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第26章 沈黙する電話と、見えざる「放送禁止」
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六本木ヒルズの一角。真新しいオフィスの入り口に、『株式会社K・プロモーション』の金色のプレートが輝いている。 私が全額出資し、如月カレンのために設立した個人事務所だ。
「……すごい。ここが、私のお城なんですね」
カレンは、まだ誰もいない広いレッスンルームの中央で、くるくると回ってみせた。 独立から一週間。郷田との奴隷契約は無効となり、彼女は晴れて自由の身となった。法的な手続きは、一ノ瀬玲奈が雇った超一流の弁護団によって完璧に処理されている。
「ええ。今日からここが貴女の拠点です。存分に暴れてください」 「はい! 私、一生懸命働いて、すぐに五億円お返ししますから!」
カレンは瞳を輝かせ、デスクに座って電話を待った。 彼女の独立のニュースは既に流れている。国民的女優がフリーになったのだ。オファーの電話が鳴り止まないはずだ――と、私たちは思っていた。
しかし。
……シーン。
一時間経過。二時間経過。 最新鋭のビジネスフォンは、ただの一度も鳴らなかった。 メールボックスも空。FAXも動かない。 まるで、世界から彼女の存在が消去されたかのような静寂だった。
「……おかしいですね」
カレンの表情が曇る。 「独立前は、スケジュール帳が真っ黒になるほどオファーがあったのに……」
一ノ瀬がデスクでキーボードを叩き、厳しい顔で顔を上げた。
「……原因が判明しました。柏木様、カレン様。これは『異常事態』ではなく、『作為的な排除』です」
彼女はモニターに、業界関係者のSNSや裏掲示板の解析結果を表示した。
「全テレビ局、主要な広告代理店、映画配給会社……すべての窓口に、トップダウンで『如月カレン起用NG』の通達が出ています」
「NG? なぜだ? 郷田はもう失脚したはずだろう」
「郷田ではありません。もっと上の……業界全体の『意志』です」
一ノ瀬は一枚の相関図を出した。 その頂点に君臨するのは、『皇(すめらぎ)興業』という名前だった。
「芸能界のドン、皇(すめらぎ)大和(やまと)。表舞台には出てきませんが、日本の芸能界のルールはこの男が決めています。彼は『秩序』を何より重んじる。今回、カレン様が事務所の社長を告発し、強引に独立したこと……それが『悪しき前例』になることを恐れ、見せしめとして『干す』決定を下したようです」
干す。 芸能界から抹殺する、最も陰湿で効果的な制裁だ。どんなに才能があっても、メディアに出られなければタレントは死ぬ。
「……そんな」 カレンが青ざめて震え出した。 「皇会長に睨まれたら、もう終わりです……。誰も逆らえません。私は……自由になっても、結局カゴの中からは出られないんですか……?」
絶望が彼女の瞳を陰らせる。 オフィスの空気が重く沈んだ。
だが。 私はゆっくりとコーヒーを飲み干し、不敵に笑った。
「……終わり? 誰がそんなことを決めたんです?」 「え……?」 「メディアに出られないなら、出なくていい。仕事が来ないなら、待つ必要もない」
私は立ち上がり、窓の外に広がる東京の街を見下ろした。 テレビ局の電波塔が小さく見える。
「一ノ瀬。オリオン社の宣伝費、どれくらい余ってる?」 「……今年度は未消化です。前期の利益が莫大でしたので、数十億円規模の予算が浮いています」 「よし。それを使おう」
私はカレンに向き直った。
「カレンさん。オファーを待つのはやめだ。これからは、私たちが『発注側(クライアント)』になる」
「は、発注側……?」
「ああ。既存のテレビ局が使ってくれないなら、番組枠ごと買い取ればいい。映画会社が撮ってくれないなら、私たちが映画を作ればいい。……簡単な話だ」
私は一ノ瀬に指示を飛ばした。
「大手動画配信プラットフォーム『ネットフリックス』あるいは『アマゾンプライム』の担当者を呼んでくれ。それから、気骨のある映画監督と脚本家もだ。『予算は無制限、口出しは一切なし、作りたいものを自由に作っていい』と言えば、喜んで飛んでくるだろう」
「……! なるほど。『一社提供』による自主製作コンテンツの配信……! テレビ局の忖度など関係ない、グローバルな土俵ですね!」
一ノ瀬の目が輝き出した。
「そして主演は、もちろん如月カレンだ。スポンサー兼オーナー命令だ。断る奴はいない」
カレンがポカンと口を開けて私を見上げている。
「オーナー……。私一人のために、映画を……作るんですか?」 「三十億の茶碗でご飯を食べる男ですよ? 五十億で映画を撮るくらい、驚くことじゃありません」
私は彼女の肩に手を置いた。
「見せてやりましょう、皇とやらに。あんたたちの作った古臭いルールなんて、俺の『豪運』と『資金力』の前では、紙屑同然だってことをね」
カレンの瞳に、再び光が戻った。いや、以前よりも強く、熱い光だ。
「……はい! 私、やります! 誰にも文句を言わせない、最高の演技をして見せます!」
反撃の狼煙は上がった。 今度は、私たちがエンターテインメントの世界をひっくり返す番だ。
だが、その時。 オフィスの電話が、唐突に鳴り響いた。 沈黙していたはずの電話が。
一ノ瀬が受話器を取る。 「……はい、K・プロモーションです」
彼女の表情が、一瞬で凍りついた。
「……はい。……ええ。……承知いたしました」
電話を切った彼女は、私を見て言った。
「柏木様。……『皇興業』からです。皇会長が、貴方と直接会って話がしたい、と」
――来たか。 ラスボスのお出ましだ。
「場所は?」 「今夜、西麻布の料亭『水月(すいげつ)』にて」
私はニヤリと笑った。
「いいだろう。宣戦布告の挨拶にはちょうどいい。……行こうか、カレンさん。今度こそ、本当の自由を掴み取りに」
「……すごい。ここが、私のお城なんですね」
カレンは、まだ誰もいない広いレッスンルームの中央で、くるくると回ってみせた。 独立から一週間。郷田との奴隷契約は無効となり、彼女は晴れて自由の身となった。法的な手続きは、一ノ瀬玲奈が雇った超一流の弁護団によって完璧に処理されている。
「ええ。今日からここが貴女の拠点です。存分に暴れてください」 「はい! 私、一生懸命働いて、すぐに五億円お返ししますから!」
カレンは瞳を輝かせ、デスクに座って電話を待った。 彼女の独立のニュースは既に流れている。国民的女優がフリーになったのだ。オファーの電話が鳴り止まないはずだ――と、私たちは思っていた。
しかし。
……シーン。
一時間経過。二時間経過。 最新鋭のビジネスフォンは、ただの一度も鳴らなかった。 メールボックスも空。FAXも動かない。 まるで、世界から彼女の存在が消去されたかのような静寂だった。
「……おかしいですね」
カレンの表情が曇る。 「独立前は、スケジュール帳が真っ黒になるほどオファーがあったのに……」
一ノ瀬がデスクでキーボードを叩き、厳しい顔で顔を上げた。
「……原因が判明しました。柏木様、カレン様。これは『異常事態』ではなく、『作為的な排除』です」
彼女はモニターに、業界関係者のSNSや裏掲示板の解析結果を表示した。
「全テレビ局、主要な広告代理店、映画配給会社……すべての窓口に、トップダウンで『如月カレン起用NG』の通達が出ています」
「NG? なぜだ? 郷田はもう失脚したはずだろう」
「郷田ではありません。もっと上の……業界全体の『意志』です」
一ノ瀬は一枚の相関図を出した。 その頂点に君臨するのは、『皇(すめらぎ)興業』という名前だった。
「芸能界のドン、皇(すめらぎ)大和(やまと)。表舞台には出てきませんが、日本の芸能界のルールはこの男が決めています。彼は『秩序』を何より重んじる。今回、カレン様が事務所の社長を告発し、強引に独立したこと……それが『悪しき前例』になることを恐れ、見せしめとして『干す』決定を下したようです」
干す。 芸能界から抹殺する、最も陰湿で効果的な制裁だ。どんなに才能があっても、メディアに出られなければタレントは死ぬ。
「……そんな」 カレンが青ざめて震え出した。 「皇会長に睨まれたら、もう終わりです……。誰も逆らえません。私は……自由になっても、結局カゴの中からは出られないんですか……?」
絶望が彼女の瞳を陰らせる。 オフィスの空気が重く沈んだ。
だが。 私はゆっくりとコーヒーを飲み干し、不敵に笑った。
「……終わり? 誰がそんなことを決めたんです?」 「え……?」 「メディアに出られないなら、出なくていい。仕事が来ないなら、待つ必要もない」
私は立ち上がり、窓の外に広がる東京の街を見下ろした。 テレビ局の電波塔が小さく見える。
「一ノ瀬。オリオン社の宣伝費、どれくらい余ってる?」 「……今年度は未消化です。前期の利益が莫大でしたので、数十億円規模の予算が浮いています」 「よし。それを使おう」
私はカレンに向き直った。
「カレンさん。オファーを待つのはやめだ。これからは、私たちが『発注側(クライアント)』になる」
「は、発注側……?」
「ああ。既存のテレビ局が使ってくれないなら、番組枠ごと買い取ればいい。映画会社が撮ってくれないなら、私たちが映画を作ればいい。……簡単な話だ」
私は一ノ瀬に指示を飛ばした。
「大手動画配信プラットフォーム『ネットフリックス』あるいは『アマゾンプライム』の担当者を呼んでくれ。それから、気骨のある映画監督と脚本家もだ。『予算は無制限、口出しは一切なし、作りたいものを自由に作っていい』と言えば、喜んで飛んでくるだろう」
「……! なるほど。『一社提供』による自主製作コンテンツの配信……! テレビ局の忖度など関係ない、グローバルな土俵ですね!」
一ノ瀬の目が輝き出した。
「そして主演は、もちろん如月カレンだ。スポンサー兼オーナー命令だ。断る奴はいない」
カレンがポカンと口を開けて私を見上げている。
「オーナー……。私一人のために、映画を……作るんですか?」 「三十億の茶碗でご飯を食べる男ですよ? 五十億で映画を撮るくらい、驚くことじゃありません」
私は彼女の肩に手を置いた。
「見せてやりましょう、皇とやらに。あんたたちの作った古臭いルールなんて、俺の『豪運』と『資金力』の前では、紙屑同然だってことをね」
カレンの瞳に、再び光が戻った。いや、以前よりも強く、熱い光だ。
「……はい! 私、やります! 誰にも文句を言わせない、最高の演技をして見せます!」
反撃の狼煙は上がった。 今度は、私たちがエンターテインメントの世界をひっくり返す番だ。
だが、その時。 オフィスの電話が、唐突に鳴り響いた。 沈黙していたはずの電話が。
一ノ瀬が受話器を取る。 「……はい、K・プロモーションです」
彼女の表情が、一瞬で凍りついた。
「……はい。……ええ。……承知いたしました」
電話を切った彼女は、私を見て言った。
「柏木様。……『皇興業』からです。皇会長が、貴方と直接会って話がしたい、と」
――来たか。 ラスボスのお出ましだ。
「場所は?」 「今夜、西麻布の料亭『水月(すいげつ)』にて」
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