リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

RIU

文字の大きさ
25 / 44

第25章 美女だらけの朝食会と、ペントハウスの冷戦

しおりを挟む
翌朝。  六本木のペントハウスで目を覚ました私は、鼻腔をくすぐる味噌汁の香りで、ここが天国ではないことを確認した。いや、状況的には天国に近いのかもしれないが。

 リビングへ向かうと、そこには非日常的な光景が広がっていた。

「あ、柏木さん! おはようございます。お味噌汁、一番出汁で取りましたよ」

 キッチンに立っているのは、桜井ミナ。  私の家のキッチンだというのに、彼女は自分の城のように使いこなしている。淡いピンクのエプロン姿が、朝の光に溶け込んで眩しい。彼女は「最高のご飯を炊くため」という名目で、合鍵を持って通い妻のように入り浸っているのだ。

「おはよう、ミナちゃん。いい匂いだ」 「ふふ、今日は焼き魚もありますからね。……あ、それと」

 ミナが少し頬を膨らませて、リビングのソファの方を顎でしゃくった。

「……あちらの『お客様』、朝から凄いです」

 視線を向けると、そこには国民的女優・如月カレンがいた。  彼女は昨夜のゴタゴタの後、安全のために私の家のゲストルームに泊まっていたのだが……。

「おはようございます、オーナー(・・・・)。……ふぁ、よく眠れました」

 カレンはソファで猫のように伸びをした。  問題なのはその格好だ。昨夜のドレスではなく、私が貸した大きめのYシャツ一枚を羽織り、素足(なまあし)を惜しげもなく晒している。いわゆる「彼シャツ」状態だ。  スッピンのはずなのに、肌は陶器のように白く、少し乱れた髪さえ計算された芸術のように美しい。さすが女優。

「……カレンさん。おはよう。その、寒くないかい?」 「平気です。オーナーのシャツ、温かいですし。匂いも落ち着きます」

 彼女は悪戯っぽく微笑み、コーヒーカップを両手で包んだ。  その様子を、ダイニングテーブルでノートPCを開いていた一ノ瀬玲奈が、氷点下の視線で見つめていた。

「……如月様。セキュリティ上の理由とはいえ、あまり不用心な格好は控えていただきたいのですが。柏木様の風紀に関わります」

 一ノ瀬は朝から完璧なスーツ姿だ。彼女は私の秘書として、私の生活管理も業務の一環だと言い張っている。

「あら、ごめんなさい一ノ瀬さん。でも、私、着替えを持ってなくて。……ねえオーナー、新しいお洋服、買ってくださいますよね? 私、今は無一文の居候(いそうろう)ですから」

 カレンが上目遣いで私を見る。その瞳の破壊力は、戦車砲並みだ。

「もちろん。あとで一ノ瀬に手配させるよ」 「ええっ、オーナーが選んでくれないんですか? デートしてくれるって言ったのにぃ」

 カレンが口を尖らせる。  ミナが包丁をトントンと少し強く叩く音が聞こえた。  一ノ瀬のタイピング音が、機関銃のような速度になった。

(……空気が重い)

 私の直感が「ここは戦場だ」と警報を鳴らしている。  私は咳払いを一つして、話題を変えた。

「さ、さあ、朝飯にしよう! せっかくのミナちゃんの手料理が冷めてしまう」

          *

 食卓には、旅館のような和朝食が並んだ。  中央には、例の三十億円の『星欠けの椀』に入った、艶々の白米。  その周りを、カレン、ミナ、一ノ瀬の三人が囲む。私は誕生席だ。

「いただきます」

 私が箸をつけると、三人の視線が一斉に私に集中した。

「柏木さん、今日の焼き鮭、どうですか? 皮をパリッとさせるために、遠火の強火で焼いたんです」  ミナが身を乗り出して聞いてくる。

「うん、最高だ。脂が乗ってるのに香ばしい。ミナちゃんの焼き加減は天才的だよ」 「えへへ……! やったぁ!」

 ミナが嬉しそうに笑うと、今度はカレンが自分の皿から卵焼きをつまみ上げ、私の口元に差し出した。

「オーナー、あーん。私の分もあげます。女優は体型維持のために、あまり食べられないので」

 いわゆる「あーん」だ。  ミナが「むっ」とした顔をし、一ノ瀬が眼鏡をクイッと押し上げた。

「……如月様。柏木様は幼児ではありません。ご自分で食べられます」 「いいじゃないですか、減るもんじゃなし。……ほら、オーナー? 食べないと腕が疲れちゃいます」

 断るのも野暮だ。私は観念して、パクリと食べた。  甘い卵焼きの味がした。……いや、シチュエーションのせいで味なんてわからない。

「……おいしいです」 「ふふっ、よかったです。……私、これからはオーナーのために尽くすって決めたんです。お芝居も、プライベートも」

 カレンは意味深に私を見つめ、テーブルの下で――私の足に、自分の足をそっと絡めてきた。  スベスベとした素足の感触。  私は味噌汁を吹き出しそうになるのを必死で堪えた。

(この子、絶対楽しんでるな……)

 自由を手に入れた反動か、それとも元来の小悪魔気質か。カレンは私を翻弄することに喜びを見出しているようだ。

 すると、今まで静観していた一ノ瀬が、冷徹な声で言った。

「……柏木様。本日のスケジュールですが、午前中は資産運用の見直し、午後はカレン様の個人事務所設立に関する登記手続きを行います。夕方からは……」

 彼女はわざとらしく言葉を区切った。

「ルクセンブルクのエレナ様と、定例のテレビ会議が入っております」

「えっ? エレナさんと?」 「はい。先ほど連絡がありまして、『カレンという泥棒猫(・・・)について、詳しく報告せよ』とのことです。非常に、お怒りのご様子でした」

 ――戦線拡大。  カレンの加入が、遠く欧州にいる王女様のセンサーにも引っかかったらしい。

「へえ、王女様とお知り合いなんですか? オーナーって本当に顔が広いんですね。……でも、近くにいる『猫』の方が、可愛がってもらえる確率は高いと思いますけど?」

 カレンは一歩も引かない。むしろ闘志を燃やしている。

「……まあ、確率は不確定要素に左右されますからね。長年連れ添ったパートナー(ビジネス上の、ですが)の信頼値は、そう簡単には揺らぎませんよ」

 一ノ瀬も応戦する。  ミナは「もう! 喧嘩しないで食べてください! お米が泣いちゃいます!」と、三十億円の茶碗を守るように抱えている。

 私はため息をつき、極上の白米をかきこんだ。  美味い。胃に染みる。  金も地位も手に入れたが、どうやら「平穏」だけは、いくら金を積んでも買えないらしい。

「……みんな、仲良くしてくれよ。俺の体が持たない」 「「「柏木さんが隙だらけなのが悪いんです!」」」

 三人の声が見事にハモった。  私は苦笑して、両手を上げた。降参だ。

 窓の外、東京の空は今日も青く澄み渡っていた。  リストラされたあの日、孤独に震えていた自分に教えてやりたい。  お前の未来は、騒がしくて、面倒くさくて、そして最高に幸せだぞ、と。

「……ごちそうさま。さあ、仕事(と、火消し)を始めようか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます

天宮有
恋愛
 水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。  それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。  私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。  それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。   家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。  お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。  私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

私が張っている結界など存在しないと言われたから、消えることにしました

天宮有
恋愛
 子爵令嬢の私エルノアは、12歳になった時に国を守る結界を張る者として選ばれた。  結界を張って4年後のある日、婚約者となった第二王子ドスラが婚約破棄を言い渡してくる。    国を守る結界は存在してないと言い出したドスラ王子は、公爵令嬢と婚約したいようだ。  結界を張っているから魔法を扱うことができなかった私は、言われた通り結界を放棄する。  数日後――国は困っているようで、新たに結界を張ろうとするも成功していないらしい。  結界を放棄したことで本来の力を取り戻した私は、冒険者の少年ラーサーを助ける。  その後、私も冒険者になって街で生活しながら、国の末路を確認することにしていた。

処理中です...