまきつかせる。

 炎と水がぶつかり互いが互いの力を奪い、猛烈な蒸気を巻き起こす。
 靄の様に煙が上がり互いの龍は攻撃を続ける。
 炎の龍が掴み噛みつくと水の龍もまた炎の龍に噛みつく。
 血のように炎と水を体外に吐き出しそれらも互いにぶつかり蒸気に変化する。

「フィルム」

「どうした良い所だぞ」

 そう良い所だ。
 互いの龍が鎬を削り戦いあう。周りが見えなくなるほどの蒸気を上げながら。

「クォルテさん達が最後のあのでっぱりまで行ってます」

「はっ?」

 俺達は最後の難関に差し掛かっていた。
 針のように湖にせり出す難所、そこを慎重に曲がり終え後は難所はない平坦なコースを残すだけだ。

「王様はよく私に反則だって言えたよね」

 半眼でこちらを睨むオレイカだが、俺は何もルールに反していない。

「勝手に向こうがその場にとどまって対決しただけだぞ? 俺はちゃんとレースをしている。向こうが勘違いしてるだけだぞ」

 俺の自己弁護はオレイカには効かないらしく鋭い視線は変わらない。

「まあ、向こうが止まったのには驚いたけどね」

「だろ? 向こうが勝手に魔法勝負にしたんだし俺には関係ないから。俺は最初からレースで勝負してた」

 オレイカは俺が言うことを理解はしても、納得はしていないようで腑に落ちない表情で船を進める。

「それにこれくらいはハンデだよ」

 俺がそう言うとオレイカは首をかしげる。

「いいから全力で船を漕げ。今度は俺が妨害して後ろの進行を止めるから」

 俺達の後ろからフィルム達の船が猛スピードで向かってくる。
 波をものともしない速度の進行に俺は呪文を唱える。

「水よ、波よ、流れを変えよ、ウェーブ」

 湖に波を発生させる。一か八かの賭けになるが勝率は悪くないはずだ。
 フィルム達には荒波を、俺達には安全なルートを作る。

「イーシャ最後だ。全力で行くぞ」
「わかってるよ!」

「いいのか全力で」

 俺はすぐ後ろに迫るフィルム達に声をかける。
 もちろん煽るように話しかけると、フィルムは波の理由に気が付かない。

「構うな行け。ここで手を緩めると俺達の負けだぞ」

「うーん、わかった! フィルムに乗るからね」

 最後までイーシャさんは悩んだが、最終的にフィルムの意見に賛成した。
 イーシャさんの魔力が船に注がれる。発光するほどに魔力を注入された船は煙を上げ加速する。
 そして俺達を追いこしそうなほどに接近しフィルム達の船は空中に浮いた。

「えっ?」

「やっぱり作戦ですよね……」

 そのままカーブ間際での急加速に俺は高波を合わせた。
 そしてそのまま宙に投げ捨てられたフィルム達は湖の側にある森に突っ込んでいった。

「これなら文句はないだろ。こっちの作戦勝ちだ」

「そう言うところが私達にああさせたんだと思うよ」

 オレイカはそう言いながらも船を動かし俺達が一番にゴールした。
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