リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

RIU

文字の大きさ
19 / 44

第19章 勝利の出汁巻きと、闇オークションへの招待状

しおりを挟む
銀座の路地裏にある『小料理 さくら亭』。  暖簾(のれん)をくぐると、そこには私の求めていた「平和」そのものの空気が漂っていた。

「いらっしゃいませ! 柏木さん、お待ちしてました!」

 割烹着姿の桜井ミナが、花が咲いたような笑顔で迎えてくれた。  店内には、カツオと昆布の混じり合った、極上の出汁の香りが満ちている。数日前の工場の油と鉄の匂い、そして昨日の空港のジェット燃料の匂いとは対極にある、安らぎの香りだ。

「ただいま、と言いたくなるな。……ああ、いい匂いだ」 「ふふ、今日は柏木さんの大好物、たくさん仕込んでおきましたから!」

 カウンターの奥の小上がりには、すでに堂島剛と一ノ瀬玲奈が陣取っていた。  一ノ瀬はまだタブレットを手放していないが、その表情は珍しく緩んでいる。堂島さんに至っては、すでに徳利(とっくり)を二本空けていた。

「おう、主役のお出ましだ! 遅えぞ柏木!」 「お疲れ様です、柏木社長。五百億円の入金確認、完了しました」

 現実離れした金額を事務的に告げる一ノ瀬に苦笑しつつ、私は席に着いた。  目の前に、突き出しの小鉢が置かれる。なんてことのない菜の花のお浸しだが、口に入れると春の苦みと出汁の旨味が広がり、強張っていた神経が一本一本ほどけていくようだった。

「……生き返る」 「でしょう? 俺も世界中の三ツ星を食い歩いたが、結局、最後に戻ってくるのはここなんだよ」

 堂島さんが我が事のように自慢する。  すると、ミナがメインディッシュとも言える一皿――焼き立ての出汁巻き卵を運んできた。  湯気を上げる黄金色の塊。箸を入れると、ジュワッと出汁が染み出す。

「いただきます」

 口に運ぶ。  ふわふわの食感。優しい甘さ。  世界的な企業買収劇の疲れも、王女様とのキスによる動揺も、すべてがこの卵の優しさに包まれて溶けていく。

「……ミナちゃん。これ、また腕を上げたな?」 「わかります!? 実は、卵の仕入れ先を変えたんです。柏木さんが以前、『千葉の方角が良い気がする』ってボソッと言ってたのを思い出して、千葉の平飼い卵を取り寄せてみたんです」

 そんなこと言ったっけ? 記憶にないが、結果として味が向上しているなら、それも私の「豪運」なのだろう。

「それでね、柏木さん。相談があるんです」

 ミナが少し真剣な顔つきになった。

「最近、おかげさまでお店が繁盛しすぎて……予約が三ヶ月待ちになっちゃって。もっと大きなお店に移転しないかって話も来てるんですけど……」 「断っていい」 「え?」

 私は即答した。

「君の料理の良さは、この狭い空間で、君の目が届く範囲で手間暇をかけているからこそ生まれるものだ。規模を大きくすれば、味は必ず落ちる。……『隠れ家』は、隠れ家のままでいいんだよ」

 私の言葉に、ミナは安堵したように胸をなでおろした。

「よかった……。私もそう思ってたんです。でも、せっかく来てくれるお客さんを断るのが申し訳なくて……」 「値段を上げればいい。今の三倍にしても、客は来るよ。その分、もっと良い食材を使えばいい」

 横から一ノ瀬が「需要と供給のバランスを考えれば、価格改定は妥当な判断です」と補足する。

「……わかりました! 私、もっと美味しいものを作れるように頑張ります! ……あ、でも、一つだけ悩みがあって」

「悩み?」

「はい。最高の料理には、最高の『器』が必要だと思うんです。今の食器も悪くはないんですけど、私のイメージする味を受け止めるには、少し力不足で……。どこかに、運命の器がないかなって探してるんですけど」

 器、か。  その言葉を聞いた瞬間、堂島さんがニヤリと笑い、懐から一通の封筒を取り出した。  漆黒の封筒に、銀の箔押しがされた招待状だ。

「……奇遇だな。柏木、お前、帰りの車で『オークション』の話をしてたよな?」 「ええ、まあ。看板を見かけて」 「実は俺の手元に、面白い招待状が届いてるんだよ。『ノクターン・オークション』。表の市場には出回らない、訳ありの逸品ばかりを扱う会員制の闇オークションだ」

 闇オークション。中二病心をくすぐる響きだ。

「来週、都内某所で開催される。今回の目玉商品の一つが……『幻の陶磁器』らしいぞ」

「幻の陶磁器?」  ミナが身を乗り出した。

「ああ。戦国時代の茶人が命を賭けて守ったとか、手にした料理人は天下を取るとか言われている『曜変天目(ようへんてんもく)』の亜種……通称『星欠け(ほしかけ)の椀』だ」

 星欠けの椀。  その名前を聞いた瞬間、私の背筋に電流が走った。  直感が告げている。それは、ミナにとっての「正解」であり、私にとっても「手に入れなければならないもの」だと。

「……面白そうですね。そのオークション、参加できますか?」 「もちろん。俺の紹介枠で入れる。ただし、参加者は癖のある連中ばかりだぞ。金だけじゃなく、運と度胸が試される場だ」

 堂島さんは楽しそうに招待状を私に渡した。  黒い封筒はずしりと重く、微かに危険な香りがした。

「一ノ瀬。来週のスケジュールは?」 「……オフにしてあります。ですが、またしても多額の出費になりそうな予感がしますね」 「五百億あるんだ。器の一つや二つ、買えるだろう」

 私は日本酒を飲み干し、ミナに向かって言った。

「ミナちゃん。来週、少し付き合ってくれないか? 君の料理にふさわしい器、俺がプレゼントするよ」 「えっ、ええ!? そ、そんな高級なもの、悪いです!」 「いいんだ。これは投資だよ。君の料理がさらに美味くなれば、俺の幸福度も上がる。Win-Winだ」

 ミナは顔を真っ赤にして、お盆を抱きしめた。 「……は、はい! お供します!」

 休む間もなく、次のイベントが決まった。  だが、不思議と嫌な気はしなかった。私の「豪運」は、停滞を好まないらしい。

 その夜、私は夢を見た。  暗闇の中で、星のように輝く茶碗。  そして、その向こう側で、私を手招きする白い仮面の男の姿を。

 ――ようこそ、欲望の迷宮へ。

 目が覚めると、窓の外には満月が輝いていた。  どうやら、次のステージは「夜の世界」になるようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます

天宮有
恋愛
 水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。  それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。  私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。  それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。   家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。  お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。  私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

聖女になんかなりたくない! 聖女認定される前に…私はバックれたいと思います。

アノマロカリス
恋愛
この作品の大半はコメディです。 侯爵家に生まれた双子のリアナとリアラ。 姉のリアナは光り輝く金髪と青い瞳を持つ少女。 一方、妹のリアラは不吉の象徴と言われた漆黒の髪に赤い瞳を持つ少女。 両親は姉のリアナを可愛がり、妹のリアラには両親だけではなく使用人すらもぞんざいに扱われていた。 ここまでは良くある話だが、問題はこの先… 果たして物語はどう進んで行くのでしょうか?

処理中です...