リストラされた42歳、確率の向こう側へ。~なぜか俺の選択肢がすべて正解になる件~

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第34章 見えない手札と、最強の「無心

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ゲームは一方的な展開になった。  レイアは常に余裕の表情で、チップを積み上げていく。  一方、私は連戦連敗。手持ちのチップは見る見るうちに減り、あと一回負ければ終了(左腕切断)という状況に追い込まれた。

「……ふふ。つまらないわね。貴方の心、ガラス張りよ」  レイアが嘲笑う。 「強い役が来た時は瞳孔が0.2ミリ開き、弱い役の時は左の口角が下がる。AI『ラケシス』は貴方の癖(テル)を完全に解析済みよ」

 背後で一ノ瀬が悲鳴のような声を上げる。 「柏木様! もう降りてください! 解析されています!」

 モニターには、私の勝率『1.2%』という絶望的な数字が表示されている。  だが、私は残った全チップをテーブルの中央に押し出した。

「……オールインだ」

「は? 本気?」  レイアが目を丸くした。「貴方の手札、AIの予測では『ブタ(役なし)』よ? 自暴自棄になったのかしら?」

「さあね。……勝負だ」

 レイアは呆れながら、自身のチップを合わせた。 「いいわ。コール。……これで終わりね。さあ、手札を見せなさい」

 レイアが自信満々にカードをオープンする。  『フルハウス』。非常に強い役だ。

「さあ、貴方は?」

 私は、伏せられた自分のカードに手を伸ばした。  そして、ゆっくりとめくる。

 一枚目……ハートのA。  二枚目……スペードのA。  場に出ているカードと合わせると――。

「……フォーカード(Aの四枚揃い)!?」

 レイアの顔が凍りついた。  AI『ラケシス』のモニターに、『ERROR』『予測不能』の文字が点滅する。

「な、なぜ……!? AIは貴方が『弱い手札』だと判断していたはず! なのに、なぜそんな最強の手が入っているのに、微塵も反応しなかったの!?」

 一ノ瀬も信じられないという顔をしている。  私はチップの山を引き寄せながら、種明かしをした。

「簡単なことだ。……俺は、自分のカードを一度も見ていない(・・・・・)」

「は……?」

「配られたカードを、確認せずに伏せたままベットしたんだ。自分が何を持っているか知らないんだから、反応しようがないだろう?」

 レイアが絶句した。 「み、見ていない……? 自分の全財産と腕がかかった勝負で、手札を見ずにオールインしたと言うの!?」

「ああ。俺が見てしまえば、AIに読まれる。だが、見なければ確率は50%だ。……あとは、俺の『豪運』が、いいカードを引いてくれていると信じるだけだ」

 狂気。  それは、ロジックと計算で支配された神宮寺家の人間の理解を遥かに超えた、純粋な狂気だった。  AIは「人間は必ず確認し、計算し、恐怖する」という前提でプログラムされている。だからこそ、「確認しない」という選択肢は計算外だったのだ。

「……馬鹿な。そんな、運任せの……」  レイアが震える手でテーブルを叩く。

「運任せじゃない。これは『信頼』だ。俺は自分の運を信じている。……一ノ瀬、お前もだ」

 私は振り返り、呆然としている一ノ瀬に言った。

「お前の姉さんは、計算と恐怖で人を支配しようとする。だが、計算できない要素――『信じる心』の前では、AIなんてただの計算機だ」

 一ノ瀬の瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。  彼女は、ずっと「計算」の中で生きてきた。失敗すれば捨てられる、恐怖の中で。  だが、この男は、計算の外側で、彼女ごとすべてを受け入れている。

「……はい、柏木様……!」

 私はレイアから、第一層の通過パス(カードキー)を奪い取った。

「さあ、どいてくれ。次は第二の門番か? それとも兄貴か?」

 レイアは悔しさに唇を噛み締め、崩れ落ちた。  最初の門番、突破。

 だが、船の奥へ進む私たちを、監視カメラ越しに見つめる視線があった。  神宮寺カイ。  彼はモニターの中で、私の勝利を見ても眉一つ動かさず、冷ややかに呟いた。

「……なるほど。『見ない』ことで観測を無効化する、シュレーディンガーの猫か。面白い。……だが、次は『物理的な死』だ。運だけで避けられるかな?」

 タルタロス号の深淵。  そこには、ギャンブルの枠を超えた、殺意の迷宮が待ち受けていた。
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